「誰だ? ククク・・・・・・その様子じゃ、桐壺君から何も聞いてないようだね」
桐壺の名前を出した男に皆本は違和感を感じていた。
学生服という出で立ちのせいもあり、目の前の男はどう考えても自分と同世代かそれ以下にしか見えない。
しかし、男の物腰や言葉の端々に感じる目下の者を見下すような雰囲気は、皆本の警戒心を最大限に刺激している。
男の視線には、明らかな敵意が含まれていた。
「そんなに怖がること無いじゃないか。何も・・・・・・いや、それも面白いかもね」
「な、何の事だッ!!」
「いや、予知の覆し方を急に思いついたものでね」
「ッ! 何故そのことをッ!! まさかテレパス・・・いやそれでも読めないはず」
予知と口にした男に皆本は驚きを隠せなかった。
紫穂にさえ読み取れない情報を、目の前の男は何故知っているのか?
あらん限りの可能性を模索する皆本をあざ笑うように、男はあっさりと手の内を明かす。
「伊号のじーさんとは古い知り合いでね・・・ヤツの手の内はよく知ってる」
「古い・・・知り合い・・・・・・?」
「確かにあいつの予知はよくあたる。でも本気になればあんな予知・・・・・・今すぐにでも覆せるよ」
「ど・・・どうやって!?」
突如現れた男が口にした予知を覆す方法の存在。
予想もしなかった展開に、皆本は藁にもすがる思いで男の回答を待ちわびる。
そんな皆本に皮肉な微笑みを向けると、男は楽しそうに先ほど思い付いたアイデアを口にした。
──― 簡単だよ、ククっ・・・今この場で、君を亡き者にしてしまえばいい・・・・・・
男の視線に僅かな本気を感じ、皆本の背筋に戦慄が走る。
その可能性を考えなかった訳ではない。
確実に射殺される伊9号の前に身を投げ出す、確実に未来で薫を射殺する自分。
最強の盾と矛をぶつける故事にも似た行動は、一体どの様な運命の変調を迎えさせるのか。
そして男は、皆本が極力考えない様にしたことを口にする。
「君でなければ、【ザ・チルドレン】の方でもいいわけだが・・・・・・」
「ほッ、本気で言っているなら僕が許さないぞ!! お前はいったい何者なんだッ!?」
男が口にした提案に皆本は逆上する。
彼に胸ぐらを掴まれた男は、嘲笑を浮かべると彼の手をあっさりと振り払った。
「怒ったのかい? ふふっ、もちろん冗談だよ・・・・・・優しいんだね君は」
男は挨拶はすんだとばかりに宙に舞い上がった。
エスパーであることを示したその行動に、皆本はさほど驚いた様子を見せない。
男が身に纏った独特の雰囲気から、彼は目の前の男がかなりの高レベルエスパーであると予想していた。
挑むような視線で見上げてくる皆本に、不快さを隠さない男はその嘲笑を凍らせる。
「しかし、その優しさがいつまで続くか・・・・・・気をつけるんだな。あのコたちを傷つけたりしたら、逆にこの僕が許さない」
「ま、待てッ!」
ヒュパッ!!
皆本の静止も空しく男はその姿を虚空へと消してしまう。
後に残された皆本は、突如現れた予知を知る男に言いしれぬ不安を感じていた。
―――――― 第4のチルドレン【5】――――――
「絶対に何かある・・・・・・局長は何を隠しているんだ?」
局長室からの帰り道。
桐壺との会話に納得しかねたのか、仏頂面の皆本は2Fのエレベータホールに姿を現した。
心ここにあらずといった様子の彼は、ブツブツと呟きながら先ほどの桐壺との会話を反芻していた。
――― 学生服の銀髪の男?
先ほどの不審人物について報告を行った皆本に、桐壺の反応は奇妙なものだった。
その人物についてかなりの情報を持っているにも関わらず、それを口にするのを躊躇うような表情。
皆本はそれだけで桐壺があの男について何か知っていることを確信する。
――― ええ、奴の口ぶりでは局長の事をご存じな様でした・・・・・・
皆本は桐壺の目を真っ向から見つめる。
嘘のつけない分かりやすいほど実直な上司から、真実を引き出すのにかなり有効な手段だった。
―――― 局長! 奴は何者なんです! 心当たりがあるんでしょう!?
