今回は、すでに用語辞典書いてます。
2画面で見比べればおもしろいかもしれません・・・あんまり意味ありませんがw
遠くから特徴のある排気音が響いた。
かなり煩いその音は事務所の真下で止まると、今度は階段を駆け上がる音に変わった。ドアが壊れそうな勢いで開いた。
「横島ぁー! 勝負よ!!」
食いつかんばかりの勢いで、革ツナギに身を包んだ小笠原エミが現れた。
「今度は1098R買ったんスか?」
「そうそう♪ やっぱりドカは四発より二発よね……って、自慢しにきたんじゃないわよ! 今度はトラコン付きで勝負よ」
目を突き刺さんばかりに横島を指さした。
「あんた、プライド無いの? 横島君よりバイク歴長いんでしょ、機械に頼ってるんじゃないわよ」
ソファーに座っていた令子は、呆れたようにそう呟くと小指を立てつつ紅茶を啜った。
「プライド? そんなの奥○○峠に埋めてきたわ。勝って掘り返しに行くワケ!」
拳を握り締め力説するが、言っていることはかなり情けない。
「んじゃ行きますか。今からじゃ奥○○峠は遠いっすから、今回は○垂水峠にしましょう」
「いいわ。でっかい借しも利子つけて返してもらうワケ」
横島はソファーから立ち上がると、FXのキーを指に引っ掛けとくるくると回した。
○垂水峠
FX400R改 VS 1098R
トラクションコントロールにより大馬力を路面に伝えるも、短いストレートのためアクセル開けられないのは変わりなし……
上りで複合とS字切り返しの差を詰めることができず、下りはまたしても大差。
○FX ――― 1098R×
賞品、RSタイチ革ツナギ+ブーツ+グローブ+アライヘルメット
「横島ぁーー!! 勝負よ!!!!」
ドアを開けるとともにエミが叫んだ。
首都高速内周り
FX400R改 VS デスモセディチ RR
霞ストレートでデスモセディチが前にでるものの、早い時間帯のため一般車に詰まり引き離せず。テクニカル区間にて追い抜かれチギられる。
○FX ――― デスモセディチ RR×
賞品、ZZR1400
「横島ぁーー!! 勝負よ!!!!」
ドアを開けるとともにエミが叫んだ。
東京〜青森キャノンボール
ZZR1400 VS デスモセディチ RR
先行したのはデスモセディチ RR。タンク容量で、デスモセディチはガソリン給油回数多し。その間に抜いていくZZR。長時間の極端な前傾姿勢により腰痛でリタイヤ。
○ZZR ――― デスモセディチ RR×
賞品、ZX10R
「横島ぁーー!! 勝負よ!!!!」
ドアを開けるとともにエミが叫んだ。
首都高新環状
ZX10R VS デスモセディチ RR
キャノンボール後、エミはタイヤ交換行わず。タイヤがすぐに終わり、早々にリタイヤ。
○ZX10R ――― デスモセディチ RR×
賞品、社用車AMGメルセデスSL65
「横島ぁーー!! 勝負よ!!!!」
ドアを開けるとともにエミが叫んだ。
い○は坂
FX400R改 VS 1098R
下り一本勝負。ストレートで1098Rリード、コーナーで詰めるFX。下りが終わり引き離そうとする1098Rだが、最後の突入で交される。頭○字Dを読んでいたか読んでいないかの差であった。
○FX ――― 1098R
賞品、税金対策で買った都内高級マンション
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毎週のように繰り返されるバイクバトル。
だがエミが勝つことはなく、そのたびに横島の生活は豊かになっていった。
上記以外にも、都内市街地、神奈川、群馬、千葉、茨城の峠で勝負は行われ、高級ブランドスーツ、ロレックスデイトナモデル、事務所ご一行お食事券、仕事の割引、呪い料金半額等などが賞品として支払われていた。ほとんど賭け成金と化した横島であった。
あまりの成金ぶりにおキヌは賭けをやめるように進言したことがあった。
横島もさすがにエミが気の毒になり進言を受け入れようとしたのだが、令子がそれを認めなかった。
最近仕事を詰めまくって稼いでいるのだから、それくらい“へ”みたいなものだと。
「俺は稼げてませんが」
