【夏企画SS】花火と夏の思い出を(前編)(改訂版)
投稿者名:長岐栄
投稿日時:(06/10/26)
コトン
小さな音を立てて、高級そうな机の上に良く冷えたアイスコーヒーが載せられた。
グラスがほどよく汗かく季節。
世間一般ではそれを夏という。
「とまぁ、そういうわけなんで休ませて欲しいんですが」
クセッ毛を赤バンダナで押さえつけ、上下デニム、ではなくて、珍しくライトグリーンの半そでポロシャツの少年が、ダクダクと冷や汗流していた。ここは毎度おなじみバイト先だ。
「へぇ」
目の前にいる雇い主はデスクの上で苛立たしげに指をトントン叩いている。
亜麻色の長い髪が特徴的な美貌の才女、業界でトップクラスと呼び声も高いゴーストスイーパー美神令子だった。
「あのねぇ、横島クン? この業界がこの時期忙しくなること分かって言ってる?」
こめかみに青筋浮かべた状態では、その美貌も恐怖を助長するエッセンスにしかなっていない。
「あぅ、あぅ、二日ほどでいいんです」
「み、美神さん、横島さんだって都合があるんですし、その分、私が頑張りますから」
横ではさっきまでアイスコーヒーが鎮座していたお盆を抱きしめ、横島同様に冷や汗流すのは涼しげなピンクのキャミソール姿の黒髪美少女が助け舟を出していた。
「あ、ありがとうおキヌちゃんっ」
ギリギリの恐怖体験に救いの女神、横島は隣のバイト仲間の少女を女神でも見るような眼差しで伏し拝まんばかりだ。
「ったくっ、おキヌちゃんにまで言われたんじゃ仕方ないわね。で、いつ何処に行くのよ?」
結局なんだかんだで美神が折れた。
怒っていても全くの分からず屋ということは無い。いささか意地っ張りの気はあるが、根は素直で優しい女性でもある。
普通の人間はその最奥の人柄に気づくことがない。悪辣な表面で評価されてしまう辺りが彼女の損な性分だ。
「その、8月1日に大阪です」
ガタッ
「8月1日の大阪ですって?」
美神は思わず椅子を蹴って立ち上がっていた。
「はい、企画した奴がその日の花火大会を目玉にするって聞かないんすよ」
「ちょっと、あんたそれって12万発の花火がウリのあの花火?」
確かその日は大阪で日本最大級の花火大会があるはずだ。
一応世間ではかなり有名な祭典である。
「は、はい、その花火です」
「はぁ、同窓会に花火ね。でも、それならちょうど良かったわ」
彼女はそういうと再び腰を下ろして、デスクの引き出しから一枚の書類を取り出す。
「へ?」
なんか、非常に見慣れた書類に少年の常人離れした第六感が警鐘を鳴らす。
「ちょうどその日にね、横島クンの行く花火大会絡みの除霊依頼があるのよ♪」
とても、とても晴れやかな笑顔だった。
「はい?」
「もうね、先方の指定が高校生位の男女一組が望ましいとか、えらい条件ついてて、横島クンとおキヌちゃんに行って貰うしか無いなぁって思ってたの」
「あの」
「ホントちょうど良かったじゃない。いいわ、ここはドーンと出張経費で電車賃を出してあげるから行ってらっしゃい大阪に♪」
「いや、あの」
「じゃ、横島クン頑張ってね♪」
その満面の笑顔に、確定的な未来が見える。
「な、何をでせうか?」
もはや聞くことすらむなしくもあった。けれど、横島もささやかに抵抗はしたかった。
「い・や・と・は・言・わ・な・い・わ・よ・ね ?」
−花火と夏の思い出を−
外の景色が強烈な速度でカッ飛んでいく。
そんな走行速度でほとんど揺れないというのは、実に日本の新幹線は優秀であると切に感じる。
「で、おキヌちゃんも来とるっちゅうわけか?」
グラサンかけて、明るい茶色のサラサラ髪を帽子に押し込めた少年が困ったような顔で言葉を搾り出していた。
垢抜けたカジュアルシャツにセンスの良さが光る。
見る人が見ればそのサングラスの下に隠された顔に黄色い悲鳴が上がることだろう。
そこにいるのは横島の幼馴染にしてアイドル役者、近畿剛一こと銀一である。
「言うな銀ちゃん」
隣に座る我らが横島は疲れきった声で昔からの呼び名を搾り出して、あしたのジョーよろしく座席で真っ白に燃え尽きていた。
