4392

ゆーれいさん





むかぁしむかしの、そのまた昔。

ずうっとずうっと昔の話。

人里離れたお山の奥に、ゆーれいさんがおったとさ。







はじめは光を見たんだと。

そうしてどれだけ経ったやら。

己の周囲に降り注ぐ、光が世界と気付いた時にゃ

世界を見ながら見られとる、ゆーれいさんがおったとさ。

なにせ眼も無いゆえに、見ようとしなけりゃ見えもせぬ。

鳥の大空飛ぶ姿。

巣へと去り行く四足の獣。

風に揺れとる無数の小枝。

崖より落ち来る岩の様。

時には空から舞い降りる、優しい感じの雪の白。



そうしてどれだけ経ったやら。

己の周囲に溢れとる、動きが音と気付いてみたら

音を聞きつつ音立てる、ゆーれいさんがおったとさ。

なにせ耳さえ無いゆえに、聞こうとしなけりゃ聞けもせぬ。

頭上から降る鳥の羽ばたき。

遠く遠くに獣の鳴き声。

木ずれに葉ずれに風の音。

岩と地面が奏でる響き。

時には沈み込むような、静かな雨の演奏会。



そうしてぼんやり過ごすうち。

ゆーれいさんは知ったとさ。

世界が此処に在ることを。

自分が此処に居ることを。

朝が来たならお日様見上げ。

夜が訪れたのならば、お月様へとご挨拶。

時には、ひよひよ何処かへ散歩。

時には、ふよふよ浮くばかり。





そうしてどれだけ経ったやら。

先も無ければ後も無く、今しか其処には在りゃせんかった。

けれどもそれでも少しずつ、解らぬ程度に世は移る。

時間も時代もは止まる術無く、ただ当たり前に夜が移る。

人里離れたお山へと、人がやって来るよになって来た。

お山の近く温泉沸いて、観光に客がやって来た。

時には一人で楽しげに、時には家族で嬉しげに。

遠い目をして眺めるうちに、ゆーれいさんは知ったとさ。



自分が孤独であることを。



耳を澄ませりゃ聞えたろうさ。

ゆーれいさんの啜り泣き。

夜も深くに、山奥深く。

一人ぼっちでゆーれいさん。

そんな小さな彼女の姿、お月様だけ見詰めてた。








そうしてどれだけ経ったやら。

ゆーれいさんは思い出し、ゆーれいさんは考えた。

思い出したは、朧な記憶。

生贄に果てた己の命。

考えたのは、これからのこと。

希望と言うにも程がある、我侭極まる願い事。

自分の代わりを務めてくれる、誰かに会えはしないだろうか。

涙に濡れた彼女の瞳、昇るお日様見詰めてた。







お日様昇って、お日様沈み

夜が訪れ、夜が去り。

そうしてどれだけ経ったやら。



『えいっ!』

「わっ!?」



ゆーれいさんは会ったとさ。

代わりになってくれそうな、求め求めた望みの相手。



『大丈夫ですかっ!? おケガはっ!?
 私ったらドジで・・・・・・・』

「今「えいっ」と言わんかったかコラッ!!?」



ゆーれいさんは気付いちゃおらぬ。

ここから始まる新たな時間。

ここから結ぶ新たな絆。

これが初めの第一歩。



冬の陽射に包まれて、雪化粧をした山々の中

二人の声は山彦となり、山の中へと響きを残す。

それは何時までも、何時までも。














むかぁしむかしの、そのまた昔

ずうっとずうっと昔の話


氷室の姓持つ家族が生きる

絹の名を持つ少女が生きる

それよりずうっと昔の頃に




ゆーれいさんが、おったとさ


豪です。
音韻やリズムなどは詩に近いながらも
とりあえずのストーリーはあるので、通常投稿で。

書いていて、書いてみて、ふと思ったり。
今の自分の人生を、十倍にしてもなお届かない。
十回人生やり直しても、それでもまだまだ足りない時間。
三百年って、つまりそれくらいの長さなんですね。

[mente]

作品の感想を投稿、閲覧する -> [reply]