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第4のチルドレン【10】

 バベル本部
 誘拐騒ぎから一夜明け、皆本は局長室へと緊急の呼び出しを受けていた。
 いつものように2Fでエレベーターの乗り換えを済ませた彼は、3Fのエレベーターホールに着いてすぐその歩みを止める。
 彼の目は思い詰めたように立ち尽くすドリーの姿をとらえていた。

 「ミスター・ミナモトお願いがあります・・・・・・」

 自分を待ちかまえていたかのように通路中央に立ちはだかるドリー。
 その姿に、皆本は彼女の言いたいことを即座に理解する。
 彼女がこれから口することは、先程1Fの待合室でレナルドに散々催促されたことと同じだろう。
 しばらく沈静化していた【ザ・チルドレン】への編入要請は、焦っているとも感じられる必死さで再燃していた。

 「ミナモト・・・・・・ドリーを【ザ・チルドレン】に加えてください」

 「しかし・・・・・・」

 「ドリーには、もうそれにふさわしいだけの「力」があるはずです!」

 はっきりとした物言い。
 いつも自信なげで控えめな彼女が見せた、強い意思表示に皆本は思わず言い淀む。
 人事権や政治的な背景についての理屈を、彼女が求めていないことは痛いほど分かる。
 皆本は、昨日自分が澪を評して言った、彼女が【ザ・チルドレン】の1人になったかも知れないという言葉が、前からそれを強く望んでいるドリーを傷つけてしまったと思っていた。

 「ドリー。君に力があるのは認める。しかし、それは僕だけでは決められないことなんだ。だから昨日の言葉は、能力的に君を差し置いて澪―――あの子を【ザ・チルドレン】に入れようという意味ではないんだよ」

 「それではどうして・・・・・・」

 「あの子には普通の生活を、当たり前のように与えてくれる大人が必要だろうと思っただけなんだ。それは現場運用主任で―――同じチームでなくても出来ることなんだけどね・・・・・・」

 「同じチームでなくても?」

 「ああ、そもそも僕が薫たち3人を最初に指揮したのは、彼女たちと全く関係のない一研究員の時だったしね・・・・・・聞きたいかい?」

 無言で肯いたドリーに、皆本は【ザ・チルドレン】との最初の出会いを話し出す。
 須磨貴理子という運用主任のもとで、厳しく管理されていた彼女たちと自分の出会いを。
 彼はそうすることで、チームとしての枠を越えた、人との繋がりをドリーに伝えようとしていた。








 ―――――― 第4のチルドレン【10】――――――








 「先輩たちにもそんな時が・・・・・・」

 「そう、僕と彼女たちは【ザ・チルドレン】と現場運用主任として出会った訳じゃない・・・・・・僕が最初、彼女たちに手を貸したのは、単に放って置けなかっただけなんだ」

 【ザ・チルドレン】との出会いを語り終えた皆本は、その後、急転換した自分の運命を思い力なく笑う。
 桐壺と朧による詐欺まがいな人事異動によって、なし崩しに担当を引き受けさせられるなどあの時は思っても見なかった。

 「ミナモトは・・・・・・カオル先輩たちのこと・・・・・・好きなんですか? タニザキがナオミのことを好きみたいに・・・・・・」

 「えええっ!? 急に何をっ!」

 「クビになるのに庇ったり・・・・・・それに、ミナモトは今でも先輩たちと仲がいいから・・・・・・好きなのかなって」

 「ボ、僕は子供が普通に子供らしく生きられないのが嫌なんだよ! ま、まあ、仲が悪くはないと思うよ。でもそれは、好きとかそう言うんじゃなく・・・・・・兄妹。そう、言ってみれば、兄妹みたいな感じじゃないかな!」

 不意に聞かれた質問に必要以上にムキになる皆本。
 彼が苦し紛れに口にした兄妹という言葉に、ドリーは寂しげな表情を浮かべる。

 「キョウ・・・・・・ダイ? レナルドとドリーは違います。レナルドがドリーを助け、エゲレスに保護してくれたのは・・・・・・ドリーがエゲレスの役に立つ強いエスパーだから」
 
 「ドリー・・・・・・」

 「でも、ドリーを助けてくれたのはレナルドだけだった。ドリーが強くなればレナルドはずっと助けてくれる。強いドリーなら・・・・・・」

 「僕はそうは思わないよ!」

 静かな、しかしはっきりとした皆本の言葉にドリーは言葉を止めていた。
 皆本は驚いた様子のドリーに、若干しまったという顔を浮かべたが、一つ一つ言葉を選びながら今の発言の説明をする。
 彼は強さに固執するドリーの危うさをなんとかしたいと思っていた。

 「ミスター・レナルドに会ったとき、誰かに似ていると思ったんだけど・・・・・・須磨さんだったんだな。須磨さんという女性は、エスパーが生きて行くには、常に良い子で人の役に立つしかないと考えていた人でね・・・・・・ドリー、1つ聞いてもいいかな?」

 「なんですか? ミナモト・・・・・・」

 「もう一度聞かせて貰えないか? ドリーはどうして【ザ・チルドレン】に・・・・・・いや、薫に憬れているんだい?」

 「それは・・・・・・」

 以前されたのと同じ質問にも関わらず、ドリーは言葉をつまらせていた。
 エゲレスでの訓練時代、他国のエスパーの資料として見せられた粒子の粗い隠し撮りの映像。
 そこに映っていた薫の姿を見たドリーは、自分でも理解出来ないほど強く、明石薫に心惹かれていたのだった。

