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第4のチルドレン【4】

 粗末で汚れた寝台が軋み、その上から聞こえてくる荒い息づかいがより激しさを増した。
 何処か芝居がかった女の声が、それに応じるように大きくなる。
 廊下を行くドリーはその声を聞かないよう耳に手のひらを強く当て、客を迎える別な女の元へと足早に走っていく。
 寝台の上で行われている行為の本当の意味をドリーは知らない。
 客の好みに合わせたイメージを、そこで働く女に被せ偽りの姿を与える。
 一晩中のヒュプノ能力解放の報酬は、粗末な食事と辛うじて夜露がしのげる寝台。
 洪水で身寄りを失った後、ドリーにとっての世界は一晩中嬌声が続く安宿と、昼間泥のように眠り続ける粗末な寝台だけだった。

 「う、うん・・・・・・」

 うなされたドリーの声が小さな唇から漏れる。
 バベルに来てからは初めて見る過去の夢。
 ドリーはそれが別段不幸な境遇だとは思っていなかった。
 それを教えてくれる大人を、洪水は彼女から一人残らず奪っている。
 ドリーがうなされはじめたのは、その後にやってくる更なる悪夢を予感したに過ぎない。
 エゲレス政府に保護されてからも時折見たその夢は、更に彼女を絡め取っていった。
 







 ――――――― 第4のチルドレン【4】―――――― 









 その日、宿の主人は殊の外ドリーに優しかった。
 いつもよりもいい食事や清潔な衣類を与えられた彼女は、軽い足取りでいつもの仕事に就こうとする。
 先ほど飲んだ少しキツイ味のするジュースが彼女の気分を高揚させていた。
 客の相手をする年配の女を連れ、軋む廊下を歩いていくドリー。
 小間使いを装い先に客室に入り、相手の求めるイメージを女に被せることが彼女の役割だった。
 正式なトレーニングを積んでいない彼女のヒュプノでは、女を絶世の美女へと変えることは出来はしない。
 しかし、年齢や容姿に関しそれなりの補正をかけられるドリーの能力は、人権思想に乏しい国で身寄りを失った彼女の運命を最悪な状態から救ってはいた。
 この日までは。


 トン・・・・・・


 ドアを開けた瞬間、背中を軽く押されたドリーは客の待つ室内に倒れ込んだ。
 もつれた足が、彼女の体がいつものコンディションで無いことを物語っている。
 荒々しく閉じられたドアの音が、いつもより判断力が鈍った彼女にようやく身の危険を感じさせていた。

 「!・・・・・・」

 室内に待ちかまえていた男と目が合う。
 ドリーが初めて経験する自分を女として見る目。
 自身の持つヒュプノの能力が、必要以上に男の嗜好を彼女に伝えていた。

 「キャッ!!・・・・・・」

 逃げだそうとしたドリーが身を起こすよりも早く、男は彼女の体を軽々と持ち上げ寝台の上に放りだした。
 初めて袖を通したワンピースのボタンが幾つかはじけ飛び、まだ幼い彼女の肌を露出させる。
 ドアの鍵がかかる音が聞こえ、それを行った男がゆっくりと振り返る。
 薄暗い部屋の中、にじり寄ってくるギラついた目。
 なめ回すように自分を見つめる視線に、ドリーは恐怖の叫びを上げようとした。




 ――― 起きろ・・・・・・朝だ




 「ッ!・・・・・・」
 
 耳元で聞こえた冷たい声にドリーはその意識を覚醒させていた。
 慌てて上体を起こし周囲を見回した彼女は、ようやく自分がバベルに提供された宿舎で寝ていたことを思い出す。
 先ほど見ていた夢とは比べものにならない清潔な寝具にドリーは安堵の表情を浮かべた。

