【夏企画SS】花火と夏の思い出を(後編)(改訂版)


投稿者名:長岐栄
投稿日時:(06/10/26)

「ヨ……コ……シ……マ……」

 少女の唇がかすかに動いていた。

「さぁ、こいつをぶっ飛ばしちまうだぎゃっ!!」

 コンプレックスは声も高らかに宣言した。

「ルシオラ」

 苦しげに、かつての恋人の名を呼びかける。

 横島とルシオラの間で、一瞬視線が交錯する。

 スッ

 ルシオラは不意にきびすを返し、首をかしげていた。

「ねぇ、ちょっと♪」

 コンプレックスに微笑みかける。

「ん? 何だぎゃ?」

 タンッ

 地面を蹴ったその身体が華麗に宙を舞い。

「ふざけんじゃないわよっ!!」

 ボグォッ!!

「ゲブラバァッ!!」

 鈍い打撃音と共に抉り込むようなフックがコンプレックスの顔面で弾ける。

 グワシャァァァァァァアァァァァァっ!!

 コンプレックスの巨体が勢い良く数メートル吹っ飛んだ。

「「「「へっ?」」」」

 思わず、横島、おキヌ、銀一、夏子の4名の声がハモる。

 あらゆる衝撃とともに、夜の東京タワーだった周囲の風景が元の高校の屋上に戻る。

 既に太陽は夕陽に変わろうとしていた。

 その紅に染まる情景の中で、鬼が居た。

「冗談は、その不細工極まりない顔だけにしときなさいよっ!!」

 こめかみにでっかい青筋貼り付けたルシオラが、紅蓮の炎を背負い仁王立ちし、吊り上った目でコンプレックスを睨み下ろしている。

「なななななっ、何するだぎゃっ!?」

 ムクッと起き上がり、顔面をさすりながらも半泣きで問わずにいられない。

「何する? そりゃこっちのセリフよっ! 黙って聞いてたら、言うに事欠いて、『私のヨコシマ』を、『ぶっ飛ばせ』ですってっ!?」

 柳眉を逆立てて、全身をワナワナと震わせている。

「ル、ルシオラ?」

 唖然としたまま横島はその姿を見つめていた。

「なななななっ、何でおみゃーはおでの支配が効いて無いだぎゃっげばっ!?」

 半身を起こしたコンプレックスの顔面に、ルシオラは鉄拳を再度叩き込む。

「仮にもアシュ様直属だった私がおまえみたいな下等妖怪の言うことをっ、聞・く・わ・きゃ・無・い・で・しょ・お・がぁぁぁぁっ!!」

 更にもう一発鈍い音を立てて拳が突き刺さる。

 そもそも彼女は自らの創造主であるアシュ様こと、魔界の魔王が一柱アシュタロスにさえ背いて見せた実績まである。

 その原因は横島だったことは当時の関係者なら誰もが知っている。

 いくら進化したといっても夏の陰気をすすって生まれた下等妖怪コンプレックスごときが支配できるわけがない。

「このクサレ妖怪ぃっ!!」

 ドゲシィィィィッ!!

「ギャバァァァァァァァッ!!」

 強烈なヤクザキックが炸裂して、仰向けに吹っ飛ぶコンプレックス。

 更に続くストンピング、ストンピング、ストンピング(エンドレス)

 ゲシゲシゲシゲシゲシゲシっ!!

「はぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「このっこのっこのっこのっこのぉぉぉぉぉっ!! よくもっよくもヨコシマの事を虐めてくれたわねぇぇぇぇっ!!」

「ぎゃぁぁぁぁ、ごべんなざ、はぶっ!! 許し、へぶっ!! おでがいしばっ、ギャブゥッ!!」

 ボキグシャメキボコガキャゴキュメキャバキっ!!