 「薫がレベル7だからかな? 薫がレベル7のサイコキノじゃなければ君は興味を示さなかった?」

 「ミナモト! それは違います!!」

 咄嗟に出た激しい否定。
 それによって、以前に聞かされたときには思い出せなかったイメージが彼女の脳裏に甦る。
 彼女は己の中で湧き上がったイメージに戸惑ったように、最初に薫を知ったときのことを話しだした。

 「カオル先輩がレベル7と知ったのは後のことです・・・・・・色々な超能力を知るために、ドリー沢山の高レベルエスパーの映像を見ました。その中には、カオル先輩の他にも何人かレベル7が映っていた・・・・・・でも、ドリーにはカオル先輩が特別に―――天使に見えたんです」

 「天使・・・・・・薫が聞いたら照れるだろうね」

 「本当です! ミナモト!! ドリーには見えました。カオル先輩に翼が・・・・・・」

 皆本が信じていないと思ったのか、声を荒げようとするドリー。
 しかし、その声は包み込むような皆本の笑顔に止められていた。

 「信じるよ。それで、実際に会った薫はどうだった?」

 「思っていたよりずっと素敵でした。とっても優しくって・・・・・・」

 「ドリーは薫のこと好きかな? レベル7で無かったとしても」

 「当然です! どうしてミナモトはそんなことを!! あ・・・・・・」
  
 自分が超能力以外の所でも薫に惹かれていることに気づいたドリーは、ようやく皆本の質問の意図に気付いたらしい。
 そのことを察した皆本は、以前ドリーに話したことをもう一度口にする。

 「それが前に言った何かなんだろうね・・・・・・僕は君にもそういうものを見つけて貰いたいんだよ。超能力を鍛えるだけでなくね」

 「・・・・・・どうすれば見つかるんですか? ミナモトの言ったことはドリーには難し過ぎます」

 「はは、そうだね。難し過ぎるかも・・・・・・そうだ! その、よかったらミナモトって呼び方を変えてみたらどうかな。同じ呼び捨てでも薫と違って、堅苦しいかなって」

 「でも・・・・・・どう呼んだらいいのか・・・・・・わかりません」

 咄嗟の思いつきに首を傾げるドリー。
 皆本は、頬を照れくさそうに掻きながら彼女に提案する。

 「そうだな・・・・・・普通にさんづけでもいいんだけど、もう少し親しい感じがいいかな。僕はミスター・レナルドとは違う立場なんだし、できればもっと気軽に接して欲しいな。例えば兄妹みたいにね・・・・・・」

 「ミナモトとキョウダイ・・・・・・ドリー・・・・・・カオル先輩たちともキョウダイに!?」

 「イヤかな?」

 「そんなことないです! ドリー、嬉しいです!!」

 皆本の自信なげな問いかけに、ドリーは大きく首を振ってから顔を輝かせた。

 「でも、キョウダイってどう呼んだらいいのですか!?」

 皆本は踏ん切りをつけるように、コホンと咳払いをしてから口を開く。
 多少の抵抗があるのか、頬がやや赤味を帯びていた。

 「あー、そうだね・・・・・・お兄さん。とかがいいかな?」

 「おにい・・・・・・さん?」

 「う、うん・・・・・・そう。なんだかちょっと恥ずかしい気もするけど」

 「わかりました。お兄さん・・・・・・そう呼びます」

 明るく笑ったドリーを見て、皆本はようやく安心したように肩の力を抜く。
 しかしその安堵は、背後からかけられた若い女の声に一瞬で打ち砕かれるのだった。

 「うん。いいんじゃない! 今みたいに小さい女の子に見境がないんなら、可能性はあるわ!!」

 「人聞きの悪いことを言うなっ! ・・・・・・って誰?」

 軽い調子でかけられた失礼な発言に、つい出てしまったツッコミ。
 咄嗟に振り返った皆本は、背後に立つ見知らぬ美女に目を点にしていた。
 輝くような銀髪に、誘っているとしか思えないはだけた胸元。
 そこから覗く豊かな膨らみはすぐ下のくびれたウエストと相俟い、男なら10人中9人が生唾を呑み込むボディラインを形成している。
 しかし、どうやら皆本はその1人の方に入るらしい。
 彼は突如現れた謎の美女に、堪らなく危険な何かを感じていた。

 「私、壷見不二子―――不二子ちゃん! って呼んでね。キラッ!!」

 「キラッて・・・・・・・・・・・・」

 不二子の口にした、とことん空気の読めていない挨拶に、皆本は軽い殺意を覚えていた。

 「いや〜ん。ノリ最悪〜っ。不二子〜っ、自信無くしちゃう〜〜〜〜っ!」

 額に青筋を浮かべた彼の反応を誤魔化すように、不二子はくねくねと身をくねらす。
 そして急に真顔になると、少し低い声でこう呟くのだった。

 「・・・・・・・・・でも、ロリコンの方がなにかと都合がいいか」 

 「ろ! ロリって・・・・・・訴えるぞアンタッ!!」

 真顔でロリコン扱いされた皆本は、不二子と名乗った女に食ってかかる。
 彼は不二子の手を掴むと、キツイ目で彼女を睨み付けた。

 「み、皆本クン、やめたまえ!!」

 そんな彼の動きを止めたのは、局長室の方から慌てて走ってきた桐壺の声だった。

 「局長! ・・・・・・ひょっとして知り合いですか? この失礼なヒトは!?」

 「失礼なのは君の方だヨ! 局長室に呼んだのに、いつまでもその方をお待たせして・・・・・・その方はバベルの重鎮、壷見不二子管理官殿だ! なんと、こう見えても御歳はちじゅ・・・・・・グハッ!!」

