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秋、思い出すままに 6

秋、思い出すままに 6

皆本と由良は秋江と同じにホールで好美を見守った後、警備スケジュールに沿って会場となる講堂周辺の巡回する。
 何度か超能力を使うが怪しいエスパーもおらず何か起こりそうな感じもない。



「他の部署も異常ないみたいね」由良はいじっていた髪飾りから手を離す。
髪飾りはリミッターを兼ねた通信機で指揮所に『異常なし』の連絡を送ったところだ。
「結局、予知部のポカみたい。まっ、珍しい事じゃないけど」

「なら、めでたしめでだしなんだろうけど‥‥」
皆本はわずかに平穏を残念がっている自分に顔をしかめる。気分を変えようと、
「そういえば、訓練生を辞めてどうするつもりなんだ?」

「やってみたいって思っていることがあるから、それに挑戦してみるつもり」

「へ〜え、目標があるんだ?」意外といえば失礼だが、けっこう前向きだと思う皆本。

「ちょっとそれはないんじゃない!」由良は疑問型に怒ってみせる。
もちろん会話上のスパイスみたいなものだが。
「もう一度、劇団か何かに入って女優になる勉強しようかなって。明石さんのポスターに見とれていたのもそんな事を考えていたからよ」

「でも、それは‥‥」『前に止めた道じゃないか』と続けるのは止める。
小学生低学年での挫折は挫折とは言わないだろう。

「そういうこと。それに前だって、あの事さえなきゃ辞めるつもりなんて全然なかったんだから」

「『あの事』って?」

「私って小さい頃のエスパー検査は陰性だったのよね。それが劇団に入ったあたりで超能力中枢が活性化、テレパシーが使えるようになったの。エスパーになった私が最初に何をしたと思う?」
問いの形だが返事を待たずに続ける。
「劇団の指導員の心を読んだの。そうすると演技とかでそれまで褒めてた事のほとんどが嘘だって解ってしまったんだ、これが」

「それは酷いな」

「そういう話じゃない」由良は『違う違う』と手を振る。
「あるでしょ。力を伸ばしてやろうと嘘でも褒めることが。もっとしっかり”読ん”どきゃ、それも解ったと思うんだけど、その時は嘘をつかれたって僻んじゃって。そこにもう一つの能力に注目したバベルからのスカウトがあってもんだから乗り換えたのよ」

‘心を”読める”というのも善し悪しという事だな’と心でつぶやく皆本。

精神感応系エスパーのそうした苦悩はよく耳にする。

 ゼミの教授から聞いたが、とある大学の教授が超度7級の後天性テレパスで、外から流れ込む思考を避けるために、家族を捨て南米あたりのジャングルでずっとフィールドワークに明け暮れているそうだ。

「知ってる? スカウトされたテレパス系のエスパーがバベルで最初に学ぶことが何か」

「さあ‥‥ 心の巧い”読み”方とか」

「ブー! 答えはその逆。どうすれば心を”読まない”で相手に向かい合えるかよ」

「本当なのか、それは」

「ってジョークは何十年も前からあったりして」と由良。小さくため息を吐くと、
「ホント、超能力が発動するのがもう少しその辺りの分別がある年頃だったらなぁ って。劇団を続けていれば、今頃、実力派美少女女優として秋江さんと一緒に講演をしている可能性だってあったかも‥‥ なんちゃってね」

自分で『美少女』と言ってるあたりで冗談にしているが、やむをえないとはいえ当時の選択を悔やむ気持ちは今も強いのだろうと思う皆本。

「今度はしっかりとやってみるつもり。だいたい、私の超能力って女優向きだとは思わない」

「‥‥かもしれないな」ざっと想像してみる皆本。

彼女の超能力であれば自分に観客がついてきているかは判る。そうした情報のフィードバックがあれば、技術向上への大きな指針になるだろう。

「でしょ! せっかく授かった”力”なんだから役立たせなきゃ損だものね」

「ああ、バベルだけがエスパーの進路ってことはないもんな。エスパーにはノーマルにない”力”がある。それを使えばどこにでも行けるし何にでもなれる‥‥」
そこで呆気にとられた顔で由良が見ているのに気づく。バツが悪そうに、
「ちょっと”滑った”か! 世間のことも良く知らないノーマルが偉そうに言っても説得力はないよな」

