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第4のチルドレン【最終話】

 西日に照らされたマンションのベランダに、小さな人影が2つ音もなく舞い降りる。
 念動によって飛行してきた2人の少女―――薫とドリーはベランダから室内に入るつもりらしい。
 桃太郎を大事そうに胸に抱くドリーをその場に待たせ、小さな買い物袋片手の薫は慣れた様子で念動を使い窓の鍵を開ける。
 人目を気にする皆本はあまりいい顔をしないのだが、彼女は度々ベランダからの帰宅を行っていた。

 「んじゃ、この窓から入って・・・・・・あ、靴はここで脱いじゃって!」

 乱雑に靴を脱ぎ散らした薫は、ドリーを誘導するように彼女たちの部屋へと入っていく。
 大きめのベッドが一つと、学習机。賑やかな彼女たちから比べるとシンプルすぎる印象を感じるが、掃除好きの皆本が絶えず片付けを行っているのだろう。
 初めて入った同世代の部屋を、ドリーは物珍しげに見回していた。

 「あ・・・・・・この花」

 ドリーはカーテンレールに逆さに吊されたドライフラワーに目を止める。
 乾燥し瑞々しい色合いは失っていたが、彼女はその花に見覚えがあった。

 「そう。ドリーちゃんに貰った花・・・・・・あの後、すぐに退院しちゃったから、何本かドライフラワーにしているところ」

 「ドリーの・・・・・・ありがとうございます。大切にして貰って」

 自分がプレゼントした花が大切にされている。
 そのことを聞かされたドリーは、嬉しそうに感謝の言葉を口にしていた。
 薫は若干照れたように笑うと、出来具合を確かめるように吊した花へと指先を伸ばす。

 「お礼を言うのはアタシの方だって! 友だちから花を貰ったの初めてだったから嬉しくってさ!!」

 「トモダチ・・・・・・」

 「アタシへのお見舞いって、写真週刊誌とか写真集が多くって・・・・・・まあ、そっちも嬉しいけど」

 ドリーに背を向けていた薫は、そのとき彼女が浮かべた表情に気がつかない。
 薫が何気なく言った友だちという言葉を胸に染み込ませるように、ドリーは微笑みを浮かべながらそっと目を瞑っていた。

 「姐さん! 帰ってきたのか!!」  

 「おー、初音。今帰ったぞ!」

 話し声に気付き、部屋に飛び込んできた初音の頭を薫はクシャクシャと撫でる。
 薫にじゃれつく初音がスプーンを握っていることに気付いたドリーは、胸に抱く桃太郎に視線を落とす。
 先程空腹を訴えた彼は、小さく丸まり冬眠するかのようにじっと眠り続けていた。

 「おかえり、お2人さん!」

 「リビングに寝かせる箱の準備はできているわよ!」

 「アオイ先輩、シホ先輩、ありがとうございます!」

 ドリーは紫穂に案内されるまま、リビングのコーヒーテーブルに置かれたダンボール箱に桃太郎をそっと寝かす。
 浅く切りタオルを敷いた箱に寝かされた彼は、その後、側らに置かれたヒマワリの種にも反応を示さなかった。

 「あれ? 食べないな・・・・・・」

 ヒマワリの種を皿に盛った薫が眠ったままの桃太郎に意外そうな声をあげる。
 彼女は初音ほどじゃないにしろ、旺盛な食欲でヒマワリの種を囓る桃太郎を想像していた。

 「もう、食べる気力もないみたいやな」

 「かなり衰弱しているみたいね」

 「・・・・・・カオル先輩。この前のジュースまだありますか?」

 一向にエサを食べようとしない桃太郎の姿に、ドリーは以前ここを訪れた際、飲まないまま立ち去ったオレンジジュースのことを口にする。
 ドリーをチルドレンの一員として迎えようと薫たちが用意したお菓子やジュース類を、あの時のドリーは口にしないまま谷崎の病室に見舞いに行くことを希望していた。

 「ん? 多分あるかな・・・・・・明ーッ! 冷蔵庫の中にあるジュース出してやって!」

 薫はキッチンを振り返ると、食器洗い中の明に声をかける。 
 初音に食べさせた軽食を作る際に冷蔵庫を物色させてもらっていた明は、作業を中断し備え付けのタオルで手を拭きつつ冷蔵庫を開いた。

 「えーっと、オレンジと柘榴どっち?」 

 「オレンジ! 柘榴は葵専用だから」

 生じた奇妙な空気に小首を傾げながら、明は冷蔵庫からバベル待合室でよく見かける紙パックのオレンジジュースを取り出す。
 桃太郎の様子が心配なのか、明はそのままドリーが取りに来るのを待たずリビングへと足を踏み入れると、まるでこれからドリーがやることが分かっているかのように手早くガラスのコップに中身を移し、ストローと共にドリーに手渡した。

 「できる? 俺がやろうか?」

 「大丈夫です。アキラ先輩・・・・・・ありがとうございます」

 明にこう言ってから、ドリーは受け取ったオレンジジュースを一口含む。
 そして桃太郎を抱きかかえストーローをくわえると、母親が子供に乳を与えるようにその先をそっと彼の口に含ませた。

 「飲め、桃太郎!」

 ドリーのやろうとしていることを理解した薫は、彼女の心を代弁するかのように桃太郎に声をかける。
 どこかで聞いた名前に、固唾を飲んで見守っていた葵と紫穂の表情が僅かに引きつった。

 「桃太郎? 薫、ソレ、この子の名前か?」

 「そう、モモンガの桃太郎! 名字は―――」

 「それ以上はダメよ、薫ちゃん・・・・・・」

 踏み越えたネーミングに紫穂がやんわりと釘を刺す。

 「えー、いいじゃんよ! 多分、こいつヒマワリの種が・・・・・・お、飲んだ!!」

 「え! かわいーっ!!」

 「いやーん。手つこうてるやん!」

 三人が口々に騒ぐ中、夢中でドリーが与えるジュースを飲み込んでいく桃太郎。
 必死に飲み続けた彼の意識が覚醒へと向かっていくのに気づいた明は、騒がしく見守る薫たちに注意を促した。

 「しっ! 静かに・・・・・・桃太郎はまだドリー以外には心を開いていない。血糖値があがって意識がはっきりしてきたら・・・・・・」

 「キィッ!!」

 明の心配通り、威嚇の声がドリーの手の中で上がる。
 意識を取り戻した桃太郎は、見知らぬ場所と周囲を囲む大勢の人間にパニックを起こしかけていた。
 
 「大丈夫、怖くない・・・・・・」

 腕の中で暴れる桃太郎をドリーは優しく包み込む。
 恐怖心を与えないように緩やかに、しかし、決して離しはしないという強い意志を込めて。
 その意志はテレパスである桃太郎の心にしみ込み、やがて彼は落ち着きを取り戻しはじめる。
 この場所に彼に向けられる敵意は存在しなかった。

 「怖くない・・・・・・落ち着いて。モモタロ」
 
 『モモ・・・・・・タロ?』

 聞き慣れない呼びかけに桃太郎は首を傾げる。
 彼の疑問は周囲の意識に直接響いていた。

 「そう・・・・・・あなたの名前。これから一緒に暮らすのに必要だって、カオル先輩がつけてくれたの・・・・・・ほら、この人。ドリーの大切な、ト・・・・・・トモダチなの」

 「そうだよ、バリバリの友だち! だからアタシとも仲良くしようぜ! ほら、これやるからさ!!」

 『・・・・・・・・・・・・』

 ドリーが躊躇いながら口にしたトモダチという言葉を、薫は当然のように受け止めていた。
 そんな薫が浮かべた笑顔が桃太郎の警戒心を解かしていく。
 彼女が目の前に差し出したヒマワリの種に、鼻をヒクつかせながら近づいていく桃太郎。
 そして彼は、薫が指先でつまんでいるそれを小さな手で掴んだのだった。

 「おし、沢山食べろ! 長靴いっぱい買ってきたからな!!」

 「ずるいで薫ばっかり! はい、桃太郎、ウチもドリーちゃんの友だちやからな!!」

 「私もよ! よろしくね桃太郎」

 3人から次々に差し出されるヒマワリの種。
 桃太郎は前歯を器用に使い、中身だけをどんどん平らげていく。
 ドリーは安堵の表情で自分の居場所を作れそうな彼を見つめている。
 その安堵は、己の行く末に対するものでもある。
 ドリーは桃太郎に過去の自分を重ねていた。












 ―――――― 第4のチルドレン【最終話】――――――















 
 皆本が自分のマンションにたどり着いたのは、陽も沈み夕闇が辺りを包み始めた頃だった。
 郵便物の確認もせず急ぎ足でエレベーターへと向かった彼は、なかなか到着しないエレベーターに苛立った様子をみせる。
 自分の部屋へと向かう彼が、やや焦り気味なのには幾つかの理由があった。
 同時に起こった事件のため二手に分かれて行ったミッション。
 ドリーと【ザ・ハウンド】に逃走中の実験動物を任せ、対峙した電波ジャック犯との一戦で、彼は敵の攻撃を受け半ば人質同然の立場に陥ってしまっていた。