 必要以上の紹介をしようとした桐壺の体が、不二子の念動によって壁にめり込んでいた。
 
 「桐壺君。不二子、歳のこと言われるの嫌いよ・・・・・・」

 「す、すみません。管理官」

 苦しげな桐壺の顔を呆然と見上げる皆本。
 バベル局長である桐壺がここまで萎縮するのを彼は見たことが無かった。

 「か、管理・・・・・・官?」

 「ふふっ・・・・・・あなたと私の階級差を知りたい? 皆本光一二尉」

 皆本に掴まれていない方の腕を持ち上げると、不二子は指先をパチリと鳴らす。
 それが合図だったのか、桐壺直属であるはずのAチームの面々が駆け足で集合し、不二子の背後で一糸乱れぬ隊列を組んだ。

 「上官と知っても腕を掴み続けるなんて、ずいぶんと情熱なのね・・・・・・ひょっとしてお姉さん好き?」

 「し、失礼しました!」

 皆本は慌てて不二子の手を離し、敬礼こそはしないものの直立不動の体勢をとった。
 本来研究員として採用された彼であったが、【ザ・チルドレン】運用主任を引き受ける際の訓練でそれなりの教育は受けている。
 
 「皆本二尉。どうやら、あなたには教育が必要なようね・・・・・・気をつけッ!!」

 不二子が放った裂帛の気合いにビクリと身を固くする皆本。
 先程までの軽薄な態度が嘘のような厳格さが、その声には含まれていた。

 「足を肩幅に開き、目をつぶって、歯を食いしばらないっ!!」

 命令の通りに体を動かした皆本は、軍隊式の精神注入を意識する。
 しかし、彼の聞き間違いを咎めるように、不二子はもう一度皆本に同じ命令を下した。

 「何をしているっ! 目をつぶって、歯を食いしばらないっ!!」

 「へ? 歯を食いしばらな・・・・・・」






 ズッキューン!!





 奇妙な効果音と共に彼の唇を襲った柔らかな感触。
 慌てて目を見開き引きはがそうとするが、猛烈な脱力感に襲われた彼は一切の抵抗する力を奪われていた。

 「ん―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ぷはっ! ご馳走さまでした!! んじゃ、ヘリに運び込んじゃって」

 皆本とのキスを終わらせ、満足げな笑顔を浮かべた不二子は、足腰が立たなくなるほど脱力した皆本をAチームに預ける。
 彼女の命は絶対なのか、Aチーム隊長は緊張の面持ちで命令を復唱すると、皆本を抱え上げた部下たちの先頭を切って格納庫まで駆け足で去っていく。 
 その後ろ姿を見ながら、不二子は桐壺に聞かれないよう口の中でそっと呟いた。

 「あの子たちとは兄妹なんかじゃダメなのよ・・・・・・たっぷり鍛えてあげるからね。覚悟してらっしゃい」

 自分も格納庫に向って足を踏み出そうとした不二子は、視界の隅で固まったように動かないドリーの姿に目を止めると、ニコリと笑いかけた。

 「あらん。ごめんなさいね、お兄さん独り占めしちゃって・・・・・・それじゃお裾分けしちゃおうかしら」

 「ヒッ!」

 それは不二子にとっても予想外の反応だった。
 目の前で起こった濃厚なキスシーンに固まった子供。
 ドリーの硬直をそう判断した不二子は、似たようなスキンシップを彼女に対して行おうとしていた。
 それに対するドリーの反応は、恐怖の相を浮かべた念動による拒絶だった。
 
 「ど、ドリークン! 何を・・・・・・」 

 「平気よ! それよりも、この感じ―――危ないから下がっていて・・・・・・」

 ドリーの念動に吹き飛ばされそうになった不二子は、桐壺に避難を促すとドリーの念動を中和しつつ彼女の背後へとテレポートする。
 パニック状態に陥っている彼女に触れた不二子は、一瞬の驚きの後、やりきれない表情でドリーを抱きしめるのだった。

 「ごめんなさい。ちょっと、冗談が過ぎたようね・・・・・・もう、変なことはしないわ。だから安心して」

 早々にドリーを解放した不二子は、近寄ろうとした桐壺を手で制すと、落ち着きを取り戻しつつあるドリーの目の前にしゃがみ込む。
 未だ警戒を解かないドリーが距離を置くのを、不二子はそのままにしていた。 

 「改めて自己紹介するわ。私の名は壷見不二子・・・・・・よろしくね」

 「フジコ・ツボミ・・・・・・」

 ドリーは聞き覚えのない名に首を傾げる。
 漏洩を防ぐため必要最小限の情報しか与えられていない彼女は、目の前の女が自分が接触を期待されているもう1人の人物であることに気付いていない。
 正体不明の女にジリジリとあとずさるドリー。
 レナルドがもしこの場にいたならば、彼女の行動も幾分変化しただろう。
 しかし、ドリーはソフィアが自分をバベルに送り込んだ真の目的を知らなかった。

 「あなたはエゲレスから来たドリーちゃんね。エゲレス初のレベル7になるために・・・・・・そんなに【ザ・チルドレン】に入りたい?」

 不二子の問いかけに、静かに肯くドリー。
 先程の接触で彼女の過去を垣間見た不二子は、ドリーが見せた拒絶と、力を求める理由を想像し、きつく唇を噛む。
 エゲレス政府からも強く求められているドリーの【ザ・チルドレン】への編入を、バベルが拒否し続けているのは不二子の意志に寄るところが大きかった。

