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第67スレッドのテーマ: [67] ボツ以上、投稿未満(2)
日時: 2008/05/10 21:35
名前: UG ID:XIfX6sjw

とーりさんの勇気が皆の勇気に火をつけた【ボツ以上、投稿未満】
お陰様で開くのに時間がかかる程の書き込みをいただきました。
そこで今回、新規に【ボツ以上、投稿未満2】として立てさせていただきます。
今後、ボツ以上、投稿未満の作品はこちらの方に書き込んで下さい。
※前のボツ以上への感想等は、引き続き【ボツ以上、投稿未満】の方へ書き込んで下さい。

スレの主旨は変わらず以下の通りです
********************************

投稿せずにHDの片隅に眠らせたSS。
でも、心の隅ではちょっと惜しいなとも思っている・・・・・・

そんな話を書き手の方なら一つ二つは持っていることと思います。

この際、勇気を持って書き込んでみるのも一興かとw
ひょっとしたら展開予測の方に転がっていくかも知れませんし、後悔するようならサクッと削除(ノ∀`)

雑談掲示板の特性を生かして、気軽に書き込んで貰えれば幸いです。

また、読み手の方が「仕上げたものを展開予測掲示板で読んでみたい」と思われるネタがあった場合、是非引用機能(※>>1などの表記)を使ってコメントをつけてみて下さい。
そのコメントが迷った書き手の背中をそっと押し、本投稿へつながるかもしてません(ノ∀`)
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  •     No.0  [ボツ以上、投稿未満(2)] UG  2008/05/10 21:35
     ├ No.1  [ Re: ボツ以上、投稿未満(2)] すがたけ  2008/05/10 21:38
     │└ No.4  [ Re: ボツ以上、投稿未満(2)] aki◆gTl7XMunGw  2008/05/14 22:35
     ├ No.2  [ Re: ボツ以上、投稿未満(2)] UG  2008/05/11 01:17
     ├ No.3  [ Re: ボツ以上、投稿未満(2)] いりあす  2008/05/11 14:09
     │└ No.5  [ Re: ボツ以上、投稿未満(2)] aki◆gTl7XMunGw  2008/05/14 23:01
     ├ No.6  [ Re: ボツ以上、投稿未満(2)] 殻之篭  2008/05/18 17:33
     │└ No.7  [ Re: ボツ以上、投稿未満(2)] UG  2008/05/19 23:33
     ├ No.8  [ Re: ボツ以上、投稿未満(2)] TYAC  2008/06/22 04:11
     ├ No.9  [ Re: ボツ以上、投稿未満(2)] すがたけ  2008/06/23 04:03
     ├ No.10  [ Re: ボツ以上、投稿未満(2)] B-1  2008/06/23 04:21
     ├ No.11  [ Re: ボツ以上、投稿未満(2)] 龍鬼  2008/07/13 04:14
     ├ No.12  [ Re: ボツ以上、投稿未満(2)] 龍鬼  2008/07/25 00:56
     │└ No.21  [ Re: ボツ以上、投稿未満(2)] 水城ルカ  2009/08/16 01:54
     ├ No.13  [ Re: ボツ以上、投稿未満(2)] とーり  2008/09/20 01:15
     ├ No.14  [ Re: ボツ以上、投稿未満(2)] 龍鬼  2008/12/15 01:04
     ├ No.15  [ Re: ボツ以上、投稿未満(2)] とーり@副管理人  2009/02/11 23:50
     ├ No.16  [ Re: ボツ以上、投稿未満(2)] hup  2009/04/01 22:23
     ├ No.17  [ Re: ボツ以上、投稿未満(2)] よりみち  2009/05/10 20:18
     │└ No.18  [ Re: ボツ以上、投稿未満(2)] よりみち  2009/05/10 20:19
     ├ No.19  [ Re: ボツ以上、投稿未満(2)] ししぃ  2009/07/09 17:48
     ├ No.20  [ Re: ボツ以上、投稿未満(2)] ししぃ  2009/07/16 16:54
     ├ No.22  [ Re: ボツ以上、投稿未満(2)] 赤蛇  2009/09/06 03:23
     ├ No.23  [ Re: ボツ以上、投稿未満(2)] 赤蛇  2009/09/17 00:01
     ├ No.24  [ Re: ボツ以上、投稿未満(2)] hup  2009/09/17 06:50
     ├ No.25  [ Re: ボツ以上、投稿未満(2)] 赤蛇  2009/09/21 12:01
     │├ No.27  [ Re: ボツ以上、投稿未満(2)] ティバーン  2009/09/21 00:01
     │└ No.28  [ Re: ボツ以上、投稿未満(2)] 夏みかん  2009/09/21 21:51
     ├ No.26  [ Re: ボツ以上、投稿未満(2)] 赤蛇  2009/09/20 20:10
     ├ No.29  [ Re: ボツ以上、投稿未満(2)] STJ  2009/09/26 14:49
     ├ No.30  [ Re: ボツ以上、投稿未満(2)] 赤蛇  2009/10/17 20:47
     │├ No.31  [ Re: ボツ以上、投稿未満(2)] 夏みかん  2009/10/18 00:15
     │└ No.32  [ Re: ボツ以上、投稿未満(2)] ティバーン  2009/10/19 21:53
     ├ No.33  [ Re: ボツ以上、投稿未満(2)] 赤蛇  2009/11/01 12:30
     ├ No.34  [ Re: ボツ以上、投稿未満(2)] とーり  2009/11/15 23:02
     ├ No.35  [ Re: ボツ以上、投稿未満(2)] ししぃ  2010/04/17 09:27
     └ No.36  [ Re: ボツ以上、投稿未満(2)] よりみち  2010/05/26 00:23


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    No.1: Re: ボツ以上、投稿未満(2)  レスする この発言に返信
    日時: 2008/05/10 21:38
    名前: すがたけ ID:VOtOWqeI

    では僭越ながら一発目に

    補完するために原作見てたら矛盾するのでボツにしました(笑)。

    * * *

     夕焼けに染まる鉄塔は、あの日と変わらずにそこに佇んでいた。

    「……ルシオラ」
     それが、彼の心にはあまりにも重く、そして辛い。
    「俺、やっぱりお前に会いたいんだ」
     その重さ辛さに耐えかねたかのような口調で、デニム生地の上下と赤いバンダナの少年は、言葉とともに『力』を紡ぐ。
    「―― だから、力を貸してくれ」
     その掌では、幾つかの『力』の象徴―― 文珠が輝きを放つ。

     輝きが増し―― 弾けて、消える。

     突如現われ、そして消えた白い光、そして光に包まれて消えた少年を意に介することのないような佇まいで、やはり鉄塔は夕焼けに包まれていた。







































    「そうか……手立てはなし、か」
    『すまないな……力になれなくて』
     電話越しに聞こえる声にも、力はない。
     原因だけは判った。だが、原因が判ろうとも、それを取り除く方法は最早時の彼方に消え去っている。
    「もっと早く気付いていれば……か―― くそっ!」
     自らの不甲斐なさに、そして、ゆっくりと確実に彼を蝕む絶望に、我知らず受話器を叩きつける。
     国際電話の相手であるかつてのライバルには少し悪いことをしたか、とも思ったが、謝罪は心の中でするに留めた。

     呼吸する度に『何とかしないと』と思う気力が、失せていく。
     それほどまでに、彼―― 横島忠夫を蝕んでいくこの絶望は深い。
     愛するものを手立てなく喪わなければならない、という残酷なる絶望は。










     だが、絶望のただ中にあってもなお、突如として襲い掛かってきた『その光』には流石に驚かされた。

    「お……お前―― 俺か?!」
     ましてや、『その光』の中から現われたのが、かつての自分だったら―― 驚きは倍増されるというもの。
    「えっと……お前が『俺』でいいんだよな?」
     自信なく尋ねつつ、デニムのポケットから身分証明となるGS免許を取り出すのは、少年の方の横島。
    「間違いなく俺が『お前』だろうけど……18歳って―― そんな力あったかなぁ?
     つーか、そもそも何でお前が?」
    「ルシオラに会いたかったに決まっとるだろーが!
     流石に十年も経ってたらルシオラも転生してきてるだろうから、文珠に『十』『年』『後』って刻んで来たんだよ」
    「そ……そんな事でかよ―― 無茶するなぁ、俺」
     そもそも跳躍してきた時間にもズレがある。
     たった三文字の使用で『大方このくらいだろう』と当たりをつけて時を越えてきたのだからズレが生じるのも仕方ない。
     むしろ、時の歪みに囚われなかっただけ幸運だった、とも言えるだろう。

     しかし、若い横島の行為は、賢しげに考えすぎ、結局袋小路に自らを送り込んでいた『青年』横島に新たな希望を与えた。
     それを悟ることなく、『横島』は未来の自分に勢い込んで尋ねる。
    「で、ルシオラは生まれたのか―― いや、そもそも俺は美神さんをモノに出来たのかッ?!
     いや、おキヌちゃんかも知れないな―― 頼むッ!俺はどっちとくっついたんだ?それだけでいいから教えてくれッ!!」
    「お、落ち着け『俺』ッ!!まず、聞かせてくれ―― 『お前』は何年の何月何日からやってきた『俺』で、地下鉄の路線で蜘蛛の妖怪を除霊したのからはどれぐらい経ってるんだ?
     まだルシオラは生まれちゃいないけど―― それさえ聞かせてくれれば、俺がどっちとくっついたのかは教えてやるからッ!!」
    「そ……そうかッ!」
     無謀さも、時として力となる―― それを教えてくれたかつての自分に感謝しつつ、青年・横島は心より愛する者を『時』から取り戻す道を模索し始めた。

     【10 YEARS…ago/after】―― 了
    No.4: Re: ボツ以上、投稿未満(2)   [No.1への返信] レスする この発言に返信
    日時: 2008/05/14 22:35
    名前: aki◆gTl7XMunGw ID:KLSOqCDA
    参照: http://gtyplus.main.jp/

    >>1
    すがたけさん
    原作との矛盾、というと時間移動という答えを未来の横島が手に入れるまでの展開ですね。
    そこの整合性をちょっと整えるだけで、展開予測投稿に出せるんじゃないかと思います。
    No.2: Re: ボツ以上、投稿未満(2)  レスする この発言に返信
    日時: 2008/05/11 01:17
    名前: UG ID:2oi3FtjE

    >>1
    すがたけさんナイス勇気ですw

    新スレにも勇気ある方が続いてくれて本当に良かった(つд`)
    空白にトラウマがある私としては、涙無くしては読めないお話でした(ノ∀`)

    No.3: Re: ボツ以上、投稿未満(2)  レスする この発言に返信
    日時: 2008/05/11 14:09
    名前: いりあす ID:8fjMWKgU

     ふと思ったんですが、「ボツ以上、投稿未満」という事は“ボツそのものもアリ”って事ですよね〜〜w
     というわけで、かつて脳内をふとよぎった電波を一発w


    『ショートネタ・もしも美神さんが横島クンに微妙に染まっていたら――』

    1.『おキヌちゃんのクリスマス!!』の場合――

    おキヌ『…せっかく編んだのにな、まふらー……』
    横島(のそっ)
    おキヌ『横島さんっ!?』
    横島「これ…」
    おキヌ『えっ、私にですか!?』

    おキヌ『わあっ…!! お洋服…!? ありがとうございます、横島さん…!!
        これ…私からです!』
    横島「うっ!?」

    美神「チクショ――!! チクショ――!! チクショ――ッ!!
       なんだかとってもチクショー!!」 スコーン!!スコーン!!(丑の刻参り)
    横島「ぐわわわ――っ!?」(横島、年が明けるまで入院)




    2.『嵐を呼ぶ男!!』の場合――

    西条「令子ちゃん! オカルトGメンに入ってくれ!」
    美神「えっ…!?」
    西条「最初からそのつもりだったんだ。
       高額の報酬をとれる最優秀なGS――
       そういう人物が所属してこそ、Gメンの価値がある!」

    美神(お…おいしい…!! これはおいしい…!!
       幼馴染みの西条お兄ちゃんと一緒の職場…!!
       いや、別に厳密には幼馴染みでなくてもいーんだけど!!)
    美神「く――ッ!! ときめく!! ときめくわっ!!
       そーよね…!! 考えてみりゃー若い横島クンはべらせたって
       いーことなんかたいして無いわよねっ!!
       やっぱ大人の女は大人らしくこーゆーアダルトな恋愛をすべきよ!!

       こーなったらもー西条さんでいこう!!」

    西条「『こーなったらもー』!?『で』『いこう』!?」

    ―――西条、精神的に再起不能―――

    美神「あ…声に出てた!?」




    3.『ピンチでデート!!』の場合――

    小鳩「あ! あれ、マッキーキャットだわ!!」
    横島「ここのぬいぐるみって全部ロボットなんだろ?
       俺、ロボットにあんまりいい思い出ないんだけどな――」

    マッキー『コンチチハ! ボク・まっきーきゃっと!』
    小鳩「こんにちは、マッキー!!」
    横島「こ…こんちは――」

    マッキー『エエ女連レトルヤナイケ・ワレー!!
         コノ女殺シガ――!!』こおいつううっ ガンッ!!
    横島「はうっ!?」

    係員「大変です…!! 美神令子がマッキー4号に扮して暴れ回っています!?」




    4.『サバイバルの館!!』の場合――

    美神「!! 落とし穴――!!
       や…やられた…!! 戦力の分散をねらってたのか…!

       戦力の分散はともかく、横島クンとおキヌちゃんを二人っきりにされたのは痛い…!!」




    5.『マイ・フェア・レディー!!』の場合――

    おキヌ「こ…こわいです〜っ!!」(あうあう〜っ)
    横島「大丈夫、おキヌちゃん!!
       おキヌちゃんは美神さんみたくバッタもんじゃないからっ!」
    美神「誰がバッタもんよ!?」

    ユニコーン(ちら)
    ――思考走査中――
    “天然ボケ”“年寄りくさい趣味”“色気いまいち”“カマトト”“最近影薄い”

    ユニコーン(ぷいっ)
    おキヌ「……近づきもしませんね…?」(ほっ)
    横島「な…なんて好みのうるさいヤローだ!?」

    ――美神の脳内回路――

    “ユニコーンは清らかな乙女に弱い”カシャカシャカシャカシャ
           ↓
    “おキヌちゃんはユニコーンに見向きもされなかった”カシャカシャカシャカシャ
           ↓
    “結論、おキヌちゃんはすでに乙女ではない”チ――――ン

    美神「あんたおキヌちゃんになんてことを――――っ!!!!」バキッ!ドゴッ!ガスッ!
    横島「違うんや――!! 何のことかわからんけど、とにかく違うんや――――っ!!!」
    No.5: Re: ボツ以上、投稿未満(2)   [No.3への返信] レスする この発言に返信
    日時: 2008/05/14 23:01
    名前: aki◆gTl7XMunGw ID:KLSOqCDA
    参照: http://gtyplus.main.jp/

    >>3
    いりあすさん

    こういう小ネタ連発は大好きですw
    それにしてもこんな美神なんて…………ステキすぎますw
    展開予測投稿に出しても良いと思いますよ(^^)
    No.6: Re: ボツ以上、投稿未満(2)  レスする この発言に返信
    日時: 2008/05/18 17:33
    名前: 殻之篭 ID:S6vhtV1w

    ひたすらに火力を求めたものの、下品の度を越えた気がして途中で廃棄。
    ゴメンナサイ、下ネタ満載ですが、気になさらないなら、みてやってください……。

    「マズイ……これはマズイでござる」

    焦る脳裏とは裏腹に、時は刻々と迫ってくる。
    抱えるが吉か、打ち明けるか吉か。

    散々に悩んだ挙句、己の師匠を人気ない山道に引きずり込んだ。
    そこまでは上手くいったのだ。しかし……

    「なんで肝心なときに、居なくなるでござるかっ!?」

    悩みの種が消滅したのである。


    その一方で。

    「死ぬ。アイツに付き合っていたら、俺はいつか死ぬ……」

    師匠の方は朦朧としながら、木の梢にもたれ掛かっていた。
    何があったのか知らないが、いつにも増して全力疾走。
    付き合わされる方は、たまったものではない。

    どうでもいいから休みたい。

    手から光るビー球状のものが地面に転がると、そのまま伸びた。



    どれほどの時間が経ったのだろうか。

    全身がべとべとで気持ち悪い。懐から何か拭くものを探す。
    そして、意図せずに携帯を取り出すと……緊急コールが入っていた。


    渓谷は千差万別にして溝深し


    「冥府のものよ!
     生前の業に飽き足らず、何ゆえ死してまで咎を繰り返すか!」

    ふくよかな胸を持つ亜麻の髪の女性が、死者を諭す。

    対峙する亡霊は、丈が常人の倍あるものの、一体のみ。
    しかして、懐には長い黒髪の少女が捕らわれていた。

    悪霊の背面は、日が暮れ紫を抱いた空と、まばらな高層ビルのみ。
    下は一歩進めば縦横無尽のアスファルト。踏み外せば助かるまい。

    「み、美神さんの言うとおりやっ! つーわけでおキヌちゃんを離せっ!」

    横手で、バンダナの少年が青い顔して喚く。

    元々は別の少女が捕獲されていた。
    しかしとうに限界を超え、発作に近い状態。
    悪霊に選択権を委ねた、人質交換を余儀なくされた。

    メンバーは他に二人いるが、結界内で倒れた少女を介抱して動けない。

    悪霊は時折、大振りのナイフを手の上で回す。
    その度、前方無差別に飛び散る火花。
    これでは接近はおろか、倒れた少女の搬送すらままならない。

    美神が苦々しげに睨むと、悪霊は焦点のない目を細めた。
    まるでこの状況を望んでいたかのようだ。

    成仏の呼びかけには一切反応しない。

    動けず、救えず、封じられず。
    後方の二人が焦りを見せた、その時。

    分の悪い状況は、人質本人が打破した。
    キヌと呼ばれた少女が、肉体と魂……幽体を分離した。

    「ごめんなさい。私はまだ、死ねないんです!」

    幽体が謝りながら、自分の体を掠め取る。
    そのまま足場のない、満天の夜空に浮かんで逃げた。

    悪霊が一瞬、呆気に取られる。
    すぐに唸りを上げて振り返り、ナイフで追撃するが。

    「っ!?」

    バンダナの少年が投げた呪縛ロープが、背を見せた悪霊の首を吊った。

    「これがほんとのお縄を頂戴っ!」

    きつく巻いた左手を、さらに右手でカバーする。

    咄嗟の事態に躊躇したのだろう。時にして一秒弱、動作が緩慢になった。

    「被害者に代わって裁いてあげる!
     その格好のまま極楽にっ! 逝かせてあげるわっ!!」

    美神の放った一閃が、巨なる体躯を二つに薙いだ。


    溜まりどころを失った霊の残り香は、百千万億に綻んで消える。
    我のない魂の残存物は、端から顆粒になって淡い光を灯す。
    その粉を浴びながら、おキヌの幽体が浮かない顔で佇んでいた。

    時折彼女はこんな顔を見せる。
    生者の身としては、成仏に良いも悪いもないのだが、元幽霊の彼女はそうではないのだろう。
    あまり自分を責めないといいけど、と、美神は思う。

    次に、哀れな少女のもとへ目をやる。
    待機していた救急隊員が、既に搬送まで漕ぎ着けていた。

    「ご苦労さん」
    その場で垂れていた、黄の狐の少女と、銀の狼の少女に労いをかける。

    二人ともまだ日が浅い。
    しかも治癒は役目でないのに、よく堪えたと思う。

    「やっぱりこの仕事は、おキヌ殿が適任でござるな」
    「まったくよ。いつアンタが飛び出していくかとビクビクして、倍に疲れたわ……」

    何を申すか女狐、バカ犬、とまたいつもの小競り合いが始まった。

    美神は踵を返すと、気配を探る。
    大丈夫? うん……もう、大丈夫だ。

    空を仰ぎ、一つ大きな息が漏れた。厄介だったが、終わったのだ。


    そこに、情けないヘラヘラとした声がかけられた。

    「あのー、美神さん。俺、今のは役に立ったッス、よね」

    返答に及ばず、半眼で睨んでやる。

    「ス、スンマセン!」
    「何が言いたいの?」

    逆に問い詰める。
    するとバンダナの少年、横島は冷や汗を流しながら口を動かした。

    「そ、その、できれば遅刻のミスを帳消しにしてもらえないかなと。
     思っちゃったりなんか、しちゃったりして……」
    「あんたね。それが無ければ、ココまで手間がかからなかったとか思わないの?」

    痛いところを突かれたのだろう。
    少年がぐぅと呻く。

    「でもま、文珠……あんたのおかげで、あの奇手は打てたわけだし。今回は」

    そこまで言って、美神は固まった。
    原因は横島の右手。たった今、顔を拭った物の正体。

    「それは、何?」

    呪縛ロープに連結した、布地の一品。
    激しく凸に盛った奇抜なデザインが、無駄に殺意を煽ってくる。

    「え、っと……な、なんじゃこりゃぁ!」

    風向きが一気に悪くなった事を、横島は自覚した。

    右手にこびりついたるは、桃地のブラジャー。
    裏地の間に挿入されたは爆裂パッド。

    「あんたまさか、遅刻した原因は」
    「と、とんでもない! これは……そう、事故! きっと事故です!
     本当にこんなもの、懐に仕舞った記憶ないんスよ」

    ふーん、と、雇い主が胡散臭そうに目を細める。
    横島がなんとか畳み掛けようと、頭をフル回転させるが。

    「横島さん……左の袖から女物の、その」

    おキヌに指摘され、覗いてみると。
    白地にハートの可愛らしいパンティーが一つ。

    「この場で殺すっ!」
    「美神さん、堪忍やっ! 本当に記憶にないんやぁぁぁ」
    「通るかドアホゥ!」

    月の夜、拳骨たちが木霊した。
    爆心地の外れであげた声は、この場の誰にも届かなかった。


    気温が下がらない都会の夜。
    屋上で、雑巾にされた少年が嘆いていた。

    「うう、本当に心当たりないのに。ないのに……
     みんなおまえのせいじゃコノヤロー!」

    パッド入りブラを地面に叩きつけると、野太い悲鳴が上がる。

    「なぬっ!?」

    横島が驚いて一歩下がると、ブラから煙が立ち込めた。
    現れ出たるは、はちきれん筋肉のナイスミドル。

    「ブラジャァァッ! オン! パンティィィィ! オン!」

    ポーズと共に各々のパーツが、煙で見えない該当場所に装着されていく。

    「こいつで止めだ、テイクオン・ザ・ティーーーバックッ!!」
    「重ねて纏うな気色が悪いっ!」

    横島の投げた六角の板が、男の額に突き刺さった。

    「痛いではないか!」
    「効いてねえ! うわっ寄るな、来るなっ、関わるなっ!」

    一歩踏み出したこの男性に、横島は崖っぷちまで追い込まれた。

    「そう邪険に扱うものではない。貴君にお願いがあってきたのだ」
    「冗談じゃねえ! 死んでも断る!」

    圧底パッドに花柄パンティ、上からTバックを着用するような、謎のおじ様。
    Tバックの脇から、ひだひだが洩れる様は吐き気を催す。

    こんなものに何を頼まれるのか、想像したくもない。

    「我輩ではない。ある少女についての相談だ」
    「……話だけでも聞こうじゃないか」

    初手で抱いた決意は、あっさり翻された。

    「実は我輩、衣類に罹る呪いなのだ。
     そして今夜までに、少女にその本分を決行せねばならん」
    「なるほど。つまりおまえをぶっ飛ばせば万事解決なんだな」
    「待て待て。もはや呪は発動した。後は少女が罹るか、汝が庇うかのみ」

    男が溜息をついた。それに横島が噛み付く。

    「ってことは何か、その少女の代わりに身代わりになれと?」
    「端的に言えば、そういうことだ」

    横島が首を傾げる。

    「実はな、こちらとしても今回はやりたくないのだ。
     あんな可愛らしい少女に、こんな残虐な……」
    「一体どんな呪いなんだよ」

    問いに、男が口を震わせる。

    「我輩愛用のグレイト・Eカップブラ。これの着用を強制する呪いだ」
    「誰だよ、そんなふざけた呪いを考え付いたのは!」

    横島の言葉に、男は遠い目をして思い起こす。

    「性格は陰湿であったが、綺麗な姫君であった……
     我輩の中には、彼女の全てが息吹いておるのだ」

    「原形の欠片すら見えてこねーぞっ!
     てか待てやこら! 野郎に話を振る代物じゃねぇだろうが!」

    横島が中指を立てるが、男には一ミリたりとも通じない。

    「何を言うか。無垢な少女が突然のEカップ!
     隠す術なく泣きながら日常を送るも、周囲の目は、おぉ……。恐ろしいとは思わんのか!」
    「いや、確かに恐ろしいが。
     それなら俺が着用しても、どうなるか想像できるだろうが!」

    しかし男はチチっと指を振る。

    「横島といったな。貴君の事は綿密に調査済みだ。貴君を以ってすれば」
    「本気で言ってるならぶっ飛ばすぞコラ!
     何が悲しゅうて、厚底パッドに監査くらわなきゃならんのじゃ!」

    男も怒る。

    「話の腰を折るでない!
     貴君はいつも己より強い相手に立ち向かい、裏手を使って生き延びたではないか!」
    「男がブラジャーつけるのに表も裏もねぇだろうが! どっちも変態じゃあ!!」

    突如、昇降口のドアがもげた。

    「お、おのれっ! 我輩を言うに事欠いてヘンタイとなっ!
     貴君にはコヤツを肌身離せぬ、この苦悩が分からんのかっ!」
    「理解しようとは努めてやるっ! だがっ、実行は勘弁してくれっ!!」

    横島は腰が引けながらも、精一杯拒絶のシグナルを送る。

    「いいや行使させてもらうっ!
     我輩だけこんな惨めな思いをするなど、言語道断っ!!」
    「そういう陰険な思想だけ、しっかり引き継いでんじゃねぇぇっ!!」

    横島は絶叫して、霊波の刀を我武者羅に振り回す。
    しかし男は鼻血を出しながらも、息荒くにじり寄って来て……。

    「フゥハハハハハッ!! 今、貴君と我輩は一心一体ッにっ!!」
    「いぃやぁぁぁぁ!?」

    ゴキブリもあれよと言わん死角からの強襲に、横島は屈服した。

    この時この時刻をもってして、新たなる猛者が誕生した。

    <ココから書けてません、ゴメンナサイ>

    この後、拾ってきたシロさんとマヌケなやり取り。
    除霊を美神に託すも、悪化。
    爆乳は怨念の盛りを買うだけと聞いた美神、オカルトGメンへ。

    「やめてください、美神さん! 史上最強の親子喧嘩になりますっ!」

    書類に印鑑押してた美知恵の元に、到着。
    横島、爆弾発言連発するが、美神は無視して……

    「ひのめっ! ぼーっ!」

    火気厳禁解除。

    「ぼーーっ? ぼーーーーっ!!」

    こんがり焦げたものの、解呪成功。

    しかし、オフィスも焦げ模様。
    さらに、横島の聞き捨てならない暴言に母親ぷっつん。

    二人揃って母親直伝、神通棍の実践演習へ。
    その後、美神にケリケリされた横島。

    美神の三連打は堪えたか。
    頑丈として知られる横島も、ただただ、大地で痙攣するのみ。

    そこに、一人の男が現れた。はちきれんばかりの筋肉を、こじんまりと隠している。
    両の手に、パンティーとTバックが怪しく輝く。

    彼は、内股でよよよよっと近づくと、そのまま、横島の表に回って……。

    Fin.

