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明日を目指して!〜その9〜




 深夜のとある高校、とある教室。
 普段なら暗闇に馴染んでいるはずのそこに、この夜は光が灯っていた。
 電球のような光ではなく、床に立てられた蝋燭に灯っている光。

「これは私の知り合いから聞いた話なんだけどさ……」

 そんな教室に響く、女子高生の声。
 彼女の名前は岬百合子。
 ツインテールに髪を結っている。
 一本の蝋燭を中心に座り込む、三人の女子高生のうちの一人の声だ。
 いつもは快活であろうその声は、今夜に限ってできうる限り声の調子を落としているように思われる。
 彼女たちの周りにはお菓子にジュースに携帯電話。
 そして、現在光っているものを含めば100本の蝋燭が散乱していた。

「ある女の人がね?自分の住んでいるマンションに帰ってきたんだけど、エレベーターに乗ろうとしたらぁ……」

 一人が話し出すと、残りの二人は身体を前のめりにして話に耳を傾けた。
 一人は立花桜。ストレートヘアの女の子である。
 もう一人は本宮葵。髪型はベリーショートというやつ。

「いきなり人が出てきて、肩にぶつかったの。女の人は、悪いなって思って振り向いて『ごめんなさい』って謝ってからエレベーターに乗って自分の住む階のボタンを押したの」

 シーン

教室には物音一つない。

「そしたら、ぶつかったところに血がついてたの。もちろん女の人は変だなって思ったんだけど、眠かったからそのときは気にしないでそのまま家に帰ったのよ」

 窓から見える空にはお月様は浮かんでいない。
 今夜は新月である。

「それから二〜三日経った日に、ふとテレビを見たら住んでるマンションで殺人事件があったって報道があったのよね。それを見て、人にぶつかったことを思い出したのよ。事件があった日と、その人にぶつかった日が同じだったの」

 教室の外、廊下も勿論人の気配はある筈もなし。

「そしたら呼び鈴が鳴って、インターホンに出たの。聞こえてきたのは男の人の声で、その人は『自分は警察官で、殺人事件の犯人の目撃情報を探しているんだが、何か知らないか?』って言ったの」

 そんな百合子の手元には一冊の本。
 背表紙に『怪奇譚集〜寝ない子誰だ〜』と書いてある。

「女の人はエレベーターですれ違った人を思い出したんだけど、その日は急いでたから『いえ、何も知りません』って言ったの」

 彼女たちの服装は学校指定の制服―――なんてことはなく、上下ともに青色のジャージ。
 三人とも女の子とはいえ年頃の子がジャージとはどうよ?と言うこと勿れ。
 コレにはれっきとした目的があってのことである。

「それで次の日ニュースを見てたら、殺人事件の犯人が捕まったって言うじゃない。それで画面をふと見て、女の人はギョッとしたの。なぜなら―――」

 ゴクリ

 二人の喉が鳴った。

「―――犯人の顔が、昨日聞き込みに来た警官の顔だったのよ」
「「いーーーやーーーッ!!!」」

 暗闇に二人の女子高生の悲鳴が響く。
 とは言っても小声で本気で怖がっているようには聞こえはしないが。
 そんな二人が落ち着いた頃、蝋燭が空中に浮かび上がった。
 話をしていた女子高生が持ち上げて、真剣な顔つきで言う。

「……それじゃ、最後の一本。吹き消すわよ?」

 百合子がそういうと、教室内に緊張が走る。
 とうとうこの時が来たと、三人とも思ったのではないだろうか。

 フッ……

 蝋燭の灯火が掻き消え、教室は沈黙に支配された。
 三人はしばし顔を見合わせる。

「……なにも、起きない……?」

 教室内に変化を見受けることは、三人には不可能だった。

「な、なーんだ!やっぱりあんなのホントにあるわけないじゃん!」
「だ、だよね!地獄から鬼がやって来るなんて……」

 桜と葵が途端に快活な声で喋りだす。

「あ〜あ、寒い中わざわざ学校に忍び込んで、アタシたち何してるのかね」
「ホントホント。独り身は寂しいわよねー」

 三人は明るく振舞って、談笑し始めた。
 持参した懐中電灯のスイッチを入れ、再びお菓子袋に手を伸ばし始めた。

「あたし、ちょっとトイレ行って来るね」

 百合子がそういって立ち上がり教室を後にする。
 廊下には彼女の足音が響いていた。

「けど、よく百話も出てきたわね、こんな話」

 桜がそう言うと、葵が返す。

「それだけ暇だってことでしょ、私たち」
「はぁ……改めて言われるとなんだか切ないわね……」
「……それは言わないお約束よ」

 二人して「…はぁ」とため息をつく。
 そのため息さえも深夜の教室には響き、得体の知れない恐怖心を煽ってくる。
 談笑し始めてから暫くして、桜が口を開いた。

「ねぇ」
「ん?」
「百合子、遅くない?」

 言われて葵は携帯の液晶画面を見て時間を確かめた。
 百合子が教室を後にしてから既に10分経っているのである。
 少々下品な話だが、10分もトイレで頑張っているとは考え難い。
 なにせ学校のトイレといえばどこか汚く、用さえ済めば長居は無用の場所なのである。