 「もう少し、もう少し、待ってくれるかしら・・・・・・皆本クンを鍛え直すまで」

 「鍛える? お兄さんを?」

 「そう、これから皆本君には色々と背負って貰うから・・・・・・」

 それ以上は話せないとばかりに不二子が口を噤むのと、朧が駆け込んできたのはほぼ同時だった。

 「局長! 壷見管理官! オペレーターからの緊急報告です! 発信器からの信号が入りました!!」

 「発信器!? 報告にあったヤツかしら」

 「はい。昨日盗まれた武器コンテナからの発信です」

 「ぐぬぬ・・・どうします管理官? 皆本君を呼び戻しますか?」

 「え・・・・・・皆本さんはどこに?」 

 皆本が不二子によって拉致されたのを知らない朧は、桐壺の言葉に首を傾げた。
 不二子は特にそのことを説明しようとはせず、彼女にその武器についての情報を訪ねる。
 完全に目覚めるまでに受けた何回かの状況報告によって、不二子は朧の有能さをよく理解していた。 

 「あと何時間かはまともに立てないわよ・・・・・・思いっきり吸ったから。その武器に関する予知は?」

 「予知ではその武器が使用される可能性は3%以下だそうです」

 「それなら、引き続き【ワイルド・キャット】に捜索させましょう。ドリーちゃんもその気みたいだし・・・・・・」

 不二子の言葉に振り返った桐壺と朧は、先程までいたドリーが姿を消していることにようやく気づいた。
 
 「エゲレス政府やカークランド財団の狙いが分からないから、色々と難しい部分もあるけど・・・・・・皆本君と私が帰ってきたらあの子、【ザ・チルドレン】に加えてあげましょう」

 「う・・・大丈夫でしょうか? 入れてあげたいのは山々なんですが、なにぶん【ザ・チルドレン】は我が国の宝・・・・・・」

 「そんなの関係ないわ! 不二子は女の子の味方なんだからね! それに、あの子の力・・・・・・ま、多分、大丈夫よ!!」

 「ちょ、壷見管理官! 多分ってそんないい加減な」

 「不二子の女のカンを信じなさい! それじゃ、ヘリを待たせるのもなんだし、行ってくるわね!!」

 不二子はそう言い残すとヘリポートまで一気にテレポートする。
 これから【ワイルド・キャット】が遭遇する危機に関しては、彼女のカンは働かないようだった。








 




 大規模な人の手による改修が行われたのか、迷路のように入り組んだ洞窟には所々電灯に照らされ、内部を歩くのにさほど苦労はしなかった。
 多数の人間が出入りしているらしく、内部はアリの巣のように所々掘り広げられ、様々な物資を保管したり、簡単な作業をするのに十分なスペースが確保されている。
 洞窟の中頃にある一室に木箱が置かれているのを発見した谷崎は、ドリーを見張り役に残すと、内部に人の気配が無いのを確認した上で、ナオミと共に倉庫らしきスペースに足を踏み入れた。
  
 「ありましたね主任」

 「うむ。やはり洞窟の中に運びこまれていたな・・・・・・」

 木箱に収められた夥しい数の武器弾薬を確認し、谷崎はすぐにずらした蓋をもとに戻す。
 この付近で廃棄されていたコンテナから、谷崎率いる【ワイルド・キャット】がこの洞窟にたどり着くまでそれ程時間はかからなかった。
 周囲を見回すと、奥には更に別のスペースに繋がる通路が口を広げている。
 予想以上に広い洞窟に迷う危険性を考えた谷崎は、早々の脱出を決意していた。

 「さてと、場所は確定した・・・・・・一旦表に出て体勢を整えよう」

 「タニザキ・・・・・・誰か来ます!」

 見張り役を任せたドリーからの報告に、谷崎はすぐ奥の部屋に撤収を命じると物影から様子をうかがう。
 現れたのは、武器を奪ったエスパーらしき数名の男たちだった。

 「倒しますか? タニザキ・・・・・・」

 「静かに、どうも様子がおかしい・・・・・・」

 谷崎はドリーに静かにするよう指示すると、武器庫から漏れ聞こえてくる話し声に聞き耳を立てた。
 敵の指示系統が混乱しているのか、運び込んだばかりの武器を搬出するという指示が出ているらしい。
 谷崎は事態の変化に対応するため、ナオミとドリーに更に奥の場所へと行くよう手で合図する。
 会話による指示伝達を行うには、少なくとも彼らともう少し距離をおく必要があった。
 
 「どうやら、敵の指示系統が混乱しているようだ・・・・・・表で不測の事態が起こっているのかも知れない」

 谷崎の解説に、ナオミとドリーは緊張の面持ちで肯く。
 自分たちがここを訪れたとき、武器を運び込んだ者たちは既に撤収を完了していた。
  
 「予想できない状態での作戦行動は危険だ。あそこにいる連中が武器庫から離れたらば我々も撤収を開始する・・・・・・ドリー。ヒュプノで我々の存在を認知させないのは可能かな?」

 「相手が高レベルな精神系でなければ・・・・・・」

 「よし、それで行こう・・・・・・万一、精神系と出くわした場合ナオミの念動で対処」

 自分の提案に肯いたナオミに、谷崎は頼もしげな視線を向ける。
 しかし、先程1人で見張りに立たせたのがまずかったのか、緊張に強張ったドリーの姿に、彼は一抹の不安を感じていた。