 「また、過去の夢か?」

 珍しく夢の内容を気にしたレナルドにドリーは小さく肯く。
 ドリーの指揮官だけでなく来日中の保護者でもあるレナルドは、日本滞在中、彼女と同じ宿舎に宿泊している。
 居間と二部屋の寝室、バス、トイレ、簡素なキッチンで構成された宿舎は、より詳しいエスパー検査が必要な子供とその家族の宿泊を前提に設計されていた。
 ドア一枚隔てた彼の寝室にも、うなされた彼女の声は聞こえたらしい。
 伊達男で所帯臭さを一切見せないレナルドにしては珍しく、彼はスラックスに肌着のままという姿でドリーの前に立っている。
 その手に持ったYシャツが、着替え中の彼がドリーの元に駆けつけたことを物語っていた。

 「まあ、無理もあるまい。あんな男に担当されたのではな・・・・・・正直、私も不安を感じざるを得ない」

 「不安・・・? 無理もない・・・・・・?」

 レナルドが忌々しそうに部屋のカーテンを開けると、朝の日差しが眩しく差し込んでくる。
 眩しそうに目を細めたドリーを振り返りながら、逆光の中に立つレナルドが溜息を一つついた。

 「ああ、十代の担当エスパーに色目を使う男など正気の沙汰とは思えない。バベルにはお前をレベル7に育成する気が無いのではないか? 今回の辞令はそうとさえ思えてくる・・・・・・」

 
 トクン・・・・・・


 昨日の光景を思い出しドリーの胸がざわつく。
 優しい姉のようなナオミ。
 そのナオミを見つめる谷崎の視線には、確かにドリーの嫌悪する光が含まれていた。
 レナルドはゆっくりとドリーに歩み寄ると、いつもの冷たい視線で彼女を見下ろす。

 「あの男はお前に悪い影響を与える。それとあの男が執着するあの女もな・・・・・・」
 
 「ナオミ先輩はいい人です・・・・・・」

 「だがレベル7ではない。聞き分けるんだドリー。お前はエゲレス初のレベル7になりたくはないのか? 過去に追い着かれてもいいというのかッ!?」

 「!・・・・・・嫌です。ドリーは絶対にレベル7になります」

 珍しく感情が籠もったレナルドの言葉にドリーは激しく動揺した。
 そんな彼女を覗き込むように屈むと、彼は言い聞かすような口調で語りかける。

 「ならばあの二人とは距離を置き【ザ・チルドレン】の監視を行うんだ」

 「カオル先輩たちの監視を・・・・・・」

 「そうだ。レベル7の行動を観察し、我が国のエスパー部隊増強のため、少しでも多くのノウハウをここで得なければならん!」 

 「・・・・・・・・・・・・」

 「お前がレベル7となり過去を追い払う為に・・・・・・」

 レナルドの言葉を間近で聞きながらドリーは彼の二の腕を食い入るように見つめている。
 滅多に見せることのないその部分には、鋭利な刃物で切り裂かれたような傷がクッキリと浮かび上がっていた。 

 「・・・・・・痛かった・・・ですか? あの時・・・・・・」

 その傷に手を伸ばそうとしたドリーからレナルドは慌てたように身を逃がした。
 まるで彼女にその傷を見せたことが失敗であるかの様に、彼は気まずそうにシャツを身につける。

