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【夏企画】絶対可憐オペレーターズ 蒼天の@@ 中編 

 トットットットットットッ

 射すような強い日差しを受け、キラキラと輝く波間を一隻の船が疾走する。
 船は穏やかな凪の上でC重油を燃やし、ジーゼルエンジンが心地よいビートを奏でる。吐き出す白煙の隣で稼動するECMはとても誇らしげに見えた。

 ちっぽけな漁船。男達は皆満足気に、今日の成果について談笑する。

 そんな中、数人のおっさん達――――に紛れて……二十歳くらいだろうか? 1組の若いアベック? が何やら言い争いをしているようだ――――







―――――― 【夏企画】絶対可憐オペレーターズ 蒼天の@@ 中編 ――――――






 Pi-Pi-PiPi-Pi-PiPi-Pi-Pi

『Piっ』

 右手だけを目一杯伸ばしてアイツが目覚まし時計を止める。

『朝か……』

『ん〜あと5分……』

 そういうとアイツは私と絡む左脚をすっと引き抜く。
 半分以上はだけたタオルケットからは2人分の手足がはみ出してるはず。

「起きろよ……時間。間に合わなくなるぞ」

 アイツはそう言うとベットを降りた。
 シャワーの音が聞こえる。

 何とか起きる努力をしようとするが……手足が言う事を聞かない。
 昨夜の高ぶりがまだ残っているのだろうか?

 そうする内にアイツが腰にバスタオルを巻いて戻ってきた。

 やっと身体が動きだす。気だるさの残る上身を起す。

 あわらになった私のバストにアイツは慌てふためいて、ベットの隅に丸まったタオルケットを私に投げて寄こした。

『……まったく。10代の高校生じゃないんだから……』

 私はクスリと笑ってしまう。

「ほら、いい加減起きろよ亜由美! 」

「ん〜……暑い」

「扇風機回ってるだろ! 」

「エアコン買ってよ…… 」

「そんな軟弱なものには俺は頼らん。心頭滅却すれば火もまた涼し。精神は肉体の限界を凌駕するんだぜ! 」

「まったく……無駄にエコロジーなんだから…… 」

「何が無駄なもんか!いいか!二酸化炭素排出量増加の問題は今や地球規模で問題になっててだなぁ…… 」

「なら、バベルまで送ってね♪モチ、テレポートで♪エコロジーでしょ♪」

 そういって立ち上がるとアイツの肩に手をまわす。

「なっ!そんな事でリミッター解除したら後で問題に…… 」

 あいつの左耳――――リミッターを人差し指で弄ぶ。

「リミッターの定時確認の時間はわかってるから……通勤時間帯は大丈夫よ」

 ふっと息を吹きかける。

「しかしESPの私的利用は堅く…… 」

 左手が邪魔なタオルを払い落とす。

「全く頭が堅いんだから……私がイイって言ってるんだからいいじゃない。それにほらこっちも……精神が肉体に凌駕されちゃってるぞ! 」

 そう言って唇を重ねた。こうして塞げば二酸化炭素の排出量も減るのかな?私ってエコロジー♪



 テレポート出勤ならアト30分はこうしていられる……













 アイツの腕から伝わってくる……やさしさに包まれていた。

 ……苦しい

 苦しくて息ができない

 でもこうしてコイツと一緒なら……それでいいかもしれない。

 コイツと一緒なら……

 何かやさしく慈しむような気持ちが伝わってくる。

 そして……

 フッと。体が宙に浮く感覚。

 今覚えてしまった感覚。

 身体が覚えてしまったこの感覚。

 心地良い感覚。

 もう忘れられない……

 そして……私の中の何かがこう言っている。これは絆なのだと……

 そして……私を呼ぶ声が聞こえる。アイツ以外の声……

 この声は……




「蘭子…… 」

「蘭子…… 」

「おい蘭子起きろよ」

「あれ?洋ちゃん……私、寝ちゃってたんだ…… 」

「そろそろポイントに着きそうだから…… 」


 ジーゼルエンジンの心地よいビートに誘われていた。
 大海原を水平線に向かってひた走る。

 切って走る風が心地良かった。










 港の朝は早い。
 釣り船金子もまた、気の早い釣り客達が早朝を待たずにやってくる。
 最近では良く釣れる船ということで噂になり、その客足も右肩上がりである。
 いつもならこの時間。出船に向けた準備に大忙しの時間帯。いつもならば……


「「「「いただきます」」」」


 普段よりも遅い朝食に舌鼓を打つ昨夜の面々。
 昨夜酔いつぶれた父。スーさんとハマちゃん。そして……

「で?何であんたも今ココで朝食してるのかしら?洋ちゃん」

「何でって?親父さんが今日は休船にして、気軽なお仲間と釣りしたい!って言ったからだろ?蘭ちゃ……蘭子」

「それはここで朝食してる理由にならないじゃない!洋ちゃん」

「まぁまぁ。朝から言い争いはしないで。食べないと力が出ないからね。食は基本だよ!それに何とかは猫も食べないっていうし」

 何か2人の変化を察したのか、頼れる漢ことハマちゃんが仲裁に入る。その手にはおテンコ盛りのご飯茶碗。

「昨日の御馳走も見事だったけど、今朝の朝食も良いですねぇ」

「ありがとうございます。スーさん。全部母に教わったんですよ」

「あっ。父さんお代わりは?」

「いや。いい。」

蘭子の問いにぶっきらぼうに答えると、父親は黙って味噌汁をすすっていた。







 船は水平線に向かってただひた走る。

 カシャッ

 携帯のシャッター音が鳴る。

 カシャ

 もう一度。

 2人そろっての写真。
 どちらからともなく言い出して、お互いの携帯電話に収まった。

「逆光で光るから……」

 洋輔はそう言って蘭子の眼鏡をはずし、慣れない手つきで蘭子の肩を抱き寄せた。


 

