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【夏企画】 『オン・ザ・ビーチ! 横島の場合』 

「夏だっ、海だっ、水着のねーちゃんだぁっ!!」

 どこまでも穏やかに碧い空。高くそびえる優しい入道雲。白銀にきらめく太陽は気だるさのかけらもなく、負けじ日の光を受け一層波の白さを際立たせる広いたおやかな海。
 季節を構成する要素のすべてがこれ以上ない調和を見せ、夏をより一層印象深いものにしているが、それよりなにより素晴らしく印象的なのは、果てしなく開放的なおねーさんだったり、おねーさんだったり、おねーさんだったり、おねーさんであったりする。
 
 これが叫ばずにいられようか。
 
 少し離れた駐車場から海岸へと歩く道すがら。
 お先にと空と海へ文字通り飛び込んでいく二人 −正確には二匹だ− を視界にとらえながら、俺は感激にふけっていた。珍しく美神さんが海岸の除霊なんて安い依頼でもいいから海に行きたい、なんてと言い出した奇跡。
でも目の前の夏は間違いなく現実なのだと、きつい日差しが教えてくれる。
 
「呼んでいるっ、チチがっ、シリがっ、フトモモが俺を呼ぶんや。いや、呼ばれたんじゃない。今この場に俺がいるのは大宇宙の真理。感謝すべきは宇宙意志、ありがとう宇宙意志のうっちゃん!」

「なに馬鹿なこと叫んでるのよあんたはっ、遊びに来たわけじゃないのよ?」

 あたっ。
 思うさま煩悩を解放している俺を、これ以上ないくらい呆れた視線とげんこを寄越した美神さんが足早に追い越して、前に回り込む。
 振り向きざま、腰まで伸びた美神さん自慢の赤髪がなびきほどけた。

「んな格好で言われても説得力ありませんって」

 またこづかれるのも嫌だとばかり、海に着いてから妙に機嫌が良さそうな雇い主に渋面をしてみせた。なんでかって

「下に水着を着てきたって、完全に遊ぶ体制じゃないすか」

「えーと、日中は海岸の視察の予定だったから、ほら」

 何言い訳してるんだか。この人も、なんでかたまに子供っぽいところあるよな。大きく開いた胸元これ以上なく大人っぽいけど。
 さっきから視線釘付けで、気づいたことがある。身につけてるのは、俺も初めて見る水着だ。つまりは今日のためにあつらえたもの。これを遊ぶ体制って言わずしてなにを遊ぶ体制って言うのだうか。
 なんでこの水着が新しい物かどうか判別出来るのかは、美神さんには絶対に内緒だけどな。もしばれたら、さて死ぬのと逝くのとどっちがいい、とか宣告されそうだ。
 なんて考えてると、いきなりまたこづかれた。

「そんなぽんぽん頭たたいたら馬鹿になるやないですか」

「いいのよあんた元々馬鹿なんだから」

いつも通りと言えばいつも通り。
 あまりと言えばあまりの言葉に、感じたときめきを返せとつい独りごちる。

「くっそーさっき、チラッと見えたんは下着やなくて水着だったんかっ」
 
「夏の海岸で着込んでちゃ目立ってしょうがないでしょ」

 美神さんも美神さんで、不満げな顔をして寄越す。
 そらこんな海辺でボディコンでも着てたら浮くのは間違いないから道理が通っていそうにも聞こえる。でもどうせ、仮にこの場にコンプレックスが大量発生してても美神さんは今みたいな挑発的な水着を着て、注目を集めるだろうに。

「あんたは水着でも十分目立つっつーの」

 美神さんは、女の魅力は存分にアピールすんのよ!と普段から息巻いているくせに、自分を客観的に見られているよーで、実のところ出来てないのだ。
 ホント、いつだってこうだ。
 今まで俺がどんだけ苦労したのかわかってるんだろーか。わかってねーんだろうなあ。今度は自然と出た苦笑いに、美神さんはそっぽを向いた。神通混を指物代わりにあれこれと、だんだん俺から離れて車道に寄っていくのにも気づいてない。
 たく、しゃーないな。待ってくださいよ、って言っても聞かないだろうし。
 サンダル履きの足を大きく広げて、講釈を続ける美神さんと車道の間に急ぎ、また歩き始める。
 海岸沿いのなだらかな一本道。滅多なこともないだろうし、この人は殺してもしなねーだろうけど気を緩めて失敗ってのも案外多いからな。言ったらやっぱり殺されるだろうけど。

