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第4のチルドレン【9】

 家電製品と萌でひしめく雑踏の中を、レナルドは独り歩いていた。
 周囲を歩く外国人観光客に紛れ、彼の存在は不思議とその街に溶け込んでいる。
 彼は周囲の観光客のように時折その歩みを止め、道行く人々や乱雑に陳列された商品に視線を向ける。
 その視線に含まれる凍てつくような鋭さに気付いた者だけが、彼と観光客の違いを感じ取っていた。

 「情報部とは接触できて?」

 ソフィア・カークランドがレナルドに声をかけたのは、彼が雑踏から離れ幹線道路沿いの歩道に足を踏み入れてから5分後のことだった。
 話しかけられたレナルドにその事に関しての驚きはない。
 背後から徐行しながら付いてくる、パールピンクのロールスロイスに気がつかない者などいないだろう。
 彼はとうにソフィア・カークランドの尾行に気がついていた。

 「いえ、残念ながら。ソフィアお嬢様」

 歩みを止めたレナルドに付き合うように、ソフィアの運転手が車を停止させた。
 それまでの徐行にじれるようにしていた後続の車が、大きく迂回して追い越しをかける。
 クラクション等、一切を行わないのはパールピンクのロールスロイスの纏う近寄りがたい空気故だろう。

 「脱獄したクグツの情報を拾えるかと思ったのですが、なかなか尻尾を掴ませないらしく難航しています」

 「ドリーを放っておいて、ずいぶんと悠長なこと・・・・・・キョウスケ・ヒョーブとの接触から大分時間が経ってますよ!」

 「申し訳ありません。お嬢様。しかし、ドリーは確実に成長しています。このまま行けば【ザ・チルドレン】に加わりレベル7の力を我がものに・・・・・・」

 「レナルド・・・・・・あなた何か勘違いしているんじゃなくって?」

 弁解にもなっていないレナルドの言葉に、ソフィアは声のトーンを落とす。
 彼女の不機嫌のサインに、レナルドの顔に緊張が奔った。

 「私の要求は、ドリーにテロメアのコントロールを身につけさせること。レベル7には何の興味も無いと何回言わせれば気が済むのかしら」

 会話のために僅かに下ろした後部座席のウィンドウから、ソフィアの怒りが伝わってくる。
 レナルドは苦労して動揺を押し隠し、彼女の怒りを緩和しにかかった。

 「誤解を与えたようでしたら謝罪します。報告にあげたとおり、ヒョウブは【ザ・チルドレン】の3人、またはその指揮官であるミナモトに何かしらの意図を持って接触しています。度重なる精神攻撃・・・・・・つい先日までミナモトを眠り続けさせたことからも、彼の意図が単純な敵対以外であることは間違いないでしょう。【ザ・チルドレン】に加われば、キョウスケ・ヒョーブと比較的安全に接触する機会も増える。この間の直接戦闘でドリーが無傷だったのは僥倖にすぎません・・・・・・何卒、もうしばらくのご猶予を」

 「筋は通ってると言いたい訳ね? それならば、何故ドリーを【ザ・チルドレン】に加えようとしないのです。もうミナモトは目覚め、職場復帰したのでしょう!?」

 苛立ちを隠さずにソフィアはレナルドの行動を責める。
 彼はドリーを谷崎に預けたまま、独自の行動をとっていたのだった。

 「コメリカが動き出しました・・・・・・」

 その事実はまだ報告されていなかったのか、車内でソフィアが押し黙る。

 「あの・・グリシャムが脱走したとのことですが、私にはそうは思えません。彼を捕らえるために【ザ・チルドレン】に協力を求めてきたのは、高レベル遠隔透視能力者と、流体操作に特化したサイコキノ・・・・・・ドリーが洪水にトラウマを持つと考えての布陣ならば、油断はならないでしょう」

 ヒュプノ能力者であるドリーが、得意とするのはアクアカレントと名付けた精神攻撃だった。
 その際に用いられる現実と見分けが付かない洪水のイメージは、身寄りを洪水で失った彼女自身のトラウマから作り出されている。
 レナルドは彼らの出現に何かを感じ取り、コメリカチームがバベルを離れるまで【ザ・チルドレン】と距離を置くよう、ドリーに指示を出していた。

 「嫌だわ・・・・・・私、てっきりあなたが分不相応な野心を持ったのかと」
  
 「いえ、報告が遅れ申し訳ありません・・・・・・」

 「それではもう少しだけ・・・・・・待つことにします。情報部の友人によろしく・・・・・・」

 不吉な一言を残し後部座席の窓がしまった。
 レナルドには今のソフィアの言葉が最後通牒に聞こえている。
 彼女の機嫌を損ねた者の末路を思い出し、レナルドは顔を緊張に強張らせる。
 走り去るロールスロイスに頭を垂れたまま、彼は背中に嫌な汗が流れるのを感じていた。