 「そんな事はもう忘れた・・・・・・」

 シャツのボタンを止めながら素っ気なくそう呟くと、レナルドは再び窓の外へと視線を向けた。
 そんな彼の後ろ姿をドリーはただ黙って見つめている。

 「我々は前に進むしか無いことを忘れるな・・・・・・そして、我々に与えられた時間は限られている」

 「・・・・・・・・・・・・?」

 「ソフィアお嬢様が本日お見えになるらしい・・・・・・この意味は分かるな?」

 レナルドが口にした女の名に、ドリーの顔に緊張が走った。

 「ドリーが、【ザ・チルドレン】に入れなかったからですか? ミス・ソフィアの期待通りに出来なかったから・・・・・・」

 「その事に関しては私がお叱りを受けておく。お前は一日でも早くレベル7になることだけを考えていればいい・・・・・・」

 「・・・・・・ドリー。まだ、必要とされてますか?」

 「わからん。しかし、これだけはハッキリと言える。これ以上、お嬢様を苛立たせない方がいい・・・・・・シャワーを浴び、身支度を調えろ。酷い寝汗だぞ」

 「・・・・・・・・・・・・分かりました・・・・・・ミスター・レナルド」

 レナルドの指示に従い、ドリーはベッドを抜け出すと居間を経由してシャワールームへと移動する。
 彼女の感じた不安をレナルドの言葉は取り除いてはいない。
 だが、少なくとも汗で湿ったパジャマの不快感だけは、シャワーで洗い流せる筈だった。 
 服を脱ぎ、降り注ぐ温水の下に体をもぐり込ませると、心地よい温度と水滴の刺激が体を包んでいく。
 湯気で曇った鏡を手で擦ると、夢で見たときよりも僅かに女らしくなった自分の姿が目に入った。
 膨らみはじめた胸に、目に焼き付いているあの時の男の視線が重なる。
  
 「クッ・・・・・・」

 夢の中の光景がフラッシュバックし、ドリーは迫り来る過去に耐えるように鏡に額を押しつけた。
 鏡の冷たさが額から頭へと徐々に浸透していく。
 彼女はその冷たさにあの時見たレナルドの姿を思い出していた。










 ―――――― 大丈夫かッ! 何もされていないな!?


  
 レナルドの問いかけにドリーは何の反応も出来なかった。
 彼女が迫り来る男に掴みかかられた瞬間、ドアを蹴破り部屋へと躍り込んできたレナルドは格闘の末、男を沈黙させている。
 その際に聞こえた数発の銃声がドリーを金縛りにしていた。



 ―――――― 質問に答えろッ! 時間がないッ!!



 レナルドの左腕は血で真っ赤に染まっていた。
 口汚く彼を罵り、ナイフを振り回した男との格闘の際に、彼は左手に重傷を負っている。
 その傷口から滴る血潮を見たドリーは、茫然自失の状態から抜け出すとやっとの思いで小さく肯く。
 ドリーの肯きに安堵の表情を浮かべたレナルドは、すぐにその表情を引き締めると携帯用の無線機を取り出しイヤホンを耳にはめた。



 ―――――― レナルドです。不測の事態が生じました・・・・・・現在、保護対象のヒュプノと接触。



 レナルドの報告に女の怒鳴り声が帰ってくる。
 あまりに感情的なその声はハッキリとは聞き取れないものの、イヤホンから漏れドリーの耳にも届いていた。



 ―――――― 緊急措置として保護を行った際、左腕を負傷しました。自力での脱出は困難に加え、現地警察の介入も予想されます。至急救助を願います。



 甲高い叫びに顔をしかめながら報告を終わらせたレナルドは、痛みを堪えながらネクタイで左腕を縛りはじめる。
 一応の止血を終わらせた彼は、粗末な寝台をドア付近に押しつけ、ポケットから取り出した何かを振りかけた後躊躇無くそれに火をつけた。
 彼が振りかけたのは特殊な発火剤だったのか、瞬く間に燃え広がった炎にドリーの顔が強張る。
 燃え広がった炎による煙は安宿中にパニックを引き起こすだけではなく、ドリーたちのいる部屋を周囲から孤立させていた。



 ――――――安心しろ。すぐに救助のヘリが迎えに来る・・・・・・



 レナルドは氷のような目でドリーを見つめると、水差しの水を振りかけたシーツでドリーを包み窓際へと誘導する。
 先ほどの男とは対極の自分の体に何の興味も示さない目に、ドリーは自分でも不思議なほど安堵の気持ちを感じていた。









 「ドリーは、エゲレスに・・・・・・レナルドに助けられた・・・・・・」

 降りしきるシャワーの中、ドリーは鏡から額を離す。
 鏡の中の自分と目があった。

 「エゲレスは・・・・・・財団は強いドリーしかいらない。ドリーはレベル7にならなくては・・・・・・」

 彼女は食い入るように己の目を見つめると、まるで自分に言い聞かせるように呟き続ける。
 集中する彼女の耳に、シャワーの水音は届かなくなっている。

 「谷崎ではドリーをレベル7には出来ない・・・・・・レベル7になるためには・・・・・・」

 極度の集中の中、ドリーは先ほど聞いたレナルドの言葉を何度も繰り返していく。
 やがて彼女の心に芽生えかけた【キティ・キャット】への信頼は影をひそめ、ドリーの目は鈍い光を放ちはじめた。 



