――― ウーム・・・・・・
――― なぜ隠すんです!
詰め寄る皆本から逃れるように視線を逸らす桐壺。
その態度は、件の人物に関して彼自身かなりの葛藤があることを物語っている。
バベル局長としてではなく、桐壺帝三としてならすぐにでも持てる限りの情報を伝えたい。
目の中に入れても痛くない【ザ・チルドレン】の運用主任として、彼は皆本を高く評価していた。
――― 皆本クン・・・・・・これは重大な問題なのだよ。簡単に話せることではないのだ
――― しかし・・・・・・
――― 色々と確認しなくてはならないこともある。この話はまた後にしてくれたまえ
桐壺はそれっきり会話を打ち切るように皆本に背を向けてしまう。
不満げな表情を浮かべた皆本だったが、これ以上の追求は意味を成さない。
彼は更に追求したい気持ちを無理に抑え局長室を後にしていた。
「あの男には何かある・・・・・・それに確認するとは誰に?」
退室する瞬間、皆本は桐壺が樹海への直通回線に手を伸ばすのを目撃していた。
あの男に関する決定権をもった存在が樹海にいるのか?
そんな事を考えていた皆本の体が、急に強力な力場に補足される。
「どうしたーっ? 皆本ーっ!? そんなしけた顔しちゃってよーっ!!」
「うわっ!!」
考え事をしていた皆本は、2F談話室から覗いていた3対の視線に気付かなかった。
念動によって浮き上がった体はそのまま談話室へと運び込まれ、部屋の中に置かれたぬいぐるみの群れの中へと軟着陸する。
訓練用のシミュレーションルームと近いこの部屋は、トレーニングの時間を待つ【ザ・チルドレン】のために子供部屋然としたレイアウトとなっていた。
「うわ。すごーい。本当に足音で皆本さんだって分かっちゃったの? 紫穂ちゃんが読んだんじゃなく?」
ナオミの喝采に顔をあげると、そこには誇らしげな3人の笑顔。
どうやら自分の足音に気付いた3人が、確認のために顔を出したのに気付かなかったらしい。
「へへっ、スゲーだろ!」
自慢げな薫に、皆本は思わず苦笑を浮かべる。
目の前のがさつな少女と伊9号に見せられた予知が、彼の中でどうしても結びつかない。
あのような悲劇などはじき飛ばしてしまうような天性の明るさが、明石薫という少女からは感じられていた。
「で、皆本はん。診察の結果はどうやったん?」
「当然、全快よ! ね? そうでしょ皆本さん」
ぬいぐるみに埋まった自分を覗き込む葵と紫穂。
その表情に皆本は3人が自分の現場復帰を待ち望んでいることを理解した。
ぬいぐるみというクッションに軟着陸させたのは薫なりの気遣いらしい。
皆本は体についた埃をはたきながらおきあがると、自分の答えを待つ3人に笑いかけた。
「ああ、明日から通常勤務に戻れる。今まで心配かけたお詫びに、今日の夕食は君たちの好きなものを作るとしよう」
歓声を上げながらじゃれついてくる3人に、皆本は笑いながら応えていく。
未来は変えられる。それを望む強い意志がある限り。
口々にメニューのリクエストをする3人を見ながら、皆本はそんなことを考えていた。
「いいなー、薫ちゃんたちは、素敵な主任が担当してくれて」
羨ましそうなナオミの言葉に、皆本はようやく先ほどの谷崎の様子を思い出した。
その後に遭遇した不審人物の印象があまりにも大きく、皆本はすっかり彼のことを忘れてしまっていた。
「あ、そう言えばさっき谷崎さんに会ったんだけど、【ザ・チルドレン】と【キティ・キャット】の合同練習で一体何が・・・・・・」
「皆本さんッ!」
谷崎の口にしたナオミの変貌。
そのことを話題にしようとした皆本の言葉を、ナオミが反射的に遮った。
「え! な、何かな?」
「【ワイルド・キャット】・・・・・・今度からそう呼んで下さい。私、もう中年の理想になんか付き合いませんから」
「はは・・・・・・りょ、了解」
皆本は引きつった笑顔でナオミにそう答えると、その原因を作ったと思われる3人を振り返る。