「おっかしいわねー。あの子、こんなにトイレ長くないはずなのに」

 頭に?マークを浮かび上がらせながら、葵は言った。
 それとは対照的に桜には、百合子との会話が脳内再生されていた。

 ――ねぇねぇ、百話話し終わったらどうなるの?――
 ――なんでも、地獄からの使者がやって来て、話した人をみんな連れ去っちゃうんだって――
 ――地獄からの使者って……やっぱり、鬼…なの?――
 ――そうよ。■■■って言うんですって。変な名前よね――

 嫌な想像が頭を駆け巡る。

「まさか、そんなワケ、ない……よね」
「どしたの?」

 途端に心がざわつきだした。
 もしかして本当に?
 そんなはずないと必死に否定してみても、当の百合子本人が姿を現さない限り不安が消えるとは思えなかった。
 そんな様子の桜を、葵は不思議そうに見る。

「……ねぇ」
「んー?」

 桜から見た葵はまるで百合子のことを気にかけていない。
 桜には、俄かには信じがたい光景だった。

「心配じゃないの?」
「なんで?」
「なんで、って―――だって、もう10分以上帰ってこないのよ!?どう考えたってオカシイじゃないっ!!」

 堪えきれずに声を荒げた桜に対し、葵はなおも冷静な態度で返す。

「ちょッとグらい長くナるときもアるワヨー」

 葵はおかしい。
 どこが、と訊ねられればまるで答えられないのだが、葵の様子はいつもとは違う。
 桜は直感的にそう思った。

「そんナに心配ナラ、一緒ニ探しに行こうカー?」

 口ぶりはあたかも桜の意志を尊重しているように聞こえる。
 だが彼女の腕は、いつの間にか桜の手首をギュッと握っていた。
 これは女の腕力ではない、振りほどけない。

「ちょ、やめてよ……」

 桜は立ち上がった。
 それに釣られて、葵も立ち上がる。
 パキリと、菓子を踏みつける音がいやに耳障りだった。

「なンデー?心配なんでショー?ダから、一緒に探シニ行コうってバー」

 言いながら、葵は桜をグイグイと引っ張っていく。
 足に力を入れて踏ん張ってみても、その勢いはとまらない。
 ズルズルと教室の出入り口へと近づいていく。

「痛い、離してってば!」

 語気を荒げて警告するものの、葵の姿をしたソレはまるで意に介さない。

「この―――離してって言ってんでしょッ!」

 乱暴に手を振りほどく。
 すると葵の身体はよろよろと千鳥足で後退した。
 壁にぶつかり、その際に痛めたのだろうか。
 しきりに肘をさすっている。

「いッタ〜!酷いじャなイ、突キ飛ばすナンて〜。ソレが友だチニ対する態度ナワケ〜?」

 うつむきながら、葵は言う。
 肩を震わせていたので、よほど痛かったのだろうかと、桜は思った。
 だがそんな考えが甘かったことをすぐに痛感させられる。
 痛みで肩が震えていたのではない、笑いで肩が震えていたのだ。
 桜は改めて、目の前にいるのは自分の親友の姿形をした別のナニかであることを思い知らされた。

「アンタ、一体誰よ……?」
「ひッドいな〜。私、葵ヨ?本宮葵」
「違う!アンタは葵なんかじゃないわよっ!このバケモノッ!」

 そう吐き捨てると、桜は廊下へと飛び出そうとした。
 電灯をつけるわけにもいかない暗闇の中を走り抜け、校舎から脱出することしか頭になかった。

「痛っ!」

 途端に桜は前のめりに転倒した。
 とっさに両腕で顔面をかばったから良かったものの、おかげで肘を擦り剥いたようだ。

「ドコイクノ……?」

 背後から聞こえる親友の声。
 違う、親友の≪ような≫声だ。
 一気に背筋に悪寒が走るような、酷く恐怖心を駆り立てる声。
 振り向いてはいけないと思いつつも、自然と顔が後方へと動いてしまう。
 まるで自分の身体ではないかのように。

