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いつか回帰できるまで 第七話 それぞれの戦場 前編

『横島クン、このバトン、あんたがちゃんと受け取ってよね』

「美神さんっ」

 横島は必死に手を伸ばす。しかし、その姿は次第に遠のいていった。




 カッ!!

 閃光が瞬く。一瞬遅れて人の体が吹き飛ばされてきた。

 ドッ ズザァッ

「横島さんっ!!」

 ヒャクメが地面に投げ出された横島に駆け寄っていた。

「おじいちゃんっ!!」

「くっ……何が起こった?」

 吹き飛ばされた元の場所には文官束帯と烏帽子に身を包む貴族の姿をした復讐鬼がいる。

 駆け寄ったヒャクメが横島を抱き起こす。

「横島さんっ、大丈夫ですかっ!!」

 ヒャクメの呼びかけに反応はない。しかし、ヒャクメは視た。

「こっ、これはっ!!」

 横島の意識の中で繰り広げられようとしているある戦いの光景が流れ込んでいた。






〜 いつか回帰できるまで 第七話 それぞれの戦場バトルステージ 前編 〜





 亜麻色の髪を揺らし、彼女は振り返っていた。

「あ、あんたはっ」

 美神が驚きの声を上げる。そこにいる者の姿が予想外だったからに他ならない。

 烏帽子を被った平安貴族が空にたゆたっている。
 かつては冷徹な賢者として名をはせ、涼やかだった面立ちは荒くのたうつ太い眉と憎悪にゆがみ、血走った目が美神を睨めつけていた。