「ごべんばざい、ごべんばざいっ! 生ばれでびでごべんばざいっ」

 どうしようもなく涙を誘う叫びと、途切れない連続殴打音がどこまでも続いていく。


「え〜と? 知り合い?」

 顔に縦線入ったままの夏子の問いかけに答えられる気力を持った勇者はいなかった。

 妖怪コンプレックス、最大の敗因は利用するべきものを間違えた。ということだろう。きっと、多分……

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 とりあえず、コンプレックスが屋上の片隅でボロクズの生ごみになっていた。

 ルシオラがクルリと振り返る。

 その瞳には涙が溢れそうになっている。

「ヨコシマっ!!」

 輝かんばかりの笑顔で横島に飛びついていた。

「会えたっ、ヨコシマに会えたっ」

 しゃくりあげながら、ルシオラは横島の胸に顔をうずめる。

 その様子を、おキヌと夏子は少し複雑そうに見ているしかできない。

「ルシオラ、本当に、本当にお前なのか?」

 半ば呆然としたままルシオラを抱きとめていた。

 目頭が熱くなる。もう逢えるはずがないと心のどこかで分かっていた。

 彼女は瞳に涙を溜めたまま、ゆっくりと左右に首を振る。

「残念だけど違うわ」

 うつむいて、悲しげな声だった。

「私はお前の霊基に残ったルシオラの霊基を核にして、あの妖怪が作り出したまがい物の残渣に過ぎないの」

 しかし、その憂いを含んだ表情は、横島の記憶にあるルシオラそのものだった。

『ルシオラ』

「その証拠に、ほら」

 横島に自分の手を見せる。その腕は徐々にブレ始めていた。認めざるを得ない。

 無理に作られたいびつな存在である事を、認めるしかない。

「だから、魔物の亡霊のそのまた亡霊かしら、それは自分でも分かってる、でも」

 再びその頬を涙が伝っていた。そして、その雫が弾ける。

「どんな形でもおまえに会えて嬉しいのっ」

『そうだよ』

「やっぱりお前はルシオラだよ」

 横島は優しく微笑んでいた。

「ヨコシマっ」

「ごめんな、俺のために」

 何の事を指していたのだろう。ただ、横島の口を突いて出たのは謝罪だった。

 ルシオラは小さく首を左右に振った。

「私は十分満足していたわ」

 ルシオラは微笑む。

「もう、時間、無さそう」

「そうか、じゃぁ」

「えぇ、生まれ変わった時かしら」

「そうだな」

「ヨコシマ、私ね」

 パシィッ

 何かがはじける音が聞こえた。

「あ」

 横島の体がまっすぐ崩れ、その身体を蛍の少女が抱きとめる。

 ルシオラの右手が横島の後頭部に触れていた。

「え?」

 横島を含めて、周囲は一瞬何が起こったかが分からない。

 ただ、間違いないのは、横島が昏倒したのはルシオラの仕業だということだけだ。

「あ、あんた、いきなりなにすんねんっ!!」

 金縛りから解けて、思わず夏子が詰め寄りそうになる。

「何って? 私はヨコシマを連れて行きたいだけよ」

 横島を抱きとめたまま、ルシオラは答えていた。

「せやかて、もうすぐ消えるて」

「そうよ、だから『連れて行く』の」

 淡々と答える。最後は少し狂気の色に微笑んで見せた。

 ゾクッ

 夏子の背筋に冷たいものが走った。

「こ、このアマ」

「文句があるみたいね。どうするって言うのかしら?」

 ギリッ

『さっき、横島がくれた文珠「爆」が残ってる。コレ使ったら何とかならんか?』

 必死に考える。

 その間にも夏子とルシオラ、二人の間に緊張感が高まっていく。

「ルシオラさん、お芝居はそのくらいにしたらどうですか?」

 おキヌは困ったような顔であっさりと言った。

「「「っ!?」」」

 残る3人が驚愕を露にする。

「どういう意味かしら?」

 ルシオラが意味を図りかねたように問いかける。

「ルシオラさんが横島さんを傷つけるわけがありません。目的は分かりませんけど、わざと悪役の振りして何か確認してる。そういう事ですよね?」

「お、おキヌちゃん、その女のことまだっ」

 夏子は動転したままの声で思わずさえぎる。

「大丈夫ですよ。だって、彼女はルシオラさんですから横島さんに絶対に危害を加えっこありません」

 余裕の笑顔で至極あっさりと返す。

「いや、さっき、自分で言うてたで『まがい物』てっ」

「でも、横島さんはルシオラさんって認めました」

「私がさっきの妖怪とか悪霊の影響受けてるとか考えないのかしら?」

「だったら、横島さんが気づいてます」

 自信たっぷりの笑顔でおキヌが答える。

「ヨコシマが騙されたとかは」

「ルシオラさん!」

 おキヌには珍しい怒ったように荒い声だった。

「横島さんがルシオラさんのことを間違えるわけありませんよ!」

 実際、横島がルシオラを誤認することはないのだ。

 この場にいる人間は知らないが、横島はルシオラと基本霊気が同じ妹のベスパの変化でさえも、一見しただけで看破した事がある。

 ましてや、今回はコンプレックスが不純物を使って生み出した存在だ。

 根本的にルシオラでなければ、横島がルシオラと認めるわけがないのだ。

 だが、ベスパの一件を知らないおキヌが信じたのは何故か?