「あは、あははははは……」
突っ伏した横島の更に隣で冷や汗貼り付けたおキヌが乾いた笑いを浮かべていた。
可愛らしくも派手ではないピンクのワンピースに身を包んでいた。
滅多に乗ることはない。というより横島は乗ったことの無い新幹線のグリーン車だ。
三人がけの座席は、窓際から順に銀一、横島忠夫、氷室キヌと座っている。
「何が悲しゅうて同窓会のついでに除霊しにいかなあかんねん」
「わ、私まで来ちゃって良かったんでしょうか?」
おずおずとおキヌが申し訳なさそうに隣の横島に問いかける。
「いや、おキヌちゃんが居なかったら気が滅入っちまうよ。銀ちゃんと二人だけはキツイ」
「マテや、横っち、俺と二人はそないに嫌かっ?」
「いや、だって、お前男前だし」
「どないな理由やねん!?」
「お前みたいな絶賛モテモテ野郎と思春期以降に仲良うできるかぁっ!」
「ま、まぁまぁ、横島さんも近畿クンも落ちついて」
「あ、おキヌちゃん、ちょぉすまんねんけど」
サングラスの少年は周りをはばかるように声を潜めている。
「はい?」
対するおキヌは小首傾げる。
「そのな、色々面倒やから俺呼ぶ時は『銀一』で頼むわ」
ウィンクしながら、両手合わせてお願いされる。年頃の少女なら一撃必殺だ。
人気アイドル・近畿剛一。ブレイク以来人気は衰えていない。
出世作『踊るゴーストスイーパー』で、銀一が扮していた、横山GSの『大阪府知事と同じ名前やった横山ですっ』のフレーズは中高生を中心に大ブレイク、一時は社会現象にまでなった。
万が一、ここにその本人が居るなどと一般人にバレたら大事になるだろう。
「あ、はい、それじゃ、銀一さん? でいいですか?」
「はっ、さすが人気者様は言う事が違いますなぁ」
嫉妬に満ちた。既に憎悪の領域まで高められた眼光で持って隣の銀一を見据える横島がいる。
「そ、そないなこと言われても」
殺気混じりの声音に思わず銀一も震え上がる。
「横島さん、それはちょっと言いすぎですよ」
メッと軽く責めるような上目遣いが横島のハートにさっくりと突き刺さった。
「うぅぅぅ、おキヌちゃんまで、おキヌちゃんまでぇぇえぇぇぇ」
前の座席のケバをいじくり始めた横島が非常に見ていて切ない。
「え、えっと、それで横島さん達の同窓会に私が行っていいんでしょうか?」
「おキヌちゃんは仕事やろ? なら、堂々としとったらええんやって。俺らかて小学校以来会ってへんさかい」
言いながら銀一は人懐っこい笑顔を浮かべる。これは女性に対しては悩殺技である。
「それにせっかくの花火大会やねんから役得や思て、一緒に楽しんでったらええねん、誰も気にせぇへんて。みんなで楽しかったらそれでえぇんや、大阪人はノリが命やからな」
「はぁ」
今ひとつまだ浮かない顔の美少女はとりあえず置いて、銀一はその隣でケバをむしる旧友に目を向けていた。
「んで、横っち、今回の除霊ってどないな相手なんや?」
軽く身を引きつつも、隣の横島に話を振りなおす。
ドラマとはいえ、GS役をやっていただけにその辺りは気にせずにはいられないようだ。
「ん? あぁ、今回の相手は霊団っていって、単体だったら雑魚もいいとこなんだけど、核になる存在が複数の雑魚霊取り込んで、まぁ、要は合体して強化した存在だよ」
ようやく正気に戻ってきた横島が簡単に噛み砕いて説明する。
「潰しても、潰してもそこらにいる雑魚霊取り込んで再生するからタチ悪いのなんの」
「なんや、えらい大層なやっちゃな」
少し話を聞いているだけでも倒す方法があるのか疑問に思えてくる。
「まぁ、相手が相手だからな。おキヌちゃんは絶対必要なんだよ」
「へぇ? また何でや?」
横島の隣で小さくなって座っている少女をにサングラスの下の目を向ける。
『おキヌちゃんて、そないに強いんか?』
門外漢である銀一には容易に推し量ることはできない。
「おキヌちゃんの能力は霊団に対して相性がいいんだよ」
「霊団と相性のいい能力?」
「おキヌちゃんは世界でも数人しかいない超一流のネクロマンサーなんだ」
その言葉は、単純な霊力が除霊を左右するわけではない事を知っている。傍らに立ってきた経験に裏打ちされた確信的信頼がある。
