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【夏企画】 『オン・ザ・ビーチ!』

「夏だっ、海だっ、水着のねーちゃんだぁっ!!」

 フルカラーページを丸々使うような勢いで、横島君が叫ぶ。
 とっくに着替えて駆け出しているシロとタマモがキラキラした目でこっちを向いて
手を振っていた。
 定番の海岸の除霊依頼。
 安めの報酬だったけれど、慰安も兼ねてなら悪い選択ではなかったと思う。

「呼んでいるっ、チチがっ、シリがっ、フトモモが俺を呼ぶんやっ」

「なに馬鹿なこと叫んでるのよあんたはっ、遊びに来たわけじゃないのよ?」

 放っておくとそのままナンパをはじめそうな彼の後ろ頭を叩いてからちょっと足を
速めて彼の前に回りこんだ。

「んな格好で言われても説得力ありませんって」

 表情は、苦笑。
 視線は胸に。
 ……おろしたての水着は彼の目にどう映っているだろう。

「下に水着を着てきたって、完全に遊ぶ体制じゃないすか」

「えーと、日中は海岸の視察の予定だったから、ほら」

 鋭い指摘にちょっと誤魔化し笑い。
 出掛けに試着してみて時間が足りなくなった、とは微妙に言いにくい。

「くっそーさっき、チラッと見えたんは下着やなくて水着だったんかっ」

 ……ぶつぶつと続く文句はいささか理不尽だと思う。

「夏の海岸で着込んでちゃ目立ってしょうがないでしょ」

 言い訳を続けてみる。
 除霊に来た、とわかってしまうのはあまり良いことではないから、半分本当なのだ
けれど。

「あんたは水着でも十分目立つっつーの」

 彼は肩をすくめてもう一回、苦笑。
 すっ、とあたしの右隣に来るように歩幅を大きくした。
 それがほめ言葉だって気付くのに三秒。
 車道側に入ってくれたんたって気付くのにもう三秒。
 ちょっと長い沈黙はあたし達に似合わなくて。

「当然でしょ」

 なんて告げてみた言葉は、不自然にしか繋がらなかった。



 恋愛は好きになった方が負け。という言葉は真実だと思う。
 最初は、あたしが有利だったのに……ずっと一緒に居て、たんだん、不利になって
いった。
 負けるのが嫌で、勝負を仕掛けに行かなくなったって言う方が正しいかもしれない。
 完敗だった前世を見せられたのも、きっと臆病だった原因の一つ。
 だけど。
 負け戦でも幸せになれる。
 そういう戦いなんだって、気付いたのはつい最近。
 色々と遅かった。……けど、遅すぎたわけじゃないわよね。



「横島くん、見張りはもういいから、オイル塗ってくれない?」

 平静を装って声を掛けたのは午後一時。
 成果の無い聞き取りの調査の後、しばらくは休憩を取る、という事にしたのだった。

「どーせ、双眼鏡使って女の子のシリばっか見てるんでしょ」

 大丈夫、こんな風に頼み事をするのはいつもの事だし。
 ちょっとエッチなご褒美は彼をコントロールする為に必要。と自分に言い訳しつつ、
シートの上にうつぶせになる。

「なっ!! お、俺すか?」

 硬直するのも予測済み。
 ……ちょっとこき使ってる期間が長すぎたのかな。
 最近の彼は、あたしからのご褒美に対して警戒反応を示してしまう。

「シロとタマモはあの調子なんだから、あんたしか居ないでしょ」

 六道の研修の関係でおキヌちゃんは夕方からの合流予定だった。
 シロが邪魔してくるかな、なんて思っていたけれど二度目の海にはしゃぐ二人は
体力に任せて遊びまわっている。
 要するにチャンスなのだ。

「キタッ夏の日差しがついに傲慢女の素直な気持ちを引き出したんやっ、塗ります。
 塗りまくりますっ、全身全霊を込めて余すところなく塗らして頂きますっ」

 彼はすぐに大声で叫ぶ。
 比較的、穴場とはいえ、夏の盛りの海岸は十分な観光客がいるのに。
 全身でガッツポーズを取っている彼と、傍に居るあたしに集まる視線。
 ……ものっすごく、恥ずかしい。
 今までは、ここで恥ずかしさに負けていたのだ。
 とりあえず殴っておいて、こんな馬鹿とあたしはあなたたちが思っているような
関係じゃありませんよって振りをしていた。

「馬鹿、背中だけよ、別なところ触ったら頭かち割るわよ」

 同じ轍を踏まないように、深呼吸して言葉を選ぶ。
 ……恥ずかしくて顔は見れないけれど、

「くっ、了解です」

 敬礼をしながら血の涙を流している姿は確認できた。

「ありがと」



 もうちょっと素直になろうって思ったのは、先生からママの昔の話を聞いた時。
 気持ちに大事に。
 親父を追いかけた時の話は、割と深くあたしの心臓に突き刺さった。

『結局、一度こうと決めた彼女は、誰にもとめられないってことだな』

 拒まれても、逃げられても、……先生を三枚目に貶めても。
 ママは自分の心を貫いた。
 受け入れて、認めて、手助けしてくれたあたしのもう一人の父親は、

『……その点、君も同じだけどね』

 そうも言葉を続けてくれた。



 サンオイルをなんかいやらしい手つきで手に伸ばしながら、彼の手が肩に触る。
あたしより体温の高い指。
 手のひらが、優しく肩甲骨をなぞる。

「ぴ、ぴとっとしとるっ、なんつーええ手触りやっ」

 ブツブツと呟く言葉。
 まだ、彼は不埒な動きなんかしていない。
 手のひらでオイルを伸ばしてるだけ。
 ……だけなのだから……もうちょっと、……あたしの動悸、静まってほしい。
 うつ伏せでという事もあって、心臓の早鐘が呼吸とずれて行く。
 さっきまで集まっていた視線はいつの間にか散っていた。
 夏の海なのだ。
 色々な思惑の渦巻く海岸で、いちゃつくカップルに視線を向けている暇なんて、
そうそう無いのだ。

