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第4のチルドレン【8】

 赤、黄、オレンジ・・・・・・
 色とりどりの花が、ドリーの手の中で咲き誇っていた。
 彼女は鮮やかな色彩の花束に顔を近づけ、そっと息を吸い込む。
 優しい香りが鼻孔をくすぐり、ドリーは自分の選んだ花束に満足げな笑みを浮かべる。
 花束を買ったのは初めてだった。
 店先に並んだ多彩な花に目移りしつつ、店員の女性に手伝ってもらいながら選んだ花束。
 赤を基調とした色彩は、薫のイメージを意識したものだった。
 収容施設での脱走騒ぎから一夜あけ、ドリーは暴走のダメージを調べるため入院した薫の病室へと向かっていた。

 「あの・・・・・・ありがとうございます。ミスター・レナルド」

 隣を歩くレナルドを見上げ、ドリーは感謝の言葉を口にする。

 「・・・・・・ん、ああ、何がだ?」

 「お見舞いの花を買ってくれて・・・・・・すみません。選ぶのに時間をかけてしまって」

 薫への見舞いに花束を買おうと提案したのはレナルドだった。
 彼は院内に隣接した花屋ではなく、それなりに値の張る専門店へとドリーを連れ出している。
 そして彼はドリーに好きな花を選ばせている間中、大人しく花屋の店先から道行く人々を眺める。
 ドリーの決断力の無さに苛立ちを隠さない、普段のレナルドからは考えられない行動だった。

 「気にするな・・・・・・それより、少し急いだ方がいい。タニガキとの約束の時間に遅れそうだ」

 今日の集合場所として、薫の病室を指定したのは谷崎だった。
 大方、急に懐かなくなったドリーを気に病む、ナオミに対しての気遣いなのだろうが、レナルドにとっては渡りに船の状況だった。
 レナルドは時間を気にしたように腕時計に目をやると、薫の病室を目指し歩くペースを早める。
 歩幅の異なるドリーは小走りになるが、それでも彼に遅れまいと花束を気遣いながら必死にあとを追いかけていた。
 正面入り口を抜け、【ダブルフェイス】にIDカードを提示し、通常は使わないエレベータで病棟へと向かう。
 再び腕時計に目をやり約束の時間に間に合っていることを確認すると、レナルドはそのまま歩くペースを落としドリーに先頭を歩かせるようにした。






 ―――――― 第4のチルドレン【8】――――――






 ドアが閉じられた病室の前でドリーは足を止めた。
 中から賑やかな談笑が聞こえ、病室のネームプレートに薫の名前はないものの、そこに彼女が検査入院しているのがはっきりとわかる。
 レベル7である薫にあてがわれたのは特別な個室らしく、病院らしからぬ楽しげな賑やかさがスライド式のドアを通し伝わって来ていた。

 「・・・・・・どうした? 早く入れ」

 ドアをノックしようとした姿勢で動きを止めたドリーに、レナルドがいつもの冷たい声をかけた。
 部屋の中からは【ザ・チルドレン】の3人と談笑する皆本や賢木、そしてナオミの怒鳴り声が聞こえてくる。
 続いて聞こえた衝突音と苦しげな声は谷崎の声だろう、そしてそれに対して湧き上がる薫たちの笑い声。
 部屋の中から伝わる賑やかさに、躊躇を見せたドリーはなかなか部屋に入れないでいる。
 彼の表情にいつものような苛立ちが浮かび始めた頃、急に周囲の光景が一変した。


 ヒュパッ

 「2名様ご案内〜」

 ドリーとレナルドは最初自分に何が起こったのか理解できなかった。
 周囲の光景は個室の病室へと変化し、ベッドの上であぐらをかく薫の周囲を数人の見舞客が囲んでいる。
 驚いたように固まったドリーに、笑顔を浮かべていた葵の表情が微かに引きつった。

 「あれ? ひょっとして・・・・・・初めてやった? テレポート・・・・・・」

 同じエスパーとしての気安さから、つい部屋の前で躊躇している彼女たちを転移させてしまったが、どうやら二人はテレポート慣れしていないらしい。
 蠅との融合や石の中への出現など、転送事故のイメージが根強い人には抵抗があるだけに、非常事態を除いては許可無くテレポートさせるのは問題ある行為とされている。
 彼女の問いかけに答えられないドリーに代わって、最初に声を発したのはレナルドだった。   