「たしかに、学ランのにーちゃんが言っても説得力は今一ね。でも、テレパシー抜きでも先輩が本気で言ってくれているのは判るから心にはちゃんと響いているわよ」
由良は少し遠くを見る。
「先輩、世の中にいるエスパーのためにこれからもその気持ちを大切にしてよね。自分に悩むエスパーって、そんな心と言葉を持っているんだから」

『判ったよ』と大きく皆本はうなずく。少し微笑むと、
「まあ、エスパーを相手にそんな説教をする機会なんてそうはないだろうけどな」

「それもそうね」と由良。大きく伸びをすると、
「さてと。将来も決まったことだし、こっからは気楽にいこうか。お互いこんなイイ男とイイ女なんだからもっと楽しまなきゃ勿体ないわよね」
そう言ってこれまで以上に体を少女は皆本に密着させる。

「あ、あんまり、くっつくなよ!」その振る舞いにあわてる皆本。
 周囲から向けられる視線、特にパートナーのいなさそうな女性からのが”痛い”。

「いーじゃん ”水元せ・ん・ぱ・い”」
 そのような視線をさらに挑発するような甘い声でささやく由良。

 そのいかにも意地悪く楽しそうな少女を見て皆本は閃くものを感じる。
「!! 待てよ! 楽しむ! そうだ! 楽しいに違いない!!」

「いったい何が『楽しい』の?」由良は少し体を離し怪訝そうに尋ねる。

「ストーカーに決まっているじゃないか」『当たり前だろ!』と皆本。
「奴はこれまで警備を出し抜き好きにやってきたんだろ?」

「らしいわね。警備しているにもかかわらず、控え室なんかに侵入の跡があったり何か盗られたり。盗撮写真や”ピー”なメッセージが残されていたことなんかもあったって話」
由良は一人の女性として怒りを込めて答える。

「で、ここでも似たようなことをしてやろうってことなんだろ。その機会を窺っている今の気持ちっていうのは、緊張の一方で、すごくうきうきして楽しいんじゃないかって思うんだ」

「ストーカー行為が楽しみっていわれてもねぇ」
 そういう発想する事自体愉快じゃないと由良。しかし理屈としてはそれなりに”筋”は通っているとも思う。
「でも、そんなうきうき楽しいって気持ちの人を割り出したってここいら全員が引っ掛かるだけじゃない?」

「それだけの条件だとね」ちゃんとそこは計算済みと皆本。
「そこにエスパーって条件も付け加えれば絞り込めるんじゃないのか。エスパーは君固有の属性だからそれを付け加えることはさほど難しい事じゃないだろ」

由良は皆本の強い確信に押され可能性を測る。
「何とかできそうな気はするけど‥‥ やっぱり、意味はないんじゃない。ここにいるエスパーを割り出すのと変わらない気がするんだけど」

「でもないさ」皆本は壁の貼り紙を視線で示す。

それを追った由良は不愉快げに眉を寄せる。

貼り紙はあちこちに掲示されているもので、校内でのリミッター着用を強く求めている。付記によれば、持っていなければ無料貸し出しをするそうで、もし身につけていなかったり着用していても解除されている場合は会場からの退去も有り得るとしている。

「人が集まる場所じゃ普通だし今回はストーカー対策もあるから余計なんでしょうけど‥‥ ホント! こういうのを見るにつけノーマルって超能力を使える状態のエスパーを信用する気がないのが良く判るわ」

「まあそれはそれとしてだ」エスパーの憤慨は解るがノーマルとしては微妙な皆本。

エスパーを信用することにやぶさかではないが、人という生き物は必ずしも信用できないからだ。興奮とかで意識しないままに発動した超能力が問題を起こす話はしばしば耳にする。