 しばし、ルシオラとおキヌは見合って、ルシオラは天を仰ぐ。

「はぁっ、もぉ、おキヌちゃんには敵わないわね」

 言いながら肩で大きくため息をついていた。

「横島さんとは長い付き合いですから」

 おキヌも小首をかしげて相好を崩す。

 かつて幽霊時代、横島は不良少女に憑依していたおキヌをあっさり見抜いてしまった。

 何の根拠もない。ただ魂だけが同一の存在を見抜いたのだ。

『あの横島さんが、ルシオラさんを間違うはずありません』

 自分が大切に想っている横島という少年を信じただけのことだった。

「結局、どういうことだったんですか?」

「んー、結局、私は横島と結ばれることは無いでしょ。ホントに残念だけど」

 苦笑しながらおキヌを見つめる。

 『ルシオラ』本人として横島の恋人になることは叶わない。おそらくは横島の子供として転生することになる。

「でも、それならそれで、ヨコシマの隣にいる資格のある人を、その、ね」

「試したかったって事ですね?」

 率直な指摘に、素直に頭を垂れる。

「ごめんなさい。本当は私に立ち向かってきてくれたら、それで十分だったわ」

 ルシオラは苦笑する。

「でも、おキヌちゃんには完璧に負けちゃったわね。心底ヨコシマを信じてるんですもの、妄信じゃなくて、裏打ちされた自信で」

 少し悔しそうだった。

「あんた、そないなことのために」

 夏子は呆れたように表情を引きつらせていた。

「ごめんなさい。でも、私にとってヨコシマは全てだったの。だから、ヨコシマのためなら何も惜しくないわ」

 そして、少しだけ躊躇いがちに続けていく。

「それと夏子さんに対して、ちょっと悔しかったから」

「く、悔しいて?」

 予想外な言葉をぶつけられて夏子も思わず狼狽する。

「私の初恋はヨコシマだったけど、横島にとっての初恋は、夏子さんだったから」

 ボッ

 夏子の顔が一瞬にして真っ赤に染まる。

「な、ななな、いきなり何言うてんのっ!?」

「だって、今の私ってあの妖怪が奪った霊力受け継いでるのよ。だから、横島の思い出もちょっとだけ、ね」

 ペロッと小さく舌を出す。

「屋上のあのシーンだけどヨコシマの初恋(失恋)ってページ名つけてたわよ。あのクサレ妖怪」

 後ろのほうに転がっているでっかい生ゴミを指差しながら剣呑な笑みを浮かべていた。

 ふっと表情を緩めて、

「その様子だと両思いだったみたい、ね。今更だけど、妬けちゃうわ」

「ぅっ」

「夏子、ホンマのこと言うたったらえぇんちゃうか? 横っち絶対誤解しとるで、今回の同窓会開催かて本音は横っちに会う口実なんやろ?」

 横で銀一も苦笑しながら、促していた。

「う、うっさいわっ。ったく、全部このニブチンが悪いねんっ」

 気絶したままの横島のおデコを手のひらでパシッと叩いて、夏子は頬をプゥッと膨らませる。

「まったく、うちが好きやったんは銀一やのうて、お前やねんで横島っ、あんなトコで変な誤解すんやないわっ」

 顔を真っ赤に染めたまま、一気に搾り出すように言う。

「起きとるときに言うたれよ」

 そんな夏子に、銀一が名状しがたい表情でツッこんでいた。

「そ、そんなん恥ずかしいて、よお言わんわっ」

 真っ赤な顔で言い返す夏子の瞳は少しばかり潤んでいた。

 初々しいというかなんと言うか、普段の勝気さが脆く崩れてしまっている。

「それにしても、どうして私たち二人なんですか?」

「ん? 横島にとっては可能性が高そうだったもの」

 おキヌの問いかけにルシオラが苦笑する。

「1000年待ってた人が優先権を主張してるけど、なんかヨコシマの幸せを考えたら、二人にがんばって欲しいし」

 結構切実な表情だった。

 誰の事を指しているかは想像がついたので、おキヌも流石にコメントに困って苦笑いするしかなかった。

「なぁ、ルシオラさん。横っち、いつになったら目ぇ覚ますんや?」

 伺うように銀一が問いかけてくる。

「あ、そうね。ヨコシマを気付けするわ」

 間もなく陽は沈み始めようとしていた。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

「ん、あぁ、え?」

 横島は目を覚ますと半身を起こして慌てて周囲を見回す。

「え、あれ? 夏子?」

 真っ先に見つけたのは夏子だった。

「あれ?」

 真っ赤な顔で心配そうに見下ろす夏子に、面食らっていた。

「ようやく起きたんかアホ」

 ぶっきらぼうな、照れ隠しの言葉だ。

「い、いきなりご挨拶だな」

「よ、えぇ夢は見られたか?」

 銀一がニヤニヤ笑いながら見下ろしている。

「どーゆーイヤミだよ」

 そして、隣を見る。

「ルシオラ」