 「駄目ね・・・・・・あの男。これだから平民出は嫌なのよ」

 ソフィアはそう吐き捨ててから、不機嫌そうに背もたれへと体を沈める。
 彼女の背後では、頭を垂れるレナルドの姿が既に米粒ほどの大きさに遠ざかっていた。
 しばしの沈黙の後、急に何か思い立ったかのようにソフィアが口を開いた。
 彼女の手には何処かにかけるつもりなのか、携帯電話が握られている。

 「向こう・・・との時差はどれくらいかしら?」

 「まだあのお方・・・・は御休になっておられるかと・・・・・・」

 ソフィアの問いに運転手が錆を含んだ声で答える。
 彼女の言う向こうが何処を指すのか彼には分かっているらしい。

 「あら残念。それではもう少し後にした方がいいわね・・・・・・おじ様に、お人形・・・を何人か使わせて欲しいとお願いするのは」

 借り受ける人材の利用法を考えたのか、そう呟いたソフィアは妖艶な笑みを浮かべていた。 



 



 ―――――― 第4のチルドレン【9】――――――



 



 
 その日、皆本光一は極秘の指令に赴いていた。
 目的地は何の変哲もないビジネス街。
 彼はそこである男との接触を果たすこととなっていた。

 「一体、ヤツはどういうつもりでこんな真似を・・・・・・」

 皆本は懐から一枚のメモを取り出し疑惑の視線を向ける。
 今回の指令は、局長室に置かれていたそのメモが発端だった。


 ──―先日はコメリカのじいさん相手にご苦労だったね。実は君たちにひとつ、至急警告をしておきたいことがあってね・・・・・・聞いておいて損はないと思うよ・・・・・・誰かと1対1で話をしたい。特殊部隊も監視衛星もなしでね。もちろん、こちらも君たちの使者に危害を加えるつもりはないよ。問題は、僕に会いに来る度胸があるヤツがいるかどうかだけど・・・・・・皆本くん、キミはどうだい?

 
 「警告・・・・・・一体、兵部は何を警戒するというんだ」

 皆本は油断無く周囲を見回す。
 目的地には彼の他に人の気配はない。
 出勤時のピークは外れているとはいえ、不自然なまでの静けさだった。

 「僕をお探しかい?」

 「!! 兵部っ!?」

 背後からかけられた声に皆本は慌てて後ろを振り向く。
 皮肉な笑みを浮かべた兵部が、お決まりの学生服姿で宙に浮かんでいた。

 「監視させてもらったよ・・・・・・約束どおり君だけで来たようだね」

 飄々とした態度を崩さず、兵部は皆本の前に降り立つ。
 そして、値踏むような視線で皆本を見上げた。

 「約束を守るとは意外と律儀じゃないか? 皆本くん」

 「お前に義理立てをしてるわけじゃない。この間、裏から手を回してグリシャム大佐を助けてくれただろ・・・・・・」

 「フン・・・・・・だとしたら?」

 「これはそのお返しだ。グリシャム大佐に代わり・・・・・・お前に礼を言っておく」

 言葉とは裏腹の挑むような視線を、兵部は軽く受け流した。

 「フフ・・・・・・なるほど。あのじいさんとは大戦中の顔見知りでね・・・・・・礼はいらないよ」

 「話したいこととはなんだ?要件は、手短に済ませてもらう。僕はまだ、くだらない催眠を見せられたことを忘れた訳じゃないからな・・・・・・」

 兵部の見せる余裕な態度に、度重なる彼からの干渉を思い出した皆本は不快な表情を隠そうとしない。
 そんな彼の態度に肩をすくめると、兵部はやれやれとばかりに溜息を一つついた。

 「意外と根に持つんだな・・・・・・確かに黒巻に手を出させたのは早計だった。僕のクイーンはどうしてる?」

 「”僕の”とか言うなッ!」

 反射的に叫ぶ皆本。
 しかし彼はすぐに、兵部が真剣に薫のことを心配していることに気付く。
 己の意識内に構築された未来予知の世界。
 そこで皆本は何度も悲劇の未来を体験することとなる。
 囚われ眠り続けた皆本を救い出そうと、薫は自分から夢の世界に囚われ、そして彼を無事に救出している。
 彼女に救出法を提案する際、多少のいざこざが兵部と薫たちの間に生じたことも、皆本は目覚めた時の説明で聞いていた。
 そのことを兵部は気にしているのだろう。彼が薫を心配する気持ちに嘘、偽りは無いらしい。
 皆本は個人的な感情を抑え、彼に彼女の近況を伝えることにする。

