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秋、思い出すままに 7

秋、思い出すままに 7

「いったい何! その”印籠”?」建物に入るや由良は声を落として尋ねる。

「さあ」それしか言いようのない皆本は首からぶら下げているチケットに目を落とす。

提供者について言えば、どこにでもいそうな高校生にしか見えないが(ちなみに、一緒にいた二人については”普通”とは言い難い目つきと体格だっりするが)、ひょっとするとエスパーで何か特別な”力”の持ち主なのかもしれない。

もっとも、今はそんなことより、
「これからどうやって見失ったエスパーを見つけるか‥‥」

「待って! ここ、ECMが効いてないわ」
 皆本の言葉で無意識に超能力を働かせた由良が気づく。

「ということは、そのエスパーも超能力を使えるということか! もちろん、いたとしての話だけど」
皆本は不安そうに周囲を見渡す。少なくとも一階に人はいないようで、静寂と言ってよい”空気”がある種の緊張感を作りだしている。

「そう、『いたら』の話だけど」由良は面白がるように繰り返す。
  大胆な判断と行動で番人二人を出し抜いたさっきと今のギャプが可笑しい。

皆本はそのニュアンスに憮然としつつも、
「ならすぐに調べてくれ。ここまで来るのに時間がかかり過ぎたような気がする」

「判ってるわ! って‥‥ 何、この建物! 壁とかESP対策仕様じゃない?! これできっちりと調べるにはどうしても時間が‥‥」
そこまで言ったところで由良の顔が引きつる。
「いたわ! 二階、ちょうどこの上辺りにエスパーが一人」



 階段を上がり回り込むと『明石好美様控え室』と貼り紙ある扉に隙間ができている。このおかげで部屋にいるエスパーを感知できたのだろう。

「中にはエスパーが一人。ESP・PK複合で超度自体はそれほど高くないわ。まだ、スタッフとかの可能性はあるんだけど‥‥」
微妙に躊躇する由良の表情が、一転、厳しくなる。
「先輩はここに! 中は一人、私で何とかなるわ」

「そんな無茶‥‥」 
 少女を止めようとする皆本は彼女がさりげなく取り出した拳銃−S&W・M38−に続く台詞を飲み込む。
 
「大丈夫! こう見えても訓練は受けているわ」と由良。

「判った!」皆本は即断する。
 緊張で強張った顔に説得力はないが、拒否が好美なりエスパーなりの思考をテレパシーで捉えてのことと気づいたからだ。

「まだ気づかれていないようだから忍び込む形で中へ、その上でテレパシーメッセージの奇襲をかければパニックを起こすはず。その隙に好美さんを確保すればこっちの”勝ち”だ」

てきぱきと下された指示に由良は目を見張る。そういう状況ではないが口元に笑みが、
「”いけそうな手”ね! 了解、”水元主任”! ”特務エスパー”北上、指示に通りに行動します」



音のしないように扉を動かし、できたぎりぎりの隙間から由良は体を滑り込ませる。

次の起こるであろう事−もっとも望ましいのは、ストーカーが泡を食って飛び出してくる−に備え身構えたタイミング、背後で人の気配がするや罵声が飛ぶ!
「木偶の坊! そこをどきなさい!!」

振り返るとカメラを担いだ男を押しのけた女性−亜麻色の長い髪と抜群なプロポーションが印象的な美女−がこちらに突っ込んでくる。

反応の暇もあればこそ、皆本は顎の下に突きつけられた伸縮式特殊警棒の切っ先と高超度テレパスによる思考伝達かと思えるほど強烈なプレッシャーに壁際へ押しつけられる。

「そのまま大人しくしてなさい。おかしな素振りを見せたら‥‥」
ここでその場合の結末を想像させるように女性は二ヤリと笑う。
「まっ、好きにしていいけど。ここでぶっ飛ばした方が後の手間は楽だし」

「そんなに凄まなくても大人しくします」
皆本は自分でも意外なほど落ち着いた声で応える。あまりの威圧でかえって度胸が据わった感じだ。

それが面白くないのか女性は形の良い眉を僅かに上げる。
「なかなか美形ね。雰囲気も真っ当だし、あんたならストーカーなんかしなくたって女の子には困らないんじゃないの」

『ストーカー』の一言で皆本は、女性がどのように勘違い(というか勘違いして当然のシチュエーションだが)しているか判る。とにかく中でのことを含め事情を説明しようとした時、扉越しのくぐもった悲鳴が耳に届く。

 皆本が反応するより早く女性が動いた。一睨み皆本を牽制すると扉を開け踏み込む。

いつの間にかこちらに来ていたカメラマンがそれに続こうとするが、皆本は体で出入り口を塞ぐ。
 あの女性なら相手が何者であっても対処できるとの確信がある。であれば、何者も入らせないようにするのが自分の役目だ。

 力任せに押し入ろうとするカメラマンにタックルをかけようとした時、背中に人がぶつかる衝撃が。

つんのめりつつ振り返るが目の前には何もない‥‥ 代わりに、風に吹かれた水面のような空間にさざ波が生じている。そしてその範囲は尻餅をついた人の形をしていた。

‘透明人間!’皆本は目の前の出来事の正体を見抜く。

 超能力で光を歪め見えなくなっているに違いない。この点、確証はないが間違っていないとの確信はある。もっとも、それが解ったところで今の解決にはならない。

見る間に”さざ波”は消えてしまう。

「拙い!」半ば叫ぶ皆本。このままだと逃げられる。
 何とか手はないかと見回す。目に入ったのは‥‥
‘スプリンクラー!! あれを作動させれば‥‥ !!’