 「全く、何度も正気に戻ったと言ったのに・・・・・・」

 敵の電波攻撃による一時的錯乱。
 紫穂と葵の機転で窮地を脱した彼は、電磁波義兄弟と名乗る犯人を捕まえた後も医師による診断で思わぬ時間をとってしまっていた。
 一刻も早く実験動物の捕獲に向かいたいと焦る彼には、捕獲した実験動物共々マンションで待つという薫からの連絡が入っている。
 その連絡はドリーから目を離したことを責めるレナルドの抗議とあわせ、彼に別種の焦りを生じさせていた。

 「ただいま・・・・・・みんな揃っているか?」

 ドアを開いた皆本は、呼びかけの返事をまたず靴を脱ぎはじめる。
 いつものように下駄箱へは仕舞わず、すぐに出ていくかのようにつま先を外に向けるだけで、彼は明かりが漏れるリビングへと向かってゆく。

 「こら、返事くらい・・・・・・」

 皆本が口にしかかった返事が無いことへの不満を止めたのは、薫たちが口先に当てている立てた人差し指だった。

 「しー・・・・・・安心して眠っているんだ、静かに寝かせてやろうぜ皆本」

 声をひそめた薫は、視線でドリーの膝の上を指し示す。
 テーブルの上に集められたヒマワリの殻からすると、満腹で眠くなったのだろう。
 ドリーを囲むように座る薫たちを回り込むと、ドリーの膝の上には小さく丸まった桃太郎が幸せそうに寝息を立てていた。

 「それが・・・・・・?」

 「ああ、モモンガの桃太郎・・・・・・今、腹一杯になって寝ている。初音と一緒」

 「初音君? そう言えば彼女は・・・・・・」

 リビングのソファに座る明の姿は見えるものの、テーブルの周りには3人とドリーの姿しか見えない。
 周囲を見回した皆本は、気まずげに笑う明と目が合った。

 「明君、リーダー役ご苦労様。ところで初音君は・・・・・・なるほど」

 「はは・・・・・・すみません。少し冷蔵庫のものを頂いたら眠くなっちゃったみたいで・・・・・・」
  
 ぎこちなく後ろを振り返っている明を覗き込んだ皆本は、彼の膝を枕にソファの上に丸まり、幸せそうに眠る初音に軽く口元を緩める。
 しかし皆本はすぐにその緩みを引き締めると、初音を起こそうとした明に捕獲時の状況を求めた。

 「・・・・・・なるほど、テレパスと念動による浮揚。まちがいなくあのモモンガはエスパーだということだね」

 「ええ、でも、皆本さん・・・・・・」

 何かを言い足そうとした明の言葉は、皆本の背にはじかれていた。
 皆本は再びドリーの元に向かうと、説得するような口調で彼女に話しかける。

 「バベルの宿舎まで送っていくよ。レナルド氏が心配している・・・・・・」

 「お兄さん・・・・・・モモタロは?」

 「ああ、桃太郎も一緒にバベルに運んで・・・・・・」

 皆本の口にした一緒という言葉に、ドリーの顔に浮かびかかる安堵の表情。
 しかし、その表情は薫の口にした疑問に凍り付くことになる。

 「バベルに運んでどうするつもりなんだ。皆本・・・・・・」

 薫は皆本の言葉に含まれる後ろめたさに気づいていた。

 「詳しい検査をやって、危険な能力を持っていないか確かめるんだ・・・・・・桃太郎の超能力は戦時中、戦争の為に創り出された可能性が高い」

 「持ってたら・・・・・・危険だという能力を持っていたら、桃太郎はこの先どうなるんだよ!?」

 「それは・・・・・・人に危害を加えるなら放って置くわけにはいかない。バベルで保護して厳重な管理下に・・・・・・」

 皆本は彼女たちへの誠意として、考えられるケースを包み隠さず話していた。
 彼の話す内容がショックだったのか、葵と紫穂も不満を口にし始める。

 「そんな、酷いやんか人間の都合で・・・・・・」

 「そうなったら、もう外にも出られないかも・・・・・・」

 「皆本っ! なんとか・・・・・・してくれるよね!?」

 「・・・・・・! ・・・・・・すまない。これも仕事なんだ」

 皆本は袖にすがりつく薫の顔が見れなかった。
 【パンドラ】が流したCMによって増加するエスパーに注目が集まる今、兵器として開発された桃太郎に騒ぎを起こさせる訳にはいかない。
 そのような思いが、彼の心を更に頑なにしている。

 「そんな・・・・・・皆本ぉ!?」

 頑なな皆本に強くすがりつく薫。
 引かれた上着がずれ、露わになった彼の懐にドリーは息を呑む。
 彼の左脇には不二子により持たされているブラスターが吊り下げられていた。

 「! お兄さん・・・・・・その銃」

 「待って! 違うんだドリー。これは管理官に・・・・・・」

 「逃げてモモタロ・・・・・・! そうしないと」

 皆本も桃太郎を飼うことに賛成してくれると思いこんでいただけに、ドリーは大きなショックを受けていた。
 制止する間もなく、彼女は桃太郎をつれ薫の部屋へと引き籠もる。
 念動によって固く固定されたドアを皆本は慌てたように叩いた。

 「やめるんだ、ドリー! そんなことをしても桃太郎のためにはならない!」

 「お兄さん・・・・・・でも・・・・・・!」

 「バベルでよく調べれば能力を封印だってできるかもしれない。そのほうがいい筈じゃないか?」

 桃太郎を逃がそうとするドリーを必死に説得しようとする皆本。
 しかし、彼が口にした能力の封印という考えは、持っている超能力故に過酷な環境から救われたと考えるドリーには到底理解できるものでは無かった。

 「能力を封印・・・・・・? ドリーには・・・・・・わからない! だってレナルドはドリーが・・・・・・」

 「キィィーッ!」

 「モモタロ! 起きたのね! 早く・・・・・・」

 『ドリー、イジメル。コイツ・・・・・・キライ!』

 ドア越しに伝わってくる桃太郎の敵意に最初に気付いたのは、テレパスベースの能力者である明だった。
 膨らんでいく桃太郎の破壊衝動を感じ取った彼は、急いでドアの前から皆本を遠ざけようとする。

 「皆本さん、危険です! ドアの前から・・・・・・チィッ!!」

 「明、アブナイ!」

 何かを感じた明が皆本を突き飛ばした瞬間、高圧な空気の固まりがドアを吹き飛す。
 無防備な姿勢となった明へ襲いかかるドアと衝撃。
 その直撃を防いだのは、彼を庇うように抱きついた獣化途中の初音だった。
 派手に倒れ込み意識を失う初音と明。
 巻き上がった粉塵の向こうには、敵意に染まった目をした桃太郎と、突然の出来事に立ち尽くしたドリーの姿があった。

 「初音ーっ! 大丈夫か、初音ーっ!!」

 倒れ込んだ初音と明に駆け寄る薫たち。
 明に突き飛ばされたおかげで事なきを得た皆本は、彼らを庇うように桃太郎と対峙する。

 「・・・・・・くっ、やめるんだ、ドリー! 桃太郎を止めてくれ!!」

 「! ダメ・・・・・・やめて! お兄さんたちを傷つけないで・・・・・・!」

 ドリーは皆本と桃太郎の間に自分を割り込ませる。
 しかし、彼女の声も桃太郎の怒りを収めることはできない。
 皆本への怒りが切っ掛けとなり、彼の心には過去研究員から受けた様々な仕打ちがフラッシュバックしていた。

 『人間メ・・・・・・! 人間メ!!』

 「ダメ・・・・・・ドリーには止められない・・・・・・! ごめんなさい、お兄さん。モモタロ、来てッ!!」

 ドリーは桃太郎を伴いベランダから外へ飛び出す。  
 引き留めようとした皆本がベランダに飛び出たときには、既に彼女の姿は見えなくなっていた。














 「全く、あの馬鹿たれがッ!」

 東京の夜空に苛立ちを隠せない不二子の悪態が響く。
 彼女の胸に去来するのは、先ほど見たドリーについての悪魔率60%を超える予知。
 それを受け、すぐに皆本に連絡した不二子は彼から最悪に近い状況を聞かされていた。
 初音と明の怪我がさほど酷くない点を除いては、最悪としか思えない状況に再び彼女は悪態をつく。
 戦時中に兵器として開発されたエスパー動物をつれて逃走した、エゲレスの高レベルエスパー。
 問題はバベル内に止まらず、エゲレスとの国際問題にすら発展するかも知れない。
 極めて優れたリーダーシップを発揮した彼女は、短時間のうちに関係部署に現在できうる全ての指示を与えると、自分もまたドリーの探索へと赴いていた。