「一体、君たちは何をやったんだ?」
「ちょっと視させてもらってね・・・・・・ナオミさん、谷崎主任を拒絶したい気持ちを無意識に抑えていたのよ。それがスランプの原因」
「あたしの芝居が感情解放の切っ掛けになった訳だネ!」
「あれほんまに、芝居か? ドリーちゃんどん引きやったやんか」
「ドリーが? そういえばさっき谷崎さんが探していたみたいだけど・・・・・・まさか君たち、彼女に酷いことをした訳じゃないだろうね」
薫の満足げな表情とナオミにじゃれつく態度から、皆本は紫穂が何を彼女に命じたのかおおよそ想像がついていた。
多分、谷崎主任の代わりに薫がセクハラの限りを尽くしたのだろう。
そんな彼の想像は、薫の言葉によってあっさりと正解の認定を受けることとなった。
「んにゃ、何にも・・・・・・アタシがセクハラの限りを尽くそうとしたのはナオミちゃんだし、こんな風に。ぐふふっ!!」
「きゃっ! 薫ちゃんッ!!」
再びのオヤジスイッチオンに、皆本は頭を抱えてしまう。
そんな皆本の肩をポンと叩いた紫穂は、慰めにならないような一言をサラリと口にした。
「心配することないわよ・・・・・・どこかで休んでるだけでしょ。あんなセクハラの現場、普通の子なら見てられないもの」
「そうや! ナオミはん上着全部破かれてブラジャーだけになってもうて、ウチもスカートビリビリにされたし」
「え! そんなことまで・・・・・・」
流石にそこまでの想像はしていなかったのか、唖然とした表情を浮かべる皆本。
そんな彼の様子にクスリと笑うと、紫穂はしれっとした調子で皆本へその手を伸ばす。
レベル7のサイコメトラーである紫穂の手を、皆本はごく自然体で受け止めていた。
「あ、今、皆本さん見たかったって思った・・・・・・」
「え! ホンマに!? 皆本はん不潔ッ!!」
「勝手に人の心を捏造するなぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
捏造する紫穂と真に受ける葵。
皆本の療養前には日常的に繰り返されてた光景に加わろうと、薫もようやくナオミを解放し彼のもとへと駆けつける。
「無理すんなって皆本! ナオミちゃん、きゃわいかったぞーっ!!」
「どうしてお前はそんなにオヤジなんだっ!? そっちの方を一度検査してみたいよ全く・・・・・・」
「なんだよソレ。アタシだってやろうと思えばナオミちゃんみたいにセクシーで、
おとしやかになれるって!」
「その時点で無理よ。薫ちゃん」
縁のない言葉を使おうとした薫にさりげなく入った紫穂のツッコミ。
そのツッコミを体の成長についてと勘違いした薫は、皆本の前へと回り込み先ほど口にした言葉に同意を求めようとする。
「いーや、アタシは絶対に可憐でセクシーな大人の女に成長するね。皆本もそう思うよな? オイ! 皆本ってば!!」
上の空だった皆本の腕を薫は強く引っ張る。
そんな彼女の行動に、皆本は脳裏に浮かんでいた光景を霧散させていた。
彼の脳裏に浮かんでいたのは成長した薫の姿。
皆本は目の前のがさつな少女がそう遠くはない未来、予知で見た姿に成長することを改めて思い知る。
「あ、ああ、そうだな・・・・・・でも」
皆本はその場にしゃがみ込み薫と視線の高さを合わせると、葵と紫穂を見回してからゆっくりと呟いた。
「そうなるにしても、君たちはゆっくり大人になればいいんだ。急ぐ必要はない・・・・・・」
「あ・・・・・・うん」
いつもとは異なる皆本の様子に、薫ですらその場の空気を混ぜっ返すことが出来なかった。
3人は皆本の言葉に照れたように顔を赤らめ俯いてしまう。
そんな3人の頭を順番に撫でながら、皆本は衣服の乱れを直し終わったナオミへと振り返る。
「ごめんね。薫がなんか色々とアレなことしちゃったみたいで・・・・・・」
