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いつか回帰できるまで 第六話 逢魔が刻

 亜麻色の髪をなびかせて才女は霊障現場に踊る。

「吸印っ!!」

 弱った霊体に向け符をかざし、霊力を帯びた言霊を叫ぶ。

 カッ!! キュイィィィィィィィッ

 符は与えられた役目を発現し、その場の霊体を一気に吸い込んでいった。

「よっと……これで依頼も完了ね」

 使ったばかりの吸印札を手際よくたたむ。何度となく繰り返した動作で体が自然に動いていた。

「見事な手並みでござるな」

 見事な長い銀髪と一房の赤毛を揺らして、タンクトップに破れたジーンズというラフな格好の少女が感嘆の声を漏らす。

「ま、所詮相手は雑魚だからね」

 軽く苦笑してみせると、不意に眉根を寄せる。

「でも、妙な感じだわ」

 周囲を見回す目にはまだ油断の色はなく、鋭く警戒を残している。

「美神もそう思った?」

 後ろに控える九つのポニーテールを持つつり目の少女タマモも同意していた。
 軽い口調だがかすかな緊張感を漂わせている。

「えぇ、どうもイヤな感じがするのよね。なんつーか、舞台の上で来るべき出番を待ってる……そんな感じかしら」

「確かに変な感じがするでござるな」

「シロ、タマモ……油断するんじゃないわよ。まだ終わってないかもしれない」

 ヴァッ

 周辺の気配が一瞬にして変わる。

 まだ日中だというのに静かな森林は閉ざされた夜闇のような圧迫感を持って美神達に迫っている。

「結界っ!?」

 美神はとっさに右手は神通棍を構え、左手を精霊石のイヤリングにかけていた。

「っ!? そこでござるなっ!!」

 シロが鋭い眼光を伴ってある木の上を指さす。

「そっちねっ!!」

 タマモの指先に収束した狐火が灯り、シロの指さした方に向けて投げはなっていた。

「フンッ!!」

 ギィッ

 金属が軋むような音と共に炎は地面に弾かれる。

「うおぉぉぉおおぉぉぉぉぉぉっ!!」

 人並みはずれた跳躍力でもって、狐火の後を追撃するのはシロの霊波刀だ。

 ギシィィィッ!!

 だが、残撃はたった一枚の扇子によって受け止められていた。

「てぇりゃっ!!」

 美神の神通鞭がすかさず空間を切り裂いていた。

 ガッ

「貧弱っ!!」

 キシィッ

 空いた左腕で苦もなく弾かれていた。

「「くっ!!」」

 美神とシロの声が揃って苦渋を露わにする。
 直接攻撃を弾かれたシロはとんぼを切って着地していた。

「何者でござるっ!!」

「ふんっ、勘が鋭いな。もっともそうでなくては仕掛けた我としても困るというもの」

 投げかけられた声に三人の視線が集中する。

「あんたはっ!!」

 美神が驚きの声を上げる。そこにいる者の姿が予想外だったからに他ならない。

 烏帽子を被った平安貴族が空にたゆたっている。
 かつては冷徹な賢者として名をはせ、涼やかだった面立ちは荒くのたうつ太い眉と憎悪にゆがみ、血走った目が美神を睨めつけていた。

「久しいなメフィストよ」

 『京の鬼』の異名を持つその男は口元を大きくゆがませた。






〜 いつか回帰できるまで 第六話 逢魔が刻 〜







 空間全体を緊張感が支配する。
 全長20メートルを超えるであろう凄まじい威容がGS達を圧倒していた。

「何モンなんだよ、こいつ」

 記憶の奥底から冷たいものが蘇ってくる。

 かつてデタントの会議を邪魔するために現れた。あの時の姿のままで今目の前にいる。

 横島の隣にはいつの間にかスーツの上着を脱ぎ捨てたピートが並び立っていた。

「横島さん、こいつは……」

 ネクタイすら邪魔者のように取り払い、戦闘モードの霊力を練り始めている。

「あぁ、ピート分かってるよ。あん時の」

 ダラダラと汗が後から後から止まらない。
 50年前、横島達の前に現れ圧倒的な戦力で蹂躙した魔物。
 そして、横島を50年後の世界にはじき飛ばした元凶が今目の前にいた。

−グォォォオオオォォォォォォオオォォオォォォォッ!!