と反論してみたのだが、なぜだか流されてしまったのは気のせい以外のなにものでもなかった。
令子としては、この賭けは渡りに船であった。GSとして腕を上げてきた横島である。そろそろ給料も上げなくてはいけなかったのだが、自分が払わずとも横島は勝手に裕福になっていく。賃金交渉を忘れるくらいにリッチになってしまっているのだ。しかも賭けが始まって以来、最初の2割ほどの高額はないが仕事系の賭けは自分が儲かっている。まさにエミ様々であった。
「横島ぁーー!! 勝負よ!!!!」
ドアを開けるとともにエミが叫んだ。
いつもと変わらぬ風景である。
「今度はどんな勝負っすか?」
マヒしてしまったのか、横島はゆっくりと立ち上がった。
「東北は惜しいところまでいったわ。今回は九州へのキャノンボールよ!」
「大丈夫っすか? 東北路のときは、腰痛めちゃったでしょ」
その言葉にエミは頬を赤らめ絶句した。
東京〜青森間の勝負のときにデスモセディチのエミは長時間の前傾姿勢のために腰を痛めてしまったのである。ZZRの横島は一発のスピードでは遅れをとったものの、タンク容量と楽なライディングポジションのおかげで休憩が少なく逆転できたのだ。
「エミ、あんた腰なんて痛めたの? それってオバちゃんじゃなくて、おばあちゃんじゃない」
令子が挑発するように大笑いをするが、エミはまるで聞いていないように横島から視線を外さなかった。
「心配無用なワケ。今回はちゃんと対策は練ってきているわ」
すでに腰は完治したといわんばかりに、胸を張ってみせた。その勢いでファスナーが胸の下まで開いた。残念なことに下着ではなく、白のチューブトップであった。
令子と向かい合わせたソファーに座っていた美智恵は、それを確認すると紅茶を啜った。
「勝負は今日の八時、アタシの事務所前からスタートよ」
ファスナーを上げながらそういうと、脳内に焼付けが終了した横島は頷いた。
横島の返事を確認すると、エミは踵を返し微笑み浮かべて事務所を後にした。
「さぁ今回の賞品は何かしら。次の仕事の権利だったらレイコ嬉しいな♪」
妙に媚を売りながら令子がいうと、事務所は静まりかえった。美智恵が啜る紅茶の音だけが妙に響いた。シロにタマモ、おキヌでさえ呆れるというより冷めた視線を向けている。
「じ、冗談よ、冗談。やぁね〜、みんな本気にしちゃった?」
視線に耐えかねた令子は場を変えようと明るく振舞ったが、そう簡単にこの空気は変わるはずはなかった。
「バカはほっといて……横島君、気をつけた方がいいわよ」
自分の娘を一言で否定して、美智恵はカップを置いた。
「そうっすね。ここまで負けがこむと、エミさんも非情な手を使うかもしれないっすからね」
「そういうんじゃないんだけどね」
苦笑して時計に目をやると立ち上がった。
「さて、ひのめを迎えにいこうかな」
「ちょ、隊長、どういう意味すか?」
「それ教えちゃうとフェアじゃないわ。自分で考えなさい」
自分の唇に人差し指を当て、それを横島の唇につけると意味ありげに微笑んだ。
「お疲れ様した〜」
声を掛けると、美智恵は右手を軽く振り事務所を出て行った。
「分かったー! 分かったでござるよ!!」
ドアが閉まると同時にシロが声を張り上げた。
「なんだよ、うっせーなぁ」
「御母堂殿が仰られてたことでござるよ!」
「だから、なにを」
うるさいといわんばかりに横島が掌を振ると、シロの右手が唸りをあげた。その場で三回転ほどすると床に叩き付けられた。
「シロちゃん! いきなり何を」
おキヌが床にへばりつき鼻血の海に沈む横島の元へ掛け寄ろうとするが、シロはその行く手を阻んだ。
「立つでござる、先生っ!!」
「お前、いきなりなりかますんじゃー!!」
鼻血を撒き散らしながら横島はシロに掴みかかった。ちなみにその鼻血は、近くにいたタマモに噴水のように降りかかった。
「それでござる、それが足りないのでござるよ!」
「はぁ??」
横島とおキヌはクエッションマークを浮かべたかの如く首を傾げ、タマモの頭にはマークの変わりの鼻血が降ってきている。