「悪霊とか未練残した幽霊の気持ちを癒して浄化できるんだ。こと、霊団相手にするのにおキヌちゃんほど頼りになる霊能者はいないんだぜ」
まるで自分のことのように得意満面に横島は語る。
『こういうトコが横っちの株上げてるんやろなぁ』
さりげなく関係ない事を思いつつも、銀一は聞いた内容を消化して何度もうなずいていた。
「なるほどなぁ、そら凄いわ」
素直な感心と共に横島の向こうにいるおキヌを見やっていた。
「そ、そんなことありませんよぉ」
恥ずかしそうにすっかり恐縮してしまっている。憧れの芸能人の感嘆の声、そして、想い人の信頼の言葉が少女の心をくすぐっていた。
「で、今んとこ、その霊団は何故だか学生カップルばっかり狙うんだよ。今でこそ沈静化してるみたいなんだけど」
ため息を一つつく。
「今晩大勢、まぁ、来るだろ。それきっかけに出てくる可能性が高いって事で、大事になる前に」
「横っちとおキヌちゃんの出番て訳か」
聡い銀一がすかさず言葉を継ぐ。
「そ、だから、俺は出張のついでに同窓会に参加しに行くようなもんだわな」
「で、でも、良かったじゃないですか。美神さん電車賃も出してくれましたし」
タタンタタン タタンタタン
列車の走行音がやたら良く聞こえる。
なんというか、切ない沈黙だった。
「おキヌちゃん、同窓会に行くから休みくれって言ったら、ちょうどいいから仕事やって来いと言われる気持ちってどう表現したらいいのかな」
空は無いのに虚空を見上げる横島が涙を誘う。
「え、え〜と」
「まぁ、ホントにせめてもの救いはおキヌちゃんが来てくれたことやなぁ」
改めてしみじみ横島が独白していた。
「えっ?」
予想外の言葉に一瞬目を白黒させて、おキヌは頬を軽く朱に染める。
「まぁ、なんていうかさ。苦手な奴が居るんだよ。癒されないと俺死ぬし」
ぼりぼりと後頭部をかく。
「なんや、横っち、もしかして『夏子』の事か?」
「え?」
銀一の口から出た女性の名前に一瞬おキヌの思考は固まった。
女性に関することで横島が行動を躊躇するというのはあまり無い。
「ん、まぁな」
「横っち、今回のことは夏子が企画してくれてんねんからな」
「わぁってるよ。ただなぁ、なんつーか、あいつ性格きっついからなぁ」
この世で最もきっつい性格をした除霊師の元で働いておいて何を言うのだろうか。
そんなこんなで三人を乗せた新幹線は一路大阪目指して疾走していくのだった。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
『左側のドアが開きます。ご注意ください』
新幹線の車内にはアナウンスが流れて、しばし時が流れる。
ぷしゅ〜、バタン
二時間半の旅を終えた三人は開いた扉をくぐって駅のホームへと降り立つ。
看板に『新大阪』と大書きされた新幹線の駅ホームが三人の足場だった。
「おぉ〜、着いた着いた〜、ふぁ〜あ」
伸びをしながら横島が欠伸を隠そうともしない。
「は〜、ここが大阪なんですね〜」
おキヌはしきりに感心している。周囲を見回して、キオスクのお土産物に興味をそそられていた。
「で、こっからどうすんや? 横っち」
横島ほど露骨ではではないが、軽く伸びをしつつ銀一が問う。
「俺らはここで案内の人と合流して除霊現場直行だよ。つっても目的地は銀ちゃんと同じなんだけどな」
横島も言いながら、困ったように苦笑いする。
「じゃぁ、結局、お互い富田林やな?」
「そーゆーこと」
「やったら、お互い御堂筋線つこて天王寺乗り換えがええやろ?」
「せやな、近鉄に乗り換えんのが手っ取り早いもんな〜」
目的地である除霊現場、つまり、花火大会のある場所は大阪でも南東のほうに位置する。
京都に程近い新大阪から移動するには多少骨といっていいだろう。
しかし、二人のこの辺りに関する地名の受け答えに全くよどみは無い。さすがは元地元民というべきだろう。
「まぁ、クライアントの話だと、ここに案内人が来るんだけど」
と、そこまで言ったところで横島の全身が震える。
ピィィィィィンッ!