 地獄の底からも届きそうな凄まじい咆哮が上がった。
 咆哮に震えた地面がグラグラと大きく揺れる。

「相変わらずとんでもねぇ化けモンぶりだな」

「お義父さん、この魔物ってまさかっ」

 亜麻色の髪を翻しながら、ひのめがようやく追いついてきた。

「あぁ、俺とおキヌちゃんを50年も引き離してくれやがった元凶だっ」

「くそっ、付近住民はっ!?」

 忠彦が苦渋を露わにしながら周囲を見回す。

「何だっ!?」

 先ほどまで見えていたはずの住宅街が消えていた。
 美神家を除き全ての家屋は見あたらず、荒野のような場所が続く。

「これは……私たちの家が結界に取り込まれたと見るべきね」

 ひのめが努めて冷静な声で答えていた。

「他の人たちは?」

 ひのめが背後の絹香に確認する。

「弓おばさん宥めるのは大変だったけど、家でおばあちゃんのヒーリングに徹してもらってる」


「横島さん下がってくださいっ!!」

 小竜姫の凛とした声が周囲に響き渡る。腰に帯びた神剣をスラッと抜き放ち、青眼に構える。

「しょ、小竜姫様?」

 まっすぐに巨獣を見上げる龍族の美姫が一切の隙無く敵を見据えた。

《龍神か》

 巨獣の声は感慨もなく、淡々と事実を述べているような印象さえ与える。

「仏法を乱す不逞の輩っ!! この小竜姫が相手ですっ!! もはや進むことも引くこともできぬと心得よっ!!」

 隙の無い構えを維持したまま小竜姫は眼光を鋭くする。
 だが、巨獣はさして気にした様子も無い。

《人界で最強に近い存在……だが、我を上回る戦力に非ず》

 その言葉に小竜姫は柳眉を逆立てた。

「っ!!」

 カッ

 閃光を放ち、小竜姫はすさまじい早さで間合いを詰めた。
 放たれた神剣の斬撃が空間を凪ぐ。獣の首を目がけ空間が薙はらわれた。

「せやぁあぁあぁぁっ!!」

 その無防備な急所に裂帛の気合を伴って神剣が一閃する。

 ガキィッ!!