「はぁ?ではない! 先生は弛んでいるでござるよ! 小笠原殿との勝負の前に自分に負けているでござるよ!」
熱き青春の握り拳を震わせながら、シロは魂の叫びといわんばかりに力説した。
「自分にか?」
「そうでござる! 敵と戦う以前に、自分との勝負に負けているでござる!」
「だからなんでだよ」
「気合! 気合が入っていないでござる!! 小笠原殿のあの鬼気迫る気迫溢れる顔に比べ、先生のその舐めきって弛んだ顔。御母堂殿はそれを見抜いているのでござるよ」
横島は眉間に皺を寄せ首を傾けた。
いわれてみれば確かにそうかもしれない。いつもの事と勝負自体にマヒしていたことは否定できないし、事務所にはあまり直接に関係ない事とはいえ令子などは勝つことを前提として賞品のことを考えている。
「気合か!」
「そうでござる! 己に気合でござるっ!!」
二人とも上着を脱ぎ捨て床に叩きつけると、腹の前で腕を組みマッスルポーズを取ると全身に力を漲らせた。
「気合だーーーっ!!」
「気合でござる!!」
首の筋が張り、コメカミの血管が浮き出てくるほど力が入る。
「ぬおおおおおおおおお!!!」
「おるぅああああああああああ!!!」
横島がTシャツを破り捨て胸筋をアピールすると、シロも同様にTシャツを破り捨てた。最近少しだけ谷間ができてきたことが自慢であるが、せっかくの脂肪も大胸筋により今は目立たない。
「暑苦しいわね……」
お稲荷さんが刺繍されたハンカチで、頭について鼻血を拭いながらタマモが呟いた。
「足りん! これでは足りんっ!! シロ、気合だ! 気合を注入しろ!」
「心得たでござる!」
首の筋が痙攣するほど歯を喰いしばる横島に向かうと、シロは顔面を張った。
「ああああああああああああああああああああっ!!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
お互い再びポージングを取る。
「先生! 拙者にも気合を注入して下され」
「分かった!!」
弟子の熱い思いに応えるべく、横島はシロの頬を張った。
「気合だーーーーーーーーー!!」
「気合でござるーーーーーー!!」
「もっと、もっとだーーーーー!」
ポージングのまま首だけをおキヌに向けると、体をびくつかせるほどに驚いた。
「おキヌちゃん、気合だ! 気合を入れてくれ!」
「おキヌ殿っ! 気合でござる!!」
ポージングのまま歩いてくる二人に、おキヌは嫌々と首を振った。
「嫌ではない! 見るでござる拙者の胸をっ!!」
上半身から力を抜くと、浮き出るように胸が出現した。
「え? えーーーーー??」
「ふんっ!!!!」
鼻息も荒く、再び力を入れると胸は消え去り筋肉が浮き出てきた。
「シ、シロちゃんいつの間に?」
「大胸筋でござる。大胸筋が乳を底上げしてくれるのでござるよ!」
「え? うそー!」
「嘘ではないでござる! 百聞は一見にしかず!!今見たことがすべてでござる!」
ポージングをとったまま、歯をみせて笑った。もちろん犬歯がキラリと光ったのはいうまでもない。
「今からでも遅くない?」
「昔からいうでござるよ。10で神童、15で才子、20過ぎればただの人と! 日々の努力は才能を凌駕するでござる!」
おキヌの目から鱗がぽろぽろと外れた。エプロンを床に叩きつけると、大胸筋に力を入れた。もちろん顔を真っ赤にして踏ん張るだけで、筋肉がでるワケではない。
「ハン。そうはいっても、あんた目立つほど大きくないじゃない」
蔑むような目をタマモは向けるが、今度は横島がポージングのまま近づいた。
「うつけものがっ! ふんっ!!」
鼻で笑ってみせるが、まだ鼻血が残っていたようでタマモの頭に再び降ってきた。もう慣れてしまったのか、タマモは掛かった血を拭いもしなかった。
「筋肉の上に乳をつける! その恩恵を受けた人物がこの事務所にいるではないか!!」
首の筋を痙攣させながら横島が吠えると、タマモはシロを見た……が、すぐに視線はその後ろの人物に向けられた。
「ま、まさか!」
「あれが! あの大きさがDなんておかしいだろうがっ!! 大胸筋による持ち上げ以外に考えられるかっ!!!」