 「薫なら大丈夫だ。元気だよ・・・・・・」

 「それはよかった。実は、気がかりなことがあってね。今、一度、君に聞きたいんだ・・・・・・クイーンを僕のところに引き渡す気はないか?」

 「そんなまねできるかぁッ! 未来は僕と彼女たちで変えてみせるッ! お前の助けなどいらない!!」

 厚かましい兵部の提案に大見得を切る皆本。
 そんな彼に軽い笑みを浮かべると、兵部は皆本から今の言葉を引き出すのが目的であったかのように、あっさりと自分の提案を引っ込める。

 「そうか・・・・・・そう言うと思ったよ。では、僕も本題について話そうか」

 「え・・・・・・?」

 兵部の態度に皆本は拍子抜けしたように口を噤む。
 今日の本題とは、薫についてのものではないらしい。
 彼がひそめるように口にした言葉は、皆本の予想を大きく外れていた。

 「あの子──ドリーには気をつけたほうがいい・・・・・・」

 「なっ・・・・・・なんだとっ?」

 「彼女とクイーンたちを引き離したほうがいいよ・・・・・・でないと大変なことになる。信用するもしないも勝手だけど、あの人がいつまでも寝ているみたいだから一応警告しておく。彼女はいずれ、危険な存在になる・・・・・・それもとびきりのね」

 「どういうことだっ! お前は何を知っている!?」

 「さあね♪ ただ・・・・・・ちょっと彼女に境遇の似た子を知っているだけさ」

 掴みかかろうとした皆本の手をすり抜け、宙に浮かんだ兵部。
 その顔には本心を伺わせない、わざとらしい笑顔が張り付いていた。

 「待て兵部っ! まだ聞きたいことが・・・・・・」

 「残念、サービスはここまでさ。早く済ませろと言ったのはキミだよ♪ 僕の・・・・・・、僕のクイーンを悲しませるなよ・・・・・・ノーマル!」

 不吉な警告を皆本に残し兵部は消えていく。
 しかし、彼のとった行動自体が不吉な運命の一環であることを、この時の兵部は知る由も無かった。



 「あの男ね・・・・・・少佐が言っていたクイーンってヤツの指揮官は」

 「・・・・・・・・・・・・」

 兵部が立ち去ってより数分後。
 任務終了の報告をしている皆本を伺うように、2つの人影が転移してくる。
 1つは身の丈2メートルを越える大男。そしてもう1つは薫たちと同じ年格好の少女だった。

 「人質には充分よね・・・・・・クィーンってヤツと1対1で戦うための人質には」

 「・・・・・・・・・・・・」

 「それじゃ、行くわよコレミツ!」

 少女は自分に気合いを入れるように、頬をぱちんと叩いてから皆本に向かい走り出す。
 彼女の手が不意に霞むのと、皆本の驚きの声が上がるのはほぼ同時だった。




 

 






 バベル1F待合室
 今ではすっかりお気に入りの場所となったディスペンサー近くの席で、ドリーはナオミと談笑していた。
 手にはナオミと最初に会った時と同じオレンジジュース。
 ドリーはそのジュースが一番好きだった。

 「お、今日は珍しいな! 谷崎のオッサンがいないなんて」

 「カオル先輩! それにアオイ先輩とシホ先輩も」

 突然現れた3人の姿にドリーは驚いたように立ち上がった。
 彼女はここ数日、レナルドの言いつけを守り彼女たちへの接近を我慢している。
 予期しない彼女たちからの接近に、ドリーは驚きの表情をすぐに笑顔に変えていった。
  
 「ええ、何か急に局長室に呼ばれて・・・・・・帰ってくるまで待機って言うからここで時間をつぶしていたの。薫ちゃんたちは?」

 「ん? こっちも皆本が買い物から戻らないから暇つぶしに・・・・・・全く、そろそろ昼飯だっていうのに何やってるんだ皆本はっ!」

 「ほんま、皆本はん何処で油を売っているのやら」

 「まあ、皆本さんも男の人だし色々あるんじゃない?」

 「出た、紫穂の耳年増」

 いつものように軽口を叩きながら、銘々自分好みのジュースを取り出す3人。
 葵が選んだジュースを見たドリーは、小さく驚きの声をあげた。

 「あ・・・・・・」

 「なんや、ドリーちゃん。ウチの顔に何かついとるんか?」

 葵はドリーの反応に首を傾げながら、彼女たちと同じテーブルにつく。
 同じく席についた薫と紫穂も、彼女の反応に不思議そうな顔をしていた。

 「あ、いえ、何にもついていません・・・・・・」

 ドリーは歯切れの悪い返事を口にすると、チラリとナオミの方を見る。
 その視線に気付いたのか、ナオミも曖昧な笑みをドリーに返していた。
 彼女たちが手に持っていたのは、毒サソリドリンクにミルクココア、そして柘榴ジュース。
 正直、美味しいとは言い難い柘榴ジュースを飲み始めた葵に、ナオミは恐る恐る口を開く。