 バベル本部
 1Fにある医務室で皆本は賢木の診療を受けていた。
 医務室に隣接した検査室には頻繁に訪れるものの、親友である賢木の勤務場所であるこの場所には不思議と立ち寄る事はない。
 友人に肌を凝視されている気恥ずかしさもあってか、皆本は居心地の悪さを感じていた。

 「で、これは?」

 「大丈夫。痛くない・・・」

 賢木は背後から皆本の撃たれた左肩をストレッチの要領で伸ばし、回復の度合いを調べていく。
 肘を曲げ、脇を伸ばすように頭上に回した左腕に、皆本は痛みを訴えなかった。

 「じゃあ、これは?」

 「平気だな・・・・・・」

 左腕をそのままに、賢木は皆本の軽く曲げさせた右腕を掴むと、肩胛骨を張らせるように右手のひらを左脇へと引っ張っていく。
 皆本は生じない痛みに、防弾チョッキの上から撃たれた打撲傷との関係も良好であることを理解した。
 
 「ほぼ完治という所か・・・・・・それじゃ、最後に上半身はそのままで右足の靴を脱いで足をもちあげる」

 「こうか?」

 「そう、そうして踝を左膝に乗せるように持ち上げて・・・・・・」

 賢木は自分の指示に皆本が従ったのを見極めると、彼が座る丸イスをくるり90度回転させ己の姿を皆本に確認させた。
 【祝バベル開設 角蝦宝石寄贈】と書かれた大鏡に映った自分と、背後から自分にストレッチを行う賢木の姿。
 皆本が彼の意図に感づくより早く、賢木は鏡越しにニヤリと笑いかけるとたった一言だけ言いはなった。

 「シェー」

 「だーッ!! お前は昭和の小学生かッ!」

 遙か昔、一世を風靡したギャグポーズを取らされていた皆本は、ようやく自分がからかわれていた事に気付き賢木の手を荒々しく振り払った。
 そのまま彼は急ぐようにして脱いでいた肌着とYシャツを身につけはじめる。

 「いや、平成版もあるし・・・・・・」

 「そんな事は関係ないッ!! もう完治してるんだな!? それなら早速任務に戻れると局長に報告しておいてくれ、いいなっ!!」

 「まあ、それは構わないが、今のノリを維持できるって前提でだぞ・・・・・・」

 賢木の言葉にボタンを止める皆本の手がピタリと止まる。
 前回のミッション。南の島でレベル7プレコグ―――伊9号に訪れる死の運命を回避させる任務は、彼に重大な予知を知らしめていた。
 その予知で皆本は、破壊の女王と呼ばれていた未来の薫を撃ち殺している。
 伊9号の予知は回避不可能なのか?
 彼に撃ち込まれる筈だった3発の銃弾のうち、2発までは皆本が射線に割り込みその体で受け止めている。
 しかし、最後の1発を身に受けたまま姿を隠した伊号によって、皆本の求める解答は大海原に消えてしまっていた。

 「僕の様子が変だった・・・・・・と、いうのか?」

 「ああ、傷の痛みもあるんだろうけど深刻な顔しちゃってよ。ガキはそういうとこ敏感なんだぜ!」

 「怪我の功名だったってことか・・・・・・」

 怪我の療養中、予知について考える時間がとれたことは幸運といえるのかも知れない。
 自分の感じている不安が、薫たちの成長に影響を与えてしまうのは絶対に避けなくてはならないことだった。
 気を張りすぎていた自分を戒めるように肩の力を抜いた皆本を、賢木はいつもの笑顔で見つめる。

 「はい、心身共に全快ってヤツだな。もともと体の方は栄養管理、体調管理が趣味みたいなヤツだし・・・・・・でも、必要なら、もう少し休ました方がいいって報告しとくぞ」

 「いや、アイツらだけで好き勝手やらしておく方が余程ストレスが溜まるし・・・・・・実際、今も僕の休みの間、合同訓練を持ちかけてくれた谷崎さんに迷惑かけてないか心配で仕方ないよ」