    し、失礼致しました〜〜。
    何故かちょうど表に出した話と、領域が被っていると言う……。

    手ごたえやら、許容範囲が全くつかめず、難儀しております。
    俗に言うマンガ小説が、キレイに書ければいいのですが……。
    No.7: Re: ボツ以上、投稿未満(2)   [No.6への返信] レスする この発言に返信
    日時: 2008/05/19 23:33
    名前: UG ID:0MzvGgZQ

    >>6
    殻之篭さん、ナイス勇気です。

    電波不足でオチが思い浮かばないとき、
    チャットの四方山話からヒントが出ることもあります。
    もしよろしければ、今度遊びに来てください(*゚∀゚)ノ
    No.8: Re: ボツ以上、投稿未満(2)  レスする この発言に返信
    日時: 2008/06/22 04:11
    名前: TYAC ID:I134cbqI


    まりチャでの即興SSSです。

    お題。
    「Yシャツ」「シャンプーの残り香」「ご奉仕」「おみくじ」「おキヌ」「文珠」「事務所」





    「ただいま!」

    学校の帰り道―――突然の雨に濡れたおキヌが事務所へと帰ってきた。
    しかし、おキヌの帰りを迎える者はだれもいなかった。

    『そうか……今日は私以外の皆はお仕事だったんだ。』

    おキヌは冷えた体を温めるため、浴室へ。
    浴室から出たとき、慌ててたために着替えを用意していないことに気がついた。

    ふと、帰りの道すがら、かおりとまりと共に立ち寄った商店街。
    ついつられてやってしまった何かのイベントでやっていた御神籤を思い出した。


    【男性の衣服に吉】


    浴室の棚には既に洗濯済みの衣服が丁寧にたたまれていた事を思い出す。

    少しの躊躇いのあと、おキヌは横島のYシャツに手を伸ばし身にまとう。

    シャンプーの残り香を纏わせ、おキヌは一人そのままのあられもない姿でくつろいでいた。


    「ちはーっ!」


    その声の主におキヌは戦慄を覚えた。
    今日は美神達と仕事に行ってしばらくは帰ってこないはず……

    「美神さん!何で今日は急に仕事キャンセルになったんですか?
     っておキヌちゃんその格好!?」

    そこには濡れ髪にYシャツ一枚のあられもないおキヌが……


    すぐさまおキヌは行動をおこした。
    黙って美神の事務机の引き出しを開け、ストックしていた文珠を取り出す。

    にっこりと微笑みながら何かしらの文字を込めた文珠を横島に投げつけるのだった。



    【完】



    すんません。これが即興では精一杯ですm
    しかも「ご奉仕」入れ忘れましたです。はい。

    No.9: Re: ボツ以上、投稿未満(2)  レスする この発言に返信
    日時: 2008/06/23 04:03
    名前: すがたけ ID:DZh1G5CA

     チャットで即興シリーズ・その二です(笑)。
     お題は『修羅』『美神さん』『コーヒー』『自転車』『風』『畑』『腕時計』『水たまり』
     タイトルは【朝の修羅】

     自転車は風を切って駆ける。駆ける。

     彼女と並んで走る。走る。

     水たまりを越えて。朝日を浴びて。

     茶畑を横目に。あの丘を越えて。どこまでも。

    「せんせー、どこまで行くんでござるかー?」

    「美神さんに見つからないところまでに決まっとるだろーがっ!!除霊したは良かったが、ヨリシロまでぶっ壊したと知れたら、間違いなく殺されるぞッ!!」

     脳裏に浮かぶは、昨夜の失態。そして亜麻色の修羅。

     背筋を走る恐怖に震え、駆ける凸凹二人は気付かない。

     ヨリシロである腕時計はもとより壊れていたことに。

     何より、二人が気付かない事はもう一つ。

     二人の脳裏に浮かぶ怒れる“修羅”は、二人が無事に帰ることを待ち侘びているからこそ苛立っている事を。

    「遅い!」
     かくして、苛立ちは濃いコーヒーとともに、再び腹に流れ込んでいった。
    No.10: Re: ボツ以上、投稿未満(2)  レスする この発言に返信
    日時: 2008/06/23 04:21
    名前: B-1 ID:McDHGr1A


    七題噺 「事務所」「Yシャツ」「シャンプーの残り香」「おキヌ」「文珠」「おみくじ」「ご奉仕」



    「「あぅうう〜暑いぃぃ〜」」

    へばった顔と声で美神事務所に入ってきたのは横島とキヌの学生組2人。
    最近は蒸し暑い日々が続いているため、学校から直接事務所へやって来た2人もご多分にもれず汗びっしょりだ。
    あいにく所長の美神はどこかに出かけているらしい。

    「横島さん、今のうちにシャワーで汗流しておきませんか?」

    「そーだね、そうしておくか…。今日ほど事務所に着替え常備してあることに感謝したことはないよ」

    そう、美神事務所には横島のために着替えが常備してあるのだ。
    と言うのも、この事務所で寝泊りしている美神・シロ・タマモ・キヌと違って、
    自宅から通っている横島は、午前中に除霊して午後から学校と言う場合や、
    深夜に除霊してそのまま登校すると言った場合、いちいち自宅に戻って支度していると時間をロスしてしまう。
    そのため事務所には横島の着替えや身の回りのものがある程度常備されているのだ。


    「じゃあ、横島さんお先にどうぞ」

    「いやいや、おキヌちゃんの方こそお先に」

    「いいんですよ。横島さんの着替えは脱衣場においてあるでしょう?
     横島さんが浴びてる間に私は部屋から着替えとってきますから」

    「そうかい?じゃあ悪いけど先に使わせてもらうよ」
           ・
           ・
           ・
    キヌが自室から着替えを持って来て一息ついていると、
    不意に窓が コンコン と叩かれた。
    何事かと窓を開けてみると、そこには魔界軍に入隊したはずのベスパが浮いていた。
    思わぬ来客に驚いていると、ベスパはこう切り出した。


    「美神令子はいるかい?ちょいと大尉殿からの頼まれごとがあるんだけど…」

    「ワルキューレさんからですか?美神さんは今ちょっと出かけていて、いつ戻るか分からないんですよ」

    「弱ったな、わざわざ魔界に戻るわけにも…。しょうがない、その辺で時間潰してまた来るよ」

    そう言い残して飛び去っていこうとするベスパ。
    そのまま見送ろうとしたキヌだったが、そこであることに気づく。
    学校から事務所まで来ただけの自分と横島でさえ、こんなに汗でビショビショなのだ。
    魔界からここまで、日陰のほとんどない空中を飛んできたベスパはなおさらなのでは?と。

    「あの、ベスパさんよかったら汗を流して休んでいきませんか?着替えもありますし」

    「ありがたいけど…いいのかい?」

    「ええ、私も汗かいちゃったんでこの後シャワー浴びるつもりだったんですよ。
     今は横島さんが使ってるんでその後になっちゃいますけど」

    「それじゃお言葉に甘えさせてもらおうかな。本音言うと汗で服が肌に張り付いて気持ち悪くてね」





    しばらくするとシャワーの音がやみ、未だ湯気の立ち上る横島が出てきた。
    脱衣所で着替えも済ませてきたようだ。

    「おキヌちゃんお待たせ〜…っとベスパか。珍しいな、事務所に直接来るなんて」

    「あ、出たんですか。じゃあ私…も…」
    「しばらくぶりだな、ヨコシ…マ…」

    実に見事に真っ赤っ赤。
    誰のどこが、などと野暮な事は言うまい。

    「どしたんだ?2人して固まっちゃって」

    突如動きの止まった2人に怪訝そうな顔で横島が訊ねる。

    「な、ななな何でもないです!じ、じゃあ私いきますね。
     あ、ベスパさんも一緒にシャワー浴びてく事になりましたから!」
    「いや、うん、えっと、これは…何でもない!」

    焦りながらそういい残すと、2人揃ってそそくさと脱衣所に消えてしまった。

    「何だったんだ一体?…変なの」

           ・
           ・
           ・
           ・
           ・

    「あっ!これじゃ…、う〜ん、どうしましょう」
    「流石にこれは無理があるね…」

    しばらく横島がおとなしく待っていると、脱衣所からそんな声が聞こえてきた。
    何かあったのか脱衣所に近づき、声をかけて見る横島。

    「おキヌちゃん、ベスパ、何かあった?」

    すぐに返事は返ってきた。どうやら特に危険な状態にあると言うわけではなさそうだ。

    「ええと、ベスパさんに着替えとして私の服を渡したんですけど…サイズが合わなくて」

    「下は大丈夫なんだけど上は…。無理に着たら破けちまいそうなんだよ。だからどうしたもんかと…」

    なるほど、と納得した。
    2人は背丈も全然違うし、スマートな体型のキヌとグラマーな体型のベスパではサイズもそりゃ合わないだろう。
    そういうことなら、と横島は一つの案を出す。

    「確か脱衣所の棚の中に、俺の予備のYシャツが入ってたはずだけど、それ着れないか?」

    「棚の中ですか?ええと…あ、ありました。ベスパさん、コレ着てみてください」

    棚の中を探っていたキヌの手には男物のYシャツが握られていた。
    横島にあわせたサイズだけあって大きく、ベスパでも余裕を持って着れそうだ。

    「わかった。…っとこれでっと…着れたよ。ありがとうヨコシマ」

    「どーいたしましてー」

    どうやら問題は無事解決したようだ。
    上気した顔のキヌとベスパが出てきた。
    先ほどの言葉通り、ベスパは上に横島のYシャツを羽織っている。
    2人ともほどよいシャンプーの残り香や上気した顔と相まって中々に色っぽい。

    …訂正しよう。先ほど特に危険な状態にあると言うわけではないと記したが…
    ある意味危険な状態になっていた。横島の一部が。





    かけっぱなしのテレビからは断続的に音が流れる。
    テーブルの上には誰かが置きっぱなしにした漫画の単行本。

    気まずい。実に気まずい。
    今事務所内のソファーに腰掛けている3人は一様にそう感じていた。

    横島・キヌの2人はともかく、ベスパとはどんな話題があるのか。
    横島・キヌとベスパは核ジャック事件時には最後まで敵・味方に別れて戦った。
    ベスパにとって横島は、「姉を誑かした張本人」であり、しかしそれだけでなく「横島の恋人でもあった姉を自らの手で殺してしまった」という複雑な感情を持っている。
    横島もそんな彼女の思いを知っているからこそ迂闊に話しかけられない。
    一方キヌとはほぼ初対面であり、キヌの方も一時期寝食を共にしていたルシオラ・パピリオとは違ってベスパ相手では勝手が分からない。
    先ほどは珍しい訪問者に対する驚き、風呂上りの横島を見たときのなんとも言えない気恥ずかしさ、想定外の衣服のトラブル、と思わぬ事態が続きうやむやのままいつの間にか会話していたが、改めて話を切り出すとなると何から話せばいいのかわからなくなってしまった。

    そんなこんなで三人とも会話の糸口を見つけ出せぬまま、しばし時が流れた。
    そんな雰囲気をどうにかしようと知恵を絞っていた横島の目に、ふとかけっぱなしのテレビと放りっ放しの漫画単行本が留まった。
    テレビからは妙な仮面をつけた筋骨隆々の大男が女性主人公に奉仕すると言うコメディアニメが流れている。
    放り出してある漫画本は横島も読んだ事があるものであった。
    最初は様々なゲームを使って悪人を懲らしめるが、途中からは完全にカードゲーム一直線になるというストーリーだったはずだ。
    その2つが脳内で繋がった時、横島にひらめきがはしった。擬音で表すなら「キュピィィン!」といったところだろうか。

    「おキヌちゃん、ベスパ。せっかく3人が集まったんだし、ちょっとしたゲームでもやらないか?」

    「ゲーム…ですか?」

    「なにをやろうってんだい?」

    この横島の提案に2人とも思いのほか好意的な反応を見せた。
    2人は2人でこの空気をどうにかしたいと思っていたのだろう。

    「簡単に言えば3人が順番にくじを引いて、くじに書かれた内容に沿って引いた人に残りの2人がご奉仕する、って感じかな。三人で順番に引いていけば誰か1人が損をするってこともないだろうし」

    「ご奉仕…えっちなのはダメですよ?」

    「へぇ、面白そうだね」

    キヌは笑みをこぼしながらもすかさず釘を刺し、ベスパも乗り気なようで笑顔を見せる。

    「だろ?で、くじはこうして、っと…」

    そう言いながら横島は、右手に握った文珠に【籤】の文字を込め、おみくじへと変化させた。

    「美神さんにはナイショな?」

    もちろん2人にしっかり口止めしておくことも忘れない。

    「さて、それじゃ誰からにする?特に順番によって有利不利ってのもないと思うけど」

    「やっぱり発案者が一番最初じゃないですか?」

    「だね。と言うわけでヨコシマ引きなよ」

    2人揃って横島にトップバッターを勧めてきた。
    実際は横島に最初に引かせて、このくじの内容がどんなものか把握しようとする思惑もあったろう。
    意図したものかどうかはわからないが。

    「では俺から、っと…」

    横島はおみくじの入った箱の中に手を突っ込み、よくかき混ぜた後に一枚の紙をつかんで抜き出した。

    「さて、俺が引いたのは……」






    「あう、横島さんとってもカタイです…」

    「ヨコシマ…随分溜まってたんだねぇ」

    「自分でするわけにもいかなかったからな…痛ててて、デリケートなんだからもう少し加減してくれよベスパ」

    「わ、悪い。まだ上手く感覚がつかめなくて…」

    「ベスパさん、こうやってやさしくやってあげるんですよ」

    「やっぱ他人(ひと)の手でやってもらうと違うな…」

    「気持ちいいですか?横島さん…?」

    「ああ、気持ちいい…。最高だよおキヌちゃん、ベスパ…」

    「ふふっ、良かった…」

    「こ、こんな感じで良いのかな…?」






    「あ〜、やっぱり人にやってもらうと気持ちいいなぁ」

    「でも安心しました。ホントにえっちなのは入ってなさそうですね」

    そう、横島が引いたおみくじの内容とは……

    「いや〜、誰かに【肩叩きと肩揉み】してもらうなんてホントに久しぶりだったからね」

    「横島さん、いつも重い荷物背負ってるせいか凄く凝ってましたよ。あまり無理しないでくださいね?」

    そう、【肩叩きと肩揉み】だった。
    確かにこれは“ご奉仕”の一種と呼べるだろう。世の中には“肩叩き券”なる回数券も存在すると言う。

    「私はあまり上手くないみたいだな…。しかし、この肩揉みと肩叩きというのは随分と気持ち良いものらしいな。魔界軍に戻ったら大尉殿にもやって差し上げよう」

    「力任せにしないのがコツですよ。大丈夫、やってるうちに上手くなっていきますから」

    初めて経験する“肩叩き&肩揉み”なるものに戸惑い、最初の内は慣れなかったベスパも、それを受けている横島の表情を見るうちにその気持ちよさを悟ったらしく、ワルキューレにやってあげようと言い出すまでになった。
    キヌのアドバイスを受けて、ここにまた1人肩揉みの虜が誕生した。
    ともあれ、横島の番は終わったので次にくじを引くのは2人のどちらかである。

    「じゃ、俺の番は終わったから次は……」




    「ほう、それじゃ3人して“癒し合ってた”と?」

    時は既に夕暮れを過ぎ、夜に差し掛かる頃。
    応接間の机で手を組んで、剣呑な表情で3人を見つめている…いや、睨みつけているのは美神令子その人であった。

    「そ、そうなんです!」

    「スケベな意図があったわけじゃないっスよ!」

    「2人は私に気を使ってくれて…」

    3人は口々に釈明の言葉を口にする。
    だが…

    「だとしても…、窓全開であんな嬌声まがいの声出してたら変な目で見られるに決まってんでしょうがーー!!」

    「「「すいませんでしたー!」」」

    美神の怒りの正論の前ではなすすべも無かった。
    ベスパが入ってきた窓を閉め忘れたのが今回の敗因であったと言えよう。


    「ところでベスパ、アンタなにか用事があって来たんじゃないの?」

    「あっ!? …どうしよう忘れてた。大尉殿に怒られる…」




    訪れた先で人間関係を円滑にする事に囚われ、本来の任務を忘れる…
    人それを“本末転倒”という!

              〜 完 〜



    土曜の朝方にakiさん、TYACさんらに複数のお題をチャンポンで出され、日曜夜に仕上げた即興SSです。
    No.11: Re: ボツ以上、投稿未満(2)  レスする この発言に返信
    日時: 2008/07/13 04:14
    名前: 龍鬼 ID:9idJsLMo
    参照: http://arouse51.blog17.fc2.com/


    「今日も、暑いわねぇ」

    いつも騒々しいこの場所で、殊更穏やかに聞こえるその、声。
    枕にしていたソファーの肘掛、そこから少し頭を空に差し出してやると、自慢の金糸は地に向けて垂れ、逆さになった世界のちょうど中心に、その人が、いた。開け放たれた窓から差し込む光が、椅子に腰かけたその人の、黒髪の縁を煌めかせる。眩しさに少々目を細めてしまったものの、その表情がほんのり微笑んでいたこと知るためのさしたる障害にはならなかった。

    「うん、暑い」

    それ自体が内包する水分までも絞りつくそうとするほどに、芯までなめきったアイスの棒が、言葉と共に揺れて踊る。当たり棒でないことは、既に三度も確認済みだ。

    「早く、冬になっちゃえばいいのに」

    彼女が読んでいた本が、ぱたん、と閉じられる音がした。
    堪えたような含み笑いも、自らの自慢の耳はしっかりと捕まえている。

    「この前の冬も、似たようなこと言ってた」

    天井を見上げて、過去の自分に思いを馳せる。覚えはあるような気もするが、どちらの言葉にも嘘はない。そんなに暑いなら、クーラーでもつければいいじゃない、って?だって、だって。例えそれが、雨の匂いを嗅ぎ取るのにも困るような街中だとしても、時折吹き抜ける風の気持ちよさは格別なのだから。それを教えてくれたのも、彼女。

    不思議な関係だと、思う。
    そこに対抗心も、警戒心も、はたまた義理も存在せず、それを一言で表すなら、自然である、ということかもしれない。また、彼女だからこそ、このような関係を築けていることにも、疑いを差し挟む余地はなかった。

    「さて、そろそろ」

    彼女はそう言って、身体を預かっていた椅子を丁寧に机に戻した。
    スリッパを可愛げに鳴らして、向かった先は台所。まだ、陽はそれほど傾いたわけでもない。
    となると今晩の献立は煮込み料理、もしくは「あれ」であるのかな、とぼんやり考えていた。

    「ねぇ、おキヌちゃん」

    なぁに、と一声。
    相変わらず、ぱたぱたと忙しげな足音は途切れない。

    「ぶっちゃけ私、ここにそこまで愛着があるわけでもないんだけどさ」

    折しも、伸びをしたのがまずかったのか、語尾に近づくにつれ、声から力が抜けてゆく。
    それくらいの方がいいのかな、とも思ったのだけれど。

    「それでも――おキヌちゃんのお味噌汁が飲める間は、ここにいてもいいかなって思うのよね。あの、油揚げがたっぷり入ったやつ」

    それを聞いていよいよ堪え切れなくなったらしい、背もたれに隠れた向こうから、ころころと笑い声が響いた。伴奏を務めるのは、煮立つ鍋と食材を刻む包丁。

    「なんだか私、プロポーズされちゃったみたい」

    違いない、と思う。
    もう少し照れてくれるかと思ったのだけれど、相手もさるもの。
    さりとて、その言葉にも嘘があるわけでもなかった。

    「駆け落ちでもしましょっか?二人で」

    言葉からは、つとめて深刻さを排除する。
    そんなことは、あり得ないのだと知っていたから。
    わかっているつもりだった。今は留守にしている三人が、彼女にとってどれほど大きなものであるのか。永遠など存在しないとはいえ、彼女がそれを望む限り、その関係は形を変え、いつまでも続いていくもののように思われた。

    「――――うん」

    冗談めかした提案への肯定でないことは、明白。



    「ありがとう、ね」



    こんなくだらない言葉遊びの果てが、充足感で満たされるのは何故なのだろう。
    ソファーをぎしりと軋ませて、もうひとつ、大きな大きな伸びをする。
    表情は僅かばかり、にやけてしまっているのだろう。何故って、原因はこの芳しい香り。五人分の、この香り。日も暮れて、もう少し涼しくなる頃には、いつものように皆で食卓を囲むのだろう。涼しさとは無縁の、暑苦しく騒々しい夕餉。最早それも、少しは楽しめるようになってきていた。



    ――――さて。



    口寂しさを長い間紛らわせてくれた棒きれで、部屋の隅のごみ箱にロングシュートを決めると、たまには料理の手伝いも悪くない、と足先は既に台所へと向いていた。心は、既に少し先の未来へと飛んでいる。



    ――――今日はどうやって、あの馬鹿犬をからかってやろうかしら。


    ――――――――――――――――

    お久しぶりでお目汚し失礼します(ノ∀`)
    習作なのですが、本投稿するほどのもんでもないのでこちらに。
    No.12: Re: ボツ以上、投稿未満(2)  レスする この発言に返信
    日時: 2008/07/25 00:56
    名前: 龍鬼 ID:QSAcX6QI
    参照: http://arouse51.blog17.fc2.com/


    それは神様の気紛れかもしれません。
    私とあなたが出会えたこと。
    きっと、世界で一番素敵な偶然。

    時間は、跳ねるように流れていきます。
    雨の日も、晴れの日も、雪の日も。
    数え切れないくらいのお日様と、お月様。
    それを一緒に見られることが、何より嬉しくて。

    ――本当に、本当に。








    「ねぇ、せんせぃ。おサンポ、行こ♪」
    「……まだ、眠ぃ」

    布団の中からちらりと覗いて、首がごろん、とあっちを向いた。

    「もう……。約束でござろ?一日一度のおサンポは」

    少し、意地悪したくなる。

    「あの時、なんて言ったんでござったっけ?あぁ、サンポぐらい何回でも行ってやるから……とか」
    「……お前、性格悪くなってないか?」

    答えるかわりに、最高の笑顔を返してあげた。
    つられてかどうかはわからないけれど、目の前の顔も少し微笑む。

    「約束……だもんな」
    「はいっ♪」



    少しだけ、ゆっくり歩くことを覚えました。
    後ろのあなたが、楽しいように。
    でも、たまには……ちょっとだけ飛ばしてもいいですか?



    おサンポの間は、夢みたい。
    二人で一緒に見る夢みたい。
    一緒にいたい。
    もっと色んなことしたい。
    色んなことを、かんがえて。
    走っているあいだは、飛んでるみたい。














    「あぁもう……毎度の事ながら、疲れたっっ」

    部屋に着くなり、床に大の字になるあなた。
    いつもみたいに、冷たいおしぼり。
    きっと、ずっと続くこと。

    いつも、二人で走ってきました。
    明日も、その明日もそのまた明日も。
    二人で走っていけたらいいなぁ。

    いつでも昇る、お日様みたいに。




    ――おつかれさまでした、せんせぇ。
      これからも、また。


    ――――――――――――――――――

    連投失礼します、短いですが_| ̄|○
    だいぶ昔にさらっと書いたものです。
    なんというか、ベタすぎるのでボツで(;´Д`)
    No.21: Re: ボツ以上、投稿未満(2)   [No.12への返信] レスする この発言に返信
    日時: 2009/08/16 01:54
    名前: 水城ルカ ID:EmknoXlU
    参照: http://m-pe.tv/u/page.php?uid=mizukiruka&id=1

    「不二子、今日はそんな気分じゃないの」
    「不二子さん、でもデートしようっていったの不二子さんだよ?」
    「今日は暑いからいや」
     いつもの不二子さんの気まぐれが始まった。
     僕は言いだしっぺの不二子さんをじと目で見た。
     いつも割りと言い出してはやめるのは不二子さんのほうだった。
    「……夏だから暑いのは当たり前だよ」
    「でもいや」
     海で泳ごうっていったのは不二子さんなのに。
     暑いから今日は別荘にいるわ。と言い切る。
     どうしてこう気まぐれな猫みたいなんだろ。と僕は思う。
     でもほれた弱みっていうか勝てないんだ。
     不二子さんは猫みたいだなあ。と思う。
     気まぐれでとても可愛い猫だと。


     絶対可憐チルドレンの兵部と不二子で妄想してみたものですが。
     短すぎたので没に。
     このCP好きな人よかったらどうぞ
    No.13: Re: ボツ以上、投稿未満(2)  レスする この発言に返信
    日時: 2008/09/20 01:15
    名前: とーり ID:5yoO9m/E

    最近微エッチな投稿がちらほらとするGTY。
    かく言う私も微エッチな作品を投稿したばかりですが、以前から習作は何本か描いてはおりました。
    表に公開しなかったのはどうにも読ませるための物というよりは妄想を書き出しただけだとしか思えなかったのでなんですが(−−
    そのウチの一作くらいならいいかなーなんて、と勢いで公開してみます。

    ちなみに以前の「没ネタスレ1」はこちら。没ネタが80以上あるというカオスなスレッドになっています。未読の方は是非。

    http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/patio/read.cgi?no=38

    ☆☆☆

    「おーい厄珍、商品取りにきたぞー」

    「良く来たアル、ボウズ。そこにもう準備してるある」

    「おう、すまねーな」

    「全部で10億するアル。落とすの良くないね」

     相変わらずな非常識風呂敷を受け取り、俺はぐるり店内を見渡す。
     オカルトグッズを扱うせいか、厄珍堂はあまり健全とは言い難い雰囲気を放つ。
     不気味な呪い人形、ヤモリなどの燻製、破魔札、見鬼君などが所狭しと並ぶ。
     洋の東西を問わず手広い品揃えは、実の所、結構な引き合いがGSからあると聞く。
     さすがに美神さんが仕入れ先に指定するだけはある、ってことだろう。

    「最近はあんまり変な物は仕入れてないのか? 結構まともな物ばっかじゃねーか」

    「ふっふっふ、そう思うアルか。まだまだ甘いアルね、ボウズ」

    「なんだ?」

     厄珍が懐からさっと取り出したそれは、風薬の箱ほどの大きさだ。
     とたん、俺はくるりときびすを返す。

    「それじゃーな」

    「ちょ、ちょっと待つアル! 試したくないあるかっ」

    「いらねーよ。今まで散々ひどい目に遭わされてきてるし、それに俺は霊薬みたいなのにロクな思い出がないんだ」

     手を振り払ってさっさと帰ろうとすると、引き留めるように厄珍が言った。

    「自分が飲むだけで異性に惚れられる、最強の惚れ薬でもあるか?」





    〜指チュパ♪〜





    「さてさて・・・。飲んでみたは良いが、さっぱりそんな効果なさそうだな」

     帰り道、商店街を歩きつつ薬の効果に首をひねる。
     

     【飲んだだけで異性にもてる】
     
     厄珍の話であれば、もう効果が出てきてもおかしくはない。
     最近では珍しくいつも賑わっているこの商店街は、夕暮れ時には女子高生も割合多く通る。
     それだけではなく、近所の若妻やらお姉さんも頻繁に見かける。
     だけども彼女たちは俺のそばを素通りするだけで、振り向きもしない。
     全く、また騙されたのか。
     俺って進歩せんなあ。

    「横島さん!」

    「ま、タダだから良いけど……」

    「もう、横島さんってば」

     声に振り返れば、学校帰りのおキヌちゃんがいた。
     走ってきたのかちょっと息が上がってる彼女は、鞄を両手で前に持って、こっちを見てる。

    「事務所に行く途中ですか? 」

    「うん。おキヌちゃんは学校帰り」

    「ええ。冷蔵庫の中身が寂しくなってきたので、ついでに買い足しておこうと思って」

    「そっか」

     今日は特に野菜が安かったらしくて、おキヌちゃんはお目当ての店に入っては次々買っていく。

    「あ、安ーい」

     おキヌちゃんはあれこれ下さいと弾んだ声をあげる。
     そんな調子で肉屋とか魚屋とか行くたびに、おキヌちゃんには負けてあげるよ、とおやじさん達から声がかかる。
     幽霊時代からの馴染みの商店街、それも当たり前か。
     なんたってツケで物買えたくらいだもんな、幽霊だったのに。

    「ごめんなさい、荷物が増えちゃって」

    「いや、全然。もっと持とうか? 」

    「いえ、もう買う予定もないですから。事務所に戻りましょ」

    「そうしようか」

    「はい」

     荷物持ちに終始していた俺の両手はもう一杯で、残りの荷物を持ったおキヌちゃんと二人で並んで、帰り道を歩く。

    「ごめんなさいね、便利使いしちゃって」

    「いいよいいよ、俺でよければいくらでも」

     ありがとうございます、と返事をしたおキヌちゃんを見やれば、さらさらとした髪をかきあげた。
     垣間見えたうなじにどぎまぎしてしまって、気づいたのかおキヌちゃんがこちらに視線を寄越す。

    「どうしました?」

    「いや、なんでも」

     気づかれなかった事に胸をなで下ろしつつ、アーケードを抜けて、事務所に向かう。
     俺は惚れ薬の事なんか、もうすっかり忘れてた。

    ☆☆☆

    「痛っ」

    「大丈夫ですか、横島さん」

     キッチンに、おキヌちゃんの声が響く。
     今日の除霊は深夜に及ぶだろうからって、おキヌちゃんと一緒に弁当の用意をしてたのはいいんだけど慣れない包丁を使っていたせいか指を切っちまった。
     白いまな板に赤い血が広がっていく。
     おキヌちゃんはすぐに手を取ってくれて、指を流水に当ててペーパータオルで水気を拭き取る。
     だけど、意外と深かったのか血の収まる気配はない。

    「バンドエイドは行きがけに買う予定で、今きらしちゃってますし・・・」

    「いいよいいよ、紙まいとくから」

    「そういう訳にはいかないですよ。・・・あっ、そうだ。じゃあヒーリングしますね」

    「えっ」

     言うが早いか、おキヌちゃんは指をさっと手に取り、口元に運ぶ。
     わずかに空けた隙間から、そっと指を招き入れる。

    「…んっ」

     指先を湿らそうと、指をゆっくりと口に含む。
     横に長く入った傷を、舌と唇で挟み込むようにして包み込む。
     程なく、傷の周りからは血糊も無くなり綺麗になっていた。

    「どうですか? 横島さん。痛くありませんか……」
     
    「痛くはないけど。・・・あ、ちょっと待っておキヌちゃん! 」

     しまった。
     やばい、やばいぞこの状況。
     厄珍が言ってたじゃないか。

    ☆☆☆

    「今までの惚れ薬は相手に飲ませるのが難しいという欠点があったアルが、これなら問題なしアル!」

    「えーーー、厄珍の言う事はあてにならんしなあ。でもまあ今は文珠もあるし、解毒くらいなら出来るか。じゃあバイト代くれたら飲んでやるよ。どうせモニター試験も兼ねてんだろ?」

    「ちぃ、小僧の癖に勘が鋭いアルね。しかたない。じゃあなんぼか払うからさっさと飲むアル」

    「へーへー、これで良いんか?」

    「この惚れ薬は血液を通して体から媚薬を放散させるから、相手にのませる必要ないアルね」

    「……目の付け所がいいじゃねーか」

    「でも、間違っても血液自体を飲ませたりしたら駄目アルね。そうすると大変な事になるアル」

    ☆☆☆

     そりゃそうだよ、媚薬の原液みてえなもんなんだから。
     早く指離さないと、っておキヌちゃんちょっと待った。

    「どうしました、横島さん……? 血がまだ、ほら……」
     
     一旦離そうとしたのに、おキヌちゃんは再びヒーリングを始める。
     どうする。
     どうする。
     どうしようって、どうしようもないんだけど。
     結局、黙って見つめていた。
     怪我を心配する言葉とは裏腹に、指先からの感覚は、治療と言うにはおキヌちゃんが過剰なほど深く舌を絡ませる様子を伝えてくる。
     背筋にゾクリとした電気が通るような感覚を走らせる。
     チュプ……チュ、チュ……ツプ……。
     唾液が絡まる音が、周りの静けさを一層際だたせる。
     
    「ん、ふ……」

     気のせいか、おキヌちゃんの頬は高潮して赤くなっている。
     媚薬が効き始めたのだろう、指を吸ったまま離さない。

    「あ、おキヌちゃん。もう、いいよ・・・」

    「ん……ふ」

     おキヌちゃんは聞こえているのか、それとも聞こえないふりをしているのか、穏やかな動きで指をしゃぶり続ける。
     両手と口で包まれた右手を口から引き抜こうと、腕に力を込める。
     でも、引き抜く際に怪我をした部分に舌があたり、半端なところで腕が止まる。
     おキヌちゃんの口元は半開きになり、唾液でぬらぬらした口元に、俺は視線を奪われる。
     唇のつややかさ、血色の良さ、歯の白さがやけに艶めかしい。

    「ふふ・・・」

     どうしたんですか、とばかりにおキヌちゃんは止まった俺の手をゆっくりと自分の手で引き抜く。
     窓から差し込む光に溶けて、指がきらきらとして見える。
     
    「・・・じゃ、これで」

     とまどいを隠せない俺は、動きが止まったのを幸いとばかりに階下に降りようとした。
     が、おキヌちゃんは俺の手のひらを自分の頬にあて、その上から自分の手を重ねた。
     人差し指には唾液がついたままだがそれも気にせず、ゆっくりと上下にさする。
     首を少し傾け、ほっそりと目を開けて、その動きを見守っている。
     俺の手には、おキヌちゃんの頬と手のひらと、そしてしとやかな黒髪がささと触れて、絶えない。
     