 「葵ちゃん。それ、美味しい?」

 「えっ! お、美味しいで・・・・・・セレブな味っちゅうやつやね。うん・・・・・・」

 微妙に引きつった顔をしながら、柘榴ジュースを飲み続ける葵。
 この場に透視能力者がいたら、紫穂の飲んでいたココアのパックの中で、気泡がぽこりとストローから浮き立ったのが見えたことだろう。
 彼女は持てる力を総動員して吹き出すのを堪えていた。

 「そういや、葵、この前からソレばっか飲んでるよな!? アタシの実家に山ほどあるから、今度、皆本の家に運び込もうか?」

 「あー、そう言えば薫ちゃんのお母さん、ソレのCMやっているわよね。良かったわね。葵ちゃん」

 「そ、そう言えば、そうやったな。ほな折角だからお言葉に甘えとこか」

 何かを含むような紫穂の言葉に、若干慌てたような葵の答え。
 そんな2人の間に生じた微妙な空気に全く気付かず、薫は心底ホッとしたように笑顔を浮かべた。

 「こっちこそ助かったぜ! 母ちゃんがCMやってるか何かで山ほど送られて来たけど、アタシん家、誰もソレ飲まないからさー」

 「え! い、今、何て言うたん?」

 何気ない薫の一言に愕然とする葵。
 僅かに離れた席で休憩中だった【ダブルフェイス】も、彼女と同様の表情で薫の言葉に注目する。
 奈津子とほたるの手には、それぞれ柘榴ジュースが握られていた。

 「ん? 母ちゃんも姉ちゃんも口に合わないって・・・・・・でも、葵がこの味を好きとはな! 割食う虫も好き者・・・って言うんだっけ?」

 「蓼食う虫も好き好きよ。薫ちゃん・・・・・・」

 腹筋をヒク付かせながら、紫穂が薫の間違いを訂正する。
 しかし、彼女が必死に笑いを堪えているのは、薫の言い間違いに対してでは無かった。 

 「う、嘘や! だって雑誌の記事に書いてあったで、アンタのお母さんの若さとスタイルの秘訣は、毎日飲むこの柘榴ジュースだって・・・・・・」

 薫の言葉に狼狽えた葵は、その手に女性雑誌を引き寄せると記載されたページを大きく開く。
 見開きページいっぱいに書かれた効能と推薦文。そして妖艶な水着姿を披露する明石秋江の写真。
 因みにページ下の余白には、この記事は広告ですと小さな文字で書かれていた。

 「バッカだなー、芸能人の言うことなんか真に受けちゃダメだって! スポンサーに不利なこと言うわけ・・・・・・あれ?」

 背後からかかる無言の圧力に薫は振り返る。
 そこには表情を凍らせ、柘榴ジュース片手に立ち尽くす【ダブルフェイス】の姿があった。
 薫は己の失言の大きさにようやく気付くと、誤魔化すようにドリーに話しかけ無理矢理の話題変更を試みる。
 石化した葵や、こういう状況を楽しもうとする紫穂は、当てにならないと彼女は思っていた。

 「そ、そう言えば、ドリーちゃん、最近調子どお?」

 「あ、はい。ドリーの力、少しずつ強くなっています・・・・・・これならばドリーも」

 ドリーも【ザ・チルドレン】に加われる。
 その言葉をドリーはぐっとのみ込んでいた。
 賢木救助の際に味わった、仲間たちとの一体感は彼女の心に温かい何かを残している。
 そんなドリーの気持ちを察したのか、ナオミはこの間の任務のことを口にした。