「ところでさ…… 」

「なんだ?蘭子」

「昨日の私の携帯……どうしてパスワードわかったの?」

「あぁ。何と無くな」

 昨夜洋輔が開錠した―――バベル仕込みのプロテクト。普通なら簡単に突破できるはずは無い。

「憶えていてくれたんだ……私の誕生日」

「今時“ranko0903”なんてベタなパスワード。携帯持ちたての小学生だって設定しないぞ」

「だって……でも憶えててくれてありがとう」

「あ、あぁ……っていうか9月3日って何の誕生日か知ってるか?“ドラ○もん”と同じ誕生日だろ!それにお前の顔の造型。その手抜きさ加減。いかにもな脇役感。ドラ○もんと同じ絵描き歌で顔描けるんじゃねぇのか?」

「なっ?★$■#@誕っ!?ドラっ……抜………同・描・歌……… 」


『言葉にならない……
 いったい昨夜のアレは何だったのだ?
 バベルの鉄の掟。お国の法律にも違反して、勇気をもって私がエスパーだと告白したコト
 泣きじゃくる私を抱きしめてくれたりとか、今まで言えなかった“ありがとう”のコトバもちゃんと言った
 もの凄く照れくさかったのに、不思議と素直になれたのに!
 そして……渇望していた2人の関係。やっと手に入れたコイツとの新しいカタチ……
 積み上げたモノがガラガラと音を立てて崩れていく……うるうると涙がこみ上げる。
 ぐっと堪えた怒りが激怒に変換されていく。
 でもすぐには言葉にならない。
 もう一度振り絞ってみる』

蘭子の心の叫びがやっとそれが言葉になりはじめた時―――――


「船長!ストップ!ストップ!! 」

「今日はここで大丈夫かい?」

「ええ!今日は大物の気配がしてますよ〜」


どうやら本日の洋輔は謝らないらしい。釣り名人曰く『釣った魚にエサはやらない』







「じゃあ私たちもこっちで…… 」

「お邪魔させてもらいますよ」

 乗船したとき蘭子と洋輔が右舷に取り付くのを見ると、ハマちゃんとスーさんは黙って左舷に陣取った。何事かを感じ取っていた2人はそれなりに気を使ったらしい。しかし、いざ釣り座となれば話は別。釣りとは真剣勝負なのである。スーちゃん、ハマちゃんが、新進釣り名人の隣に座りたがるのもそんな理由から。決して操船中、ずっと不機嫌そうだった船長の気持ちを慮った訳では無い。


 船長も加わって5人揃って釣り糸を垂れる。
 ポツリ。ポツリと皆魚を引き上げる。
 そのうち洋輔が大きな鯛を立て続けに3本ゲットする。
確かに凄い。これが新進釣り名人の技なのか?実際目の当たりにした蘭子も驚きを隠せない。
 しかし暫くして、パッタリとアタリが無くなった。

「あれ?おかしいなぁ?ん〜わからん。さっきまで、まだまだ釣れる気がしてたんだけどなぁ…… 」

「おいおい。洋輔君。私達はあなたが頼りなんですから……ほらしっかりしてください」

スーさんが励ますような、嘆くようなコトバを掛けた。

「へぇ?釣り名人さんの実力も、所詮こんなものなのね! 」

 ドラ○もん呼ばわりされた事がまだ気になっていたのか、蘭子はあえて憎まれ口を叩いてみせる。

 しかし蘭子はこのとき、微かな違和感をその身体に感じていた。


「あの時もこの面々がいたっけなぁ」

 ずっと不機嫌そうに釣り糸を垂れていた船長が、ポツリとつぶやいた。

「あの時ってあの時かい船長?」

「あぁ……あの時は感動しましたねぇ…… 」

 船長の言うあの時に、ハマちゃんとスーさんが応える。

「あの時って……蘭子と俺が落ちた時のことですか?だからあの事は散々謝ったじゃないですか!おかげでしばらく乗船禁止まで喰らって俺スゲーへこんでたんスよ…… 」

 昨夜の事―――気恥ずかしさもあってか、慌てた洋輔が声を挟む。

「いや。洋ちゃんには感謝もしてるんだ。あの時飛び込んでくれなかったらきっと……でも2人共、どうやって船に引き上げられたか覚えているのか?」

「え?どうって……あの時、海の中で気を失ってたから…… 」



『ドンっ』



 突然。鈍い音と共に船が大きく傾いた。

 2回、3回と船が大きく傾く。洋輔は隣のハマちゃんを押しのけ、急いで蘭子の腕を掴む。
 全員、何が起きたのか全く理解できなかった。


 揺れが小さくなると今度は知らない男たちの声がした。



「動くな。我々は反エスパー組織普通の人々。そう。我々は普通だ!! 」

 左舷に取り付いた漁船から強引に乗り込んできた男達はそう名乗った。







 銃口が突きつけられ、船尾に全員が集められる。自分達は普通だ!と名乗るその男達は皆、海の男の代表格“漁師”を模した格好をしたかったようだ。しかし中にはニッカボッカに地下足袋姿の男や、大きな桶を抱えた白装束の男も混じっている。それ違うから!とツッコム余裕は銃口を突きつけられた今、勿論望めない。

「さて、我々の要求は唯のひとつ。ここにいるエスパーを引き渡してもらうこと。そうすれば他の人間には危害を加えないことを約束しようじゃないか。我々はやさしいからね」

 リーダー格であろう、その中にあっては割と普通に見える男―――派手なアロハシャツと早く泳げる水着を着込んだ男が前に出て言った。右手には32口径のリボルヴァーが握られている。