「こういうのに加えてあちこちにECMが展開されているだろ。何も知らないエスパーだと、君がそうであるように思ってあまり楽しめないんじゃないかな。もちろん、まったくの素人考えだから無駄骨になるかもしれないけど」

「まあ、ここまで嫌っていうほど無駄骨を折ってきたから1回ぐらい多くても一緒。それにせっかくの先輩のアドバイスだし、貸し一ということで試してあげるわ」
何気に恩着せがましく応える由良。ニヤリと笑い、
「ということで、先輩! 抱きしめてちょうだい! そうすればうきうき楽しい気分に‥‥」

ずさっ! 『抱きしめ』のところで皆本は血の気の引いた顔で後ずさる。

「アハハハ 冗談だって」大きく笑う由良。
「その姿で”楽しい”気分になれたわ」

‥‥ 『からかう場面か!』とふくれっ面の皆本。

由良は再度軽く笑うと集中に入る。

 しばらくして、
「ホントだ! 心から楽しんでいるエスパーってそういないみたい。ここ周辺でだと五人かな‥‥ うち三人はほとんど同じ場所で講演会場前−講堂の入り口辺り。少し離れて一人‥‥ うん? 最後の一人はわりと近く。少し前までここにいて、今はこの方向に移動中」

「おっ、おい! そっちは?!」皆本は由良の指す方向に顔を曇らせる。

その方向には『立ち入り禁止』のプレートがぶら下げたロープが。由良の言葉通りとするとそのエスパーは少し前にこのロープを越えて行ったことになる。

「バベルに連絡を入れるべきじゃないのか?」

「‥‥ まだ早いと思う。ここの職員かも。もう少し情報を得てからでも遅くないんじゃない」
 一瞬、悩むが由良は提案を退ける。

『それもそうだ』と受け入れる皆本だが、どこかに功名心−重大情報を独りでものにしたい−が働いているような気がして不安を感じる。



ロープをくぐった二人は由良が先導する形で立ち入り禁止区域を進む。

「そのエスパーの動きは? 気分が変わって見失うとか」

「大丈夫、一度 コンタクトすればしばらくはそれを保っておける‥‥」
楽観的な由良から余裕が消える。
「ダメ! 見失ったわ。建物の周りにかなり強いECMが張られている」

‘ってことは、この場所はエスパーについて特別な警戒をしているわけだから‥‥’
嫌な予感がわき上がる皆本。



回り込んだところで足が止まる。出入り口があり、そこに門番のように控えたメイド二人が行く手を遮ったからだ。

「この建物は講演者の控え室があって立入禁止です。すぐに引き返してください」
 メイドの一人が事務的に告げる。

‘やっっぱり!’と皆本。
「あの‥‥ 少し前、ここに誰か‥‥ 怪しい人は来ませんでしか?」

「誰も来ていません、少なくとも怪しい人は」
メイドが目で『君たちでしょう、怪しいのは!』と語る。

『そいつはエスパー、超能力であなたたちを誤魔かした‥‥』
そう訴えようとする皆本だが、この周辺はECMが作動しているという事実を思い出し口を閉める。

 それでも食い下がろうとするところ、腕を絡めた由良により強引に引っ張られる。



建物の陰まで戻ったところで不機嫌そうに腕をふりほどく皆本。

由良は困った顔で、
「先輩、何を怒っているのよ! 適当なところで切り上げないと先輩自身が怪しい奴ってことになっちゃうじゃない」

とりあえず相手側が話を聞いてくれたのは、どこまでも誠実そうな雰囲気が皆本にあったこととカップルだったからだろう。それが何時までも通用するはずもない。

「だからと引っ込んで良い話じゃない!」皆本は語気を強める。
「だいたい、どうして君は特務エスパーだって事を明かさないんだ? そうすれば、怪しまれることもないだろに」

「それはどうだか‥‥ 今回の任務って明石さんの立場を考えて極秘なの。”上”はともかく一般の警備の人たちには私たちのことは知らないわ。ここでそんな話を持ち出しても不審がられるだけよ」