    「駄目ですよ、横島さん。怪我は、ちゃんと治さないと……」

     傷はすっかりふさがったように見えるけど、それでもおキヌちゃんは手を離さない。
     調理台の上に放りっぱなしの材料を横目に、ここがどこかも忘れてしまったように、その場から動かない。
     普段なら見え無いほこりが光に照らされて舞って、そしてどこかへと飛びさっていく。
     
    「治さないと、駄目……」

     おキヌちゃんは手のひらを顔の正面に持ってきたかと思うと、右手で支え、下から上へと手の平を舐めあげる。
     指の谷間に舌先を落とし、そして人差し指と中指の側面に這わせる。
     時折止まり、舌の腹や先で左右、円を描いて動く。
     おキヌちゃんの鼻に当たった指先に、暖かい息が当たる。
     俺の右手は、おキヌちゃんが左手で手首から先をゆっくりと何度もさする動きに合わせるように、深い感覚が何度も走る。

    「おキヌちゃん……」
     
     もうアカン。
     俺は、自身の意志で指を下げる。
     柔らかい唇、そしてその中に触れようと、不意に湿った、暖かい舌に指が触れる。
     導かれる様に指を口に滑り込ませ、舌の上でいくばくか動き、指を吸わせようとした、その時。

    ピィィィー。

     やかんが、湯が沸いたと大きな声で知らせてきた。
     はっとして、お互いを見つめあう。

    「え、あれ? あの、わ、わ、私っ?!」

     顔から火が噴く、ってのはこういう事を言うんだろう。
     驚いた顔から一転、泣き出しそうな顔をして、背を向けたおキヌちゃんを俺はしっかり捕まえた。
     口元からうなじへと、そしてあごの下を指先で捕まえて、おキヌちゃんの顔を上げさせる。

    「おキヌちゃん」

    「……横島さん」

     今度は、指だけでなく。
     唇と唇が、そっと触れ合った。
    No.14: Re: ボツ以上、投稿未満(2)  レスする この発言に返信
    日時: 2008/12/15 01:04
    名前: 龍鬼 ID:ZYSoUsgs メールを送信する

    旧まりあんにて書かれたリレーSSです。
    旧、ということからもわかるように、自分自身も経緯を覚えていない程に昔のものなのですが(笑)

    眠らせておくのも勿体ないかと思い、ここに投稿させて頂きます。
    参加された方の中で、連絡のつく方にはほとんど了承を得たつもりではいますが、もし問題などある方がおられましたらその旨お伝え下さい、対応させて頂きます。

    懐かしい名に感傷に浸るもよし、どの作者さんが書いた部分なのかを予想するもよし。
    お楽しみ頂ければ幸いです(^^

    では、どうぞ。



    ※書いた人:EMPER-OR・黒犬・純米酒・竹・トンプソン・浪速のペガサス・ノ定・美尾・斑駒・鈴奴・ホフマン・ゆうすけ・りおん・龍鬼・ロックハウンド(あいうえお順、敬称略)

     また歓声があがった。呑み会が始まってもう2時間余り、そろそろ場がダレてくる頃合になって――誰が言い出しのかは定かではないが――始まったのはかくし芸大会だった。

    「ふはははー! カオス、脱ぎまブフッ!?」

     一瞬にして男勢に殴られスパイラルしつつ墜落するカオスを見やりながら横島はポツリと呟いた。

    「――いかん、この状況はいかん」

     彼の膝の上には酔ってかなり上機嫌なシロがいた。

    「んふふふ♪ せ・ん・せー・・・・・・暖かくて、いーきもちでござるよ・・・・・・」
    「あ、あのな、シロ・・・・・・お前、いま自分がどーゆー状態にあるのか、わかってるのか?」

     誰だ、シロに酒を飲ませたヤツは。
     横島はほろ酔いも忘れて、己が膝の上でごろごろと寝転がる猫、もとい犬、でもなく人狼少女を見やっていた。
     なんということだ。横島は頭を抱えていた。いくら自分の煩悩が並外れているとはいえ、対象のカテゴリーというものがある。シロはまだあてはまらない。なのになぜ自分がにらまれねばならないのだ。そう、酒宴の場、賑やかさの代名詞とも言うべき、華やかな場において、嫉視がちくちくと身を指すのを横島は感じていた。いや、嫉視ということすら彼は気付いていないのだが。

    「うにゃ♪」

     いたずらっぽい表情で、シロは師匠の困惑した顔を見上げていた。

     思えば、酒が入っていたのだ。

     ――ギシ……

     二人の戯れる姿に、横島の右隣に座ったおキヌの手にあるグラスが軋む。
     なんだこれは。なんなのだこれは。このイチャイチャっぷり。この体たらく。まるで世界に二人っきりとでも言わんばかりではないか。これでは準備段階にて敗者の死山血河を築いてまで横島さんの隣ゲッチュした私の苦労はどうなるのだ。これが許せるか、諸君。邪魔せずにいられようか、諸君―――ゆらゆらと剣呑な光がたゆとう瞳を冴え冴えと光らせる、おキヌ。

    「せんせぇ〜大好きでござる〜♪」

     ふと、そんな声を耳朶に拾い上げ、唇の端に危険な笑みを浮かべる。

     ――やっちゃいますか?

     ――えぇ、やっちゃいましょう。

     ゆらり、とおキヌは立ち上がった。

    「せんせぇ〜大好きでござる〜? あほですか。あんた、あほですか…あんたのいる膝の上はあんたがまだちびっこいころから私の指定席じゃー! ぼけー」

     怒りの所為か、酒の所為か、顔を真っ赤に染め、おキヌはシロを蹴り飛ばすと横島の膝の上に身体を落とす。そして、潤み、細めた目を苦笑いを浮かべる彼に向け、そっと掌で彼の頬を撫ぜる。

    「横島さん、駄目じゃないですかぁ」

     そして、彼の胸に頭を寄せ、のの字を書いて、囁くように言う。

    「あの日、私を力強く抱いて…『俺には君しかいない』っていったあの夜のこと、忘れたんですか…」

     確かに囁きとしかいえないものだったのに―――その場にいるもの皆、その声を確かに聴いた。

    「な、何を言って……」

     横島君は流石にうろたえた。真っ青になった。

    (洒落にならん、この状況では――) 

     しかし、何も喋れないでいると、おキヌさんは続けて――

    「ひどーい!! あの時あんなに愛してくれたのに…あの夜は嘘だったんですか、横島さん?」
    「ちょ、ちょっと待って…」

     横島は気づいた。殺意の視線が己に集まるのを。そして、その一番強いものの大本は――美神令子その人だった。
     美神令子の放つ殺気は、普段ならば宴会をお開きにしかねないほどのものだ。
     だが、その殺気もモノともしない、酔った『恋する悪女』もとい、『ブラックシルク』にはそよ風に等しいものだった。

    「なんでみかみさんが怒ってるんですか〜?」

     酒の力を借りて偉大なる母に立ち向おうとして、自滅してしまったときとは明らかに違う。恋をすると女は強くなれるようだった。
     令子はあっさりと突っ込まれて軽くうろたえてしまうが、すぐに悪役にこそ似合うような微笑を浮かべると、酒を煽ってから睨み返す。
     ヤクザも裸足で逃げ出す視線だが、横島は逃げ出すわけには行かない。腕の中ではおキヌが「いやん、わたしこわーい」とのたまって身体を押し付けてくるからだ。

    (あぁあったかくてやーらかい…しかし、このままでは確実に美神さんに殺されるっ!)

     横島の思考はこんな状況でも己に忠実だった。そんな横島が救いを求めた人物は――

    「美智恵さん、なんとかしてください!」

     おキヌはともかく、激怒した令子を制圧できる人材など、そう居るものではない。横島はおキヌの尻を胡座に組んだ膝上に乗せながら器用に腰を折り曲げ、額を地べたに擦りつけて頼み込んだ。文字通り、必死である。
     だが――

    「ふーん♪ そっかー♪ おキヌちゃんより、令子より、私の方がいいんだー♪」

     出来上がったオバチャ……もとい、妙齢のご婦人に理屈は通用しなかった。
     神は居ない。居てたまるか。悲しい真理を発見してしまう少年であった。
     視線が痛い。どれくらい痛いかというと文殊に「刺」という文字を刻み叩きつけられてる感じだ。ごめん、よくわかんない。
     酔った美智恵さんはケタケタと笑いながら何故か美神さんのほうに絡んでいる。

    「あんたも素直になればねぇ…」
    「ちょ、関係ないでしょ!?」
    「何処で教育間違ったんだが…大体ねぇ」

     そして始まる説教タイム。対象は自分じゃない、とりあえず美神さんはこれで暫く封じれる。後は――

    「横島さぁ〜ん♪」

     酔っ払って絡んできてるおキヌちゃんだけなんだけど、実は何気に事態はもうちょっと重い方向に向かっている。
     と、いうのも。

    「せんせぇ…」

     キューン、と溶けるような声を出しながらシロが背中から抱きついてきたからである。
     血涙を流しながら横島青年は思う。神よ、俺、なんかしたっけ?

    「横島さん、飲んでないじゃないですかぁ」

     おキヌが横島に猪口を押しやった。自身は銚子を取って、無理にでも注ごうとする。

    「いや、ほら俺未成年だし」

     しどろもどろに言い逃れようとする横島。しかし、おキヌの目は据わっていて怖かった。諦めて、注がれた酒を一気に呷った。

    「拙者も先生にお酌するでござるぅ」

     シロも負けじと銚子を取りだしてくる。こちらも目の色が尋常ではなかった。盃を受けなければ、何をされるか解ったものではない。
     いつの間にか横島は、おキヌとシロに両隣を固められ正座していた。盃を干しては、交互に注いでくる。横島は自動人形のごとく、猪口を差し出しては飲み干す、という作業を繰り返していた。

    「あかん、このままじゃ潰される。何とかしなければ」

     流石に酔いが回り、頭がくらくらとしてきていた。このままだと潰れるのも時間の問題である。状況を打開するために、勇気を振り絞って二人に声を掛けた。

    「ねえ―――」
    「何です(ござる)か?」

     声をかけると同時にぐりんとこちらに顔を向ける両者。目が据わってる。

    「せんせぇ〜♪ こう、気分がポワポワしてくるでござるよ〜」

     完全に酔っ払い妙な色気を醸し出しながらシロが右腕にがっしりと捕まる。偶然を装い顔を首元によせて息を吹きかけているのだが実は確信犯である。酔った勢いで持っていけるところまで持っていく魂胆である。凄いぞ、シロ。

    「私のぉ、お酒がぁ、飲めないってぇ…言うんですかぁ…」

     次第に涙声になりながら訴えかけてくるおキヌ。先ほど後ろを向いて何かを目に刺していたようなのだがシロに注意がいってて横島がそれを知る事はない。完全にグデングデンのはずなのだが…恐るべし、おキヌ。

    「え、あ、いや、その…そ、そろそろ飲むのやめないか…? 俺もう頭フラフラしてきてな…」

     ―――ギラリ。

    「――――…っ!?」

     瞬間。周囲にいる女性達の目が鷹の如く輝いた――のだがキングオブ鈍感な横島がそれに気づくわけもなく、背筋に走る殺気にただ身をすくめるだけだった。

     言葉を放つと同時、場から音が消えた。宴会にはふさわしくない、殺伐とした空気が二秒、三秒ほど流れ、横島は思わず息を飲んだ。
     その時、どこからともなく声が聞こえてきた。

     「六番、西条輝彦。踊ります!」

     酒の所為でだろう、濁った声の方に視線を向けると、顔を真っ赤にした西条が、どこからともなく持ってきたラジカセを置き、スイッチを押した。そして、流れ出すメロディーにあわせて、踊りだす。

     ―――スーダラ節だった・・・ッッ!!

     …お前、なんやねん。いや、そーいうキャラだったか? つか、カオスを一番としても二番から五番を見逃し……いやいやいや。現実を見ろ、俺。
     取り敢えず、みんな口あんぐりのポカーンだ。……これは絶好の好機!! ここぞとばかりにそろりそろりと鬼の輪から抜け、出来るだけ遠くへだっ……

    「ヨコシマ」

     ――沈黙を破るためには、勇気が必要となる。
     ただ、今この時に限っては躊躇っている暇は無かった。

    「……なぁ、パピリオ」
    「なんでちゅか?」
    「取り敢えず、林檎を軽々握りつぶさんばかりの握力で俺の足を掴むのは止めてくれないか?」
    「い〜やでちゅ〜♪」

     ……よく見れば、顔が赤い。

    「……お前、飲んだか? いや寧ろ飲んだな?」
    「飲んでまちぇんよー♪ ただなんだか世界がふわふわしてすっごく楽しいだけでちゅー♪」

     誰だ。こいつに飲ませたのは。いや、止めなかったのは。
     こんなに誰かに殺意を覚えるのはいつ以来だろう。
     あぁ、そうだ。三日前に雪之丞の奴に虎の子の特製カップ麺を喰われた時以来だ。いや、それはこの際どーでも良いとして……。

    「なぁ、パピリオ?」

     きっと、その笑顔はとても優しかったと思う。

    「俺にとって、お前はとっても大事な存在なんだ。だから……」

     ―――ヨコシマ……。

    「だから、な?」

     小さな肩に、手が触れた。


    「スマン」

    「……へ?」

     その時、掌の中で文珠が煌めいた。

    「寝てろ」

     ”眠”と文字のはいった文殊が作用すると同時にパピリオは眠りの園に落ちていった。

    「さてと……」

     振り返るとまだ他の面々は西条の惨状に目を奪われている

    (いまのうちに)

     抜き足・差し足・忍び…

     ポンッ

     肩を、叩かれた。

     ぎしり、とまるで機械が故障したように体が止まる。なんてこったい。こいつぁとんでもない事態だ。
     西条は踊っている。まるで道化だっていうか事実道化だ。唖然としてた面子も酒のせいか笑い始めている。
     まぁそれはいい、それはおいておこう。問題は肩に置かれている手だ。

    「せんせ?」

     ―――振り向くな。
     全神経が、全思考回路が本能が、俺の頭に告げる。
     振り向いたら負ける。恐らくは陥落する――いや何がってそこは聞かないのが大人の事情というものだ。多分。
     想像は出来る。潤んだ瞳、火照った身体、少しはだけている服、そして何より「何処行くの?」と直接的に訴えてくる、本人は否定してるが所謂「子犬オーラ」を放っているだろう。
     振り向けば構ってしまう。ていうか酒で緩んでる何かがぷっちり行く危険性がある。いくら対象外とはいえ…いや、それはないと自問自答。そう、そうだ、俺はロリじゃな――

    「――置いてかないで欲しいでござるぅ」

     ――無理でした。

    「えへへ……せんせー♪」

     ぽふ、という軽い音と共に、しなやかな身体が横島の胸に預けられる。その軽さと肩の細さに、一瞬陶然とした。細身の体型は相変わらずだが、その身はどこまでもやわらかく、その肌は熱を孕んで甘い。

     ……女の子なんだなぁ、こいつ。

     知っていたはずの、それでも気づいてはいなかった事実に直面し、くすぐったいような、それでいて何故か嬉しいような、複雑な気持ちに襲われる。抱きしめているのは自分の方なのに、この包み込まれているような感覚はなんなのだろう?

     そのまま浸ってしまいそうな快美感がそこにあった。――周囲の状況さえ無視できる胆力に恵まれていたならば。

    「一旦バラバラにして、後から人目を忍んで海へ……いえ、山の方が良いかしら? 横島クンの家庭状況からいって、すぐに山岳救助隊を頼めるとは思えないし……」

    「うふふふふ……。これは予てからの計画を発動せよとゆー神様のご支持なんですね……横島さん…大事に飼ってあげますよ……うふふふふふ……」

     なにやら黒い呟きを零す美神。ひたすら逝っちゃった視線をアッチ側に投げかけながら、聞くだに危険な計画を漏らしているおキヌ。

     悲しい現実がそこにあった。

     危うく再起不能になるところだった。絶望とは死に至る病であると言ったのは誰だったか。人間が皆すべからく平等であるべきだとは微塵も思わないが、それにしたってもう少しなんとかならないものだろうか。誰が悪いというわけでもないのだが、かと言って運が悪いの一言で片付けられるのも腹立たしい。
     もはやどれだけ理にかなった言い逃れとて、彼女たちを止めることはできそうもなかった。だいたいからして、無理を通して道理が引っ込んでいる連中なのだから。

     そう、おキヌちゃんは予てからの計画を発動させようというのだ。だがその前には目の前の敵である猫のような犬を排除せなければならない…
     辺りを見渡せば酒盛りのおつまみと幾日もかけて用意した料理が放置されている。

    「えーっと、これにしよっと!」

     お皿には数個の鳥のから揚げが残っている。二時間以上放置されてたので既に冷め切っているが。
     ぱたぱたとスリッパを鳴らして台所へと向かう。調理道具がいくら発達しても電子レンジには適わないだろう。物の数秒で温まり、そして。

    「えっと、鶏がらスープの出汁に使う骨があったわね・・・でも何で骨にまでお金がかかるんだろう?」

     以前購入した物を用意、そしてホクホクのから揚げに突き刺す。
     返す刀の喩えにならい、驚異的速度で未だにいちゃついているシロと横島の所へ向かう。

    「シーロちゃん、いい物あげるわね」

     横島の体をこれでもかと嗅いでいたシロの嗅覚が動いた。

    「にゃんでごじゃるか?おキヌどのぉ〜、これは…まさか、骨付き肉のから揚げ!」
    「ほらっ!上手く取れたらご褒美よ!それっ!」

     あさっての方向へ投げれば金魚の如く食いつくシロ。ご丁寧に『もっと・もっと』のポーズを見せた。

    「じゃあ、とってらっしゃーい!」

     三つ目はなんと窓の外へへとやっていく。直ぐに地面に付くと思われた矢先。

    「? か、から揚げが空を飛んでいるっ!」

     横島も決して肉は嫌いではない。目で追っているだけに留まっていたが。
     詳しく見るとあの妖精鈴女が。

    「うんしょ!うんしょ!どっこらしょー」

     本人には大きめ物を頑張って運んでいるようだ。
     これはおキヌちゃんが事前に打ち出していた対抗策。当然前金にあたる食料は提供していたのであろう。
     これを追って、いくシロ。

    「あ、助かったよ。おキヌちゃん」
    「いいえ〜。でも横島さん、ここにいると危ないわ。私についてきてください」

     地べたに尻を付いていた横島の腕をとって、玄関口へと逃げていった。
     その様子を見ていたのは近くの自縛霊だ。二人の姿を確認すると、何故所持しているのかは判らないが、携帯を取り出して。
    「あ、石神様ですか?俺ですよ。『おキヌちゃん応援団、東京支部副会長補佐代行代理』です」

     長い肩書きだ。

    「今、おキヌちゃんはターゲットを連れて逃げていきました。山小屋の手配をお願いします」

     用意がいい。

     玄関には、既におキヌが(美神の名を騙って)手配した、
     AMGゲレンデバーゲンがあった。圧倒的な走破性を見せる、究極のSUVの一つである。

    「じゃあ、横島さん運転お願いしますね。」

     と、言う前に横島を運転席に投げ込み、助手席に座るおキヌ。

    「ちょ、ちょっと待ってくれ、俺無免許だし、飲酒……」

     言い終わる前に、おキヌは、

    「大丈夫ですよ、ATだからあくせる踏めば動きます(はぁと)」

     などと無茶をいい、横島の足を踏みつけた。
     2.5トンの巨体にもかかわらず、476馬力の圧倒的なパワーは飛行機の如く加速させる。わすが10秒後、その300まで刻まれたメーターは、180を超えていた。
    その加速度の中、横島の意識は既に現実逃避を始めていた……。

    「おキヌちゃん……」
    「はい、何でしょう♪」

     注:一見普通ですが猛スピードです。

    「素敵な笑顔だね……」
    「やだ、横島さんたら……」

     注:良い雰囲気ですが更に猛スピードです。

    「あっち……渋滞してるしさ。そろそろ足どけてくれないかな……?」

     シャレになりませんし。死にますし。咽喉まで出かかったものの、それは流石に言わなかった。
     ……怖いもん。こんな自分がちょっち可愛い。

    「あぁ、それなら心配無用です♪」

     ごそごそ……ぽいっ。

    「……!? 今、何投げた……?」
    「こんなこともあろうかと、とっておいた文珠です。いきなり『爆』だなんて、私ったらダ・イ・タ・ン♪」
    (こんなおキヌちゃん……おキヌちゃんじゃないやい……。そうだ、きっとそうだ。これは偽者なんだ……)

     ……ん?
     ここで一つ、思い当たることがあった。
     酔ったとはいえ、どう考えても今日のおキヌちゃんはおかしい。そして、花見の席で、途中から見当たらなかった人物……。

     試してみる価値はあった。


    「……あ、油揚げ」
    「どこっっっ!?」

     車内の空気は、微妙な均衡を保っていた。
     一触即発などという危ういものではない。また春の野原にも似た穏やかな平穏さなどでもない。
     エンジン音が座席を通して、運転席・助手席双方に座す男女を細やかに揺り動かす。
     彼らの耳朶を打つのはエンジンとエアコンの駆動音。車外から聞こえるクラクションと雑踏の賑わい。そして横島の口から長く深く漏れる溜息の音であった。

    「・・・・・・も、もう、いやですね、横島さん! お昼ご飯ならさっき皆で・・・・・・」
    「あ、向こうに狐うどんの看板が」
    「えっ、どこ!? どこなの、横島っ!?」
    「・・・・・・なぁ、タマモ」

     ここまで引っかかってくれると、むしろ気が咎める。
     脂汗を浮かべながら助手席のおキヌは前方をひたと見据えたままである。なんとかハンドルを繰りつつ、横島は改めて臨席の少女へと話し掛けていた。

    「いつからおキヌちゃんの姿になってたんだ? 全然気付かなかったけどさ」
    「ちぇっ。アンタって変なところで勘が良いのよね。騙し甲斐がないったらありゃしない。やんなっちゃうな」

     舌を出しながら、妖狐の少女・タマモは煙と共に姿を現していた。
     やはりそうだったか。横島は幾度目かの溜息と共に、先ほどまでの宴会を想起していた。
     元来、酒精にはてんで免疫の無いおキヌであったはず。となると宴席での酒乱はどう考えても彼女らしくない。
     いや、らしさを問えば可能性は様々だし、むしろあんな風に嫉妬心丸出しで、手練手管の限りを尽くして、ライバル連を排除する性格というかペルソナが在ってもおかしくは無いだろうが、それにしても心臓に悪かった。

    「おキヌちゃんは?」
    「んー? 最初の一杯でダウンしちゃってた。なんだっけ? 『じょにー・うぉーかー・1820』とかいうお酒を、美神のお母さんから呑まされてた」
    「隊長ー! あんた、それでも社会人っスかぁー!」

     精神が疲れていたのかもしれない。蓄積されていく量が半端ではないのだ。
     よくよく考えてみると、宴席で学生が酒を飲む。これはまぁ良い。
     今、自分は何処にいる? 車中にいる。これもわかる。
     だが、運転手は誰だ? 助手席は君だ。ハンドルを握るのは18歳未満の高校生。つまり未成年。
     当然、免許などあろうはずも無い。

    「降ろしてくれーっ!! っていうか、どこか駐車場はーっ!?」
    「ねぇ、横島。ドライブっていうんだっけか? けっこう楽しいよね♪ あ、カーラジオってのつけてよ」

     車外の光景は、いつの間にやらと言って良いのか、ここまで来れたのが奇跡というべきか。
     雲一つ無い空から降りてくる陽光を反射して、きらきらと輝くオーシャンブルーの世界。

     海へとやってきていた横島とタマモの未成年コンビであった。




        僕の他に誰かが、君と一緒にいるなんて考えたくない
        心に寄り添った。そう、君が感じている誰か。
        何事があっても、はにかむように笑う方法を知っている君。
        ああ、今はそこに居たいよ。そう、君の隣だけに。



     アコースティック・ギターの響きと男性による低音のコーラスが、海辺のどこかに設置されたスピーカーから聞こえて来ている。
     浜辺に打ち寄せる波の音と、転がる貝殻。
     きらり、と光を反射して、さながら宝石のように輝くのは、割れて削られた瓶の欠片だろうか。


     「きれい・・・・・・」


     裸足になったタマモは光の元へ小走りに駆け寄ると、そっと指先でつまみ、拾い上げた。
     左手にエメラルド・グリーンの輝き。右手には突起を四方に生やした貝殻をつかみ、耳へと押し当てる。
     潮騒が、歌っていた。

     悠久のシンフォニーを。


     「横島・・・・・・。海って、素敵ね・・・・・・」


     感動か、それとも大自然への畏敬か、タマモは水平線を遥かに見つめ、押し寄せる潮騒に心を溶かしていた。傍らに座しているはずの少年にこの想いは伝わるだろうか。
     タマモはいつになく、沸き立つ心に胸の奥を弾ませながらも、少年のほうへと振り向いた。
     横島は玉蜀黍と焼きイカを、もくもくと食べていた。
     風情も何も無い。香ばしさとタレの匂いが風に混じった。

    「・・・・・・よ・こ・し・ま?」

     ギギギと軋む音がしそうな動作で、タマモが首を回す。
     耳元にあてた貝殻が、ピキッと乾いた悲鳴を上げたが、タマモの耳には届かない。

    「・・・・ん? なんだ?タマモ。あ、ひょっとしておまえも食いたいのか?だったら そんな顔してないで言えばいいのに」

     横島は、顔にやさしい微笑すら浮かべながら、力いっぱい的外れな反応をしてみせた。
     そもそも、さっきまで死ぬような思いをしながら、よくのんびりとモノが食べられるものである。
     きっと目の前の難さえ去ってしまえば、それが誰のせいだったかも合わせて全てコロッと忘れてしまえるに違いない。美神の事務所で今日まで健全に(?)生き延びて来れたのも、この性格のおかげだろうか。

    「ち、違うわよっ!バカッ!」

     タマモは、さっきの自分の言動の気恥ずかしさもあって、真っ赤になって怒鳴った。
     その片手で、貝殻が小さな悲鳴とともにひっそりと粉々に砕け散る。
     この状況が誰によって招かれたものであるかは、完全に忘れている様子である。
     こちらもこちらで生き抜くために良く出来た性格だった。

    「そんなに恥ずかしがるなって。誰だって酔い醒めには小腹が空くんだから」

     タマモが赤くなったのを好意的に勘違いする横島。
     実は二人とも海の冷たい夜風に当たって、既に酔いなど完全に醒めきっていた。

    「違っ……『ぐぅぅ』……うっ」

     口では素直じゃないけれど、体は正直なもので……この場合は本当に違うのだろうが……反論しようとするタマモのお腹が鳴った。

    「なっ? 遠慮すんなって。コレ、けっこう美味いぞ」
    「うっ……じゃ、じゃあ、ちょっとだけ貰ってあげるわ」

     気恥ずかしさも手伝って、タマモは顔を赤くしながら横島の手から奪うように串を受け取った。

     玉葱黍をひと齧りする。

    「あっ、おいしい……」
    「だろ?」

     香ばしい香りと絶妙な塩気も良かったが、何よりアツアツなのが嬉しかった。体の芯から温まる気がする。
     横島もすぐ横で微笑んでくれているし、これはこれでいいかもしれない……と、しみじみ感じたりするタマモだった。

    「俺も、もうひとくち」

     横島が横から顔を出してタマモの手にした玉葱黍にかぶりついた。

    「あっ」

     一瞬、「そこはさっき自分が口をつけたとこ……」とは思いながらも、口に出せないタマモ。

    「んっ?」

     不思議そうに見上げられた横島の顔が、すごく間近にあった。
     その顔を見ていると、何か言いたくて仕方がなくなってくる。

    「横島、私さ……」

     いい雰囲気だった。
     間違い無くいい雰囲気だった。
     まさに「ここぞ」というところだった。
     しかし、世の中そうそう思い通りに事が運ぶものでもない。



    「横島ぁ〜〜!あんた、いったいなにしてんのよ!!」
    「せんせぇ〜!拙者というものがありながら!その女狐とナニをしているのでござるか!?」

     ふらふらと危なげに蛇行しながら、二対の光が二人を照らし上げた。
     いわずと知れた、コブラのヘッドライトである。

     酔っ払いの、再登場だった。


    「え……? あ、ご、ごごごごめんなさい、美神さんっ!」

     何かよく分からないが、取り敢えず謝っとけ、そうしとけ。
     横島君の魂に刻み込まれた下僕精神が、条件反射で令子さんに絶対服従してしまう。あんたの魂、千年前から私のモノよ。と、そう言う事かどうかは別として。
     高嶺の花ではあるけれど、何だかんだで本命は美神さん。らしい、うん、少なくとも原作ではそうだったよね? いや、蛍とか蛍とか蛍とかは別にして。
     要らぬ誤解はされたくない。相思相愛だと言う事を、気付いてはいないにしても双方感じ取ってはいる訳であるし。
     どの道、横島君が令子さんに逆らうなど、相当悪ノリするか、固い決意の下でしかありえないのだから。
     今は、そのどちらでもない。なら、何か言い訳言い訳。

     って、言い訳……?

    「あれ?」

     冷たい風に当たり、既に酔いの覚めている横島。
     その声と口調にビビって一時混乱をきたしたものの、少なくともまあ、飲酒運転でこんなとこまで来やがった(人のこと言えないが)目の前の女二人よりは冷静である。
     んで、冷静になってみれば……

    「別に、言い訳する必要無いじゃん」

     と。
     まあ、あの口調で凄まれれば、意味無く言い訳の言葉を探したくなるのも無理は無い。
     よっぽど疚しい事でもあるようですな。
     
     しかし。
     そう、しかし、それはその通りであるのだが、矢張りこの場合きちんと言い訳しておくべきだった。それで場が収まるか、目の前の二人(+タマモ)が納得してくれるかどうかは別として。
     横島は忘れていた。二人の口調に、嫉妬のかほりを感じ取った事を。目の前の二人の、普段の行状を。

     そして。
     この馬鹿は、自ら炎の海に飛び込んでいってしまいました(比喩表現)。


    「や、タマモと一緒に、玉蜀黍と焼きイカを喰ってただけですけど」


     キョトンとした顔で、「何でそんなに怒ってるんだ?」とでも言わんばかりにそんな事を言っちまったものだから。
     その隣に寄り添うように、頬を赤く染めたタマモ嬢がモジモジと擬音を立てて乙女チックに存在してるものだから。

     まあ、目の前の酔っ払い二人を激怒させるには、充分過ぎた訳ですよ。そして彼女らにとって、怒りはイコール行動と相成ります訳で……

    酔っ払い二人は手始めに横島の傍らにいるタマモを取り押さえ、引き離した。

    「な、なにすんの、んぐっ!」

     シロは両腕をガッチリとロックし、美神さんはタマモの顎を掴んで無理矢理引き上げてどこから取り出したのか酒瓶をタマモの口に突っ込んだ。

    「…んぐっ…んぐっ…んぐっ…」

     まぁ酒瓶まるまる一本飲まされたタマモはぐでんぐでんとスライムの様に地面に倒れたわけで…

    「ったくぅ!これだけの酒で参って、それでも妖怪か!」

     美神さんはタマモを鼻で笑いながら再びどこから取り出したのか酒瓶をラッパ飲みしだした。

    「どっ」
    こから出してるんスかと聞くのは今さら愚問だったので止めた。

     そんなの一々考えていたらいままで生きていけなかった訳で…

    とりあえず、タマモどうしよう…さっきからピクリとも動いてないんだが…急性アル中?