「くくくくっ、久しいなメフィストよ」

 『京の鬼』の異名を持つその男は口元を大きくゆがませた。

 美神の記憶の底には該当する相手の名前が浮かび上がる。

「道真っ!!」

 美神が相手を思い出すのは一瞬だった。

「待ちかねたぞっ、この時をな」

「待ちかねた? ……まさかっ」

「そうともこれは私の仕込みだ。幾つ目だったかは分からんがな」

 それまでに感じた違和感は、仕組まれた霊障であったからだ。美神はそのことにようやく思い至る。

「あんた、今更何の用よっ」

「知れたこと、我が恩人アシュタロス様のため、それだけよ」

 ゆっくりと服の裾をたなびかせながら、道真は地上に降り立つ。

「何を間抜けなこと言ってるのかしら? とっくの昔にアシュタロスは滅びてデタントは締結しちゃってるわよ」

 憎まれ口をたたくが、背中は冷たい汗がびっしょりだ。道真の力は人間のGSが単独でどうにかできるレベルではない。
 そのことは千年前の戦いでもはっきりしている。

「構う物か、アシュタロス様のおかげで私は生前の復讐を成し遂げた。だがな、アシュタロス様は貴様らによって滅ぼされたのだ」

「ま、まさかその復讐だなんてナンセンスなことしに来たわけ?」

「アシュタロス様の仇、残るはおまえよメフィスト。あの小僧と共に黄泉路を彷徨うがいい」

 その言葉に美神は一瞬呆然となる。しかし、次の瞬間、美神の眉に先ほどまでと異なる緊張が走った。
 ツゥッと冷たい汗が一筋頬を流れ落ちる。

「なんて言った?」

「うん?」

「あんた、今、何て言ったあぁぁぁぁぁっ!!」

 有無を言わせない叫びと共に、すさまじい霊圧が開放される。
 人間の霊能者として完成された、最強の霊力に傍に控える二人の犬神さえも気圧される。

「み、美神殿!?」

「ちょっと美神?」

「ふん、おまえが懸想しておったあの小僧と同じ場所に送ってやると言うたのだ」

「まさか、まさか『また』あんたがっ!!」

 千年の時を超えた怒りが沸々とわき起こる。
 動脈を切り裂かれた横島、そして、道真と争ったが故に頭部を吹き飛ばされて死んだ高島の姿が蘇る。

「くくくくくっ、霊能者の端くれでありながら知らなかったのか? 我が従者が何であるかを?」

「道真……天神、そうか、あんたの使いもっ」

 天満宮などに行けば、神牛が祀られていたりなどする。

「1000年前の仕切直し、とでもゆくか?」

 言って道真は美神達を睥睨する。

「くらえっ!!」

 相手構わず、美神が神通鞭を振るっていた。

「ふんっ!!」

 ギィッ

 耳障りな音を立てて、霊力の障壁が鞭の先端を阻む。

「シロッ!! 重ねてっ」

「承知っ!!」

 ガギィッ

 既に道真に迫っていたシロの霊波刀が美神の攻撃場所を重ねて叩く。

「ぬぅっ」

 さすがに道真もうめく、しかし障壁その物は持ちこたえていた。

「オマケよっ!!」

 タマモの声と共に狐火が障壁に重ねてたたき込まれる。

 ギシィッ

 障壁はかすかに揺らぐ。

「もう一丁っ!!」

 美神の鞭がもう一度振られんとしたとき、道真の障壁はギンッと音を立てて初期の状態を取り戻していた。

「たわけっいつまでも受けてばかりと思うかっ!!」

 バッと両手を左右に開き、閃光が網膜を焼く。

 ガシャァッ!!