不意に横島の第六感にかかるものがあった。
「あれ? もしかして、横島に銀一ちゃう?」
三人の背中から明るい女性の声が聞こえてくる。
思わず一斉に振り返っていた。
そこには、横島たちと同い年くらいで、快活そうなつぶらな瞳を輝かせた少女が居る。
肩口辺りで明るい栗色のポニーテールが風に揺れていた。
印象的なのは彼女の服装だろう。夏休みに入ったこの時期なのに、制服の夏服なのだ。白のブラウス、紺のリボン、そして、紺のブレザースカートが揺れている。
だが、何よりその面立ちに横島と銀一は見覚えがあった。
「お前もしかしてっ」
横島は慄くように身を引いた。
「夏子か!?」
そして、銀一は嬉しそうに身を乗り出した。
「やっぱし、横島と銀一やっ、ひっさしぶりやな〜♪」
少女は元気のいい声と全身で喜びを表していた。
軽い足取りで横島たちのところへ駆け寄ってくる。
明るい笑顔が浮かぶと瞳はいっそう輝きを増していた。
「へぇ〜、この電車で来たんや、偶然やな〜」
「って、お前、何でここに?」
「今日は学校の用事で人迎えにきてんねんよ。そしたら、どっかで見たような変わりないっちゅうか成長の無い人影が今現在目の前に」
「そりゃ、一体どういう意味じゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
思わず絶叫する。
「そんなんうちの口から言わせんといてぇな♪」
コロコロ笑いながら結構えぐい口を叩いている。
「それにしても、あんたらって見事なくらい対照的やなぁ、美形アイドルとお笑い芸人の対比っちゅうか」
二人をまじまじと見て、とても楽しげだった。
「ほっとけっ!!」
横島が思わず声を荒げる。どっちがどっちか確認するのもバカらしい。
「あ、あの〜」
隣で所在無さ気にしていたおキヌが困ったように声をかける。
「ん? お連れさん? えらい可愛い女の子やけど、もしかして銀一の彼女か?」
からかうような夏子の一言でおキヌの顔がボフッと爆発する。
「ち、違いますぅぅぅぅぅ」
両手をわたわたと振って、必死に否定する。
憧れの芸能人とカップル扱いされるのはおキヌとて悪い気はしない。しかし、今は間が悪いというか本命が隣に居ると言うか、微妙な乙女の事情がある。
「ちゃうちゃう、この人は横っちのバイト先の人やで」
パタパタと手を振って、苦笑しながら銀一が訂正する。
「え? あ、あぁ、横島の?」
一瞬、戸惑って、一転ニパッと微笑む。
「えと、うちはこの二人の昔馴染みで『藤井 夏子』言うねん。よろしくな♪」
印象的な笑顔でもって自己紹介する。
「あ、はい、氷室キヌです。よろしくお願いしますね」
柔らかな笑顔を添えたおキヌもペコッと笑顔で頭を下げる。
「けど、横島のバイト先の人て、何でここに来てるん?」
ひとしきり首を傾げてパチクリと目を丸くする。別にイヤミでもなんでもなく当然の疑問だろう。
小学校の同窓会にバイト仲間がくることは異常以外の何物でもない。
「俺、今回は仕事付きなんだよ。同窓会行くから休みくれって言ったら、ちょうど大阪に仕事有るからついでに行って来いってさ。で、おキヌちゃんはその仕事で一緒なんだよ」
「はぁ〜、また、変な事情やね。それにしても、あんたのバイト先て、鬼か? 普通のバイトはちゃんと休ましてくれるやろ?」
冗談めかした軽口が、横島をビクッと震わせる。
『鬼? いや、確かにあの人の日常的な行状を客観的に分析するなら』
横島は思わず頭を抱える。
「その辺はノーコメントだな」
えらく遠い目で呟いていた。
「あ、あはははは……」
横島の微妙なセリフに隣のおキヌも冷や汗流し、乾いた愛想笑いを浮かべるしかない。
「けど、大阪までわざわざ仕事って一体何のバイトしてるん?」
「おぉ、それそれっ、夏子、聞いて驚け。横っち、GSやってんねんぞ」
銀一がさも楽しそうに、彼の現状を紹介する。
「へっ?」
「それも日本でトップクラスや言われてる美神除霊事務所で働いてんねんで」
「え? えぇっ、マヂでっ! ウソやろっ!?」
銀一の言葉に予想以上の反応が返ってきた。
「何じゃその反応はっ、俺がGSだったら、そんなに違和感あるっちゅうんかぁっ!! 『そんな花形仕事は横島じゃない』とか手紙でぬかすかぁっ!?」
「いや、せやなくてっ」