    「せんせぇも、いっしょに、飲むでごじゃるぅ〜♪」

     シロがオレの右腕に抱きついてきた。気のせいか口調までおかしくなってきている。

     まぁ良いや、とりあえずそろそろ脳が悪くなってきたこの二人、どうしよう?
    と言うよりこの様子だとさっきオレを問い詰めてた事も忘れてるだろうし…

    「………っ」

     !タマモが動き出した。やっぱ酔ってるんだろうか?

    「えへ〜♪横島ぁ〜♪」

     ぽふん!

     頬を赤らめたタマモが横島の胸に抱きつく。
    案の定タマモも酔っ払っていた。

    「こにょぉ女ぎつめぇ。せんせぇにくっつくなぁ」

     横島の胸に頬をすり寄せているタマモを引き離そうとするシロ。

    「にゃによ〜。あんたいつもくっついてるからいいでしょ〜」

     言い争いを始めた二人に…

    「ほらほら〜♪飲め、横島♪」

     無理矢理横島に飲ませる美神。
    横島は逃げ出す所か身動きさえも取れない状態にあった。


     その時、

     ダダダダダッ!

    銃声が浜辺に鳴り響いた。

    「君達ぃ!聞きなさぁい!」

     犯人はピートと美智恵、傍らにはおキヌもいた。確認するまでも無いが三人も酔っている。横島はまたややこしくなるのかと顔を思いっきり歪ませた。

    「横島さんは私の物ですぅ!」
    「と言うわけで白黒つけるためにっ!」

     美智恵は自らの服を掴み、なぜかマントの様に剥いだ。

    「ビーチフラッグで勝負よ!」

     横島の予想は見事に的中した。

    「と言うわけで皆さんにはこれに着替えてもらいます!」

     投げ渡されたのは水着だった。酔ってる所為か、なんの抵抗も無くピートが用意した着替え部屋へと歩いていく美神達。

    「横島さんはそこを動かないで下さい」
    「じゅうこおを向けるな酔っ払い!」

     ライフル片手にブランデーをラッパ飲みしているピートの目は完全に据わっていた。
     そして着替えを済ませた者から順に部屋から出てきた。

    「さて、始まりました第一回横島ビーチフラッグ争奪戦!まずは前哨戦として各々に水着姿を披露していただきましょう!」

     まずはおキヌ。

    「おーっと!これは意外や意外!黒のビキニだー!黒が白い彼女の柔肌を強く強調しております!」

     横島がピートの意外な一面を垣間見た瞬間でもあった。

     続いてシロ。

    「またまた意外!スクール水着だぁ!普段のスポーティーな姿を連想させない可憐さが引き出されております!」

     それはそうと横島もしっかりこの水着ショーを目に焼き付けている。

     そしてタマモ。

    「あーっと!スクール水着と思いきやフリル付きの水玉ワンピースだぁ!もー、私耐えられません!」

    これもこれで良いなぁと思う横島であった。

     最後に美神。

    「ギャー!赤いワンピースに白いTシャツ!どーなんだ、もはやこれは水着なのか!お姉様ー!!」

    さすがにピートのコメントに横島も引き始めていた。

    冷静になってみると不可解なことで一杯だった。

    常識人たる美智恵とピートがここまでするのか?
    いくら酔っているとは言え、四人の行動が余りにも突飛すぎる。
    そして何より「あの美神令子」が、酒に酔い、たとえ前後不覚になろうとも自分をシバくのには寸分の狂いも見せない彼女が、理由も無しに水着姿を晒すわけが無い。
    (必要性があれば躊躇わない。なぜなら、彼女はプロだから)
    だが、今の状況はどうだ?

    普段の美神なら、
    「なんでビーチフラッグ争奪戦なのよっ!!」
    と、噛み付きそうなものだ。

    もっと言うならば「なんで横島君なんかのために……」という文句も出そうなものだ。

    (おかしい、おかしいぞ!どうなってるんだ!?皆どうしてしまったんだ!?
     だがしかし、目の前に広がる光景は魅力的すぎる……
     いやいや、コレも何かの罠かもしれない慎重に行動しないと後が怖い。
     特に美神さんに怒られるのは慣れているが、怒られたくないしなぁ
     だが、スタートラインに並ぶ水着姿の尻は滅多に…いや二度と見れないものだ!
     ここは一つジックリ観察を……」

    冷静になれたものほんの一瞬だけだったようだ。

    血走る目を見開き、スタートラインに伏せている四人を凝視していると、横島は異常に気が付いた。

    そう、今回起きた一連の騒動の原因とも言えるべきモノがそこにはあった。

    「……キノコ?」

     キノコ――そう、それはまごう事なきキノコそのものであった。大きさは小指の先ほどの、丸っこいフォルムのピンク色した菌糸類。そんな不思議物体が、砂地に刺さったフラッグを睨みつけている女性陣達のつむじ周辺に、わさわさと群生しているのである。

    「いずれも劣らぬ美女美少女揃い! 勝利の栄冠は果たして誰のものに! さぁ、決戦のゴングが間近に迫っております!」

     ノリノリで実況を繰り広げるピートに視線を転ずれば、こちらもまた、その灰の混ざった白髪頭をキノコ山へと変じている。女性陣達よりも繁殖が進んでいるのか、見た目はもはやピンク色の水玉模様。
     一人々々確認は出来ないが、おそらくこの狂宴の参加者全員の頭に、このキノコは生えているのだろう。なんと言ってもあの唐巣神父が、「美智恵くんの水着姿、最高ー!! とても(ピー)歳だなんて見えない!! よ、この妖婦!!」などとのたまった挙句、当の美智恵からボテクリかまされているのだから。

    (唐巣のオッサン…それ、俺の役……)

     なんとなく寂しげな横島であった。そんなときである。横島は自身の耳を疑った。


    「さて…、僕も支度をしなくちゃ」

     聞こえなかった。僕何モ聞コエナカッタヨ♪

     恐ろしい事をさらりと言ってのけたピートは、そそくさと更衣室に向かっていった。男なんだからばーっとぬいで、がーっと着れる。数分あればすぐにも出てこれるはずだ。なのに。

    「横島さんに見せるにはどういうパンツがいいかなぁ?トランクス?ブーメラン?それとも何もなし?色もあるし困るなぁ(はぁと)」

     神様ゴメンナサイ。僕貴女二せくはら未遂以外デ何カシマシタカ?

     涙もチョチョ切れる寸前の横島であった。


     そんな時である。聞きなれたバイクのブレーキ音が近くで聞こえた。振り返ってみれば、そこには何故だか小笠原エミその人がそこにいた。

    「エ、エミさん?!ヘルプミー!すっごくオイシイけれど実はオイシクナイかもしれない、てかこれ以上いたら、これ以上は書けなくなるかもしれない展開突入ダネ?な、この状況を打破できるのは貴女しかいないっ!!!」

    「オタクら、一体何してるワケ?」

     天は自ら助くる者を助く、とはまさにこの事。横島はこの状況をどうにかしてくれるであろう唯一の人間を涙で迎えようとする。かたや何も知らず、とことこと近づいてくるエミ。ヘルメット片手にきょろきょろ見回している。事態の異常さに気づいたようだ。

     神様ありがとう、アンタやっぱ最高だよ。お礼に今度再び丁重にお礼させていただきますから。

     先ほどまでとは偉い違いである。ちなみにお礼についてはツッコんではいけない。あえて言うのならば、スキンシップと言う所か。
     が、

    「なんかろくな事がなさそうだからやっぱり帰るワケ(汗)」

    「そんなこと言わんとー!」


     早速帰ろうとしましたよこの人。
     唯一の真っ当な世界への架け橋であるエミに涙ながらに横島は縋り付く。

    「離しなさいってっ!!ピートがいないような宴会にいちいち付き合ってられないワケ!!」

     びくり、と横島はライダースーツのエミの腰元に引っ付いたまま動きを止めた。
     エミの細い腰に反射的に手の周りからサイズを連想しそうになるが、それよりも大きく脳裏を過ぎる影があった。

     ピートはどうした?

     折角忘れていた事実に横島の顔が青ざめると同時に、高らかにファンファーレが鳴り響いた。

    「さあっっ!皆様お待たせいたしました!!第一回横島ビーチフラッグ争奪戦!…の前哨戦!!最後の選手の登場です!!」

     いつの間にか復活を果たした唐巣神父がピートに成り代わり、司会を勤め始めていた。美智恵さんに蹴られて、晴れ上がった顔の半分が痛々しい。
     彼の声に導かれるようにして、ある“結論”が出てきた。

    「横島さん……こんな格好を貴方に見せる日が来る事……ずっと想ってました。」

     振り返るな、と彼の体の全てが警告を発していた。
     見れば。見てしまえば、決定的な何かを失ってしまうと。
     だが、ぎちりぎちりと。まるであくなき残酷さを持つ現実に立ち向かうかのようにして、彼の首はゆっくりと声の方向へと向いていってしまう。

     透ける様な金の髪が見える。
     色の薄い、白い肌が見える。
     顔。細い肩。体毛などまるで分からない胸板。

     そして―――――――――――――――――――





    「―――――――――――――――――――、はっ!?」

     横島の気が付いた時、何故かその手には砂にまみれたスコップが握り締められていた。そして足元には首まで砂に埋められて、気絶しているらしいピートの後頭部。ピンクの水玉のキノコが悲しそうに揺れている。
     まるで打ち首獄門のよう。しかも首の角度から察するに、どうも垂直に埋められているらしい。

    「殺して……ないよな?」

     手に握るスコップに何か大変なモノがこびり付いていたりしないかと確認するが、どうやらそういった事は無いらしい。
     とりあえずふぅと安堵の息を漏らすと、横島はくるりとピートに背を向ける。
     あえて掘り出そうとは思えなかった。きっと何かを失ってしまう。

    「そーだ!エミさんだ!とりあえず何でもいいから助けを!!」

     エミならばあのキノコについて的確な対処をしてくれるかもしれない。そんな希望を抱いて、横島はあたりを見回した。
     すると―――

    「ピートの無念は私が晴らすワケ!!だから……だから、私は負けられないワケっ!!」

     純白の上下のビキニに身を包んだエミが、声高らかに他の女性陣に宣戦布告をしていた。

     まるでサムズアップのように後頭部からキノコを立てて。

    「もー、誰か助けて下さい。本当に。」

     こうして第一回横島ビーチフラッグ争奪戦は始まってしまった。

    「さあっ、それでは一次本戦を開始します! 各選手、位置についてください!」

     唐巣神父が、号砲を鳴らす体勢に入った。
     銃を持った右手で右耳を押さえ、左手でもう片方の耳をふさぐ、あのスタイルだ。
     しかし唐巣神父が手にしているのは、さっき美智恵さんが乱射した低級霊弾装填の銃じゃないだろうか。
     フラッグから少し離れた位置では、横島が気づかないうちに既に入場を済ませていた選手たちが、みな後ろを向いてうつぶせになるスタート姿勢をとっていた。

    「しまったぁぁぁ! 他の事に気を取られてて、せっかくの水着姿をじっくりおがむのを忘れてたあぁぁぁ! 数少ない役得を…もったいねえぇっっ!!」

     自分の置かれた状況を忘れて、いつもどおり煩悩をつい声に出す横島。
     だが、今日はそれにつっこみを入れる者など居ない。
     みな身じろぎひとつせず、いたって真剣な眼差しでスタートラインについていた。
     しかし本人たちがどんなに真剣でも、並んだ頭がさながらキノコ畑のような様相を呈しているのでサマにならない。

    「いいですか! 一発勝負ですよ! ビーチに刺さったフラッグを手にした人が勝利者です! みなさんに神のご加護がありますように……」

     横島に流れる関西人の血が「一発勝負に一次も本戦も無いだろ!」「ってゆーか、俺の意向は!?」と、心の中で悲鳴をあげていたが、横島の口は雰囲気に呑まれて声を出すことができなかった。
     かわりにひとつ、ゴクリとつばを飲み込む。

    「それでは位置について……用意…………スタート!!」

     スタートの声と同時に号砲が……の前に、タマモはとっとと起き上がって走り始めていた。明らかなフライングだ。
     シロは、号砲と同時に弾丸のように飛び出す。さすがに大した反射神経と瞬発力だ。
     二人に比べると、後続は多少の遅れをとるカタチとなった。
     しかし――

    「「甘いのよっっ!!」」

     二つの声が見事にハモった。
     片方は美神さん。どこに隠し持っていたのか、鞭状の神通棍で前の二人の足を絡めとる。

    「ひゃっ」「わぁっ」

     つんのめったシロとタマモが、頭をごっちんこして、その場に仲良く伸びる。

     声のもう一方は美智恵さん。これまたどこに隠し持っていたのか、ビーチの上にフナムシをばら撒く。

    「きゃ、きゃああっっ!!?」

     あやうく踏みそうになったおキヌちゃんが悲鳴を上げて転倒する。フナムシを掴めるくらい胆の据わった女性にしか使えない、ある意味恐怖のワザだ。
     二人とも、言わずもがなの反則だけど。
     ってゆーか、美智恵さんまで参加してたのか。

    「あんたらは潰しあってなさい! 私はお先に失礼するワケ!」

     そうしている間にエミさんがリードする。
     もともとあまり距離が無いために、旗は目前だ。

     エミさんが旗に向かってヘッドスライディングする。
     少し遅れて美神さんや美智恵さんも突っ込む。
     その瞬間、一陣の風が通り抜けて、三人の目の前から目標のフラッグが忽然と消えた。

    「ぶっ」「きゃっ」「あっ」

     目標を失った三人は、あえなく砂に顔を突っ込む。

    「マリア・フラッグを・取得しました!」

     消えたフラッグは、砂浜のはるか上空でマリアの手に収まっていた。

    「なんだ、マリアか……」

     とりあえずフラッグが誰の手にも渡らずに済んで、ホッと胸をなでおろす横島。
     しかし、はたと考えて、その胸にかなりイヤな予感が去来する。

    「まさか…な……」

    「アイ・ウィン! パーフェクトゥ!!」

     見上げた横島の目の中で、マリアが片足を上げてウインクしながらこぶしを振り上げガッツポーズなどという妙な勝利ポーズをキメていた。

    「……おい、まさかだろ!?」

    「ちょっとマリア! あんた、もともとエントリーしてなかったじゃないの!どっから沸いて出たのよ!!」
    「ビーチフラッグで飛ぶのはルール違反じゃない!?」
    「えんとりー? るーる? ……理解不能! マリア・ニホンゴ・ワカリマセン!!」

     下々からの抗議を、マリアが普段とアクセントの違う、しかし明らかな日本語で一蹴する。
     その様子を見て冷や汗を流す横島に向かって、「ちゅいーむ」という稼動音が聞こえそうなくらい静かに、マリアの首が回転した。地味に軽く180度くらいは回っていた。
     そして、マリアと正面から目を合わせた横島は見た。見てしまった。
     マリアの頭に、角のように生えている一本のキノコを。
     フと、機械の頭にどうやって根を張って養分を得ているのだろうという、現実逃避的な思考が横島の脳裏をよぎった。

    「フラッグ・取得・横島さん・マリアの・もの……」

     マリアの目が、妖しく輝いた。
     比喩とかじゃなくて、ホントに発光した。
     横島は過去の例を思い出し、自らの死を色濃く予感した。

    「チクショ――!!どうせ死ぬなら、機械なんかじゃなくて、生身のねーちゃん相手がよかったあぁぁぁ―――!!!」

     煩悩全開でうろたえる横島に向かって、いままさにマリアが急降下しようと身構えた。そのとき――


    がしっっ。

    「…………?」

    いつまでたっても、衝突音らしきものが聞こえない。
    おそるおそる目線を上げてみると……

    「人形如きがナマ言ってんじゃないでちゅっ!!さっさと寝てなちゃいっっ!!」

    ……パピリオだった。
    首根っこ引っ掴んで、砲丸投げよろしく全力でぶん投げた。
    ……あぁ、きれいなおほしさま。
    寝てろどうこうの話ではない。

    あぁ、これはもしかしてアレだろーか。
    取り敢えずは助かったものの、実は更なる死地に追い込まれただけなんじゃないだろうか。

    楽に三度は死ねる程の絶望に苛まれつつ、呪った。色々と。

    「…………ヨコシマ?何やってるんでちゅか?」
    「……あれ?キノコ……」

    見当たらない。頭にキノコが見当たらない。
    神様、悪魔の使いだと思っていた少女は天使でした……!!
    ……はっ、そうなると、素であのセリフ……?(汗)

    「イヤでちゅねぇ、何微妙に距離を広げてるんでちゅか♪」



    「……私達を無視して何をやっとんじゃ――――っっ!!」
    「はひ!?」

    忘れていた。
    ここは地獄の淵でした。

    「…………? ヨコシマ、あのキノコって……」
    「……そうか、お前にも見えるか。幻覚じゃなかったらしいな」

    何の慰めにもならない、ただの確認。
    僕は死の寸前まで正気でした。

    「……何で、ここにあるんでちゅ?」
    「……ちょっとゆっくりお話しよーか、パピリオ♪」

    その為にも。
    「止」の文珠、ありったけ不思議生物さんたちに投げつけてみた。
    自分の危機回避能力を、誇らしく思いながら。
    ――――戦略的撤退。


    でわ、質問たいむ。

    「あれは何だ?」
    「魔界原産のキノコでちゅ」
    「何でここでわらわらと湧いてる?」
    「……お弁当には最適なんでちゅよねぇ、美味しくて」
    「……お前か。」

    「いだだだだだっ!?」

    両のホッペを、思いっきり左右に引っ張る。
    「なんでふはっ!?ひょっとほほひはらへれふっ!!」
    「ほぉ、つまりたまたま落としただけだから自分は全くもって悪くない、と」
    いやぁ、よく伸びる……。



    続行。

    「んで、なんであーいう事になっとる?」
    「…………。」
    「パピリオ?」
    「……あのキノコ、動物の魂に寄生して繁殖するんでちゅ」
    「……つまり?」
    「繁殖に都合がいいように、とりついた動物を繁殖期にしちゃいまちゅ♪」

    ……始末におえない。
    そうすると、パピリオにキノコがついてない理由も頷ける。
    自分は……まぁ、常時がアレだし。
    マリアは……うん、キノコも気紛れを起こすさ。きっと。魂あるし。
    惜しむらくは、効果が強すぎるらしい事か。
    そうじゃなきゃ、この上なく素敵物体なのに。なのに……!

    「……最後に。駆除法は?」
    「……条件がありまちゅ。」
    「何だ?」

    もじもじして、俯く。嫌な予感は、していた。
    かなり前からだけども。






    「…………チュウ。」


    「……ゴメン勘弁。」

    膝、顔、腕は砂浜にべったりつけられていた。
    太陽の熱を吸った砂が熱い。構うものか。
    日本の伝統土下座である。

    「……あー、悲しいでちゅー。勇気を振り絞ってお願いしたふぁーすときっすを即断るなんてー。」
    「棒読み加減が腹立つな……」

    流石に、キツイ。
    このまま普通にパピリオエンドなのか。いや、違う。
    まだ犯罪者は早いだろう、俺。
    だからって、へそを曲げられでもしたらたっぷり苦しんで逝けそうだ。
    頭を振り絞った。脳をフル回転させた。視界の隅に、ある物が止まる。
    ……いけるか?いや、そう信じよう。


    「……わかった。目、瞑ってくれ」
    「ヨコシマ……。やっと、わかってくれたんでちゅね……」

    目の前が真っ暗になる。唇に、何かが近づく。
    嫌味にならない程度に、自分の唇をその方向に向かって突き出した。


    ……ちゅっ。



    それは今まで味わった、どの味にも似ていなかった。

















    ……世界は、理不尽だと思う。
    包帯の隙間から見える病院の白い天井は、不満の言葉をぶつけるサンドバッグになっていた。

    『寄生といっても、繋がりはもろいんでちゅ。だから、強力な霊気をあててやればおっけー♪』

    ……そう言って上機嫌で、力いっぱいぶっ放してくれやがりました。
    生まれて初めて、海が割れるのを見ました。
    後で何て言い訳しようかなぁ、何言っても運命は変わらないんだろうなぁ、と思いました。
    ……世界の冷たさを知りました。

    思考の螺旋。
    それが、ドアを叩く音で絶たれる。
    「……はい?」

    「ヨ・コ・シ・マ〜♪」
    見たくない、とは言わないまでも。
    歓迎はしたくない来客だった。

    「機嫌、良さそうだな」
    「どーでちょうねぇ」
    「……お前が気分良く放った、その一撃のとばっちりとして俺は今こうしている訳だが」
    「細かい事気にしちゃいけまちぇん。それよりも、今日は訊きたい事があって来まちた」
    「……何だ?」
    「……ふぁーすときっすって、甘酸っぱいらしいんでちゅ。だけど、なんだかねちょってしまちた」
    「だから?」
    「……思い出は大事にしなきゃ、と思ってあの場所に行きまちた。それで、こんな物が」

    袋から出てきたのは、なんだかグロテスクな物体。



    「……海鼠だな。海鼠の死体だな」
    「あの日わたし、おめかしして行ったんでちゅ。口紅もすこ〜し、つけてまちた。」






    パピリオは相変わらず、にこにこしている。横島の包帯が、汗に濡れる。
    無言で差し出したその先には、ちっちゃなちっちゃなキスマーク。





    「すいませ――――



    言葉が終わることは無かった。
    ただ、ある病室が光に包まれた。

    ――そして、消えた。


    世界の不幸を一身に背負って。












    ……そして遠い海で、とあるアンドロイドの再起動音が響いた。






                     〜END〜




    No.15: Re: ボツ以上、投稿未満(2)  レスする この発言に返信
    日時: 2009/02/11 23:50
    名前: とーり@副管理人 ID:zsSIJmRM メールを送信する

    久々に発掘されたので張ってみよう週間。
    しかしHDDの階層深いところはカオスだなあ。



    ★★★


    −キヌビル−







    「あら、ありがとう」
     
     彼女の右目が怪しく微笑み、瞬間空気が揺れた。

    「・・・え?」 
     
     彼女が構えているそれが、日を受けて煌めく。ぬるり真紅を纏った刃紋は、どこまでも美しい。「や、これは」
     
     とん、と軽い響きが足下に伝わる。街道筋には私と彼女のふたりしか見えない。はて、であればこれは・・・。これは、この音は。

    −−−ぐらり  

     不意に彼女の姿が揺らめいた。重い刀のせいでバランスを崩したのだろう。
     いや、違う。揺らめいたのは彼女ではなく――不自然に放り出された人の腕、踏み固められた街道筋を赤黒く染めるものには見覚えがあった。
     火傷の後を隠すようにして数珠を甲に巻き付けたそれ、左の手は。
     私のモノ、だ。

    「巫女が・・・。巫女が、山門前で殺生をするなどと・・・!」

     筋道から脇に少し、御山の入り口は何事も無かった様に静まりかえる。私が低く呻く以外には、時折メジロの声が聞えるだけ。
     時間を追い、血は益々土に染みいるが、街道が鳥居と同じく朱に染まることはけして無い。 

    「そうやって、あなたはゆっくり。ゆっくり旅立っていけばよい。それがせめてもの慈悲」

    「神域を穢しておいて、よくもそんな・・・」

    「穢してなどいないわ。命は巡る、私はそれを少し早めただけですもの」

     巫女は得物を鞘に収め、苔むした石段を登っていく。黒髪に、漏れた光がかかり艶めく。
     なぜ、なぜだ。誰の差し金か。うっそうと生い茂る森に帰っていった巫女の気配はもう感じられず、問いただすことも出来ない。ましてわずかばかり筋を外れた此処、古ぼけた寺の前になど誰も来ようはずが無い。
     いくら押さえても血は抜けていき、同じくして心も体から抜けていく。
     ダメだ、立ち上がれ。前に進め。俺は、俺は、今こそ会いに行かなくちゃならない。妹の元へ。
     自分の過ちで身を落とした、あいつを迎えに行かなきゃ、なぜ畜生働きをする賊から抜け出したのか、わからないじゃないか。身請けされたあいつがいる村までは後幾日か。
     ここまで来た、来たと言うのに。身が崩れる。ぬめった土が気持ち悪いが、最早動く事も出来ない。
     へ、こうなったら例え魂だけになったとしても、あいつに。だが、徐々に徐々に暗がりに落ちる視界に、最後に映ったモノ。大昔、そこいらの竹を削りだして、上手くもない細工を施した、かんざしなどと呼ぶにも不遜なモノ。
     これは。忘れようはずもない。ああ、そうか、つまりはそういう事だったのか。全く、お天道様は見てるとは誰が言ったのやら。

    「へっ」 

     残った右手で、握りしめる。ごつごつと、太さも揃って無い、不格好なものを。あいつ、いつまで持っていやがったのか。

    「お前が捨てちまたって、俺は」

     もう一度感触を確かめる。くたびれた、ただの竹切れがやけに冷たかった。



    ★★★
    No.16: Re: ボツ以上、投稿未満(2)  レスする この発言に返信
    日時: 2009/04/01 22:23
    名前: hup ID:GLfK8YM.

    0時の鐘の音
    【GS美神】【短編】【オリ設定有り】横島と美神の外食

    20歳で美神令子除霊事務所から独立して、横島除霊事務所を立ち上げて2年近くたとうとしている。

    横島除霊事務所のメンバーだけど、俺が所長。保護魔族のべスパと、事務は鏡ユリ子ちゃん。
    鏡ユリ子ちゃんだけど、おキヌちゃんとそっくりでびっくりしたけど、幽霊時代のおキヌちゃんの事を知っていたらしい。
    おキヌちゃんにあわせた時は喜んでいたな。
    ちなみにおキヌちゃんより2歳下だ。
    これで気がついたけど、300年前って江戸時代だから年齢の数え方違っていたよな。
    おキヌちゃんの肉体年齢って、実はユリ子ちゃんともしかして同じ?
    考えないでおこう。

    そのおキヌちゃんだけど、西条や魔鈴さんの行ってたイギリスの大学に留学している。

    ちなみに今日は、べスパが魔界で抜けられない軍の式典があるということで、魔界に戻っている。
    そんなわけで、今日は事務所も休み。
    ひとりってこともありナンパをしてたが収穫はゼロ。自慢じゃないがいまだに成功はゼロで記録更新中。
    なんか、思い出してきたら、目から汗が。決して涙じゃないぞ。

    んで、ナンパの最中に携帯電話。せっかく良い雰囲気だったのに携帯電話の音が鳴り止まない。しまったバイブモードにしてなかった。
    美神さんからの電話だ。でたくないけど、でないとあとで、むちゃくちゃな仕事をまわされてくるからな。
    主に冥子ちゃんとか、冥子ちゃんとか、冥子ちゃんとか。あ〜冥子ちゃんしかないか。

    しかたがないので携帯電話にでると、
    「横島くん、携帯電話にでるまでにどれだけかかっているのよ。それはいいから、事務所に来なさい。反論は無しよ」
    一方的に言われて切られた。

    なんて、間が悪いんだ。女性には仕事が入ったので、そう言ってわかれた。悔しいぞ。

    しかたが無いので美神令子除霊事務所に行った。
    「人工幽霊壱号、いれてくれるか」
    「横島さん、美神オーナーがお待ちかねです」

    室内に入って、
    「美神さん、今日は何の用ですか」
    「かねぐら銀行よ。3億よ。3億」

    <あ〜、目が¥マークになってる。駄目だ>

    「え〜っと、かねぐら銀行って、確か、幽霊と銀行強盗したところですよね。今回はなんですか」
    「そうね。今回はかねぐら銀行の貸金庫で、悪霊があばれているらしいのよ」

    <われにかえったらしい>

    「よくあの銀行が3億だしましたね。まあ、それよりも、そういうのだったら、シロかタマモ連れて行くだけで良いんじゃないっすか」
    「緊急で他の貸金庫に被害をださないことと、本日中に対処しないといけないのよ。それで、シロは1日里帰りで、タマモはそれについていったのよ。まあ、今日、明日と仕事を入れるつもりが無かったから」
    「そうっすか、それより詳しい情報は、車でですか」
    「よくわかったわね。荷物はもってね。さあ、行くわよ」
    「へ〜い」

    <あいかわらず、荷物持ちなんだね。俺って>

    かねぐら銀行での除霊は、霊視ゴーグルで確認をしてから、結界札で新しい霊が入ってこなくし、雑魚霊は横島が栄光の手で除霊していき、ラスボスの悪霊は、美神の神通鞭でしばき倒して除霊し、悪霊が発生したのが宝石であり、その宝石を文殊で浄化するという、まあオーソドックスなものだった。

    帰りの車で、
    「美神さん、報酬はいつもの通りでよろしくお願いします」
    「そうね。そういえば、今日は夕食どうするの。急遽よびだしたしおごるわよ」

    <これって、愛の告白か。 いや、まて、いつものことじゃないか。 二人きりっていうのは初めてだけど>

    「じゃあ、お願いできますか、今日は適当に外食でもしようと思っていたので助かるっす」
    「あとで、迎えに行くから、きちんとスーツぐらい着てまってなさいよ」
    「へ〜い」

    携帯電話に連絡がきたので、外にでてみるとタクシー。乗ってさっそく
    「あれ、タクシーっすか。珍しいっすね」
    「食事のあと、飲むわよ。つきあいなさい」
    「お酒を飲むのは事務所以来ですね。わかりました、つきあいますよ」

    <あれ、普段の格好ともなんか違うような気もするが、まあいいか>

    到着すると、ホテル。
    「ホテルでディナーっすか」
    「そうよ、何か問題でも? 横島クン」
    「いえ、ただ、このホテルいつか入ったような〜」
    「まずは、食事にしましょう」