 雷撃が三人全員に降り注いでいた。

「ぐあっ!」

「くっ」

「破魔札っ!!」

 それぞれが喰らい、かわし、札で相殺する。
 体勢を崩したシロに、道真の目がギラッと輝く。

「死ねっ!! 小娘っ!!」

「くっ!!」

 道真が印を切る。シロ目がけて閃光が弾けようとした。

 しかし、その瞬間に道真の背後から人影が飛びかかる。

「りゃぁっ!!」

 タマモがかけ声かけながら狐火を灯らせていた。
 一見して拳大の火球だが、そこには凄まじい劫火が内包されている。

 振り返り道真は一瞬だけ戸惑う。しかし、一瞬でしかない。
 投げつけられた火球を食らいつつも、踏ん張り睨み付ける。

「ふんっ小賢しいっ!!」

 真横に振り抜いた腕の軌跡に雷光が閃く。

 ギッ!! シィッ

「くっぐぅっ!!」

 正面から電撃を受けてタマモの全身がビクリと震えて硬直した。

「タマモっ!!」

 地面にそのまま落下するタマモを、すかさずシロが受け止める。

「おのれっ!! よくもタマモをっ!!」

 思わず殺気を叩きつけていた。

「精霊石よっ!!」

 美神がイヤリングの片方を叩きつけていた。

「ぬぅっ、小癪なっ」

 道真が顔を扇子で覆い、目をそらせている。

「シロ、戦略的撤退よっ!!」

 美神が声を張り上げる。

「なっ!! 美神殿そんなっ」

「引きなさいっ!! タマモを見殺す気っ!?」

「う……っ」

 歯がみしながら道真を一別し、シロは背を向ける。
 抱きかかえたタマモをかばうように全力で駆けだしていた。

「むぅ」

 道真が視界を回復したとき、そこには誰もいなかった。

「ふんっ、どうせ逃げられぬわ。無駄なあがきぞ?」

 言ってクックックックと暗く嗤いを浮かべていた。




「タマモ、大丈夫?」

「参ったわね、幻術を見抜かれたわ」

 岩場を背にタマモが呟く。

「幻術? さっき火球を食らわせようとした時ね? 一体何見せたの?」

「多重分身よ、すぐ見抜かれちゃったけど」

 淡々と語るが言葉の端々に悔しさをにじませていた。

「悔しいけど現時点の私じゃ、あいつに複雑な暗示は通用しない。でも手応えはあったからもっと単純で指向性の強い物なら」

 ギリッと歯を噛みしめる。

「どうすればよいのでござろう」

「横島クンが居ない今、戦力であいつを上回るのは無謀な話だわ」

 美神が指を噛みそうな面もちで苛立ちを露わにする。

「どこに隠れようが時間の問題ぞ?」

 美神達の姿はまだ見つけていないだろう道真の声が聞こえる。

「小僧の骸でも用意してやれば良かったのだがな。残念ながらそうもいかん。それは手に入らん場所にあるからな」

「あら、ずいぶんと手の込んだことしてくれるじゃない? でも、こんなバカな事をしたって、すぐに神魔族が駆けつけてくるわよ?」

 精一杯の強がりを見せてやる。

「はっ、心配には及ばん。この一帯には結界を張ってある。神魔族どもの横槍は一切入らぬぞ。淡い期待など抱かぬことだ」

 思わずチッと舌打ちする。違和感の原因はそこにもあったはずなのに気づけなかったことにだろう。

「ったく、奴の話が本当なら応援は期待できそうにないわね」

「どういう事よ?」

 タマモが問いただす。

「今、人界には神魔族の感知結界が張ってあるの。大きな霊的な戦闘、時空震っていった不可侵条約に抵触する物を関知して対症措置を執るようになってる」

 美神は手持ちの霊符を確認しながら口早に説明する。

「で、あいつはその感知から隔絶する結界を張ってるって事よ。つまり、ここでこんな騒動が起こってることは誰も気づいてくれない訳ね」

「って、ことは? あいつを」

「そ、あたし達でどうにかしなきゃならないって事」

 タマモを見ながら、確認し直した霊符、精霊石……そして、横島から預かっていた文珠をしまい込む。

「とにかくここに誘い込まれた時点であいつにしてやられてるのよ。用意してきた結界は念入りだと思うわ。性格ねちっこそうだし」

 不意に美神の眉がピクッと跳ね上がる。

『そっか、この結界は神魔族の感知妨害。まして相手は道真っ!! あたしの方は、アシュタロスの時に解けてる。ったく、コスモプロセッサにこんなとこで感謝することになるとはね』