行動に出ようとしたその時、件の女性が飛び出してくる。こちらを突き飛ばすや勢いのままにジャンプ。特殊警棒で天井の火災報知器のセンサーを叩きつぶす。
 女性もまた同じ結論を得ていたようだ。

けたたましく鳴る警報。同時に散水栓が開き大量の水を廊下一杯にまき散らす。水の飛沫が壁に沿って逃げる人の姿を形作った。

不敵な笑みを口元に女性は濡れるのもかまわず突っ込む。

 超能力が事実上無効化にされたことに気づいた相手はあわてて転んでしまう。そのもたつきが致命傷に。

「‥‥が極楽に逝かせてあげるわ!!」
 降り注ぐ水音に前半はかき消されたが、女性はそう啖呵を切ると確実に意識を刈り取れそうな痛烈な一撃をシルエットの後頭部に叩き込んだ。

「ぐわぁぁっ!!」
 濁った悲鳴を伴いやや小太り体型の学ラン姿が現れるとそのまま倒れ込む。

女性は意識を失った学ランの背中をそれ自体凶器になりそうなヒールで(これであれだけの動きを見せたのも驚異といえば驚異だが)踏みつけ颯爽と立つ。

 びしょ濡れのため服が体に張りつき強調されたモデル裸足の肢体とそれが似合う容姿。ハリウッドアクション映画のワンシーンのような光景に皆本にカメラマン、警報で顔を出した秋江と狽野、駆けつけてきたメイドたちは圧倒されたように見入った。




ストーカーの収監の報告を受け、撤収準備を進めるスタッフを満足げに見ている桐壺。そこに本部と連絡を取っていた柏木が険しい顔でやってくる。

「どうしたのかネ?」

 その雰囲気が移ったのか、低い声で尋ねる上司に柏木は前置きを省略し、
「逮捕を受けて予知部に連絡を入れたのですが、ここでの事故/事件発生確率に変動がないとのことです」

「何だと!! すると、この件以外にまだ何か起きるというのかネ?!」
桐壺は、一転、声を荒げ絶句する。

「可能性はあるということです」柏木は正確を期すため訂正する。
「それから、それに関連するかもしれない報告がありました。ストーカーをメトったところ、彼にそうした行為がやり易いよう情報を流した人物がいたようです。今回の件もその人物の教唆・扇動があっての事とか」

「つまりだ、まだ黒幕に相当する人物が健在‥‥ その人物の情報は?」

「残念ですが、犯人がエスパーということもあり、読みとろうとしたサイコメトラーの超度では現状それだけで精一杯だそうです」

桐壺はちらりと会場にいるはずの最強”カード”の投入を考えるが、今回の件には係わらせないという当初からの方針を思い出す。ヘタに関与させると収まる話が収まらなくなる。
「とにかく、警備に当たっているエスパーに任務の継続を連絡。それに秋江さんにも、まだ気をつけるように連絡を入れたまえ」




「先生、凄かったですね」
 梨花は大きな拍手を背に演台から降りてきた秋江に賞賛を送る。

 好美の件で学園側から講演を中止してはという申し出もあったが、余計な目を引きたくないと言う秋江の意向で強行された。当然、内容は大幅に変更。事実上のぶっつけ本番の形だったが、拍手が示す通りの出来映えだ。

「まあ、こういうアクシデントを乗り越えられるから一流なのよ」
余裕を口にするが、何とか無事乗り切ったということで高揚気味の秋江。差し出されたタオルで熱演の汗を拭う。母親としての顔に戻り、
「それで好美はどうしているの? 睡眠薬を嗅がされていたって話だけど」

「心配はいりません。そうたいした量ではなかったそうで、先生が演台に立たれすぐぐらいに目が覚められました。後遺症めいたものなく、講演の後半を客席でご覧になってました」
そう答えた後、梨花は少し気まずそうな様子で、
「それと好美さんからの言伝ですが、うまく仕事がキャンセルになったんで夜まで学園祭を楽しむそうなのでよろしくとのです」

「未遂とはいえあんな件があったっていうのに気楽な娘ね! まあ、ストーカーも逮捕されたんだからそれも良いか。ここしばらく、そいつのおかげで色々と自粛させられていたわけだし」
誰とはなしに娘を弁護する秋江。ふと皮肉っぽい微笑みを口元に浮かべ、
「もっとも、調子に乗ってその辺のカップルからイイ男を横取りしようとして修羅場を作んなきゃいいけど」

 梨花は『さあ』と頭を傾けるだけで意見を控える。

「そうだ! 私も学園祭に紛れ込んでみようかしら。客席から見てもけっこう若くて”美味しそうなの”がいたし」

再度、発言をスルーする梨花。控え室に戻ろうとする秋江に、
「あっ! 忘れるところでしたが、さきほどバベルから連絡が入りました。事故/事件の発生確率は無視していいほどに下がったとのことです」
今度も約1週間、次回もこのペース‥‥ は続きません(自爆)。残り3(〜4)回、次は少し間が空くと思いますが、最後までおつきあい下さい。


 アミーゴ様、連続賛成&コメント、ありがとうございます。

>GSとの繋がり‥‥
まあ、”他人のそら似”なんですが(笑)。ニヤリとしていただければ仕掛けたかいがあります。
>由良ちゃんには夢を‥‥
事実上のオリキャラにそのお言葉、嬉しく受け取らせていただきます。

aki様、皆勤での賛成・コメントありがとうございます。

>そこに至る発想が面白いですね。皆本らしい閃きだと思えます。
『閃き』、人はそれを宇宙意志の発動−ご都合主義と呼ぶ‥‥ という冗談はさておいて(冗談になってねぇっ!)。この段、何とか納得力を持つよう苦慮した所で、そう読みとっていただき嬉しく思います。

お二方には、上にも書いたように残りあと3話程度、よろしくおつきあい下さい。

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