 「もう一度念を押しておく・・・・・・これからの行動は自分の完全確保が第一、戦闘は極力避ける。いいね」

 谷崎は2人に強くそのことを言い聞かすと、彼はバベル本部に向かい状況の報告と救助要請を暗号化文章で送信する。
 本来やらない慎重すぎる手法だが、何事も起こらなければ自分が無能の誹りを受けるだけだと彼は思っていた。




 「チッ・・・・・・悪いがそんな悠長なことはやっていられないんだよ。タニガキ」

 彼らから離れること僅か数十メートル。
 同じ洞窟内を尾行していたレナルドは、ドリーの通信機を通じて聞いた会話に舌打ちをする。
 彼の顔には焦りの表情がありありと浮かんでいた。
 その表情の原因―――今朝の新聞に載っていた、外国人の射殺体が発見されたという記事を、彼は記憶から振り払うように何度も頭を振る。
 殺されていたのは、数日連絡がとれないでいた、エゲレス情報部に所属する彼の友人だった。

 「もう、私には後がない・・・・・・ヒョウブとドリーを接触させる為に、なりふりかまわず行かせてもらうぞ」

 そう呟いたレナルドは目に暗い炎を燃やし武器庫に忍び寄る。
 彼は先程見張り役をしていたドリーに、無線である指示を与えていた。

 コンパクトを使え―――と



 






 洞窟を見下ろす小高い丘。
 兵部京介は、真木の髪で拘束された仲間のエスパーを見下ろしていた。

 「まさか、僕がこれを使うとはね・・・・・・しかし、いつまでも仲間の姿を真似させる方が不愉快だ」

 凍り付いたような無表情さで、兵部は拘束された男にESP錠をはめた。
 仲間だった筈の男は、彼の目の前で出来の悪い特撮のような変化をおこし、みるみる別人へと姿を変えていく。
 問いかけるような兵部の視線に、真木が苛立ちを隠せないように首を振る。
 兵部が収容所にいる間、補佐を行っていた彼も初めて見る男だった。

 「お前は誰だ? ・・・・・・そして僕の仲間をどうした?」

 刃のような兵部の視線にも男は動じず、人形のような無表情を貫いている。
 精神操作されている者特有の反応に、兵部は男から視線を切らず質問する相手を真木に移した。

 「いつからだ・・・・・・真木」

 「コイツが武器強奪の計画を立てた時からだとすると3日前です・・・・・・」

 「そうか・・・・・・」

 その声に含まれた悲しみに、真木は兵部が自分と同じ想像をしていることを理解する。
 姿を奪われた仲間は既に殺されている可能性が高い。

 「・・・・・・申し訳ありません。少佐」  

 真木の声には自責の念が込められていた。
 対ECM用の闘争手段を考えている仲間たちがいたことは、彼の耳にも入っていた。
 各自が計画した犯罪を行うのが兵部の方針とはいえ、仲間へのなりすましを許したのは自分の怠慢だと彼は思っている。

 「お前じゃない。僕の責任だ・・・・・・八号が予知するまで仲間の異変に気がつかないとは。武器をアジトから遠ざける指示は出しているな?」

 「はい、テレポート能力者を中心に作業に当たるよう指示しました」

 「ならば、僕があとするべき事は・・・・・・」

 勤めて冷静になろうとしていた兵部は、事後処理の準備が出来ていることを確認すると、拘束された男の腹部を思いっきり殴りつけた。
 鳩尾に生じた苦痛に男の顔に微かに表情が浮かぶ。そのことを確認した兵部は立て続けに男の腹を殴っていく。
 すぐに意識は失わせない。揺らぐ意識の隙をつき、彼は己のヒュプノで男の正体を暴くつもりだった。

 「やはり操られているな。それも強力な暗示で・・・・・・ッ!」

 危険を察知した兵部が飛び退るのと、男の頭部を貫通した弾丸が彼を襲うのとほぼ同時だった。
 続いて起こった数発の銃声に、兵部は警戒の声を発する。

 「気をつけろッ! ただの銃撃じゃない!!」

 確かに避けたはずの銃弾が、方向を転じたのを彼は見逃さなかった。
 念動で弾丸の勢いを殺し捉えると、彼はその弾丸から相手の情報を読み取ろうとする。
 遠距離では能力者の影響が弱まるのか、彼が手にした弾丸は既に何の変哲もない鉛の固まりとなっていた。  

 「無事か?」

 「お陰様で・・・・・・私の力は銃弾と相性がいいですから」

 兵部の声にこともなげに答えると、真木は周囲に展開した髪を二三度振る。
 彼の髪の中ではケプラー繊維に絡め取られた弾丸のように、数発の鉛玉がぶつかり微かな金属音を立てていた。
 
 「しかし、口封じでしょうか?」

 再びの狙撃を警戒し、周囲を油断無く見回す真木。
 そんな彼の懐で、携帯が見知らぬ番号からの着信を知らせていた。
 
 「貸せ・・・・・・多分、僕宛だ」

 電話が精神攻撃を得意とするエスパーからだった場合、通話した瞬間に攻撃を仕掛けられる場合もある。
 それへの耐性を考慮した兵部は、半ば強引に真木の手から携帯を奪い取ると通話スイッチを荒々しく押した。