タマモの視線が令子の胸へと向けられる。
あの神通棍のスピードと破壊力。横島を一発でKOできるそのパワー。言われてみれば、思い当たる節が多すぎた。
「ああああああああああああああああああああああああ!!!」
ワンピースを脱ぎ捨て、イチゴパンツ一枚になるとタマモは野性の証明といわんばかりにポージングを取りながら吠えた。
「さぁ!! 美神さんも垂れる前に」
「どやかましいわ!!!!!!」
神通棍の一振りで横島は星になった。
「暑苦しいのよ!!!!」
肩で息をしながら割れた窓ガラスから星の航跡を確認すると、振り返った。すでに、皆脱ぎ捨てた服を手に一目散に逃げ出していた。
「勝負の前に血だらけになってどないすんのや」
自宅マンションへと戻り、勝負の準備を行った。革ツナギではなく、ライダースと同色の革パンツに着替える。長距離であるため、もしものことを考えてのことだ。革ツナギでトイレは大変なのである。
懐中電灯を二本準備し、ヘルメットに取り付けるとガムテープで縛った。本当は蝋燭の方が良いのであるが、それだとすぐに消えてしまうからである。
「いや、待てよ。気合ばかり入りすぎて力が入りすぎてもいかんな」
正論であるが、気合の入れ方を基本的に間違えていることには気づいていなかった。
タイヤ圧やオイル、プラグやチェーンの張り具合を確認して、ETCや財布、免許証などの身の周りの物の確認もした。
準備が整うと、NINJAの文字が目立つ黒いZZRに跨った。
約束の時間の五分程前にエミの事務所に着いた。
黒いレザースーツを着たエミの前に、軽トラックが止まっている。軽トラックの荷台には、どこかで見たようなリア周りの大型の単車が積まれていた。
「対策ってこのことかよ」
エミとの勝負のために、こっそりと不慣れな最高速の練習をしていた横島は、そのバイクが何であるか気づいた。
最高速ステージに必ずといっていいほど現れる、国産最高速、いや世界最高速のバイク。スズキHAYABUSA1300である。
その流線形で特徴的なリア周りを見間違えるワケはない。確かに瞬間的な加速は、デスモセディチの方が上である。隼やZZRから比べるとかなり軽い車体に同等以上の馬力。だがデスモセディチは“モトGPレプリカ”なのだ。サーキットを速く走ることには長けているが、ほとんど真っ直ぐな道を何時間も走るようには作られてはいない。そういう勝負の場合は、真っ直ぐ長距離を走ることを考えて作られた高速ツアラーの方が有利なのである。
「こりゃ微妙な勝負になりそうだな……あれ??」
横島がエンジンを切ると、エミがにこやかな顔で手を振り、隼を乗せた軽トラックは走り去ってしまった。
ZZRから降りると、ヘルメットを脱ぎエミの側に駆け寄った。
「あ、お疲れ様」
「お疲れ様っす……今の、隼ですか?」
「そうよ。この勝負のために奮発したんだけど、リミッターカットやったら電装トラブルでクレーム」
軽トラックを見送っているエミの顔は穏やかであった。
「んじゃ勝負はデスモセディチで?」
「嫌よ、東北道で懲りたわ」
穏やかな表情のまま、横島の顔を見上げた。
「今回の勝負は、オタクの不戦勝ね」
拍子抜けしたのか、思わず苦笑してしまった。
「あ、そういえば今回の賞品いってなかったわね」
「いいっすよ。今回はお流れということで」
「そういうワケにはいかないわよ。勝負は勝負よ、マシントラブルによるリタイヤは立派な負けなワケ」
「でも、また高額なんでしょ。そういうワケにはいかないっすよ」
「まぁ高額といっちゃ高額なんだけど……今までに比べるとそうじゃないわね」
顎に手をあて考えているような素振りをみせた。
「なんだったんスか?」
「下関でフグ食べ放題。明日の夜に予約してるのよ」
「予約って、俺が負けた場合はどうなっていたんス?」
「同じよ。今回はツアラーに慣れるのもあったし、ただフグが食べたかったワケ」
あの気合はいったいなんだったのであろう。思わず頭を抱えた。だが頭の中はすぐにフグで一杯になっていた。
十分後。高速を九州方面に向かってタンデムで走るZZRの姿があった。バトルというには遅く、ツーリングというには早いペースである。