「洋ちゃん…… 」

「お前は黙ってろ」

 洋輔の左腕にきつく抱きつく蘭子を、洋輔はそっと自分の背に導く。

「おい!お前た…… 」

 パーン

 乾いた音が響く。


「父さん! 」

「おやじさん! 」

「「船長! 」」

 一歩前に進み出た船長を銃弾が襲った。
 アロハの男は戸惑う事無く引き金を引いた。そしてまた檄鉄をあげる。

「今のは唯の威嚇だ。次は心臓を狙う」

「くっ……大丈夫だ。腿を掠めただけだ……。大……した事ない…… 」

 船長はその場にしゃがみ込み、銃弾でえぐられた腿を両の手で押さえた。その手は既に鮮血に染まっている。

「父さん!血がでてる!早く。早く止血しないとっ!! 」

 直ぐに駆け寄りたいが皆、その場を動く事はできない。

「我々はエスパーを人間とは認識しない。そしてそのエスパーを匿う人間も人間とは認識しない。しかし私達はやさしさを持っている。船長の手当てがしたいのなら、直ぐにエスパーを引き渡したまえ」

「ちょっと待ってくれよ…… 」

 洋輔は左腕を掴む蘭子の手をそっと離す。小さい声で『大丈夫だから』と囁くと、抵抗はしない意思表示の為、おそるおそる両腕を空に上げた。

「本当に俺達知らないんだ。この中にエスパーが居るって言われても…… 」

「ほう?仲間が撃たれてもまだシラを切るのか。やはりエスパーとはおぞましい生き物だ」

「おぞましいって!エスパーだって普通の人間だろ!! 」

 銃口が見つめるその前で、危険とわかっていても声を荒げてしまう。

『だって……蘭子は普通の女の子だ……』


「やれやれ、エスパーに自分が人間だと言われてしまったよ」

 銃口を突きつける男達から笑い声が洩れる。

「……?」

「おや?まだ理解できないのかね?やれやれ、やはりエスパーとは愚か者らしいな」

 アロハの銃口が洋輔の額に突きつけられる。

「つまり、我々が欲しているエスパーとは君の事だ。伊藤洋輔君」

「なっ」

「君……最近ココらで有名な釣り名人らしいね?釣り船を魚群の中に導いて、そして自分はいつも大漁。そんな偶然がいつも続くのはおかしいとは思わないかい?つまり君は精神感応力者、サイコメトラーなのだよ」


「そんな?!俺は別に誰かの考えがわかるとか、そんな特技ありゃしないぞ」

「強い思いが能力を変性させるのだよ……君の場合釣りに特化した、まぁしょぼい能力だ。しかし我々は其れを認めない」

「ちょっと待ちなさい」

 深呼吸をしたスーさんが、落ち着いた様子でアロハに語りかける。

「この中で、一番の釣り名人と言えば私の事。さぁ私を連れてお行きなさい」

「ちょっと待ってよスーさん。釣りの師匠は私でしょう。ささっ。私を連れて行ってください」

「黙れ! 」

 普通の人々の鉄拳と肘鉄が、スーさん。ハマちゃんに同時に炸裂した。

「「うぐぅっ」」

 小さく唸り声を上げて二人はその場に倒れこんだ。

「我々が欲しているのは、“釣り名人”では無いのだよ。エスパーを欲しているのだ」

「わかった。黙って言う事を聞くよ。俺でよければどこでも好きなところに連れて行ってくれ……但し、約束は守ってもらう。これ以上、皆に危害を加えないでくれ」

「洋ちゃんわた…… 」

「蘭子!お前は黙ってろ!……お前は皆の手当てをしてやってくれ……頼む。皆を手当てする時間をくれ」

「観念したようだね。よろしい」

 そう言って、アロハの男は洋輔に手錠をかけた。

「それはESP錠!」

「ほう?そちらのお嬢さんは良く御存知だ。君もエスパーを嫌悪しているのかね?何だったら、我々の組織にスカウトさせてもらうよ」

「結構です。エスパーも、エスパーを憎むあなたたちも嫌いです」

「はっはっはっ!まぁ良いだろう。5分間だけ時間をあげよう。キッチリ5分だ」

 男は懐中から時計を取り出した。



『私が冷静にならなきゃ。私が……』

 蘭子はブリッジに入り救急箱を探す……その背後には2人の男が常に銃口を向けている。

『携帯で緊急コールを……バベルに連絡が取れれば何とかしてくれる筈……隙をみて携帯を……』

 蘭子は考えていた。あそこの人達なら……誰かが何とかしてくれる筈だと。
 蘭子が腰のポケットに手を伸ばそ……

「妙なマネはするな! 」

 背中に突きつけられた銃口に敢無く作戦は失敗する。



「すまねぇ……蘭子……っく」

 傷口を押さえる手をそのままに、ハサミでズボンを切断する。そっと、父の手をはらい傷口を確認する。

『良かった……中に弾は残って無い。大きな血管からの出血も無い……』

「ちょっと痛いけど我慢して…… 」

 蘭子は精製水で薄めたオキシドールを傷口に一気に掛ける。消毒がしみるのだろう。苦悶の表情を浮かべながらも、父は娘の応急処置のやり方に関心していた。

 父は遠い日の事を思い出していた……
 蘭子がまだ小さかった頃、自分が船上でうっかり手を引っ掛けて、腕がスッと20cmばかり裂けたことがあった。苦痛に堪えながら蘭子に救急箱を取って来るよう指示したが、蘭子は泣きじゃくるばかり、そのうち釣り客に手当てされて大事には至らなかったのだが、その後泣きじゃくる蘭子を、父はずっと慰めていた。

『これじゃどっちが怪我人かわかりゃしねぇ……』

 そして港に着いた蘭子は……ずっと母親に抱きついていた……


 蘭子はガーゼを大きめに宛がうと、その上から包帯を巻く。いわゆる素人のグルグル巻きではなく、看護士がそうするような、止血の為の適度な圧迫と、必要な血流の確保を念頭に置いた正しいやり方だ。

