10月31日 14:00
特務エスパー【ザ・チルドレン】現場運用主任である皆本光一の携帯が、不意の着信にけたたましく鳴り出す。
もし彼がプレコグの持ち主であったならば、きっとその電話には出なかったことだろう。
しかし、悲しいかなノーマルの彼には危険を察知する術はない。
携帯から聞こえるのは緊急時にしか使われないエマージェンシーコール。
反射的とも言える速度で彼は通話スイッチを押してしまっていた。
「おはよう皆本クン」
「ただ今、この電話は電源が入っていないか、電波の届かない所に・・・・・・」
携帯から聞こえた声に、皆本は咄嗟に留守番メッセージの物真似をする。
電話の相手は不二子だった。
「あ、そう。じゃあ、悪戯決定ね」
昨年度の事を思い出し、皆本の悪あがきはコンマ1秒もかからずに瓦解する。
「あーっ、待って下さい。ただの冗談じゃないですか! 」
今日はハロウィン。
お菓子か悪戯かを要求されるイベントを考えると、不二子に最も会いたくない日と言えた。
「で、どうしましたか? 僕と3人は待機任務中なんですが・・・・・・って、コラ逃げるな」
道連れが欲しい皆本は、逃走の姿勢に移ろうとする3人を両手両足を駆使して捕まえる。
3人とも去年の事を思い出したのだろう。
皆本の左右の腕には葵と紫穂が抱きかかえられ、両足の間には蟹挟みをくらった薫がジタバタと藻掻いていた。
「あら、チルドレンもそこにいるなら話は早いわ。じゃあ、早速ミッションを伝えるわよ!」
―――ミッション?
携帯から漏れ聞こえた言葉に、薫たちは顔を見合わせる。
彼女たちの疑問に答えるように、携帯から不二子のお気楽な声が響いた。
「今日の三時までに水野屋のシベリア買ってきて! ミッションを達成出来なかったら悪戯ね・・・・・・なお、あなたたちの待機任務は自動的に消滅したから・・・プツッ!」
一方的に用件を伝え、不二子からの通話は切れてしまう。
慌ててリダイアルした皆本だったが、彼女がその電話に出ることは無かった。
―――――― TRICK or TREAT U 【シベリア超特急】 ――――――
「どど、どーすんだよ皆本っ! ばーちゃん悪戯する気満々じゃんか」
「ウチ、らめぇ・・・・・・なんて言うのイヤやでっ!」
去年見た光景がトラウマになっているのか、薫と葵は不意に突きつけられた無茶苦茶な要求に激しく狼狽していた。
不二子の無理難題に耐性ができつつある皆本は、すぐにショック状態から抜け出すと作戦行動用のアタッシュケースを開く。
その中に収められた端末を立ち上げ、独自回線経由でバベル暗号解読用のデータベースにアクセスする。
盗聴防止に二重三重のセキュリティが設定されているバベルの携帯であったが、人が作ったシステムである以上万全ではない。
万一の盗聴に備えて不二子が暗号を使用している可能性に、皆本は一縷の望みをかけていた。
「シベリアを買う・・・・・・対□シア関係の隠語か? シベリア、シベリア・・・・・・あった!」
指紋認証の次にあわられた画面に目的のキーワードと16桁のパスワードを入力し、検索が終了するまでにかかった時間は約2秒。
ディスプレイに一件だけ表示された暗号解読結果を、皆本は緊張の面持ちで覗き込こんだ。
【暗号】シベリアを買う → 【解読結果】シベリアを買う。それも超特急で
「なんじゃ、そりゃぁぁぁぁっツ!!」
表示された解読結果に、皆本は一徹よろしくノートパソコン型の端末をアタッシュケースごとひっくり返す。
バベル謹製。象が踏んでも壊れない対衝撃構造のアタッシュケースが、フローリングの上を二三度転がってから彼をあざ笑うかの様に静止した。
「だーッ! 一体、シベリアって何なんだよッ!!」
益々混迷を極めた解読結果に興奮気味に肩で息をする皆本。
その興奮を収めたのは、インターネットを使い独自に情報収集に邁進していた紫穂の声だった。
「どうやらお菓子の名前みたいよ・・・・・・」
「分かったのかッ! よくやったぞ紫穂ッ!!」
歓喜の表情で紫穂の周囲に駆け寄る皆本たち。
ハロウィンというイベントからお菓子を連想した紫穂は、【お菓子 シベリア】というキーワードで検索を行っていた。
