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【夏企画】絶対可憐オペレーターズ 蒼天の@@ 後編 


 射すような強い日差しを受け、キラキラと輝く波間に一隻の船がみえる。

 船は穏やかな海流に乗り、ただゆっくりと流されていく――――

 壊れたECMから立ち上る白煙は……何かの狼煙にも見えた。




―――――― 【夏企画】絶対可憐オペレーターズ 蒼天の@@ 後編 ――――――





 あっけない程簡単に終わった。


 これが特務エスパーの力なんだ!って改めて実感した。

 今、谷崎主任が“普通の人々”を拘束し終わったみたい。


 突然船の前に大きな水しぶきが上がる音が聞こえた。
 見張りも私も皆がソッチを向いた……と思ったら……

『伏せて!』って亜由美の声が聞こえた。アイツのテレパスで。

 そして一発の銃声が聞こえた。
 アロハの男がガラス窓を突き破って飛び出して―――転がったみたい。

「2人ともお怪我はありませんか? 」

 鎮圧を終えたナオミちゃん駆け寄ってくる。
 私と洋輔のESP錠を破壊して、脚の荒縄を切断してくれた。

「ありがとうナオミちゃん。今……何が起きたの? ごめん。眼鏡無くしちゃってて、何も見えなくて……」

 きっと眼鏡をかけてても何も見えなかった。
 それに、こんな任務をし終えたばかりなのに……ナオミちゃんは昨日メイクをしてもらった時と同じ位落ち着いていた。

「全部、谷崎主任のプランなんですよ」

 そう言ったナオミちゃんがちょっと眩しく感じた。

 ナオミちゃんはそう言ってから簡単に説明してくれた。

 船に付いていたECMの有効範囲は半径50m。谷崎主任愛用のワルサーP38の有効射程も同じ50m。
 まずは見つからないように上空から接近。急降下と同時にPKで水柱を作って前方に注意を惹き付ける。さらに急降下。
 ECMの有効範囲に突入と同時に、谷崎主任がたったの一発でECMを無力化。電源装置の一部がむき出しになってる部分があって……そこを1発で狙いすまして。
 そして一気に間合いを詰めて―――見張りの4人を海に突き飛ばしす。もちろん火器の類は一瞬で全て取り上げて。
 その隙にソフトランディングした谷崎主任がブリッジを制圧完了。アロハはその時抵抗して主任に投げ飛ばされたみたいだって。
 そして改めて、海に突き落とした犯人達を回収。首筋にポンっと軽く一撃。犯人たちの意識を刈り取る。
 何気にナオミちゃん酷いことを平然とやってのける……ってそんな事はこの際どうでも良い。


「ちょ……ちょっとナオミちゃん? あんな一瞬でそんな凄い事をしたのに、そんな涼しい顔して……」

 それに一歩間違えたらナオミちゃんや谷崎主任だって……

 チカラを使いこなすとはこういう事なんだ。
 そして、信頼できるチームってこういう事なんだ。

 今まで皆の仕事を見てきたはずなのに……
 私は全然わかってなかった。

 そしてやっぱり、ナオミちゃんがとっても眩しかった。



「金子君。怪我は無いか!? 」

 犯人達を縛り上げた主任が駆け寄ってきた。

「あっ。大丈夫です。ありがとうございました。……すみません」

「とりあえず今の君にはこれが必要かな」

 そう言って谷崎主任が私に手渡してくれたもの――――これは眼鏡?
 とりあえずかけてみる。

「あっ。良く見えます。ありがとうございます。主任」

「今日仕上がったばかりのリミッターだ。未婚の女性が薬指にリミッターをつけるのは相応しく無いと言ってね。局長が開発させた特別製だ」

「局長がですか? 私の為に? 」

「局長はああ見えて、いろいろと気にする人なのだよ」

 局長がわざわざ……なんだか良くわからない。

「とにかく君が無事でよかった。彼氏クンも怪我は無いようだね?! 」

「ありがとうございましたっ!」

 それまで黙ってた洋輔が谷崎主任とナオミちゃんに深々と頭を下げる。

「いや。礼なら木下君に言ってくれ給え。彼女の能力で状況は把握していたからね、おかげで鎮圧もスムーズにできた」

 すぐ近くで、亜由美が仰向けにひっくり返ってぐったりしてた。きっと擦り切れるほどクレヤボヤンスを酷使されたんだろう。そしてテレパスで制圧開始の合図を送ってその挙句、高度100m以上からの急降下。絶叫マシンも真っ青!な、スリルとアクション……
 普通はああなるんだろうなぁ……