一声上げると、慌てた様子で手提げカバンから携帯取り出し、キーを叩き始める。
ピッ
チャラッチャラチャラッチャラ〜♪
ルパン三世のテーマソングが横島のポケットから鳴り響いていた。
「え?」
「マ、マヂなんや」
夏子は呆然とした様子で、横島を見る。
「横っち? どういうこっちゃ?」
銀一も困ったような顔で隣の横島を見ている。
「えぇ〜と、さ。おキヌちゃん、確か案内の人って?」
救いを求めるようにおキヌに視線を投げる。
「私たちの電車が来る時間に横島さんの携帯電話に連絡、でしたね」
事実は、時として無慈悲なものである。
『まもなくのぞみ184号博多行きが到着します。危ないですから白線の内側まで下がってお待ち下さい』
むなしくアナウンスが鳴り響く。
新大阪の駅ホーム、この一角だけを気まずい沈黙が支配していた。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
ガタンゴトンッガタンゴトンッ
あずき色の車両にベージュの横一線、関西ローカル鉄道・近鉄電車の車体が大阪の町並みを走り抜けていた。
東京の列車に比べるといささか横揺れを実感できる。
車内で座席の一角を占領した少年少女が各々思うところを微妙な表情で述べていた。
「いや、ホンマ、ビックリしたわ〜♪」
言いながらケラケラと楽しそうに夏子は笑う。
「ビックリしたのは俺のほうだよ。まさか除霊現場が夏子の学校かよ」
横島は頭痛でも起こしたように一人だけ重苦しい空気を背負っている。
「まったくやで」
横島の言葉の表面に銀一も同意を示す。
「わ、私が行っていいんでしょうか?」
いよいよ持っておキヌは不安そうだった。
「えぇねん、えぇねん♪ どうせやから同窓会も参加していき♪ こういうのは可愛い女の子多いほうが男子も喜ぶで♪ なぁ、横島」
「言っとくけどおキヌちゃんに変なこと手伝わすなよ」
「そんなつもり、うちには無いで。ま、おキヌちゃんくらい可愛かったらかなりモテモテやろけどな♪」
「え? そ、そんなこと無いですよ〜」
あわあわと両手を振ってうろたえる。
実際のところおキヌは他の同世代の少女に比べて、贔屓目無しに可愛い。大人しそうな印象も相まって、間違いなく異性にモテる事に疑いは無い。
もっとも本人は女子高に通っている上に、とある誰かさんを一途に懸想していることもあってその自覚は無いのではあるが、そこもまた彼女の魅力である。
「いいや、絶対に結構口説きに来る思うで〜、うちのクラス男子はやたらエロエロやったからな。もっとも」
夏子は少し意地の悪い笑みを浮かべる。
「原因は間違いなくそこの横島やけど」
容赦なく横島の方向を指差していた。
「ぐっ、このっ」
「すまん、横っち、その辺りは俺もフォロー不可能やわ」
「横島さん?」
おキヌのジト目がさっくり突き刺さる。
「いやぁぁぁ、おキヌちゃん、そんな蔑んだ目で俺を見やんでくれ〜」
騒ぐ横島を尻目に、ふと夏子の目が悪戯っぽく笑う。
「あ、この際、ついでやから言うとくけど、同窓会の会場もうちの学校やで?」
夏子はあっさりと楽しげな事をのたまっていた。
「「は?」」
完全に予想外右斜め45度の攻撃が横島と銀一を襲撃した。
「ホンマはうちの学校って場所が場所やから、花火の日は閉鎖されんねんよ。でも、うち、生徒会役員やっててな。除霊師の人案内するて言うたら、特別に開放してもらえたんや」
エッヘンと胸を張る。実に自慢げだ。
「ちょっと待て、お前、まさか除霊直後の現場で同窓会開く気かっ!?」
「そやで♪ うちの学校て、あの塔の近場やで使わんでどうすんねんな?」
事も無げに言うと、横島の肩をポンッと叩いた。
「日本一の除霊事務所の看板背負って来てんやから、期待してるで横島♪」
「変なプレッシャーかけんじゃねぇぇぇぇぇ」
涙混じりの抗議の声が聞き入れられることはついに無かったそうである。
電車はひたすら容赦なく4人を目的地に向かって運んでいくのだった。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「ほい、到着、ここがうちの学校や」
「うーん、コレはまた」
「風情があるというか年季入っているというか」
横島と銀一がお互い微妙な表情でコメントしていた。