    ディナーをとって、ホテルのバーに移り、
    「最近、美神さんのところどうですか」
    「シロと、タマモを六道女学院に入学させることにしたわ」
    「あれ? シロの散歩につきわされた時、聞いていないな」
    「シロのことだから、散歩ばかり頭にいってて六道女学院のこと忘れているか、六道女学院で横島クンの臨時講師の時にでも驚かそうって気でいるんじゃない」
    「そうっすか。驚いてやった方がいいかな」
    「それは、ともかく、横島クンのところは最近どうなの」
    「魔族絡みの仕事は減ってきてますね。ようやっと、コスモプロセッサで復活して地上に残っている魔族が減り始めてきたみたいっす」
    「それって、やっぱり、べスパが対応してるの」
    「俺が魔族相手にまともに対応できるわけないじゃないっすか」
    「は〜 横島くん、この美神令子除霊事務所の出身なんだから、見栄でもいいから、それくらい軽いぐらいっていいなさい」
    「無茶言わないでくださいよ」
    「まあ、いいわ。その他はどうしているの」
    「六道女学院付属中学霊能部臨時コーチをやめて、六道女学院の講師として各1年生のクラス週1時間を受け持つですね。あと、魔族絡みの仕事が減りだしてきているから、妖怪の保護の方を中心に動こうかなと思っていますよ。こっちは、魔鈴さんの協力で、新しい異界空間を見つけてもらって、妖怪が住める環境を整備していくって感じですけど、先は流そうですよ」
    「妖怪の保護ね。私は興味ないけど、そんな案件あったら、まわしてあげるわ」
    「ほどほどにお願いしますね」
    「あら、グラスあいているわね。次は、何飲むの?」
    「バーなんて、普段きてないっすから、何かおすすめはあるっすか?」
    「今、私が飲んでいる、クリュグなんてどう? 横島くんのおじさまに教えてもらったけど、とっても美味しいわよ」
    「って、そういえば、ここって、以前親父ときてたホテルじゃないっすか」
    「結構お気に入りで、時々飲みにきてるわよ」

    <えっ! これって、誘っているのか、本当か… いやいや、美神さんがそんな訳が無い>

    「親父はともかく、クリュグですか。いただきますよ」
    「じゃあ、味わってのみなさい。それにしても横島くんもGSランクAか。頼もしくなってきたわね」
    「つい先日なったばかりですよ。美神さんのランクSには、なかなか到達できないっすよ」
    「そうね。横島君にはもう少し知識が必要ね。あと、今日の除霊も雑魚霊なんだから、魔族用の動作なんか不要なはずよ」
    「すんません。最近、魔族関連多かったで、どうしてもそうなっちゃうんですよ」
    「やっぱり、べスパだけに頼っているわけではないのね」
    「うっ わかっちゃいますか」
    「これでも横島クンの師匠のつもりよ。それぐらいわかるわよ」
    「まだまだ、かなわないっすね」

    っと時間はたち

    「横島クン、このあとどうする?」
    「へっ 何も考えていないっすけど」
    「そう、それならそれでもいいけど、横島クンにまかせるわよ」
    「本気っすか」
    「あら、女性にこれ以上何か言わせる気?」

    <本当か 罠じゃないよな>

    「え〜 ちょっと失礼!すぐ戻ります」

    こそこそと、ホテルのルームキーを受け取る横島

    <あの、ちち、しり、ふとももがついに俺のものになるのか〜>

    声をださないあたり、ちょっとは、進歩してるようではある。

    もどったところで、
    「プランはきまったのかしら」
    「美神さん、このホテルの部屋で飲みなおしなんていかがですか」
    「いいわよ」
    「本当ですか」
    「あら、私のこと、疑う気?」
    「いえいえ、滅相も無い。じゃあ、むかいましょう」

    どきどきしながら歩く横島に、何やらご機嫌な美神。
    横島が部屋のドアを開けて入った瞬間、「鐘の音」が美神の方から聞こえてくる。

    美神が時計をみせながら
    「横島クン、この音わかる?」
    「えーと、鐘の音ですよね。そういえば、なんで、デジタル時計なんてつけているんですか。普段つけていないのに」

    <そっか、タクシーでの違和感はこの時計か>

    「あら、時間を知るためよ。今日は何日か覚えているかしら」
    「えーと、4月1日、、、じゃなくて0時をまわったから4月2日ですか」
    「そーよ。4月1日って何の日だったかしらね」

    っと、くるりと元のエレベータの方へ戻っていく美神と、茫然自失としている横島であった(合掌)

    *****
    エイプリルフールねたで、急遽書いたので推敲もまともにしてないですが、ネタ以上ボツ未満というところでお許しください。
    ちなみに「鐘の音」はシンデレラも、ちょっとばかりかけあわせています。

    幸せを運ぶガラスの靴はあるのでしょうかね。
    No.17: Re: ボツ以上、投稿未満(2)  レスする この発言に返信
    日時: 2009/05/10 20:18
    名前: よりみち ID:F2HR/S2Q

    【絶チル】【小ネタ?】【その5】【ダーク&もっとあり得ない結末】
     ”女帝”の”あの日”の午後、没バージョン。



     最初にお断り

    当作品は展開予想掲示板に投稿した没オチ版になります。
     そちらの『あとがき』にも書きましたが、当初、ダークを意識して書いたのですが、どうも自分に合わず、ならばいっそ”卓袱台返し”と考え用意したものです。
     当初は、『こちらを』とも考えたのですが、オチとそれ以外との整合性が取れていないとのご意見をいただき没としました。
    本来なら、そうした没作品を出すのは書き手の品位に係わる問題なのですが、こうした”未来”もあったかもしれないということでこっそり出させてもらいます。

    以上、そうしたオチなので本投稿以上に作品のトーンをぶち壊すコト、請け合い。読まれる場合、そうした点を踏まえ、それでもかまわないという場合のみお願いします。

     なお、容量を節約のため、流れが同じところ(紫穂が皆本と”寝る”ところ)までは省略しておりますので、そのつもりでお読みください。




     妙に面白がる”自分”を心の脇へ追いやり体を添える。頭を抱き上げると心ゆくままに深いキス。

     そして‥‥



    「行くのか?」

    「行くわ。止めないの?」

    「止めて欲しいのか?」

    ‥‥

    「まっ、原始的にぶん殴るって止める方法を含めて、方法は幾つかあるだろうけど、お前さんの事だ、その全てを”知って”対抗策を用意しているだろう?」

    質問と言うよりは確認、冷ややかな嘲笑がそれを肯定する。
    「でも、ちょっと意外。私はともかく、親友の破滅を見逃すんだから。やっぱり、自分を裏切った女への腹いせかしら? 結果として自分を捨てた女が死ぬ事になるんだから」

    「俺のモットーは『来る者拒まず去る者は追わず』でね。自分の思う通りにならなかったって、友達のオトコを盗ろうって地雷女と一緒にしないでくれ」
    いかにも不本意そうに答えると、場違いな朗らかさで
    「まっ、腹いせって気分は否定はしないがな。しかし、腹いせの対象は奴さんさ。お前さんを含めてどこをとっても最高の女を三人もまとめて射止めたんだ、ちょっとくらいの苦労をさせてやれって思っても罰は当たらんだろ」

    「もてないオトコの僻みってイヤねぇ」

    「的確なツッ込み、ありがとよ」と不敵なまでの太々しい笑みを口元に
    「あと、些細な理由としてお前さんたちの絆を信じているから、ってぇのもあるかな。そう、どこかで奴さんを含むお前さんたちの絆が未来をひっくり返すってコトを。だいたい100%の予知は存在しないんだからな」

    「昔、そんなコトを言って励ましてくれたっけ」
    少し遠い目をする。あの時は素朴にそれが正しいと信じたものだ。
    「でも、予知にならないように悪あがきをし倒したあげくがこれ。これは夢でも映画のクライマックスシーンの撮影でもないわ」

    「たしかに正真正銘! 紛れもない現実だ! だが、それでも俺の勘は囁いているんだよな、きっと上手く行くって」

    「あははは! 最後は『勘』?! この超能力万能の世界で『勘』! 解っていたけど、ホントあなたって甘ったるいロマンティストね」

    「ロマンのねぇヤツは漢(オトコ)とは言わねぇんでね。それに、ちょっとばかし人より”知って”るからといってリアリストぶっている体だけは一人前の”お子様”よりはずっとマシだと思うがね」

    ‥‥ 返事に詰まる。そう自分は”お子様”。
     これからやろうとしているのは結果が気に入らないとゲーム盤をひっくり返す子供に変わるところはない。




    広がる苦味にぼんやりとした意識に活が入る。もはやどう悔やもうとも何も生み出さない。

    少しずつ動きを取り戻しつつある体から心惜しげに己を離すと簡易シャワーが設けられているバスルームに向かう。
    このままでも良いと思う気持ちもあるがさすがに埃っぽくなった体のままというのも気乗りがしない。

    ‘?!’バルブに伸ばした手が止まる。

     薬指には当然のようにリミッター。わずかに顔をしかめ指輪を抜き取ると無造作に投げ捨てる。もう身につけている意味は1ミリグラムもない。

    バルブを捻り吹き出す水に身をさらす。まんま水だが火照った体を冷ますのにはちょうど良い。

    あるだけの水を使い体を洗い髪の毛を梳く。ほぼ、それらが終わったところで人の気配。

    肌を通じ透視(よ)める狂気とも取れる殺意に”予知”に狂いが生じていない事を確認する。

     どのような状況下でも聖人君子に振る舞う男だが、ここに至るまで薫のことをあきらめていない事で明らかなように、その底にある感情の量はサイキックエネルギーに換算すれば優に超度7に達する。
     そして、自分が演じた裏切りとそれによる絶望は、その感情を行動−裏切り者への死の制裁−に転じさせるのに十分なはずだ。

     そう、自分が”知った”未来によれば、数秒後、最悪の裏切りにより全てが台無しとなった皆本が自分に向けてエスパー・ハンターの引き金を引く。




    自分がバベルを裏切ったのは薫がバベルを裏切ったから、それ以上の理由は何もない。

     確かに、薫によって示されたアレは衝撃的ではあり、葵の裏切りはそれに拠るところが大きい。しかしサイコメトラーの自分にとっては『それがどうした!』の範疇の事。ノーマルがそれを為したのは単に自分たちが優位であったからに過ぎない。今度の戦争によりエスパーがノーマルより優位に立てばエスパーがノーマルに同じ愚行を繰り返すだけ(事実、その兆候は過激派の作戦行動に現れており、それが薫を苦しめる大きな要因になっている)の陳腐な代物だ。

    だからP.A.N.D.R.Aに入ってからも自分の行動原理はひたすら彼女のために行動する事。例え、それが当人が絶対に認めないような”汚れ”た仕事であっても。

     なのに薫はそれに手ひどい”裏切り”で応えた。

    ここでいう”裏切り”とは皆本の事。
     少なくともP.A.N.D.R.Aの指導者になった時点、遅くとも自分たちを裏切らせた時点で薫は皆本と決別‥‥ いや、あえて露骨に言えば皆本を殺し後顧の憂い断たなければならなかったはずだし、それが自分たちに皆本を裏切らせた事への最低限の贖罪のはず。

    それがあろうことが未だに皆本に心を残し、次の瞬間、絶望のあまり愛する人が自ら命を絶つような状況で愛の告白をしようと考えているのは裏切りでなく何であろう。

     それでも、薫のために自分にできる事はと考えた結果が再度の寝返り。
     前提として(皆本が理解しているように)P.A.N.D.R.A、あるいはエスパーに失望したのも確かだが、薫ができないのなら自分が皆本を殺す事でいっさいの未練を断とうと思ったから。
     ちなみに、皆本殺害計画自体はあっさりと頓挫。薫と同じくらい自分も皆本を愛しているという単純な事実の前にしてはどうしようもない(あと、皆本が死ねばかえってその存在が薫の中で絶対化するのも業腹だという判断も断念した理由だが)。

    そんな中、皆本が薫の身柄を確保するために(事実上、最後の)勝負に出るつもりだと知る事を知らされる。

     エスパーの救世主たる立場を捨てられない薫の心境を思えば、身柄を押さえたところで何の解決にもならないのに、と未だ事の本質を判っていない皆本の計画を冷笑しつつも、事の成否を”知ろうと”(皆本に隠れ)計画書を全能力を使って透視。
    結果、ここまでの展開と寸部違わないビジョンを得る。

    それを得た時のリアクションは今も良く覚えている。
     思わず吹き出し大笑い。なぜならそのビジョンでの振る舞いに自分が望む全てがあったから。

    これなら薫に対する”ささやかな”復讐を遂げられるし自分の心の隙間も埋められる。
     薫にしてもこれでその恋が美しい形で終えられるのだから感謝してくれるに違いない。あと、皆本だって愛する人が美しく最後を迎えられる方が良いに決まっている。加えて、多少押し売り気味ではあるが最高のオンナを”味わう”コトができのだから文句のつけられる筋合いはない。

    まさに一石三鳥の見事な解決‥‥ 
    と思い実行した自分は”壊れている”に違いない。

    ‘まあ、ここに来ちゃうとそれもどうでもいい事だけどね’と自嘲。
    済んでしまった事に思いをはせるバカバカしさに気づき考えるのを止める。これから迎える至福の瞬間に雑念はいらない。

     そして姿を見せる皆本。
    なお、麻痺が抜けきっていないのか苦しげな息の元、銃口をこちらに向ける。

     引き金に掛けた指に力を入るのを紫穂は全身で感知、再び高まった満足感が体を熱く満たす。
     一瞬の後、その熱を上回る激しい熱を肌で感じた。
    No.18: Re: ボツ以上、投稿未満(2)   [No.17への返信] レスする この発言に返信
    日時: 2009/05/10 20:19
    名前: よりみち ID:F2HR/S2Q

    再度確認しますがかまいませんか? かまわないというのであればどうぞ




     ‥‥ 熱の次に来る痛みがない事を訝る紫穂。
    ちらりと即死かと思うが、そう思える以上は死んではいない。

    ‘ひょっとして、死後の世界とか‥‥’
    浮かびかけたバカげた認識は無意識レベルで働いた超感覚から情報が否定する。

    確かに熱線は放たれたが、命中せず背後の壁に穴を穿っただけ。熱く感じたのはビームの軌道が頬の数cm外を通った余波に過ぎない。

     反射的に閉じていた目をゆっくりと開く。
     目の前にあるのはあり得ないはずの微笑み、それもどちらかといえば苦笑。ゆっくり銃口を下げる様子は偶然ではなく自分の意思で狙いを外した事を示している。

    「期待に反して悪いが君を撃つ気はないよ」

    「どうして?! こんな現実は私の”知って”いる現実じゃないのに、なぜ?!」
     頭に渦巻く疑問符の中それだけを絞り出す。

     ”知った”のと違った事もそうだが、何より愛する女性を死に追いやる(いや、事実上、追いやった)人間を許すのが(目の前にある現実を持ってしても)納得できない。

    「やっぱり”知って”いたのか」と微苦笑の皆本。
    足を上げその裏にくっついてきたものを手にすると紫穂に投げて渡す。
    「直接的にはそいつのおかげかな」

    「リミッター??」手の内にあるモノを機械的に確かめる紫穂。

    「このサイズだと踏んづけると痛くてね。リミッターだって気づいた瞬間、目の前にいる女性が三宮紫穂、ザ・チルドレンの紫穂だって事を思い出したんだ。主任である僕がチルドレンを撃てるはずないじゃないか」

    ‥‥ 
     『チルドレン』の単語に、そして、その単語が輝きを持っていた時代、悪戯をしでかした自分たちに向けられた厳しくもやさしい眼差しに紫穂は佇むしかできない。

    「ただし」とどこか楽しむようにあらたまる皆本。
    「今回のことはさすがにやりすぎだな! 薫と葵を連れて帰ったら説教! 長くなるから覚悟しておけよ」

    「‥‥ え、ええ」と上の空にうなずく紫穂。ようやく思考力が働き始める。
    「こんなコト、言えた義理はないけど『薫と葵』って、どうやって二人を連れてくるつもり? もうECMは使えないのよ」

    「ああ。でも、こうして超度7で”知った”事でも間違う事が判ったんだ。なら、超度7の予知だって誤っているかもしれないだろ。ここまで流れを変えられなかった事で、心のどこかで超度7を絶対視するところがあったが、そうじゃないって判った以上は恐れる事はない。堂々と薫と会って”予知”が誤りだって証明してやる」

    あまりにも自信に満ちた言葉に紫穂はあきれる。
    「どう心を切り替えればそれだけ楽観っていうか、都合の良い発想ができるのやら‥‥ さっきも言ったけど、皆本さんって、ひょっとして世界の中心は自分っで世の中は自分を中心に回っているって思っているんじゃない」

    「なるほど、それだ! それが解決への切り札だ、紫穂!!」

    「何が『それ』なの??」

    「だから、『自分を中心に』ってコト! 僕が思っている通りにすることが”予知”をひっくり返す方法なんだよ」

    ‥‥ 話の繋がりが見えずきょとんとしたままの紫穂。

    「つまり、僕は薫の事を愛している! だから、一言だけを言えばいいんだ。そう『薫、君さえいてくれればそれでいい!』ってね」

    得意そうに語られたあまりな内容に紫穂はうんざりしたような顔になり
    「何か‥‥ こう、ご馳走様って言うか‥‥ 何だかとってもコンチクショー! って気分ね。でも名案かも! あの娘にはエスパーとノーマルとの戦いをやめさせて欲しいなんて他人事の建前よりはよっぽど効果があると思うわ」

    「よし、君がそう言うのなら大丈夫だ!」同意に気をよくしたのか大きくうなずく皆本。
    「そうだ! 賢木に作戦の中止を連絡しなきゃ。今ならまだ間に合う」

    「中性子爆弾の?」

    「ああ、必要のない作戦で犠牲は出せない。何たってチルドレンが揃うんだ、爆弾の一つや二つ、何てコトはないだろ」

     気力を充実させ今後を考える皆本を見ながら紫穂は内心の苦笑を禁じ得ない。
     まあ、これも良いだろう。大切な人が一番嬉しく思う言葉が自分を切っ掛けとして聞くことができるのだから。

     あと、皆本について”負けた”のは気に入らないといえば気に入らないが、まぁ許容範囲。超度7をもってしても未来は判らないのだ。ならば未来を越えてみせるのも一興。
     自分の呼び名が伊達ではないコトを”女王”に(そして”女神”にも)教えてやればいいのだ。

    そして浮かぶ笑み、そのしなやかでネコ科の猛獣を思わせる美しいソレは彼女の称号−女帝−に相応しいものであった。




    自信を回復した皆本を見るほどに心にざわつくモノを感じる紫穂。
    皆本のアイデアはこれまでのどんなものよりも薫に訴えるに違いない。しかし女の直感としてこの”名案”でも成功の可能性は五分五分がせいぜいと思う。
     離脱した直後ならともかく、今の薫は色々なものを背負い込みすぎている。

     もっと、何か‥‥ 決定的に‥‥ ”予知”を覆す方法は‥‥ そんな方向に思案が動きかけた矢先、目の前の皆本が妙な顔をして視線を逸らしたのに気づく。

    「何? 何があったの?!」

    「いや、その‥‥ ずっとテンパっていて今更に気づいたんだが、君も僕も裸のまんまだろ。さっきまでのやり取りをすっぽんぽんで‥‥」

    いやぁぁー!! 悲鳴を上げてしゃがみ込む紫穂。
    男の前で裸を晒すなど慣れっこになっていたつもりだが、好意を持った男性にあらたまられるとやはり恥ずかしい。

    皆本の方も説明するよりもすべき事があったとばかりに部屋を飛び出す。

    何とか気持ちを鎮めた紫穂は体にバスタオルを纏う。着てきたものはむこうに脱ぎっぱなしだからこれが限度。

    部屋に戻ると皆本は下着を着けズボンを履いたところ。着る場所を明け渡そうとあたふた部屋を出ようとするところにかわいらしさを感じる。

    女としてこの男性と一度でも肌を合わせられたのは、素晴らしい事だと実感。それが引き金だったのか、天恵とも言えるひらめきが浮かぶ。

     その素晴らしくもバカバカしい解決策に大笑いしたくなっている自分を押さえ
    「皆本さん! 皆本さんの告白よりもっと確実に予知をひっくり返せる方法が見つかったわ!」

    「そ、そんな方法があるのか?!」出ようとするのを止めた皆本は振り返る。
    実のところ(紫穂と同じ観点で)もはや手遅れではないかという懸念を抱いていた。

    「ええ、すごく簡単で効果満点のが」
     そこで勿体をつけるように間を置く紫穂、真面目くさった表情で
    「そう、簡単な事! 薫ちゃんにさっきの事、私と皆本さんの間に起こった事を話せばいいのよ」

    「なっ、何だってぇぇ!!」絶叫と共に凍りつく皆本。

    「楽しみよねぇ 私と皆本さんが”できちゃった”聞いた時の、薫や葵がどんな顔をするか? 間違いなく言えるのは、それがどうであれ、二人がエスパーの未来なんか月の彼方にブン投げ私のところに怒鳴り込みに来るって事。そこにあの予知の場面が生まれる可能性なんか一兆分の一もないでしょうね」

    「そ、それはそうだろうが‥‥」
     フリーズが解けた皆本は十年苦役を受けた囚人でも見せないであろう疲れ切った表情で応える。

    提案に従えば、紫穂の描く未来図になることは絶対の確信を持って断言できる。
     しかし、それはノーマルとエスパーとの覇権を巡る争いとその中に生まれた悲恋が、一気に三文ワイドショーのネタレベルの痴話喧嘩に転落することに他ならない。

    「良い考えでしょう。皆本さんにはちょっと”頑張って”もらわなきゃならないけど、それで未来が変えられるのなら安いものだと思うわ」

    「‥‥ ”頑張って”って何の事だ?」

    「あら、判らないの? 薫ちゃんと葵が私を怒鳴りつけた後、何をしようとするのか」

    ぴくりと体を強ばらす皆本。示唆するところに気づいたからだ。

    「そういうこと! 私に負けまいと皆本さんに襲いかかるのは確実よ。二人が本気になればノーマルの皆本さんに抵抗できるはずはなし、後はひたすら”頑張る”しかないでしょう」

    ‥‥ 
     サイキックフィールドに拘束されるか壁の中に埋め込まれた自分を思い浮かべ額に滝のような冷や汗が流れる。

    「ああ、それから、薫ちゃんは体力バカだし葵ちゃんもあれでいて負けず嫌いだから、一回、二回でお終いって事にはならないから。一人あて片手として十三・四回は覚悟しておく事ね」

    「微妙に計算が合ってないぞ!」五を二倍すれば十だ。

    「途中で私も加わるから、数はそれで良いはずよ」
     紫穂はあっさりとトドメの一撃を加える。

    ‥‥ それ以上は何も聞きたくはないと皆本。
     部屋を出る背中には目一杯の哀愁が漂っていた。

    それを笑顔で見送る紫穂。したたかで艶やかなソレは彼女の称号−女帝−に相応しいものであった。
    No.19: Re: ボツ以上、投稿未満(2)  レスする この発言に返信
    日時: 2009/07/09 17:48
    名前: ししぃ ID:0xFD/5nk

    前のスレッドに一度投げてしまいました。
    出しなおします

    タイトル未定(シロ物で横島君独立物)

    ****************************************************************************
    「後悔なさらぬか?」

     震えながら俺の手を握り、彼女は言う。
     視線は扉を見つめたまま。
     声は強い決意と共に。

    「いや、する、絶対に後悔する」

     心の底からの返事は期待はずれだったらしく、向けられたのは泣きそうな表情。
     ……いや、ま、うん、すまん。

    「ただ、今お前の手を離したらもっと後悔するからな」

     微笑を返して、震える手を引き寄せる。
     流れる銀色。
     頬に当たる赤。

    「お前こそ、いーんだろうな?」

     照れくささが腕を余剰に強張らせる。
     胸に抱く頬の感触はありえないくらい、温かく柔らかい。

    「当たり前でござる。覚悟など、もう数年前に済ませているでござる」

     背に回された手が強く俺を掴んだ。
     ちと痛えわけだが……心地よくもある。

    「さ、参りましょうぞ」

     軽やかに身を翻して。
     繋いだ手を上に。
     そして手の甲に軽く当たる彼女の唇の感触。
     親愛の情、などと言ってベタベタと嘗めてこなくなったのが、こいつが高校に
    入った頃。……数年前。
     きっとそれが彼女の覚悟で、俺は見事にその術中に嵌ったわけだ。

    「おっし、じゃ行くかっ!」

     熱に後押しされて。
     深呼吸して。
     俺は所長室のドアをノックした。



     誰が悪いというならば。
     多分、俺が悪い。
     つーか、6年前の俺が今の俺を見たらきっと喚いて暴れて、思いつく限りの
    罵詈雑言を叩きつけている事だろう。
     ただ、敢えて言うならば。
     ……しょーがなかったんやっ。

    「申し訳ありません。加勢もなにもできませんでした」

     怪我を冷やすタオルを持って、シロがしょげる。
     ……泣きそうな表情が魅力的に見えてしまうのは、なんかヤバイ感じもするのだが。

    「いや、あーなった美神さんに割り込める奴なんかこの世のどこにもいねーって」

     いつものように彼女の前髪をかき上げながら、微笑んでみる。

    「まして、な。しゃーねーよ。俺がお前を選んじまったんだから」

     ……ま、やっぱ笑った顔のが魅力的なわけで。

    「せんせい……」

     手はそのまま首の後ろに。唇を寄せれば柔らかな呼吸。
     俺を見つめ、支えて、引っ張ってくれたこの小さな狼に心からの感謝を。



     もしかすると、俺にもう少しだけ余裕があれば、こんな風にはならなかったの
    ではないか、とは考える。
     まあ、有り得ない仮定だが。
     ゴーストスイーパーの免許が発行されたのが5年前。
     卒業に併せて美神さんが申請してくれたそれは、ある意味、地獄へのパスポート
    だった。
     それだけ、認められていたと言いかえても良いだろう。
     ……今なら判る。
     当時はまったく気付けなかった。
     銭儲けの道具にしか見とらんのか、あの人は。と、やさぐれて。落ち込んで。
     思い出すと恥ずかしいやら、情けないやらの一年間を過ごした。
     そしてそれは、色々と別れの季節だったのだ。
     学生時代を過ごしたアパート。
     毎日会っていたクラスメイト。
     青春、青春と繰り返すうるさい妖怪が求めたものを理解して。
     ……とどめになったのは、おキヌちゃんのオカルトGメン入り。
     それも”別れ”だったって気付いたのは手遅れになってしまってからだったけれど。
     俺と、おキヌちゃんと、美神さん。
     ずっと一緒だと思っていたチームはそうやって、緩やかに、消え失せたのだ。



    「せんせ、サンポに行くでござる」

     ――失った物と得た物の比較なんて無意味だ。
     親父がそう言ったのは、あの事件の直後。
     ――人生は二択じゃ無い。得る物は、失った物の対価じゃない。
     らしくない、真面目な言葉は母親とのドツキ漫才で締め括られ、ナルニアに来るか?
    という、これまた奴ららしくない『親の言葉』は、俺を軽い混乱に陥れたりした。

    「こーゆー時は、おサンポでござるよ?」

     どんな時も。
     そう、やさぐれようと、落ち込もうと、傷付こうと、混乱しようと。

    「せんせ?」

     こうやって呼びかけてくる、俺の弟子……あるいは、眠りを妨げる白い悪魔は、
    間違いなくなにかの対価ではない。

    「ん、まて。まだ腰がいてえ」

     けれど。
     誇っても良いのか、とも感じている。

    「腰がっそれは、大変でござるっ男子の要たる腰は大事にせねばならぬものですっ」

     ……微妙に耳年増だったりするのは、学校の悪いお友達の影響か?
     目をそらして責任逃れする机妖怪の姿が目に浮かぶ。

    「まだお前に腰のキレを心配される関係じゃねーだろ」

     ぺし、と軽く頭を叩いて、ちょっと伸びをする。

    『最後かも知れない以上、遠慮はないわよ?』

     そう言って思い切りドツキやがった人狼の保護者は、最後に……俺の元雇い主
    として、強く手を握ってくれた。

    『縁が無かったなんて言わない。これからも腐れ縁、続くわよ?独立したって、
     恋人になれなくたって。……アンタがあたしの丁稚なのは未来永劫変らない事実
     なんだから』

    「後悔、してるでござるか?」

    「してるに決まってんだろ。……あそこで押せば落とせたかもしれんのになー」

     けれど、結局、俺は彼女の手を解いてしまったのだ。

    『うん。……おめでと、シロ。横島君……長い間ありがとね』

     所長室から出た時に、偶然?扉の前にいたタマモが、

    『あんた、史上稀に見る大馬鹿だわ』

    と、吐息して去って行ったりしたのも、後悔を湧き立たせやがる。

    「でも、ダメでござるよ?」

     拗ねたように、視線は上目遣いに。

    「ああ、……世界中の美女にもみくちゃにされながら、武道館でジョニー・B・グッドを
     歌うという俺の夢は、潰えた」

    「じょにー、びー、ぐっど?」

    「後は小さな事務所で、こつこつ稼いだ日銭を数えながら、白い悪魔と一緒に昭和枯れ
     ススキを歌う現実が待ってるんやろなー」

     俺の呟きにワンコロは疑問符を浮かべている。
     ……いかん、通じてねえ。

    「ま、それも悪くないってことさ」

     世界中の美女との勝負に勝った愛弟子は。
     それでやっと嬉しそうに微笑んで。
     俺は今日から相棒となるその瞳を力いっぱい、抱きしめてみたりした。

     ……後悔は割とあっさりと吹き飛んだ。

    ****************************************************************************

    前に書いてた奴。チャットかなんかで出したことあったかな?
    供養に出しておきます。
    なんでボツってたかっつーと、あたしがこの『展開』に反対だからだったん
    ですが。
    連作の始まりにしてみよっかな、と思った横島君独立設定デシタ。
    No.20: Re: ボツ以上、投稿未満(2)  レスする この発言に返信
    日時: 2009/07/16 16:54
    名前: ししぃ ID:wfgthsvM

    気づいてはいけない事。
    というタイトルで出そうかとした物。

    ルシオラちゃんはいずれもちょっと上手く何とかなる展開を書いてみたいですねー


    *******************************************************************

     キスをして。
     抱きしめ合って。
     求め合っている事を確認して。
     別れた。
     分かたれた、と言うべきかも知れない。
     融け合ったという言葉も似合うかも知れない。
     深く結び付いた二人は、全てが終わった時、一人だった。



     残されたのはちいさな約束。
     破れた恋を包み込み、未来への愛を誓い。



     一つの物語は終りを告げた。
     幸せな終りだと。
     信じていた。
     誓いは果たされるはずだった



     けれど……







     気付いてしまったのはいつだったか。
     バレンタインが三度目だと知った時だったか。
     あるいは、春を過ぎても卒業しない先輩に違和感を覚えた時か。
     ……給料明細の年号がいつのまにか変っていた時もそうだ。

    「やばくないか?」

     手の中の文珠を回しながら、空を見つめる。
     拡がる空と認識するもの。
     形を変え、流れていくのは雲。
     夏の日の暑さを感じる日差しも、蒸したような風も。
     世界のあるべき姿のように思える。
     けれど。

     何度目の夏だ?