「ロウカハ、ハシッチャイケナインダヨ?」

 足元を見ると彼女の手が足首を掴んでいるのが見える。
 恐怖のあまり、桜は掴まれていない足で彼女を蹴った。

「離して!離して!離してぇ!」

 しかし一向に手は離れない。
 足が幾度となく葵の身体を強打しているというのに、足首を掴む腕は弱まるどころかさらに力が込められていく。

 コツ……コツ…

 葵の対処に手をやいている桜の耳に、突如として足音が聞こえてきた。
 頭に百合子の姿がよぎる。

「百合―――」

 百合子の名前を叫びかけて、桜は思いとどまった。
 もしや彼女も葵のようにおかしくなっているのではないだろうか。
 もしくは百合子ではない別の誰かの足音ではないのだろうか。
 しかし、いつまでもこうしてはいられない。
 思い切って視線を正面に戻す。

「―――子……?」

 廊下にいたのは確かに百合子ではあった。

「ドウシタノ?」

 ただし、葵同様、正気を保っているとは思えなかったが。

「ナンデソンナコトシテルノカナァ?」

 ニヤリと歯を見せて、百合子は笑った。
 その歯は真っ黒に塗りつぶされている。

「サクラッタラヒドイノヨ。ワタシタチノコト、オカシイダナンテ」
「ホント?ヒドイワネェ、サクラ。ワタシタチトモダチジャナイ」
「ソウソウ、トモダチ。ダカラ、サクラモイッショニキタラ?」
「ソウシマショウヨ。イッショニイキマショウ」
「ソウシマショウ?」
「ソウシマショウ?」
「ソウシマショウ」
「ソウシマショウ」
「ソウシマショウ!」
「ソウシマショウ!」

 二人して同じようなことを連呼する。
 サクラは気がおかしくなりそうだった。
 気がつけば両足を葵に掴まれ、両手は百合子に掴まれていた。

「いや……いや!やめて!」

 彼女の意識はそこで途切れる。






  明日を目指して!〜その9〜






「いやぁぁぁぁあっ!」

 ガバッ!

 桜はベッドから飛び起きた。
 身体のいたるところに寝汗が張り付き、パジャマがぴっちりくっついている。
 額に浮かぶ汗をパジャマの裾で拭う。

「ハァ、ハァ……夢……?」

自分の口から出た言葉に奇妙な感覚を覚える。
だが最終的にその言葉を信じることにした。

「だ、だよね!あんなこと起きるわけがないし、こうやってうちで寝てるんだから……」

 それにしてもリアルな夢だったと、桜は思った。
 今でも鮮明に思い出す、親友二人の不気味な笑顔。
 すべての感情を取っ払い、機械的に貼り付けたようなあの笑顔。

 ブルッ

 背筋に悪寒が走り、身体が震える。

「桜ー?早くしないと、学校遅刻するわよー?」
「え?」

 扉越しに聞こえてくる母親の声に促され、目覚まし時計を見る。
 長針は1、短針は8と9の間を刺していた。

「ゲェッ!?何で起こしてくんないのよ、おかーさんっ!」

 慌ててパジャマを脱ぎ捨て、カッターシャツに腕を通す。
 スカートを吐き、長い靴下をいったん膝上まで伸ばしてから皺をつけるように膝下まで下げる。
 部屋の鏡台の前に立ち、櫛を通して髪型をセット。
 椅子に掛けてあった鞄を手に取り部屋を飛び出す。

「なに言ってるの。もう高校二年生なんだから、朝ぐらい自分で起きなさい」
「おかーさんのケチ!」
「あ、こら!朝ごはんぐらい食べていきなさい!」

 この一連の動作をしながら、桜は別のことを考えていた。
 さっきのアレは、やっぱり夢だったのだと。

「時間ないよ、遅れちゃうーっ!」

 これほど代わり映えのしない日常に、あんな非日常が紛れ込むことなどありえないのだと。

「夜更かしばっかりしてるからでしょ!はい、お弁当」

 そう思って、彼女は安心しきっていた。

「ありがと」

 だから、彼女は気づかなかった。

「気をつけてね」

 部屋の隅、まるで何かを隠すように脱ぎ捨てられたパジャマ。

「行ってきまーすっ!」

 パジャマの下、青いジャージが脱ぎ捨てられていること。
 机の上、コンビニ袋に詰め込まれた無数のお菓子。
 彼女の祖父の仏壇から蝋燭が無くなっていること。
 彼女は気がつかなかった。