 「はじめまして。ヒョウブ・キョウスケ・・・・・・」

 携帯から聞こえてきたのは女の声だった。
 兵部はそれには応えず、周囲の狙撃可能なポイントを目で探す。
 真木の携帯番号は、姿を奪われた仲間の携帯から割り出したのだろう。
 問題は、電話にでたのが自分だと相手が理解していることだった。
 それは即ち、電話の相手が自分を目視できる相手―――狙撃犯と何らかの繋がりを持つことを表している。

 「贈り物は気に入って貰えたかしら?」

 「何が狙いだ?」

 「話が早くて助かるわ。あなたの力が欲しいのよ・・・・・・大人しく私たちのお人形さんになれば、もう狙撃はやめてあげる」
  
 「何を馬鹿なことを・・・・・・不意打ちが通用しないことは実証したはずだ。次の狙撃で位置を割り出せば、今度はこっちが攻撃する番だぞ」

 自分と真木の力量を読み違えているとしか思えない要求。
 そんなふざけた相手に、時間をかける場合ではない。
 電話を切ろうとした兵部の動きを止めたのは、嘲笑混じりに女が口にした一言だった。
 

 ―――洞窟にいる仲間はどうかしらね


 「なん・・・・・・だと?」

 「あそこには発射されるのを待っている銃器が沢山あるでしょ? それがウチのお人形の能力で一斉に発射され、狭い空間で襲ってくるの。それもいきなり・・・・・・あ、おかしな真似をしたらすぐにでも撃たせるわよ」

 「真木・・・・・・中には誰がいる?」

 兵部の問いかけに真木は言葉に詰まっていた。
 そんな彼に、兵部はもう一度質問を口にする。

 「言うんだ・・・・・・司郎」

 「強奪作戦に参加した構成員以外では、マッスル、九具津、紅葉、クッ・・・・・・澪です」

 「分かった・・・・・・それで、何処にいけばいい?」

 真木には相手の要求を呑もうとする兵部の行動を止められなかった。  
 現在行動を共にしている幹部たちは、多かれ少なかれ兵部のこの様な行動によって救われている。
 そして、司郎と呼ばれていた頃の自分もまたその一人だった。

 「あら、素直じゃない・・・・・・それじゃ、独りで今から言う所まで来なさい。あなたがお人形になれるようなら、仲間を殺さないでいてあげる・・・・・・【黒い幽霊】の従順なお人形にね。いい、場所は・・・・・・」

 勝ち誇ったような女の声が電話の向こうから聞こえる。
 しかし、彼女は最後まで兵部に場所を伝えることが出来ない。
 女の声をあざ笑うかの様に、洞窟の内部からは武器弾薬が暴発する爆発音が鳴り響いていた。

 「少佐っ大変です! 洞窟内の武器が急に爆発を・・・・・・! あ、2人とも何処にっ!!」

 「澪はまだ洞窟の中だな? 真木は狙撃者にプレッシャーをかけろ! 自由に動かすな!!」

 「了解です少佐! 紅葉は追尾する銃弾に気をつけろとみんなに伝えろ。分かったなっ!!」

 血相を変えテレポートしてきた紅葉からの報告に、はじかれたように動き出す兵部と真木。
 携帯の向こうから聞こえてきた女の動揺から、二人は今の爆発を互いに予期せぬ出来事だと判断している。
 一瞬おくれて聞こえて来た数発の銃声に、紅葉は自分たちが危機に直面していることをようやく理解するのだった。












 「主任! しっかりしてください! 主任っ!!」

 武器庫で起こった突然の爆発は、谷崎たちにも容赦なく襲いかかっていた。
 索敵のため先行したドリーと自分たちを分断するかのように起こった爆発。
 人為的に燃焼剤を振りかけられたとしか思えない一瞬の延焼と銃器の暴発は、いかに高レベルエスパーの念動の盾とはいえ、やり過ごせたのが奇跡としか思えない破壊の爪痕を周囲にまき散らしていた。

 「グッ・・・・・・ナオミ。まだだ・・・・・・もっと強く押さえるんだ」

 「でも、これ以上力を加えたら主任の体が・・・・・・」

 「やるんだ、2人とも、死ぬぞ・・・・・・」

 ナオミは泣きそうな顔で、血の吹き出す谷崎の肩口を念動で固定する。
 彼の肩の内部には、未だ凶悪な意志で獲物を求める銃弾が、次の獲物に突き刺さろうと出口を探し蠢いていた。

 「なんなんです。この銃弾は」

 「わか・・・らん。ただ、コレを押さえないと・・・・・・ぐぁっ!!」

 爆発による熱と破片をやり過ごした後、武器庫の近くにいたナオミたちを襲ったのは一発の銃弾だった。
 ナオミの念動ではじいてもなお、強力な力で操られた弾丸は執拗にナオミに迫り続ける。
 念動の壁を突き破り、今にもナオミの頭蓋を打ち抜こうとする弾丸。
 それが超能力を受け付けづらい鉛の特性によるものと判断した谷崎は、一瞬の躊躇いも見せず己の体で弾丸を食い止める方法を選択した。
 ナオミに迫る弾丸を自分の肩口で受け止め、その上から彼女の念動で押さえつける。
 無茶としか思えない方法で、谷崎はナオミと己の危機を切り抜けようとしていたのだった。