 「それはこっちの台詞だよ不二子さん・・・・・・」

 「京介!・・・・・・」

 突如目の前に転移してきた兵部に不二子は警戒の姿勢をとった。
 しかし、彼女はすぐに関わっている暇はないとばかりに先を急ごうとする。
 激変するドリーについての状況に、【パンドラ】という新たなファクターが加わるのを彼女は良しとしていない。

 「悪いけど、あなたの相手をしている暇はないの・・・・・・」

 「不二子さんが行っても、もう間に合わないよ・・・・・・八号が予知した。あの子はバベルにとっての敵になる」

 兵部が口にした予知に不二子はさほど驚かなかった。
 予知能力を持ったイルカの脳を、兵部が保護しているのは不二子も知っている。

 「退きなさい・・・・・・京介」

 「嫌だね・・・・・・」

 牽制の様に放った不二子の殺気を、兵部は真っ正面から受け止めた。
 両者から迸る力の放射に、周囲の空気が放電に似た現象を起こしていく。

 「これでも散々我慢したんだぜ。クイーンが泣くのを見たくないからね。でも、もうバベルには任せておけない・・・・・・彼女とエスパー動物は、僕たちが保護する」

 「保護? 犯罪者組織が何をいっているの・・・・・・」

 「ならばあの世間知らずのボンクラが、あの子を幸せにできたとでも言うのかい? 今回のことであの子にも分かっただろう・・・・・・ノーマルの造ったこの世界からはみ出してしまうのは僕たちなんだ。実験動物やドリーだけじゃない。クイーンたちだってそうさ。僕のところに来る以外に幸せになる方法があると思うのか?」

 いつになく多弁な兵部に不二子は苛立ちを隠せない。
 彼女は自分の足止めを行おうとする兵部の意図に気付いている。
 恐らく今頃【パンドラ】のメンバーが全力で捜索しているのだろう。
 不二子はこの状況を脱する為に、敢えて兵部の神経を逆撫でにする。

 「あの3人にしか興味がないと思っていたけど、随分とドリーちゃんに優しいじゃない・・・・・・ひょっとしてあなたも小さな女の子に見境がないの?」

 「怒らせて隙を作ろうとしても無駄だよ・・・・・・」

 「わかっているわよ・・・・・・ドリーちゃんに優しいのは、あの子に自分を重ねているからだものね」

 ロリコン疑惑のすぐ後に発せられた一言。
 兵部の心を揺する本命の言葉は、彼の表情を凍り付かせていた。

 「なん・・・・・・だと?」

 「あの頃はヒュプノなんて言葉は無かったけど、あの男・・・の研究テーマだったわね・・・・・・あなたの能力を引き出したあの男・・・の・・・・・・」

 「黙れッ!」

 兵部の冷静さを失わせ隙をつく。
 不二子の狙い通り、激昂した兵部は彼女に襲いかかろうとする。
 狙い澄ましたかの様にカウンターの体勢に入る不二子。 
 しかし、隙だらけの兵部が彼女に攻撃をしかけることは無かった。

 「しょ、少佐・・・・・・」

 「澪! その姿は一体?」

 兵部に冷静さを取り戻させたのは、桃太郎を手にテレポートしてきた澪の姿だった。
 激しい戦闘をくぐり抜けて来たかのように服は所々破け、手に抱えている桃太郎は激しい恐怖に身を丸めている。
 顔を青ざめさせた澪は震える声をあげながら兵部にすがりついた。

 「ア、アイツ・・・・・・絶対マトモじゃない。コンパクトを覗いた瞬間、急に人が変わってこの子ごと私たちを・・・・・・ッ! 少佐っ! アイツ一体なんなのッ!!」

 遠くで湧き上がった強大な力に澪は言葉を失っていた。
 いや、彼女だけでなく兵部と不二子も信じられないものを見るように遠くの空を見つめている。
 そこではかってエスパー収容施設で起こった、薫の暴走に匹敵する力の放出が起こっていた。













 数分前
 皆本のマンションから僅かに外れた公園にドリーの姿はあった。
 テレポートを重ね、彼女が逃亡先に選んだのは人気のない夜の公園。
 それは桃太郎にこれ以上人を傷つけさせたくないという、彼女の思いが込められていた。

 『チクショウ・・・・・・人間メ』

 「モモタロ・・・・・・落ち着いて」 

 怒りに震える桃太郎をしっかりと抱き抱えるドリー。
 何が彼をそんなに怒らせているのかドリーにはわからない。
 薫の念動、葵のテレポートは身につけた彼女だったが、紫穂のサイコメトリーは発現する兆しすら見せていなかった。

 「もう大丈夫・・・・・・哀しまないで、ドリーがモモタロを守ってあげるから」

 優しく桃太郎の背を撫でながら、ドリーは会った時と同じく彼を捕らえていた念動を緩めていく。
 体の自由を取り戻しても桃太郎は逃げだそうとしない。
 ドリーが口にした一言は彼の心に深く染み込んでいた。
 
 『守ル? 何デ、ドリーハ僕ヲソンナニ・・・・・・』

 「助けて貰えない哀しさを、ドリーは良く知ってるから・・・・・・そして、助けて貰える嬉しさも」

 襲われそうになった自分に差し伸べられた救いの手。
 ドリーはレナルドに助けられた時のことを思い出していた。
 決して皆本のように優しくはないが、確かにドリーはレナルドによって救われている。  
 彼女は自分を助けたことで、レナルドがソフィアの不興を買ったことに気付いていた。

 「一緒にエゲレスに行きましょう・・・・・・」

 『エゲレス?』

 「大丈夫・・・・・・ドリー、必ずレベル7になってみんなに必要とされる。そうすればレナルドがきっと助けてくれるから・・・・・・」

 自分自身に言い聞かせるようにドリーは呟く。
 薫たちと別れるのは確かに悲しい。
 しかし、桃太郎に実験動物ではない生き方をさせるには、それしかないとドリーは考えている。
 実験動物である彼が自由に生きることができるのならば、自分も変わらずに生きていけるのではないか?
 自分が自分で無くなるような力の成長に感じている不安から、ドリーは桃太郎を助けることで逃れられるような気がしていた。

 「無理よ・・・・・・ノーマルが牛耳る国に、エスパーの自由はないの」

 「誰ッ?」

 上空に浮かぶ人影にドリーは身を強張らせる。
 彼女と桃太郎の周囲は、いつの間にか【パンドラ】のエスパーによって固められていた。
 兵部にドリーと桃太郎の保護を任された紅葉は、敵意の無さを示すためにトレードマークのサングラスを外す。
 やや垂れ目がちの素顔が、ドリーに微笑みを向けていた。

 「我々は【パンドラ】・・・・・・兵部少佐の元に集まったエスパーの為の革命組織よ」

 「【パンドラ】!? バベルの敵ッ!!」

 「それでもあなたの敵じゃないわ・・・・・・私たちが敵対するのはエスパーを縛り付ける全てのもの。私たちと行きましょう? ノーマルの作る世界にあなたの幸せはないわ」

 敵意を感じさせない微笑みに解けかかるドリーの緊張。
 しかし、紅葉の後ろから顔を出した人影が、ドリーの心を頑なに閉ざしてしまう。

 「少佐が来いって言ってくれてるのにナニ迷ってるのよ!」

 苛立ちを感じる澪の言葉に、紅葉は驚いたような顔をする。
 同世代の女子がいた方が心を開きやすいとの判断から澪とカズラを連れてきたが、紅葉はドリーと澪の間にある因縁を知らなかった。
 アジトの武器庫が襲撃された日、澪はドリーと戦い苦戦を強いられている。
 そしてその日、兵部の彼女への気遣いを見ている澪は、微かな嫉妬の感情から棘のある態度をとってしまっていた。

 「ひょっとして、まだ【ザ・チルドレン】に加わりたいとか?・・・・・・笑っちゃうわ!」

 「澪、あなたは黙っててッ!」

 固く強張ったドリーの表情に、紅葉は慌てたように澪の言葉を遮るが遅かった。
 ドリーを傷つけた澪に、桃太郎は怒りの矛先を向けていた。
 
 「オ前、ドリーヲ、イジメタナ!!」

 「え!? 何でアンタが私を!!」

 激昂し空気のミサイルを澪に撃ち込む桃太郎。
 しかし澪と桃太郎の空中戦はそう長くは続かなかった。
 戦いに割り込んだマッスルから発された光線が桃太郎を霞め、半身を固められた彼は澪の手に捕らえられてしまう。