「……」

 気づけば美神さんは何か言いたげで、なんすかと答えかけ、つばを飲み込んだ。長く勤める間に、いつの間にだか俺は美神さんの背丈を追い越してて、美神さんが俺を見上げるのにもすっかり慣れたつもりだったのだけど
 つい美神さんの瞳を −時間にすれば何秒もないんだろうけれど− じっと見つめてしまって、とたんに何も言えなくなった。

「(なんだ、美神さん何が言いたいんだっ。もしかしてあれか、この沈黙が終わったらまた水中大脱出の刑なのか。ええやないか、目があったって。ちょっとくらいドギマギしたって。たんなる偶然やないかー!)」

 ふ、口に出さないとは俺も成長したもんだぜ。そう悦に入りつつ、ほっとしていると美神さんがつぶやいた。

「当然でしょ」

 少々間が開いたその言葉に俺は意味を見失いかけて、でもすぐ理解して、なぜか嬉しくなった。
 やっぱり美神さんは美神さんらしーや、と。
 奔放でわがままで傲慢でお金が大好きで現世利益最優先で、これだけ尽くしてる俺のことなんかこれーっぽちも気にかけて無くて(海には連れてきてくれたけどさ)。
 この夏空の下でいっそ清々しいくらいに凛として堂々としてる美神さんを見てるのが、見ることが出来るのがこんなにも嬉しい。
 一体、どうしてなんだかね。骨身にしみた丁稚体質って訳でもないんだろうけど。





☆☆☆☆☆





「横島くん、オイル塗ってくれない?」

 うむいかんな、どうやら今日の暑さは今年一番らしい。午後も一時の真っ昼間に、あり得るはずのない幻聴が聞こえてくるくらいだ。手ひどい誘惑の声にも、のぞき込んだ双眼鏡を外さず。酷暑にもめげない俺はそう、至極冷静に判断した。
 俺も年取って疲れやすくなってんな。ホテルに帰ったらリゲ○ンでも飲んどこう。

「ちょっと横島君? 見張りはもういいから、オイル塗ってくれないって頼んでるでしょ」

「ひゃい?」

 驚きで裏返った声に、間抜けと美神さんにまたこづかれて

「どーせ、双眼鏡使って女の子のシリばっか見てるんでしょ」

 そんな空しい事は止めなさいな。成果の出ない調査と一緒で見込み無いんだから、と諭される。 回りくどくてわかりづらいが、どうやらいったん止めて休憩にしましょと美神さんは言ってくれてるようだ。

「いいっすよ」

 観測用の脚立から降りて、すぐ側に作っていた除霊用のベースに向かう。
 まあビーチパラソルにシートという、どこからどう見てもレジャーでしかないだけれど、美神さん曰く前線基地だそうな。
 と、いきなりそこで美神さんはうつむせになった。
 え、え、え? あ、そういやオイル塗ってくれないって言ってたような言ってないような。きょときょと周囲を見渡して美神さんを見ると、改めて頷いた。

「なっ!! お、俺すか?」

 言葉にしてしまってから、文字通り時間が止まる。思考回路がフリーズしたのは、さっきまでの監視任務のせいじゃあ無い。絶対無い。
 なんだいったいどういう裏があるんだ、おかしいぞ絶対。もしかしてドリアングレイの絵の具で出来てないか、この美神さん。
 
「シロとタマモはあの調子なんだから、あんたしか居ないでしょ」

 詮索して固まり続ける俺に早くしろと、美神さんは体力に任せて遊びまわっているシロとタマモを指し示した。
 なんだ、いったいどうすればいい。何が正解だ、難易度高けーなおい。ミスしたら即死は確定、一体いつのファミコンゲームだ。
 この場にいればすぐ最適解を出してくれそうなおキヌちゃんは、六道の研修で夕方からしか来られない。どちくしょう、こうなったらもうヤケだ。後先考えず煩悩の導くまま突っ走ったる。


「キタッ夏の日差しがついに傲慢女の素直な気持ちを引き出したんやっ、塗ります。
 塗りまくりますっ、全身全霊を込めて余すところなく塗らして頂きますっ」

 ガッツポーズで腹の底から声を出し、浜全体に響けとばかりに叫ぶ。ビーチにいる周りの観光客から集まる視線がどーした。クスクス漏れる忍び笑いがどうした。
 今この瞬間、俺は間違いなく人生の勝利者。勝ち組人生まっしぐらじゃ、と最高に盛り上がっていたら今度こそ思い切り美神さんにぐーで殴られ吹っ飛ばされて、そっぽ向かれた。