 傍には、かつての恋人。彼女は腰を下ろして肩をおキヌに支えられていた。

「ヨコシマ、見て」

 言いながら空を見上げる。

「あ」

 朱に染まる空、思い出を司る赤い世界だ。

 ほんのひと時の幻想的な風景。埋め尽くすセミの声を忘れそれに目を奪われる。

「夕焼け、だな」

「綺麗ね」

「そうだな」

「ヨコシマ、あまり気に病まないでね」

「何をだよ?」

「そのうち私はおまえの元に生まれ変わるわ。だって私の帰る場所はお前のところだもの。だから、今はそろそろいくね」

「あぁ」

 ルシオラの別れの言葉に横島は短く返す。

「ただそれまでは、ときどきでいいから思い出してね。私みたいな女の子がいたってこと」

 涙をかすかに浮かべたまま微笑んだ。

「忘れるわけがねぇだろ、お前のこと」

 言いながら名状しがたい表情の横島を見て、ルシオラはただ微笑んだ。

「おキヌちゃん、お願い。私の身体を繕ってる人たちを導いてあげて、私自身も」

「はい」

 ルシオラの言葉に従って、おキヌはネクロマンサーの笛に唇を添える。

 ピュリリリリリリリリリリリリリリリリリッ

 おキヌの想いが、霊気が、笛に命を吹き込み、ひと際澄んだ音を奏で出した。

『帰りましょう悲しみの無い世界へ、そして、待ちましょう望まれた姿で生まれ変われるその日まで一緒に』

 遠く風に乗って、この場に集まった霊たちの魂を癒していく。

 ピュリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ

 込められた想いに触れて、ルシオラは思わず涙ぐみそうになる。

「おキヌちゃん、夏子さん、ヨコシマのことお願い。ヨコシマ、またね」

 瞳を閉じて、ルシオラの全身が光を放つ。その姿は徐々に薄くぼやけて、散り散りの光となって空に帰っていく。

 コンプレックスの身体からも、多くの光が立ち上って、壮大な花火のように、解放された魂たちが天に昇っていく。

「あっ」

 不意に横島が自分の体にしがみつく存在に気づいた。

 薄く輝く蛍が、横島の身体にしがみついて、吸い込まれていった。

「そっか、一緒に待とうな」

 労わるような小さな微笑だった。

「終わったんですね」

 おキヌが笛から唇を離し、呟く。

「あぁ、終わったな」

 横島の吐息のような言葉が今回の除霊の完了を示していた。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

「ここが会場やで」

 ようやく安心できたのか、夏子はいつものペースを取り戻していた。

「どない? ええ場所やろ?」

 振り返って夏子は自慢げに両手を広げる。

「こないな特等席で12万発の花火見られるなんてそうそう無いで♪」

「確かになぁ、こりゃ夏子に感謝だな」

 思わず横島も同意していた。

 その声を聞いた夏子の後姿がピクッと震える。

「ん? どうした?」

「な、なんでもあらへんっ」

 なんと言うこともなく、意味不明に慌てた声が背中越しに返っていた。

 耳が赤いことに横島は気づかなかったようだ。

「ホンマや、こら、えぇ場所や。あの塔もよぉ見えよる」

 銀一も納得の太鼓判を押す。

「こっから歩いて5分から10分ってとこや、間に変な建物ないし、よぉ見えるで」

 夏子が振り返ってニパッと笑う。

「ホンマ毎年ここを立ち入り禁止するんやからもったいない話やわ」

「立ち入り禁止? なんだそりゃ」

 横島が首をひねる。

「言葉どおりや。昼過ぎからもう、校内に人が入れんようになるねん。混乱招く言うてな」

 いささか憮然とした表情で夏子は語る。

「全くアホやで、この辺府立高校が3つもあんねんで、こんな感じで花火の見れる一等地が、閉鎖するくらいやったら入場料とって入れたったえぇねんっ」。

 拳を握って夏子が持論を展開する。

 横島と銀一が思いっきり引いていた。

「なぁ、横っち」

「なんだ銀ちゃん?」

「俺が美神さん思い出したんは気のせいか?」

「奇遇だな、俺もだよ」

 男二人が微妙なコメントを述べ合ってる風景をおキヌは苦笑して眺めていた。

「さて、そろそろ集合時間も迫ってきてるし、生徒会室からの荷運び手伝ってやっ」

 夏子はまたニパッと笑顔を浮かべた。

 なんだか横島も銀一もその笑顔に浮かされそうな気分になってしまっていた。

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 そして、同窓会という名の宴は始まる。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 ドーンッ ドーンッ ドーンッ