『ありがと。亜由美……』

 そして気が付いた。
 つまり私………結局何の役にも立てなかったんだ。







「あぁ。わかった。では港には手配しておいてくれたまえ」

 ピッ

 谷崎主任が何処かに電話して戻ってきた。

「金子君。君のお父さん達は皆無事に保護されたそうだ。既に海上保安庁のヘリで病院に運ばれたそうだよ」

「ありがとうございます」

 お父さん達が無事でほっとした。
 でも……私の心は雲ってた。
 何も出来なかったから――――――――


「あの……谷崎……主任」

「何かね? 低超度エスパー君 」

「伊藤洋輔です。助けていただいてありがとうございました」

「何。いつもの通りにこなしただけだ。礼には及ばないよ」

 洋輔はすごく真剣な顔をしてた。洋輔のあんな顔――――今まで見たことが無かった。


「お願いです。蘭子を! 蘭子を実家に返してやってください」

 突然。洋輔が主任に詰め寄って。―――――それは私が望む未来。


「今は駄目だ」

「何でですか? どうしてですか? お願いします。俺、何でもしますから! 」

「今回の事でわからないのかね? 」

「わかんないッスよ! なんで! なんでっ!」

 洋輔は主任の襟首を掴もうとした。

 主任がしゃがんだと思ったら……フッって洋輔の身体が宙を舞った。綺麗に弧を描いて。


 私は驚いた。洋輔が私を想って意見してくれた事。そして谷崎主任の事。ちょっと頭が切れて口が巧いだけの変態だと本気で思ってた。そういえばさっきも……


「おいおい。君は柔道の経験者だろう。こんな大雑把な背負いで投げられる様ではやはり駄目だな」

 そう言った谷崎主任は……何だか小さな子供をあやしてる父親みたいな瞳をしてた。

「確かに柔道はやってましたけど……何でわかったんですか? そしてなんで駄目なんですか!? 」

 綺麗に受身をとった洋輔が立ち上がってまた―――
 洋輔はあやされてる子供みたいだった。


「君の身のこなしを見れば直ぐに判るさ。そしてそれが判らない様ではやはり駄目だ」

「金子君」

 ただ呆然と見ていた私の瞳を主任が見つめてきた。酷く真面目で、凄く悲しい瞳だった。

「確かに君がバベル入りした経緯は問題があった。当時、本省から来ていた局長代理が好き勝手やったおかげでね。しかも当時の内規は現在でも生きていてね……今、桐壷局長が本省に掛け合ってくれている。近いうちに必ず―――」

そうして次の言葉で私は解放される。

「つまり、現在のような強引なやり方でバベル職員として採用……という名の軟禁状態は無くなるのだよ」


 私はその場にへたり込んだ。小さな女の子みたいに座りこんで―――
 立ってなんて居られなかった。背骨に電気が走った気がした。


「だがしかしだ。例えそうなっても今のままでは駄目だ。もうわかるね? 金子君」

 続けた主任の問いかけ。私はすぐに答えがわかった。

「………私が力を使いこなせないから」

「君は超度3のエスパーだ。リミッターでは超度3までしか中和できない。押さえ込むのはもう限界なのだよ。ちょっとしたコンディションで暴走する……」

 そう言うと谷崎主任は、さっきの父親みたいな瞳で私にこう言った。

「つまり制御さえ自分で出来るようになれば―――君は晴れて自由になれる」



自由になれる―――ちゃんと制御できる様になれば……父さんのところに、洋輔のところに、




                帰れる。






「そして……伊藤君と言ったかな? 君も同じだ」

今度は厳しい瞳をしてた。谷崎主任のこんな顔も……今まで知らなかった。

「俺もこの……釣り上手を制御するんですか? 」

「そうでは無い。君に必要な力は人としての力だ。エスパーに対する世間の目は未だ厳しいものがある。理不尽な扱いをされる事や……それに今回の様な事。そんな時、傍に居て絶対に守りきる。そんな覚悟が必要なのだよ。優れたエスパーと共に在るという事はね」