 「ドリーちゃんの力、凄かったんだから! この間の賢木先生、ドリーちゃんが状態を止めてくれたおかげで助かったって言ってたし・・・・・・」

 「簡単なことです・・・・・・」

 その時の話題を避けるように、ナオミの言葉を遮る。
 しかし、続けて口にした言葉は紛れもない彼女の本心だった。

 「・・・・・・あれは、みなさんが力を合わせたから。エスパーが力を合わせれば凄いことが出来る・・・・・・ドリー、初めて知りました」

 「そうね・・・・・・あの後、視せて貰ったけど凄い回復だった。たしか、もう退院したのよね。賢木先生・・・・・・」

 切り開かずに行われた念動による弾丸の摘出や、賢木自身の生体コントロールによる患部への干渉。
 それらの複合的な要因によって、賢木の傷口は驚くべき回復を見せていた。
 紫穂の表情が何処かうんざりしているように見えるのは、賢木が退院を急いだ理由―――見舞客のバッティングに気付いているからだろう。
 それを皆に言うつもりの無い紫穂だったが、突如会話に加わってきた男は賢木が退院した理由に気がついている様だった。

 「今回ばかりは、賢木君の女癖の悪さに感謝した方がいいぞ! 【ザ・チルドレン】の3人は、すぐに皆本君のマンションに向かいたまえ!!」

 「谷崎のおっさん!」

 彼の言葉と共に起こったリミッターの解禁に、薫だけでなく葵と紫穂も驚きの表情を浮かべていた。
 自分たちの運用主任ではない谷崎によるリミッターの解禁。
 それは皆本の身に何かが起こったという非常事態を意味している。

 「皆本君に泣きつき避難場所を提供して貰った賢木君が、逃げ込んだ皆本君のマンションで不審な置き手紙を発見してね。それにはこう書かれていた―――皆本君を預かった・・・・・・とね。待ちたまえッ!」

 皆本誘拐の情報に、慌てたようにテレポートの体勢に入る葵。
 協力を呼びかけ、共に行動しようとしたナオミとドリーを、谷崎は強い調子で呼び止めた。

 「行くのはその3人だけだ。ナオミとドリーは待機!」

 「どうしてです主任!? 大勢の方が皆本さんを助け出しやすい筈です!」 

 「・・・・・・ドリー、きっとカオル先輩の力になります」

 谷崎の指示に疑問を隠せない2人。
 いや、テレポートを止めた【ザ・チルドレン】の3人も、谷崎の真意を測りかねていた。 
 谷崎はそのまま薫の元に歩み寄ると彼女の肩をしっかりと握る。
 皆本の運命が、その双肩にかかっているとでもいうかの様に。

 「賢木君は既に追跡を始めている。君たち3人なら彼を追うことも可能だろう・・・・・・後のことは我々に任せて、早く行くんだ!」

 「わかったぜ! おっさん!! 行くぞ! 紫穂、葵ッ!! 」

 薫のかけ声と共に【ザ・チルドレン】の3人はテレポートしていく。
 その姿を見送ってから、谷崎は未だ納得がいかない様子のナオミとドリーを振り返った。

 「予知部から知らせが入った。我々はこれより予知阻止のためのミッションに入る・・・・・・本来、【ザ・チルドレン】が行うべきミッションにな」

 谷崎の言葉にナオミは絶句する。
 レベル7に割り振られるミッションは、どれも一筋縄ではいかないものばかりだった。
 それはレベル6の、しかもサイコキノ単体のチーム編成である【ワイルド・キャット】には難易度の高いミッションだろう。
 過保護としか言いようがない谷崎が敢えて買って出た高難易度のミッション。
 彼の意図を察したナオミは、不敵な笑みを浮かべていた。
 
 「私たちがやらなくては、薫ちゃんたちが皆本さんを助けに行けないという訳ですね?」

 「ドリーが頑張れば、カオル先輩たちの助けになる・・・・・・」

 「そうだ、形は異なるが君の働きが【ザ・チルドレン】の力になる。それに、ヒュプノをベースにした複合能力者が加わればこそ、我々がこのミッションを任せて貰えるという訳だ・・・・・・分かったかね?」

 谷崎の言葉にしっかりと肯くドリー。
 収容施設での戦闘以来、彼女は確かに成長していた。 

 「・・・・・・少しだけ見直しました。主任」

 「私のナオミならそう言うと思ってね」

 ナオミは胸に湧き上がる破壊衝動をグッと抑える。
 今回の働きに免じて、彼女は全力で谷崎の発言をスルーするのだった。








 双眼鏡の向こうに広がるコンテナ群。
 油断無く周囲を窺うサングラス姿の人々を谷崎たちは覗っていた。

 「アレが今回の被害者とは多少複雑だな・・・・・・」

 谷崎はそう吐き捨てると背後のナオミたちを振り返る。

 「今回の被害者は、見ての通り普通の人々。彼らの密輸しようとした武器弾薬を、数名のエスパーが強奪しに来るのが予知の内容だ・・・・・・」

 「普通の人々・・・・・・この間、ドリーが戦ったという人たちですか?」

 収容所内での暴走を思い出し、ドリーの顔が強張った。

 「うむ。奴らは何処にでもいる・・・・・・今回、我々が小規模の隠密行動なのは、奴らの抵抗による被害を最小に抑えるためでね。エスパーの襲撃に、彼らが巻き起こした市街戦が多数の被害を生み出すと予知には出ている」 