「えーっと、アンコまたは羊羹をカステラで挟んだお菓子みたいね・・・・・・」
「なになに・・・・・・昭和初期には「子供達が食べたいお菓子No.1」であったと伝えられているが、発祥地から考案者、名称由来、食品分類に至るまで未だ正式な解明がなされていない謎の菓子である・・・・・・って成る程」
ディスプレイに表示された情報に妙に納得してしまう一同。
彼女の好むお茶請けは、どこで購入するのか分からない小さな栗饅頭やグラニュー糖を振りかけたゼリー菓子。
それにエリーゼやホワイトロリータなどのブルボン四天王。
見た目は若いが不二子の菓子の好みは正直巣鴨の匂いがした。
「水野屋というのは、カルト的人気を誇る老舗中の老舗みたいね。限定生産らしいから早く行かないと売り切れるわよ・・・」
いくつかの掲示板やブログを渡り歩き、水野屋の店舗情報を入手した紫穂は現地の航空写真を入手する。
幸運にも水野屋がある場所は都内。しかし、タイムリミットまであと1時間を切っている。
葵のテレポートと薫の念動による浮遊を使えば、すぐに水野屋にたどり着けると判断した皆本は、躊躇なく彼女たちのリミッターを解禁した。
「すみませんっ! シベリアくださいッ!!」
水野屋
数回のテレポートと飛行を併用し、皆本たち一行は10分とかからずに現場に到着していた。
展開が少々急すぎる気もするが、なにせタイムリミットありきの超特急任務である。
そんな色々な事情を理解しているのか、店の主人らしき恰幅のよい中年男は、不意に空中から現れた皆本たちにも別段驚いたそぶりは見せず、にこやかな笑顔を浮かべていた。
「えー、申し訳ありませんが、売り切れです」
「はい?」
ちょびヒゲの主人が浮かべた、全く申し訳なさそうな笑顔に一同の頬が引きつった。
皆本は主人の言葉が聞き間違いであることを祈りながらもう一度聞いてみる。
「い、今、何と?」
「ですから売り切れですと・・・・・・ウチのシベリアは素材を吟味した限定生産でして、そんなに多くは作れないんですね。しかし、それだけにウチのシベリアはマニア受けしてまして、いやー、シベリアって本当にいいモノですね。それでは、さよなら。さよなら。さよなら」
「さよならじゃねぇだろっ! さよならじゃっッ!!」
手を振る主人の態度にキレれたのか、主人に飛び掛った薫が彼の胸倉をガクガク揺すった。
別な理由で怒ったと思った人とは、またお会いしたいものである。
「ちょ、お嬢さん、やめ・・・・・・」
「いいや、またへんでッ! 作り直してもらわへんとウチらの貞操が・・・・・・」
「無理よ・・・・・・薫ちゃん、葵ちゃん。アンコを作るのに今から仕込んだら半日以上かかるわ」
主人に掴みかかる薫と葵。
それを止めようとした紫穂は、新しいシベリアを作るのが不可能であることを主人から読み取ってしまった。
「クッ! こうなったら似た店を探して・・・・・・」
「それも無理よ。皆本さん・・・・・・
透視んでみて分かった。このお店の味わいは他には出せない。アンコの隠し味にラズベリーが入ってるなんて・・・・・・」
味の秘密を当てられ店の主人は戦慄する。
尤も店の常連はそのラズベリー目当てで通っているのだから、隠し味でも何でもないのだが。
そんなことは知る由もない皆本は、打ちひしがれたようにその場にがっくりと膝をつく。
「終わった・・・何もかも・・・・・・・・・」
「逃げよう・・・皆本はん。ウチ、皆本はんと一緒なら何処へだって・・・・・・」
「諦めるな葵ッ! 皆本もいつもみたいに大丈夫って言ってくれよ・・・・・・そうじゃないとアタシ・・・・・・」
どうしようもない絶望感が皆本を支配しかかる。
しかし、彼に絶望をもたらした紫穂のサイコメトリーは、一欠片の希望も見いだしていた。
神話の時代、あらゆる災厄が飛び出したパンドラの箱。
その中に残った一欠片の希望の様に、紫穂は一つの事実を口にする。
奇しくもその事実は、その箱の持ち主と同じ名の組織と関わっていた。
「そう。諦めるのは早いわ・・・・・・今、最後のシベリアを買ったお客さんの姿が
透視えた。兵部さんよ・・・・・・まだ近くにいるわ」
