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死んでも確実に生きられます(後編)


「簡単な仕事みたいっスね」
「……そうね。
 でも油断しちゃダメよ、横島クン」

 依頼人さん――条奈さん――が帰っていった後。 
 気楽な横島さんに、美神さんが釘をさしました。

「美神さんの言うとおりですよ」

 湯呑み茶碗を片づけながら、私も相づちを打ちます。
 横島さんは自分の実力を低く見積もりがちですが、そんな横島さんでも、研究者の悪霊なんてたいしたことないと思ってしまったのでしょう。
 だけど『自分の実力を低く見積もりがち』ということは、『油断』をしないということでもあります。そういう人こそ、たまの油断が危ない気がするんです。

「結局、依頼としては……」

 横島さんと私に確認するように、条奈さんの話をおさらいする美神さん。
 
「まずは、研究室の幽霊が
 出尾ってやつかどうか確かめる。
 で、ほんとにそうなら
 そいつを除霊する……。
 そんなところね」
「それじゃ……
 今日か明日にでも
 その研究室へ調べに行くんスか?」

 でも美神さんは、首を横に振ってみせました。

「いいえ。
 その必要はなさそうよ」

 ニヤッと笑う美神さん。
 美神さんって、時々、他の霊能者もビックリするくらい霊感が働くんです。この時もそうでした。

「どうやら……
 条奈の後をつけて来たみたいね。
 ……祓われては困るってことで
 向こうからケンカ吹っかけてきたんだわ!」




    死んでも確実に生きられます(後編)
    
    ―― 幽霊になったら…… ――




「いいわよ、人工幽霊一号!
 結界切って……入れてやって!」

 美神さんは、神通棍を延ばして、既に戦闘体勢。でも、美神さんは主戦力ではありません。
 一番強いはずの横島さんも、今回はサポート役。横島さんが本気を出せば文珠一つで除霊できちゃいそうですが、祓ってしまう前に、相手が出尾さんなのかどうか確認しないといけないのです。
 そんなわけで、どうも私がメインのようです。
 私は、横島さんに護られるような形で、後方に位置しています。服装はいつもの除霊仕事の恰好で、いつでも吹けるように、ネクロマンサーの笛を唇にあてていました。

『しかし……オーナー……』
「大丈夫だから!
 チンケな悪霊一匹に、
 私たち三人が負けるわけないでしょ」

 あれ?
 美神さん、ずいぶん余裕な発言してますね。
 横島さんに『油断しちゃダメよ』と言ったのと同じ人とは思えません。
 それとも、身をもって指導するつもりで、反面教師としてワザと油断しているフリを演じているのでしょうか。

「……だから、あんたは
 結界切ってゆっくり休んでなさい」
『オーナーがそこまでおっしゃるのでしたら、
 では……』

 結界が切られたのでしょう。
 雰囲気が変わったのが、私にもわかります。
 私は、それまで以上に気を引き締めて、部屋のドアに視線を向けました。


___________


 少しの時間の後。

「入ってこないわね……」

 美神さんが、焦れたようにつぶやきました。
 悪霊さんが来ないのなら、三人でドアとにらっめこしてるのは、たしかに少し間抜けな感じです。

「俺たちに恐れをなして
 逃げ帰ったんじゃないっスか?」

 横島さんの手の中の見鬼くんも、全く反応していません。
 私が、そう思った瞬間。
 突然、反応が出始めました。
 でも、見鬼くんが指し示す方向は……。

「……私たちの後ろ!?」

 三人で一斉に振り向いたのですが、それは、少し遅過ぎました。


___________


 どういう攻撃だったのか、私にはわかりません。見ることすら出来ませんでした。
 でも、それが直撃したらしく、美神さんと横島さんは、今、二人とも床に倒れています。

「あなたが……!?」
 
 犯人に目を向ける私。
 霊力をこらしたので、私にもハッキリ見えました。
 ただし、その姿は、私が想像していたものとは大きく異なっていたんです。

『そうだ。
 人間だった頃の名前は、出尾安彦。
 今は……名無しの幽霊だ』

 同じ科学者さんでも、条奈さんのような雰囲気は全くありません。
 いや、人間だったという面影すら、ほとんど残っていませんでした。
 腕や脚っぽい部分はありますし、頭部らしきものも、胴体の上にのっています。でも、目や口などは識別できません。
 全体的にトゲトゲしい感じの、禍々しさ満点の容姿でした。

『ケケケ。
 あんた……
 もと幽霊の「おキヌちゃん」だな?』

 この人、私のことを知っている……!?