『文句言ってた割には……ちゃんとモノになってるじゃねぇか……』

 ハマちゃん。スーさんは幸い打ち身で済んでいた。蘭子はクーラーボックスの氷を氷嚢に入れて2人の額と頬にあてがう。そしてずれないように包帯で固定した。


「よし。時間だ! 」
 男が与えた5分間の終了を宣言する。

『どこかに隙があるはず……何とかバベルに緊急コールを……』

『バベルに連絡さえ付けば、バベルの優秀なエスパー達なら……この状況も何とかしてくれるはず』

 しかし蘭子の願いは無残に消える。

「全員、携帯電話を出してもらおう。海上は普通通話できないがな。万が一ということもある。最近はGPS携帯もあるしな…… 」

 普通の人々が次々と携帯電話を回収する。蘭子の携帯を回収したその男は、下卑た笑いを浮かべながら蘭子の携帯を開いた。そこには先ほど撮ったばかりの洋輔との2ショット写真が待ちうけ画面に表示されている。

「残念だったな!お前の彼氏、化け物なんだぜ?ひゃっひゃっひゃっ」

 蘭子はジッとその男を見つめる……

「ん?随分写真写りの悪い女だなぁ」

 男を見つめる蘭子の瞳が鋭さを増した。

「おっと。怖い怖い。化け物の彼女だしな……さぞ立派な器をお持ちなんだろうよ。ひゃっひゃっひゃっ」

 蘭子はその男に憎悪の視線をぶつけた。しかし見つめる瞳はどこか悲しそうだった――――――

 そしてアロハの手元に集められた携帯電話は、そのまま海に放り込まれた―――――

 そして、『大丈夫、何とかなるから……』そう言って笑って見せた洋輔は漁船に連れて行かれてしまった。

 4人は後ろ手と足首を荒縄で厳重に拘束される。そして後ろ手を一つにまとめられ輪となり、それぞれ顔が見えない状態で座らされた。

「リーダー、こちらは終わりました」

 船内に散らばっていた普通の人々が再び集まってくる。

「よろしい。では同志諸君。そろそろお暇するとしよう。それではエスパーに加担したおろかな人間諸君。君たちはこのままどこへでも流されてくれたまえよ。船のエンジンもレーダーも無線の類も全て破壊させてもらったからね。まぁ……飲まず喰わずの炎天下、人間がどこまで耐えられるのか、その身体でしっかり実験してくれたまえ。そうそう。この実験結果はリポートにはまとめなくて結構。実験結果を手土産にあの世に逝きたまえ。どうだい?我々はやさしいだろう?アディオース! 」


 そう言い残して奴らは去っていった。洋輔と共に―――そして船は消えていった。







 漁船が波を切る音がしなくなってどれくらいたっただろう。
 私はただ束縛されていた。何も考えられなかった。
 あの時、もっと何かできたんじゃないか。

 唯……後悔だけしていた。

「ねぇ。父さん。スーさん。ハマちゃん……傷……痛む? 」

 皆に声を掛けてみた。どうせ顔は見えないから……うつむいたまま。

「こんなの何でも無いって、蘭子ちゃんが大げさに氷嚢つけちゃっただけだよ」

「いやぁ私ま顎の具合が……こう噛み合わせがなんともギクシャクとした……」

「も〜スーさん今更何言ってんの。もともと差し歯だらけだったんだから、この際総入歯にしちゃいなよ。ちょうどいいじゃん」

「まぁそれもそうですね〜」

 痛く無い訳ないよね? だってあんなに腫れてたもの……。
 2人とも無理して元気出して……私を元気付けようとしてるのが凄くわかった。

「父さんは?……」

 ポツリと。声を絞り出すようにして聞いてみる。

「まぁ。腿の肉、鉄砲玉でえぐられちまったしな。痛くねぇと言えば嘘だが、お前の手当てが良かったからな、後は唾でも付けておけばこんなのどうってことねぇよ 」

 父さんも同じ。無理して元気出して……私を元気付けようとしてるのが凄くわかった。でも私は何もできない。


「それより洋ちゃんが心配だ……あの漁船。お前のテレポートなら追えるんじゃないのか? 」

「ちょっと父さん。それは機密事項だからこんな……」

「いまさらこの面子に隠すような事でも無いだろうよ。それにハマちゃんもスーさんも、お前がテレポートできるなんてこと、とっくの前から知ってるんだよ。もしかするとお前より先に……」

「?!ちょっとそれっ……」

父の突然の告白にただ驚いた。

「あの時のこと、さっき話してましたよね……何で私が感動したのかわかりませんか? 蘭子さんとと洋輔君がね、あの荒れ狂う海の中からどうやって生還できたのか……」

「ハマちゃん。スーさん。もしかして私……」


 研修所の講義で聞いた事がある。ESPの能力を潜在的に持ってる人の場合、何かの切欠、例えば生死に関わるような事態に遭遇したときに突然その能力が開花する場合があるって……


「私達は必死に船から落ちたあなた達を探しました。やっと見つけた時、2人は波間に沈んでいったのです」

「俺とスーさんは助けに飛び込もうとする船長を必死に抑えこんでたんだよ。正直に言うと、もう駄目だ!って思っちゃったんだ……」

「皆がもう駄目だって思ったのです。――――そうしたらね、蒼い光に包まれたあなた達が、こうふわっと、甲板に現れたんですよ。これがエスパーの力なんだって、その時すぐにわかりました。」


 やっぱり私はその時―――


「私には直ぐわかりました。その蒼い光をみて。深くて濃いんですが、見ていてホッとするような安心するような光―――あれは蘭子さんの瞳の色なんだって」


 やっぱりそうだった。


「そしてその時わかりました。このチカラはきっと。同じ瞳の色をした女将さんのチカラでもあるんだって……」

「その光に、つまり2人は女将さんに包まれて帰って来たんだって」


 でも違った。私は驚いて声もでなかった。あの時なんで助かったかなんて考えた事無かった。なんで自分がエスパーなのかなんて考えた事もなかった。ただ、このチカラのことをずっと恨んでただけだった……