     自分の思考に戸惑う。
     馬鹿な事を考えるな、と。
     お約束なんだから。
     繰り返される季節。
     変らない登場人物達。
     そうして今までを過ごしてきた筈だ。
     なぜ。

     気付いてしまった?

     まず、明確な歪みのひとつ目。
     時間。
     大きくは一年というサイクル。
     俺はいつ入学した?美神さんの所でバイトを始めたのはいつだ?
     おキヌちゃんが事務所に参加したのはいつで、生き返るまでどれぐらいの時を過ごした?

     もうひとつ。
     存在。
     グレムリンはどうした?
     貧はなぜいつまでも貧乏神の格好を続けている?
     鈴女は今どこにいる?

     世界は明らかに矛盾を孕んでいる。
     そして、世界に在る人間達はその矛盾を知覚しながら気にしていない。
     ……気にしていないのだ。

     昔、もう二度とアニメ化はないという事をおキヌちゃんに伝えた。
     単行本を読ませて事情説明をしたりした。
     なんの疑問も抱かずに。
     そういうものだったからだ。

     俺は、なんで気付いてしまったんだ?

     宇宙意思。
     美神さんや神魔がそう呼ぶ物がある。
     造物主。
     アシュタロスが憎み抗った存在がある。

     世界は造物主によって作られ、宇宙意思に動かされる物なのか。
     否であり是である。
     アシュタロスへの露骨な介入が示すように、宇宙意思は万能ではない。
     でなければ『意思』を後押しする形で介入する必要など無い。
     原因となる人・神・魔の意思がないかぎり、宇宙意思は無力なのだ。
     だが、結果は宇宙意思に従う。
     アシュタロスが思いついた最高の手段『天地再創造』は認められなかった。
     宇宙意思がそれを全力で阻止した。……バナナまで使って。

     胸が痛くなる。
     あの事件の事を思うと、ひたすらに苦しくなる。
     死が、その中心に埋まっているからだ。

     ルシオラ。

     あれから、五つの季節が流れた。
     一周忌には花を添えようと決意していた。
     ……時は来なかった。
     タマモが現われ、シロが訪れ、過ぎていく時間。
     けれど、時が描く筈の螺旋は閉じて、小さな輪になって回り続ける。
     忘れないと誓った。
     今も覚えてる。
     引き摺るまいと努力した。
     彼女の遺志を感じたから。

     守り続けた意思の中、歪んだのは時間。
     彼女は過去であり。
     数ヵ月前に消え失せ。
     永遠に来ない未来に転生する。

     俺は歪んだ時の流れに耐えられなくなったのかも知れない。
     アシュタロスを適応不全と呼んだ。
     だとすると。
     俺もそうなのだ。

     ……言葉を選ぶ。
     ひとつで充分なはずだ。
     意思を具現化する俺の霊力。
     気付いてしまった一因はこの能力だろう。

     アシュタロスが用意したコスモプロセッサに対する為なのだろうか。
     俺に与えられていたワイルドカード。
     文珠。
     原因となる意思が結果を産み出す、小型の宇宙意思とも言える。

     多分、これでいい筈だ。
     意志を込める。

     『終』

     文珠は今までにない輝きを放ち、俺を。
     世界を。

     包んだ。



    ***********************************************************************

    こういうの出すとなんとなく自分的に色々終わりそうなので
    ボツなのです。
    ……これ、横島君含有率低すぎるしっ。
    No.22: Re: ボツ以上、投稿未満(2)  レスする この発言に返信
    日時: 2009/09/06 03:23
    名前: 赤蛇 ID:BWxBYPUg

    夏子は、しつこく誘う女に辟易していた。

    「――だからさぁ、そないなコト言わないでさぁ」

    携帯電話の向こうで、顔も名前も忘れかけていた小学校時代の同窓生が、あからさまに苛立ちをみせる。
    卒業してから今まで一度も会って話をしたことなどないというのに、どうしてこんなに長々と話せているのだろうか。
    さっさと諦めて切ればいいのに、そう言いたくなるのを夏子はじっと堪えていた。

    「せっかく近畿クンも忙しいところを来てくれるっていうのにぃ、あんたがいなかったらしょうがないでしょう?」

    鼻にかけるような、わざとらしく語尾を伸ばす声を聞き流し、その言葉の裏にある思惑を感じ取る。
    小学校のとき、こんなしゃべり方をする女の子は周りにはいなかった。
    もしかすれば他のクラスあたりには誰かいたのかもしれないが、少なくとも親しかった友達には一人もいない。

    「ねぇ、夏子ぉ。聞いてるのぉ?」

    「うん、聞いてる。でも……」

    何度も繰り返した断わりの台詞を最後まで聞くことなく、馴れ馴れしく人を呼び捨てにしてくる女のスイッチが再び入る。
    もう、かれこれ三十分近くも同じようなやり取りが続いていて、些か疲れてきた。

    「せっかくの同窓会だっていうのにぃ、『近畿剛一をふった女』がいなかったら、おもろくないじゃない!」

    もはや隠すのもやめて飛び出した女の本音を聞き、夏子の口元から僅かな笑みが零れる。
    この、聞いたそばから名前も忘れてしまった相手のみならず、話が持ち上がってから何かと連絡をよこすようになった同窓生たちもみな、思うところは一緒だった。
    それなりにまだ交友のある女の子も、中学・高校と一緒に進学し、ほんの一時期付き合ったことのある男の子も、みんな一緒だった。
    そうでないのは、話題の主である当の本人と、同じ頃に引っ越していってしまった幼馴染だけ。
    もしも今、小学生の頃に戻れるのならば、子供らしい無頓着さで同級生にバラしてしまった自分を、それこそ泣くまでお説教してあげたかった。

    「それに――」

    なおも続く話を遮り、夏子はこう言ってやりたかった。

    「私がふったのは銀ちゃんで、『近畿剛一』なんていう男の子はしらない」、と。

    だが、夏子の口からついて出てきたのは、どこか諦めたような、力の抜けた承諾の返事だけだった。
    相手の女はようやく勝ち取った言質を、しつこいぐらいに念を押しながら、日時と場所が決まったらメールを送る、と言う。
    夏子は、教えてもいないはずのメールアドレスを変えることをぼんやりと検討しつつ、バッテリーが切れる寸前で通話を終えることが出来た。





    母校である小学校が閉校となる、というニュースが聞こえてきたのは、去年の春先だった。
    年々、在校生が減る少子化の影響や、放漫財政を続けてきた市当局の再建策としての公立学校の統廃合など、様々な話題が上ったが、自分たち卒業生にはあまり実感も、感慨もたしいて沸かなかった。
    どこか地方の古い歴史のある学校ならともかく、大都市の区部に密集する公立学校では、事務的に淡々と在校生たちの割り当て先が決まり、さしたるセレモニーもなく、その何十年かの役目を終えた。
    自分たちの親の世代ならともかく、夏子たちのように卒業してからまだ十年ちょっとしか経っていない程度では、さして思い出深い訳でもなく、感傷に浸るにはまだ若すぎた。
    それでも、来年には早くも取り壊されるというところまで話が決まってしまうと、誰からともなく、「同窓会をしよう」ということになった。

    「うわっ、なっつかしいーーーっ!」

    夏休みという理由だけではなくて生徒たちがいなくなった教室のドアを開けると、安っぽい台本みたいな、創意工夫のカケラも感じられない台詞が、モブの一人から飛び出してきた。
    とても名のある役はもらえなさそうなそれに続く声も、どやどやとなだれ込んだ面子から上がるが、少し拍子抜けした感は否めない。
    解体工事の予算も日取りも決まった校舎の中は、机も教卓も、黒板さえもが搬出されていて、ガランとしていて妙に広く、一抹の寂しさみたいなものが漂っている。
    あの頃に感じていた教室の拡がりとは全然違う、なにか異質な場所のようにさえ感じられた。
    それでも何人かは部屋の中を歩き回ってみたり、窓を開けて、ぽつりぽつりと降りだした雨に手を伸ばしたりしてみている。

    そんな彼らの姿を気もなく眺めていると、傍に寄って来た誰かが話しかけてきたのに気付いた。

    「夏子、覚えてる? わたしたちのいた席?」

    わりと仲の良かった女の子が、教室の前のほうを指差す。
    彼女はそれなりにいい友達だったし、密かな恋のライバルでもあった。
    それだけに、かつては自分のほうが背が高かったのが、今では肩一つ分だけ負けているて少しくやしかった。

    「あそこに座っていたのがわたし。そして、夏子はそこ。そして……」

    彼女の形のよい指が右へ左へと宙を動き、やがて一点で止まる。
    そこは、ある程度予想していた通り、夏子を失望させる場所だった。

    「あそこにいたのが銀一クンよね」

    当たり前のように弾んだ彼女の声は、少し興奮気味に小学校の頃の思い出を並べ立てる。
    夏子は、それを半分以上も聞き流しながら、あいまいな返事を返すのが精一杯だった。
    記憶と願望が微妙にない交ぜになった、虚実入り乱れた思い出話にも一段落がついた頃、彼女がちょっと声をひそめて向き直る。

    「夏子にだから言うんやけどね……」

    その視線に、夏子は嫌な予感を抱く。

    「実はわたしも好きだったのよね、銀一クンのこと」

    「嘘……」

    うっかりと漏らしてしまった夏子の呟きを、彼女は自分の望むように誤解して笑う。
    夏子が思いがけない友達の告白に驚いている、というように。
    でも、本当は違う。

    「わたしが好きだったのは銀ちゃんじゃなくて――」

    けれども、夏子の口から漏れて出たのは、嘘つきの彼女が期待するとおりの嘘だった。





    「おつかれさまーーっ!!」

    近鉄の駅の近くで開かれた同窓会は、夜にもまだならない、という時間にお開きになった。
    幹事役のはずの彼女は、支払いの役目を夏子に押し付け、目をつけていた元・男のコたちと二次会の段取りを決めている。
    自分にはどうも馴染めない流行り目のこの店は、近畿剛一への見栄のために彼女が選んだだけで、その剛一が帰ってしまえば長居する必要もない。
    ある意味、超合理的ともいえるその割り切りに、夏子は圧倒されて文句も言えなかった。

    およそ十年ぶりに再開した銀一のほうは、想像していたよりも大して変わっていなかった。
    トップアイドルとして、また新進気鋭の俳優として、それこそ顔を見ない日はないくらいの勢いだったが、スケジュールの合間を縫って帰ってくると、すっかりあの頃の同級生に戻っていた。
    あるいは、それですらも芸能人としての役作りの一環なのかもしれなかったが、そう思わせる隙は微塵も見えなかった。
    面白半分に隣に座らされたものの、大して話らしい話もしないままに終わってしまったが、それでもどこかほっとするものを夏子は感じていた。
    明日は朝イチからドラマの撮りがあるという銀一は、いや、近畿剛一は、このまま関空から東京にとんぼ帰りするのだという。
    そんな彼らしい生真面目さも、変わらない思い出のままだった。

    支払いを済ませて領収書を受け取ると、案の定、店の外には誰も待ってはいなかった。
    これから三々五々に二次会へ、あるいはクラブあたりへ繰り出したのだろう。もちろん、クラブとはいっても、浪速クラブであるはずがない。
    いいかげん慣れぬ人付き合いに辟易してきた夏子は、ようやく肩の荷が下りたとばかりに息を吐くと、会費分もろくに食べられなかったことを思い出し、急におなかが空いてきた。
    仕方がない、居もしない魔法使いのおかげで名前だけは有名になった商店街で、ここ数日は意識して避けていた、あのコテコテのラーメンでも食べて帰ろう、そう決めて踵を返そうとしたとき、入れ替わりに店に入っていく男性の姿に足が止まる。

    「すいません、○○小学校の同窓会は――」

    「先ほど、もうお帰りになられましたーー!」

    デニムのシャツにジーンズという、この店には似つかわしくない格好のためか、けんもほろろに店員にあしらわれた男性は怒るでもなく、困ったという風情でぼやきながら出てきた。

    「あーあ、やっぱり間に合わなかったか。まったく、美神さんったらギリギリまでこき使うんだから……」

    短大時代や仕事の関係など、近来の知り合いに思い当たる人物はいなかったが、後ろ手にぼやくその姿に、夏子にはひとつだけ思い当たる名前があった。

    「横っち!?」

    「うおぅっ!?」

    小学校の同窓会なんだから、当時のアダ名で呼ばれることぐらいは想定の内だろうに、殊更に驚いてみせる相手の反応に、夏子は思わず吹き出してしまう。
    その、どこのクラスにもひとりは居た、お調子者でムードメーカーのリアクションに、夏子は確信する。

    「やっぱり横っちや! 久しぶりやわーー!!」

    「そういうお前は――夏子か!?」

    「せや!」

    普段、あまり口の端に乗せなくなった言葉が、会いたかった幼馴染の名前を呼んだ途端、ごくあたりまえのように飛び出した。
    あの女との電話でのやり取りの中にも、銀一とのぎこちない会話との中にも出てこなかったというのに、一気に十年も前に引き戻されたような、そんな心地よさがあった。
    ぽんぽんと弾む、河内言葉の威勢の良いリズムに、長年コンビを組んできた相方のツッコミのような返事を期待していたにもかかわらず、当の横島はこちらをじっと見るばかりで、投げたボールを打ち返そうとはしない。
    やはり、十年という歳月が深く横たわる現実に、夏子は軽いショックを受けた。




    夏企画にしようとして挫折しました。
    というか、「夏」じゃなくて「夏子」だし!
    二年連続で不参加に終わったのはさみしいなぁ……
    No.23: Re: ボツ以上、投稿未満(2)  レスする この発言に返信
    日時: 2009/09/17 00:01
    名前: 赤蛇 ID:iKnr.gIo

    真っ白い病院の廊下で、ただじっと、その時を待っている。
    腕時計を繰り返し見るたびに、進んでいない時間にため息が出てしまうが、あと少しの辛抱で俺たちの子供――ルシオラの生まれかわりに会えるんだ。
    あの上のランプが消え、ドアを開けて看護士さんが出てくればきっと――

    「横島さーーん! おめでとうございまーす!」

    来た!!

    朝からずっと待っていた瞬間がやって来て、俺は勢いよくベンチから立ち上がった。
    立派な女のお子さんで、母子ともに健康です、そんな、ドラマかなにかでよく聞くような台詞を想像しながら、はやる気持ちを抑え、若い看護士さんが手招く分娩室のほうへと、大またで歩み寄った。

    ありがとうおキヌちゃん、よくがんばってくれた!
    ルシオラ、パパが絶対幸せにしてやるからな!

    そんな決意を胸に部屋に入った俺を迎えてくれた祝福の言葉は――


    「おめでとうございます、立派な女の人ですよ!」


    「ども」


    「きょ、教育的指導ーーーっっ!?」


    俺は思わず叫んでしまった。
    何のことかはわからないが、魂の思うがままに叫んでしまった。

    そこにいたのは、赤ん坊に生まれかわったルシオラではなくて、あのとき失ってしまったままのルシオラが立っていたのだから。

    「ただいま、ヨコシマ」

    「……ル、ルシオラ、いったい、どうして」

    「あのとき言ったでしょう? 魔族にとって、生まれかわりは別れじゃないのって」

    そう言ってルシオラは昔と同じように、少しはにかんで微笑んだ。
    そのしぐさ、その笑顔は、間違いもなくルシオラそのものだった。
    俺はこみ上げてくる涙を押さえて、ゆっくりと彼女に近づいていく。
    恐る恐る持ち上げた手が、震える頬に触れたとたん、ルシオラをぎゅっと抱きしめた。

    「会いたかった! 会いたかったぞ、ルシオラーーッ!」

    「……私もよ、ヨコシマ」

    俺たちは周りで人が見ているのもかまわずに、力強く抱きしめあって再開を確かめあった。
    そんなに長いことは抱き合っていなかったと思うが、涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげて、ルシオラに尋ねる。

    「それにしても、どうやって生き返ることができたんだ? 何か方法はないかと探してもダメだったのに……」

    「ゴメン、私にもよくわかっていないの。気がついたらここに立っていたわ」

    「そっか」

    「それもこれも、私を生んでくれたおキヌちゃんのおかげね、きっと」

    おキヌちゃん、という名前がルシオラの口から出てきた瞬間、俺ははたと思った。
    こんなデケーのが生まれてきちゃって、はたしておキヌちゃんは大丈夫なんだろうか?

    「ちょっと! デケーとなによ、デケーとは!」

    口をとんがらせて抗議するルシオラから視線を外して、背後の手術室のほうに目を向けると……


    『横島さんっ! 横島さんっ! お気を確かにっ!』

    『血圧、脈拍ともに低下! 先生っ、このままでは――』

    『うるさいっ! 現代医学は敗北なんかせんっ! すぐに手術の準備をっ!』

    『アンビリカブルケーブル断線! 活動限界まであと三十秒!』


    「うわわっ! おキヌちゃんっ!?」

    「しっかりしてっ!!」

    生まれて初めての俺とルシオラの共同作業は、おキヌちゃんを助けることだった。





    「あー、死ぬかと思いました」

    陽の光が明るい個室で、危うく死にかけたおキヌちゃんが、ほっと息をついて言う。

    「なにのんきなコト言ってんのよ。ヒヤヒヤして、こっちが死にそうになったわよ」

    ルシオラがぷんぷん、といった風情で頬を膨らまして怒る。
    ホント、あのときは心臓が止まるかと思うくらいに驚いた。

    「ゴメンなさい。でも、私もまさかルシオラさんが、そのまま生まれてくるとは思わなかったんですもん」

    まったく、おキヌちゃんはもう、とルシオラはあきれながらも笑っている。
    こうしていると、この二人は仲の良い友人同士か姉妹のように見えるけど、本当のところは親娘なんだよなぁ。
    不思議なコトが起きるのは今に始まったことじゃないけど、それにしてもこれはトンデモないよな。

    「なーに言ってんのよ。ヨコシマが一番トンデモないくせして」

    「そうですよねぇ」

    「なに!? 俺だけ悪モノ!?」

    大きくなったらそのうちこんなこともあるかと思ったけど、まさか生後一時間にして父親の疎外感を味わうことになるとは……

    「あー、もう、そんなコトで泣かないで!」

    「まあまあ、ルシオラさん」

    文珠とヒーリングのおかげか、母子ともに健康すぎるくらいに健康的なおしゃべりが続いていたが、急にルシオラがしおらしくなって、もじもじとし始めた。

    「どうしたの、ルシオラさん?」

    「やっぱり疲れたんじゃないのか? ほら、無理しないでお前も休めよ」

    「あ、あのね、そうじゃなくって……」

    そうこうする間もルシオラは顔を赤らめて、小さく縮こまりながら呟いた。

    「……おキヌちゃん、おなかすいた」

    そういえば、ルシオラも俺も、あれからずっとなにも口にしていない。
    ん? まてよ……
    ルシオラはこう見えても、ついさっき生まれたばかりの、いわゆる赤ちゃんなわけで。
    そして、赤ちゃんが口にするものといえば当然――


    『――うふふ、おキヌちゃんのミルク、おいしい……』

    『あんっ、ル、ルシオラさん、そんなに強く吸わないで――』

    『前は私とおんなじくらいだったのに、こんなに大きくなっちゃって』

    『そ、それは母乳が張っているから――』

    『うそ。それだけじゃないんでしょう? ほらほら、白状しちゃいなさい』

    『や、か、噛んじゃダメ…… それは忠夫さんが……』


    仮にも親娘の関係の間で、そんな淫らな会話が交わされちゃったりして――

    「もうっ! そんなんじゃありませんったら!」

    「えっ!? うそっ!? 俺、声に出してた?」

    「ふぅん、ヨコシマはそういうのがシュミなんだ」

    違うっ、違うんやー!
    ほんのちょっと想像してしまっただけなんやーーっ!!

    あまりに恥ずかしい妄想を聞かれてパニくる俺をよそに、おキヌちゃんがサイドテーブルから飲みものの入ったコップを取り出す。

    「はい、どうぞ」

    「ありがと」

    その透明は飲み物は、以前ルシオラがよく飲んでいたものと同じ、砂糖水だった。

    「おキヌちゃん、これちょっと薄い……」

    「ダーメ。ルシオラさんはまだ生まれたばっかりなんだから、いきなり濃いのは身体に毒ですよ」

    「でも、もうちょっとだけでも……」

    「ダメです。お母さんの言うことは聞きなさい」

    「はーい」

    あ、こんなとこは、やっぱり親娘なんだなぁ。







    百貨店を読み返して、ふと思いついたネタ。タイトルは【ルシオラ爆誕】w
    ありがちなパターンかもしれませんけど、なんかこう、絵になるかなぁ、と。
    このあと、美神さんたちが出産祝いに来て一悶着があったり、ベスパやパピリオが遊びに来たりと、良い感じに膨らみそうな気もしますけど、ヘタに手を出すと続きモノになってしまいそうなんでボツ(笑)
    いつか、こんな明るいファミリーコメディも書いてみたいんですけどね。
    No.24: Re: ボツ以上、投稿未満(2)  レスする この発言に返信
    日時: 2009/09/17 06:50
    名前: hup ID:DYIQtDgY

    >>23
    なんか、これ、ボツ以上、投稿未満でなくて、そのまま投稿できそうに感じるんですけど。
    こんな甘いのが書けるようになりたい。
    No.25: Re: ボツ以上、投稿未満(2)  レスする この発言に返信
    日時: 2009/09/21 12:01
    名前: 赤蛇 ID:P6h7Z.S.

    >>24
    hupさん、ありがとうございます。
    でもこれ、基本料金のネットカフェで書いたシロモノなんで、本投稿にはまだまだ推敲が足りません。

    そのかわり、と言っちゃなんですが、夏企画用に練りに練りまくっているうちにどんどん長くなってしまい、肝心の夏が終わってしまったというシロモノをば。
    黙ってエディタに寝かせておけばいいのに、そうできない自分がダメですねw




                  ―――――  ひ  と  ひ  ら  の  夏  ―――――

    夜明けから、夏を書き換える雨が降りしきる。

    二階から見下ろす青い芝生は艶やかに濡れていて、昨日までの重い陽射しに乾ききっていた根を潤していた。
    開け放たれた窓から流れ込む、ひやりとした朝の空気が、起き抜けの身体を目覚ましてくれる。
    八月も終わりの今頃はまだ、都会では残暑が厳しい限りで、暦の秋と言われても実感が湧かないのに違いない。
    けれども、芝生の先の林から見え隠れする海と、後背に迫る山々に抱かれたこの別荘にいると、自分と同じように、ここから立ち去ろうとしている季節というものを、否応なしに感じさせられるのだった。
    横島はしばらくの間、夏の喧騒が途絶えた庭を、そして眼下に広がる磯浜をじっと眺めていたが、やがて静かに窓を閉じた。

    何度も修理したおかげで、少々立付けが悪くなってしまった木製のドアを開け放したまま、灯りのついていない廊下に出る。
    隣に並ぶ、みんながひとりずつ使っていた部屋のドアは全て閉じられていて、リビングに繋がる拭き抜けから顔をのぞかせてみても、下からは物音一つ聞こえてこない。
    白い塗料が所々剥げた手すりに手を添え、階段をゆっくりと降りていっても、ごく僅かに自分の体重で羽目板が軋むばかりだった。

    「おはよう」

    すっかり片付けられてしまっていたリビングを横切り、キッチンのカウンターに向かって声を掛けるが、やはり、返事をしてくれるものは誰もいない。
    昨日から、いや、そのずっと前からわかっていたことのはずなのに、こうしてたった一人で朝を迎えてしまうと、どうにもやるせない気持ちが込み上げてきてしまう。
    調理器具も食器もすっかり片付けられたキッチンに足を踏み入れ、奥に鎮座する大型の冷蔵庫のドアを開くが、およそ食材と呼べるものは何もなく、ミネラルウォーターのペットボトルが冷やされているだけだった。
    横島は、まだ半分残っていたミネラルウォーターを手に取り、立ったまま口をつけ、一息に飲み干した。
    律儀にも水道の水で中身を洗い流し、ごく僅かに残っていたはずの残留物も消えたペットボトルをダストボックスに放り込むと、いよいよ、今まで彼女たちの住んでいた痕跡はなくなってしまった。
    これで、遅くとも明日には大挙してやってくるはずの捜査員たちが調べたところで、彼女たちの行方を追うことは出来ない筈だ。
    あと自分がやるべきことは、鍵を掛けて出て行くだけ、それだけなのはわかっているはずなのに、どうにも立ち上がる気がしない。

    雨が上がるまで、もう少しだけ――

    朝寝坊する子供のような言い訳を頭の中で繰り返し、リビングのソファにじっと腰掛けたまま、ぼんやりと濡れる庭の芝生を眺めている。
    この雨がやめば、きっと、夏は終わる。そう自分に言い聞かせながら。





    ルシオラたちと一緒に、横島がこの別荘へとやって来たのは五月初旬、未練残さず桜が散ったあとの、新緑眩しい頃のこと。
    晴天に恵まれれば盛夏を思わせる陽気に包まれることもあるが、まだまだ長袖の服がしまえない、そんな季節だった。

    美神美智恵を指揮官として、周到に準備された人類の反攻に思わぬ痛撃を受けた彼女たちは、移動兵鬼である逆天号の治癒・休養と今後の計画の立て直しを兼ねて、一度身を潜めることとした。
    策源地としてきた南米を目標に、太平洋上で行方をくらませたと見せかけた彼らは、夜陰に乗じて密かに東京へと舞い戻り、隠れ家のある郊外へと向かう。
    けれどもその足取りは、隠密行にありがちな暗さや悲壮感はまるでなく、最寄りの駅で切符を買い、普通列車のボックスシートに向き合って座り、ジュースを片手に、どうということのないおしゃべりに興じている姿は、とても人類を滅亡の淵に陥れようとしている魔族の一行には見えなかった。

    小一時間ほどの小旅行が終わり、二面三線のホームから太平洋が見渡せる小さな駅で電車を降り、海とは反対の方の出口から外へ出る。
    この辺りは数十万年前の造山期に、富士箱根火山帯から流れ出た溶岩が海まで押し寄せ、そのまま固まって出来た地形で、辺りには土砂を運び込む大きな河川もなく、目の前に広がる海で泳げるような砂浜はない。
    それがため、相模灘の豊かな漁場を担う港や、切り立った高台からの眺望を有する別荘地としては適しているが、もっと東寄りの湘南海岸のような、一見の海水浴客が大勢押し寄せるといった賑わいからは離れている。
    無人の改札に、場違いのように簡易型のICカード清算機が立つ脇を抜けると、駅前の小さなロータリーには客待ちで停まっているタクシーはなく、地元民らしい何人かが、まもなく来る上り列車を待ちながらおしゃべりしているのが目につくだけだった。

    「それで、どっちに行けばいいんだい?」

    「んーと、たしか、こっちだったと思うんだけど……」

    「おいおい、ホントに大丈夫なんだろうね、姉さん?」

    「大丈夫、まーかせて! ここまで来れば、あと三十分もかかんないはずだから」

    「えー、まだそんなに歩くんでちゅか。もう疲れたでちゅ」

    「おーい、みんなちょっと待って。コイツ、やたらと重くて……」

    綺麗な日本語を話す、南欧系の顔立ちをした姉妹らしき女性たちと、こちらはまごう事なき日本人の、お世辞にもあまりもてなさそうな高校生ぐらいの男子という、ちょっと交友関係が想像しづらい取り合わせが、一瞬だけ地元民たちの興味を引くが、タイミングよく流れた列車到着のアナウンスによってかき消されてしまう。
    やがて、彼女たちが地図も持たずに坂道を下っていくころには、駅の待合室は無人となっていた。

    それなりに交通量のある旧街道に沿ってしばらく歩き、林の間の脇道にそれると、途端に辺りが静かとなる。
    真夏であれば蝉の声が鳴り響くに違いない道も、まだ早い初夏のうちでは虫の音もなく、穏やかな風に揺れる木々の枝が擦れる囁きが聞こえるのみだった。
    舗装もされていない、車一台がやっと通れるだけの狭い小道が、次第にまた登り道になっていくと、末妹のパピリオから軽い不満がこぼれ始めるが、不意に前方が明るくなり、木々の間に海が広がっているのが見えると、途端に元気になって駆け出すのだった。。

    まだ磯遊びをする人とてない海から吹き上げる冷たい風が、椎や樟の若葉を揺らす原生林の奥隘に、ぽつん、と一軒だけ木造の洋館が建っていた。
    アーリーアメリカン調の白い板張りの別荘は、随分と長い間利用する者もいなかったのか、どことなく人を拒むような、放棄された家屋が醸し出す、一種独特の雰囲気を漂わせていた。
    おそらくは彼らが契約したときに慌てて整備したのだろう、妙にこざっぱりと刈り込まれた庭の芝生が、不釣合いな風景となって、心ならずも連れられて来た横島を戸惑わせる。

    「あ……、あんたら本当に世界征服が目的か!?  なんてこじんまりした基地だ!」

    「目立たないし、おちつくし、安いのだ!」

    その異形の姿をさすがに人目には晒す勇気は持てなかった横島が、無理やりに押し込んだ背中のリュックに入ったまま担がれる土偶羅に対し、今更な疑問ではあったが、それに対する土偶羅の答えも、どこかピントがずれている印象を否めない。
    例えば、霊峰・富士から連なる地脈の関係とかなんとか、何かそういった、もっともらしい理由を想像、というよりも期待していたのだが、実際はかなり庶民的、というよりも所帯じみたものだったからだ。
    更に、土偶羅の話によれば、他にも何箇所か候補に上がっていたところがあったそうで、アシュタロス配下の魔族に散々と不動産屋めぐりをさせた挙句、ようやくここに決めたのだという。
    話半分にしても黙って聞いていると、どうにも聞き覚えの有るような名前がちらほらと出て来て、縦線の入った頬を冷や汗が流れ落ちる。