「無理だ・・・・・・あのクソジジイが、すんなり譲ってくれる訳がない」
更に混迷を深めた事態に皆本は頭を抱えてしまう。
微かな希望の後に来た絶望だけにそのダメージは大きい。
しかし、そんな彼の絶望は何かを思いつき、ニンマリ笑った3人の笑顔に吹き飛ばされるのだった。
「皆本はん、今日が何の日か忘れてるやろ!?」
「アタシたちが、可憐にお願いすれば絶対だぜ!!」
「もし断ったら悪戯しちゃいましょう・・・・・・」
紫穂の言葉に笑みを深めつつ、葵のテレポートが発動した。
大きな紙袋から漂う甘い香り。
何処か懐かしいその香りを感じながら、兵部は冬の足音が近づく隅田川沿いを歩いていた。
「つい懐かしくなって買っちゃけど、どうしたものか・・・・・・アイツらにやると、またネタだと思われるだろうな」
苦笑を浮かべた兵部は紙袋の中をチラと覗き込む。
店にある分を全て購入したのだろう。そこには大量のシベリアが包まれていた。
「そういや、よく、こうやって不二子さんに買いに行かされたっけ・・・・・・・思い出したくも無いけどね」
お使いのお駄賃が何だったのか、兵部は心底嫌そうに顔を歪める。
しかし、その際食べたシベリアの味は忘れられないのか、歪んだ彼の表情は追憶のそれへと姿を変えていた。
「でも、昔はこれが一番おいしい菓子パンだったんだよな・・・・・・・・・」
――― おいてけーっ・・・ おいてけーっ・・・
追憶を邪魔するようにかけられた怪しい声。
川沿いの植え込みから感じる気配に、兵部は思わず苦笑を浮かべていた。
「一体、何の遊びかな・・・クィーン」
「ちぇ、やっぱ上手くいかないか・・・・・・」
茂みから姿を現したのはミイラ姿の薫。
その妖怪コスプレに一年前の悪夢を思い出したのか、兵部の顔が僅かに引きつった。
「アレは川じゃなくて堀やからな・・・・・・」
「いや、そういう問題じゃないでしょ・・・・・・」
続いて現れたのは狼男姿の葵と、髑髏のステッキを手にした魔女姿の紫穂。
慌てて周囲を見回した兵部は不二子の姿が無かったことに、安堵のため息をついた。
「君たちの方から来てくれるとは、一体どういう風の吹き回しかな? クイーン・・・・・・」
「えへへ・・・とりっく おあ とりーと ってヤツでな。そのシベリアほしーな。京介」
ニコリと笑いながら息の合った連携で包囲を狭める3人に、兵部は微かに身構える。
彼女たちの無駄のない動き。これは魚を貰いに来る猫の動きではない。
釣りを・・・そう、狩りを覚えた猫の動きだった。
「なんか妙な雲行きだね。何で僕がシベリアを持ってるって知っているのかな?」
己のやってしまった失言に、しまったという表情を浮かべた薫。
茂みに隠れている皆本を見ようとした彼女を誤魔化すため、葵が急いで会話に割り込んだ。
「そんなんどうでもいいやんか。今日はハロウィン・・・・・・動くヤツはお菓子をくれる人。動かないヤツは訓練されたお菓子をくれる人やで」
「どうでも良くはないよゴッデス。君たちがシベリアを欲しがるなんてどうも不自然だ・・・・・・」
「三時のおやつに欲しがってるのが、不二子おばーさんって言ったらどうする?」
不二子の名前を出した紫穂に兵部の顔が強張った。
その姿に、去年のトラウマがまだ根深く残っていることを理解した紫穂は悪女の微笑みを浮かべる。
「ふふ・・・兵部さん。私のこの格好何に見える?」
「何ってエンブレス・・・・・・魔女に」
魔女に決まってるじゃないか?
兵部がそう口にしようとした瞬間、隅田川沿いを吹く風が彼女の被る帽子を揺らす。
まるで生きているかのようにパックリ口を開いた帽子に、兵部は震える指先を向けていた。
「ま、まさかソレは・・・・・・」
「そう、そのまさか。因みに不二子おばあさんはミニの浴衣を用意してノリノリよ・・・・・・・・・」
紫穂一流のはったりに薫と葵は首を傾げる。
植え込みに隠れていた皆本ですら彼女が何を言っているのか分からなかった。
正直書いてる自分も厳しいものがあるのだが、元ネタの絵が紫穂メインだし・・・・・・
あーもう、時間が無いので詳しい説明は避けるっ! 近くに大きなお友達がいたら聞いてみてっ!!