 「モモタロッ!」

 桃太郎の危機にドリーが悲鳴をあげる。
 助けを求める彼女に応えるように、ドリーの通信機がレナルドの声を発していた。

 「落ち着けドリー!」

 「レナルド! モモタロが・・・・・・」

 「話は大体聞いている。そのモモンガをエゲレスに連れて帰りたいんだな?」

 「そうです! お願いしますレナルド・・・・・・」

 ドリーが口にした必死の願いに、レナルドは彼らしからぬ優しい声で答える。

 「分かった。私に全て任しておけ。帰るぞドリー・・・・・・我がエゲレスへ」 

 「ああ・・・・・・ありがとうございます。レナルド」

 皆本が認めなかったことを、レナルドは任せろと言ってくれた。
 ドリーの胸に急速に広がってゆく安堵の気持ち。
 それは最初に助けられた晩、彼女がレナルドに感じたものと同じだった。

 「その前に、邪魔者を蹴散らしモモンガを取り戻さなくてはならない・・・・・・ドリー、コンパクトを使え・・・・・・それも最大出力でだ」

 「え? 最大ですか・・・・・・」

 コンパクトを取り出したドリーは戸惑いの表情を浮かべていた。
 自己催眠を助けるコンパクトだったが、最大出力での使用は一度も経験がない。
 自分の内部で育つ得体の知れない力。
 それに感じる不安を消し去ったのは、あの時聞いたレナルドの言葉だった。

 「今の状況を切り抜けるには強い力が必要だ・・・・・・だが、安心しろ。すぐに救助のヘリが迎えに来る」

 その言葉を聞いたドリーに迷いは無かった。
 彼女は出力を最大にしたコンパクトを覗き込む。
 その瞬間、彼女の心に真っ白い雪が降り始めた。

 「そうだ、それでいい・・・・・・私に全てを任せろ」

 「は・・・い。ミスター・・・・・・レナルド・・・・・・・・・・・・」

 急激に降る雪がドリーという少女を埋め尽くしてゆく。
 自我をすべて埋め尽くす程の自己催眠。
 それを可能にするだけの出力をドリーはバベルでの生活で身につけている。
 そして、それに抵抗する最後の心はドリーの中から消え去っていた。
 やがて彼女の自我が雪に覆い尽くされると、レナルドは安堵のため息をつく。

 「最後の最後で間に合ったか・・・・・・」

 「ナニ? この嫌な感じ・・・・・・澪、気をつけな! あの子なんか変だよ!!」

 「あのコンパクトがヤバイのよ! この間と同じ!!」

 不気味なプレッシャーを増しはじめるドリーに、警戒の姿勢をとる紅葉や澪。
 彼女たちの動揺を感じたのか、無線機からレナルドの嘲笑が響いた。

 「ククク・・・・・・もう遅い! エゲレス最強のエスパーが主人格となったからにはな・・・・・・ようこそボニー・・・

 レナルドがその名を呼んだ瞬間、ドリーの瞳に気弱そうな彼女とは異なる別な意志が宿る。
 生まれたての様に無垢な瞳が澪の姿を写していた。

 「ど、どうしちゃったのよアンタ?」

 『ドリー? イッタイ何ガ・・・・・・』

 ドリーに見据えられた澪と桃太郎の背筋に堪らない違和感が奔る。 
 その瞳からは、かって澪に向けられていた嫉妬や、桃太郎に対する慈愛の感情が抜け落ちていた。

 「ボニー・・・・・・手始めにそいつらからだ。殲滅しろ!」

 「はい。ミスター・レナルド・・・・・・」

 レナルドの命令と共にドリーの瞳に敵意が宿る。

 「澪! 何かヤバイ! お前はその子をつれて少佐の所へ!!」

 低レベルながらサイコメトリーを持つカズラが、触手で澪を引き寄せる。 
 次の瞬間、容赦ない一撃が澪と桃太郎に襲いかかった。 











 「うわっ!」

 突如叩きつけられるような衝撃を感じ、バイクを走行中だった賢木は慌ててブレーキをかけた。
 不二子から緊急の呼び出しを受け、ドリー探索に加わろうと皆本のマンションを目指した彼は公園の近くで強い波動を感じ取っている。
 急いで道を変え公園までの最短ルートを走り抜けた賢木は、夜空を飛び回る複数のエスパーと、彼らの攻撃を歯牙にもかけず圧倒的な力を放出し続けるドリーの姿を目撃した。 

 「な、何だありゃぁ・・・・・・」

 彼の目の前で起こっている力の暴走に、賢木はしばしヘルメットを脱ぐことを忘れその場に立ち尽くしていた。
 エスパー収容所で起こった薫の暴走を伝聞でしか知らない彼だったが、夜空に浮かぶドリーから発される力の暴風は容易くそれを想像させている。
 九具津や黒巻を始めとする【パンドラ】のエスパーたちは為す術もなく蹂躙され、仲間のテレポーターが必死に戦闘不能となった者たちをその場から待避させていた。
 周囲を見回した賢木は脱いだヘルメットをバックミラーにかけてから、木陰に潜んでいた男に走り寄る。
 彼は木陰から戦闘を見守っていたレナルドに、ドリーの暴走を止めさせるつもりだった。

 「もう勝負はついた筈だ! 過剰な力の放出はドリーの体にどんなダメージを与えるか・・・・・・早くリミッターを作動させるんだ!!」

 恍惚の表情でドリーを見上げていたレナルドは、自分の肩を揺する賢木にようやく気付いたかのように視線を落とす。
 彼は爬虫類を彷彿とさせる笑みを浮かべ賢木の言葉に答えた。

 「リミッター? そんなものをドリーは装備していない。あれ・・に持たせていたのは我々が開発したESPアップリフト装置―――ブースターだ!」

 「ブースター?」

 賢木の顔に浮かんだ戸惑いの表情に、レナルドはその笑みを益々深めてゆく。
 そこにはここ数日間の卑屈に怯えた姿は無く、勝利を確信した者が浮かべる傲慢さが透けていた。

 「ククク・・・・・・説明してやる義理はないが、あれ・・の過去を口外しなかった善意に免じ話してやろう。あれ・・は装置によって力を底上げされたのだ。元から高い能力を持っていることと相性の問題があって、最適の被験者を見つけるまで苦労したよ」

 「被験者だって・・・・・・!? ドリーを実験台にしたのかッ!」

 「君たちだってやってきたことだ。あのモモンガもそうだろう?」

 「クッ・・・・・・!!」

 戦時中に行われた非人道的な実験の数々。
 世界に先駆けエスパーの実戦配備を行った過去を出され賢木は口ごもる。
 彼が所属するバベルも設立以前の母体にまで遡れば、そこに辿り着いてしまう。

 「あれ・・に行った技術はあの女―――ソフィア・カークランドから持ち込まれた資料を元にしたが、君たちの古い実験記録だったんだよ・・・・・・超能力中枢に外部から刺激を与えつつヒュプノによる自己催眠を行う。近くにいる高レベルエスパーの能力を吸収するためにな・・・・・・誰でも可能という訳ではないが、あれ・・はあの女が思っていた以上の可能性を持っていたよ」

 「超能力中枢を外部から刺激!? そんなことをしたら超能力者だって無事には済まない! ドリーの人格が消える場合だってあるんだぞっ!!」

 賢木の脳裏にコメリカ時代の思い出が蘇る。
 キャロラインという女性の内部に生まれたキャリーという少女。
 彼女と親友の間に起こった悲恋を思い、賢木はレナルドの胸ぐらを掴んでいた。

 「ククッ・・・・・・もちろんわかっている。だがそれがどうしたと言うのだ」

 「嘘だッ! ドリーは過酷な環境から助けてくれたアンタに感謝していた! アンタも身の危険を顧みず・・・・・・」 

 激昂する賢木に薄ら笑いを向けたまま、レナルドは透視プロテクターのスイッチを切る。
 流れ込んできた彼の意識に賢木は声を詰まらせた。

 「・・・・・・助けたのは・・・・・・ドリーの卵と子宮・・・・・・だと? 理想のヒュプノを生み出すための」

 「当初の予定ではな・・・・・・我が国エスパー部隊の母胎を薄汚い精で汚させる訳にもいかんだろう? しかし、もうそれも必要ない」

 レナルドはこれ以上は透視せないとばかりに立ち尽くす賢木を突き飛ばした。
 そのことで賢木はようやく自分を取り戻す。

 「貴様ぁッ!」

 「ボニー、私を守れッ!」

 感情のままにレナルドに殴りかかる賢木。
 しかしレナルドの頬に吸い込まれる筈の彼の右拳は、彼の周囲を包んだ念動の障壁にはじき返されていた。

 「なぜそんな男を庇うんだドリーッ!!」

 「ククク・・・・・・ドリー? あの愚図なガキは消え去った。ここにいるのはエゲレス最強のエスパーボニー・・・・・・・・・ボニー、この男を捕らえろ」

 「はい・・・・・・ミスター・レナルド」 

 強力な念動に拘束され、賢木は苦悶の表情を浮かべる。
 障壁に守られたレナルドはその表情を満足げに眺めていた。

 「どうだ!? あのガキと違って従順だろう・・・・・・私に助けられたことが切っ掛けで生まれた別人格。魔法使い級のヒュプノとなる可能性を持ったボニーを、あの女の目から隠すのは本当に苦労したよ。しかし、もう老化を恐れる女相手の茶番は終わりだ、ボニーの力を使えば高レベルエスパーを次々と産み出し従わせることができる・・・・・・」