ヘルメットにはお互いにツーリング用の無線を入れ、会話をしながら走っている。
改めて会話をしている二人であるが、よく考えてみるとまともに話したのはこれが初めてではないだろうか。
勝負が始まる前は仕事の話かセクハラ会話、勝負が始まってからはバイクのことしか話していない。普通の会話を当たり前のように話す。どちらかともなく笑みが零れた。お互いにそうであると、気づいたようだ。
1時間ほど走ると、サービスエリアに入り給油を行った。
「随分早いワケ」
「タンデムっすからね、初めてなもんでどれくらい燃費に影響するか早いうちに調べておかないと」
「なに? それって、アタシが重いっていいたいワケ?」
「んなこといってません」
「7リットル満タンです」
会話を遮るように、スタンドの店員が声を出した。なぜかコメカミには井桁が浮かんでいた。
数度の給油と休憩を挟み、順調にZZRは九州を目指していた。
午前三時を過ぎた頃に、横島の疲れはピークを迎えようとしていた。飛ばしているときは、気合が入っているので眠気などはでないのだが、流しているときはそうはいかない。車と違い、タンデムでは同乗者も寝るわけにはいかないのだ。
眠気覚ましのため、シールドを開け顔を風に当てた。後ろからヘルメットが叩かれシールドを閉じるように促された。
「どうしました?」
「ちょっと疲れてきた?」
「ええ、まぁ。けど仕事よりはキツくないっすから、どうにかなりますよ」
「そお? ワタシ昨日仕事だったから、疲れてきたワケ。次のインターで降りない?」
「降りてもいいスけど、今から泊めてくれますかね?」
「インター近くにはビジホくらいあるワケ。そこで休みましょう」
「無駄な出費っすよ」
「それくらい払うわよ、免許忘れておたくにばっかり運転させてるんだから」
横島が右手を上げて返事の代わりにすると、エミは一度無線を切った。エミの背中はなぜか震えていた。
会話を交わしてすぐのインターを降りた。かなり田舎のインターのようだ。
インターから離れると、街灯がかなり少なくほとんど山といってよかった。
「ここはどこだ?」
シールドを開け周りを見渡すが、民家らしきものは見えても灯りは存在しなかった。
「とにかく泊まるとこあったら、どこでもいいからすぐに入るワケ」
「へーい」
タクシーの運転手とお客のような会話を交しながらZZRは、ゆっくりと片道1車線の道を進んだ。
泊まるところはすぐに見つかった。山の中に急に灯りが差し、周りの雰囲気にまるでそぐわない豪華絢爛な建物。ご休憩とご宿泊の設定があり、十八歳未満お断りの宿泊施設。
現代名ではファッションホテルだが、この煌びやかさは昔からの通称の方がぴったりとくるであろう。
「こ、これはラブホというものでは」
頭の中に心臓があるかのように、心臓の音がやけに響いた。
「いや、さすがにそりゃマズいよな」
戻しかけたアクセルを開けようとしたが、ヘルメットを叩かれた。
「ほら、入るワケ」
「いや入るって、ここラブホっすよ!?」
「寝るだけじゃない、別にとって喰わないワケ。ほら、行った行った」
「まぁエミさんがいいっちゅーなら、いいスけど」
ウィンカーを出すと、奥を覆い隠すようなビニール製の暖簾をくぐった。
20台程の駐車場があり、週末でもないのに半分ほどが埋まっていた。適当な場所にZZRを停めると、エミが先に降りた。
ヘルメットを脱ぎ、小脇に抱えると天井から吊り下げられている案内板を見た。
「ヘルメットは持ってきた方がいいワケ」
エンジンを切り、ハンドルロックとチェーンロックしている間にエミは建物の中へと入っていった。慌てて追いかけると、エミは自動受付の前で光っている部屋の番号を押していた。
「207」
「へ?」
「だから207だって」
「え? 一部屋っすか!?」
「当り前じゃない。部屋広いんだから構わないワケ」
キーをくるくると回しながら階段を上がっていった。
案内表示に従い、部屋につくと鍵を開けた。目の前にメルヘンが広がっていた。あくまで横島にとってのメルヘンである。
「表と違ってまずまずなワケ」