 「かまわんよ・・・・・・貴重な体験をさせてもらった」

 昨日見たレベル7の力が影響しているのか、彼にしては破格のコミュニケーションと言えた。
 彼は何かを言おうとした皆本を手で制し、戸惑うドリーを急かすようにいつもの素っ気ない調子で呼びかける。

 「ドリー、黙ってないで挨拶をするんだ」

 「あ、はい。 あ、あの、これ・・・・・・」

 レナルドに促され、背筋をのばしたドリーはどもりながら薫に花束を差し出す。
 彼女の挨拶に応えたのは、明るいお日様のような笑顔だった。

 「うっひゃー。アタシ、花なんて貰ったの初めてだよ! ありがとうな。ドリーちゃん」

 「嬉しいです・・・・・・カオル先輩に喜んでもらえて。ドリー、花買うの初めてで」

 「へえー、この花選んだのドリーちゃんなん?」

 「センスいいわね。薫ちゃんにぴったり」

 薫だけではなく、嬉しそうにドリーの花束を見つめる葵と紫穂。
 彼女たちの反応に、ドリーは心よりの笑顔を浮かべていた。 
 いつの間にかドアの真横まで下がっていたレナルドは、無言のままドリーの様子を見守っている。
 ほんの僅かな時間、彼と谷崎との間に殺気の応酬にも似た緊張が奔る。
 彼の目の前ではナオミが多少の躊躇をみせながら、ドリーに話しかけようとしていた。

 「よかったら、花瓶に活けてきましょうか?」

 ナオミの言葉にドリーはキョトンとした顔をする。
 しばらく考えた彼女は、ようやく自分の見舞いの花を挿す花瓶が部屋に無いことに気づいた。

 「あ、ナオミ先輩。ドリーも行きます」

 「いいのよ! ドリーちゃんは来たばっかりなんだから、じゃあ薫ちゃん、少しの間お花借りるわね」  

 己に向けられた先輩という言葉に、ナオミは花のような笑みを浮かべていた。
 その言葉を口にしたドリーには、ここ昨日の思い詰めたような印象は感じられない。
 浮き立つような気持ちを隠そうとせず、ナオミは薫から花を受け取ると上機嫌で花瓶を捜しに出かけてゆく。
 そんなナオミの様子に安堵の表情を浮かべた谷崎も、彼女に付き添い部屋を後にした。

 「でも、本当にありがとうな・・・・・・」

 二人が出ていったのを見送ってから、薫は彼女らしからぬ神妙さでドリーに口を開いた。

 「いや、ドリー、花瓶のこと気が付かなくって・・・・・・」

 「そんなことじゃないわよ。昨日、手伝いに来てくれてたんでしょう?」

 「そうや、後で聞いてビックリしたで」

 「でも・・・・・・ドリー、先輩たちの役には・・・・・・ドリー、先輩たちと一緒に闘えませんでした」

 昨日の戦闘を思い出し、ドリーは複雑な表情を浮かべていた。
 彼女たちと共に闘いたいとの思いから、暴走しかかってしまった自分。
 その無力感による焦りと、兵部に言われたゆっくりと成長すれば良いという言葉が、ドリーの心で揺れていた。

 「バッカだなぁ・・・・・・一緒に戦ってたじゃんか!」

 「え?・・・・・・」

 呆れたような薫の言葉に、ドリーは驚きの表情を浮かべた。

 「ドリーちゃんが、敵を引きつけてくれたから、ウチらの戦闘回数がぐっと減ってたんやで!」

 「そのおかげで、人質だった皆本さんを助けることができたの。ありがとうね、ドリーちゃん」

 「アタシ、あんなことになっちゃったから、すぐにお礼を言えなかったけど、本当にありがとう。」

 「ドリーが先輩たちと一緒に・・・・・・ドリー、先輩たちの役に立った・・・・・・」

 感激に声を震わせたドリーに、薫は照れたように頬を指先で掻いてから天真爛漫な笑顔を浮かべる。 

 「ああ、スッゲー助かった! これからもよろしくな。ドリー」

 呼び捨てにしたのは友情の証しだろう。
 薫は紫穂や葵にそうするのと同じように、ドリーに親愛の情を込めて呼びかける。
 まるで彼女が4人目のチルドレンであるかのように。
 そんな薫の様子に微笑みを浮かべながら、黙ってことの成り行きを見守っていた皆本が会話に加わろうとする。
 彼はドリーとレナルドに、改めて礼の言葉を伝えようとしていた。