「例え超能力が無くっても、素敵な魔法使いを守ってあげるのはナイトの勤めなんだよ」



 そう言った主任の顔はとっても自信に満ちた顔をしてた。
 でもこの顔は、きっと日々の努力に裏打ちされた絶対の自信なんだ。
 どんな時でも、どんな状況でも絶対にナオミちゃんを守ってみせるっていう――――――

 なんだかナオミちゃんが羨ましかった。


「やばっ!?主任ちょっと渋くない? 鳥肌が……」

「亜由美さん。茶化さ無いでください! 」

「ごっ……ごめん……」

ナオミちゃんも何だか誇らしげな顔をしてた――――――



「身体を鍛えよ! 技を磨け! そして精神を高めよ! 」

「谷崎主任……俺、頑張ります! 」

「よろしい。実に日本男児らしい良い返答だ。……そして金子君。君は幸せ者だね」

「はい……」

 搾り出すようにそう言って、私はまた泣いていた。昨日から何回泣いているんだろ。でもまた泣いちゃった――――

 亜由美とナオミちゃんは、そんな私をみて微笑んでいた。



「君達はまだまだ自分を磨く必要があるのだよ。もちろん、私もまだまだ自分を磨くつもりさ! ナオミが私の理想とするレイディーとなったとき、それにふさわしい男となる為にね! そうだろ! ナオミ! カモォ〜ン! ナオミっ!!」

「黙れ変態! ちょっと感動してたのに! 全部台無しだこのエロ親父! 」

 ナオミちゃんのPKで船板が人型に凹んでいく……
 それをやめろといつも言われてるのに……

 でもそうしてる谷崎主任もナオミちゃんも、なんだか楽しそうだった。
 そしていつものじゃれあいは直ぐに終わった。
 やっぱりナオミちゃん。今日は手加減してるんだ……。


「バベルの人達って凄い人達なんだな……」

「うん。色んな意味でね……」







「ところで……蘭子のそのテレポーターの力が暴走するとどうなるんですか? 」

「興味があるのかね? 木下君。ちょっとテレパスを使って実際の資料映像、彼の頭に直接打ち込んでやって! 」

「壁に半分めり込んじゃったり、虫と合体したやつとかでいいですか? それとも中身と外身が……」

「……えっ遠慮しておきます」











 日は既に西の方に傾きはじめていた。

「さて、そろそろ帰港しよう。随分流されてしまった様だしね。早くしないと日のある内に帰れなくなる。木下君。疲れている所申し訳無いが操船を頼む」

「了か……」

「俺にやらせて下さい。俺、このサイズの漁船ならわかりますから……」

「ではお言葉に甘えさせてもらおうかな。素敵なナイト君」

 谷崎はやわらかい面持ちで、洋輔の申し出を快諾した。




 ズドーン




 突然、船の前に巨大な水柱が上がった。


『今のは威嚇だ。無駄な抵抗はやめたまえ……』


 スピーカーから聞こえる声。一隻の船が真正面からゆっくりと近づいてきた。


「あれは? 国境警備隊か! 迂闊だった。グレーゾーンまで流されていたのか……」

「谷崎主任。グレーゾーンって何ですか?」

「伊藤君。君はそんな事も知らないのかね? 両国が領海を主張している海域……つまり、奴らは我々が領海侵犯したと言いたいのだろう……」

 谷崎の瞳は、既に任務の時の決意に満ちたものに変っている。

「木下君! 索敵してくれたまえ」

「了解。索敵開始します」

 亜由美はこめかみに両の手を添えると、意識を水平線の彼方まで飛ばしていく。


「だめです主任。360度囲まれています。敵艦籍は20。全て民間船をベースに改造されています。機銃座延べ35門。地対地ミサイルランチャー多数。全て射程圏内です。排水量は大きくありませんが……速力は全て向こうが上です」

「なら私が! PKで脱出経路を確保しつつ着弾を防ぐくらい……」

「駄目だナオミ!……これは非常に高度な政治的問題なのだよ! 」

そう言うと、谷崎は携帯を取り出してどこかに……

「駄目だ。御丁寧に電波封鎖してる。桐壺局長の指示が仰げないとなると、現場で対応するしか……」

 谷崎の顔から生彩が無くなっていた。そしてそれは―――その場に居る人間全員に伝染する。

「こちらから攻撃すれば……どんな事が考えられるんですか? 」

 蘭子は恐る恐る谷崎に問いかける。


「対外的……この場合、国と国との問題だが――――これはある程度君たちでも想像がつくだろう。それも問題だが……本省がバベルに干渉する口実を与えてしまうことになる。何も知らないエリート役人どもが、我々に対して本格的な支配を始める口実にね」