落ち着いた様子でブーツのファスナーを下ろした。少し屈んだ体勢だったため、胸元まで開いているファスナーから中の様子がしっかり見えた。夕方と違い、赤いチューブトップであった。
頭が揺れた。中身だけでなく上半身ごと揺れていた。かなりテンパってきたようでる。それをまったく気にもとめないように、エミは部屋の中に入るとヘルメットを置き、風呂の方にいった。
「らっきー、ジャグジーなワケ」
エミの声にようやく我に返ると、頭を振ってブーツを脱いだ。部屋に入るとヘルメットを置き、煙草とライターを取り出すとライダーズジャケットを放った。そしてそのまま床に座ると、煙草を咥えた。
風呂から戻ってきたエミは、横島を無視するかのように目の前を通り過ぎるとベッドの周りを確認すると大の字に寝転がった。
「明日、何時に起きる?」
「何時にしましょうか……」
横島にとっては初めてのラブホである。中がどんな風になっているか、見て周りたい。だがそれではいかにも自分が若葉マークだといっているようなものである。それにヘタなものを見つけてしまえば理性というものが、崩壊してしまう。
自分を信用してくれているエミに対して、それはあまりにも非道過ぎる。だが過去も現在も妄想族な横島としては、この部屋が普段どんな目的で使われているか、それだけで十二分にマタタビと変わらない効力を発揮していた。
咥えていた煙草が、いつの間にか五本になっていた。血管を収縮させようとしたようだ。
「おたく……煙くないワケ?」
「いえ、全然」
煙くないわけがない。両目は真っ赤になり涙が滝のように流れている。
「というか、消すワケ。ワタシが煙いの」
口元から煙草を取り上げると、灰皿に押し付けた。
「ひょっとして緊張してるワケ?」
「僕がでひゅか? な、なんのことでひょう?」
眉間に皺を寄せカッコつけてみせたが、声が明らかに動揺し引きつっていた。口元を緩めると、エミは冷蔵庫の方に行き、中からビールを二本取り出した。一本を横島に手渡し、もう一本のプルトップを開けた。
「別に緊張することないワケ。いったじゃない寝るだけだって」
「いや、まぁそりゃそうですけど」
「それにうちの事務所では、地方で宿ないときはこういうところに泊まるワケ」
零れ落ちそうなほどに横島の目が見開いた。
「タイガーの奴、一度もそんなこたぁ……」
「うちは人数多いでしょ、だから地方に行くと雑魚寝よ」
ワタシだけは違うんだけどね……という言葉をビールとともに飲み込んだ。
「今日さ、おたくの後ろに乗って思ったワケ」
「何をです?」
「おたくには勝てないって」
敗北宣言ともとれる言葉を呟いた。
「何故ですか?」
「おたく、下半身が安定してるのよ。あの長距離乗っても、下半身はブレてない。下半身でバイクを押さえ込んで走ってる……ワタシにはできない芸当なワケ。どうやって鍛えたの?」
「どうやってって……自然にですかね」
「自然に?」
横島はプルトップを開けると、ビールを呷った。
「ええ、うちの荷物持ちって俺だけでしょ。20キロから30キロはある荷物担いで走り回れば嫌でも下半身強くなりますよ」
「コキ使われているうちに強くなったと」
「不幸中の幸いというか、散りも積もれば山となるというか」
苦笑しながら再びビールを呷った。
「同じようなことしろっていわれても、ワタシには無理なワケ」
つられるように苦笑すると、ベットから降り浴室へと向かった。
「お風呂沸いたわよ、先に入っていい?」
「どうぞー」
浴室に向かい声を掛けると、エミは戻ってきた。
「あれ? 入るんじゃ」
「新品のレザースーツ、湿気で痛めたくないワケ。着替えるから、向こう向いてて」
「トイレ入ってましょうか?」
「トイレは浴室にあるワケ。はい、あっち向く」
大人しく命令に従うが、自分たちが置かれている現状を思い出した。途端に下がりかけていた青春の熱い滾りが蘇えってきた。
そして自分の目の前の柱には鏡。それに反射するかのように、反対側には大きな鏡。
ファスナーを下ろすエミの姿が見えた。目を瞑ればいいと思う人がいるかもしれないが、なんせ横島である。それだけで十二分な説得力があるというものである。