 「僕からも礼を言わせてくれないかな・・・・・・ありがとうドリー。本当に助かったよ。情けないけど、今回は助けられてばっかりだった。ミスター・レナルドも・・・・・・!?」

 レナルドに向き直った皆本は、突如廊下に躍り出た彼に言葉を失っていた。
 何事かと後を追おうとした皆本を留めるように、賢木が彼の肩をポンと叩く。
 レナルド同様、何かに気づいたらしき賢木も廊下に彼を追っていた。

 「どうかしましたか? ミスター・レナルド」

 無人の廊下を見回すレナルドに、賢木は何気ない風を装い話しかける。

 「いや、何でもない。私は子供が好きではないのでね・・・・・・あの空気に耐えられなくなっただけだよ。ドクター・サカギ」

 「はは、賢木です・・・・・・それで、誰もいない・・・・・廊下に出てきたと」

 賢木の含むような言葉に、レナルドは彼が言いたいことを即座に理解する。

 「誰もいない?・・・・・・しかし、先程は確かに何者かの気配が」

 「逃げたんでしょうね。または遠視か遠隔操作系の能力者がその能力の発動を止めたか・・・・・・ざっと気配を探りましたが、今は・・無人です」

 リミッターを解除した賢木に、レナルドは微かに表情を強張らせた。
 その反応に樹海の研究施設でのことを思い出した賢木は、リミッターのスイッチを彼に見えるように入れ直す。

 「約束どおり、彼女には能力を使っていません・・・・・・」

 「日本にも紳士はいたということか・・・・・・」

 賢木の言葉に薄い笑いを浮かべると、多脚砲台を沈黙させる際に起こった不思議な出来事は伏せたまま、レナルドはその時から感じている違和感のみを口にする。
 誰かに監視されているような感覚。
 ソフィアに確認してみたが、財団の関与ではないらしい。
 彼はバベル内部にスパイが入り込んでいる可能性を賢木に伝えていた。
 














 数日後
 医務室にやってきた皆本は、賢木の顔をみるなり深く溜息をついた。
 どうやら予想通りの事態が起こったことに、賢木は苦笑を浮かべながら皆本に椅子を差し出す。

 「まずいことになった。今夜の任務、アイツら付いてくる気まんまんだ・・・・・・」

 「でも別にいいんでないの? レベル7のあの子たちがいれば、ぐっと楽になるし」

 「裏切り者のあぶり出しなんて、子供のやることじゃない! 僕は今日の作戦にドリーが参加するのも反対なんだ!!」

 何度も繰り返された議論に賢木は肩をすくめる。
 皆本は今回の任務―――スパイのあぶり出しに、ドリーが参加することを最後まで反対していた。
 合コンで油断させ賢木が情報を読み取る。
 もしも荒事になりそうだったら、【ワイルド・キャット】とドリーが力ずくで犯人を確保するという作戦は、到底彼が納得できるものではない。
 不承不承ながら皆本が作戦を承知したのは、レナルドの申し出によって調査を開始してすぐに、ドリーのデーターに不正アクセスの痕跡が見つかったことと、捕らえた普通の人々が自白した、エスパー収容所襲撃計画の恐るべき全容故だった。

 「まあ、お前の言うことは分かるよ。でも、脱走計画が犯罪者エスパーを野放しにして、一般人の恐怖を煽ることと、犯罪者エスパーによるソフィア・カークランド誘拐って言う目的を聞いたからには、エゲレスとしても穏やかじゃないんだろうよ」

 「それにしても、子供のやることじゃない」

 「確かにな、しかし、任務にドリーを参加させるのが、レナルドとソフィア・カークランドの強い希望だって言うんだから仕方ないんじゃないの?」

 「・・・・・・ひょっとして会ったのか?」

 「会った? だれと?」

 妙にエゲレスチームの肩を持つ賢木に、皆本は疑念の視線を向けている。
 しかし、本当に何のことか分からなそうな賢木に、皆本はようやく肩の力を抜いた。
 ソフィア・カークランドがグラマラスで美人な女性と知れば、賢木はどうにかして彼女を捜査線上にあげるだろう。
 賢木の趣味と実益を兼ねているとしか思えない今回の作戦が、更に迷走するのは正直勘弁して欲しいと皆本は考えている。
 今日の対象は最も可能性が高いと思われる九具津。彼がシロの場合、今回のような作戦が考え直されることを皆本は期待していた。