でも思い出した。


あの時聞こえたあの声。




「母さん……」





「母さんが守ってくれたんだ……」





 涙が出てきた。
 止め処も無く泣くってこういうことを言うんだ。こんなに暖かい気持ちなのに涙が止まらない。


 私……このチカラの事ずっと恨んできた。そしてエスパー皆の事も。
 でも違った。このチカラは母さんがくれたもの。




 私の宝もの


 私と母さんの絆


 それは家族の絆




「ずっと守っていてくれたんだね……母さん………」



「やっと気付きやがったかこの馬鹿娘」

 その父さんの声は、胸の痞えが取れたようにとても晴れやかだった。

「……父さん。何で今まで黙ってたの? 」

「エスパーって事が世間に知れるといろいろ難しいらしいからな。お前が気が付かないで済むなら―――それにお前がぐだぐだエスパーのこと悔やんでるからだよ。そんな状態でこんな話聞いたら……お前が母さんのこと恨んじまったら、ずっと守ってくれてる母さんが可愛そうじゃねぇか」


「バカ……」


 私はそう言いながら、きっと笑ってた。


 顔を上げると蒼い空が見えた。そして蒼い海の向こうに水平線が見えた。

 母さんの瞳。私の瞳。同じ色をした蒼い空と蒼い海――――――

 私と母さんの蒼。何処までも高い空の天辺まで……何処までも遠い海の彼方まで、今なら同じ色に染まって何処までも飛んでいける気がした。


 どこまでも高く――――。

 どこまでも遠く――――。

 もう……私を遮るものなんて何も――――

「私やってみる。うぅん。洋ちゃんは私が必ず助けてくる! 」

 リミッターがあった。
 でも、指先しか動かないけど何とかなるかもしれない。このリミッターさえ解除できれば……


「皆お願い! 私の指輪外すの手伝って。リミッターさえ外れれば! 」


「なるほど。それで大事そうにしていたんですね。しかしそのデザインはあなたには似合いませんね。何もかもうまく行ったら、もっとあなたに似合う可愛らしいデザインの指輪を私が……あぁ。それは既に適任者がいましたね……」

「とにかくこれを。

 その指スーさんですね。そう。そのまま押さえて。

 ハマちゃん。その指で少しずつずらして。

 父さんはそこ押さえて。

 ってハマちゃんはそのまま」

指先が見えないのがもどかしい。

「もうちょっと。

 スーさん。もう一本……そう。そのままゆっくり……

 もう少し。駄目。そんなに激しくしないで。もっとやさしくして。ゆっくり。そう。そのまま…… 」


『カタンっ』


 リミッターが強化プラスチックの船板に落ちて小さな音を立てた。

「蘭子! 」


 大丈夫。訓練を思い出して、お母さんが見ててくれる。
 部分テレポートの場合は確か……集中して、手縄だけに意識を集中してそれだけを飛ばすイメージを持って……ここで2度深呼吸。いざ……


 次の瞬間。私の手から束縛が無くなった。

 手が動く。

 涙でぐしゃぐしゃになって何も見えなかった瞳を拭う――――

「出来た!! ほらっ! 私の縄取れたよ!」

 隣にいるはずの父さんを見ようとして、そうしてやっと気が付いた。


「……って皆どこ逝っちゃったのよ〜!」


 私の脳裏に一瞬悲惨な状況が浮かぶ。それはどんなオカルトにも負けない光景。
 研修で見せられたテレポートの失敗事例。いろんな物と分子レベルで融合しちゃったり、手足をバラバラにしちゃったり……

「ここだ蘭子〜」

 ブリッジから声が聞こえた。慌ててに駆けつけると―――――

 うん。大丈夫。誰も何も欠けて無いし、何かと不思議接合されちゃったりしてない。
しかも手縄だけはちゃんと無くなってた。不謹慎だけどちょっと安心した。
 柔術の達人が組み上げたように、3人分の全身の関節という関節が極まってたけど……

ってとりあえず。はずさないと……


「脚の縄は自分で解いてください。私。行きます」

「気をつけて。蘭子ちゃんならきっと大丈夫」

「女将さんが一緒にいてくれてます!大丈夫」

 ハマちゃん。スーさんが檄を入れてくれる。


「蘭子。おから買って先に帰ってるから……今晩卯の花作ってくれ。母さんと同じ味のやつ」

「コンニャクも買い忘れないでね……」

 父さんは黙って頷いた。笑ってた。
 私もきっと笑ってた。


 船首にスタンバイ。目標は……あいつらの乗った船の消えた方向。
 講義で聞いた内容を良く思い出す。
 連続テレポートのポイントは――――高く飛び上がると落下でへたる。物体移動は水平に。自分にかかる重力は前向きにして距離をかせぐ。

 やったこと無いし、結構ハードらしいけど。

 大丈夫。母さんが見ててくれるから。

 さっきはちょっと失敗したけどきっと大丈夫。
 チカラが溢れて来るのを感じる。今まで感じた事のない感覚。やれる……

 今度は3度深呼吸。

「じゃあ。行ってくる」

 そういい残して私は空に駆けあがった。












 谷崎一郎はその日、朝からブリッジに待機していた。桐壺局長が休暇の為、その代理を務める為である。桐壺局長とて日中全てをブリッジで過ごす訳では無く、その多くの時間は個人の執務室で過ごしている。しかし谷崎は常に最前線に赴く現場指揮官がその主な任務である。たとえどんな立場であろうとも現場の感覚を忘れてはいけない。それが彼の持論らしい。そしてブリッジにいる桐壺がいつもそうするように、オペレータ達の中央に陣取り、腕を組んで仁王立つ。

『我ながらキマリ過ぎている……』

 そう思うのは本人のみ。正直に言ってオペレーター達も、常にそこに居られては『うざい』のである。
 そしてオペレーター達の半分も休暇の為か、ブリッジにはいつもの華やかさが足りないようだ。

「谷崎主任。先日のレポートが出ました。」

「モニターに出したまえ」

 谷崎の後方に座るオペレーターの言葉に直立不動のままで指示を与える。
 普通、局長の代理を仰せつかった立場としてはこの場合、『谷崎局長代理』と呼称させるのが常であるが、谷崎はあくまで『主任』に拘った。それを聞いたオペレーターの何人かは、彼の人柄を気さくな人物だと尊敬したりもした。