「なっ!!」

 耳障りな乾いた音と共に小竜姫の体が弾き返される。

 かろうじて宙で体勢を立て直すが衝撃は隠せない。
 表皮に傷一つ付けることなくはじき飛ばされた己の神剣を愕然と見るしかなかった。

『そんなっ、力の凄まじさは伝わってきていたけれど、これほどとは』

 敵が無防備なのは、圧倒的防御力という裏打ちがあったということだ。

 予想外の結果に動揺したのは小竜姫だけではない。

『ヤバイッ、こんなときに巫女装束が届いたら大変なことに』

「ちきしょっ!! このくそ忙しいときにっ。ひのめちゃん、確か輸送ヘリが来るのって?」

「1時間半後……普通なら遅らせることは出来るけど、多分外には連絡できないわ」

「え?」

「結界ですっ」

 背中から聞き慣れた神族情報員が声を上げる。

「ヒャクメ」

「強力な結界が張られています。多分、神界や魔界にも騒ぎが関知できないような……となると通常の連絡方法は絶たれているというのが自然です」

「んだとぉっ、あの化けモンそんな芸当まで出来るのかっ!?」

「でも、妙なんです。この結界の式……陰陽道に類するものに近い」

「なにっ?」

 だが、悠長に話していられるのもそこまでだった。

「横島さんっ、敵ですっ!!」

 ピートの鋭い警告が飛ぶ。

「のぉわっ!?」

 振り返った先には、空を飛ぶ爬虫類、いや、翼竜を思わせる妖魔が数匹飛来してくるのが見えていた。

「ちぃっ、お袋の命が危ないって時にっ!!」

 忠彦が、目尻をつり上げる。

「ぬおぉぉおおおおぉっ!!」

 忠彦が一声吼えると収束した漆黒の霊気鎧が全身を覆った。

「ま、魔装術ぅぅぅっ!?」

 横島が驚きに絶叫を漏らす。魔物の登場よりも、むしろ、息子の霊能力に驚きが隠せない。

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!!!!」

 襲いかかってきた妖魔に容赦なく打撃を叩きつけていた。

「オラァッ!!」

 飛び上がって回し蹴りで妖魔を地面にたたき落とす。

「すげっ」

「忠彦さんは雪之丞の弟子だったんです。彼が死んだ時も喪に服すって言って、結婚を3年のばしたくらい慕ってたんです」

 ピートは敵を牽制しながら、簡単に事情を説明する。

「はー、そんなトコに繋がりがあったとはなぁ」

 横薙ぎに霊波刀を振るいながら横島が感心する。

「おじいちゃんっよそ見っ!!」

 シュバッ

 顔の横を凄まじい勢いで何かが通り過ぎる。

 炎をまとった高速の何かが絹香の手のひらの一直線上にいる妖魔を直撃する。

 シュパンッ

 絹香は手首のスナップでそれを引き戻す。

「む、鞭っ?」

 彼女の手にあるのは炎に包まれた鞭だった。

「炎の鞭よ、霊糸を編み上げて、発火能力をブーストするように印を絡めてあるの」

「絹香、説明は後よっ!!」

 別な妖魔をひのめが神通棍で一閃する。

「燃えろっ!!」

 振り向きざまに一喝すると、視線の先にいた妖魔が紅蓮の炎に包まれる。

 そうこうしているうちに、戦局は微妙な形にもつれていく。


−ウォオオォォォオオォォォォォオオォォォォッ!!

 巨獣の咆哮と共に霊波のブレスが龍族の戦士達に襲いかかる。

「イームッ!! ヤームッ!!」

 かろうじて回避した小竜姫の叫びは、ブレスに飲み込まれていく。

「ちくしょぉ、ドジッちまった」

 かろうじて宙に浮いているが、身長の短いずんぐりした龍族・ヤームは全身の傷にあえぐ。
 直撃は避けたものの余波によるダメージだろう。
 直撃していれば跡形も残っていない。それほどの威力があった。