ブーツを脱ぐ時に見えた赤いチューブトップ。そして数ヶ月前に見た赤フンが今度はちゃんと装着されていた。横島の頭の中を闘牛が角を振りかざして走り回る。
鏡の中からエミの姿が消えた。ちょうど死角に入ったのであろうか。視線を動かし探すが、見つからない。かといって体を動かせば、何をしているのかすぐにみつかってしまうであろう。
姿は見えないが布の音が聞こえる。どうやらホテルに添え付けの浴衣を着ているようだ。思わず血の涙が流れそうになった。
「いったぁ〜……新品で擦れちゃったかな。ちょっと横島、ここ見てくれない?」
言われるままに振り返った。浴衣を着た姿だと1日分のオカズにしかならないが、さっきの音付き画像で三日はイケるだろうと、自分に言い聞かせた。
「ここ腫れてない?」
浴衣は着ていなかった。浴衣がどこにあるのかなんてすでに彼の目には入っていない。目の前の状況を脳内で処理することだけ精一杯であった。
「ねぇってば」
形のいいヒップを突き出し、振り返りそれを指差している。もちろん先ほど合わせ鏡で確認した下着姿のままである。
目の前が赤く染まると、横島は意識を失った。
キャノンボール改め下関フグツアーが終ると、エミからの勝負の申し入れが途絶えた。
令子は不思議がっていたが、横島が一言「勝てないっていってました」というと、かなり残念がった。もちろん金銭面のためである。
そして二ヵ月後―――
美神除霊事務所の電話が鳴った。
近くにいたおキヌが電話を取ると、それはすぐに横島に渡された。
『横島ぁーー!! 勝負よ!!!!』
思わず受話器を耳から離すほどの大きな声であった。
「えらく久しぶりなフレーズですね」
『そうね、二ヶ月ぶりくらいかな』
「なんで事務所の電話なんスか? 携帯でいいのに」
『いやぁ〜、そっちの事務所にこのフレーズを聞かせたかっただけなワケ』
「なんスか、そりゃ?」
えらく明るい口調で話す横島に、令子とおキヌは訝しげな表情を浮かべた。
電話はすぐに切られ、横島は置いてあったヘルメットを手にした。
「ちょっと出掛けてきます」
「勝負?」
「ええ。今回は何の勝負かよく分かりませんけど……って、なんか機嫌悪くなってないっすか?」
「別に」
顔を背けた令子に、軽く頭を下げると横島は事務所をでていった。
FXのナサート集合の音が聞こえると、あっという間に遠ざかっていった。
――― 翌日 ―――
いつものように横島が出勤してきた。
今日はGパンや革ジャンではない。スーツを着ている。どうやら車で出勤してきたようだ。
所長のデスクに令子が座り、シロやタマモ、おキヌや美智恵もいた。全員がいることを確認すると、令子の前に行くと跪き、手を床につけると頭を下げた。
「申し訳ありません!!」
いきなりの土下座に令子は飲んでいた紅茶を噴出し、シロとおキヌは近付きおろおろと慌て、タマモは珍しいもの見たさに好奇心を隠せないでいる。そんな中、美智恵だけは悠然と出された紅茶を啜っていた。
「どうしたのよ、いきなり」
令子は立たせようと手を伸ばそうとしたが、横島はそれを拒否するかのように床に頭を叩きつけた。
「私、横島忠夫。ついに負けてしまいました」
「負けたって……あのクソ女に負けたの!?」
その言葉に頭がピクリと動くが、そのまままた床に擦りつけられた。
「正確にいいますと、試合に勝って、勝負に負けました」
皆が首を傾げる中、美智恵だけが苦笑するかのように鼻で笑ってみせた。
「それで、小笠原さんの要求は?」
かなり涼しげな顔で美智恵がいうと、横島は土下座したまま美智恵に顔だけを向け眉を歪めた。
「とりあえず今のところは、約100万上納しまして、後は身柄拘束1週間ってとこですね」
「そう。ご愁傷様といっておくわね、今のところは」
涼しげな顔を崩さないまま、紅茶を啜った。
「それで、休みが欲しいってわけね」
「その通りでございます」
再び令子の方を向くと、頭を擦りつけた。
「いいわよ、一週間くらい」
「本当ですか?」
「ええ。有給つかないから給料減るけどね」