「でもバベルはそもそも本省の外局なんですよね? 何故今更それ…… 」

 洋輔が谷崎に食い下がる。折角見えはじめたもの。それをこんな処で失うわけにはいかない。

「さっき言った例の男。一時期局長代理を務めたあの男が……非常に古典的な考えを持った男でね。エスパーは全て国が管理運用するべきだ。と主張している……あの時だって、局長が入院なんてしなければ…… 」


「とにかく。こちらから攻撃すれば大きな禍根が残る」

「攻撃しなければ? 」

「拿捕されて……後は……私は精々殺される程度で済むだろうが、君達エスパーは違う。モルモットになるのは確実だな…… 」



『万事窮すか…… 』



「チキショー!。こんなの何にも無かった事にできれば…… 」

「何にも無かった事に……?! 伊藤君! それだっ! 」

谷崎の瞳に輝きが戻った。


「何も無かった事にする。金子君。君のもう一つの力を使って。そう。君のヒュプノ能力を使う! 」

「でも主任。ヒュプノに関しては私。訓練では一度しか発現できたことないんですよ。それだって……」

「普段、暴走しているのは主にそっちのチカラの方だろう。むしろそっちのチカラこそ君本来の魅力だ」

「でも私、さっきだって何もできなかった」

「君は自分に出来ることを精一杯やってくれた。君がリミッターを解除して追いかけたから、こうして誘拐事件も解決できたんだ」

「そうよ蘭子! あんたこの船追いかけて、いったい何回テレポート繰り返したのよ? GPSでロストした地点とこの船の速力から考えて……はじめての連続テレポートで軽く100回以上やってるのよ? 彼なんて、今朝出勤するのにたった3回の連続テレポートでもうぐったりしてたんだから。まぁ一回の持続時か……ゲフンゲフン。移動距離はあいつにしては頑張った方だけど」


「木下君? いったい何の話だい? ESPの私的利用は堅……」

「主任やナオミちゃんだって、さっきみたいに……」

「あれはコミュニケーションだから良いのだよ」


何が良くて何が悪いのか良くわからないが……まぁ良いのだろう。


「でも……私のヒュプノは他人の心を支配する悪魔のチカラです。私、こんなチカラは使いたくない。だって私は人間でいたいから! 悪魔になんてなりたくない」


「大丈夫。君のそのチカラ。きっと神様がくれたとっても素敵なチカラなんだよ。

 女性は皆、素敵な魔法使いなんだ。

 そして男も女も、皆その素敵な魔法に掛かって大人になっていく」


そう言った谷崎のその瞳は、慈しみに満ちていた――――


「折角授かった素敵なそのチカラ。本当に必要なとき、それを使うのを躊躇ってはいけない。大丈夫。きっと巧くやれるはずだ。君のその魅力。やつらに見せ付けてやりたまえ」


『主任は私のチカラの事を……違う。私の事を信頼してくれてる。きっとこれは私と仲間達との絆―――また涙が出てきた。でも……もう泣かない。だって私はわかったから…… 』


「了解しました! 金子蘭子2曹、これよりヒュプノ能力を解放して退路を確保します」

「いい顔だ。よろしい。敵は全方位、こちらも全方位にヒュプノ能力を解放する。敵がひるんだ隙に全速力で領海内まで後退する。流石に領海内まではやつらも追ってこれないはずだ! 」

「木下君。君はクレヤボヤンスで敵の状態をモニターしたまえ。ナオミは上空で対戦闘防御。そして伊藤君。君には操船をお願いする……」


「「「「了解!!!」」」




「エンジンスロー!微速前進」

ジーゼルエンジンの心地良い音が響く。

「面舵一杯。船速そのまま」

 谷崎が順番に指示をだしていく。




「ゆくぞ!金子君。準備はいいな! 」



「はい! 」

 谷崎は携帯天高く突き上げ、高らかに宣言する!!



   バベルブリッジオペレーター 金子蘭子!