「あ、兄貴っ、兄貴が大変なんだなっ!!」

 イームが慌てて、助けに入ろうとする。

「ば、馬鹿野郎っ!! こっちに来るなぁっ!!」

 瞬間、ヤームが黒い渦に巻き込まれた。

「ぐ、ぐわぁぁぁぁあっ!!」

 それはこの場の間近にはいないがかつて横島とおキヌを引き離した闇の顎だ。

「これはっ!!」

 そして、ヒャクメは『視た』。それは瞬時に対応策を導き出させる。

「ヤームっ、全身の霊力をチャクラに集中させるのねっ!!」

 ヒャクメが絶叫する。

「えっ?」

「いいからっヒャクメの言うとおりになさいっ!!!」

 小竜姫からも重ねて指示が飛んだ。

「ぐっ、ぐおぉぉぉおおぉぉおぉぉぉっ!!」

 全身の、主に正中線上にあるチャクラへ霊力を集中させる。

 闇の顎が消えた後、そこにあるのは何も無い空間……ではなかった。

「ぐぉああぁぁぁぁ、う、腕がぁぁぁぁっ!!」

 片腕を失ったヤームが絶叫を上げている。

「……片腕で、済んだのね」

「あ、兄貴の腕が大変なんだなっ!!」

「ヤームすぐに下がりなさいっ!! イーム結界を張ってじっとしてっ」

 小竜姫がすかさず指示を送る。そして、振り返らずに声を振り絞る。

「ヒャクメっ!? 何か分かったんですねっ」

「分かったのね。50年前横島さんだけが転移した理由も、これは急いで話す必要があるのね」

「……っ、わかりました。その話は後で聞きます。あなたは横島さん達の元へ、早くっ!!」

「わ、わかったのねっ」

 ヒャクメは一気に駆けだしていた

 その場には小竜姫とパピリオの二人が残る。

「パピリオ、分かっていますねっ。全開で行きますっ!!」

 ジャキッと神剣を構え直す。
 小竜姫は振り返りもせずに、強い口調でげきを飛ばす。

「わかってるです」

 パピリオも緊張感みなぎる面持ちのまま頷いていた。
 それを気配で察すると小竜姫は神剣の構えをゆるめずに決意を表す。

「この魔物は私たちが相手するしかありません。全力でむかわなければ一瞬で消えるのは私たち」

 彼我の戦力差を冷静に分析しそして絶望的な戦力差を知ってさえ臆することがない小竜姫はまさしく武神であった。
 絞り込まれた裂帛れっぱくの気合いが鋭く敵を穿つ。

「倒す必要はありません。時間を稼ぎます。全力でっ!!」

「いくですっ!!」

 強力な神魔が同時に大地を蹴った。




 ザッ、ズシャァッ!!