    「さ、土偶羅様もポチも、そんなところに立ってないで、早く中に入りましょ」

    「う、うむ」

    「は、はいっ!」

    ぱたぱたとパピリオが廊下を駆けて行ったあとに続いて玄関をくぐると、長いこと使っていなかった部屋特有の、閉め切って乾燥した空気と、若干のほこりと、余所余所しい生活感のない匂いがした。
    今時風呂もない安普請の自分のアパートとも、住めば都で、それなりに快適だった逆転号の部屋とも違う感じに気後れするが、長くても数日の滞在ならば、と思い直して靴を脱ぐ。

    「ふうっ」

    土偶羅を降ろし、とりあえず水道の水で乾いた喉を潤すと、どこからかパピリオがしきりに呼ぶ声が聞こえた。

    「ポチーーーッ!! こっち、こっち、すぐ来るでちゅーー!!」

    「はいはい、今行きますよーー!」

    一息入れる間もない呼び出しに、人使いの主人に対してのおざなりな返事がこぼれるが、矢継ぎ早に酷使されるのは今に始まったことでもないためか、それほど苦にも感じない。
    もう、すっかりそのペットネームに順応してしまった横島は、特に疑問にも不快にも思わずに、声のする二階へと階段を登る。
    コの字型に囲む階段を上がった二階はそれぞれのベッドルームとなっていて、開け放たれた奥の部屋の向こうからパピリオたちの声が漏れてくる。

    「どうしたんです? そんなに大きな声を出して――」

    「あっ、ポチ! どうでちゅ? いい眺めでしょう?」

    「えっ、あっ、そ、そうですね――」

    正面に大きく開けた窓を指し示し、意気揚揚とした風情でパピリオが得意気に披露する風景が目に飛び込んできて、横島は思わず息をのむ。。
    瑞々しい若葉を一杯につけた木々の向こうに、金波銀波にきらめく穏やかな海と、包み込む湾に浮かぶ島のように鎮座する山々とが、まるで一枚の絵画であるかのように配されている。
    対岸の小さな港には、数えられるほどの漁船が舳先を連ね、翌朝の出航に備えて身体を休めている。
    ちょうど山の影にかかる漁港を走る道には、気の早い街灯がぽつり、ぽつりと灯っていた。
    山と海の間の狭い土地に、斜面を駆け上がるようにして建ち並ぶ家々が見えるが、不釣合いなリゾートマンションやホテルなどは一切なく、油彩画の中にうまく溶け込んでいた。

    何処の者とも知れない人間が出入りをする施設の近くを避け、地元の人からもあまり注意を払われないロケーションというのも、おそらくはこの別荘を隠れ家として設置する条件として絞り込んでいたのであろうが、それでも、ここを選んだ者の趣味の良さが光っていた。
    横島には、先ほど土偶羅が口にした配下の魔族だという名前を思い出し、どうにも、そういったセンスとはイメージが結びつかなくて仕方がないのだが、ここは素直に驚くばかりだった。
    再び生きて会えることがあれば、軽口でも叩いてからかってやりたかったが、今となってはもうすでに遅い。そのことが、ほんの少し残念な気がするのだった。

    「じゃ、ここがポチの部屋でいいでちゅね」

    「えっ……、マジっスか!?」

    この別荘でも一番上等な場所を、パピリオの観点から見れば只のペットに過ぎないはずの自分に割り当てるという。
    今まで自分がいた事務所だったら、絶対ありえなかったに違いない提案に、横島は戸惑いを隠せないが、当のパピリオも、そしてルシオラやベスパも気にする素振りは見せなかった。

    「ポチも今まで一所懸命働いてくれたでちゅからね、ごほうびでちゅ!」

    「パピリオは人使いが荒いから大変でしょ? せっかくだから、のんびりしたほうがいいわ」

    「あれ? それは姉さんのほうなんじゃないの?」

    「そんなコトないわよ!」

    たいして家具もない、がらん、とした広い部屋の中で、他愛のない姉妹喧嘩が始まりそうだったが、もちろん本気であるはずもない。
    味方であるはずの美神たちよりも暖かい心遣いに、柄にもなく、ほろり、と感じ入ってしまうのだった。

    「別にそんなに気にしなくてもいいさ。あたしらもね、あまり正面で目立つのも具合が悪い、というのもあるのさ」

    「それはそうとして、これじゃ、いかにも何もなさ過ぎよね」

    ルシオラが部屋を眺め回して、そう言った。
    もともとこの別荘は、彼女たちに土偶羅を加えた四人だけが使う予定で、この部屋はダミーとして空けておくはずだったのだ。
    それが、自分たちが無理やり連れてきたとはいえ、横島を追加して過ごすとなれば、それなりに考えなくてはいけないものも出てくる。
    ほんの二、三日の滞在だから、服はそのままでもいいとしても、下着にタオルといったものやら、他にも細々としたものも必要だった。

    「まあ、いいわ。それじゃ……、ポチ」

    「は、はい!?」

    「買い物につきあって」

    そう言うが早いか、ルシオラはガレージの車を出すべく階下に降りていく。

    「それじゃ、あたしは逆天号を放してくるよ。たぶん、二、三日もあれば治るだろ?」

    「そうね、そんなとこかしら。じゃ、行ってくるけど何かいるものある?」

    「姉さんに任せるよ」

    「そう。パピリオは?」

    「特にないでちゅ」

    「わかったわ。日が暮れる前には帰ってくるから」

    行きましょう、と促すルシオラの後を追い、横島も急いで階段を駆け下りる。
    こうして、この別荘での、長くて短い夏の思い出が始まったのである。





    夕陽が海と山の向こうに沈み、心許ない街路灯がぽつり、ぽつりと灯りはじめた頃になって、二人を乗せた車が戻ってきた。

    「よいしょっ、と」

    「あ、重いでしょ。半分持とうか?」

    「平気平気、このくらい」

    買い物袋を両手に下げた横島を手伝おうと、とっさに差し出したルシオラの手が触れる。

    「あ……」

    途端、顔を赤らめて動きを止める。
    一昔前の青春ドラマかマンガのような反応は、高校生と生まれて間もない魔族という間柄にはふさわしいのかも知れなかったが、つい先程まで車の中で抱き合い、夜を囁いた女としては今更でもあった。
    けれども、別荘の庭にもエントランスにも、あきれ顔をして突っ込んでくれるような家族の姿はない。
    夜の帳が押し寄せてこようとする暗がりの中、別荘の古ぼけた白い壁だけが浮かび上がっていた。

    「ただいまー!」

    となり町のスーパーに買い物へ出かけただけなのに、あからさまに遅くなって帰ってきた二人だったが、玄関先にも誰の姿もない。
    てっきり、パピリオかベスパに冷やかされるか、あるいは小言を言われるかと思っていただけに、ルシオラの顔に怪訝そうな皺が寄る。
    まさか、自分のいない間に何かあったのか、人間たちか、それとも神族の襲撃を受けたのでは、と警戒するが、それにしては室内が荒れた気配もなく、不穏な様子はどこにも見えない。

    「んー? 暗いなぁ」

    呑気なことを口にする横島を背にかばいつつ、リビングにそろり、と足を踏み入れると、奥のダイニングテーブルに向き合って座る影が二つ見えた。
    ルシオラはとっさに身構えて凝視するが、それがふたりの妹の姿だということに、ようやく気づいた。

    「な、なんだ、あんたたちか。脅かさないでよ」

    安堵のため息をつくルシオラを、ベスパがゆらり、と見やる。
    元々目の下についていた文様をさらに濃く、隈のように焦燥したベスパが、震える声で出迎えた。

    「あ、ああ、姉さんか…… おかえり……」

    普段、強気で勝気な彼女からは想像もできない、はじめて聞く声だった。
    さして長くもない、擬似的な家族生活の中でも聞いたことのない、全く異様としか言いようのないものだった。

    「ど、どうしたのよ、ベスパ!? パピリオも!? 何があったの?」

    ベスパはルシオラの問いに答えようとせず、虚ろな視線をこちらのほうへ、正しくはルシオラの背後の何もない空間に向けて漂わせている。
    そして、パピリオもまた、さっきからテーブルの上を見つめるばかりでこちらに視線を合わせようともしない。
    明らかに尋常ではない二人の様子に、ルシオラは近寄ろうとするが、そのときになってはじめて、テーブルの上に転がるひとつの物体の姿を見て、その場に立ち尽くす。
    いったい何が起こったのか、二人の異常な様子の訳を瞬時に悟ったルシオラは、手にしていた買い物袋を、どさり、と取り落としてしまう。
    幸いに割れはしなかった、パピリオのためのハチミツの瓶がフローリングの床に転げ出てもなお、ルシオラはその場で固まったままだった。
    それほど長い間ではないにせよ、三姉妹ともが薄闇の中の沈黙に漂っていると、不意に頭上の明かりが灯った。

    「――どうしたんです? 電気もつけないで?」

    「ポチッ!」

    間を読まぬ横島が、不思議そうな表情でキッチンから顔を出すと、それまで一言も発せず、微動だにもしていなかったパピリオが、テーブルを蹴倒さんばかりに駆け寄って飛びついた。

    「――逆天号がっ! 逆天号がっ!」

    「ど、どうしたんです、パピリオ……様?」

    しかし、パピリオは横島の呼びかけにも顔を上げようとせず、シャツにしがみついて泣き声を漏らすばかりだった。
    いったい何のことかわからない横島は、困り果ててルシオラへ、そしてベスパのほうへと目を走らせる。
    仲が良さそうに思えたので考えづらいが、もしかしたらベスパと喧嘩でもしたのかもしれない、そんなことが頭をよぎったからだが、どうやらそういう事情でもなさそうだった。

    「ヨコシマ……」

    「ポチ……」

    やがて、うつろなルシオラとベスパの視線が、戸惑った横島のそれと絡み合い、救いを求める幽鬼のように、ゆらり、と動き出した。

    「な、なにを……」

    本来が人類を震撼させた魔族とはいえ、あからさまに怖い二人の様子に横島は思わず後ずさりをしてしまうが、腰にしっかりとパピリオがしがみついている状況では、大して身動きも取れない。
    あえなく、二人の幽鬼が伸ばした手に取り憑かれてしまいそうな瞬間、つい目を閉じてしまう。
    だが、訳もない怖さに想像していた事態はなにも起きず、左と右の両肩に重みを感じただけだった。
    恐る恐る目を開けて首を回すと、双肩に縋りついて咽び泣く、ルシオラとベスパの頭が見えるばかりだった。

    「うーむ、それにしても困ったことになったもんじゃ。まさか逆天号がこんなことになるとは――って、ポチ、なにをしとんのじゃ、お前は?」

    「い、いや、それが、俺にもなにがなんだか……」

    美人の三姉妹に抱きつかれるという、世の男たちにうらやましがられそうな状況に身動きが取れなくなっている横島を見て、何かをぶつくさと呟きながら出てきた土偶羅があきれ返った声を上げた。
    対の椅子が倒れたままに置かれているダイニングテーブルの上には、死んだ昆虫特有に肢を硬直させた、逆天号の死骸が転がっていた。





    「――つまり、予想以上のダメージに加えて、日本の気候が逆天号には合わなかったと?」

    「簡単に言えば、そういうことだわな」

    逆天号の死因を分析する土偶羅によると、そういうことになるらしい。
    南米の密林に生息するヘラクレスオオカブトを母体とした逆天号が活動するには、初夏とはいえ日本の気温は低すぎ、それに加えて栄養とする木々の樹液にも恵まれなかった。
    ヒト型を模しているルシオラたちならばともかく、その大部分を昆虫のままに残していた逆天号にとって、この環境の変化は耐えがたいものになっていたのだった。
    自分たちの活動条件を基準に作戦計画を立てていた土偶羅やルシオラたち、ひいてはアシュタロスの判断ミスと言っても過言ではない。

    「それで、これからどうするんでちゅか、土偶羅様?」

    先程まで泣き咽んでいたにもかかわらず、他の姉妹の二人よりも先に立ち直ったパピリオが、今後の方針を問い質す。
    その言葉を受けて、改めて横島も土偶羅の言葉を聞き逃すまい、と向き直す。
    魔法兵鬼として、直接に深刻な脅威となっていた逆天号が失われたことは、彼にとっても人類にとっても朗報だったが、事はそれで終わりというわけにはいかない。
    まして、彼らと行動を共にしてきた横島にとっては、これからの自分の身の処遇をも左右される、文字通り生きるか死ぬかの瀬戸際にあった。

    「まあ、詳しくはアシュタロス様の御判断を仰がなくてはならんだろうが、しばらく作戦は中断せざるを得ないだろうな」

    「そうでちゅか…… 仕方ないでちゅね」

    「多分、お前たちの処遇についても指示が出るだろう。それまではおとなしくしていることだな」

    そんな会話を聞きながら、横島は焦燥の色を濃くしていた。
    メフィストの生まれ変わり、すなわち美神令子の魂を探索するという任務も、ひとまず凍結されるらしい。
    まさに特A級の情報と言えたが、それをICPOの美智恵に伝える手段がない。
    電話を掛けようにもこの家には電話らしきものはどこにもなく、携帯電話も持ってはいない。
    あるいは、近所のスーパーで見つけた公衆電話まで走っていくにしても距離があり過ぎたし、だいいちあまりにも不自然だ。
    今も世界中を捜索しているはずのヒャクメの手腕に頼るのも、はたしていつになるかわからない。
    その、ヒャクメに託された連絡手段もあるにはあったが――

    「……通信鬼があればなー」

    思わずため息と共に呟いてしまったが、ふと顔を上げると土偶羅やパピリオはおろか、今の今まで黙りこくっていたルシオラやベスパまでがこちらに顔を向けている。
    その刹那、横島は自分が特大級の失言、ジェルジンスキー通りでミノックスの名を口にするような、信じがたいヘマをしでかしてしまったことを悟り、動揺する。

    「あ、いや、その、べ、別に隊長に連絡しようとか、そういうわけではなくって――」

    冷や汗まじりにしどろもどろになって、言わずもがなのことを口走る横島のうろたえぶりに、四人はあからさまに肩を落として息を吐く。

    「……まったく、どうしてお前はそう間が抜けているのかしら」

    「あんたが人間どものスパイだなんてことは、あたしらはとっくにお見通しなんだよ」

    「そ、そんな…… いったいなんで……」

    「いくら隠していたって、逆天号の中で通信鬼を使えばわかりまちゅ!」

    「まあ、その通信鬼も二度と使えなくなってしまったけどな」

    「どちくしょおおおーーっ!!」

    と、叫んでトイレに駆け込むのは、もはやお約束とも言えるわけで。

    「ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ! ルシオラはともかく、他のヤツらに正体がバレちまった! ど、どうするよ、俺?」

    焦る気持ちをごまかすためにトイレの水を流してみたりするが、渦巻く水に見えるのは、土偶羅たちにつるし上げを食らい、煮えたぎる湯につけられる拷問を受ける自分の姿だった。
    仮にそうはならなかったとしても、次にやってくるのは、冷酷非情なダブル・クロス委員会のメンバーに違いない。

    「もうアカン! こうなったら、なんとしてでも逃げ出さないと! 死んだあとで銅像建てられたり、空に顔を浮かべられたりしてたまるかーーっ!!」

    以前にも繰り返したような台詞を吐きながら、狭い個室の中をきょろきょろと見渡す。
    だが、外へと通じる窓はとても自分が通り抜けられるような大きさではなく、天井にも床にも、外せそうな羽目板はない。
    だらだらと嫌な汗が流れるままにしていると、背後のドアをノックする音が響いた。

    「ポチ? いる?」

    無邪気な死刑執行人の声が、ドアの向こうから掛けられる。
    トイレに篭っているだけで隠れられるものでもないのはわかっているが、それでも、開けられないようにドアノブをしっかと握る。
    今こそ、この人生最大の危機、過去にも何度かあった気もするがそれは忘れて、この状況を己の才覚と演技力で乗り切るしかない。
    ついに覚悟を決めた横島は、思い切ってドアを開けた。

    「すいません急に――ちょっと腹の具合が――!!」

    二番煎じの苦しい言い訳にもパピリオは顔色を変えることもなく、にっこりと笑って言った。

    「とりあえず、みんなでごはんを食べるでちゅ。これからのことはそのうち考えるでちゅよ」

    「え……?」

    「ほら、みんなが待っているから手を洗って早く行くでちゅ!」

    「は、はい」

    手を拭くが早いか、背中をぐいぐいと押してリビングのほうへ向かうパピリオには、裏切り者を始末するような慳貪な様子は微塵も見られない。
    もしかして、自分の演技力で騙すことに成功したのか、とも一瞬思った横島だったが、後ろで軽やかに告げるパピリオの呟きに、そうではないことを否応なしに知らされる。

    「……私におんなじ嘘は通じないでちゅよ。つくんなら、もっと上手い嘘をつかないとダメでちゅ」





    「ごちそうさま!」

    ありあわせの簡単な食事を終えて、膳を下げる。
    もっとも、食事らしい食事を摂っていたのは横島だけで、ルシオラは砂糖水、ベスパはローヤルゼリー、パピリオはハチミツといった内容だった。
    彼女たちによれば、人間と同じような食事を摂ることもできるのだそうだが、とても今はそこまで食欲がわかないらしい。
    土偶羅に至っては、いろいろと気苦労も多いのだろう、【チェルノブイ○のおいしい水】を鯨飲して早々と酔っ払っている始末だった。
    さすがに試してみるつもりはないが、ビールのホップとはまた違う、独特の苦味がたまらないそうだ。
    ちなみに、チェルノブイ○とは現地の言葉で『苦い水』を意味するらしいのだが、本当かどうかは確かめるすべもない。

    「ん、じゃ、そこ置いといてー」

    キッチンで数少ない食器を洗っているルシオラが、シンクの水を止めないで返事する。
    一瞬、恋人同士か新婚家庭のようなやり取りに心ときめくが、リビングでベスパとパピリオが見ているテレビから流れるニュース映像に、悲しい現実に引き戻されてしまう。
    テレビの画面では、思いっきりカメラ目線を取った横島が、中指を立てる、下品で挑発的なポーズで叫んでいる。
    ご丁寧に、どこかで聞いたような、おどろおどろしいバックミュージックまで流れている始末だ。

    『おろかなる人間ども……! いずれおまえたちは我々の前にひざまづくのだ――!!』

    「うっわー、悪そうでちゅねー」

    「まさに下っ端幹部ってとこだね」

    自分たちがやらせておいて、めいめいに勝手なことをのたまわっている。

    「でも、あんまりヨコシマに似てないでちゅね」

    パピリオの言うように、ニュース映像に繰り返し流される映像の横島は、目が吊りあがり、肌の色の本物よりも悪く、声も若干高めに変更されている。
    美神美智恵の指示で作られたヤラセ映像は、あとでどんな言い抜けでもできるように、微妙な修正が入れられていた。
    それは、GS見習いとはいえ一般人で、まだ高校生にすぎない横島の立場を考慮したものであり、その横島を潜入捜査に使わざるを得ないICPOの立場を守るためでもあった。
    万が一、横島が殺されてしまうような最悪の事態となった場合、その可能性は非常に大きいのだが、公務による殉職ではなく、あくまでも魔族との戦闘に巻き込まれた不運な一般人として処置する、そういった布石が打ってあった。
    けれども、当の横島はそのような意図には気づく余裕はなく、全国ネットで晒されてしまった自分の顔に、見苦しいまでにうろたえていた。

    「これで俺は人類の敵じゃーっ!! のわーーーっ!!」

    そんな情けない横島の元へ、洗い物を終えたルシオラが、手を拭きながらあきれた声を投げ掛ける。

    「ばっかねえ。そんな心配いらないわよ」

    「ル、ルシオラ……」

    「あれだけ修正が入っていれば、もうお前とは違う別人だし、身元も明らかになってなければわからないわよ」

    「ううっ、俺のことをわかってくれるのはお前だけじゃーっ!!」

    「あんっ!もう、そんなにがっつかないで」

    「……なーに、やってんでちゅかね」

    ギャラリーの目も気にせず繰り広げられる気恥ずかしいやり取りに、パピリオが年不相応な半眼を向ける。
    夕食の前に集まったリビングで、ルシオラたちの、そして横島のこれからの処遇が決められた。
    作戦はひとまず中断されるが、計画そのものは放棄されたわけではないので、ルシオラたちは引き続き、待機任務とすること。
    横島はスパイという任務はバレてしまったにせよ、ルシオラたちの動向を逐一把握しておくことが重要なのは変わらないこと。
    さりとて、ここに潜伏していることを通報されては困るため、身柄を拘束して手元に留めておかなくてはいけないこと、などが示された。

    そのとき、ルシオラが静かに、しかし、きっぱりと宣言したことがある。
    それは、自分が横島に惚れてしまっていること、横島になら抱かれて死んでもいいと思っていること、などだった。
    当然、ベスパは激怒したし、パピリオは困惑していたが、ルシオラの決意が固いことを知ると、引き下がらないわけにはいかなかった。
    皆の前で告白された形になる横島は、家族公認でヤれる仲になった、などと妄想を繰り広げていたが、ベスパからコード7の脅迫を受けると、さすがに意気消沈してしまう。
    ルシオラは、別にどうなってもかまわない、などと刹那的な台詞を口にするが、いくら煩悩の塊といえども、抱いた女が死んでしまうと聞かされて抱けるほど修羅ではない。
    その反動もあってか、やたらと恋人っぽい雰囲気を醸し出そうとする二人に、いささか辟易とする思いだった。

    「ポチ……いや、ヨコシマも姉さんも、よくやるよなー」

    見た目には十歳程も年の違う妹と一緒になって、ベスパもうんざりした表情で二人を見つめていた。
    ちなみに、呼び名が「ポチ」から変わったのは、なにも彼女たちが横島を認めたからではなくて、ルシオラがそう呼ぶように強硬に主張したからだった。
    ルシオラ曰く、これから仲間として一緒に住むんだから、きちんとした名前で呼ばなきゃダメだ、ということだが、はたしてどうか。
    案外、自分の惚れた相手がパピリオのペットと同じ扱いというのが我慢できなかったというのが真相かもしれない。
    ともかく、このままにしておいては見てるほうが疲れてしまう、そう思ったベスパが先に動いた。

    「あー、お楽しみのところ悪いんだけどさ、あたしらもいいかげん疲れたんで、そろそろ一風呂浴びて休みたいんだけど……」

    「えっ……、あっ、そ、そうね、もうこんな時間だもんね」

    ちらり、と時計を見やれば、それほど夜遅いというわけでもないが、それなりにはなっている時間だった。
    昨日の太平洋上での激闘、そして今日は朝から長いこと移動してここへ来たこともあり、さすがに眠気を覚えるようになってきた。
    それじゃお風呂入って寝ましょうか、というルシオラに、パピリオの声が重なった。

    「ねえ、ルシオラちゃん。逆天号はどうしたらいいでちゅか?」

    パピリオが、リビングの隅に除けられた逆天号の亡骸を指差して問う。
    すっかり固くなってしまった逆天号は、やはり二度と動き出すことはなく、ただの虫の死骸と化していた。

    「もう残しといてもしょうがないし、ヘタに証拠になっても困るわね。明日、どこかに捨ててくるわ」

    もはや自分たちには何の貢献もしない兵鬼としては当然の割り切りだが、そのやり取りに横島はどこか腑に落ちないものを感じた。
    すたすたと歩み寄って、その大きな角をひょい、と摘み上げて手のひらに乗せる。
    カブトムシとしては世界最大級なのだろうが、その小さな身体の中に、つい昨日まで自分たちが乗っていたと思うと、頭ではわかっていても奇妙な感じがした。
    多少なりの自意識はあったにせよ、たとえば人工幽霊一号のような自我があったわけでもなく、話をしたわけでもない。
    それでも、その中で何日か過ごし、洗濯もし、ところどころ修理もしたのかと思うと、ゴミ箱に捨てておしまい、というのもかわいそうな気がする。

    「どうするんでちゅか、ヨコシマ?」

    「ん? ああ、このまま捨てるのもなんかかわいそうだし、せめて庭に埋めてやろうと思って」

    下から覗き込むパピリオの質問に答えると、そのままリビングの窓を開き、サンダルを履いて庭に出た。
    昼間は少し暑いくらいだったのに、長袖を着ていても寒いくらいに冷え込んでいる。
    なるほど、これじゃお前も耐えられなかったか、などとその理由を改めて確認しながら、脇に置かれていた少しさびの浮いた小さなシャベルを手にとった。
    ガーデニングには程遠い庭には花壇らしきものはなかったが、日当たりの良さそうな木の根元を掘り返す。

    「俺もなー、子供の頃に飼っていたペットが死んじゃう度にこうして埋めていたっけ」

    月明かりの下で、しゃくっ、しゃくっ、と音を立てて穴を掘る。
    小石混じりの土は掘り難く、ちょっとした作業になったが、横島は手を休めることをしない。
    数分ののち、そこそこの深さの穴を掘り終えると、その中にそっと逆天号の亡骸を置いた。

    「石があると痛いだろうからな」

    そう言って横島は掘った土の中から小石を選り分け、土だけ静かにかぶせていく。
    もちろん、逆天号はすでに死んでしまっているのだから、痛みも何も感じるはずはない。
    それでも、パピリオの目には逆天号が喜んでいるように見えた。

    「これでよし、と。お前にこういうのもなんだが、成仏しろよ」

    最後の土をかぶせ、少し体積の減った上に、形のよい石を選んで墓石代わりに乗せる。
    墓碑銘も何もない、端から見ればそれとは決してわからない墓だが、今はこれが精一杯だった。

    「よかったでちゅね、逆天号」

    裸足であとをついてきたパピリオが、感慨深そうに感想を漏らす。
    こうして聞くと、とても魔族の一員とは思えず、普通の子供のように見えてしかたがない。
    けれども、子供というものは往々にして返答に困るようなことを口にするもので、やはりパピリオも例外ではなかった。

    「パピリオも死んじゃったら、お墓を作ってもらえまちゅかね?」

    「え……」

    無邪気なパピリオの問いかけに窮する横島を、背後からそっと伸びてきた腕が救い出す。

    「……ありがとう」

    背中からぎゅっ、と抱きしめ、耳元で囁くルシオラの声は、ほんの少し潤んでいた。




    この展開だと美神さんもおキヌちゃんも出てこないのが難点ですが、三姉妹との楽しくも儚いサマーストーリーを目指したいですね。
    海へ行ったり、山へ行ったり、温泉に行ったり、ね。
    なんとか来年、いや、再来年の夏企画までには……w
    No.27: Re: ボツ以上、投稿未満(2)   [No.25への返信] レスする この発言に返信
    日時: 2009/09/21 00:01
    名前: ティバーン ID:0MdBVt42

    いや、完全に投稿できるクオリティじゃないですか。

    ビバ!三姉妹!

    続き超読みたいです!来年と言わず!
    No.28: Re: ボツ以上、投稿未満(2)   [No.25への返信] レスする この発言に返信
    日時: 2009/09/21 21:51
    名前: 夏みかん ID:E3jQw2vc

    逆天号の非業の死にびっくり。
    埋葬のシーンも含めて、タイトルにふさわしく、しっとりした感じさえあるお話ですね。
    続編ももちろん楽しみですが、本作についても展開予測の方にそのまま投稿しても、全然問題ない水準を十二分に超えている、と思います。

    No.26: Re: ボツ以上、投稿未満(2)  レスする この発言に返信
    日時: 2009/09/20 20:10
    名前: 赤蛇 ID:rQmkdH6E

    あと、他に考えていた企画向けのネタをいくつか……
    ロクなモノじゃありませんが、細かいことは言いっこなしの方向でw



    【美・妹・Baby】
    ふたりっきりでお留守番しているときに、急用ができた美智恵さんからひのめちゃんの世話を頼まれたシロとタマモ。
    でも、子供の世話なんかしたことないふたりは悪戦苦闘して……てなカンジ。
    子供なんか大嫌い!とか言ってたタマモが、次第に感情移入して、な流れが入れたかったんです。


    【いけないモガちゃん ピクシーシンフォニー】
    原作の、モガちゃんで「風と共に去りぬ」をする回が好きでして、タイトルの連想からフェリーニの「甘い生活」を絡めようとして挫折した話ですw


    【エミ・AGAIN】
    こちらは完全にタイトルだけの思いつき。
    でも、最終巻の「魔法無宿!!」みたいなイメージでいければ……とか思った次第。
    No.29: Re: ボツ以上、投稿未満(2)  レスする この発言に返信
    日時: 2009/09/26 14:49
    名前: STJ ID:9Ldd6Qe.

    いい話ですね。

    >「パピリオも死んじゃったら、お墓を作ってもらえまちゅかね?」

    死んで墓を作ってもらう逆天号を見て、命短い自分の死を思って問いかける
    パピリオというのは想像したことさえありません。
    正直、読んでいて震えました。


    私的には、こんな展開も思いつきます。

    横島が、南米の密林に生息するヘラクレスオオカブトを兵鬼にできるならば
    日本のカブトムシやクワガタムシでも兵鬼に転用できるのできないかと妙案
    を思いつき、季節外れの虫を買いに、三姉妹と変装して東京のデパートまで
    買いに行く、あるいはルシオラと二人で変装してデートがてら買いに行く
    なんてどうですかね?