 「しかし、主任。エスパーが何故武器弾薬を!? それもわざわざ敵対する普通の人々から・・・・・・」

 「たまたま、密輸の情報を知り得たという所かもな。確かに自衛隊や警察を襲撃するより容易いだろうし・・・・・・その辺の所は良くはわからんよ。だが、エスパーが武装化しようとするのは分かるような気がする。直接戦闘の力がない精神系はもちろんとして・・・・・・」

 谷崎は懐から愛用の拳銃を抜き出す。
 黒光りするそれを、ナオミはさほど恐怖を感じずに眺めていた。
 谷崎が万が一にも自分にそれを向けないと思っていることもあったが、例え撃たれたとしても彼女の念動は容易くそれをはじき飛ばす障壁を展開できる。
 そんな彼女の表情を凍らせたのは、谷崎が口にした一言だった。

 「ECM・・・・・・超能力を封じられた状態では、サイコキノも武器に頼らざるを得ない。そのための武器を、対エスパーとの闘争用にECMを使い始めた普通の人々から盗み出すとは、ひょっとしたら意図的な行動なのかもしれんな」

 「そこまで・・・・・・、そこまでしてエスパーとノーマルは戦わなくてはならないんですか・・・・・・」

 悲しげなナオミの顔に、谷崎は何の心配もいらないとばかりに、わざとらしいとさえ言える笑顔を浮かべる。
 昔から落ち込んだナオミに彼はよくこの表情を向けていた。

 「美しいものを愛でる気のない、無粋な者たちの考えは分からんが・・・・・・一つだけ言っておこう。この場では争いは起こさせない。【ワイルド・キャット】の働きでな」

 谷崎は持ってきたアタッシュケースを2人の前で開く。
 有効範囲を広げるのに成功した新型のECCMがその中で出番を待っていた。

 「新型のECCM。これがあれば君たちの力を妨げるものは何もない」

 「でも、それだけでどうするんですか? いくら超能力に制約が無くても、襲撃してくるエスパーと普通の人々、両方を相手には・・・・・・」

 「両方など、相手にする必要はない。ナオミは普通の人々のECM破壊に専念、ドリーは複数攻撃を行い、なるべく多くの普通の人々を無力化する。いいな!」

 「ちょっ! 主任。まだ予知の時間じゃ!!」

 必要最低限の指令のみを行い、谷崎は荷揚げをしている一団に向かっていく。

 「大丈夫。奴らも何処かで襲撃のタイミングを計っているはずだ! それにぐずぐずしていると、皆本君の救助にも間に合わんぞ!!」

 「え! それって・・・・・・」

 驚きの表情を浮かべたナオミとドリーに笑いかけると、谷崎は物影から飛び出し普通の人々に大見得を切る。

 「お前たちは完全に包囲した! 武器密輸の現行犯で逮捕する! 神妙にお縄につけぃ!!」

 銃を構えた普通の人々に突進していく谷崎。
 ナオミとドリーは慌てて障壁を展開しながら彼に追従する。
 なし崩し的に開始された戦闘ではあったが、巻き込まれた2人の顔には不敵な笑顔が浮かんでいた。  




 戦闘はそれなりに激しいものだった。
 しかし、全く予期しなかった奇襲に加え、虎の子のECMを早々に無力化された普通の人々は、そのうち防戦一方となる。
 広範囲への精神攻撃アークインフェルノを行ったドリーと、同じく広範囲攻撃である念動失神制圧サイキック・スタンオブジェクションを使用したナオミによって次々と失神していく普通の人々。
 彼女たちに銃を向け、谷崎に撃たれた男たちの方が後々まで残るダメージを刻まれていた。

 「主任! 大変です!!」

 戦闘開始からしばらくして、武器を満載したコンテナが宙に浮かぶのをナオミが指さす。
 どうやら予知にあったエスパーたちが、どさくさにまぎれ行動を開始したらしい。
 新たなる敵の出現に浮き足立った普通の人々は、もはや烏合の衆でしかなかった。