 GS達の攻撃が雑魚妖怪を薙ぎはらい、切り倒す。

 いつの間にか小竜姫達とかなり距離が離れていた。

「くそっ雑魚は何とかなるけど、親玉どうにかしなきゃならねぇよな」

 遠くに見える巨獣にかすかに目をやる。
 敵を退けながら横島は考える。

『こうなったら同期合体しかない、か』

 滲む冷や汗を感じながら、慎重に考える。

『この中で一番合いそうな人間を探さなきゃならんっ』

 周囲にいる人間を見回す。

『まず忠彦……多分無理、戦闘方法が完全に雪之丞になっちまってる。相性良くなさそうだ』

 右隣に立っているひのめに目をやった。

『ひのめちゃん……美神さんに戦闘スタイルが似てるからその点はいいんだけど、いかんせんピークを過ぎちまってる』

 40代半ばに見えるが実年齢は50代半ば、衰えは隠しきれない。

 そして、横島は左隣に目をやった。

『となると、ひのめちゃんほど直接戦闘に長けてるわけじゃないけど、ポテンシャルは高そうな……』

 そこには黒髪をなびかせた20歳そこそこの可愛らしい女性が舞うように炎の鞭をふるう。

「絹香ちゃんっ」

 呼びかけと同時に白魚のような手を握りしめていた。

「え? え?」

 突然握られた手と目の前の顔を交互に見ながらとまどいが隠せない。
 しかし、横島はそれにかまう様子はない。

「頼む、俺と合体してくれっ」

「はい? 合体?」

 目が点になっていた。
 そして、一拍おいて、何かに思い至ったらしくボフンッと耳まで真っ赤に染め上げる。

「な、ななななななっ何を! こんな時に一体何を言って!?」

 あわくってどもりながら、頑張って問いただしてくる。

「だーっ、時間がないっ。早く合体せんと、俺の言うとおりにっ!!」

「お、おじいちゃん。まさか、まさか孫娘の私まで毒牙に」

「へ?」

 涙ぐむ絹香の声が震えていた。
 そして、その場の人間の目が語っている。
 この腐れ外道、ついに孫にまで欲情したか、と。

「な、何か致命的な誤解を、い、いや、違う、そうやなくてっ」

「そんな、いくら私がお婆ちゃん似だからって……ケダモノーッ!!」

「ぐはっ!!」

 言葉の刃がザクゥッと横島の胸に突き刺さる。

 おキヌとは別人とはいえ、よく似た孫娘から食らう軽蔑の言葉に横島の心が盛大に折れた。

「違うっ! 違うんやぁぁぁぁっ!!」

 思わず頭を抱えて絶叫していた。

「よ、横島さん同期合体ですねっ! ですよねっ!!」

 ようやく金髪碧眼のダンピールからフォローが飛んでくる。

「は? 同期合体? 理論でしか存在しないあれ?」

 さすがにオカルトGメンの支局長を務めるだけあってひのめは答えに行き当たったらしい。

「な、何それ?」

 いまいち飲み込めない絹香が問いかける。

「霊波を完全に同調させることで霊力を自乗、それ以上にする方法よ。でも、人間にそんな真似……って、あっ!!」

 ようやくひのめも思い至ったらしい。

「何だ?」

「そうよっ、忠夫兄ぃには文珠が使えるんだものっ。完全に同期することができる」

「解説してくれるんはえぇんやけど、優しくしてくれるとじーちゃん助かるなぁ」

 横島はこめかみに井桁を浮かべながらようやくそれだけを絞り出していた。

「え、え〜と、ごめん、おじいちゃん、あの、どうすれば?」

 困ったような顔でもじもじとしながら絹香が問いかけてくる。

「霊力を臨戦態勢にしといてくれ。こっちが絹香ちゃんの霊波に合わせる」

「う、うんっ」

 絹香は深呼吸して霊力を集中させる。

 ヒィィィィィィィィィッ

 霊力の高まりを感じる。美神令子ほどの激しさはなく、おキヌほど穏やかでもない。
 美神絹香の霊力が激しさと優しさを内包して高まっていく。

『よしっ、いい感じだ』

 両手に文珠を握りしめ、込める文字は『同』『期』である。

「じゃぁ、いくぞっ合……っ」

「ストーップッ!!」

 その瞬間、邪魔が入った。

「スッ、ストップなのねっ横島さんっ!!」

 息せき切らせて駆けつけてきたヒャクメが大声で静止した。

「っ!? 何だよっ今忙しいんだ」

「同期合体はまずいんですっ!!」

「はっ?」

「あの魔獣の空間転移は霊的防御の低い相手に発動してるんですっ」

「何だって?」

「ちゃんと心眼で見極めたから間違いありませんっ。対象範囲が一定空間なのに、横島さんだけが異空間に飛ばされたのもそれが原因ですっ!!」

「それとこれと何の関係が」

「同期合体は、他人の霊体に同期するには霊的防御力を限りなくゼロに近づけること必要なんですっ文珠でも例外じゃありませんっ」

「ちょ、ちょっとマテ、話を整理させてくれ、簡単に言うと同期合体しようとすると」

「横島さんの霊的防御が下がるから異空間に飛ばされちゃうんですっ」

「なにぃぃぃぃっ!?」

「あの転移能力は同期合体と相性最悪なんですっ」

「じゃ、じゃぁ、あいつの目の届かないトコまで行ってっ」

「有効射程が数Km程度……結界の有効範囲内はアウトです。瞬間的な発動範囲は20m程度ですが……」

「でも、今小竜姫様達がいるんだから隙くらい」

 そう言った瞬間、横島の全身の毛穴がブワッと逆立っていた。

 ヒュゴッ!! ドスゥゥッ

「いっ!?」

「ぐっくぅぅぅっ!!」

 横島の真横辺りに誰かが凄い勢いで叩きつけられる。

「しょ、小竜……」

 全身に痛ましい傷を負った小竜姫がユラッと起きあがる。
 声もかけられないほどの凄まじい闘気が全身から立ち上っていた。

「パピリオ横に避けなさいっ!!」

 敵と小竜姫の間に居たパピリオを一喝で動かし、小竜姫自身は神剣を携え飛びかかる。
 距離を取ったパピリオがすかさず霊波砲で援護射撃していた。
 小竜姫、パピリオ共に手を抜いている様子は一切無い。
 全く間断無く凄まじい戦闘が繰り広げられている。

 だが、横島は見た。

「あの野郎……」

 背中に冷たい汗が溢れて止まらない。

 巨獣の冷たい目がまっすぐに横島を見ていた。

 そして、今、強力な神魔族を同時に相手にしながらでさえ視線は離れない。

『牽制代わりに小竜姫様を投げつけやがったんだ』

 ゴゥッ!!

「何やってるんですかヨコシマっ、早く下がるですよっ!!」

 牽制の霊波砲を放ちつつ、空中からパピリオが思わず声を荒げていた。
 めかし込んだはずのカジュアルな服は所々引き裂かれて、凄まじい様相を呈していた。
 ミニスカートが乾いた風に煽られる。

「おぉっ!! 何とっハニーオレンジなシルクに蝶のワンポイントがっ!?」

 見上げる横島がグッとガッツポーズしながら叫んでいた。

「どこを見てるですかっ!!! どこをっ!!!」

 ドガッ! ガシュッ!! ボッ!!!!