『あんただけじゃない。
 お仲間のウワサも聞いてるぜ』

 動揺する私をからかうかのように、悪霊さんは、語り続けます。

『……もしも幻術が使えたら、
 マッチョな男に囲まれる幻とか、
 貧乏になって街角でマッチ売る幻とか、
 そういう幻覚を見せてやるところだが……。
 あいにく、俺にそんな能力はない。
 そのかわりと言っちゃあ何だが
 ……こういう芸当は可能だぜ!』

 悪霊さんの言葉と同時に。
 美神さんと横島さんが、起き上がって無言で歩き始めました。

「美神さん、横島さん!
 しっかりしてください!!」

 肩を揺すろうが何しようが、二人とも反応してくれません。
 その虚ろな目を見れば、一目瞭然でした。
 ええ、二人は操られているんです。

『ケケケ。
 俺の精神コントロールは強力だぜ。
 ……まあ正確に言やあ、
 俺の力じゃなくて
 取り込んだ動物霊の力なんだけどな』
「『取り込んだ動物霊』……?」
『そうさ。
 あの三流GSが
 倒したことになってるみたいだが
 ……そんなわけねえだろ!
 俺が全部吸収したのさ!!』

 誇らしげに語る悪霊さん。
 ああ、人間らしくない外見も、他の霊と合体したせいだったんですね。

『……もっとも、
 人間よりも小動物の方が
 不思議な霊能力を持っているとは、
 それはそれで、興味深い話だ。
 弱い生き物が、身を守るために
 進化の過程で身につけたんだろうが……』

 どうやら、悪霊さんの最初の攻撃も、精神コントロール波だったようです。美神さんや横島さんが一発で倒されるなんて、普通じゃないと思ったのですが……。
 そういえば、昔ネズミのネクロマンサーと戦った時も、横島さんは操られてしまいましたね。
 でも、そんな回想をしている暇はありませんでした。
 操られた二人は、窓際まで歩いていき、窓を全開にしたのです。
 身を乗り出した二人は、今にも落ちてしまいそうです。下手に私が手を触れることも、いや近寄ることすら出来ませんでした。

『安心しろ。
 あんたが俺の言うことを聞いてくれるなら
 ……二人は無事に解放してやる』

 悪霊さんが、私に対して望むこと。
 それは……。

『俺が殺してもダメだろうけどさ。
 でも、あんたなら……自分の力で
 幽霊になることもできるんだろ?
 だから……死んでくれ。
 死んで、幽霊になってくれ。
 幽霊になって、俺の花嫁になってくれ』


___________


 悪霊さんからプロポーズされちゃいました。
 ポカンとしている私に対して、彼は続けます。

『「おキヌちゃん」ってさあ……。
 一部のオカルトサイトでは、
 すっげー有名なんだぜ?
 アイドルみたいなもんだ。
 「巫女服、萌え〜〜」とか
 「緋袴、萌え〜〜」とか
 言ってやがる連中もいて、
 あいつら頭イッてると思ってたんだが……』

 ここで悪霊さんは、ニンマリと笑いました。
 目も口もハッキリしないのに、なぜか、彼が笑ったのだけは理解できたのです。

『……いやいやどうして。
 実物のあんたを見てると、
 連中の気持ちもわかるぜ』

 私に向けられた悪霊さんの視線。
 それは、頭のてっぺんから足の先まで、全身を舐め回すような感じで……。
 私は、背筋がゾーッとしてきました。

『……だから、な?
 俺の花嫁になってくれ。
 永遠の乙女として……
 ずっと俺のそばにいてくれ』

 そんなこと言われても、困ります。
 私の困惑の表情に気づいたのか気づかないのか。
 悪霊さんは、自分の主張を続けていました。

『……まあ、安心してくれ。
 別に「花嫁」って言っても、
 ヘンなことしやしねーよ。
 ただ、俺の横に居てくれたらいい。
 どうせ……俺は……。
 ……もう幽霊だからな』


___________


『旨いものを食うことも、
 旨い酒を飲むことも、
 いや形ある物に触れることすら、
 ……もう、できやしねえ。
 いわゆるポルターガイスト現象……
 誰も触れてない物体が動くってのも、
 ありゃあ、おはなしの世界だけなんだな。
 悪霊には、そんな力はなかったんだ』

 どうやら、彼は自嘲しているようです。
 もちろん、彼の言うことは完全に正しいわけではありません。私のことも誤解してるようですが、そもそも幽霊全般に関しても、あんまりわかってないみたいです。
 でも、私は敢えて口を挟みませんでした。