 「放っておけ! 絶対に手を出すんじゃないぞ! 今は普通の人々の壊滅に全力を尽くすんだッ!!」

 ナオミの迷いを断ち切るように、谷崎はこの地区のリーダーらしき男に拳銃ひとつで特攻をかける。
 リーダーを守る3台の多脚砲台から谷崎を守るため、ナオミとドリーは目の前の敵に集中していった。
 ナオミが障壁を展開し、ドリーが念動で一つずつ多脚砲台を潰してゆく。
 彼女たちにロケットランチャーを向けたリーダーは、谷崎に両肩を打ち抜かれその場に崩れ落ちていった。
 戦闘が一段落したことを確認すると、谷崎は携帯を取り出し本部の予知課へと連絡を入れる。
 予知課から聞かされた報告に、谷崎はようやく肩の力を抜いていた。

 「どうやら、我々のミッションは無事に終わったようだな・・・・・・」

 「無事? 襲撃してきたエスパーにみすみす武器を取られちゃったじゃないですか! どうして放っておけなんて・・・・・・」

 ナオミの言葉にすぐに答えず、谷崎は愛用の煙草をうまそうにふかす。
 彼女が煙草の煙を嫌がるのは分かっている。しかし、彼はどうしても吸わずにはいられない。
 今回のミッションは、彼にとってもプレッシャーを感じるものだった。
  
 「残念だが我々のレベルでは予知を完全に覆せない。今回、我々が行ったのは、拮抗した戦闘による被害拡大を、一方に荷担することで先延ばしにしただけだ・・・・・・」

 「先延ばし? ま、まさか・・・・・・」

 「ああ、盗まれた銃器による被害予知はまだ消えていない。尤も、具体的な被害予知は消え去り、いつかは分からんが、今度は別な被害者が生じるという曖昧な予知に変わったがね・・・・・・だが、それも防いで見せようじゃないか」

 「防ぐ? どうやってです」

 ナオミが疑問を口にした瞬間、ミッション終了の報告を受けたバベル1が爆音と共に姿を現す。
 隠密行動には向かない大型輸送ヘリを、谷崎は少し離れた場所で待機させていた。

 「盗まれたコンテナには戦闘時のどさくさで発信器をつけてある。それもすぐに気づかれないよう時限式のがね・・・・・・そちらの方は、隠し場所を突きとめてから皆本君たちに頼むとしよう。その為に・・・・・・」

 谷崎は応援の部隊が到着したことを確認すると、ドリーに携帯を手渡し薫の元へと向かうように指示を出す。
 キョトンとする彼女を他所に、谷崎はバベル1のパイロットにドリーの輸送依頼を完了させていた。

 「私とナオミは事後処理のために残らなければならない。済まないが、君は一足先に【ザ・チルドレン】と合流し、皆本君の救助を手伝ってやってくれ・・・・・・行き先はその携帯に表示される。彼女にも、先程発信器をつけさせて貰ったからね」
 
 「あ、ありがとうございます。ドリー頑張ります」

 「主任・・・・・・」

 笑顔を浮かべたドリーが、たどたどしい手で薫の位置情報を画面に表示させていく。
 彼女の隣では、谷崎の粋な計らいにナオミが感動の声をあげ・・・・・・かかった。

 「あの・・・・・・これ、壊れてます。カオル先輩がここにいるって・・・・・・」

 「ん? ちょっと貸してみて」

 「あ、ちょ、ナオミには・・・・・・」

 慌てた谷崎を他所に、ナオミはドリーから携帯を受け取ると画面に表示された位置情報を確認する。
 長年彼女を見てきた谷崎でないと分からないレベルで、彼女は怒りのオーラを身に纏った。

 「違う人・・・の位置情報をみてたのよ、ドリーちゃんは。薫ちゃんはこっち、それじゃ頑張ってね」

 勤めてにこやかにドリーを送り出したナオミ。
 彼女はバベル1が遙か遠くに飛び去るまで、張り付いた笑顔を絶やさなかった。
 そして、ギリギリと音を立てるように谷崎を振り返った彼女からは、当然のようにその笑顔は消えている。
 覚悟を完了した谷崎は、どうぞと言わんばかりに胸を微かに逸らせ腹筋に力を入れた。

 「断りもなく人に発信器つけんじゃねえッ! この変態中年がっ!!」

 「グハッ!!」

 炸裂したナオミの念動がいつものように谷崎をコンテナにめり込ます。
 引きまくる応援部隊の隊員たち。
 しかし、彼らは気づかない―――その念動がいつもよりも手加減されていたことを。