「い、いや。薫ちゃんは全然悪くありません! 御陰で力も取り戻せましたし・・・・・・悪いのは全部、あのスケベ中年ですから」
様々な怒りがフラッシュバックしたのか、谷崎のことを口にしたナオミの髪の毛がざわざわと逆立つ。
そのあまりの豹変振りに皆本は引きつった笑いを浮かべていた。
「まったく、あのエロオヤジが脂ぎった目で私を見るから、私までドリーちゃんに変な目で見られちゃって・・・・・・」
「えっ!? ドリーが? ナオミちゃんを?」
「そうなんですよ。昨日はあんなに仲良く出来たのに、今朝になったら・・・・・・ッ!!」
ドリーに起こった変化を語ろうとしたナオミの肌が急に粟立つ。
廊下から聞こえた足音に反応した彼女は、先ほど薫たちが行ったように廊下に顔を覗かせると復調したばかりの念動を炸裂させた。
「ドリーちゃんを見つけるまで帰ってくるなと言ったろうがッ!!」
「グハッ!!」
先ほどの皆本のように念動で運ばれる谷崎の体。
来た方と反対側―――3Fに向かうエレベータホール側の壁にめり込まされた谷崎は、必死に何か弁解らしきことを口にしている。
しかし、彼の近くに歩み寄ったナオミは全く聞く素振りを見せず、一向に念動を止めようとはしなかった。
「自分も足音聞き分けてるやん・・・・・・」
「シッ。面白そうだから黙ってましょ」
冷静な葵のツッコミに、紫穂は更に冷静な提案をする。
廊下に顔を覗かせた彼女たちは、どこか楽しんで二人の様子を眺めていた。
「はは・・・・・・傍目からみたら、僕もああ見えるのかなぁ・・・・・・」
「バカ、ちっげーよ皆本! あたしの念動には愛がこもってるだろ!!」
「愛ねえ・・・・・・」
谷崎とナオミの姿を見つめていた皆本は、複雑な表情を浮かべていた。
こちらに背を向けているナオミの表情は分からないが、壁にめり込んだ谷崎の苦悶の表情には苦痛以外の何かが含まれているように感じられた。
彼は自分の考えを振り払うように首を左右に振ると、これ以上深入りしたくないとばかりにこの場を後にしようとする。
皆本は谷崎の代わりにドリーを探す気になっていた。
「申し訳ないけど、君たちはあの二人と一緒にドリーを捜しに行ってくれないか? 二人だけだとどうも心配で・・・・・・」
「あっ! 皆本ッお前は何処に行くんだよ!?」
「賢木の所に忘れ物をしちゃってね。それが済んだらすぐに合流するから」
取って付けたような皆本の言い訳に、紫穂は薫、葵とは異なる反応をした。
「探すのは3階でいいのね」
「ああ、さっき谷崎さんと会ったのは1階だから、多分、ドリーは3階にいると思う」
「了解。皆本さん、貸し一つよ」
「わかったよ。あとでチョコ菓子を買ってやるから」
自分の意図を察した紫穂に、皆本はさりげなく感謝の意を伝える。
先ほど自分がいた3階にドリーらしき人影はいなかった。
紫穂が3階の捜索を買って出たのは、一人でドリーに会いたいという自分の気持ちに気づいたに他ならない。
彼女が口にした貸しとはそういう意味なのだろう。
「ずりい! 紫穂ばっかり。んじゃ、あたしが見つけたら毒サソリドリンクな!」
「あ、待ちぃや薫! 抜け駆けは揺るさへんで!!」
「二人とも移動に超能力使うのは反則よ!」
「わかってるって。紫穂も視るの無しだからな!!」
競争意識を丸出しにした3人が谷崎のもとに走っていく。
彼女たちの後ろ姿を笑顔で見送ってから、皆本は1Fをめざし歩き始めた。
「さてと、谷崎さんが避けられているのなら、ドリーはヒュプノを使った可能性が高い」
自分が先程までいた3Fには自分以外の人影はいなかった。
ヒュプノ能力者であるドリーが隠れようとした場合、人気のいない3Fよりも1Fの方が適している―――
そう判断した皆本は1Fの待合室を訪れていた。
「ん? あれは・・・・・・?」
待合室を覗き込んだ皆本は、レナルドと共にいる美人の白人女性に目を止めていた。
年齢は三十路になったくらいだろうか?