 「バカなっ・・・・・・! エスパーは工業製品じゃない!!」

 「君は、感傷的な生きものだな。そんな感情論・・・・・・もう、現実が否定していることに気がつかないのかね? 我が国にいつの間にか入り込んでいた奴らのように・・・・・・」

 「奴ら? 奴らとはなんだッ!!」

 「君が知る必要はないよ・・・・・・尤もボニーに洗脳を受けた後なら教えてやるがね。奴らをエゲレスから追い払うために・・・・・・あ、そうそう、彼女の人形・・にされる前に言っておきたいことがあった」

 レナルドは賢木の耳元に口を近づけると、一言ずつ区切るようにゆっくりと呟く。

 「傑作だったよ、君たちの善人ぶりは・・・・・・体を売らされそうになった過去を臭わすだけで、懸念していたサイコメトリーを控えるとはね」

 「このクソ野郎・・・・・・テメエだけはただじゃおかねえ」

 「ご随意に・・・・・・できるものならね。【ザ・チルドレン】との戦いに勝利し、超能力を昇華させればボニーは魔法使い級のヒュプノとなれる。そうなったら君はボニーの人形・・になるのだから」

 こう呟いたレナルドは、ドリーの存在を感じ取り、公園内に転移してきた皆本と薫たちに凄まじい笑みを浮かべた。
 ドリーの姿を認めた3人は、皆本をその場に残し彼女の元へと走り寄ってくる。

 「来たな【ザ・チルドレン】・・・・・・ボニー、これが、本当の最終段階だ。殲滅しろッ!!」

 「気をつけろっ! その子はドリーじゃねえッ!!」
 
 無防備に近づく3人に賢木は大声で叫んだ。
 
 「ドリーじゃねえって、どういう・・・・・・」

 「危なっ! 気ぃつけい薫!!」

 警告の意味が分からず棒立ちになる薫。
 彼女に迫ったドリーの攻撃を回避したのは、葵の緊急テレポートだった。
 小刻みに転移を繰り返す連続テレポートによって、3人は次々と打ち込まれる攻撃を何とか回避していく。

 「ドリーちゃん、ウチらのことわからへんの!?」

 「ダメだわ・・・・・・やっぱり聞こえてないみたい」

 「3人とも逃げろっ! ソイツはドリーの中に生まれた別人格なんだっ!!」

 賢木はこの場を離れようとしない3人に大声で叫ぶ。 
 ドリーを相手に彼女たちは戦えないと賢木は思っていた。

 「別人格? 賢木先生、今戦っているのはドリーちゃんじゃないと言うの?!」

 「そうだっ! 全てコイツの策略だった・・・・・・俺たちはドリーの別人格を育てるのに利用されたんだっ! 彼女の別人格は君らの能力を吸収して成長する。そして君らを倒すことで別人格が完成してしまう。だから今は逃げろッ!!」

 紫穂は賢木の隣で不敵に笑うレナルドをキツイ目で睨み付ける。
 彼の浮かべた笑いは、事前にそれを見抜けなかった自分に対する嘲笑だと彼女は感じていた。

 「・・・・・・葵ちゃん。しばらく避けるの任せられる?」

 「やるしかないんやろ!」

 紫穂は全ての回避行動を葵に委ねると、リミッターの通信機で朧と連絡を取る。
 彼女が確認したかったのは、ドリーに関する現在の悪魔率だった。

 「2%もあればやる価値はあるわね・・・・・・薫ちゃん。ドリーちゃんと戦うわよ!」

 朧が紫穂に伝えたのは悪魔率98%となったドリーについての予知。
 しかし、紫穂はそれを知った上で敢えてドリーと戦うことを選択した。

 「え・・・・・・でも、ドリーは・・・・・・」

 薫は紫穂の提案に戸惑いを隠せない。
 エスパーに強い仲間意識を持つ彼女は、ドリーと戦う踏ん切りを付けられなかった。

 「一度しか言わないわ・・・・・・ドリーちゃんは私の力を吸収しなかった。それは彼女が無意識のうちに人の心を知るのを嫌がっているということよ・・・・・・この前見たときに分かったの。本人も気付かない深層でドリーちゃんはあの男を信用していなかった・・・・・・」

 「ちゅうことは・・・・・・」

 「そう、今ならばドリーちゃんを取り戻せる」 

 「よっしゃ! 葵、紫穂! このまま一気にいく! でもドリーには・・・・・・」

 「わかってるて! なんとか傷つけんようがんばるわ!」

 「ええ、難しいけど、3人で力を合わせれば・・・・・・」

 元気を取り戻した薫が念動の壁でドリーの攻撃をはじき返す。
 その行動に戦闘の意志を感じたレナルドが高笑いをあげた。

 「ハハッ! 自ら敗北の道を選ぶとはな。逃げなかったことは誉めてやろう」
 
 「そう簡単にやられるかよ! 【ザ・チルドレン】の力、甘く見るんじゃねえぜ!」

 薫はそう言うと念動による一撃をドリーに叩き込む。
 最終決戦の火ぶたはこうして切られたのだった。








 「だめだ・・・・・・ダメージを与えることを恐れている様では」

 公園に隣接するビルの屋上。
 激しさを増すドリーと【ザ・チルドレン】の戦闘に、駆けつけた兵部は彼らしからぬ焦りの表情を浮かべていた。
 彼の隣りに立つ澪は、桃太郎を抱きながらその表情を不安げに見つめている。
 いつも飄々としている兵部が焦りの表情を浮かべる。
 その事だけで澪は今起こっている事態の重大さを感じ取っていた。

 「何をするつもり?」

 戦闘に加わる素振りを見せた兵部の前へ不二子が立ちはだかる。

 「何って、助太刀だよ・・・・・・高レベルヒュプノはかなり厄介な相手でね。今のクィーンたちには荷が重い」

 「ダメよ。行かさないわ・・・・・・」

 「正気か? 不二子さん。このままではクィーンはドリーに勝てないよ。いま彼女たちが戦っているのは・・・・・・」

 「ドリーちゃんの別人格―――ヒュプノを利用した能力強化の副作用によるね。それがどうかしたの?」

 こともなげに言い放った不二子に、兵部は口元を引きつらせる。
 不二子の言動は、エゲレスがドリーに行った人格乖離の危険を伴う能力強化を知りながら放置していたことを表している。
 面と向かって非難しなかったのは、彼女の右眉が微かに痙攣していたからだった。
 自分の感情を無理に押さえると右眉が微かに動く女を彼は昔から知っている。

 「その通りだよ。だから残念だけど・・・・・・これ以上悲惨な運命を引き寄せない為に、彼女にできることはひとつしかない。それをクイーンにやらせようと言うのかい?」

 「そうよ・・・・・・」

 「無理だね・・・・・・ならば、僕があの男を殺す。戦いを命じる者がいなければあるいは・・・・・・それぐらいはいいだろう?」

 「手出しはさせないと言ったでしょう! 過去に囚われているアナタはあの子たちの運命に干渉しちゃならないの!」

 「囚われているだと・・・・・・」

 制止しようとした不二子の言葉は、兵部の神経を必要以上に逆撫でしていた。
 彼は額の傷に指先を触れさせながら、その傷が付けられた日のことを思い出す。

 「囚われて何が悪い。僕の憎しみはこの傷がある限り・・・・・・」  
 
 それは彼にとって決して過去の出来事では無かった。
 胸に2発打ち込まれた弾丸。
 それを防げなかったのは、あの男・・・がそんなことをするはずはないという信頼からだった。
 混乱した脳に叩きつけられる化け物、次の敵という言葉。
 そして、至近距離からの弾丸。 
 あの時自分は死んだ筈だった。
 調度品のガラスに映った頭部から血を流す自分。
 頭に鳴り響く衝撃による甲高い幻聴の中、徐々に光を失う己の目を見ながら感じたのは、ただこのまま死にたくないという思いだった。


 ―――死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない・・・・・・生きろ、そして殺せ!