目の前の建物、いわゆる普通の公立高校だ。
『かもし出すオーラというかなんというか、何年物だよ?』
二人は思わず、時代を値踏みしてしまう。
正面玄関には大きな階段があり、本館二階がロビーらしい。
「まぁ、創立80周年やからね」
「って、戦前からあるのかよ?」
夏子の気軽な解説に、横島は大仰に驚く。
「敷地はな。そん頃は女学校やってんで、駅の反対方向にある学校、そこの分校って扱いで」
「それはまた」
首をひねる。
『年季が入るわけだよな』
「ま、建て替えはされとるから、校舎は鉄筋コンクリートやさかい頑丈やで」
彼女はそういうが、軽く築○0年クラスであることは間違いないだろう。
『俺らが生まれる前からあるよな。間違いなく』
門をくぐって敷地に入る。既に学校帰りの姿なのだろうか、夏子と同じような制服姿の生徒、一般的な夏の学生服な男子学生達が外に出て行く人影として多く見られる。
「今日は部活も午前中までやねん。せやから、制限時間は昼から夕方くらいまで」
「その辺りは依頼書でも聞いてるから大丈夫だよ」
「おー、あの宿題忘れの王者・横島が、ちゃんと予習しとるっ」
夏子はことさら大げさに驚いてみせる。
「お前、俺にけんか売ってんのか?」
半泣きになりながら、口の端をヒクつかせていた。
「じゃぁ、他のGSが返り討ちに遭うてる言うんも」
「聞いてるよ。でなきゃ、大阪まで出張る仕事が美神さんの所に来る事もないだろ?」
過去に除霊が試みられた記録はあった。しかし、以前は依頼料が安かったこともあって、除霊に当たったGSも二線級の人物だったようだ。
敢え無く返り討ちに遭い、現在入院中である。
こういった事情もあり依頼料を増額して一流どころである美神除霊事務所に話が行ったのである。
「まだ、意識がまともに帰ってきて無いから話を聞くことも出来ないらしいな」
「だ、大丈夫なんか?」
横で聞いていた銀一の方が青ざめていた。
「GSは危険がつきものだかんな。それにどっちかっていうと失敗した時の美神さんの方が遥かに怖い」
確かに失敗すれば、美神除霊事務所の看板に泥を塗ることになる。
もしそうなった時、横島がどうなるかなど、言わずもがなである。
「はぁ、そういう仕事任されるんやなぁ。意外やけど」
変な風に感心した夏子が横島を見ていた。
「どういう意味じゃっ! って、言っても、うちも事前調査から相手が霊団って分かってるから、余裕あるんだけどな、うちにゃ対霊団のスペシャリストが居るから」
そう言って、少し後ろを歩くおキヌに視線を向ける。
それにつられて夏子と銀一の視線もおキヌに集中した。
「へぇ、そうなんや? おキヌちゃんが凄いんや」
驚きの眼差しで自分と同じくらいの歳の少女を振り仰いでいる。
「そ、そんな凄くないです」
いきなり話を振られ、おキヌは大慌てで首を振っていた。
「凄いよ。何せおキヌちゃんは普通の『除霊』よりはるかに難度の高い『浄霊』を得意にしてんだからな」
「「浄霊?」」
夏子と銀一が首をかしげる。
「いわゆる除霊って言うのは悪霊を無力化するまで攻撃して霊的中枢を破壊して倒すか、弱らせたところを吸印札とか破魔札使って祓うんだけどな」
ちょっとした講義のように軽くニッと笑いながら横島は語る。
「おキヌちゃんは特殊な笛で悪霊の攻撃意思をなだめて、自発的な成仏に導くことが出来るんだ。それも複数同時に」
「さっき新幹線で言うてた話か?」
銀一も思い至ったらしい。
「それって、メチャメチャ凄いんちゃうんっ?」
「そりゃ、凄いぞ。普通の除霊とは格段にレベルが違うんだからな。コレが出来る人間はICPO超常現象対策課でも5人くらいしか把握してないらしいし」
「「はぁぁぁぁっ」」
夏子は感嘆の声を漏らすとおキヌちゃんを眩しそうな尊敬の眼差しで見ていた。銀一もただただ感嘆するしかできない。
「そ、そんな大した事じゃないんです。単に私にとっては他人事じゃないだけですから」
真っ赤になって、おキヌは言葉を搾り出す。
「他人事や無い?」
眩しさの薄れた当たり前の疑問に、おキヌもホッとしたように微笑む。
「はい。私、以前は幽霊だったんです。300年前人身御供になってから割と最近まで」
そして、気軽に天気の話でもするような明るい口調で、普通じゃない事を言ってくれた。