 顔を真っ赤にしたパピリオの霊波砲が横島の体をかすめていた。

「ミニスカで空中におったらそんなん不可抗力じゃぁぁぁぁぁっ!!」

 味方に殺されかけながら横島が絶叫していた。

「ガッツポーズして声に出てたらセクハラだし」

 半眼で絹香がつっこんでいた。

「こ、このままじゃ手詰まりですよ〜っ」

 ヒャクメが情けない声を上げている。

「いや、まだ手はあるぞっ」

 横島はグッと目を上げてまっすぐ前を見据えた。

「ど、どうするんですか?」

 すがるような目のヒャクメ、ゴクリと息をのむ一同。
 横島はジッと伏せていた目を上げた。

「逃げるんだよ〜っ」

 そして、思いっきり反転し砂煙を上げて逃走を開始した。

 ズガシャァッと一斉にコケていた。

「ひたすらゴキブリのように逃げるっ!!」

「って、いきなり逃げるのぉぉぉっ!!」

 絹香が全力で叫んでいた。

「やかましぃっ、同期合体抜きで正面切って戦えるかぁっ!!」

「ちょ、ちょっと〜」

 思わず全員で追いかける。

「ふはははははっ、俺は死なんぞ〜、たとえうんこを食っても絶対に生きのびるんじゃぁぁぁぁっっ!!」

「な、情けない」

 人差し指で額を抑えつつ、祖父の言動で発生した頭痛に耐えていた。

「逃げてばっかりじゃ解決しないでしょうがぁぁぁっ」

 走りながら絹香が声を張り上げる。

「だーいじょーぶっ!! 逃げながら考えればいいんじゃ〜っ」

「まぁ、横島さんらしいって言えばらしいんですけどね……」

 併走するピートが苦笑混じりにフォローにならないフォローをしていた。

「で、どうするんですかっ!?」

「ん? そうだな、おいヒャクメっ、結界無くなったらどうなる?」

「へ? あ、神界、魔界にこの事態が……」

「そういうことだっ!! 結界を何とか破ればこのジリ貧は何とかなるっ!!」

「けど、結界なんてどうやって」

 ピートが懸念に眉根を寄せる。

「状況打破だっ、幸いこっちにはヒャクメが居……どわぁっ!!」

 ゴォッ

 言葉の途中で足下を何かがえぐり取っていた。
 仰け反りながらもかろうじて攻撃はかわしていた。

「逃げ足は早いようだな」

 どこからとも無く男の声が響く。低く、暗い声だ。

「待っておったぞ」

 ユラリと、虚空が歪み人影をなす。
 黒の文官束帯に身を包み、烏帽子が目立つ壮年の男が立ちふさがっている。

「今こそ逢魔が刻よ」

 右手で支えた鬼の面を被る男が居た。

「何だてめぇは」

「くくくく」

 ゆっくりと鬼の面をずらし、そこに隠された素顔が白日の下に晒される。

 荒れ狂うような太い眉、ひげをたくわえ。憎悪に歪む凄まじい形相を見せる。

「お、おまえはっ」

「久しぶりだな小僧」

 睥睨するような目、千年ぶりの相手をじっくりと眺めていた。

「誰?」

 烏帽子の男はガクッとずっこけていた。

「よ、横島さ〜んっ!!」

 横でヒャクメがにじりよって絶叫していた。ヒャクメには珍しく3倍増しで絶叫する。

「まさか覚えてないんですかっ!?」

「だから、誰?」

「道真ですよっ。菅原道真っ!! 平安京の時のっ単行本22〜23巻参照ですよっ」

「え?」

 ややあって、ポンと手を打った。

「……どわぁぁぁぁっ!! 俺の動脈切ったヤツかぁぁぁ!!」

「遅いわぁぁぁっ!!」

 両手をわななかせて道真が絶叫していた。
 とはいえ、これは仕方ない。あの時の横島は意識不明で道真とほとんど遭遇していないのだ。アシュタロスの記憶で一部を覗いたくらいだろう。

