「精が出るわねー、おキヌちゃん」
美神のその声に、おキヌは微笑みを交えつつ返す。
「はい!だって、去年はなんだかんだで一日でお節もお雑煮もなくなっちゃいましたからね。“りべんじ”です!」
ぐっ…とシメサバ丸を握る拳も力強く、そう返したおキヌに、
「おキヌちゃんらしいわねー……でもあんまり根詰めてもしょうがないからね。ある程度のところでキリをつけて休まないと、朝起きれなくなっちゃうわよ」
美神は軽く忠告めいた言葉をかけると、欠伸の形に開いたその口に、ほっくりとした湯気を立てる筑前煮から摘み上げた里芋を一つ放り込む。
「ええ。手間の掛かりそうなものはあらかた終わったことですし、お雑煮の下準備を済ませたら……って、美神さん!」
「あははっ!じゃあおやすみー!」
この時ばかりは長幼の序が逆になったかのような振る舞いで、逃げるようにキッチンから立ち去る美神に、「まったくもう……」おキヌはやや心地よい溜息混じりの苦笑を漏らすと、目の前にある真新しい食材に再び視線を戻す。
大晦日から日付は変わり、一月一日、未明―― おキヌは修羅道……ならぬ、主婦道にその身を投じた。
【一年の計は…】
焼きアゴの干物は軽く炙ってから千切り、夕方から水に浸けていた昆布とスルメの入った鍋に。
入れ違いに鍋から引き上げた椎茸は石突を取って細切りにし、同じく細切りにした油揚げと、一口大よりもやや小さく切った鶏肉とともに甘辛く炊く。
コンロに一仕事をさせている間にも、息つく間もなく幽霊時代から慣れ親しんだ相棒・シメサバ丸を踊らせ、大根と人参のいちょう切りを多めに用意。
お出汁の入った鍋を火にかけて、面取りしていた里芋を輪切りにしたところで丁度頃合。昆布は一旦引き上げる。
沸騰し始めたところで鰹節を投入。アクを取りつつ、頃合を見て火を止める。細かいザルで濾したら、ひとまずベースになるお出汁は完成。
そこからお玉一杯だけ借りて、今度はさっきの昆布とお野菜を鍋の中へ。
昆布の二番出汁で下茹でして、お野菜のお世話が終わったら、次はお魚。
隊長さんから頂いた、鯛と鰤。
尾頭つきの、この立派な大物を前にして、シメサバ丸が無駄に震え始めるので、ちょっと注意。
「……落ち着こう、ね?」
止まってくれた。うん、相変わらずいい子だ。
落ち着いてくれたら、あとは一気呵成!
あっという間に三枚に下ろし、半身はお造り、半身は明日以降のために、残ったアラにもきちんとラップをかけて冷蔵庫に。
これで下準備は終わり。あとは温め、盛り付けるだけ。
ふと見たら、時計はもう1時過ぎ。
一息つくように、やり遂げた満足感を込めた欠伸を一つ洩らすと、ちょっと冷めはじめたお出汁を味見。
金色に輝く透明なお汁は、今までのお雑煮のものとは全くと言っていいほどに違うすっきりとした味になって、口の中に広がった。
* * *
この手のお雑煮を作ってみようと思ったきっかけは、年末にやっていたTVの料理番組という些細なものだった。
でも、東京では縁遠い色々な材料を、商店街をあたって何とか取り寄せ、詳しい作り方を調べ、そして、こうして実際に作ってみるうちに、私はどうしてこのお雑煮に挑戦してみようと思ったのか―― 自分でも気付かなかったその理由にやっと気付いたような気がした。
きっと、変わりたかったんだろう。
今までのままではいられない。些細なことからで構わないから、変わりたい―― 心の奥底でそう思ったのだろう。
ルシオラさん達との出会い―― そして、別れはそれほどに大きかったから。
ルシオラさん達と出会い、痛みを乗り越えた末に、横島さんは一回り大きくなった。
美神さんも、前世からの因縁を振り払い、新たな一歩を踏み出した。
――――じゃあ、私は?
その思いが、この節目で私を新たな挑戦に踏み切らせた―― 少なくとも、私にはそう思えた。
的外れかも知れない。
でも、少しずつ変わっていきたい。
いつまでも守られたままで、大好きな二人の後ろ姿を見るだけでいたくない!
その決意の証としてはちっぽけだけど、この一年の、そしてこれからの決意も込めたこのお出汁はうまく出来た。
今年はいい年になりそうかもしれない―― 私にはそう思えてならなかった。
* * *
「美神さーん!早くしないと置いていっちゃいますよー!」
「あ、もうちょっと待っててー!」
弾んだおキヌの声に応じるのは、やはり弾んだ美神の声。
そのやり取りをリビングで聞いていた横島は、思案げに組んでいた両腕を解くと、雷に打たれたかのような衝撃を受けた表情で呟く。
「そうかッ!!
今なら……身動きの取りづらい今なら……思う存分覗くことが出来る!」
やはりそっち方面のことを考えていたようだ。
「神よ!新年早々幸運をありゲタイガー?!」
「新年早々何を言っておるか――――ッ!!」
結いかけの髪を振り乱し、ツッコミ入れるそのやり取りは、毎年おなじみ、お待ちかね。
「まったくもう……せっかくの髪が台無しじゃないですか、美神さん!
横島さんも横島さんです!そんなことじゃ、帰ってもお節はあげませんよっ!?」
しかし、そのやり取りをなだめすかして止めていた彼女の言葉は、ほんの少しだけ様変わり。
今までとはやや違う力強い言葉と、その手に握られた力強い筆文字に、思わず顔を見合わせ、同時に一言。
「おキヌちゃん……なんか、変わった?」
二人の言葉に返すのは――――
「さぁ、どうでしょうかね〜〜〜〜」
―――― 瑞々しくも、眩しい笑顔!!
「じゃあ、これ貼って来ますね――――!」
二文字を記した半紙を手に、彼女は扉を開く。
高く昇った冬の日は、清涼な空気とともに、透明な外の光を屋内に運んでいた。
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