「おはよう」
「あ、桜。おっはよー。珍しいわね、アンタがこんな時間ギリギリに登校してくるなんて」
「ちょっと、寝坊しちゃったんだ」
「ふーん」

 教室に入るいなや、顔なじみのクラスメイトに挨拶。
 相手が挨拶を返してくる。
 周りの生徒数人と喋りながら鞄を机の上に置き、席に着く。

「あれ?今日は百合子と葵はまだ着てないの?」
「え?」

 何気ない一言に、桜の平常心は一挙に乱された。
 慌てて二人の席を確認してみると、まだ来ていない。

「どうしたの?三人一緒じゃないなんて、珍しいじゃない」
「二人は?風でも引いたの?」

 友人たちの問いかけも上の空。
 桜の頭は再び不安で埋め尽くされた。

「桜?聞いてる?」
「え!?うん、聞いてる……」

 まさか?夢ではなかったのか?アレは実際に?

「ねぇねぇ、ビッグニュース!」

 ガラッと扉を乱暴に開き、別の女子生徒が現れた。
 ここまで走ってきたのか、息が荒い。

「なになに?どうしたの!?」
「まーたしょうもない話なんじゃないのー?」
「違うってば!今日はホントにビッグニュースなんだって」

 その言葉に生徒たちがなんだなんだと、野次馬のように集まった。
 件の生徒は桜の席の前に立っていたため、自然と桜を中心にして円陣が組みあがる。

「昨日、学校に忍び込んだ生徒がいたんだって」

 その言葉に、一気に場の空気がしらけた。

「なによそれ。やっぱりくだらない話じゃない」
「あーあ、期待して損した」
「一時間目、何だっけ?」
「明日こそ、桜井さんに告白する!」
「えぇっ!ここ女子高よっ!?」

 集まったときと同じく、一瞬にして生徒たちは分散した。
 残ったのは、桜だけ。

「ふえぇぇ〜ん。ここからが重要なのになぁ〜」

 学校に忍び込んだ者がいる。
 その言葉が桜の耳にこびりついて離れない。
 忍びこんだのは誰だ?――――自分たち、三人のことではないのか?
 何のために忍び込んだのか?――――百物語をするためではなかったのか?
 やはりアレは夢ではなかったのか?

「ねぇ……その話、詳しく聞かせてくれない?」

 確認せねばならない。
 桜はそう思った。

「桜っ!アンタだけよ、そんな優しいこと言ってくれるのはっ!」
「そんなことどうでもいいから、早く続きっ!」

 思わず叫んでから、桜はマズイと思った。
 今の態度は明らかに不審に思われるだろう。
 事実、何人かがこちらを見ている。

「あ、ゴメン。それより、続き、聞かせてくれない…?」
「いいわよん。先生たちが話してたのを又聞きしただけだから、どこまであってるのかわからないけど、科学室に忍び込んだらしいのよ」

 科学室――――昨日忍び込んだところではなかったか?

「なんか、蝋燭がたくさん散らばってて―――」

 蝋燭――――使った。

「お菓子と懐中電灯が落っこちてたんだって―――」

 お菓子――――持って行った。
 懐中電灯――――持って行った。

「……そんな」

 その後HRで岬百合子、本宮葵が行方不明になったと、担任が言った。

ようやく退院。で、帰り道に階段から漫画のように転げ落ち、今度は右手首を捻挫。
貧乏神でも憑いているのか、はたまた何かの陰謀か、全治三ヶ月だってさ。こうまで不幸か、我が人生・゜・(ノД`)・゜・
今回はほんの少しだけホラーに挑戦、そしてまるで怖くない罠。下手っぴだなぁ。

レス返しですよ。前のお話のところに書いてはあるんですけど、今回からこっちにも書くことに。
ちょびっと省略気味で。

>akiさん
 >今少しの成長が必要なのかも知れませんね。
 ま、横島くんですから。
 >カルシウム摂取には牛乳が手っ取り早いですけれど、あまりご無理はせず、養生して下さいませ。
 おかげで骨年齢が少し若返りました。

>TAKUさん
 >いつも楽しく読まさて頂いてます。
 挫けそうなときは、この言葉を胸に書いております。
 >カルシウムの摂取だと、朝飯にメザシなどを焼いて食べれば、無理なく継続できますよ〜!
 公魚のから揚げは克服いたしましたです。これが意外と美味しくてねぇ。

>&さん
 >良い感じ・・・。
 ほんっっっとに有難うございます。
 >女性からの伝聞ですがコントレックスをお茶代わりに小まめに飲んでるそうです。カロリーが無いのでダイエットに良いとか、また通じが良くなったとか言ってました。
 とりあえずお財布と相談して一週間にペットボトル一本ぐらいのペースでやってみます。

上記した皆様、本当に有難うございました。

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