 「ナオミ・・・・・・もう、止まった。緩め・・・」

 無限にも思える1分が経過し、気絶すら許さない痛みを与え続けていた弾丸は、ようやく彼の中でその動きを止めていた。

 「主任! 大丈夫ですか?」

 「ああ、この手は・・・・・・使える。次の・・・・・・弾丸が来ても・・・・・・」

 「ナニ馬鹿なこと言ってるんですか! 早く逃げましょう。私、ドリーちゃんを捜しに行って・・・・・・」

 はぐれたドリーを探すために立ち上がろうとしたナオミは、痛いほどの必死さで腕を掴んだ谷崎に驚きの表情を浮かべていた。
 

 ―――行くな・・・・・・


 最後の力を振り絞ったのだろう。
 顔面を蒼白にした谷崎は、振り絞るようにそう言うと意識を失いがっくりと首をうなだれる。
 しかし、ナオミの腕を掴んだ彼の手の力は、最後まで抜けることがなかった。

 「どうしよう・・・・・・」

 ナオミは心底困ったように強く掴まれた腕を見下ろす。
 だが彼女にはその手を振り払うことは出来なかった。









 「何なのよアンタはっ!!」

 武器庫の爆発に混乱する洞窟内。
 爆発の被害から逃れようとテレポートした澪は、自分を追尾するように転移してきたドリーを睨み付けていた。

 「これが・・・・・・アオイ先輩の力?」

 自分で行ったテレポートが意外だったような呟き。
 コンパクトを手に持ったまま、夢遊病患者のような笑みを浮かべたドリーに、澪は苛立ちの表情を浮かべる。

 「今の爆発はアンタがやったってワケね。私たちにケンカを売るなんていい度胸じゃない」

 「ケンカ? ・・・・・・そう、ドリー、あなたより強いことを証明する。ドリーの方が、【ザ・チルドレン】にふさわしいっ!」

 ドリーの叫び声と共に襲いかかる念動の攻撃。
 間一髪でかわした澪は、ドリーが口にした【ザ・チルドレン】という言葉に新たな闘志を燃やしていた。

 「アイツの関係者っ! なら遠慮はいらないわね・・・・・・ボコボコにしてやるよっ! スクラッチ!!」

 姿を消した澪の手に驚きの表情を浮かべるドリー。
 そして自分の背後に現れた手に羽交い締めされた彼女は、走り込んできたドリーの前蹴りを辛くもテレポートで回避する。
 距離を置き対峙する2人。
 相手の力量を図りかねているのか、澪は複合能力者らしきドリーに挑発の言葉を吐いていた。

 「フン、気に入らないね・・・・・・サイコキネシスにテレポート、これでサイコメトリーまで使ったら、まんまアイツらじゃんか。もっともレベルは足りないけどね」

 「レベルが足りない? ちがう、ドリーレベル7になる・・・・・・」

 「何よソレ! コンパクトなんか見て、魔法使いにでも・・・・・・ッ!?」

 戦闘中にコンパクトを凝視したドリーを揶揄しようとする澪。
 しかし、彼女はドリーの中でふくれあがる不気味な力に言葉を失っていた。
 
 「チッ! いくら力が上がっても隙だらけよ! スクラッチ!!」

 再び部分テレポートによる攻撃を仕掛ける澪。
 しかし、彼女の攻撃はテレポートの空間把握能力を上昇させたドリーによって空を切っていた。

 「見える・・・・・・どこから、攻撃がくるのか」

 「まずいわね。3分身は使うなと少佐に言われてるし・・・・・・って危なッ!!」

 間髪入れずに襲ってきた念動による攻撃。
 小刻みにテレポートで逃れる澪の通過した場所が、次々と念動の衝撃によって破壊されていく。
 ドリーの攻撃を全て紙一重でかわしながら、澪は最後の手を温存したまま起死回生のチャンスをうかがっていた。

 「あなた逃げるだけ・・・・・・ドリーの方が強い」

 「こんだけ粒子が飛び散れば十分か・・・・・・んじゃ行くわよ! バラけなさい!!」    

 澪が地面に両手をついた瞬間、まるで土埃に潜り込んだかのように彼女の姿がかき消える。
 慌てて周囲の把握をしようとしたドリーだったが、視覚的に空間を見通せる感覚は足下に沸き立つ砂埃には通用しなかった。

 「クッ・・・・・・」

 危険を察知して飛び退こうとしたドリーの足が、僅かな痛みもなく寸断される。
 バランスを崩し地に倒れ込んだ彼女の姿を、地面からせり出すように出現した澪が勝ち誇ったように見下ろしていた。

 「勝負あったわね・・・・・・おとなしく負けを認めないと、二度と戻れないくらいにバラバラにするわよ。アンタがサイコメトラーだったとしても、ここにパワーショベルはないしねぇ・・・・・・」

 部分テレポートによる相手の分解。
 物理的なダメージはないものの、心理的ショックや身体感覚の狂いは相手の戦闘能力を無力化する。
 過去、テレポーターの葵に有効だった手を澪はドリーに対し使っていた。

 「なにを・・・・・・バラバラにするつもり?」

 「なッ!」

 背後からかけられた声に澪は戦慄する。
 後頭部に添えられたドリーの手が、彼女に敗北を知らしめていた。
 このままドリーが力を放出するだけで、自分の意識は簡単に刈り取られるだろう。
 しかし、目の前で起こった光景に、彼女は己の敗北を受け入れられなくなっている。
 確かに地に転がしたはずのドリーの体は、澪の目の前で脱ぎ捨てられたエゲレスの制服に姿を変えていったのだった。

 「ヒュプノ・・・・・・まさか、アンタの力って・・・・・・認めない。アンタが少佐と同じだなんてっ!」

 ヒステリックに叫んだ澪は、兵部に禁止されている3分身を使おうとする。
 1人は確実に倒されるだろうが、残りの2人でドリーを倒せればいい。
 澪はそんな風に考えていた。




 「そこまでにしておけ!」 

  ヒュパッ!