『局長代理と呼ばせてしまっては、私が何か遠い存在となった気がして――――ナオミが悲しむかもしれない』

 あくまで拘ったのはただそれだけの理由。実際ナオミがどう思ったかは知る良しもない。

 どっしり構える谷崎だが、先ほどから気になる事がある。
 先ほどから視界の隅に映るソレがずっと気になっている。

 チラリ チラリ
 チラチラリ チラ チラリ

 チラチラと動くそれ。

 チラリ チラリ
 チラチラリ チラ チラリ

 チラリ チラリ
 チラチラリ チラ チラリ

 今ここに柏木一尉がいたらきっとこう言うであろう。『気にしたら負けなんですよ』と。
 しかしいい加減我慢できなくなり、谷崎は思い切って本人に言ってみることにした。

「木下君。ちょっと良いかね? 」

「何でしょうか? 谷崎主任」

 木下と呼ばれたオペレーターは、座ったまま椅子を回転させ谷崎に向く。仮にも局長代理からの御命令。引きつりながらも笑顔を持って対応してみた。

「あ……その、そのなんだ。その寝癖。何とかならんのかね? 」




「寝癖じゃありません! ましてやアホ毛でもありませんからっ!!! 」




 ブリッジ一杯に響き渡る叫び声。ブリッジの片隅で何事か作業中の職員や、掃除のおばちゃん達まで一斉に注目する。

「しっ失礼しました。任務に戻ります」

 顔を赤らめながらクルリと椅子を戻してそのまま作業に戻ってしまった。

『いやはや……あれも個性のうちなのか? 何かのファッションなのだろうか? 最近の若い娘達の考えることは良くわからん。ナオミの事なら手を取る様にわかってしまうのに……』


『そう言えば、確かあの娘は例の金子君とは仲が良かったはず』

 谷崎が昨晩から心に引っかかっていた事。

「木下君。ちょっと良いかね? 」

「何でしょうか?谷崎主任」

 谷崎は隣の空席となっている椅子を引きずり、亜由美の隣に座ると脚を組む。逃げる事のできない位置まで来られてしまい、亜由美は身体窮まる。

 ちなみにこの椅子にはピンクのリボンがカワイイ、いかにも女性が好むような籐の座布団が付けられていた。後日、亜由美からその事実を聞かされた所有者がその座布団をどうしたか。それは彼女と亜由美の友情の証として、2人のみが知る。

「金子君の事なんだが……その……なんだ。昨晩電話したんだ……」

「なっ?主任が蘭子にって、失礼しました。金子に何故電話を? 彼女は今休暇中ですよ……」

「その……彼女がどう思っているのかと思ってね。まぁナオミの事は手を取る様にわかるのだが、最近の若い娘達の事はちょっと……」

「ちょっ……主任。それって問題発言ですよ!? 公務中にそんな……部下の女性を口説く相談をしてくるなんて……そっそんなの困ります!」

 谷崎の意図を完全に汲み違えた亜由美は困惑しきり。後ろに控えるオペレーターの2人も耳がダンボになっている。

「ちょっと勘違いしないでくれたまえ、私はただ……」

 流石に、こんな噂が流れては困る御身分としては必死に釈明しようとする。しかし――――


ピーピーピー


「どうした?木下君」

 突然の警報音に谷崎は気持ちを切り替える。立ち上がると亜由美の見るモニターを隣から覗き込んだ。

「今確認します。現在、バベル所属エスパーのESPリミッター定時確認の最中なんですが……」

「誰かリミッターを外したのかね? まぁ、ESPの私的利用は表向き禁止されているが、皆それ……」

「あっ!! 蘭子です。しっ失礼しました。金子2曹のリミッターが解除されてます」

 谷崎に嫌な予感が過ぎる。あれだけ自分の能力について悩んでいる金子が、自らリミッターを解除する事など有り得ない。

「直ぐにGPSで現在位置を確認したまえ」

「駄目です。GPS反応ありません」

「木下君。過去6時間以内の金子君の定時観測情報を全部出してくれ」

「しかし主任。それは内規で禁止されています。それには局長本人の許可か本省からの……」

「責任は全て私が持つ。やりたまえ」

「了解。モニターに出します」

 モニターに日本地図が写し出され、定時観測情報がプロットされる。
 亜由美は指示を待たずにその地点を拡大していく。

「これは日本海沿岸の海上?……いかん! 昨日のプレコグ予知が当ったのか?! あんな小さい確率でなぜ? 」

谷崎はブリッジの全員に聞こえるよう、大きな声で宣言する。

「ワイルドキャット緊急出動する。ナオミに緊急コールを。バベル1スタンバイ!! 付近に不審な船舶は?! 」

「特にありません。付近を航行中の船舶は全て識別信号を発信しています」

「アクティブソナーを搭載している可能性もあるか……」

「主任。技術部から連絡が……バベル1は現在、オーバーホール作業に入ったばかりだそうです」

「なんて間の悪い。かまわん。兎に角飛べる様にしたまえ」

『広い海上を移動している可能性が高い……テレパスとクレヤボヤンスが必要か…… 』

「ダブルフェイスはいるか! 」

「駄目です。先ほど出動した案件は既に解決しましたが、現在渋滞に巻き込まれている模様。予想到着時刻……」

『チルドレンも休暇中、ハウンドは別件で出動中……』

ふと、谷崎はここにテレパスとクレヤボヤンスが居る事に気が付く。

『彼女なら……低超度でも何とかなるかもしれない――― 』

「……木下君。君にも一緒に行ってもらう。いいかね? 」

「いいも悪いも命令ですよね? 了解しました。木下3曹、これよりワイルドキャットと共に現場に向かいます」

 蘭子とは普段、いがみ合うことも多いがそれも友情の証。バベル内の数少ない親友のピンチとあっては一肌脱ぐしかないのだろう。亜由美は定められた通りビッと直立し、敬礼と共に了解した。