『さいわい俺は
 精神コントロールって力を手に入れたから
 それで生きてる奴を動かすこともできた。
 眠ってる奴を知らない間に動かすことで、
 ラボで研究を続けることもできたんだ。
 だけどよ……そいつらの肉体に
 俺が入り込んでるわけじゃないから、
 俺には何の感覚も伝わってこねえ』

 ああ、やっぱり。
 幽体さえ抜き出せば肉体への憑依も難しくないはずなのに、それも出来ないくらい……まだまだ弱い悪霊さんなんですね。
 そんなことを考えたら、幽霊だった頃のエピソードが頭に浮かんできました。
 ひ孫さんの守護霊をしていたおじいさんと知り合って、彼女の体の中に入った時。久しぶりに自分の足で歩くという感覚が、とっても感動でした。

(そっか……)

 目の前の悪霊さんは、まだ死んでから日が浅いのです。体があった頃の感覚を忘れられないのでしょう。

『これじゃ……
 「生きてる」って感じしねーよ。
 こんなはずじゃなかったんだ、
 俺は……俺は永遠の命を
 手に入れたはずだったんだ』

 いいえ、違います。
 悪霊さん、あなたは……。
 もう死んでしまったのですよ?

『俺は……
 精神生命体に昇華したはずだったんだ。
 「肉体」という余分な殻を捨てて、
 純粋な命の本質……
 「魂」だけの存在になったはずだったんだ。
 でも……これじゃ生きてることにならねーよ』

 もはや彼は、私に向かって語りかけてはいません。
 深い後悔の口調で、自分に向かって囁くだけでした。


___________


 私は。
 ゆっくりと、笛を吹き始めました。

「つらいでしょう?
 苦しいでしょう?
 でも、もう……終わりなんです。
 死んでしまったんですから……」

 笛の音にのせた私の言葉。
 それが伝わったようです。
 彼は、ビクッと肩を震わせました。

「もう……やめましょう。
 ……ね?
 今なら、まだ間に合います。
 まだ誰も殺してないんでしょう?
 でも人を殺したら、その念が
 あなたの自縛を強くするだけ。
 この世に縛られたら
 もっと苦しくなるから……。
 手遅れにならないうちに
 早く成仏しましょう?」

 それは、嘘偽りのない私の気持ち。
 だけど、わかってもらえませんでした。

『ばかやろう!
 俺を悪霊扱いするな!!
 ……成仏してどーすんだ、
 俺は死んだわけじゃねえ。
 肉体を捨てて……俺は、
 魂だけで生きていくんだ!』

 魂だけになってしまったら……。
 人は、それを『死』って言うんですよ!?

『うるせー!
 もと幽霊のくせに
 えらそうに説教するな!
 あんたは……
 俺の言うとおりにしたらいいんだ!
 さもなきゃ……この二人を殺すぞ!』

 悪霊さんが、美神さんと横島さんを指さしました。
 二人は、さっきよりも体を傾けていて、もうホントに落ちてしまいそうです!

「ま、待って!!」

 私の意志に呼応して、笛の音が強くなりました。

『じゃあ……
 俺の花嫁になってくれるか?』

 そういうわけにはいかないけど。
 でも、きっと解決策があるはず……。


___________


 頑張って考える私の頭に、突然、さきほどの条奈さんの話が浮かんできました。

   「……ひとくちに
    アポトーシスと言っても、
    そのスイッチの入り方によって
    いくつもの経路に別れていて……」

 難しそうな話でしたが、条奈さんは、なんとか平易に説明しようと努力していました。

   「まず……体の中の色々な出来事は、
    実は、小さなイベントの積み重ね。
    ……それは理解できますか?」

 そして、ドミノ倒しとか、川の流れとか、そんな比喩を引っぱり出して。
 結局、一つの終着点に向かって複数のルートや開始点があるという内容だったみたいですが……。

(それって……当たり前ですよね)

 条奈さんの話は、体の中の話でした。でも、これは何にでも当てはまることです。
 ひとくちに『除霊』と言っても、いくつもの方法があって。
 美神さんには、美神さんなりの。
 横島さんには、横島さんなりの。
 私には、私なりの。

(私の除霊方法は……)

 いつものような説得は、今回は通用しないみたいです。自分が死んでないと思い込む点では普通の悪霊と同じですが、そもそも『死』の概念が違うみたいですから、これでは話が通じません。
 私は、霊の気持ちが理解できるからこそ、ネクロマンサーなんです。だけど、この悪霊さんの気持ちは、私にはわからないのです。

 死にたくないのに、死んでしまう。
 だから、幽霊になってしまう。
 その悲しさ、苦しさ、つらさ……。
 それならば、よーくわかります。
 でも、でも!
 幽霊になりたくて、みずから命を絶つだなんて!!
 そんな馬鹿なことを……いったい、どーして!? 