 天啓のように美神の脳裏に浮かぶものがあった。
 改めて今来た道を見返す。

『道真の口ぶりからすると、横島クンの死を確認してるわけじゃない? 今、手持ちの文珠は二つ……いけるっ!!』

「ねぇ、シロ、タマモ」

 ニッと余裕の笑みを浮かべる。
 犬神二匹はその気配に気づき、思わず顔を寄せていた。

「何でござる」

「何?」

 引き締めた目が2対の目をジッと見据える。

「あんた達……命預けてくれない?」

「どういうこと?」

「今からある仕掛けをするわ」

「どんなイカサマよ?」

 美神はニヤッと笑って二人に耳打ちを始めていた。





「まったく、とんでもないこと考えるわね」

 呆れ顔と共にタマモが第一声を漏らす。

「成功すれば、もっと有利な条件であいつと戦える。ただし、失敗したら……全滅よ」

「一応聞くけど、それ無しであいつを何とかすることはできる?」

 ジッと美神を見ながらタマモが問いただしてくる。

「出来なくもない、わね。でも、勝率的には1割満たないのが本音」

「で、美神のやろうとしてる賭けの勝率は?」

「五分五分ってトコかしら? まぁ、私としちゃもっと高いとこに点をつけたいわね。期待値入っちゃうけど」

「……オッケー私は乗るわ。シロは?」

「拙者は、美神殿を、先生を信じているでござるっ」

「よしっ、決まりねっ」

 言って美神は文珠を取り出し、瞑目して文字を込める。
 そして、それをタマモの前に差し出していた。

「タマモ、分かってるわね? この文珠をあんたに頼む意味」

 『伝』の文字が浮かぶ文珠をタマモが受け取った。

「要するに『仕掛けろ』って事でしょ?」

「そう言うこと、いける?」

 美神の目に、タマモがニヤッと不敵な笑みを浮かべていた。

「バカにしないでよ。この程度のことで失敗したら金毛白面九尾の狐の名折れよ」

「オッケーその意気よ。シロ分かってるわね? あくまでタマモのサポートに徹して」

「承知っ!!」

「じゃ、いくわよっ」

 美神達は互いの視線を確認し合うと復讐鬼の待つ戦場へと降り立っていった。



 ザッ

「ふん、観念したか?」

 背後に現れた気配に道真がゆっくりと振り向いていた。
 三人の女性が各々、強い意志を漲らせた目を叩きつけていた。

「バカ言ってるんじゃ無いわよっ。観念するのはあんたの方よっ!!」

 ビシッとまっすぐに指を突きつける。

「ほぉ? 何を言い出すかと思えば」

「そもそも左遷されてヒンヒン泣いてたようなおっさんに観念してやるいわれなんか無いわよっ」

 ベッと舌を出す美神の言葉に、道真のこめかみがピクッと引きつっていた。

「ま、こんな風にコソコソちまちま復讐やって一人悦に入ってるんだから底も知れてるわよね〜?」

「ほぉ……?」

 道真のこめかみに青筋が浮かび上がり、口の端が小刻みに震え始めていた。

「1000年前の時もアシュタロスがやられたって勘違いしたおとぼけ野郎だモンね。あの後すぐさま天神様に封印されたんでしょ?」

「っ!! メフィストォッ!!」

 激高した道真が広げた扇子を構える。

「食らえっ!! 破魔札乱れうちっアーンド精霊石っ!!」

 すかさず美神が手持ちの武器を一斉放出していた。

「なっ!!」

 ガギィッ

 さすがにこの質量攻撃は道真の障壁に多大なダメージを負わせる。

「とどめっ!!」

 すかさず神通鞭が障壁に亀裂を与える。

「りゃああああああああああああっ!!」

 突進をかけるシロが真っ向から障壁を切り裂き、道真の胴に霊波刀を突き込んでいた。

「ぬぅっ」

 とっさに道真は左腕で受けに回ってしまっていた。

 ヒュッ

 シロの背後から金色に近い何かが飛び出してくる。

「なにっ!!」

 肩越しに飛びかかってきたのは九つの尾を持つ小狐、喉笛に向かって牙をのばしていた。

「見くびるなぁっ!!」

 ビシィッ

 道真の扇子が狐と化したタマモをうち払っていた。

 ドサッ

 激しく体を打ち付けながら、タマモは美神の足下まではねとばされる。
 シロもすかさず道真から距離を置き、美神のそばまで戻っていた。

「ふんっ、何をするかと思えば……その妖狐が火でも放つつもりだったのだろうがアテが外れたな」

「さぁね?」

 サッと足下のタマモに目をやる。
 小さな妖狐は目を向けるとニッと笑ってみせ、人型に戻る。

「ま、あんたには関係ない事よ」

「ふんっ、さんざん大口叩いて置いてこの程度かっ!! 力の差を教えてやるわっ!!」

 道真が印を切って、全身が発光する。
 大気を放電する雷の気配。

「まずはこれでも喰らうがいいっ!!」

 雷撃が鋭く空間を切り裂き一直線に美神に飛びかかる。

「タマモっ、シロ掴まってっ!!」

 シロとタマモが美神に捕まると、三人の姿が強力な霊力に包み込まれる。

 ゴゴゴゴゴゴゴッ

 大地が、空間が鳴動した。

「なんだとっ!!」

「あんたの結界で、神魔族は感知できないんでしょ?」

 美神がニヤッと笑う。

「なら、時空震抑制も起こらないわよね?」

 ビュバッ

 美神達の姿が空間にかき消えていた。

「ちっ、しくじったか」

 道真は大きく舌打ちする。

「時間移動とはな……まぁいい、どうせ帰ってくることはできんのだ。おまえ達が頼りにしている神魔族どもの結界でな」

 くっくっくっくと喉の奥で笑う。

「永遠に時空の狭間を彷徨うがいい。ワシの手で八つ裂きにしてやれないのが心残りではあるがな」

 扇子を畳みながら、道真は虚空を見上げる。
 その胸に『幻術暗示で隠匿された』文珠の輝きに気づくことなく。
こんばんわ。長岐栄です♪
お待たせいたしました。『いつか回帰できるまで』第七話をお届けいたします。
今回は美神編でしたが楽しんでいただけましたでしょうか? (´・ω・` )

>アミーゴさん
 にょほほ、奴を意識しておりますわw
 逃げながら仕掛けるはGSの王道です物w
 ギャグ補正のあるなしはありますがw どっちも好きです。

>akiさん
 メッセージその物は何だったのか?
 ともあれ過去から美神が移動したのは間違いなさそうです。
 タイトルに込めた意味は……いずれ明らかに

さぁ、実は美神さん達こんなことをしていましたっ。
これからどうなっていくのでしょうかっ八話をお待ちくださいませ♪

追伸:
削除となってしまったコメントは心にとどめております。今回のタマモの仕掛けはじつは反映されてますw
今度は規約を守って確定HNでコメントいただければ嬉しく思います(^^

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