ミセス誌の表紙を飾りそうなグラマー美女であったが、谷崎の嗜好からすれば目を引くことはないだろう。
ドリーがそこまで計算するかは疑問だったが、皆本は確認のために二人に向かい近づいていった。
「む・・・なんだ、ミスター・ミナモコかね」
「皆本です。ミスター・レナルド」
相変わらず自分の名前を覚えようとしないレナルドに、皆本は最後通牒とばかりに訂正を行う。
もう次からは何と呼ばれようと気にしない。
そんなことを考えていた皆本の言葉に、白人美女が大げさともいえる反応を見せた。
「ああ! あなたがコーイチ・ミナモトさんね。お会いできて光栄ですわ♪」
彼女が浮かべたのは花のような笑み。
しかもエゲレスの長い歴史が生み出した薔薇のような。
ヒュプノ能力は未体験だったが、この匂い立つような円熟した色気は子供が生み出せるものではないだろう。
皆本の頭からは、彼女がドリーの変装である可能性は消え去っていた。
「そ、それはどうも・・・・・・それよりあなたは?」
「申し遅れましたわ・・・・・・私、ソフィア・カークランドと申します」
「カークランド財団の!?」
ソフィア・カークランドと名乗った女に、皆本は驚きの声をあげた。
ヨーロッパ全土に多大な影響を及ぼす名門カークランド家。
世界史の教科書で時折も名をみかける一族が世界大戦後に立ち上げた財団は、様々な分野での人材育成に力を注ぐことで名を知られている。
今回、災害孤児となったドリーを引き取り、エゲレスで育成したのはその財団の慈善部門のはずだった。
「私は慈善団体の管理をしているひとりに過ぎませんよ・・・・・・以後お見知りおきを」
ソフィアの浮かべた柔らかな微笑みに、カークランドという名に感じられたプレッシャーが和らぐ。
そんな彼女に対して、皆本はついドリーに関するフランクな問いかけをしてしまっていた。
「もしかしたらあなたがドリーを引き取って母親がわりに?」
その一言が引き起こしたソフィアの変化に気付いたのはレナルドだけだった。
1ミリも変わらないソフィアの笑顔。
しかし、その内面に湧き上がった変化に慌てたレナルドは、いきなり皆本に食ってかかる。
「無礼だぞミスター・ミナモモ! 彼女は爵位も持った由緒正しき──」
「およしなさいレナルド!」
ソフィアの一喝にレナルドはその動きを止める。
彼女の放った一言には、代々人の上に君臨してきた一族の持つ一種独特な強制力が含まれていた。
「・・・・・・それにこの方はミナモトさんです」
「はっ・・・・・・も、申し訳ありませんお嬢様・・・・・・」
ソフィアの言葉に平身低頭するレナルド。
彼の姿にエゲレスの身分社会を垣間見た皆本は、その場の空気を和ませようと愛想笑いを浮かべていた。
「はは、すみません。いきなり失礼なこと聞いちゃって・・・・・・あ、そうだ。立ち話もなんですから飲み物持ってきますね」
皆本は咄嗟に目に入ったジュースのディスペンサーに向かい出す。
エゲレス上流階級出身のソフィアが果たしてそれを飲むかは疑問だったが、紅茶以外の無難なメニューならさほど大差はないだろう。
オレンジジュースのボタンに指先を伸ばした皆本を、いつの間にか背後に忍び寄ったレナルドが静止した。
「お嬢様はそんなものは飲まん」
仏頂面のレナルドが押したのは柘榴ジュースのボタンだった。
彼はそれを取り出しつつ、皆本にしか聞こえない声で呟く。
「君に親切にするのは不本意だが・・・・・・忠告しておくぞ。お嬢様に年齢の話はやめておくんだな」
「・・・・・・覚えておくよ」
自分の分の日本茶を取り出した皆本は、ソフィアをエスコートするレナルドについて待合室奥のテーブルへと向かった。
椅子を引きソフィアを席につかせると、レナルドはパックの柘榴ジュースにストローを刺してから彼女に差し出す。
パッケージに印刷された柘榴の絵に目を止めたソフィアは、多少機嫌を直したかのように彼の差し出したジュースを受け取った。