 「いや、何でもない。それじゃ、いよいよ今日が本命だな」

 「ああ、大本命の【ダブルフェイス】! ククク・・・・・・計算どおり」

 かなり悪い顔になって、合コン専用手帳―――DEKIRU−NOTEに書かれた予定を確認する賢木。
 彼が今夜開かれる合コンの神になれないことを、呆れ顔を浮かべた皆本は知る由もなかった。







 「大変です主任! 店が滅茶苦茶に荒らされています!!」

 その日の晩。
 指定された合コン会場に顔を出したナオミは、無惨に荒らされた店内の様子に大慌てで報告を行う。
 しかし、リミッターの無線に谷崎からの反応はなく、彼女は周囲一帯に妨害電波が展開されていることを理解した。

 「いったい何があったと言うの? 皆本さんッ! 賢木先生ッ! 誰かいませんかッ!!」

 ナオミは大声で店の奥へと叫ぶ。
 そんな彼女のつま先が硬い金属の固まりとぶつかった。

 「拳銃? 誰の?・・・・・・」

 拾おうとかがみ込んだ瞬間、ナオミの頭部があった場所を大ぶりな剣が音を立てて通過する。
 慌てて飛び退ると、先程まで装飾としか思えなかった西洋の甲冑が、不気味な殺意を放出しながら再び剣を構える所だった。
 ナオミは突如現れた敵を、念動で突き飛ばそうと右手を前にかざす。
 しかし、甲冑は僅かに揺らいだのみで、剣を振りかぶりながら歩み寄ってきた。

 「なんて凄いパワー・・・・・・念動で動いていると言うのッ! 解禁されてない状態じゃ」

 自分の力が通用しないことに動揺し立ち尽くすナオミ。
 しかし、彼女に襲いかかるはずの剣先は、数発の銃声によって根本からへし折られていた。

 「私のナオミに何をするかぁーッ!」

 「主任ッ!」

 拳銃片手に走り込んできた谷崎は、その勢いのまま甲冑に前蹴りを放つ。
 ガラが悪いことこの上ないが、力を最も良く伝導する蹴りは甲冑をよろけさせ店の奥へと倒れ込ませる。
 しかし、それは本格的な戦闘開始の始まりに過ぎなかった。

 「主任ッ 早く解禁をッ! アレは相当強い念動で動かされています!!」

 店の奥からガシャリという音が聞こえ、甲冑がゆっくりと姿をあらわす。
 へし折られた剣の代わりには、新たな武器として握られた料理用の包丁。
 ナオミはその生々しい包丁の輝きに、恐怖の表情を浮かべていた。

 「分かってる。ドリー、ナオミと協力して念動で時間を作れッ! 10秒でいいッ!!」

 「わかりました・・・・・・」

 谷崎の指示に従い、店の入り口で待機していたドリーは二人の周囲に念動の壁を展開する。
 本来の能力でないドリーの念動でも、ナオミと協力することでそれなりに甲冑の動きを遅らせることが出来ていた。

 「10秒って・・・・・・」

 「解禁ならさっきから何度もやっている! 九具津のヤツ、我々のリミッター技術も流出済みだったんだッ!!」

 妨害電波は無線連絡だけでなく、解禁の信号も妨害している様だった。
 谷崎は携帯から非常用コネクタを伸ばし、ナオミのリミッターと有線で接続させる。
 彼が解除コードを撃ち込むのを阻止しようと、己に背を向けた谷崎に甲冑が手に持った包丁を大きく振りかぶった。

 ―――【解禁】―――

 彼の背に包丁が振り下ろされるよりも一瞬早く、解禁を知らせる電子音が響き渡る。
 突如出力を増した念動の、爆発にも似た破壊が放射状に広がっていく。
 掛け合わされたナオミとドリーの念動は、甲冑を巻き込みその動きを停止させた。
 谷崎が忌々しそうに転がった甲冑の頭部を蹴り上げると、面あての中からモガちゃんと呼ばれる人形の顔が恨めしそうに彼を見上げる。