 この状態では、ネクロマンサーの笛も、100%の力は発揮できません。悪霊さんの動きを多少制限するくらいは可能だと思いますが、それも危険。
 悪霊さんは今、美神さんと横島さんを突き落とそうとしているのですから、力づくで止められそうになったら、いっそうの力をこめるだけでしょう。その均衡の中、私の息が続かなくなったら……。
 考えただけでゾッとします。

(こんなとき、
 美神さんや横島さんだったら……)
 
 美神さんだって横島さんだって、正攻法ばかりじゃないんです。正攻法がダメなときは、凄い反則ワザを思いつくんです。

(私らしい……反則ワザ!?)

 悪霊さんは今、私に向かって、無理な選択肢を突きつけています。
 美神さんや横島さんを見殺しにするわけにはいきませんし、かといって、私が悪霊さんの花嫁になることも出来ません。
 
(でも、きっと……。
 他の選択肢があるはず!)

 そう、他のルートも、あるはずなんです……。


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___________


「あれ……!?」
「俺は……いったい……」

 しばらくして。
 美神さんと横島さんが――床に倒れていた二人が――意識を取り戻した時、その場にいたのは、もう私だけでした。

「悪霊さんは……
 条奈さんの想像どおり、
 出尾さんでした。
 でも……色々おはなししたら
 納得してくれたみたいで、
 成仏していきました」
「おキヌちゃんが、
 一人でやっつけちゃったの!?
 やっぱりネクロマンサーだなあ……」

 半ば棒読みの私の説明を、鵜呑みにしてくれた横島さん。
 
「ふーん、そう。
 ……ま、
 おキヌちゃんがそう言うなら、
 そういうことにしておきましょうか」

 美神さんの声は小さかったので、横島さんの耳には入らず、私だけに聞こえたようでした。


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___________


「彼は……みなさんと
 仲良くやってますか?」

 幽霊だった頃に参加していた集会に、私は最近、ちょくちょく顔を出すようにしています。
 あのおじいさんも、他のみんなも、いつも私を歓迎してくれます。
 
『ちょっと協調性が足りんがのう』
『最近の若いもんだからねえ』
『生きている時に、
 いったい何を学んでいたのやら……』
『それでも……
 まあ、なんとかなるじゃろう』

 紹介者の責任……なんて大げさなものじゃなくて。
 心配だから様子を見に行ってしまうのですが、どうやら、大丈夫なようです。
 今も彼は、みんながワイワイやっている輪の中に、ちゃんと溶け込んでいるようでした。
 彼の声が聞こえてきます。

『生物の進化とは……』
『……幽霊が進化を語ってどうすんだい?』
『ウイルスに感染したら、この私が……』
『……幽霊は感染しないよ!』

 色々とツッコミをもらっているようですが、それも仲良くやっている証拠なのでしょう。

(一人じゃないから……
 もう寂しくないですよね?)

 心の中でソッと語りかけながら、少しの間、私は彼の姿を見ていました。
 新入りの幽霊さんの姿を。
 動物霊と切り離された――外見も能力も普通の幽霊となった――出尾さんの姿を。






(『死んでも確実に生きられます』 完)


   
   
 皆様、この作品を最後まで読んで下さり、本当にありがとうございました。

 前作『あなたの隣に霊は居る』において『霊能遺伝子群』というオリジナル設定を導入しましたが、今回も同じ設定を使っています。『あなたの隣に霊は居る』と微妙にリンクした世界観になっていますが、今作は前作の続編というわけではなく、時系列的には、むしろ今作のほうが先です(アシュタロス事件の後まだタマモやシロが事務所に合流しない時期を舞台にしたかったので、霊能遺伝子群発見の時間経過も、それにあわせて書くことになりました)。
 『あなたの隣に霊は居る』を読んでいなくても楽しめるはずですが、もしかすると、この作品の後で『あなたの隣に霊は居る』を読んでいただけたら、もっと楽しめるかもしれません。

 あなたの隣に霊は居る(前編)
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10273

 あなたの隣に霊は居る(後編)
 http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10274



 作品として私が意図したことが皆様にどこまで伝わっているか、文章力の乏しい私は、いつも不安になるのですが……。今回もドキドキしながら感想を待つことにします。
   

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