   コードネーム 【ブルー ・ スカイ ・ サファイア蒼天の青玉



      <<<解禁!>>>




 谷崎の叫びが響き渡る。


『大丈夫。これは悪魔のチカラなんかじゃない。

 皆との絆。

 そして―――母さんがくれたチカラ

 皆に愛された。母さんが持ってた魅惑。そのチカラ…… 』




      「  魅惑True Love発動!! 」





 蘭子の瞳に光が灯った。

 それは蒼い光。

 それはキラキラと輝くやさしい光。

 そしてそれは

 ――――――未来に続く希望の光。


 瞳に灯した蒼い光は蘭子の全身を覆いつくした。

 刹那。全ての光が消える。

 そして――――――蒼い光が爆発した。

 そして爆発した蒼い光は海面を漂う霧となってどこまでも広がっていく。



 ――――――どこまでも広く

 ――――――空と海の間に


 キラキラと蒼く輝くその霧が水平線まで覆い尽くしたとき。


 ――――――空と海とが一つになった。




 突然、捕縛した普通の人々が大声で騒ぎ出した。ある者は蘭子の名前を連呼し、またある者は愛だ恋だと叫びだす。その叫びはさらに大きくなり、完全に常軌を逸している。


「ちょ……ちょっと谷崎主任。こいつら突然……一体どうなったんですか? 」

「これが金子君の本当のチカラ。 魅惑ヒュプノの能力……」


「金子君が自分の理想の相手に見える力なのだよ! その影響範囲内に居さえすれば、直接姿が見えなくても―――皆、金子君の恋の虜になってしまう」

「それって困った事になりませんか? 」

「心配するな。一時的に操作しているだけだ。この事はすぐに忘れてしまうから安心したまえ」

 洋輔は少しだけ安心した。

「木下君。敵艦の様子はどうだ! 」

「大丈夫です。敵兵、全て魅惑の影響下に入りました」

「よろしい。伊藤君。全速前進。一気に突破するぞ!」


「了解!」



 船は船団の切れ目に向かって突進する。敵の防衛線を突破したころ、それまで冷静に状況を分析していた谷崎の様子がおかしくなった……

「………………ところで……金子クン。君は何て素敵な女性なんだ! 何で私は今まで気がつかなかったんだ! 君こそ僕の理想の女性!! カモ〜ン! 蘭子! カムヒヤ〜 さあ! 僕の胸に飛び込んでおいで! 」


「何血迷って他の女に手を出しとるか!このくされ一郎っ!!!」

 上空で待機していたナオミが一気に急降下。
 谷崎の煩悩の御印。……そこをPKで1発で狙いすまして。
 そして一気に間合いを詰めて―――船板が人型に凹んでいく……

 そして、いつまでも騒ぐ捕縛した普通の人々の意識も再び刈り取っていく。

「ナオミちゃんいろいろ酷っ! そして何気に大胆発言?! 」


「ほんとにこのまま逃げ切れるんですか?! えっと……亜由美さん」

 必死にスロットルを絞りながらも、洋輔の不安は払拭されない。

「大丈夫みたいよ! ははっ あいつら手旗信号振ってるよ。 国際ルールのやつで。 え〜っと 読んであげる」



【L・O・V・E  L・O・V・E・L・Y  R・A・N・K・O】



「凄いよあいつら、一糸乱れぬ動きってああいうの言うんだね?! 何ヶ月もこれ訓練したみたいにやってるよ!もう大丈夫。ここまで影響受けたらあと1時間位はああして遊んでてくれるわよ」

「蘭子!もう大丈夫だってよ! 」

洋輔はブリッジから顔をだし、蘭子の労を……

「もう。大丈夫なんだね。 よかっ……」

 蘭子はそのままへたり込む。

「蘭子! 蘭子っ! 亜由美さん。ちょっと操船替わってください」

 強引に操船を押し付け駆け寄った洋輔は、蘭子を抱き寄せる。

「ちょっと疲れたみたい。 少し休むね。 洋ちゃん……愛し…… 」

その後、規則正しい呼吸が聞こえてきた……

「寝ちゃったみたいです」

「あんだけ広範囲にヒュプノ全開したんだからね! 無理ないわよ!! 」

ブリッジから顔を出した亜由美が叫ぶ。

「皆助かりましたね。蘭子さんのお陰で」

コミュニケーションの向こう側の、ESP私的利用を終えたナオミが戻ってきた。


『ところで俺、こんなに近くにいて何で谷崎主任みたいにその影響を受けないんだろう…… 』












 まずは人参を千切りに、生の鶏モモ肉を牛刀でこま切れにする。こんにゃくはスプーンを使ってひと口大に千切っていく。お肉と人参、こんにゃくを油で炒め、そこに今日絞ったばかりのおからを入れる。軽く炒めると砂糖とお醤油を各適量。そして煮干で取った出し汁を少しづつを加えながら炒め煮にする。最後にみりんをひとまわし。
コレが母さんのやり方……