 「成る程・・・・・・お前にしては人形の趣味が違うと思っていたが。やはりお前が裏切り者だったか九具津ッ!」

 「強敵でした・・・・・・」

 「ええ、合成能力の念動がこれ程とは」

 初めて相対した合成能力者の力に、ナオミは驚きを隠せない。
 解禁されてない状態とはいえ、遠隔操作の念動に押し負けるのは彼女にとって初めての経験だった。 

 「全てがそうとは限らんよ。これはマスターグレードとはいかないまでも、それなりにヤツが力を注いで作っている人形だ。多分、我々のような支援チームをここで殲滅するつもりだったんだろう」

 「え、じゃあ、一番のお気に入りが出てきたら・・・・・・」

 「ああ、相当、苦戦することは確実だな」

 谷崎は店の電話に歩み寄ると、通話可能な状態であることを確認しバベル局長室への直通番号をプッシュする。
 その電話に出た朧に手短な状況説明と今後の行動を伝えてから、彼は【ザ・チルドレン】出動を依頼した。

 「さてと、我々も出来る限りのことをしなくてはな・・・・・・」

 「主任、電話では奈津子さんとほたるさんを探すと仰ってましたが、どうしてですか?」

 ナオミの疑問に答える前に、谷崎は足下から拳銃を拾い上げる。
 彼の予想通り、その拳銃は全弾撃ち尽くされていた。

 「先程ナオミが拾おうとしたコレは受付嬢に支給されるものでね、あの2人のどちらかの物と見て間違いない・・・・・・ざっと見渡した限り武器の落とし物はこれだけ。そして血痕等最悪の事態を予想させる痕跡もない。とすれば、皆本君と賢木君が【ダブルフェイス】を戦闘の場から逃がした可能性が高いと考えられる。銃はその際に投げ捨てたものだろう・・・・・・」

 「主任・・・・・・」

 流れるような谷崎の説明を、ナオミは尊敬にも似た表情で眺めていた。
 チームを組んだ当初はよく見ることが出来たその表情を、残念なことに弾倉に弾を補充中だった谷崎は見逃している。

 「それに、私が皆本君なら、【ダブルフェイス】の二人を何処かに隠れさせて救援との合流を狙う。通信手段が大幅に限定されている今では、あの二人の能力は追跡には重宝するからね・・・・・・しかし、彼が私ならばこんなことは起こらなかった。なぜならっ!!」

 拳銃を懐に戻した谷崎は、大きく両手を広げナオミを抱き抱えようとした。

 「最愛のエスパーと離れるようなマネを、私はしないからだぁぁぁぁっ! 愛してるぞナオミぃぃぃッ!!」

 「結局はソレかエロオヤジッ!!」

 尊敬の感情も一転、お約束をやろうとする谷崎にナオミの念動が炸裂する。
 冷ややかな目で見つめるドリーを他所に、二人のやり取りは何処かそれを楽しんでいるかの様に見えた。




 ヒュパッ!

 【ダブルフェイス】捜索中のドリーたちの元に【ザ・チルドレン】が現れたのは、朧への電話連絡からおよそ10分後のことだった。
 その10分には朧が彼女たちの元に向かう時間も含まれている。
 余程慌てて来たのだろう、自分たちへの挨拶も程ほどに、薫たちは皆本の行方を訪ねて来た。

 「ナオミちゃんッ! 皆本は今何処にッ!!」

 「私たちもまだ捜索中なの! 奈津子さん、ほたるさんは何があったか知っている可能性が高いわ。街の人に女の人が2人、南に走っていったのが目撃されているし、先ずは2人を見つけ出して何があったのか聞きましょう!!」

 「合コンの現場にヤツの人形がうろついていたことからも裏切り者は九具津で間違いない。だが、我々の通信を妨害できる組織の介入も気になる。気をつけるんだぞ!」

 「了解! 先ずは南に逃げた奈津子はんと、ほたるはんやなッ!」

 「先輩。ドリーも・・・・・・あ」

 協力を呼びかけようとしたドリーの言葉は、先を急ぐ葵の耳には届かなかった。
 虚空に消えた葵に伸ばした手は、彼女たちと共に皆本を捜しに行くという意思表示だったのだろう。
 寂しげな表情を浮かべたドリーの手を、ナオミはそっと握りしめた。