「馬鹿、背中だけよ、別なところ触ったら頭かち割るわよ」

 もう割れてます、とは肩で息をする美神さんに言えず。この機会を逃すまいと精一杯それらしい、いかつい顔で

「くっ、了解です」

 最敬礼をとり、血の涙を流していると、ぽつり小さく柔らかな言葉が耳に届いた。

「ありがと」





☆☆☆☆☆





『ありがと』

 だってよ。ちくしょ、やっぱりこの女は卑怯だな−。ずりいよホント。
 あんな顔されたら、ずっと追っかけてってやろうって気持ちになっちまうし。
 そのくせ、元がスケベ心だろうがなんだろうが俺の気持ちは最初から一直線だってのを、わかろーともしねーのに。

「そりゃ、たまに目移りもするけどさ」

 サンオイルをなるべく穏やかな手つきで伸ばしながら、ほのかに熱い美神さんの肩に触る。心なしエロいさわり方な気がするのは手のひらが勝手に動くせいであって、決して俺の意志ではない。
 しかし美神さんの体って、ホント温かくて柔らかいな。たおやかに呼吸で上下する背中におっかなびっくりしながら、出来る限り優しく肩甲骨をなぞった。

「ぴ、ぴとっとしとるっ、なんつーええ手触りやっ」

 は、いかん口にでとるっ?! さっきまでは心に秘めることが出来ていたというのにっ。
 肌と肌による直接的接触が心の壁を乗り越えたと言うのか、恐るべしサンオイル。そして凄いぞ、まだ飛びかからない俺の自制心。がんばれ俺。いけいけ俺。いや行っちゃいかんだろ。

「んっ」

 気が散りつい引っ張った水着のひもに、美神さんが反応する。長い付き合いの中でも滅多に聞かない艶めかしい声に動悸が跳ね上がって、反射的に手を離す。

「うおっ、すんません。わざとじゃないっす、外そうなんて思ってないっす」

 ふー。
 美神さんのため息が聞こえる。さほど大きくもないはずの音が、死刑宣告のようにずしんと体に響いて汗が引いて

「ばか、変な焼け跡、いやよ」

 今度は一気に吹き出した。
 美神さんがゆっくり背中に手を回したかと思えば、すぅとブラの結び目を解いた。いや俺がだいぶ外しちゃっていたのかも、だけど。

「ムラになってたら許さないんだからね」


 横目に俺を見上げた美神さんは、当然胸を反らさなきゃいけない訳で。
 横から美神さんのたわわな胸がしっかりと確認できて、俺は鼻血を出さないよう手を当てながら必死になって頷いていた。カップ深めの水着だったからサイドからお宝が見えなかったのが無性に悔やまれる。
 もう美神さんがどう考えていようとどーでもいい、いつ死んだっていいぞ。

「くはぁ、やーらかけーなー、くっそー」

 今度こそは確かに優しくゆっくりと、片手だけでオイルを塗り込んでいく。しっとりした美神さんの肌は手に吸い付くようで。おっかなびっくり、少々慣れてきたと思えて幾分かずつ強く。穏やかに、でも強く。

 いったいこれ、何の拷問だ。いやご褒美なのか。
 
 俺の動悸も一層強くなって止まらなくなって、もう思いの丈が言葉に出ているのも気にしてらんなくて。
 おっとすべったぁ、とか言って胸を揉んだり、お尻に手を回したり。
 この生殺しな状況でそんなことをするのは、さすがに歯止めがなくなりそうで俺も躊躇するのだけれど、もうどうにでもなれという半ばやけっぱちな気持ちが際限なく強く、確かな物になっていく。
 
「も、もうちょい」

 不意に出た言葉は自分の意志を確認する方便に過ぎなかったのだけど……緊張でつい肩に力が入って

「あぅっ」

 美神さんの艶声と、また違う柔らかさを手のひらに感じた。
 オイルで手が滑り、背中を『ちょい』通り越して美神さんの脇をなぞってしまっていた。ヤバイヤバイヤバイ、ヤバイって俺。今はほんとーに駄目なんだって。

「ああっ、すいませんすいません、つい手が滑ってっ」

 自分でも呆れるくらい平凡で型どおりの言い訳しかできなくて、ともかくもまずいとオイルを伸ばしている手を何とかして、背中から引きはがした。
 さっきの美神さんみたいに、荒く肩で息をし、なんとかして整える。