 「谷崎? 【キティ・キャット】のスケベ親父が何で? それに今、あのチームには・・・・・・」

 「ああ、【キティ・キャット】にはこの前賢木が検査したドリーという子が配属されている。彼女、【ザ・チルドレン】に加わりたかったらしくて・・・・・・谷崎さんはその気持ちを汲んだんだろうね、だからスケベ親父はないんじゃないかな」

 そういって笑おうとした皆本の脳裏に、ふとある想像が浮かんだ。
 いつか来る予知の状況。
 もしあれが自分と薫ではなく、谷崎とナオミだったら彼は引き金を引くだろうか?
 いや、彼は絶対に引き金を引かないだろう・・・・・・そう思わせる何かが谷崎からは感じられる。
 それならばレナルドは?
 皆本は頭に浮かんだ想像を急いで振り払う。
 未来の自分があの男と同じとは思いたくなかった。

 「そう、そりゃ多少私情を挟み過ぎるとは思うけど・・・・・・レナルドという人より良いんじゃないかな? あの人はドリーに冷たすぎる」

 「俺はそうは思わんけどね」

 「えっ?」

 賢木の呟きに皆本は意外そうな顔をした。
 留学時代の賢木からは考えられないような発言。
 人の心を読み取れてしまう彼は、レナルドのようなタイプを毛嫌いする傾向にあった。

 「あのレナルドって男が嫌なヤツって点は賛成だけどな・・・・・・」

 賢木の脳裏にはドリーから読み取った情報が浮かんでいる。
 店の主人に売られ、客の男に無理矢理襲われそうになったドリー。
 恐怖の叫びを上げ必死に助けを求める彼女を、間一髪の所で救出したのはレナルドだった。
 店主が見せた偽りの優しさに裏切られ、危機に陥ったドリーはレナルドの冷たさに安堵の感情を抱くようになっている。 
 
 「でも、あの男のような態度が必要な場合もあるんだろうな。凍てついた者には、陽の光は眩しすぎるから・・・・・・なんちゃって!」

 少し喋り過ぎた事に気づいた賢木は、誤魔化すように皆本の背中をパシリと叩く。

 「でも、これだけは言っておこうか。お前の方が絶対に正しい! お前が担当になってからの、あの三人の姿がそれを証明してるって! いいか!? お前のその真っ直ぐさにガキたちは救われたんだぜ―――」
  


 ―――それに、俺やキャリーもな



 自分が言おうとした台詞に照れた賢木はその続きを言い淀む。
 
 「ありがとうな・・・・・・賢木」

 「な、なんだよ急に改まって」

 「何があったのか聞かないでいてくれて・・・・・・」

 自分が伊9号に見させられた予知には機密維持の為に開発されたプロテクトがかけられていた。
 レベル7のサイコメトラーである紫穂にさえ読むことの出来ないそれは、皆本が自分の意志で話さない限り周囲に知られることはない。
 先ほど賢木が見せたおちゃらけは、封印されている何かに気付いた彼なりの気遣いだったのだろう。
 敢えて何があったかを聞かないその気遣いが、今の皆本にはありがたかった。

 「いいって事よ! まあ、一杯飲みながらの愚痴ならいくらでも付き合ってやるけどな」

 「はは、それじゃそのうち・・・・・・」

 皆本が社交辞令を口にしようと瞬間、賢木の目が鋭く光ったのを彼は見逃さなかった。
 賢木が素早く手を伸ばした先には彼の合コン専用のシステム手帳があった。
 通称DEKIRU−NOTEと呼ばれるソレに、名前を書かれた者は彼の計算どおりに陥落してしまうという恐ろしい手帳。
 留学生時代、色々な意味でめんどくさい思いをしたその手帳に名前を書かれるのはまっぴら御免とばかりに、皆本は急いで医務室を後にする。
 