 次々と打ちあがる花火たち、他の花火大会とは連発振りの桁が違う。

 次々と打ちあがり、空を光の花で埋め尽くしていく。

「横島、楽しんでるか?」

 すぐ横に夏子がやってきていた。

「え? あ、あぁ」

 横島はなんとなく違和感を感じている。

「これ、持って来たったで、あ、ゆっくり飲みや。それがなくなりそうやからってあんたのためにとって来たったわけや無いからなっ、ちょっと取りすぎただけやからな」

 横島は何も言って無いのに誤魔化すように真っ赤になって走り去っていった。

 なんと言えばいいのだろうか? 妙に夏子の笑顔が柔らかいというか、なんと言うか可愛らしいというか。

 いつもなら憎まれ口の一つも叩くのに、先ほど横島が目を覚ましてからというものほとんど毒舌は発揮されていない。

 たまにイヤミっぽいことも言われるが、昼間のような棘が無い。

 むしろ、恥じらいらしいものが多分に感じられる。

「何があったんだ?」

 銀一にも聞いてみたが答えてくれなかった。

『聞きたいんやったら夏子から聞け、俺は知らん』

 その一点張りだった。

 現在、銀一は向こうの方で旧友たち(女子)に囲まれて大変なことになっている。

 さすがにかつてのモテキングで現役アイドルとなるとフェロモンも強力だろう。

 屋上では思い思いの場所で皆が花火を楽しんでいた。

 もっとも始まる前に横島がバイト先の女の子を連れてきているとなって一時騒然となっていた。

 予想通りというかなんと言うか、おキヌを見て「ずっと前から愛してましたぁっ!」とのたまう勇者がいたようだ。

 しかし、他の女子によって一斗缶でツッコミを喰らい気持ちいい音を響かせ撃ち落とされたのは愉快な物語である。

 そんなことを思い返しつつも夏子がくれたジンジャーエールで喉を潤す。

 甘い味が口いっぱいに広がっていった。

「綺麗ですね」

 おキヌから感嘆の声が漏れる。いつの間にか傍にいたらしい。

「あぁ、そうだな」

 柄にも無く横島も花火に魅入られるように夜空を見上げていた。

「あの、横島さん」

 少しもじもじしながら、おキヌは呼びかける。

「ん?」

「私も、横島さんに出会えてよかったです」

 頬を染めて、ささやくように言っていた。

「え?」

「あの、今日の横島さんの言葉が凄く嬉しかったんです」

 耳まで真っ赤にしていた。

「え? あ、あぁ」

 つられて頬が上気していくのが横島にも分かる。

「あ、ナイアガラ」

 不意に誰かの声が聞こえたクライマックスを示す、流れ落ちるような光の乱舞。

 周囲が朱に染まる。あたかも夕陽の中の情景の如く美しく染まる。

「あっ」

 横島の脳裏にフラッシュバックする。

『昼と夜の一瞬の隙間……少しの時間しか見れないからよけい綺麗なのね』

 花火のように鮮烈に輝き、美しい思い出を残したまま逝った蛍の化身の少女。

 今見ているそれは夕陽ではなかったけれど、彼女を鮮烈に思い出した。

「ルシ……」

 思わずこぼれそうになった名前を飲み込む。

 少しだけ、強い忍耐を使ってだった。

 トサッ

「え?」

 不意に横島の肩に誰かがもたれかかった。

「無理は良くないですよ?」

 あくまで花火を見ながら、おキヌはささやいた。