 「お嬢ちゃん、目的地の上空についたけど?」

 バベル1のパイロットは、ドリーが差し出した携帯に視線を送ると周囲の地形と見比べ始める。
 発信器の在りかである光点は、現在位置まであと僅かの距離となっていた。

 「多分、あの学校みたいな建物じゃないかな・・・・・・校庭になら着陸できるけど」

 「大丈夫です・・・・・・ドリー飛べるようになりましたから」

 待ちきれないようにダイブするドリーを、驚いた様子もなく見送るパイロット。
 エスパーの輸送を頻繁に行っている彼にとって、この様な状況は日常茶飯事だった。

 「カオル先輩。ドリー手伝いに行きます・・・・・・ッ!」

 学校らしき建物を目指し飛行するドリー。
 飛行を可能とするサイコキノを手に入れて日が浅い彼女は、何処か危なっかしい飛び方で目的地へと向かってゆく。
 今、ドリーがバランスを崩したのは、連続テレポートによって移動する、大男と少女の人影を見たからだった。

 「今の子もエスパー? でも、あの子泣いていた・・・・・・」

 ほんの一瞬すれ違っただけの少女。
 しかし、ドリーは彼女のことが不思議なほど気になっている。
 自分とそう歳が違わないエスパー少女に感じる、不安に近い感情。
 そしてその訳は、最も残酷なタイミングで彼女に知らされるのだった。




 「あの子・・・・・・今、泣いとった?」

 「また、会えるかしら?」

 何処か複雑な表情を浮かべた葵と紫穂。
 そして無言で破壊されたショベルカーを見つめる薫に、ドリーは出て行くタイミングを逸している。
 物影から3人を見つめる彼女は、葵と紫穂の言葉に先程すれ違った少女を連想していた。

 「君たち、大丈夫か!」

 「皆本はん! ウチらは大丈夫やけど・・・・・・」

 「あの子が・・・・・・」

 駆けつけた皆本にすがりつく葵と紫穂。
 先程の少女との間に何があったのか、彼女たちはやりきれない思いを抱えているようだった。

 「ああ、僕も見てたよ。きっと、また会えると思うよ」

 「そうだよな・・・・・・そうに決まってるよな、皆本!」

 皆本の言葉にようやく表情を取り戻す薫。
 尊敬にも似た感情を抱く薫がそこまで気にする少女に、ドリーは微かな嫉妬を覚えていた。

 「おーい! そっちは無事かっ」

 「賢木! あの大男は!?」

 「こっちもあの大男には逃げられちまったよ。病み上がりにあの手の相手はキツ過ぎるぜ! あの子は?」

 駆けつけた賢木の言葉に皆本は力なく首を振った。

 「逃げちまったか。しかし兵部の所にもあんな子がいるとは」

 「もしあの子がバベルにいたら【ザ・チルドレン】の1人になってたかもしれないな・・・・・・」

 「違う!!」

 何気なく呟いた皆本の一言に、ドリーは思わず飛び出していた。
 自分でもどうしようも無いほど、胸の中で感情が渦巻いている。

 「ドリー・・・・・・どうしてここに?」

 「チルドレンになるのはドリー。さっきの子ではありません。カオル先輩たちと一緒に戦うのは・・・・・・ドリーにはそのチカラがあります。だから、ドリーこそふさわしい・・・・・・」

 「おい、落ち着けよ!そんなのどうでもいいことだろっ?」

 明らかに通常ではないドリーの剣幕に、薫は思わず皆本とドリーの間に割り込む。
 先程戦った澪という名の少女と似たような危うさを、彼女はドリーに対し感じていた。

 「・・・・・・カオル先輩も、そう思いますか?」

 「え?」

 「ドリーより・・・さっきの子のほうが【ザ・チルドレン】にふさわしい?」

 「何言ってんだよ! アタシはそんなこと!!」

 「・・・・・・ッ!!」

 何かに耐えきれなくなったようにドリーは走り出す。
 突如現れた【ザ・チルドレン】になったかも知れないという少女。
 彼女の存在がドリーを混乱させていた。


 ―――強くならなくては。もっと強くならないと、【ザ・チルドレン】に、カオル先輩と一緒に闘えない。今のままのドリーでは・・・・・・


 バベルに来てからの温かい思い出を振り払うように頭を振るドリー。
 震える手がポケットからコンパクトを取り出すと、彼女の心に再び雪が降り始めていった。


 第4のチルドレン【10】に続く


10話へのリンクはこちら
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何とか今回も間に合いました。
本当はもっと余裕があった筈なんですが、飼っている犬が血を吐きまして、大慌てで病院に連れっていたらこんなギリギリになりました。
しかし、一話のボリュームがどんどん大きくなるなぁ(ノ∀`)
ご意見・アドバイスいただければ幸いです。

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