え〜っと。後は……


 身繕いをすまして居間に向かう。
 父さんは真剣な顔をして新聞を読んでいた。

「そろそろ帰るから……」

 父は私の顔もみないで生返事をしてくる。

「父さん。ごはん冷蔵庫に入れておいたから」

「卯の花、大きなお皿に入ってるから食べる分だけ小皿に分けてチンしてね。ラップはちゃんとするんだよ」

「あと、キスの一夜干し、冷凍庫に入ってるから焼いて食べてね」

「……怪我。ちゃんと直るまで無理しないでね」

「洗濯も掃除も、まめにやるんだよ」

「お正月はわからないけど……来年のお盆にはまた帰って来れると思うから……」

「ちゃんと力を使えるようにトレーニングも頑張るから」

「じゃぁ行ってきます。元気でね。父さん」


「あぁ」
父は不機嫌そうにずっと新聞を読んでた。


玄関の引き戸を開ける前にもう一度同じ事を言ってみる。

「じゃぁ行ってきます。元気でね。父さん」

「あぁ」

ガラガラっ……

「無理するんじゃねぇぞ……」

「うん。父さんもね 」




 細い町道を、キャスターバックを引きずって歩く。左の肩には涼しげなカゴバック。

港を横手に見ながらしばらく歩き、お豆腐屋さんの角を曲がって国道から一本隔てた町道に出る。しばらく歩くと駅が見えた。

 切符を買う為に窓口から駅員を呼ぶ。あの駅員が出てきた。駅員は小さな窓越しに、私の頭のてっぺんから足のつま先までをじっくり見つめる……
 蘭子は切符を貰うとゆっくりとホームに出た。

 誰もいないホームに洋輔が1人ベンチに座って待っていた。蘭子は黙って洋輔の隣に座る。


「……いつ頃帰ってこれるんだ? 」

「来年のお盆には……」

「そうじゃ無くて」

「わからない。これから沢山トレーニング受けないと…… 」

「でもあの時、お前あんな凄いこと出来ただろ? 案外すぐにコントロ…… 」

「すぐには無理だと思う……新しいリミッターのお陰で、漏れちゃうのは大分無くなったみたいだけど。昨日の夜中にね、こっそりリミッター外したの。亜由美が定時確認の時間教えてくれたから……でもテレポート出来なかった」

「そっか。あの時はやっぱり特別だったんだな……でもなんで夜中に練習してんだよ? 」

「だって、父さんが玄関脇の居間で寝ちゃってちっとも動かないんだもん。退院してからずっと―――」

「だから何でそれとテレポートと関係があるんだって……ごめん。ありがとう」


「じゃぁテレポート出来るようになったらいつでも会えるな! お前がぴゅ〜って飛んできて……」

「何よそれ? 彼女は向かえに行くのが、彼氏のステータスでしょ!? 」



「親父さん。具合どうなんだ? 」

「ピンピンしてる。来週には船出すって」

「でも船もあんなになっちまって……」

「それがね、今朝早くにバベルの技術スタッフが大勢来たの。非番の連中でハイエースで乗り付けてね。あっという間に直して帰ってっちゃった。『自分達は出来ることを最大限にやるだけです! 』だって」