『お見通しか、敵わねぇな、おキヌちゃんには』

「あ、いや、無理はしてないよ。ただ、ちょっとだけ思い出しただけでさ」

「それでいいと思いますよ。きっと喜んでくれてますから」

「ありがとうな、おキヌちゃん」


 花火の夜は更けていく、少年や少女の心に様々な思い出を残して

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 ピリリリリリリリリリリリッ

「ほな、これでお別れやね」

「だな」

 結局、横島に対する夏子の態度が変わった理由については良く分からないままだった。

 4人が初めて顔をあわせた新幹線の駅ホーム。

 今は別れの場所になりつつある。

「横島」

 夏子が呼び止める。

「ん?」

「ちょっと目ぇ、瞑ってや」

「な、何だよ一体」

「えぇから、はよしっ」

「あ、あぁ」

 言われたとおりに目を瞑る。

 チュッ

 頬に柔らかい感触が触れていた。

「え?」


「横島、うちが優しなった理由は、今度会うたら教えたるさかい。また大阪来るんやで」

 恥ずかしそうな上目遣いで夏子は言葉を搾り出していた。

「え? え?」

「さ、横っち、荷物持って席確保するで〜」

 銀一はわけの分からない状態の横島の腕を取って車両の奥へと引きずって行った。こめかみに青筋が浮かんでいたのは気のせいだろう多分。

 そもそもグリーン車なので席を確保する必要など元から無いことを追記しておく。

「もぉっ、夏子さんずるいです」

 おキヌが少し拗ねたように頬を膨らませていた。

「ごめん、ごめんて、やけど、これからしばらく会われへんねんから、この位はハンデとして許してぇな」

「もぉ、今日だけですからね」

 責める瞳はそれほど刺々しくは無くて、お互いふっと相好を崩す。

「それじゃ、また」

 笑顔で手を振る。

「うん、またな」

 背を向けるおキヌ、夏子は一旦その背を見送りかけた。

「あ、そや、おキヌちゃん」

「はい?」

 入り口で振り返る。

「横島のこと、あそこまでよう信じられたな?」

「はい、横島さんは絶対期待を裏切らない人ですから」

 屈託の無い笑顔で答える。

「はぁっ、もぉ敵わんわ」

「何がですか?」

 おキヌが小首をかしげる。

「横島もやけど、あんたも相当ニブチンやな」

 呆れたように首をひねって、軽くため息ついた。

「今回のトコはうちの負けやで、あんた、あいつん事よう分かってるわ。けど、次会う時はうちかて負けへん。浪速の女は負けっぱなしは好かんからな」

 そういって、右手を差し出す。

「あっ」

「ほれ、そっちも手ぇ出し」

「あ、はい」

 グッ

 握り合った手のひらに力がこもっていた。

「次は、絶対負けへんからな」

「わ、私だって負けませんから」

 普段大人しい少女がはっきりと意志を露にしていた。

「じゃ、お互い、ルシオラさんの期待に応えなな」

「はいっ、私、負けませんよ」

 恋する乙女たちの爽やかな夏の宣戦布告だった。

 再び少年と少女たちがまみえるのは、いつになるだろうか?

 それはまた別の物語……







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