 澪の捨て身の攻撃を間一髪で止めたのは兵部だった。
 彼はドリーの虚をつくように背後に現れると、そのまま彼女に攻撃を加えるような真似はせず、どこかホッとした表情で2人を見つめていた。

 「全く、人が心配していれば・・・・・・」  

 「キョウスケ・ヒョーブッ!」

 慌ててテレポートで距離をとったドリーに、兵部は複雑な表情を浮かべる。
 その顔は彼女の成長を喜んでいるようにも、悲しんでいるようにも見えた。

 「ほう、もうテレポートを覚えたか。でも、前に言ったはずだよ君はもう少し時間をかけて大人になった方がいい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・って、それに、一緒にいるべき仲間が君にもいるんじゃないかな?」

 それが収容所でかけた催眠のキーワードなのか、何かに取り憑かれていたようなドリーの瞳に子供らしい感情の光がもどる。
 自分のヒュプノがまだ有効なことを理解した兵部は、ドリーに微笑みを向ける。

 「あ・・・・・・」

 「思いだしたかい? ここに来る前に偶然見つけたが、あの弾丸を自分の体で包んで止めるとは、なかなか面白いことをする・・・・・・しかし、はやく弾丸を取り出してやった方がいい。今の君の力なら出来るんじゃないのかな?」

 兵部の言葉のままにテレポートしていくドリー。
 闘争より仲間の救助を選択した彼女に、兵部は満足げな笑顔を浮かべていた。

 「少佐、逃がしちゃっていいの?」

 「ああ、まだ命綱が繋がっていることも分かったし、今日の所はね・・・・・・それにしても、澪もよく我慢したね」

 体に負担がかかる3分身を使わなかったことを誉めながら、兵部は澪の頭を2、3度撫でる。
 たったそれだけのことで、自分が戦った相手をみすみす逃がした不満は澪の頭から綺麗さっぱりと消え去っていた。

 「だって、少佐の言いつけだもん」

 甘えるように兵部にすりよる澪。
 しかし、彼女に与えられた褒美とも言える時間はそう長くは続かなかった。


 ヒュパッ!


 「少佐、申し訳ありません。逃げられました・・・・・・」

 「その代わり、味方への被害もほぼゼロです。真木さんが早々に追い払ったおかげでしょうね」

 兵部に報告を行うため、紅葉が真木を連れテレポートしてくる。
 自分たちに降りかかった危機の度合いを認識していない澪は、二人っきりの時間を邪魔されたことに露骨に不満の表情を浮かべていた。

 「上出来だよ・・・・・・あのタイミングで起こった爆発。あれがなかったら、今頃こんな風には話せていなかっただろうしね」

 「そのことでお耳に入れたいことが・・・・・・」

 澪の存在を意識した真木は、爆発を起こしたらしきレナルドを九具津が追跡していることを兵部に耳打ちする。
 そのことを澪に隠したのは、兵部の決断が抹殺である場合を考慮してのことだった。

 「放っておけと九具津に伝えろ・・・・・・今日の働きに免じて1度は助けてやろうじゃないか。それよりも・・・・・・エスパーを食い物にする連中がいると知った以上、今までのようにのんびりとはしてられない。仲間のエスパーを集めるぞ。それも大々的にな」

 「えっ! それでは・・・・・・」

 「ああ、我々【パンドラ】の存在を、世間に知らしめようじゃないか。宣伝は派手な方がいい。電磁波兄弟に連絡をとっておけ」

 本格始動を宣言した兵部に、真木、紅葉、澪の3人は歓喜の表情を浮かべていた。
 早速CMプランを口にし出す澪や紅葉に軽く笑いかけると、兵部はそのまま何処かへと出かけようとする。
 本格始動を宣言した矢先の気ままな行動に、真木は慌てたように兵部に行き先を尋ねた。

 「ちょ、少佐、どちらへ?」

 「クイーンが心配だ。少し様子を見てくる・・・・・・後は頼んだぞ!」

 「あっ・・・・・・」

 皆が制止する間もなく、兵部はバベルを目指しテレポートしてしまう。
 後に残され気まずげな表情を浮かべた真木は、悔しさに唇を噛みしめた澪を励ますように、その肩にそっと手を置いた。

 「少佐はお前の為に、危険に身を晒そうとした・・・・・・それだけは理解しておけ」

 「分かっているわよ。そんなこと・・・・・・・」

 「それなら俺たちも撤収をかけるぞ。ここはバベルに知られてしまった・・・・・・」

 真木の手を振り払った澪は、自分だけ先にテレポートしていく。
 浮かびそうになった涙を2人の目から隠すために。


 第4のチルドレン【11】に続く
11話へのリンクはこちら
http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10317
9話へのリンクはこちら
http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10306
ギリギリでした。11:59に実行ボタンを押しました。
コメントが書いていないとエラーをくらいましたorz

約10分石になった後の再投稿です・゚・(ノД`)・゚・

内容としてはゲームをした人の心に、大きな謎を残した武器返還ミッションと、ドリーに「お兄さん」と呼ばせるアレな行動。それらの整合性をつけるために、原作でしか出てこない【黒い幽霊】を味付けに使いました。
うまく機能しているといいなぁ・・・・・・
ご意見・アドバイスいただけると幸いです。

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