「姉・・・・・・そう。強いて言うなら姉かしら」
ジュースを一口飲んでから、ソフィアは急にそんなことを口にした。
「え?」
「母親というのはちょっと・・・・・・まだそんな年齢ではありませんし」
「あ・・・・・・そ、そうですね。すみません失礼なことを・・・・・・」
彼女が口にしたのは先ほどの話題だった。
レナルドの忠告を意識し、皆本は年齢の話題をしないよう注意する。
「それに、ドリーのことはすべてこのレナルドに任せています・・・・・・母親というなら彼のほうが近いかもしれませんわ」
「は、はあ・・・・・・ミスター・レナルドが母親ですか?」
「ええ、母親・・・・・・ドリーが雛鳥だとすれば、レナルドは最初に見た財団の人間ですから」
何かを含むような物言い。
話題にされたレナルドは、感情を凍り付かせたように会話に耳を傾けている。
柘榴ジュースが気に入ったのか、二口目を飲んだソフィアは気を取り直し、改めて皆本への挨拶を口にした。
「あなたはとても有能な方だとウワサに聞いておりますわ、ミナモトさん。私たちのドリーのこともどうかよろしくお願いします♪」
「え、ええ・・・・・・こちらこそ」
それから皆本はレナルドの忠告を意識しつつ、差し障りの無い範囲でソフィアにバベルの設備や超能力研究についての話題を提供する。
彼の話を興味深く聞いていたソフィアの様子に、機嫌が直ったことを感じ取った皆本は10分程の会話を終了させると、彼女に別れの挨拶を口にした。
「それでは、長々と話し込んでしまって・・・・・・」
「いえ、東洋の方と話すのは新鮮ですわ♪ 普段はレナルドのような男としか話す機会がないものですから」
「そ、それは光栄です、レディ──」
「ミス、で結構ですわ♪ ミス・ソフィアとお呼びになってください」
微かな緊張を漂わせつつ、皆本は待合室を後にする。
ソフィアたちにドリーが【ワイルド・キャット】と別行動をとったことは伝えていない。
彼は急いでドリー探索を再開した。
「あれがコーイチ・ミナモト・・・・・・リミッターの研究で著しい成果をあげる若き天才。ドリーが【ザ・チルドレン】に入れなかったのは彼の意志かしら」
皆本が立ち去った後、彼の後ろ姿を見送ったソフィアがそう呟いた。
「いえ、彼はドリーに対して好意的です。今回の配属にはもっと上位の意志が影響していると思われます」
「政府には圧力をかけておいたのに。フジコ・ツボミ・・・・・・樹海の研究施設で接触は出来なかったと聞いているけど、なにか気づかれたかしら」
「いえ、そのようなことは・・・・・・ッ!」
突如レナルドの顔が苦痛に歪む。
テーブルの上に置かれた彼の右腕に、ソフィアの爪が深々と食い込んでいた。
「レナルド・・・・・・そうやって取り返しの付かない失敗をしたのを忘れたのかしら? あなたが余計なことをした御陰で、ドリーの心には私以外のイメージが焼き付いてしまった。貴重なヒュプノ能力者であるドリーに多大な影響を与えられなくなる程にね」
「す、すみません。ソフィアお嬢様・・・・・・ですが、クッ!」
言い訳らしきことを言おうとしたレナルドに、彼女の爪が一層深く食い込んだ。
「口ごたえは許しません。私にとってドリーがレベル7になるかどうかなど、別にどうでもいいことなのです。一日も早くドリーをフジコ・ツボミか、キョウスケ・ヒョウブに接触させなさい。そして・・・・・・わかってますね?」
血が滲み出したレナルドの右腕を解放すると、ソフィアは先ほど見せた薔薇のような笑顔を浮かべる。
その無数の棘に絡め取られたように、レナルドは青ざめた顔でこう呟くのだった。
「わかりましたお嬢様・・・・・・一日も早く、テロメアのコントロールをドリーに覚えさせます」
その一言に、ソフィアは満足そうに肯くのだった。
第4のチルドレン【6】に続く
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