 ガラスに映った己の目に何度も訴えていた生存の願い。
 最後に感じたのは自分の意志だったのか。
 突如湧き上がった力と共に、生きてノーマルを滅ぼすという思いが胸に広がってゆく。
 立ち上がり、手始めに自分を撃ったあの男・・・を殺す。 
 馬鹿な・・・目覚めるはずは・・・・・・頭の中で鳴り響く幻聴の中、原型を留めなくなる前のあの男・・・は確かにそう口を動かしていた。

 「そう、アナタのノーマルを憎む思いは止まらない。だからあの子たちに干渉してはだめなの・・・・・・アナタや、あの時アナタを救えなかった私はね」

 不二子の悲しげな声に兵部は回想を中断していた。
 彼は額の銃創から指先を離すと、無言で不二子を見つめ返す。

 「あの子たちを信じましょう・・・・・・私たちのような運命をあの子たちは引き寄せないって」

 「ふん・・・・・・いつもの女のカンかい?」

 兵部はいつもの彼が浮かべる皮肉な笑みを浮かべていた。
 それを見た不二子の口元にも微笑みが浮かぶ。
  
 「そうよ。そしてそのカンが、この場に接近中の奴らを近づけちゃいけないと警告を発している。国籍不明・・・・の部隊と、正体不明・・・・のエスパー。Aチームだけじゃ心許ないから、コメリカチームにも応援要請はしてるけど・・・・・・」

 暗に手伝えという気満々な不二子に、苦笑を浮かべた兵部はポケットから携帯を取り出す。

 「分かったよ。相変わらず人使いが荒い・・・・・・もしもし、真木か? 先ほどから・・・・・警戒させている奴らを、絶対こっちへ近づけるな。なんだったらコメリカやバベルと協力してもかまわん」

 「やっぱりね・・・・・・協力感謝するわ」

 「不二子さんの為じゃない・・・・・・それにいよいよクィーンが危なくなったら、躊躇わず加勢するからな! クィーンは信じるが、あのボンクラは信用・・・・・・クッ!!」

 兵部はその言葉を最後まで言うことはできなかった。 
 彼が皆本について何か言いかけた瞬間、薫たち3人はドリーの放った一撃を受けてしまっていた。
 ヒュプノによる精神攻撃と念動による圧搾が同時に行われ、3人は苦悶の表情を浮かべ地に縫いつけられる。

 「なにやってんのよ! はやくバリアかテレポートをっ!! ああっじれったい!!」

 悲鳴のような澪の声が兵部の耳元で聞こえた。
 無防備な姿をさらす3人に、ドリーはとどめの一撃を加えようとしている。
 咄嗟に救出に動こうとする兵部。
 しかし、石になったように固まった彼はそれを行うことができない。
 絶叫した皆本が懐から抜き出したものが、兵部を激しく動揺させている。
 皆本が手にしていたのは、いつか来る未来で彼が薫を撃ち殺すブラスターだった。

 「何故、持たせたッ!!」

 兵部の悲痛な叫びが辺りに響いた。










 「何故だ・・・・・・何故こんなことに・・・・・・僕か? 僕のせいなのか・・・・・・」

 目の前で繰り広げられる戦いに、皆本は為す術もなく立ち尽くしている。 
 朧から聞かされたドリーの悪魔率は98%
 ほんの数時間前まで【ザ・チルドレン】の一員だったドリーが、今では薫たちと激しい戦闘を行っている。
 念動による攻撃。
 テレポートによる回避。
 ヒュプノによる攪乱。
 サイコメトリーによる行動予測。
 高度な駆け引きと力によるぶつかり合いは、一瞬の躊躇も許されない。
 そんな戦闘を目の当たりにしながら、皆本はなんとかしてドリーを目覚めさせようとする。

 「目を覚ますんだドリーっ! 君はあんなに薫に憬れていたじゃないかっ!!」

 必死の呼びかけにもドリーは全く反応しなかった。
 彼女の容赦ない攻撃が次々と薫たちに打ち込まれ、直撃はしないものの徐々に3人の精神力を消耗させてゆく。

 「クソッ・・・・・・なんで目覚めないんだドリーはっ!?」

 先ほど賢木が言ったことが本当ならば、ドリーは消えたのではなく別人格の中で眠っている可能性が高い。
 いや、皆本はドリーの意識が今だ別人格の中に存在していると信じている。
 それはコメリカ留学時代に出会ったキャリーに対する思いでもあった。

 「目を覚ませドリーっ! 君と薫たちが戦う理由など・・・・・・」

 「オマエ・・・・・・ウルサイ」

 「危ないっ! 皆本はん!!」

 叫び続ける皆本に矛先を向けた攻撃は、葵のテレポートによって直撃を免れていた。
 咄嗟のテレポートに着地を誤り倒れ込む皆本。
 しかし彼は苦痛の声をあげるのも忘れ、地に倒れ込んだ姿勢のまま呆然と今まで自分が立っていた場所を見つめている。
 大きく陥没した地面に、彼は自分に向けられた殺意を感じていた。

 「ドリー・・・・・・君は本当に・・・・・・」

 ショックを隠しきれないように起きあがる皆本の脇で、ブラスターがずしりとその存在を主張する。
 ホルスターからのぞいた冷たく光るグリップから、皆本は慌てて目を逸した。

 「皆本っ! ボケッとしてんなっ! ドリーッ! お前の相手はアタシたちだろっ! かかって来いっ!!」

 皆本に向いた攻撃の矛先を逸らすため、薫は挑発を行いながら次々と念動の固まりをドリーに打ち込んでいく。
 同時に行われるアポーツを使った葵の落石攻撃と、紫穂の射撃に一旦間合いをとるドリー。
 一見すると優勢に見える戦況だったが、一度切れた戦いのリズムは彼女たちに極度の疲労をもたらしていた。

 「グラビティバインド精神力低下・・・・・・」

 広範囲に展開した精神攻撃によって更に集中力を失う3人。
 矢継ぎ早に襲ってきた念動の圧搾によって彼女たちは地面へと叩きつけられた。

 「薫、葵、紫穂ーッ!!」

 落下した3人の姿に皆本は絶叫する。
 薫の念動でカバーしたとしてもかなりの衝撃を伴う落下だった。
 苦悶の表情を浮かべ地に縫いつけられる3人に、脇のブラスターが更に存在感を深めていく。


 ―――君が【ザ・チルドレン】とドリーのどちらかを選ばなくてはならない事態が起きないよう祈っているよ


 数日前に聞いた谷崎の言葉が皆本の心に重くのしかかる。
 彼の目の前では、念動で地に押しつけられた3人を数メートルの高みからドリーが見下ろしていた。

 「結局僕はドリーの心をわかってあげられなかった・・・・・・何がお兄さんだッ! 撃つのか? 本当にドリーを・・・・・・薫たちを救うために。予知を変えようとしている僕が・・・・・・」

 逡巡している皆本を他所に、ドリーは腕を前方の3人に向け攻撃の姿勢をとりはじめる。
 精神攻撃によってテレポートも障壁も封じられている3人は完全に無防備だった。
 彼女たちに加えられようとしている最後の攻撃に、皆本はブラスターを引き抜くと大声をあげて走り出す。

 「何故、持たせたッ!!」

 何処かで兵部の声が聞こえたような気がした。
 皆本はその声に応えるように手の中のブラスターを投げ捨てる。

 「撃つ? そんなこと出来るわけないじゃないかっ!!」

 彼はドリーの未来を覆す手段をそれに求めていなかった。
 3人を背に庇いドリーに立ちはだかる皆本。
 守りたい。そして傷つけたくない。
 彼は別人格の中に眠るドリーに愚直な思いをぶつける。
 それこそが彼がドリーに見せたい大切な何かだった。



 
 「・・・・・・・・・・・・・・・」

 標的の前に立ちはだかった皆本を、ボニーは静かに見つめていた。
 何かを訴えかける熱い眼差し。
 しかし、それは彼女の心に何の変化も生み出してはいなかった。
 白く埋め尽くされた世界にボニーは存在していた。
 冷たい雪で醜いものが覆い尽くされた静謐な世界で、ボニーは立ちはだかる男のことを思う。
 ミナモトコウイチ・【ザ・チルドレン】の運用主任・・・・・・ただそれだけだった。
 今のボニーにとって、彼は攻撃目標に割り込んだ肉の壁に過ぎない。
 自分を守ってくれるのはレナルド・ハントであって彼ではない。
 命令を聞いていればレナルドが守ってくれる。
 命令を聞いていれば何も心配はいらない。
 ボニーは考えることを止めていた。

 「研究者として生かしてやろうとも思ったが、馬鹿な男だ・・・・・・ボニー、奴ごと始末しろ」

 「はい。ミスター・レナルド」

 通信機から聞こえたレナルドの命令を、何の躊躇いもなく実行するドリー。
 強大な力が彼女の両手から放出され、皆本ごと3人を呑み込もうとする。

 「皆本ーッ!!」 

 薫が絶叫した瞬間、辺りは眩い光に包まれた。

 