 「私たちに出来ることを頑張りましょう。それが薫ちゃんたちの助けになるわよ・・・・・・」

 「そうだな。それにあんな物騒なモノを放っておく訳にもいくまい」

 谷崎が指し示した方角では、店で出会ったのと同じタイプの人形が3体、通行人に近づいていく所だった。
 先程【ダブルフェイス】についての情報を教えてくれた主婦が、不気味な接近者に恐怖の悲鳴をあげる。

 「ドリーは念動で通行人を保護。ナオミは通行人の安全を確認後、念動失神制圧サイキック・スタンオブジェクションで一気にカタをつけろ!」

 「了解です・・・・・・」

 谷崎の指示に従い、ドリーは念動で恐怖に立ち尽くした通行人を次々と避難させていく。
 続いて人形たちとの間合いを確認したナオミが、得意技である広範囲攻撃を叩き込もうと敵のまっただ中に飛び込み力を集中させる。
 その一撃で勝負は付くはずだった。

 「ジャマシチャイマース!」

 甲高い声と共に路地から飛び出してきた人影が、ナオミに跳び蹴りを放つ。
 予想外の攻撃に、彼女が集中させていた力があっけなく霧散した。

 「キャッ!」

 咄嗟に念動でガードしたものの、衝撃を全て消せた訳ではない。
 ナオミは苦しげに咽せながら、攻撃を邪魔した新たな敵に驚きの視線を向けていた。

 「ハジメマシテーッ。ワタシ、ハイグレードモガちゃんヨロシクね!」

 「信じられない・・・・・・人間そっくり」

 ナオミが驚くのも無理はなかった。
 目の前に現れた少女は声を除けば人間にしか見えなかった。
 トントンとステップを踏む動きも格闘家のソレにしか見えない。
 その流れるようなステップから容赦なく繰り出される蹴りやパンチに、ナオミは防戦一方となってしまっていた。

 「クッ、ヤツの人形がこれ程とは・・・・・・ドリーはその他の人形を各個撃破! その後にナオミに加勢!!  ナオミは距離をとってドリーの加勢まで持ちこたえろッ!!」

 「分かりました・・・・・・」 

 ドリーは避難させ終わった通行人を念動から解放すると、念動の固まりを人形の一体にぶつけてゆく。
 薫が時折見せる複数体への攻撃は、まだ念動のコントロールが完全とは言えない彼女には荷が重い。
 ドリーは焦る気持ちを抑えながらナオミの邪魔をさせないよう、モガ以外の人形を一体づつ潰していった。

 「距離をとれナオミッ! 九具津からの距離が離れるほど、ソイツの力は弱まる筈だ」

 「サセマセーン」

 華麗なステップを踏みつつ攻撃を仕掛けるモガ。
 防戦一方のナオミは念動の盾で防御を試みてはいるが、死角へ死角へと回り込むモガに移動を完全にコントロールされている。   

 「クッ・・・・・・このままでは、しかし、狙いが定まらん」

 「ドリーもです・・・・・・ナオミ先輩に当ててしまいそうで」

 目まぐるしく入れ替わる2人に、誤射を恐れた谷崎は銃を構えたまま身動きが取れないでいる。
 それは人形を全て倒し、加勢のタイミングを伺っているドリーも同じことだった。

 「大丈夫よ。ドリーちゃん」

 「そうよ、お姉さんたちに任せて」

 優しく背後からかけられたのは女の声だった。
 驚いたドリーの両側に、彼女を支えるようにしゃがみ込んだのは受付で良く会う女の人。
 突如合流した彼女たちの存在に、谷崎の顔に歓喜の表情が浮かんだ。

 「【ダブルフェイス】! そうか、君たちの力なら・・・・・・」

 「ええ、ドリーちゃん。狙いは私たちがつけてあげる」

 「心配しないで、思い切り絞り込んだ攻撃を全力で撃っちゃって」
 
 ほたると奈津子がこう呟いた瞬間、ドリーの視界に彼女たちの見るイメージが転送されてくる。
 奈津子の透視による弱点の提示と、ほたるのテレパスによる行動の先読み。
 それが一つのイメージにまとまりドリーに撃つべき点を指し示す。
 あとは限界まで絞り込んだ念動を、ドリーが撃ち込むだけだった。