「よろしい。バベル1の準備は?」

「なんとか飛べるようです。しかし……」

「飛べれば十分だ」

「主任。ワイルドキャット搭乗口に到着しました」

「よろしい! 緊急出動だ! 」

 谷崎は、木下を率いて搭乗口に足早に向かう。
 その間もいつの間にかセットしたヘッドマイクで次々と指示を与えていく。

「海上保安庁に応援要請。GPSの最終観測地点に……」


 谷崎のその瞳は―――――既に現場で見せる其れ。決意に満ちた瞳に変っていた。












 トットットットットットッ

 射すような強い日差しを受け、キラキラと輝く波間を一隻の船が疾走する。
 船は穏やかな凪の上でC重油を燃やし、ジーゼルエンジンが心地よいビートを奏でる。吐き出す白煙の隣で稼動するECMはとても誇らしげに見えた。

 ちっぽけな漁船。普通の人々は皆満足気に、今日の成果について談笑する。

 そんな中、5人のおっさん達―――普通の人々、もとい犯罪者に紛れて……二十歳くらいだろうか?一組の若いアベック?が何やら言い争いをしているようだ。

『だから洋輔! 連続テレポートなんだよ?! 単発だってうまくできた事ほとんど無いんだから。 自覚して能力使えた分、私の方が上なのよ! だからちょっとは感謝しても罰は当らないと思うの! 』

『でも、そもそも助けに飛んできて溺れかけた挙句になんであっさり捕まるかなぁ。カッコ悪っ』

『だって仕方無いでしょ? こんな長距離飛んだ事なんて無いし、そもそも連続テレポートっていうのは集中の連続が強いられる高……』

『でもありがとうな蘭子。俺……やっぱりお前の事好きだ』

『$&%○▼#!? ちょ……ちょっとやめてよイキナリそんな。恥かしいじゃない。こんなときに』

『なんだよ。こんなときだからこそ言ってるってのに……』

「オイ。静かにしてろっ!」




 父の船から翔び出したその時、蘭子は今まで感じたことの無い感覚に高揚していた。
 連続的に空間転移を行う―――風を切って空を飛ぶその感覚に。
 身体に感じる海風の心地良さ、自分の瞳を通して母が見守っていてくれると思う安堵感。
そして体中に溢れるチカラの奔流。

 漁船が消えた方向に真っすぐ飛ぶと、幸運にも目標はすぐに見つかった。
 速度を上げる。
 この時、蘭子は冷静な判断を欠いていた。
 誘拐された時の経緯を順序立って考えれば、ECMがあると考えるのは判り切った事。

 少なくとも特務エスパーとなもなれば、其れは当然の判断であった。
 しかし、特務訓練など受けた事のない蘭子に其れを求めるのは、この場合些か無理なのかもしれない。
 まぁ。暴走気味になったあのチビッコ達が同様に判断できたかどうかも――――

 あえなくECMの有効範囲内に突入してしまった蘭子はそのまま水面に落下した。
 着水したときシマッタ!と思っても後の祭り。
 そして溺れかけているところを、よりにもよって普通の人々に救助されるという何ともお粗末な救出作戦となってしまった。
 不幸中の幸いなのは、海面スレスレを飛行していた為に落下の際にも怪我は無かった……という事だろう。



『ねぇ。私達……これからどうなるの? 』

『わかんねぇ』

 漁船の艦橋にはECMのそれ特有の円形構造物が取り付けれれており、蘭子の手首にも御丁寧にESP錠。蘭子と洋輔は船尾甲板上に足首を縛られ座らされていた。
 見張り役の男が1人こちらに銃口を向けてはいるが、ESP能力は完全に封印している安堵感からか、先ほど船に強襲した時の様な鬼気迫るものは感じられない。先ほども黙れとは言っていたが、それは形式的なものだろう。

『ねぇ……今、何が見える? 』

『そっか……眼鏡。落としちまったんだっけ……何にも見えないのか? 』

『もうスッキリシャッキリモノの見事に何も見えない……』

『エスパーでもド近眼はどうにもならないんだな……』

『エスパーってそんな便利な生き物じゃないのよ……それに洋ちゃんだってエスパーじゃない……』

 そういえばそうだっけ?などと洋輔は考えていた。確かにここ最近の釣果は不思議なほどだったけど、それがエスパーだったからだ!などと言われても実感も何も無いのも事実。

 蘭子に何が見えるのかと聞かれふと、隣に座る蘭子に目をやった。その姿に思わず息を呑む。昨日のお洒落着とはうって変り、今日の蘭子はラフそのもの。薄いブルーのキャミソールに白い七分丈のスパッツ。海に落ちたそのままに、濡れ髪は額に張り付き濡れたキャミが肌に張り付いて透けて見える。濃いブルーのレースをあしらったブラが……。

(そしてあのブラの下にはピン……げふんげふん。いかんいかん。こんな時にこんなこと……こんな時、例えば透視能力とか便利なESPを持ってたら……ゲフンゲフン)

『そっか……やっぱりエスパーって言ってもそんなに便利なもんじゃないんだなぁ? 』

『どうしたのよ? エスパーの自覚もない癖に何だか悟ったみたいな事言って』

『べっ別にとうだっていいだろ!?そんな事』

『蒼い空と蒼い海。そして大きな雲が見える……そして俺の隣に蘭子がいる。まぁお前と一緒にいられるならこんなんでもいいかぁ』

『……そうかもね 洋ちゃん。私も洋ちゃんが好き 』

『蘭子……』

2人の瞳と瞳。視線と視線が交錯する。すると恋する2人は必然的に……


「いい加減にしろ! この腐れエスパーども! 観念して開き直るにしても程があるぞ! 」


いよいよもってシビレを切らした見張り男に怒鳴られた。

「まったく商品じゃなかったらとっくに五部刻みにして海に放りこんでるぞ……」

「商品ってなんだよ……」

「お前達が知る必要は無い」


 見張りはそう言うと、2人を背中合わせに座るように指示を出した。流石にこれ以上目の前でいちゃつかれても困る。普通の普通の人でも普通は困るシチュエーションであろう。
 それでも既に開き直った2人。商品とまで言われれば、危害を加えられることも無いのだろう。どんな取引でどこに連れていかれるのか判らないが、2人一緒なら―――