 「予知が・・・・・・」
 
 バベル予知課
 モニターを見上げていた朧は、再び変動をはじめた数値に驚きの声をあげていた。
 先程まで表示されていたドリーに関する悪魔率98%の予知は再び変動をはじめ、数直線上に表示された天使と悪魔の間を光の帯が目まぐるしく移動する。
 なかなか結果が出ない予知に、朧は彼女についての運命が激しく揺らいでいることを理解する。

 「がんばるのよ・・・・・・みんな。そして、無事に帰ってきて・・・・・・」

 予知を変えようと必死に戦う薫たちに向けた祈りにも似た思い。
 今、まさに彼女たちは運命を変えようとしている。
 その変化を感じ取っていたのは朧だけでは無かった。
 谷崎とナオミ、ほたると奈津子、ケンとメアリー、Aチームの面々・・・・・・
 それぞれが己に出来る精一杯のことをやりながら、胸の中で薫たちに頑張れと言い続ける。
 病院に搬送中の明と初音も、救急車の窓から見えた光に祈りを捧げていた。
 そして―――






 「こ、これは・・・・・・」

 皆本は自分を包む眩い光を呆然と見つめていた。
 その光は撃ち込まれたトドメの一撃から彼を守り、更にドリーを包み込もうとじりじりとその大きさを広げてゆく。 
 後ろを振り返った皆本は驚きの表情を浮かべる薫と、彼女の両足にすがり付き何かに耐えている葵と紫穂の姿を目撃する。
 
 「薫ッ! 一体何がッ!!」

 「わからねえ・・・・・・急に葵と紫穂から力が・・・・・・クッ。前の・・・暴走とも・・・・・・違う・・・・・・」

 「ウチは・・・・・・急に力が抜けて・・・・・・皆本はん・・・・・・どうなってるん?」

 限界を超える力の放出と、それと対になるように起こった力の流出。
 初めて目撃する現象に混乱を隠せない皆本。
 しかし、自分の体をサイコメトリーした紫穂の言葉が、皆本に一つの仮説を導き出させていた。

 「・・・・・・ドリーちゃんの・・・・・・コンパクトよ。あれが・・・・・・近くの私たちも・・・活性化・・・・・・」

 「無理に活性化され、オーバーフローした力が、最も単純な念波に吸収?・・・・・・・・・そうかっ! 薫ッ! お前は今、葵と紫穂の力を借りて、ドリーの力を押し返して・・・・・・クッ」 

 声高に仮説を叫ぼうとした皆本は、目の前の光景に絶句する。
 奇跡としか思えない能力の増幅。
 それをもってしても薫の力はドリーには届いていなかった。
 それどころか薫の放つ光は、出力を増したドリーの攻撃に徐々に押し返されはじめる。

 「チクショウ・・・・・・これ以上はもう・・・・・・」

 薫は今の出力が長続きしないことに気がついている。   
 葵と紫穂から来る力の流入は徐々に弱まりつつあった。

 「わりぃ。皆本・・・・・・折角守ってくれたのに・・・・・・」

 悔しさに顔を歪ませ、弱気な言葉を口にする薫。
 そんな彼女を勇気づけたのは、予想もしなかった人物からの言葉だった。

 「ナニあきらめてんのよ! じれったい! 手伝ってやるから早くカタつけなさいよ!!」

 「澪!?・・・・・・アンタ。何で・・・・・・」

 「さっき、ドリーって子に酷いこと言っちゃったのよ・・・・・・少佐たちの話良く分からなかったけど、アイツをぶっ飛ばせば、あの子戻ってくるんでしょう? だったら早くぶっ飛ばして、あの子に謝らなきゃって・・・・・・」

 「やべえ・・・・・・惚れそうだ」

 澪の物言いに薫は笑いを堪えることが出来ない。
 ぶっ飛ばすと謝るを同列に考える単純さ。
 だが、そのシンプルさは、ドリーに攻撃を加える事に躊躇いを感じていた心を軽くしている。
 それは彼にとっても同じだったのだろう。
 澪の背中に隠れるように張り付いていた桃太郎は、勇気を振り絞り薫たちの前に姿を現していた。

 「カオル・・・・・・僕モ、ドリーヲ助ケタイ・・・・・・僕ハドウスレバ・・・・・・」

 「協力感謝する・・・・・・テレパスの君は紫穂に、テレポーターの澪は葵にくっつくんだ・・・・・・みんなでドリーを取り戻そう」

 感謝の言葉に続いた澪と桃太郎に対する指示。
 それを口にした皆本に薫は驚いたような顔をする。
 皆本は自分を見上げた薫に微笑みかけると、彼女の背後に回りその肩にそっと両手を置く。

 「僕も・・・・・・いいかな?」

 「あたりまえだろ・・・・・・皆本」

 薫は感極まった声で皆本に答えた。
 みんなでドリーを取り戻そうと言った彼の一言に、彼女は自分の内側からかってない力が湧き上がってくるのを感じている。
 エスパーやノーマルなど関係ない。
 みんなでドリーを取り戻す。
 最高の気分だった。

 「いくぜっ! ドリー!・・・・・・ちょっと痛いけどガマンしてくれよなっ!!」

 こう叫んだ薫は全力の一撃をドリーに叩き込む。
 みんなの思いを乗せた彼女の一撃は、力の拮抗を容易く打ち破りドリーの体を包み込んでいった。 










 「馬鹿なっ! ボニーが押し負けるだと・・・・・・」 

 眩い光に包まれたドリーの姿に、レナルドの顔からは余裕の表情がはがれ落ちていた。
 数メートルの高さに浮かんだまま、強大な力に補足されたドリーは苦悶の表情をレナルドに向けている。
 何かを訴える彼女の言葉をレナルドは聞こうとはしない。
 レナルドは咄嗟に後ろを振り返ると、エゲレス特殊部隊との合流地点を目指し走り出す。
 彼は己の周囲を包んでいた障壁の消滅に、ボニーの敗北を悟っていた。

 「チッ・・・だが、ノウハウさえあれば・・・・・・ボニー命令だ! 出来るだけ時間を稼げ!」

 「ふざけるなッ! お前もここにいろッ!」

 逃走し始めたレナルドの左膝を、回り込んだ賢木が斜め上から蹴り下ろす。
 半月板が破壊される感触が足から伝わると、レナルドは苦痛の叫びをあげてその場に倒れ込む。
 念動の拘束が解けた賢木は、レナルドの行動を読み先回りしていた。 
 更に賢木はレナルドが銃を抜こうとする動きにあわせ、その銃を蹴り飛ばす。
 賢木は抵抗の意思が感じ取れなくなるまで、容赦なくレナルドを叩きのめすつもりだった。

 「させるかよ・・・・・・サイコメトリーは伊達じゃ・・・・・・チィッ!!」

 しかし、彼はあっさりとレナルドを解放すると、ドリーの名を叫びながら前方に猛ダッシュをかける。
 そこには念動を失い、落下をはじめた彼女の姿があった。





 



 眩い光がボニーを包んでいた。
 その光は彼女の意識を絡め取り、その周囲を包んでいた冷たい雪を徐々に溶かしてゆく。
 彼女はその光を温かいとは感じていない。
 ボニーは自身を包む、綺麗で静謐な世界が崩れることに恐怖していた。
 温かさはいらない。
 醜い世界は見たくない。

 「クッ・・・・・・」

 持てる力を振り絞り、必死に抵抗を試みる彼女を激しい頭痛が襲う。
 ブースターの連続使用による脳の酷使。
 限界を迎える更なる能力使用に、彼女の脳は悲鳴をあげ始めていた。

 「タスケテ・・・・・・レナルド」

 ボニーはこの世界を与えてくれたレナルドに助けを求める。
 しかし、彼女にとって唯一の、そして最後の拠り所だったレナルドは、あっさりとボニーを裏切った。

 「レナルド・・・・・・」

 自分に背を向け逃走したレナルドの姿を見た瞬間、ボニーの世界に亀裂が入った。
 周囲を埋め尽くしていた雪が溶け、ぬかるんだ地面がその姿を現す。
 恐慌状態に陥り、限界を超えた暴走を起こしそうになったボニー。  
 しかし、彼女の能力がそれ以上使用されることは無かった。


 ―――もう・・・・・・終わりに、しましょう


 その声を聞いた瞬間、ボニーは急激に自分の意識が薄れていくのを感じる。
 微睡みはじめた彼女に、その声は静かに語りかける。


 ―――温かい光・・・・・・ねえ、これ翼に見えない? そうか、あの時私が視たのは・・・・・・


 ボニーはその言葉を最後まで聞けなかった。
 己を包む翼がボニーを捕らえていた雪を跡形もなく吹き飛ばす。 
 それと同時に急速に失われる力。
 落下をはじめた彼女は、自分を受け止めようと誰かの名を叫びながら走り寄る男を目撃する。
 それが自分の名であることを思い出し、ドリーは微笑みを浮かべながら意識を失った。
 