「もう、そんなビクビクしなくて良いわよ、手が届かない所塗って貰ってるんだから。変にビクビクしてるからくすぐったいのよ」

「は、はいっ。こ、こんなもんスか?」

 いちいち美神さんの言葉通りに、いやそれ以上に自分の思いのまま。さっきよりもほんの少し、いや確かに強く押しつけた手のひらと、指。俺が瞬間想像し、身構えた鉄拳はいつまでも飛んでこず

「うん、それでいいわ」

 それだけ言って、美神さんはため息を一つ。
  一から十まで指示させるなんてあんた駄目ねえ、とでも言いたかったのか。
 でもそれだけで終わり、本当に何事もなくて。
 その言葉はただの拳よりも何倍も、ずっとずっと強く俺を張り倒してしまった。
 
 ああ、もう駄目だ。
 このタカビー女が、またぞろ俺で遊んでいるにしたって
 もう止めらんねーし、止まりたくもねー。
 その上でどんな折檻受けたって、それはそれで構わねーや。
 だって、俺、やっぱり、間違いなく。
 どうにもこの女が、美神さんが好きなんだもんよ。

「おっと滑ったーっ」

 これ以上ないくらい棒読みの言葉、これ以上ないくらいの気持ちを込めた両腕で、美神さんの豊かな胸を思うさまわしづかみにした。

「ばっ、このバカタレっ!!」

 美神さんが跳ね起き、いつものように豪快に俺をしばこうとした瞬間、眼前に桃源郷が現出し、盛大に鼻血を吹き出し飛んで跳ねるように意識を失った。












『セクハラ野郎を雇う訳がないでしょうがっ?!』

『時給255円で良ければ戻ってきなさいよ』

『……絵本読んでくれて、ありがと』

『わ、私は関係ないからねっ?!』

『メソメソすんな、私たちはGSなのよ!!』

『現世利益最優先に決まってんでしょ!』

 ああ、俺ってろくな目にあってないなあ。どんだけ若くて美人でグラマーだろうが、あんだけ銭の亡者でタカビーで人の命をなんとも思ってない女なのに。

 美神さんの側にいられるのは俺だけだって思っちまったんだよなあ、ちくしょ。
 
 だからこうやって気絶した俺をこっそり膝枕してくれてるのも、俺が気づいてるとわかったらきっと、いや確実に殴り飛ばすなってわかってても、もう少し、あとちょっとだけなんて情けないくらい簡単にまいちまって、でも、それが全然嫌じゃなくって。
 それだけの事が嬉しんだ、可愛くってさ。

「全然、似てないよね」

 美神さんがつぶやく。そりゃそうだ。誰と比べてるかしらんが、俺は俺だ。
 西条に似てるなんて言われたら自殺すんぞ。まだはげてないし。

「将来はおでこが似るんだっけ」

 そーいや俺、将来つるっぱげになるんだったけか。
 でもシャンプーした時も全然髪は抜けてないしそもそも親父もじーちゃんも母さんもはげてないぞと頭の中で必死に言い訳していると、美神さんがそっと俺の額に触れた。
 二度三度、美神さんは自分の温もりを伝えるようにそっと撫で、俺の頭を両手で包み込んでくれた。

「ああなるまで、一緒に居てね?」

 そりゃ、アンタみたいな面倒な女の側にいられる男なんて、そうそういやしねーだろうし。て、あれ。え、え、え? ええええええ?

「油断するのが悪いんだからね?」

 言い終わる前に、自慢の赤毛が俺の鼻をくすぐって、ほのかなシトラスの香りを醸し出す。とても甘くて、ちょっとだけ刺激的な美神さんの香りは、俺をすっかり油断させて、不意に唇に触れた暖かさ。
 
 俺は心底驚いて、でも感じた温もりと柔らかさはどこまでも心地よくて
 それをどうしても逃がしたくなくて
 代償がどんだけ大きいかわかっていたけれど
 右手でこっそり抱き留めて
 出来るだけゆっくり確かに
 包みかえした。




http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10487
↑ すんばらしーSS。『オン・ザ・ビーチ!』はこちら! by ししぃさん

こんにちは、とーりです。
今年の夏企画の特徴でもある自由度の高さでもって、ししぃさんとコラボさせていただきました。
またこれは修正稿ですが、元ネタは先日の「即興チャット」でもって3時間くらいで仕上げたものでございます。
ひとつでも成果が出せてほっとしているところではあるんですが。

読者の皆様にはいかがだったでしょうか。
楽しんでもらえたなら幸いです。


※2009/08/31 皆様のイラストを作中に導入させていただきました。ありがとうございます。

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