葵と会うのも一月ぶりや。
寂しい思いをさせてしもとるやろなぁ。
嫌われても仕方ないやろなぁ。
せやけど、ユウキの手術も巧くいったんや。確かにおいそれと会えなくなったかも知らんが、これから家族四人揃う時間を積み重ねたらええんや。
お、あの新幹線やな。
【Father’s Eyes】
「おかえ……り?」
―― ヒュパッ!!
駆け寄る葵を抱きしめようとしたワシの腕が掴んだものは、空気にとって変わられていた。
「お帰り、葵ちゃん」
「……お母はん、ただいま」
後ろからワシの耳に届く、葵の声。
直前までワシのところに向かうと見せかけ、ワシの動きを見切っての見事なフェイント
―― や、やるやないか。
しかし、そうも言ってはおれん。
あの明るかった葵が、すっかり沈んどる。
この間、もう二人の『チルドレン』―― 薫ちゃんと紫穂ちゃんが言うておった通り、『自分はいらない子ォやからバベルに売られた』思うとることが原因なのは間違いない。
ここは一つ、家族の絆っちゅーヤツを取り戻さなアカンな。
「よっしゃ!今日と明日は目一杯遊んだる!
どっか行きたいところはあるか?海でも山でも、どこでも連れて行ったるさかいな!!」
「……ホンマ?どこでもええのん?」
まだ明るさを取り戻すには足りない瞳が遠慮がちにワシを映す。
「あぁ、もちろんや。かわいい葵のためやさかい、お父はん、今日明日は何があっても休みにしとる!せやから時間は気にせんでええ!どこでも連れて行ったるで!」
「んーと……CSJ、行ってみたい」
こ、コココココココココココココ……コメリカーナ・スタジオ・ジャパンやて?!
―― ぴし。
葵の言葉に空気が凍りついた。
少なくとも、ワシの周りの空気の温度は氷点下にまで下がった。
おお、ダイヤモンドダストが見える。
ゆーきの進軍、こーりを―――― って、どこ行くねん?!
季節外れの雪中行軍を敢行しようとした魂を辛うじて繋ぎ止め、ワシは葵に強い口調で言う。
「アカン!それだけはアカン!!
あんなとこで遊ぶ連中は、便所から手ェが出てきて中に引きずり込まれるんやで!」
「お父はん……『どこでも』言うたやん。言うた端から嘘つくのん?」
葵の眼差しが不審に変わる。
う、しもた。
言い方がまずかったか。
しゃーないな。これだけは言いたなかった……けど、言わなアカンか?
「あと、有り金全部むしりとられるねん!!」
―― びくッ!!
ワシの言葉に葵は明らかに怯える。かなり利いとるようや。
「アレはキッツいで――。ふと気がついたら羽根が生えたように財布から飛んでいってるねん」
「テ……テレポーターでも掴まえられへんの」
おずおずと尋ねる葵。
「ああ、そうや。テレポーターにもサイコキノにも掴まえることは出けへんし、サイコメトラーでもどこに行くか見ることも出来んのや―― ホンマ、恐ろしい魔物なんやで、あそこに住む魔物は」
震えながら尋ねる葵に、ワシはさらにおどろおどろしい口調で言い切る。
「うわ――ん!!ごめんなさーい!ウチが悪かったから!そんなところに連れて行ってなんて、二度と言わんから――!!」
ワシの言葉に葵は大声で泣きじゃくる。
しもた!お灸が効きすぎたか?
「泣かんでもええ、泣かんでもええ―― 判ってくれたんならそれでええんや。判ったのなら別のところに行こう、な?
ユウキも一緒に遊べるところに、な?」
ユウキ―― その名に大泣きしていた葵の泣き声が止まった。
「ユウ……キ?」
「ああ、そうや―― ユウキも元気になっとるんや。元気になって、お姉ちゃんと一杯遊びたい……そう思うてるんやで。
せやけど、ユウキはまだ赤ちゃんや。CSJの楽しさとかデジャブーランドの楽しさやらは判らんやろ?
どうせ楽しみたいんやったら、ユウキとも楽しめるところで一緒に遊びたい―― そう思わんか?」
「―― うん」
言いながら頭を撫でるワシの言葉に葵は頷く。
ホンマ、ワシは不甲斐ない親父やなぁ。
嘘をついてまで、ユウキをダシにしてまで娘を遊園地一つに連れて行けんとは―――― ホンマ情けない。
いつか―― そう遠くないいつか、絶対に家族揃って遊園地に連れて行ってやるんや!
CSJにデジャブーランド!首を洗うて待っとれよ!!
野上家が制覇する日は近いで!!
その誓いを胸に、ワシは葵を抱く腕に力を込めた。
* * *
「あら、あなた……なにしてますのん?」
「いや、な……葵が初めてバベルから戻ってきた時のことを思い出してな。あの頃の写真をつい引っ張り出してたんや」
不承不承連れ回され、半ば不貞腐れてた葵の顔がそこに写っている。
「あの時は葵に悪い事をしたなぁ、と思てなぁ。
あの後からやろ、遊園地やらなにやらでエスパーへの入場規制が格段に厳しなったんは?」
結局、『家族揃って遊園地』いう目標は適わん願いになってしもうた。
後悔は先に立たん、とは言うけど、あまりにも残酷な仕打ちや。
「ワシ、今でも思うねん……葵の言うことを聞いてたら良かったなぁ……て、なぁ。
あの歳から金の心配させて、思い出を犠牲にしてしもうたんやなかろうかなぁ、てな」
「そうかもしれまへんねぇ。
せやけど、あの子もアホやないでしょ?
ああも離れて育ってると言うのにユウキともちゃーんと仲良うしてるやないですか―― 明るい、優しい子ぉに育ってる……これは間違いないでしょ?
ほら……こんな風に」
指差す写真は葵の笑顔。
不貞腐れていた事を忘れてユウキとじゃれあう眩しい笑顔を収めた幾枚もの写真であり、暗く沈んでいたワシの心を照らす灯りや。
「……そうやな―― あの子は明るうて、優しい子に育ってくれた。ホンマ、ありがたいこっちゃで」
そこまで呟いたところで、携帯が振動する。
お―― 葵からのメールや。
「『遊園地に行って来たで!貸し切りいうのも格別やなぁ』やて―― 国家権力いうのも、えらい事するなぁ」
皆本ハンも無理してくれたんやなぁ―― ワシは感謝の思いと共に貼付ファイルを開く。
―――――――― 誰や、こいつは?
「あなた―――― 何してますのんッ?!」
「止めるなッ!!止めたらアカンッ!!こうしてる間もその白髪のガキがッ!!」
ワシは、覚悟を完了していた。
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