 


 エピローグ




 

 バベル医療研究棟
 3日の昏睡の後、意識を取り戻したドリーが最初に見たのは、満面の笑顔を浮かべた賢木だった。 

 「賢木先生・・・・・・ここは?」

 「バベルの医療施設だよ・・・・・・ほら、前に薫ちゃんが入院した」

 賢木の説明に周囲を見回すと、確かに見覚えのある室内だった。
 8畳ほどの室内にベッドと検査機器が一組ある特別室。
 あの時より広く感じるのは、室内にいるのが賢木と女性看護師だけだからだろう。 

 「こんなに広かったんですね・・・・・・」

 「あ、今、面会謝絶にしているから・・・・・・解除すればそのうち」

 「いいんです。自分が何をしたのか、何となく覚えてますから・・・・・・」

 ドリーはそう言うと、ベッドサイドに腰掛けた賢木の腕を指先で軽く触れる。
 そこにある擦り傷は、落下するドリーを受け止めた際のものだった。

 「ありがとうございます。ドリーを助けてくれて・・・・・・・・・・・・カオル先輩やみんなにお礼を言っておいて下さい。みんなのおかげでドリーは目を覚ますことが出来たって」

 「なに言ってるんだ!? そんなの自分で言えばいいじゃないか!」

 ドリーの発言を賢木は笑い飛ばそうとする。
 しかし、ドリーはその言葉に悲しげに首を振るのだった。

 「私、もうバベルにいられませんから・・・・・・」

 「そんな事はない! あれは全部レナルドが仕組んだ事で、君も被害者なんだぞ!!」

 「それだけじゃないんです・・・・・・見て下さい」
  
 ドリーは窓にかけられたカーテンに右手をかざし、頭の中に閉ざされたカーテンが開くイメージを思い浮かべる。
 しかし何度頭で念動をイメージしても、閉じられたカーテンが彼女の意志通り開くことは無かった。

 「私、力を失ってます・・・・・・力を失った・・・・・・なんの取り柄もないドリーはここにいられない・・・・・・」

 「ばかだなぁ・・・・・・カーテンなんか手で開けばいいじゃないか!」

 賢木はそれがまるで大した事でないと言う風に笑うと、窓際に歩み寄り大きな動作でカーテンを開く。
 温かな日差しが部屋に差し込み、ドリーの顔を明るく照らしていた。

 「違います、ドリーはそう言う意味で言ったんじゃ・・・・・・」

 「取り柄なんて作ればいいじゃないか! 沢山勉強してさ! そうだ! 学校に行きながら俺の助手をするてのはどうだい?」

 「賢木先生の助手?」

 突然の申し出にドリーは驚きの表情を浮かべていた。
 自分の思いつきに満足そうに笑うと、賢木はベッドサイドの椅子に座り込み背後の看護師を指さす。

 「そう、ドリーちゃん、このお姉さんの代わりに俺の助手やらない? いやー、天才医師の俺様になにか足りないと思ってたんだけど、やっと気付いた! 女の子の助手なんだよ! ドリーちゃんがやってくれるんなら、学校の面倒とか見ちゃうけど・・・・・・」

 「本気・・・・・・ですか?」

 声を詰まらせたドリーに、賢木は小さく肯くとこう呟く。

  
 ―――君はここにいてもいいんだ・・・・・・


 その言葉にドリーの目から涙があふれ出す。
 彼女が流した大粒の涙に、先程から沈黙を守っていた看護師が何処か上機嫌で悪態をついた。

 「まいったな・・・・・・僕の言いたかった台詞を藪医者に言われるとは」

 「!」

 「お、お前はッ!」

 賢木とドリーは、突然兵部に姿を変えた看護師に驚きの表情を浮かべる。
 そして2人はそのまま深い眠りへと落ちていった。









   
 「桃太郎。そろそろ帰るぞ・・・・・・」

 病室の外。
 窓辺に浮かんだ兵部は、名残惜しそうに窓に張り付く桃太郎に声をかける。
 ドリーを解放した一戦で澪と共に超能力を使い果たした彼は、そのまま兵部に保護されていた。

 「京介・・・・・・モウ少シ」

 「ダメだ。こんな所を不二子さんに見つかったら・・・・・・」 

 「今日の所は見逃してあげるわよ。その代わりお礼も言わないけどね」

 噂の主に背後をとられ兵部は苦笑いを浮かべていた。
 口ぶりからすると、不二子は兵部のやったことに気づいているのだろう。
 不二子の接近に気づかぬほど、彼は消耗していた。

 「別に不二子さんの為にやった訳じゃないけど、ありがたくご厚意に甘えるとするよ・・・・・・ところで、どんな魔法を使ったんだい? コメリカ政府があんなに積極的に動くとは・・・・・・」

 不二子はしばし考えてから、今回の切っ掛けとも言える出来事を口にする。
 その事は兵部と決して無関係とは言えなかった。

 「あのチョビ髭のこと覚えてる?」

 「ああ、今でもたまに夢に見るよ・・・・・・」

 戦前に行われた超能力による欧州への飛行実験。
 その際兵部と不二子は、帝国の総統に親書を手渡している。
 その時かってないほど痙攣した不二子の右眉は、幼かった兵部の心に強烈な印象を残していた。

 「今回調べて分かったんだけど、あの親書の中身ね・・・・・・ヒュプノに関するものだったの。同盟国としての技術提供。結局実用化しなかったみたいだけど・・・・・・」

 エゲレスとカークランド財団で暗躍する前大戦の亡霊。
 その存在を探っていたコメリカは、不二子からの情報に更なる介入に向けて動き出している。
 不二子は情報を流すことで敢えてコメリカを巻き込み、エゲレスとのパワーゲームに勝利しようとしていた。

「成る程ね。それで合点がいったよ・・・・・・今回、偶然にしてはヒュプノがらみのことが起こりすぎた」

 兵部の中で殺気がふくれあがったのを不二子は感じる。
 しかし、それが【黒い幽霊】に対するものであることを不二子は知る由もない。
 ヒュプノによってエスパーを操る謎の集団のことを、彼女はまだ知らなかった。

 「いいことを聞かせて貰った。カークランド財団には、そのうち挨拶に行くとしよう・・・・・・」

 「もう遅いわよ・・・・・・多分、財団の研究部門は解体されるでしょうね。コメリカが調べたところ、ソフィア・カークランドという女は公式には存在しない・・・・・・・・・らしいから。会ったことはないけど、何者だったのかしら?」

 「・・・・・・蜥蜴の尻尾にしてはでかすぎやしないか?」

 「それだけ、本体がでかいのかもね・・・・・・まあ、国際法廷に立たせるレナルドというエサに食い付いてくれるならばよし、ダメならば地道に探し続けるとしましょう」

 「ふん、何を悠長な・・・・・・」

 兵部は窓に張り付いた桃太郎を無理に引きはがすと、テレポートの体勢に入る。
 そろそろ心配した部下が迎えに来てしまうタイミングだった。
 彼は不二子と親しく話している所を部下には見られたくないと思っている。 

 「言っておくが、あの子とクィーンたちを守りきれないようなら、いつでも迎えに来るからな! 今は能力の回復・・・・・に必要だから預けておくがね」
  
 「任せといて・・・・・・」

 兵部が最後に言い残した言葉。
 ドリーの力が戻るという言葉に、不二子は力強く答えていた。
 エゲレス政府から彼女を引き取る算段を考えつつ、不二子は病室の窓からドリーの病室を覗き込む。
 そこには兵部のヒュプノによって眠らされた賢木とドリーの姿があった。


 温かい日差しに包まれドリーは微睡んでいる。
 自分の中に眠る力が再び目覚め、賢木の保護の元、薫たちと共に過ごす未来を感じながら。
 ドリーは夢を見ていた。




 ―――――― 第4のチルドレン ――――――



           終


12話へのリンクはこちら
http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10323
なんとか年内に投稿できました。
この場を借りまして、ゲーム攻略ページにリンクを貼ってくれた管理人aki氏、テキスト化したゲームのシナリオを提供してくれたkei679氏、そして拙い長編を最後まで読んで下さった全ての方に感謝したいと思います。
ありがとうございました。

時間がないので手短に
かなりオリジナル要素を含ませましたが、基本、話の流れはゲームに沿っています。
もし、この話を読んでDSソフトに興味を持たれた方がいれば嬉しいなぁ(ノ∀`)
ご意見・アドバイスいただければ幸いです。


図々しくもキリ番を踏んだ縁でトキコさんにドリーのイラストを描いて貰いました。
http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gazou/ecobbs.cgi?Res=0151
トキコさん、可愛らしいドリーのイラストありがとうございました(*゚∀゚)ノ


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