「何だそいつら?まさかお前に気があるんじゃ……」

「そんなんじゃ無いわよ。今日来てくれた人達ってヘリコプター担当のスタッフだもん。私は潜水艦の担当だから全然知らない人達」

「はぁ? お前、潜水艦なんか何するんだよ!? 」

「運用のサポート……っていうか、私と亜由美で全部操縦するんだよ」

「何だかバベルの人達ってやっぱり凄いんだな……エスパーもノーマルも。もちろんお前も…… 」


「俺さ。来週から道場通うことにしたんだ……やられっぱなしじゃ悔しいからな。あのおっさん。いつか絶対ブン投げてやる」

「……うん。楽しみに待ってる」




「ねぇ憶えてる? 」

「あの時喧嘩した理由か? 」

「そ。決着つかないから釣りで勝負だ!なんてね!? 」


「『あの入道雲。夏が終わったら何処に行くんだろ? 』って」


「俺は―――また次の夏が来るまでどこかでじっと待ってるんだ!って言った」

「私は―――世界中の夏を探して、ずっと旅していくんだ!って言った」

「結構ロマンチストだったね。私達……」

「って言うか厨2病じゃねぇか? 高校生にもなって……」

2人はくすっと笑った。



「そうだ。洋輔に渡すものがあるんだ……」

蘭子はそう言って、用意していたものをカゴバックから取り出す。

「それって前、薬指にはめてた……」

「うん。洋輔の指には合わないから……」

蘭子はリミッターにフィガロのシルバーチェーンを通して洋輔の首に手をまわす。

「うん。似合ってる」


「洋輔のリミッターも、そのうちバベルから送られてくるけどね。コレ洋輔に持ってて欲しい。いろいろあったけど、私をこれまでずっと守ってくれた大切な物だから」


「あっ……あのさ。俺もお前に渡すものがあるんだ。ちょっと早いけど誕生日のプレゼント」

洋輔は小さな小箱を蘭子に渡す。

「開けていい?」

「あぁ」

蘭子が箱を開ける。ピンクゴールドの台座に小さな蒼い石が付いた指輪。そして後から足した物なのか、ピンクゴールドの細いチェーンが添えられている。

「綺麗……これサファイア? 」

「お前の誕生石だろ。たまたま店で目に留まったんだ……お前と同じ色だったから。一応何かの3ヶ月分だ……でもまだ早いんだよ俺達。だから首にでもぶら下げてくれ」

「うん。大事にするね……」


カンカン カンカン カンカン
単線の小さな踏切が鳴る。


「もうすぐ電車来るな」

「ねぇ。私にもチェーン付けて…… 」

洋輔は、蘭子の正面から抱きしめるようにチェーンを繋いだ。

「もう一度近くでみていいか? 」

蘭子が黙って頷くと、洋輔はそっと眼鏡を外した。

本物の2つの青玉は、小さな石よりもずっとずっと輝いていた。

『そっか。俺……もともと蘭子に惚れてたからあの魔法……効かなかったんだ』

そして蘭子は瞳を閉じた。



『上り電車発車します』


電車はゆっくりと走り出した。

電車は空と海の間の一本道を走っていった。

走りゆく電車は空と海の間に吸い込まれ見えなくなった。


蒼い空と蒼い海。そして大きな雲が見える。


大きな雲が浮かぶその空は、何処までも蒼く澄んでいた。


その空の色は





     ――――――――――― 蒼天の青玉












―――――― 【夏企画】絶対可憐オペレーターズ 蒼天の@@ FIN ――――――

長いお話を最後までお付きあい頂きありがとうございました。
普段あれ気なものしか書かないんですが、これも一重に、彼女の魅惑のチカラに掛かってしまったというTYACでございます。
アニメ限定キャラを私なりに拡大解釈し、あれこれと妄想を膨らませて書き上げたのですが、皆様お口に合いましたでしょうか?少しでもお楽しみいただけることを願って止みません。

この話をまとめるにあたって、試し読みなどUGさんから暖かい御支援賜りました。この場を借りまして御礼申し上げます。




と。前編までを書き上げたのが1週間前の8/20でした。
そして運命の8/21放送(関東地方)にやられました。

まずは彼女の名前が『金子蘭子』と判明したこと。これは喜ばしいことです。はい。
そして『彼女のプロフィール』が放送されてしまったこと……
かなり凹みましたです。九具津君。良い仕事しすぎです。御丁寧に誕生日と誕生石まで……
これじゃ青玉になれないじゃん(汗
そして終いには博多弁……_| ̄|○(敗北感

さらに賢木センセーが……_| ̄|○(もはや失恋にも似た感情
いずれ賢木センセーが幸せ一杯に包まれる、ほのぼの&ラブな御噺を書こう。そう決意した次第です。

ちなみにこれらの事実を目の当たりにしたとき、マ○オさんのビックリポーズになってしまったのは言うまでもありません。

ではでは。

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