「くっくっく、ヒャクメお前がここに居て正直助かったぞ。この結界を外部から見つけられるとすればお前の千里眼だからな」

 道真の嘲るような声が愉悦を噛みしめる。

「一体どうやって封印を解いたのねっ。天神(神・道真)によって封印されているはずなのね」

「神の力は信仰心に比例する……天神の力が衰えた。それだけの事よ」

 その理論ゆえに、ヒャクメは能力のわりにへっぽこなのかもしれない。

「そんなっ!! 一体何が!?」

「ふん、恨むなら」

 道真はビシィッと天に指を刺し。

「少子化とゆとり教育を恨むがいいっ!!」

「……」

「……」

「はい?」

「そう言う問題で良いのか?」

「確かに日本の中では勉強に勤しむって意味での勤勉さが失われて久しいような気もしますが」

 塩の彫像から立ち直った横島達が道真を背に談義をしていた。

「どーでもいいんだが、おまえら余裕あるな……」

 道真が顔に縦線張り付けながらつぶやいていた。

「し、しっかし、何で今更っ」

「くくく、小僧、貴様が生きていたからよ。我としては五十年前に片付けたつもりだったのだがな」

 ポリポリと額を掻きながら道真は薄目で横島を見やる。

「へっ?」

「だが、それも良かろう。今ほどアシュタロス様の敵を討つ機会は他には無かろうしな」

 道真はニヤッと黒い笑みを浮かべる。

「どういう意味だ……」

「知らんのか? 復讐という物は相手を苦しめてこそ成しえるもの。おぬしが今最も失いたくないものを奪うことほどの復讐が他にあるか?」

「なっ!?」

 混乱が頂点を極める。

「時間は1時間半か……結界内は多少時間が経つののが早くてのぉ」

 ニヤァッと道真は嗤う。

「つれ合いが死に絶望と共に貴様を八つ裂きしてやれば我の溜飲も少しは下がろうというものだ」

 意味が浸透して、横島の顔から表情が消えたようになる。

「てめぇ」

「まぁ、メフィストは五十年前に片づけた。黄泉路も寂しくはなかろう?」

「……まさか美神さんまで」

「おまえ達は全く同じ事を言う。メフィストも似たようなことを言うておったわ」

 道真は黒い笑みを浮かべながら横島を睥睨へいげいしていた。

「てめぇええぇぇぇえっ!!」

 激高した横島が霊波刀を手に斬りかかる。その速度たるや弟子の人狼娘に劣らないほどの凄まじいものだ。

 ギイィィィィインッ!!

「くくく、悶えろ。悶えるが良い」

 渾身の一撃を扇子で受け止めていた。

 ギッシィッ!!

 霊力のせめぎ合いが火花を散らす。

 キィィィィィンッ

 その瞬間、道真の胸元から何かが輝きを発した。
 澄んだ音、この音は横島の聞き慣れたものだった。

「なんで!? こいつのところからっ!?」

「なっ、なんだこれはっ!?」

 横島と道真の驚きの声が重なる。

 そして、横島の意識は瞬間的な闇に沈む。



『横島君』

 闇の中で浮かび上がった映像に、横島は思わずこわばっていた。
 それは見慣れた女性の姿だ。

「み、美神さんっ」

 まっすぐ横島を見ているのは、紛れもなく美神令子だった。

『これ聞いてるって事は横島クンの前にあいつが現れてるってことね。今から大事な伝言を残すわ。しっかり覚えておきなさいよ』

「な、何を言って」

 まっすぐ真剣な眼差しのまま美神は続ける。

『このために最後の文珠、あんたに託してるんだからね』
こんばんわ。長岐栄です♪
お待たせいたしました。『いつか回帰できるまで』第六話をお届けいたします。
なんとか五月中の投稿でしたが楽しんでいただけましたでしょうか? (´・ω・` )

>アミーゴさん
>天龍皇子
 天龍皇太子殿下に修正しました。成人してましたのでw
 おキヌちゃんとのやりとりはこの連載の重要な鍵を握っています。
 二人の想いに共感いただけて何よりです♪

>akiさん
 何とか伏線を生かしていけました♪
 そういえば、三百年死体でしたねぇ……肉体っていうのもありえましたね。
 お褒めに与り恐悦至極です♪
 ようやく敵さん達が出てきましたので、ここにメンバーがどのように絡んでいくか勝負所ですね。

>STJさん
 応援ありがとうございます♪
 さてさて、味方は来るのか否か? なにはともあれ、かなり苦戦気味ですっ。次回をお楽しみに♪

ついに現れた、敵達、横島は己の仇を討つことができるのか?
最後の美神さんは一体何を託そうとしているのか? 七話をお待ちくださいませ♪

[mente]

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