まさに左団扇を煽るように、左の掌を振った。
「えーと、横島君の基本給が35万だから、来月の給料は25万ってとこか」
机の上の電卓を片手で操るとにっこりと微笑んだ。
「美神殿、それはあまりにも……」
シロが露骨に顔を歪めるが、令子は涼しい顔のまま微笑んでみせた。
「だって、これまでのエミの勝負で稼いでいるじゃない? リスクを背負うのも当然だと思うわ。仕事休むんだもん、当然のことじゃない? それとも私の言うこと間違ってる?」
だがその賭けによって令子もかなり儲けている。そう言いたかったが、正論であるがゆえに言葉を返すことができなかった。
「でもエミの奴もツイてないわね。今まであんなに負けてきて、ようやく勝ったのに100万と横島君の貸し出しだけとはね」
今月は大きな仕事は入っておらず、横島が絶対に必要だということもない。自分に被害が出ない限り、損は無い。そう考えているのであろう。令子は伸びをするかのように背凭れに体を預けた。
美智恵は自分の娘の姿を見ると、思わず苦笑した。
「なによ、ママ。さっきから?」
「別に……」
底に僅かに残っていた紅茶を啜った。
『美神オーナー。小笠原様がお見えになりました』
ドゥカッティの爆音は聞こえなかった。
「いいわ、通して」
どんな顔をしてくるのか楽しみといった感じで令子は何かを期待している。一方で横島と美智恵は深い溜息をついた。
「話終った?」
ドアを開け、エミが事務所に現れた。いつものボディラインを強調した服ではなく、ロングスカートに長袖のブラウスといったシックな姿であった。
「あ、終りました」
そういって横島が立ち上がると、エミはにっこりと微笑んだ。初めて見るエミの笑顔を見て令子は口を開けて笑った。
「あ、あんたそんな顔するんだ。バ、バッカじゃないの、何億も負けておいて、ようやく勝ったからってたかが100万でその笑顔」
大粒の涙を零しながら、腹を抱えて笑った。笑っているのは、令子だけである。おキヌやシロ、タマモでさえも何かを確信したようである。冷たい目にはならなかった。なにかを哀れむような目が令子に注がれた。
「別に値段が嬉しいわけじゃないワケ。気持ちが嬉しいのよ」
「はぁ?」
令子が首を傾げると、エミは左手を上げると薬指の光りを見せた。
「ちょ、な、なによ、それ!!!」
「なにって、指輪よ。見て分からないの?」
「分かるわよ! それどうしたかって聞いてるのよ」
「もちろん、ダーリンに貰ったに決まってるじゃない」
喜びを押さえるかのように左手で口を隠すと、右手で横島の腕を取った。
「な、なんで横島君なワケ? あんたの好みってイケメンでセンスのいい……」
エミを睨みつけると自然と横島の姿が目に入った。大きく目を見開き、爪先から頭の天辺まで見渡した。
「あ、あんた、まさか……勝てない勝負してたのって」
「さぁ、なんのことかしら?」
立場は完全に逆転していた。
「おめでとう、小笠原さん」
固まって動かなくなった令子に変わり、美智恵が席を立った。
「ありがとうございます」
いつもの強気で高飛車な姿は消え、心からの笑顔を美智恵にみせた。
「で、何ヶ月なの?」
美智恵の言葉に、固まった令子の体に皹が入り皆声を上げた。
「3ヶ月です」
エミが顔を赤らめると、美智恵は横島の顔を覗きこむようにして見た。
「ふ〜ん……3ヶ月ね」
(あかん、全部バレとる)
キャノンボール改めフグツアーの前に言われた言葉が頭の中に過ると、美智恵が満面の笑みをみせた。
事務所の面々(一人を除く)に手荒い祝福(暴行?)を受けた後、横島は助手席にエミを乗せAMG・65SLを走らせていた。
「あの勝負っていつから罠だったんです?」
高速の流れに紛れるように走らせながらそういった。
「いつからだと思う?」
悪戯っ子のような微笑をみせた。
「いつからだっていいか」
右手を伸ばすと、黒髪に触れた。気持ち良さそうにエミは目を細めた。
捕らえられたものが幸せならば、その過程は関係ないようである。
―――了―――
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