「「へ?」」
夏子と銀一の目が点になる。
「おキヌちゃんは300年前に妖怪を封印する呪術装置を動かすための生贄になったんだ。で、妖怪を片付けることが出来たから、開放されて生き返ったって訳さ」
苦笑しながら横島が補足する。
「い、生き返ったて」
表情をこわばらせた夏子が声を絞り出す。
「あるんか? そういうことが?」
銀一もそこから二の句がつげない。とんでもない話を聞いて二人は唖然としていた。
「まぁ、普通の人は生き返れんわな」
横島もさすがに苦笑していた。
「なぁ、『反魂の術』って聞いたことあるか?」
「あ、あぁ、映画とかで見たくらいやけど、よぉ失敗してバケモンになるやつやろ?」
銀一がつい答える。しかし、その映画解釈はあながち間違ってはいない。
「そ、失敗するのが当たり前の術。だけど、おキヌちゃんは、唯一の完全な成功例なんだ」
「マ、マヂで?」
二人はビックリまなこで慄くしかない。
「はい、でも、私は300年前に死ぬと決まった時から道士様が準備してくださってましたから本当に恵まれてました」
「で、こっからは美神さんからの受け売りなんだけど」
聞きかじりながら横島が補足する内容を話しだす。
「邪霊を寄せ付けない結界、生命力に満ちた若い女性の魂、欠損なく完全な形で保存された本人の肉体に、充分な地脈の力、全てが揃っていたから成功したってね」
「そりゃまた何とも」
夏子が唸る。
「とんでもない話やな」
銀一が慄く。呆気に取られたままの二人は話を聞いていた。
「だから、私、迷う幽霊の気持ちは良く分かるんです。私もそうでしたから、生きているって事が素晴らしいことを鮮明に思い出したから、成仏して転生して欲しいんです」
それがごく当然のことといわんばかりの当たり前の笑顔だった。
「まるで幽霊のカウンセラーやな」
ため息漏らさんばかりに夏子が呟く、おキヌを見る瞳にこもっているのは畏敬の念。
「そんな大した事はできないんですよ」
わたわたとテレながらも謙遜している辺りが実に彼女らしい。
「そんでもって、俺とおキヌちゃんとは幽霊時代からの付き合いなんだよ」
横島が軽い口調で口を挟む。
「はい。でも、幽霊時代ってなんだか懐かしいですね?」
楽しげにおキヌが返していた。
「死んでたのに明るかったよなぁ〜おキヌちゃんは」
「あ、横島さん、なんだかその言い方ひどいですよ」
おキヌはぷぅっと頬を膨らませて、口の先を尖らせる。
「ごめんごめん、でもさ、おキヌちゃんが居てくれたおかげでずいぶん助かったよなぁ」
「え? あ、そ、そんなことないですよ」
一転、頬を染めて、両手をパタパタ振っていた。
「いや、おキヌちゃんが俺の飯作りに来てくれなかったら、俺は確実に餓死してた自信があるっ」
涙流し拳握り締めて力説する横島に、夏子が慄くように後ずさり、銀一がコケを披露していた。
「ど、どないな生活しとってん」
冷や汗流しながら夏子は言わずに居られない。
「あの頃は仕方なかったんやぁ〜、親父もお袋も仕送りギリギリにしやがるし、美神さんとこは時給250円やったしっ」
「に、250円っ!?」
血の気の引いた顔で銀一も後ずさる。
「ろ、労働基準法って知っとるか横島?」
更に冷や汗流して夏子も聞かずにいられなかった。
確か世間では最低賃金は時給680円位に設定されているはずである。
「あの人、そういう世間の常識って関係ないから」
横島はどこか達観した顔で空に向かって呟いていた。
「本気で鬼か、あんたのバイト先? 悪徳金融でももうちょい待遇ええんちゃうか?」
毒舌少女がごく当然の疑問を口にする。
「ノーコメント」
その先は答えられない、というか、答えたら殺されそうだ。
とはいえ、今ではその待遇も相当に改善され、横島も生活費でピーピー言うような事態はほとんど無くなっていた。
「あ、な、夏子さん、あの白い塔なんですか?」
おキヌは目的地方向にまっすぐ聳え立つ白い凸凹の塔を指差してたずねていた。
話題転換のネタ振りに横島が心で親指を立てる。
『ありがとう、おキヌちゃん。ナイスフォローだっ』
それはさておき、おキヌが指差した先、それはここから見える田舎そのものの住宅街には、えらく違和感ありありな建造物だった。
「あー、あれな、アレが今日の花火大会がある塔やねん。人差し指に見立ててデザインされとるそうやで、その名も大平和記念塔っ」