『なぁ。お前のいるトコロ。そんなに居心地の悪いところなのか……』

 先ほどより、若干遠慮がちの声で洋輔は話しはじめた。流石にこの場でバベルという単語はまずいと思いそれには触れずに。

『ん〜。……自分でそう思ってただけなのかもしれない』

『友達とかいるのか? 』

『いる。聞きたい? そいつすっごく変なコなの。私と一緒の時期に研修所に入ったコなんだけどね。ソイツのあだ名って最高なの……』



『なんだと思う? そいつのあだ名はね――――――』















「木下君。何か聞こえないかね? 何か見えないかね? こんな時、ダブルフェイスの2人ならもうとっくに何か手がかりを掴んでいるぞ! 」

「無理言わないでください主任〜。テレパスとクレヤボヤンスの複合能力って言っても所詮超度3なんですから〜〜しかも2つ同時になんて器用なことできません〜 」

半ば泣き顔の亜由美が谷崎に愚痴をこぼす。

 バベル1で緊急発進したワイルドキャット一同は、既に蘭子が携帯をロストした付近をさらに北上し捜索を続けていた。

「ええい!金子君は君の友人だろ!ESP能力とはメンタルな部分!その時のテンションや対象への強い思い入れとかがあると限定的に強い超度が出せる場合があるのだよ!文句を言わずにキビキビ探したまえ!」

「主任。やっぱり不審な船は見当たりません」

さらに索敵範囲を広げる為、外に出ていたナオミがヘリに戻ってきた。

「レーダーにそれらしい不審船は?」

「えぇ……ちょっとお待ちください!……今のところ反応ありません!! 」

 通常なら正操縦士と副操縦士が2人でバベル1の運用に当るのが常であるが、本日は1人だけで操縦に当っている。しかも正規のパイロットでは無く、操縦ができる技術スタッフが。である。

 しかし、とにかく飛べれば良い。と言ってしまった以上致し方あるまい。
 何としても見つけなければならない……

「金子君。無事でいてくれたまえ……」

 谷崎が小さく呟いたその時。




「アホ毛っていうな〜〜〜! 蘭子っ!! 」




 亜由美が吠えた。

「木下君……? 一体どうしたんだね? 」

「はっ! すっ……すみません。つい。蘭子が今、私の事あh……」

「亜由美さん。もしかして!」

 一瞬で理解に至ったナオミの瞳が輝く。そんなナオミを見た谷崎も一瞬で理解した。いろいろ問題もあるが、深い絆で結ばれている2人に説明など要らない。

「木下君。クレヤボヤンス!最大出力!」

「了解! 」

亜由美はこめかみに両の手をあてがい、今感じた蘭子の気配を探す――――――

亜由美の視線が水平線の遥か彼方まで駆け抜ける――――――


「見えたっ! 方位そのまま。 距離およそ50km」


「よくやった。そのテンション!もう少し維持してくれたまえ。何が見える? 」

「えぇっと……漁船? あぁ……艦橋にECMが……ノイズが入って良く見えません。
 あっ!蘭子が居ました。手錠……ESP錠を掛けられて後部デッキに。もう1人。同年代の男性が同様に……」

「犯人は何人だ? 」

「えぇ……っと。ブリッジに1人。後は船の前後左右に1人づつ見張りが……」

「ECMを良く見てくれたまえ。型番は見えるか? 」

「小型です……型番は……FF−0807NOB……わかりません」

 谷崎は一瞬ニヤリとした笑みを浮かべた。

「よろしい。そのまま金子君と通信はできるかね? 」

「やってみます…………… すみません。ロストしました」

「いや、それだけ分かれば十分だ。しばらく休みたまえ。よくやった」

 ここまでの情報。現場指揮官の谷崎にとってそれは十分過ぎる情報であった。
 特にECMの型番がわかったのが大きい。谷崎は現存する全てのECMの概要を記憶している。それはエスパーが特務にあたる上で、その能力を発揮できるかどうかの生命線になりうる情報だから。

「そのECMにはウィークポイントがある。大丈夫。十分対応が可能だ」

 そして谷崎は、今の情報を収集したエスパーに心の中で感謝する。

『ECMの稼動範囲内まで良く観えたものだ。限定的に強い超度が出せる場合があるというのは本当らしい。やはりエスパーとは素晴らしい。人間なのだ…… 』


「よし! 直ぐに現場に向かうぞ! 」

「あの……その……大変申し訳ないのですが……燃料がありません。バベルに帰航する分しかもう……」

「 ? 」

あまりの展開に谷崎も声がでない。

「だって仕方が無いじゃないですか?人手は無い。でも作業はしなくちゃいけない。作業を始めたと思ったら今度は飛べるようにしろ! パイロットもやれ! 何もかんも一度になんてできないですよ! 俺は唯の技術スタッフで、エスパーじゃないんですから。大体……」

「エスパーも万能じゃないんだがなぁ……」

谷崎の一言で、技術スタッフは口ごもった。

「よろしい。君も最大限の仕事をしてくれたのだろう。我々はこれより誘拐犯を追跡する。全力を尽くしてね。君も帰航したら……君にできる事を全力でやりたまえ」

「行くぞナオミ! 2人抱えて約50km。鎮圧に必要なパワーも温存しながらだ。やれるな!? 」





――――ナオミは黙って微笑んだ。



後編はこちら!
蘭子と洋輔の運命は!?
http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gty/read.cgi?no=10233

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