 「あ、もう行かなきゃ! 色々とありがとう! それじゃッ!!」

 「あ、ちょ! お前が来ればダブルフェイスが・・・・・・」

 慌てて皆本を呼び止めようとした賢木だったが、時既に遅く皆本の姿は鉄扉の向こうへと消えている。
 賢木は合コンの神になれなかった自分に、がっくりと肩を落とすのだった。










 「ったく、油断も隙もない」

 医務室を退去した皆本は、苦笑いを浮かべながら2Fのシミュレーションルームへと急いでいた。
 先ほどの賢木の行動は8割近く本気だろうが、多分、自分の緊張をほぐす意味合いもあったのだろう。
 そのうち、焼鳥屋で一杯ぐらい飲んでみるか?
 エレベーターを待ちながらそんな事を考えていた皆本だったが、その考えは開いた鉄扉が吐き出した人影にあっさりと霧散してしまう。
 彼の目の前によろけるように現れたのは、薫の念動によって壁にめり込まされた自分を彷彿とさせる谷崎の姿だった。

 「谷崎さん! 一体どうしたんですかっ!? そんなにボロボロでッ!!」

 「触るなっ!! 元はと言えば君の所の下品なガキどものせいなんだぞっ!!」

 心配し、手を差し伸べた皆本の手を谷崎は振り払う。
 その目には年甲斐もない涙が浮かんでいた。

 「薫たちがどうかしたんですかっ!?」

 自分が診断を受けている間に行われている筈だった合同訓練。
 最近、能力が不安定だったナオミの為に行われていた訓練で何が起こったのか?
 心配の表情を浮かべた皆本に食ってかかるように、谷崎は一気にまくし立てた。

 「どうしたもこうしたもあるかあぁぁッ! あのガキどもは私の大事な清楚で上品で素直で真面目で美しいナオミをぉっ・・・・・・ううっ、ナオミ・・・なぜあんな下品なガキみたいに私を壁に埋め、スケベ親父と・・・・・・」

 「あー、それはまた・・・・・・」

 「今まで、こんなことはなかったんだぞっ! そっ、それなのにっ、君の所のガキどもに影響されて・・・・・・私のかわいいナオミ―――っ!」

 「えーっと、なんて言ってよいか・・・・・・」

 足下で泣き崩れる谷崎に皆本はかける言葉が見つからなかった。
 色々な面で可哀想な気もするが、だからと言って同情する気があるわけでもない。
 その場に放っておく訳にもいかず、皆本は困ったように谷崎を見つめていた。

 「はっ! そうだ、こんなコトをしてはおれん! ドリーを見なかったかねッ!!」

 「え! ドリーも薫みたいに!?」

 「違うっ! 私とナオミに急に懐かなくなり姿を消したのだっ! それをナオミは全て私のせいだと・・・・・・早く探さないと収穫の夢が。ナオミを妻にするためにここまで頑張ってきたのに・・・・・・」

 「うわ・・・・・・最低だこの人!」

 呆れたように呟いた皆本の言葉は、ドリーの名を叫びながら走り去る谷崎には届かなかったらしい。
 しかし皆本が放ったその言葉には別な人物が反応していた。



 ――― 君にソレをいう資格はあるのかな?


 
 不意に背後からかけられた声。
 慌てて振り返った皆本の目の前には、皮肉な笑いを浮かべた学生服姿の男が立っていた。

 「だれだ・・・・・・君は?」

 皆本は擦れる声で、ようやくそれだけを言う。
 背中に刃物を突きつけられたようなプレッシャーを、彼は目の前の男から感じていた。





 第4のチルドレン【5】に続く


 第4のチルドレン【5】へのリンクはこちら
http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10282
 第4のチルドレン【3】へのリンクはこちら
http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10269

なんとか週1回の投稿を維持しています。
どんどん話の進みが遅くなってくるよママン(つд`)
ご意見・アドバイスいただけると幸いです。

今回、ドリーの過去が明かされましたが、完全なUGオリジナルです。
ゲームの方ではこの様な設定はありませんので、もし、これからゲームの購入を考えていて、
これはチョット・・・と思われる方がいらっしゃった場合、安心して購入してください。

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