とにかく紫穂が口にした謎の一言は、兵部にかなりのダメージを与えていたのだった。
「カッパの役が空いているけど興味はあるかしら? あなたがシベリアを持ってると聞いたら喜んでくるでしょうね」
「オーケイ。エンブレス、僕の負けだ。不二子さんの大好物を進呈しよう・・・・・・しかし、悔しいから僕から貰ったことは伏せておいてくれ」
兵部は皮肉っぽく肩をすくめると、抱えていた紙袋から小分けにされた包みを一つ薫に手渡す。
中身を確認した薫が浮かべた満面の笑みとお礼の言葉に、兵部は少し哀しさの混じった笑みを浮かべる。
彼は近くに隠れている皆本の存在に気づいていたのだった。
「少し嫉妬しちゃうな・・・・・・だから全部はあげない」
兵部はそう言い残すと、部下たちとの合流予定地点へとテレポートする。
皆本の元に駆け寄る3人の姿は見たくなかった。
バベル本部
不二子のオフィス件寝室に皆本と3人がテレポートする。
「壷見管理官! シベリアお待たせしましたっ!!」
時間は14:55
ギリギリだったが何とか間に合った様だった。
「不二子感激〜。丁度お茶が入ったし、一緒に食べていきなさいな」
「え、あ、ちょ・・・・・・」
上機嫌の不二子に押し切られ、半ば無理矢理テーブルに着かせられる皆本と3人。
すかさず差し出された微妙な菓子群に、抵抗するテンションは奪われてしまっていた。
「シベリアには宇治が合うのよね〜」
こぽこぽと急須から、マイセンのティーカップに熱いお茶が注がれる。
はねた滴がマイセンの涙に感じられた。
「さあ、早速いただくとしましょうか・・・・・」
ティーカップとセットになったマイセンの皿。
その皿にシベリアを載せようと不二子が紙袋を開いた瞬間、室内の空気が一転した。
同時刻
隅田川下流
兵部が姿を現したとき、合流地点には既に真木をはじめ数名のエスパーが到着していた。
「待たしてしまったかな・・・・・・」
「いえ、少佐。まだ例のものは到着していません」
それが申し訳ないことであるかの様に頭を下げた真木に、兵部は手に持った紙袋を手渡す。
カステラでアンコを挟んだ不思議な物体に、真木は怪訝な表情を浮かべていた。
「これは・・・何ですか? 少佐・・・・・・」
「僕の思い出の味さ、昔、良く買って食べたのを思い出してね・・・・・・・・・真木、君は粒あんと、こしあん、どっちが好きかな?」
「ん? 妙なこと聞きますね。自分はどちらかというと粒あんですが」
真木の答えに兵部はクククと人の悪い微笑みを浮かべた。
「あー、残念。粒あんのシベリアは全部人にあげてしまった・・・・・・許してくれたまえ」
「なんですそりゃ? そんな事で怒る訳ないでしょ・・・・・・」
「いや、たまにいるんだよ。そんな些細なことで怒り出すヒトが・・・・・・・・・」
「こっ、こしあんじゃなィィィィィィィィィィィッ!!」
「クッ、欺したわね兵ぶ・・・・・・ヒャッ!」
「うわっ! ナニするんですか管理官っッ、そこは・・・・・・」
「ニャーッッ!! ばーちゃん、やめ・・・」
「らめぇ・・・・・・」
「ククク、許せクイーン。そこは僕が70年前に通過した場所なんだ・・・・・・」
どこか遠い空の下で起こっている出来事を思い、兵部は堪えきれずに笑い出していた。
一人で笑っている彼に奇妙な顔を浮かべつつ、真木は沖合から近づく一艘のクルーザーに大きく手を振る。
「どうです少佐。パンドラの里への移動手段として新たに購入したクルーザーは?」
「いい船だな・・・」
「ええ、いい船です・・・・・・」
兵部は真木に持たしていた紙袋から、シベリアを一つ取り出すと上機嫌でかぶりつく。
形良い歯形がこしあんの上に均等なラインを残すと、彼の口いっぱいに懐かしい甘さが広がった。
―――――― TRICK or TREAT U 【シベリア超特急】 ――――――
終
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