 「今よ!」

 ほたると奈津子のかけ声と共に放たれた一筋の閃光。
 それは寸分の狂いもなくモガの眉間を打ち抜き、完全に沈黙させていた。

 「・・・・・・今のが、ドリーの力?」

 「名付けてピンポイント・シュートってとこかしらね!」

 「凄いでしょ! エスパーどうしが力を合わせれば、こんなことも出来るのよ!!」

 自分の放った攻撃の威力に呆然とするドリー。
 そんな彼女にほたると奈津子が笑いかける。
 ドリーは彼女たちの言葉を呟くように噛みしめていた。

 「エスパーが力を合わせれば・・・・・・」

 「さあ、いつまでものんびりとはしてられないわ!」

 「そうそう、ナオミちゃんも谷崎さんもお礼なんか後にして、皆本さんを追いかけなきゃ! 薫ちゃんたちはもうとっくに向かってるわよ!」

 援護のお礼を口にしようとしたナオミと谷崎を手で制し、2人は1分1秒でも惜しいかのように先を急ごうとする。
 テレポート能力者のいない現在のメンバー構成では、のんびり立ち止まっている暇は無かった。

 「待って下さい! 薫ちゃんに会ったんですか?」

 「ええ、この場にあなたたちがいるって教えてくれたのあの子たちだもの」

 「それよりも早く! 私たちは逃がして貰って九具津の人形から隠れてたけど、皆本さんは九具津のヤツを追いかけて行っちゃったんだから!!」

 「皆本君だけかね? 賢木君は?」

 「だから急いでって言っているでしょうッ! 賢木先生は九具津に誘い出されて・・・・・・」



 パーン

 

 乾いた音が遠くから聞こえてくる。
 その音を聞いた一同は咄嗟に走り出していた。
 それぞれの胸の中で様々な想像が渦を巻いていく。
 しかし、誰一人としてそれを口にはできなかった。
















 「賢木先生ッ!」

 最初に彼を見つけたのは【ザ・チルドレン】の3人だった。
 皆本を探し連続テレポートをしていた彼女たちは、銃声の音を聞きつけるとすぐにその場に急行している。
 その場に待ちかまえていた九具津の人形を蹴散らした3人は、地面に横たわる賢木の姿に小さな悲鳴をあげていた。
 賢木の胸からは夥しい出血。
 傷の状況を視た紫穂は、賢木の中で止まった弾丸の位置に顔を青ざめさせる。

 「すぐに病院へテレポートするから、しっかりするんやで!」

 「待って葵ちゃん! 賢木先生が何か言っている・・・・・・テレポートは危険だって。弾が心臓の血管にめり込んでいるから・・・・・・なに馬鹿言ってるのよ! そんなこと出来る訳ないじゃない!!」

 「紫穂、賢木先生は何て言ったんだ?」

 「場所を教えるから、皆本さんを追いかけろって・・・・・・自分は生体コントロールで何とか保たせるから放っておいていいって」

 賢木の申し出に3人は表情を凍らせていた。
 そこまでして皆本を追いかけさせる以上、彼に迫る危険は死に直結するものだろう。
 しかし、いくら危険でも死にかけた賢木を放っていく訳にはいかなかった。
 重い決断を迫られた3人。
 しかし、救いの手はすぐに彼女たちに差し伸べられていた。

 「大丈夫! ここは私たちに任せて!!」

 上空からかけられた声に、薫は歓喜の表情を浮かべる。
 そこには念動で飛行する仲間たちの姿があった。

 「ナオミちゃん! それにドリー! ほたるさん、奈津子さんも!!」

 「賢木先生のテレパシーをほたるさんが感じ取ってね。谷崎主任が私とドリーちゃんで運べる最大人数で駆けつけろって・・・・・・」

 「薫ちゃん、賢木先生がこのメンバーがいればもう大丈夫だって!」

 頼もしい援軍の出現を思念で伝えた紫穂の顔にも、心からの笑みが浮かんでいた。 
 到着した仲間たちの特性を生かした術式が紫穂とほたるには伝わっている。
 気休めの嘘をつけない状況だけに、それは何よりも彼女たちの心を軽くしていた。