    横島の妙案が当たり、三姉妹と土偶羅はやや小ぶりな逆天二号及び予備の甲虫を
    獲得して本来のストーリーに戻って行けるのでないかと思います。
    No.30: Re: ボツ以上、投稿未満(2)  レスする この発言に返信
    日時: 2009/10/17 20:47
    名前: 赤蛇 ID:iKnr.gIo

    いくつかの約束を交わして、いくつかの約束を破り、ほんの少し意気地がなかったせいで、果たせないままに迎えた翌朝、横島は見慣れない部屋で目を覚ました。
    日当たりの悪い四畳半の自分の部屋とは段違いの、白いレースのカーテンから漏れる明るい日差しが辺り一面に降り注ぎ、少し開いた窓から流れる風に、ゆらゆらと揺れていた。
    泊ったことのないペンションの一室のような場所に、一瞬だけ記憶の混乱を覚えるが、やがてルシオラたちの隠れ家だということを思い出すと、安堵して枕に顔を埋め直す。
    ふかふかのクッションと、清潔なシーツの匂いが、横島を幸せの眠りへと誘うが、そのささやかな幸せを奪い取ろうとする、小さな悪魔がいることを忘れていた。

    「ヨコシマーーー! いつまで寝てるでちゅかーーー!!」

    鍵は開けておいたはずの木製のドアを、文字通り吹き飛ばしたパピリオが飛び込んで来て、その勢いのままにベッドへと向かって跳躍する。
    きれいな放物線を描き、その速度と質量に比した衝撃は、フライングボディープレスの形を取って、着弾点に明確に作用する。

    「ぐほぉっ!!」

    「やーーーっと起きたでちゅね、ごはんでちゅよ」

    「目が覚める前に死んでしまうわーーーっ!!」

    強制的に腹から搾り出された空気とともに、あやうく遠ざかりかけた魂の叫びが木霊するが、当のパピリオはどこ吹く風といった涼しい顔をしている。

    「今日はみんなでおでかけしまちゅから、早く朝ごはんを食べるでちゅ」

    「……え、出かけるって、どこへ?」

    「いいから、さっさと起きるでちゅ!」

    予定になかった唐突な話に戸惑う横島を無視して、パピリオは勢いよく軽めの夏掛けの布団を剥ぎ取ってしまう。
    Tシャツにトランクス、という格好ではあったが、見られては困る状態でなかったのが不幸中の幸いだった。

    「じゃ、みんな待ってまちゅから、早く着替えて来るでちゅ。あ、ドアはちゃんと閉めておくように」

    自分の背丈の倍はあるドアを軽々と立て掛けておいて、パピリオはさっさと下に降りていってしまった。
    一応は視線は遮られるものの、プライバシーのなくなってしまった部屋の惨状に、またひとつ余計な仕事が増えたことを思い、横島は肩を落とした。





    身支度もそこそこに急いで下に降りると、大きなダイニングテーブルに三姉妹が並んで待っていた。

    「おはよう、ヨコシマ。よく眠れた?」

    「気持ちよく起きれた、ってわけじゃあなさそうだけどね」

    そういいながらベスパが、くっ、くっ、と笑う。
    自分が連れてきたはずの元ペットの名前を呼びながら、勢いよく階段を駆け上がる妹を見て、こうなることはわかっていた笑いだった。

    「とりあえず、さっさと顔を洗ってきな。すぐできるからさ」

    「……そうするわ」

    横島が、洗面所へと足を向けるまもなく、パンケーキの焼ける香ばしい香りが流れてきた。
    その香りの元を確かめるより前に、横島のお腹が、ぐぅ、と自己主張した。

    手短に歯を磨き、顔を洗って済ませたにもかかわらず、戻ってきたときにはダイニングが一変していた。
    さっきまで何もなかったテーブルの上には、大小とりどりの白い皿が並び、オレンジジュースをたっぷりと注いだデカンタがある。
    真ん中には、オーブンでふっくらと焼き上げられた卵焼きが、ちょうどスポンジケーキの台座みたいに丸のまま置かれている。
    そして、きれいな焼き色のついたクレープが、横島が早く席につくのを待ち構えている。
    一人暮らしのアパート生活は当然としても、除霊仕事明けに事務所で相伴に預かる朝食でも食べたことのない、見事な洋風のプランチだった。

    「うわっ、なんか……スゴいっスね」

    「そう? そんなに豪華だとは思わないけど」

    「これ、ルシオラが? それともベスパ?」

    「ううん、土偶羅様」

    「土偶羅……様!?」

    「そんな、取ってつけたように無理して"様”なぞ付けんでもいいわい」

    ふん、と息を荒くして不機嫌そうにしてみせる土偶羅だったが、横島が答えに詰まったのはそれだけではない。
    一応、本人は料理人のつもりなんだろう、ギャルソンタイプのエプロンを身につけているのだが、どうみても化粧まわしを巻いた関取にしか見えない。
    そのギャップに、横島は大笑いするのも忘れて、唖然とするばかりだった。

    「ほれ、さっさと席につかんか。せっかくのガレットが冷めてしまうだろうが」

    仏頂面、というのかどうかはわからないが、むすっとした口調で土偶羅がルシオラたちを促す。
    どうやら、土偶羅は料理人の役に徹するつもりらしく、エプロンを外そうともしない。

    「はあい――ほら、ヨコシマも早く」

    「あ、ああ……」

    「いっただきまーす!」

    まさか、朝の祈りを捧げるわけもなく、横島が席につくと同時に仲良く唱和して、ナイフとフォークを躍らせる。
    丸いクレープにナイフを入れ、一口放り込むと、少し粉っぽいソバの香りがした。
    クレープ、といえば学校帰りに女子高生が食べるような、生クリームにフルーツやチョコなどを挟んだ甘いデザートを想像してしまうが、これは少し違っていた。

    ガレットとは、フランスのブルターニュ地方において、パンの代わりに主食として食べられていたものだ。
    ほんの半世紀昔の頃まで、痩せた彼の地では小麦は非常に高価で、とても日常の食事としてパンを食することはできなかった。
    そこで、比較的弱い土壌でも安定した収穫が見込めるソバを栽培し、挽いた粉を練って、原始的なパンのように薄く延ばして焼く、というスタイルが出来上がる。
    これは何もブルターニュ地方独特というわけではなく、似たようなものはヨーロッパの各地にある。
    中でもユーゴスラビアやギリシャといった、山間の狭い土地が続くバルカン半島では、今もなお、昔ながらの栽培法とレシピで代々受け継がれているほどだ。
    しかし、日本のそばを打ったことがあればわかると思うが、ソバの粉を練った生地は重く粘り、近頃は軽く仕上げるために小麦粉を混ぜるようになったとはいっても、薄く広げて焼き上げるのはかなり難しい。
    それを家庭用のフライパンで、いともたやすく焼き上げるとは、土偶羅の腕前もなかなかのものだった。

    「うまいな」

    生まれて初めて食べるガレットだったが、しっかりと塩味が効いて甘くないのがちょうどいい。
    だが、さすがにこれだけを食べて済ませるのは、ワインも飲まずに冷めて固くなったフランスパンだけを食べ続けるのと同じように厳しかった。

    「ヨコシマ、ほら、お皿出して」

    「あ、うん」

    「このくらい大丈夫よね?」

    白い皿にルシオラが取り分けてくれたのは、表面をきつね色に焼き上げられた卵焼きだった。
    きっちり四等分された切り口からは、細かく刻まれた色とりどりの野菜やベーコンが重なり合い、とろり、とチーズがにじみ出る。
    映画『ひまわり』で、マルチェロ・マストロヤンニがソフィア・ローレンに作って一緒に食べた、あの卵焼きだった。

    「うん、こっちもいけるな」

    「何を生意気なことを言っておる。あたりまえだろうが」

    まだ化粧まわしをつけたままの土偶羅が、至極横柄に、それでもまんざらでもない様子で焼きたてのガレットを追加する。
    これがルシオラかベスパ、あるいはパピリオが焼いてくれたのなら、さらにおいしかったのかもしれなかったが、そのことはやんわりと無視して目の前の皿と、会話に専念することにした。

    次から次へと焼き上げられるガレットを口に運び、結構ボリュームのある卵のオーブン焼きを食べ続けていると、さすがに飲み物が欲しくなる。
    テーブルのデカンタの、まだ二杯分ほど残っているオレンジジュースに手を伸ばすと、ふと、向かいに座るベスパが飲んでいるものが気になった。
    自分たちのゴブレットとは違う、窄めてスリムにした背の高いワイングラスに、淡く色づいた液体が注がれている。
    ガラスのふちでがんばっていた細かな泡が、ひとつ、またひとつと浮かび上がっては消えるところをみると、ジンジャーエールのようにも思えるが、どことはわからないが感じが違う。
    長いステアをつまみ、形のよいベスパの口に含まれる様をみると、わけもなくのどが鳴った。

    「なあ、何を飲んでいるんだい?」

    「ん? ああ、これかい? シードルだよ」

    「シードル?」

    聞き慣れない名前に、横島は鸚鵡返しに聞き返す。
    その様子がおかしかったのか、ベスパはにやりと笑って答える。

    「英語に訳すとサイダーだね。飲んでみるかい?」

    「ちょっとベスパ、よしなさいよ」

    「いいじゃんか、これぐらい。なあ?」

    ルシオラが邪魔をするのもかまわず、さあ、とばかりに腕を伸ばしてグラスを差し出す。
    横島はちらり、とルシオラのほうに視線を向けるが、目の前で揺れるシードルの仄かな香りに好奇心がそそられた。
    ゴブレットに少し残っていたオレンジジュースを飲み干し、ベスパの伸ばす腕の前に置いた。
    けれども、ベスパはそれに注ごうとはしてくれない。

    「そんなのに入れたら味が混ざっちゃうだろ。このまま飲みなって」

    「いや、でも……」

    「いいから」

    間接キスになるのを知ってか知らずか、ベスパの勧めに気後れするが、つい受け取ってしまう。
    ついこの間までの横島であれば、ベスパのような美人の飲みかけなら、それこそ舐め回すようにしてグラスにむしゃぶりついたに違いない。
    だけど、ルシオラという、相思相愛の彼女が出来た今となっては、経験不足の男にありがちな、妙な臆病さが顔を出す。
    ほんの少し眉をしかめたルシオラを見ながら、ベスパが口をつけていないはずの箇所に、恐る恐る唇を触れさせた。

    「さあ、ぐっと飲んで」

    思わぬ成り行きに戸惑う自分の気持ちをよそに、にこにことしながら勧めるベスパが気になったが、目を閉じてぐいっ、とグラスを傾ける。

    「ぶほおっ!?」

    炭酸とは異なる、のどの奥を焼く感触に思わず咽び返るが、なんとか零さずに飲み下すことができた。
    その様にベスパは、ささやかな企みが決まって、嬉しそうに手を叩く。

    「げほっ……、な、なんだよこれ…… お酒じゃん!?」

    「えらいえらい、よく飲んだよ。でも、これぐらいなら平気だろ?」

    シードルとは、リンゴを醗酵して醸造したお酒で、ブルターニュの隣、ノルマンディー地方が本場とされる酒だ。
    アルコール分もさして高くなく、あっさりとして飲みやすいが、やや独特のクセがある。
    およそ九世紀頃、北欧から襲来してくるノルマン人、いわゆるヴァイキングたちが定住し、自分たちが栽培できないブドウのかわりに野生のリンゴを元に作ったのがはじまりと伝えられる。
    多分に伝説となっていて真偽の程は定かではないが、南仏・プロヴァンスを中心とするラテン系の人々がワインの中で、北方のノルマン系の人々がシードルで育ってきたのは間違いないようだ。
    もっとも、そんなことを聞かされたとしても、今の横島には話を聞くどころではなかっただろう。

    「大丈夫、ヨコシマ? もう、このコったら朝からお酒ばっかり飲んでいて……」

    「ガレットにはやっぱりこれだよね。姉さんも飲む?」

    「いらないわよ!」

    隣でまだ咽る横島と、向かいで妙なやりとりを繰り広げるふたりの姉を横目に、シュガーバターにたっぷりの生クリームとフルーツを乗せたガレットをぱくつくパピリオが、やけに大人びた表情で呟いた。

    「なーにやってんでちゅかね、まったく」





    おかげさまで反響のよかった『ひとひらの夏』の続きです。
    早いトコ、きっちりと書き上げて本投稿したいんですけど、まだまだ時間がかかりそうです。
    というか、これだけ使って朝ゴハン食べるだけってどうなんでしょうw

    あと、私の中ではベスパは結構酒好きのイメージです。
    今回は朝食ですから軽いシードルにしましたけど、そのうちリモンチェッロなどにも手を……
    No.31: Re: ボツ以上、投稿未満(2)   [No.30への返信] レスする この発言に返信
    日時: 2009/10/18 00:15
    名前: 夏みかん ID:fxioT5rs

    後書きにもあるとおり、まさに朝食だけのシーンですが、食べ物の話は大好きなので大歓迎です。
    それにしても、赤蛇さんは食べ物の描写がお上手だと思います。
    朝食を食べるだけ、その軽いやりとり。彼らを待ち受ける運命を思うと、魔族らしくないおしゃれな食事なのに、妙に重く感じます。
    続きを楽しみにお待ちしております。
    No.32: Re: ボツ以上、投稿未満(2)   [No.30への返信] レスする この発言に返信
    日時: 2009/10/19 21:53
    名前: ティバーン ID:/9xJm9N.

    やった!『ひとひらの夏』の続きだ!

    いいですね、このほのぼのとした食卓風景。まさしく家族。
    ところで、個人的にツボにはまったのが、

    <どうみても化粧まわしを巻いた関取にしか見えない。

    想像したら、吹きました(笑)。

    いやあ、最高です。本投稿楽しみに待ってます。

    あと、これは個人的な勝手な考えなので、無視してかまわないんですが、この話って短編連作の形が合うような気がします。時間軸はバラバラでも、世界観は同じ、みたいな。意味わかんないですね、すいません。
    No.33: Re: ボツ以上、投稿未満(2)  レスする この発言に返信
    日時: 2009/11/01 12:30
    名前: 赤蛇 ID:rpC9dQTc

    静まりかえった地下の駐車場に響くエンジン音を切り、愛車を降りる。
    昼でも仄暗い、むき出しのコンクリートに跳ねる自分の足音を背に、早めた歩で横切る。
    二つ並ぶエレベーターの、上へ向かうしかないボタンを押すと、右から左へと点滅するランプが迫ってくる。
    無人の箱に乗り込み、無愛想なドアが閉じるとようやく、ほっと肩の力が抜けた。
    オンとオフの切り替わるのを実感するタイミングというのは、それこそ人によって様々だろうが、美神令子の場合は、いつもこの瞬間だった。
    超高速エレベーターが掛ける僅かな重圧が、モーターの駆動音と共に頭の先から降りてくるたびに、自分がなにか別のものに書き換えられるような気さえするのだった。

    「ただいまー!」

    玄関のドアを閉め、ハイヒールを脱ぎながら、奥に声を掛ける。しかし、当然のように何の返事も返ってはこない。
    甘えた声を出して擦り寄ってくる猫も、息を弾ませて駆け寄ってくる犬もありはしない。

    令子がこのマンションに移り住んで、もう五年にもなる。
    かつて、名義上はまだ続けていることになっている事務所兼住居の物件は、今は部下だったふたりが住んでいる。
    卒業後、今更ながらの大恋愛の果てに職場結婚したふたりへの祝いとして、結婚式当日のサプライズとして譲ったのが、ついこの前の出来事のように思える。
    都内でも指折りの高級マンションはさすがに広く、時々ふたりや、気心の知れた仕事仲間を呼んでパーティーなどしていたが、今年になってからは誰ひとりとして招いてはいない。
    そのことに一抹の寂しさを覚えることはたまにあるが、後悔するつもりはまったくない。

    「ただいまー!」

    返事のない声をもう一度掛け、リビングに通じるドアを開けると、誰もいないはずの真っ暗な部屋の奥で、大型の液晶テレビが、無音のまま激しく点滅する極彩色の光を放っている。
    そのテレビの前で、不釣合いなほどに小さな人影が、微動だにしないでこちらに背を向けていた。
    天井の明かりが点いたのにも気づかず、夢中になってコントローラーを操作する子供の耳に装着されていたヘッドホンを外し、令子はもう一度声を掛けた。

    「ただいまって言ってるでしょう?」

    「ああっ!」

    不意打ちを食らって手元が狂ったのであろう、シューティングゲームの自機が被弾して爆発する。
    テレビの画面は無常にも暗転し、コンティニューを促す文字が表示されていた。

    「何すんだよっ! せっかくいいところだったのに!」

    ハイスコアを逃したのがよほど悔しいのだろう、癇癪を起こした子供が振り向きざまに乱暴に手を上げる。
    その途端、ありえない速さで変化した爪が、ごく僅かに令子が体をずらせた空間を切り裂いて伸びた。
    けれども、令子はその変化に驚いた様子もなく、コートを脱いでソファに放り投げる。

    「何すんだ、じゃないでしょ。やっと帰ってきたんだから返事ぐらいしなさいよね」

    まだ殺気に満ちた視線を放つ子供に、令子は無防備な背中を晒す。
    その爪をもう一度動かしさえすれば、あるいはナイフのひとつでも投げてやれば、きっと、深々と刺さるだろう。
    子供は憎々しげに令子の背中を睨んでいたが、やがて根負けした返事を返す。

    「……おかえり」

    「はい、ただいま。あー、もう疲れたー!」

    子供の返事に満足した令子は、コートがだらしなく垂れ下がるソファに、どさり、と身を投げ出した。
    もう動きたくない、といった感じでうつぶせになる。
    だらしのない女を見下ろしたまま子供が聞くのも、大抵いつものやりとりだった。

    「食事は?」

    「まだ」

    「食べるんだろ?」

    「うん」

    「待ってな」

    一見すると離婚した年若い母親と、大人びてやや反抗期な子供のように思えるが、実はこのふたり、親子ではない。
    それどころか、先ほどの鋭利に伸びた危険な爪が示すとおり、この子供は人間ですらないのだ。
    外見こそ小学校高学年程度の、死んだように濁った目を別にすれば、割と可愛らしい男の子に見えるが、その正体は実は悪魔が擬態している姿だった。
    彼の本体は小さなカプセルの液体に浮かぶ、発育途中の胎児にも似たグロテスクな姿で、そのことは令子も知っている。
    いや、知っているどころか、かつては時間移動能力者の抹殺を図る、謎の魔王の手先として、直接に命のやり取りを交わした間柄でもあった。
    あのときは令子が率いる仲間とともに、死闘の末に辛くも勝利を収め、カプセルを破壊して死に至らしめたはずであった。
    それが何故、あのとき関わった全ての者が聞いたなら、皆一様に同じ疑問を発するに違いない。
    否、その疑問を一番深く抱いている者こそ、その子供当人に他ならない。
    彼の名前を、デミアンという。





    「あら、意外とおいしいじゃない」

    デミアンがよそってくれたシチューらしきものを口に含み、令子が率直な感想を述べる。
    立ち上る匂いは別としても、毒々しいまでの色と、得体の知れない具材が見え隠れする一皿は、およそ人が食べるものとは思えない。
    でも、いつものことながら、令子は逡巡する素振りも見せずに口をつける。
    他の人間なら気になるはずの原材料も、作り方も一切問わず、美味いか不味いかの判断のみで感想を告げる。
    もし、不味い、と評価されれば、デミアンは二度と作ることはしない。
    今回は、まずまずの合格点を得られたようだった。

    「あんたのお友達、がんばってるみたいじゃない」

    会話の少ない食卓を補うべく、つけっぱなしにされたテレビから、魔族の引き起こした事件のニュースが流れる。
    蝿の王、という意味の名を持つ悪魔ベルゼブルは、GSの卵を志望する若い男、あるいは女を襲い、霊力を奪って逃走している。何人かは命まで落とした事例もあるようだった。
    現在、オカルトGメンが中心となってその行方を追っているが、被害が広がるばかりで、未だに捕縛、あるいは殲滅するには至らないらしい。

    「……お友達なんかじゃねえっての」

    「あら? だって、あのとき一緒に私を殺そうとしてたでしょ? 仲良さそうだったわよ」

    「だから、どう見たらそんな風に思えるんだ!」

    心底嫌そうな顔つきで、デミアンは吐き捨てる。
    たしかに、美神令子を殺すべく命ぜられて、一緒に組んで仕事をしたことはある。
    だが、あくまでも上級魔族の命令でたまたま組んだだけで、綿密に連携して事を成そうとしたわけではない。
    互いに利用できるところは利用して、相手を出し抜いて自分だけが功を得ることばかり考えていた。
    元々魔族同士というのは仲が良いものではないが、特にあのベルゼブルだけはそりが合わなかった。
    なんと言ったらいいのか、人間で言うところの”虫が好かない”というのが近いかもしれない。
    ああ、確かに奴は虫だろうよ、自分の頭の中で浮かんだ比喩に、思わず自嘲してしまう。

    「だけど、これで結構強くなったはずよね。あの頃には及ばないかもしれないけど」

    「多分な」

    「そしたら、そろそろGメンだけじゃ手に負えないかもね。やだなぁ。アイツ、苦手なのよね」

    「……何を言ってやがる。俺たち再生組のレベルじゃ、お前に敵う奴なんかいねえよ」

    「それはその通りなんだけど」

    「けっ!」

    悪びれずに、しれっとした口調で言う令子に、デミアンはもう一度嫌そうな顔つきで吐き捨てる。
    デミアンもベルゼブルも、最近調伏されたというハーピーも、過去に一度滅ぼされている。
    後にアシュタロスの作り上げたコスモプロセッサによって、殉教者として蘇らせられたが、再生怪人は弱いという法則の通り、全盛期とは比べ物にならないぐらい弱体化していた。
    中にはメドーサのように復讐の念に燃えて果敢に挑み、返り討ちにあった者も少なくないが、アシュタロス自身が滅ぼされたこともあって、世に潜み、捲土重来を図る者も少なからずいたのだった。
    様々な思惑が絡み合い、決して足並みの揃わない残党狩りの隙間をぬって生き延びてきたデミアンだが、今何故、こうしてここにいるのか。
    答えの得られない忸怩たる思いに、せめて憎まれ口でも叩かなければやっていられなかった。







    というわけで、【美神×魔族】のボツバージョン、デミアン篇です。
    正直いって、こっちのほうが雰囲気がいいし、話の展開も組みやすいんですが、実は重大な欠点が……
    書いているうちに、投稿規程におもいっきり抵触する展開になっちゃったんですよw
    No.34: Re: ボツ以上、投稿未満(2)  レスする この発言に返信
    日時: 2009/11/15 23:02
    名前: とーり ID:sk4kptEQ

    ちょっと話がまとまらないので没ネタ逝きとさせていただきました。
    再利用ももちろんあり得ますけれど。
    もったいないので公開はいたします。エコだよねエコ。

    くらーい雰囲気のおキヌを書きたかったんですが、即興で書いてそのままのヤツだから、なんか文章もところどころおかしいかな。
    推敲って大事。




    ☆☆☆






    「ん……」


     夜更け、通り抜けた風が不意に私の目を覚ます。開け放たれた障子から庭を覗けば、たっぷりたれた緑は暗闇に溶け、昼間あれだけ惜しげもなく降っていた蝉の声はなく、わずかに鳴くのはコオロギだけ。あたりはすっかり寝静まっていた。かすかに手のひらに浮かぶ汗だけが、昼の暑さを思い起こさせた。
     私は薄い布団から起き上がり蚊帳を抜け、冷たい縁側に座り、堅い夜空を見上げる。珍しく、星はあまり出ていない。


     夏越の祓(なごしのはらえ)という犯した罪や穢れを除き去るための祓えの行事を実家に手伝いに来ていた私は、久しぶりに畳の上で横になった。巫女服を鴨居にかけ、スリップ姿のまま用意されていた布団に滑り込んだ。義父に見つかったらきっとどやされていただろうが、隣の部屋へと続く襖から時折かさかさ音が聞こえていただけで何事もなく、忙しく使われた私は驚くほどあっけなく、睡魔への抵抗をやめていた。


     起き抜けの体はまだだるく、私は縁側に静かに体を放り出し、伸びをした。瞬間、周りから音が消え、きぃんとした高い音だけが耳にまとわりつく。奇妙な心地よさ。ほの暗い夜に抱かれながら、湿った夜気をすぅと吸い込んだ。


    「知らないにおいだ……」


     この青くさい畳も、埃じみた蚊帳も、汗を吸った布団も、庭の苔むした石も、風にさざめく緑も、私にはどこか他人事に感じられた。変なの。まるで大祓で自分まで祓ってしまったみたいだ。
     体がさぁと溶け染みいく様を、いろんな視線の私が縫い止めて刺し抜き、ようやくこの世にとどまれている。そんな変な気持ち。
     このいびつな暗闇の中どこまでも一人、きんとした冷たさに身を任せて深く。深く、沈んでいく。


     私は漆黒の水の底にいて、薄らあかりに照らされた一人の女の子が見えた。皆のためにと舞い踊るその子はただ一人踊り続け。誰にも忘れられたまま消えゆく自分に涙することもなく、いつしか踊ることも自分自身すらも忘れていって、ただ一人そこにいた。ずっと、そこにいた。どこまでも、一人。


     氷越しに、決して交わることの無いこの世を薄ぼんやりと見つめていた自分。そしてそんな自分の頼りない横顔と赤い唇を見つめていた自分。この世の理から切り離されて、たゆたっていた自分がいた。こわい顔をした、自分がいた。この世の外側で、いつの間にか私はすっかり倦んでいた。


    「あたしは、一人」


     湿った空気が肌に張り付くのにも飽きて、するりと布団に戻る。気だるさの抜けない体には、畳にはみ出すくらいでちょうどいい。ぐたりと寝返りを打ち目に入るのは、かび臭い蚊帳の張り。深く濃い闇の中で渇いた藍色の布を、渡っていく風が揺らした。


    「一人、だった」
     
     
     誰かが助けに来るとも、どうなるともわからなかった。氷結した湖水の底から私は強引に引き戻され、後悔にも似た不安を感じる間もなく、私の永い止まった夢の時間は終わりを告げた。
     



    No.35: Re: ボツ以上、投稿未満(2)  レスする この発言に返信
    日時: 2010/04/17 09:27
    名前: ししぃ ID:k1TjpzVI

     彼は時々、わたしを凝視する。
     なんでもない会話の中で。
     ふざけたじゃれあいの中で。
     それが心地よいのは、わたしが彼の事を好きだからだ。

    「また、見てる」

     頬に手を伸ばして指摘しても彼の視線は逸れたりしない。
     わたしの指先が深く心を嘗め尽くせると知っているのに、避けたりしない。

    「うん、すまない」

     手を離しても尚伝わる思い。
     彼に対した時、わたしの力はまるで意味を成さない。
     彼の心を知る必要なんかないから。
     感じればいいだけなのだから。

    「ごめんね」

     代わりに合わせる唇。
     口に出した言葉は誰に対して向けたのか、彼も判っているから言葉は続かない。
     わたし達が失った物は余りにも多くて。
     得たのはたった一つ。お互いだけだ。
     だから。
     それだけを慈しんでわたし達は過ごしてきた。

    「ね、行くんでしょ?」

    「ああ、僕は……あいつを止めなくちゃいけないんだ」

     なんてチープな会話だろう。
     約束された未来が来た。
     それだけの事なのに。

    「わたし、待ってるからね」

    「うん」

     嘘つき同士の会話。
     優しい嘘だから、許してあげる。
     悲しい嘘だから、許してね。
     彼が出て行った扉に鍵をかけて。
     空っぽになった自分を抱きしめる。

     視線は、二度と届かない。



    *****************************
    絶チル書けない病の発症例。
    ……紫穂書けない病かも。
    トホホー
    No.36: Re: ボツ以上、投稿未満(2)  レスする この発言に返信
    日時: 2010/05/26 00:23
    名前: よりみち ID:YzobXk.Y

    『TAKKE3 エピローグ 蛇足(へびのあんよ)』没バージョン

     最初にお断り

     当作品は展開予想掲示板に投稿した没になります。
     そちらの『あとがき』にも書きましたが、正式投稿とは別に思いついたネタで本来なら、そうした没作品を出すのは書き手の品位に係わる問題なのですが、この”未来”でも良いのではないかということでこっそり出させてもらいました。

     なお、容量を節約のため、流れが同じところまでは省略しておりますので、そのつもりでお読みください。




    2020年 ○月 ×日

     長く人が住んだ様子はないが、それ以外はどこにでもありそうなマンションの一室、その玄関。

    「これをここに置けばいいんですよね?」
    二十代半ば、瞳に芯の強さを表す女性−時輪コヨミ−は手にあるモノを意識しながら確認を求める。

    「そやな。まぁ、ちょっとくらい違っても問題あらへんから、そこは適当に」
    向けられた問いに、うら若き黒髪の女性−”光速の女神”こと野上葵−はことさら気楽げな口調で応じる。

    「了解です‥‥ って、まぁ、実際問題、使える時間はコンマ1秒程度。細かい注文を出されてもどうしようもないんですけど」
    と微苦笑のコヨミ。
    「それにしても、何をしているかを含めよく私たちの事に気づきましたね? 十年前、一度きり、会っただけのはずなのに」

    「いやぁ 生真面目を絵に描いたような人間がおったってコトかな。その『一度きり』をえろう気にして、仕事の合間合間、コツコツと調べて真相にたどりついたみたいや」
    葵は、つかの間、過ぎ去った時を懐かしむように宙に視線を漂わせる。
    「ご当人は、あんたらの立場も良く判るって秘密を墓場へ持って行くつもりやけど、ウチら相手に隠し事はできへん。で、その話、使えるちゅー事で、この件を頼み込んだってわけや。いきなりな上に無茶振りの注文やのに聞いてくれて感謝するで」

    「確かに無茶振りですよ。私の記録(レコード)を軽く二十倍は更新しろってコトですから。戻れるかどうかどころか、行けるかどうかすら解らない試み、本来なら何をどう言われたところで断るところですけど、いくら”破時”いても追いつかないこの時代、それを根本からひっくり返そうというあなた方の提案、私も賭けてみたいと思います」

     自発的に行くのだから気にするなという言葉にあらためて感謝を込めて頭を下げる葵。
     こぐ自然な動きでコヨミに託した”希望”に目を移す。

     それはありふれたアクセサリーにしか見えないモノだが、今を苦悩し変えたいと思う装着者の強い想いが”焼き付き”それを支えたいと思う自分を含む多く仲間の想いが込められている。

    その”力”を持って危機がまだ芽吹いた段階から干渉すれば、この救いようがなくなった”現在”は変えられる‥‥

     と思うのは底が抜けた楽天主義者だけ。可能性はゼロに等しいと思う。
     しかしそれはそれで良い。人はどんな些細な事でも希望があればそれだけで救われるものだから。

    刻一刻と迫る破局、これくらいの希望を持っても罰は当たらないだろう。

    「ほな、ウチはこれで。これからの事が上手く行ったら必要ないって連絡するけど‥‥ 連絡がなかったらよろしゅう頼むわ」
    わずかに躊躇った後、葵は吹っ切るように念を押す。

    返事を待たず
     ひゅ ぱっ 空気の流れ込む音がしその姿は消えた。




     ありふれたマンションの一室。オートロックが解除され中学生と思える少女が入ってくる。



    ?! 首を傾げる少女。大切な友達に送るはずのものが無造作に床にあったから。

    ‘たしかちゃんと仕舞ったはずなのに‥‥’と首を傾げる。
     ただ、自他共に認めるドジッ娘の自分、こういうこともあるだろうと納得。

     手を伸ばしそれに触れた瞬間、やさしい温もりを感じる。

     床にあったものが熱を持っているはずもなく錯覚だと思うが、心が妙に弾み手にしたまま自分の部屋へ。椅子に腰を下ろすとあらためてそれを眺める。

    ‘これ‥‥ 喜んでくれるかな‥‥





    けっこう、こちらも気に入っていたのですが‥‥ 没にしたのは、椎名先生が必ずこの部分を描かれる(つまり、嘘になってしまう)話のため。
     原作ではどうなることやら‥‥

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