「は〜」
夏子の説明におキヌはしきりに感心している。
「元々宗教団体でな、8月1日はそこの教祖祭、12万発の花火が打ち上げられんねん。教団関係無し文句なしで日本最大の花火大会やね。同窓会の山場やわ」
言いながら夏子は横島たちを校舎の中へ先導していく、リノリウムの廊下にずらっと居並ぶ教室たちを前に立ち止まった。
「じゃぁ、横島はそこの教室で着替えたってや」
ごく自然の流れとでも言うように、夏子は横島に手近な教室を指差し『行け』と促す。
「着替え?」
「校内歩いてもらうのに普段着は無いやろ?」
さも当然のように夏子はのたまう。
「除霊に来たのにかっ!?」
そんな、横島のツッこみに構うことは無く、横島用の学生服は教室に用意されていた。
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『しゃぁないやん。今んとこうちの生徒しか襲われてへんねんから、それ着んと除霊作業できひんで』
とは、夏子の弁であることなど言うまでも無い。
「うが〜、何で大阪まで来て学生服に袖通さなあかんのじゃ〜っ」
しばらく葛藤しつつも結局は素直に着てしまう辺りが横島のノリの良さというものだろう。
「だー、くそっ、着たったぞ、こんちくしょーっ」
そう言って扉を開けると、
「あっ、横島さん♪」
さらっと黒髪が揺らめいた。
「……」
横島は言葉を失っていた。
真っ白なブラウスに紺のリボン、そして、紺色のブレザースカートが小さくはためいて白い生足がのぞいていた。
「……」
「あの? 横島さん?」
声の主・おキヌの再度の呼びかけに横島はハッと気が付いた。
「お、おキヌちゃんっ、その服っ」
「はい♪ 夏子さんから予備の制服借りちゃいました♪」
両手を目一杯広げてお披露目している。
そう、目の前には、夏服仕様のブレザーに身を包んだおキヌが居る。
無邪気にクルリと一回りして「どうですか?」とか言っている。
『し、新鮮だっ! って、そうじゃなくてっ。でも、新鮮っ』
見慣れた六女の制服とは違う、なんというか王道なその制服姿に目を奪われる。
ドクンッドクンッドクンッ
そして、おキヌの清楚な雰囲気に見事なばかりにマッチしたそのはちきれんばかりの輝きに横島は目を奪われてしまっていた。
「俺はっ、俺は大阪に来て良かったかもしれん」
空を見上げ思わず右拳握りつつ呟いていた。
頬をツーッと感動の涙が流れ落ちていた。
「はい?」
意味が分からずキョトンとするおキヌをよそに、横島には危機が迫っていた。
「うちを見たときと今の反応の差は一体どういう意味や、横島?」
地の底から漏れ出でるような声にビクゥッと身体が震える。横島の研ぎ澄まされた第六感が最大レベルで警鐘を鳴らしている。
「ア、コレハコレハ夏子サンジャ、アリマセンカ」
振り返ることも出来ずに、壊れた機械のような音声だけ絞り出していた。
「全く、横島がうちのことをどう考えてるか、後で小一時間ほど問い詰めたる」
すれ違いざま言うだけ言うと、半眼を翻して、笑顔でおキヌの方を向いた。
「どないや? おキヌちゃん」
「あ、はい。ありがとうございます。ちょうどサイズも同じ位です」
「そら良かったわ。それにしてもよう似合てるで♪ いっそ、うちの学校に来ぇへんか?」
「制服のためだけに転校薦めてんじゃねぇっ」
思わずツッこんでしまうのが、関西人のサガなのだろう。
「すまん、夏子〜」
別の教室から銀一の声が聞こえていた。
「どしたん?」
「この服もちょっと合わへんみたいやわ」
申し訳なさそうに制服ワンセットを差し出していた。
「分かったわ。じゃぁ、次コレ試したって」
手近な制服を手にとって、銀一に手渡す。
「サンキュ」
「何で銀ちゃんあんなに時間かかってんだ?」
「しゃぁないやん。銀一は横島みたいな一般既製品サイズが合わへんねんから」
ふっと哀れむような遠い瞳で横島を見て夏子は続ける。
「横島と違ごて主に足と胴の長さのバランスが」
「どーせ、俺は胴長短足の一般既製品サイズだよ、コンチクショーっ!!」
血の涙を流しながら、横島の絶叫が響きわたった。
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