 「カオル先輩! 早くミナモトさんを助けに。サカキ先生はドリーたちが助けます」

 「そうよドリーちゃんの言うとおり」

 ナオミも大きく肯きドリーの言葉を後押しした。
 ドリーの姿には、盲目的に薫たちに付いていこうとした先程とは異なり、仲間たちと共に出来ることをやり遂げようとする強い意志が現れていた。
 薫は彼女たちの言葉に不敵な笑みを浮かべると、葵と紫穂にいつものように言葉をかける。
 葵はその言葉に応えるように皆本のもとへとテレポートしていった。

 「さてと、先ずは何をすればいいの?」

 「えーっと、賢木先生が生体コントロールで心臓を止めた瞬間、奈津子が透視した弾丸を、私がナオミちゃんに伝えて・・・・・・それでいいわよね。賢木先生?」

 奈津子からの質問に、術式を確認しようとしたほたるの顔が青ざめる。
 大量の出血が生体コントロールの限界を超えたらしく、賢木は意識を失う寸前だった。

 「大変、賢木先生が・・・・・・」

 「大丈夫、ドリーに任せてください。サカキ先生・・・・・・ドリーの目を見て」

 「う・・・・・・」

 半ば強引に開いた賢木の目をドリーが覗き込んだ瞬間、失いかけた賢木の意識は一気に覚醒へと向かっていた。
 いや、それだけではない。限界を超えていた筈の生体コントロールは力を取り戻し、出血によって低下した彼の血圧を徐々に上昇させていく。
 本来の自分以上の力を出せている事態に、賢木の意識は驚きの声をあげていた。

 『ドリー・・・・・・これは一体?』
 
 『ごめんなさい。レナルドに誰にも話すなって言われてます』

 『催眠によるレベルの底上げ!? そうなのかドリー!』

 必死に食い下がるサカキにドリーは悲しそうに首を振る。
 ヒュプノをかける者とかけられる者。
 精神の交流は常にかける側に有利に働く。

 『今の状態は少ししか続きません。それにしばらくサカキ先生は力を失う・・・・・・今のことを忘れてもそれだけは忘れないで」   

 ドリーは一方的に会話を打ち切ると彼の意識から姿を消す。
 まるでそれが合図だったかのように、賢木は意識を取り戻していった。

 「すごい・・・・・・どうやって?」

 意識を取り戻した賢木に、ほたるは驚きの表情を浮かべている。
 出血の影響で言葉こそ出せないものの、彼の意識は先程とは比べものにならないくらい鮮明だった。

 「ドリーちゃんがヒュプノで状態を止めてくれた? そんなことで・・・・・・え? ドリーちゃんの力は長くは続かない? 早く処置をって・・・・・・分かったわ!」

 ほたるは意識の会話を手短に切り上げると、賢木の指示を奈津子とナオミに的確に伝えていく。
 超能力者どうしの連携により、ものの数分で術式は終了していた。

 「それでは、急いで賢木先生を病院に連れて行きますね」

 弾丸の摘出を済ませ、血管が破裂する心配が無くなった賢木をナオミが念動で運んでいく。
 その姿を見送った奈津子とほたるは、先程の働きを労おうとドリーに視線を向けた。
 道端に座り込んだドリーに彼女たちは思わず顔をほころばす。

 「寝ちゃってる・・・・・・」

 「余程疲れたのね」

 ヒュプノの疲れが出たのか、弾丸の摘出中にドリーは眠りに落ちていた。
 一瞬起こそうかとも思ったが、ほたるは頭の中に響いた薫の声にその動きを止める。
 強い思いのこもった薫の思念がほたるには届いていた。
 どうやら3人は九具津を倒し無事皆本を助け出したらしい。
 彼女はドリーを起こす役割を、九具津の身柄を引き渡してからこちらにテレポートしてくる【ザ・チルドレン】に任すことにする。
 彼女たちにそう思わせる程、ドリーの寝顔は安らかだった。



 第4のチルドレン【9】に続く

9話へのリンクはこちら
http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10306
7話へのリンクはこちら
http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10295

なんとか書き終わりました。
とりあえずリンクとかの直しは、後日行います。
今回は原作、DSの双方でツッコミどころが多々ある九具津裏切りのエピソード。
かなり無理のある展開だけに、この話も相当無茶しています。
本当は兵部も出る予定だったんだけどなぁ(つд`)
ご意見・アドバイスいただければ幸いです。

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