「んっ」

 声が漏れたのは、水着の紐が軽く引っ張られたから。

「うおっ、すんません。わざとじゃないっす、外そうなんて思ってないっす」

 彼の言い訳で事態を把握する。
 慌てて離される手のひら。
 ……深呼吸。



 スケベで、ギラギラしてて、欲望以外の行動原理を持たない馬鹿なアルバイトが、
それだけじゃなくなったのはいつからだろう。
 出会いや別れを重ねて、横島君は変わっていった。
 成長した。という方がきっと正しいのだと思う。
 だから。
 こうやってあたしに向けてくれる煩悩もきっとそれだけじゃない。
 ……といいな、って思っている。




「ばか、変な焼け跡、いやよ」

 背中に手を回して、結び目を解く。
 ……かなり外されかけていたのは気のせいじゃない。
 カップ深めの水着だったから、サイドからは見えてない……はず。



「ムラになってたら許さないんだからね」

 横目に彼を見上げると、鼻を押さえながらぶんぶんと頷いていた。
 うー、困った。
 ……嬉しい。

「くはぁ、やーらかけーなー、くっそー」

 再び背中に伝わる感触は片手だけ。
 おっかなびっくり、だんだん強く。
 熱を帯びた指があたしの肌に描く軌跡。
 声に出している事は気づいてないのだと思う。
 これだから、変態妄想男などと言われるのだ。

「も、もうちょい」

 不穏な言葉と唾を呑む音。
 何かされる?
 おっとすべったぁ、とか言って胸を揉んできたり、お尻に手を回したり。
 人前でそんなことをされるのは、さすがに嫌だったけれど。
 ちょ、ちょっとだけなら我慢、する。
 ……緊張に肩に力が入って。

「あぅっ」

 変な声、出してしまった。
 横島君の指は、背中から『ちょい』だけはみ出して、脇をなぞっていた。

「ああっ、すいませんすいません、つい手が滑ってっ」

 予想通りな言い訳。
 予想と違って慌てて再び離される指。

「もう、そんなビクビクしなくて良いわよ、手が届かない所塗って貰ってるんだから」

 ちょっとぐらいって言葉は慌てて飲み込む。
 そこまで言ったら、こいつがどんな暴挙に出るかは目に見えていた。

「変にビクビクしてるからくすぐったいのよ」

「は、はいっ」

 怒られた、と思ったのだろう。
 緊張した返事。

「こ、こんなもんスか?」

 さっきより強く押し付けられる指。

「うん、それでいいわ」

 ちゃんと言葉どおりにしてくれるのは嬉しくて。
 いちいち怯えすぎなのは腹が立つ。
 ……前途多難。
 思わず吐息したら……つまり油断したら。

「おっと滑ったーっ」

 棒読みの言葉と共にわしづかみされる胸。

「ばっ、このバカタレっ!!」

 心構えが足りず、体を起こしていつものように彼を思い切りしばいてしまって……
 砂浜に残された水着。
 横島君は鼻血を吹きながら倒れていった。





 年下の、お馬鹿な甲斐性なし。
 取り立てて美形と言う顔の造作もなく。最近、ちょっと鍛えてるけれと体格がいい
わけでもない。

「その上、ドスケベだし」

 気絶したままの彼を炎天下に放置する訳にも行かず……という言い訳を用意して、
ビーチパラソルの下、彼の頭を膝に乗せた。
 あんまり手を入れていないぼさぼさの髪が少しくすぐったい。

「ほんっと、なんでだろう」

 霊能に関しては世界有数の才能を持っているけれど、そんなの無くても構わないって
思ってる。
 初恋の人は『格好いい』『頭もいい』『お金持ち』
 先生みたいな人……が、お金を持っていたらいいのに、なんて考えてた頃もあった。

「全然、似てないよね」

 やさしい所は、少しだけ。
 それが、あたしが好きになる人達の共通点なのかもしれない。

「将来はおでこが似るんだっけ」

 人工幽霊に見せられた未来の彼。
 ちょっとおでこに触ってみた。
 ……うん、まだ大丈夫。

「ああなるまで、一緒に居てね?」

 呼びかけてみたけれど、返事はなし。
 やっぱり、先は長そうだった。

「油断するのが悪いんだからね?」

 こっそり寄せた唇では、まだまだ、彼へは届かない。


コラボ大歓迎!!(というか、おねだり?)
こんな妄想ですが。
……夏だしいいよねっ!!
http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10491
↑とーりさんにおねだりして書いてもらった横島君サイド。もうね。素敵ですよ?

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イラスト差込してみました。
んっふっふー。

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