「じゃあ、バベルに連絡を入れて‥‥」
言いかけところで提案が実際的でないことに気づく。

バベル−学園−現場と情報が動いていくのに無駄な時間が費やされるだろうし、何よりも‥‥

「そうよ! 私たちが追っている事が間違いだったら赤っ恥じゃない。『ソレ見たことか!』で辞めるなんて真っ平御免ね!」
皆本の推測を通りを言い捨てる由良。
「だいたい、私の超能力の発動確率から考えてもハズレの可能性の方がよっぽど高いんだから」

「判った! なら、ここからは僕一人で調べてみる」

「ちょ‥‥ ちょっと、冗談じゃないわ! 何でそこまでしようなんて思うのよ。だいたい、先輩ってこの件については何の関係もないでしょう」

「聞いた段階で十分関係してしまっているさ」皆本はきっぱりと応える。
「そして、もしこの後何か起こってしまったらすごく悔やむって思う。だったら、自分が間違ったことがはっきりと判った方がすっきりするっていうもんだ」

「穏やかそうに見えるのにずいぶんと頑固なのね! こんな男だって判っていたんだったら声なんか掛けるんじゃなかった」
由良は全身で脱力を示すと、一転、表情を強くし、
「こうなったら開き直るしかなさそうね。先輩、いざとなったら任務だって事、言って良いわ。上手くいけばすぐに通してくれるかもしれないし」



再び近づく皆本と由良を認めたメイドの表情は厳しくなる。それと判る動作で一人は迎え撃つ位置にもう一人はそれを援護する位置を占める。

由良には悪いが任務ということを明かすしかないと皆本は堂々と二人の前へ。

そこで一触即発の空気が一転。援護のメイドの表情が急に弱気なものに変わり、少し遅れて前衛のメイドも気弱な顔つきになった。

 二人の目線から皆本は変化の理由が首から提げたままになっているチケットにあることに気づく。

 とっさの判断でこれみよがしに(同時に持った手で元の持ち主の名前が書かれた部分を覆い)チケットをかざす。

 これからやることは後に問題になることは明らかだが、第六感というべきものが時間を優先するように求めている。

 あらかじめそのつもりであったかのような自然な所作で、
「見ての通り僕には特別な行動が認められている。それもで邪魔をするつもりならこっちにも考えがある! 黙って通すかそれとも‥‥」

「判りました!」「お通り下さい!」
 恐れ入ったかのように二人のメイドはうやうやしく道を空ける。

 当然の対応と意図的に軽くうなずく皆本はその大胆すぎる演技に呆然としたままの由良の手を引き建物に入った。



しばらく不安そうに視線での会話を交わすメイドの二人。”裏”を取ろうという事で意見が一致する。
自分たちの指揮官を呼び出そうした時、その当人が通りがかった。呼び止め事情を説明する。

「あんバカ! いったい誰にチケットを渡したのよ」
説明の半ば、その人物は目一杯の怒りでそう言い放つと伸縮式の特殊警棒を手に走り出した。
 何と一週間以内!! って、平行して何話かを書くスタイルなので不思議でもなんでもないのですが‥‥ 『承』が終わり『転』、よければ今後もおつき合い下さい。

 恒例によりこの場でのコメント返し。

 CORK the Superman様、初めまして、よりみちと申します。このたびコメント&賛成をいただきありがとうございます。
>エスパー探査……というか検索能力‥‥
アイディア勝負の合成能力、評価していただきうれしく思います。
 オリジナルな分だけ、効果や制約などニュアンスが伝えることが難しく、やはり上手く描けなかったようです。こんな作品ですが今後ともご贔屓をお願いします。

 aki様、毎回ありがとうございます。
あれこれもたつきながらもようやく事件が動き出しました。ここより後半、お楽しみいてただければ光栄です。

アミーゴ様、初めまして、よりみちと申します。このたびコメント&賛成をいただきありがとうございます。
こんな拙い作品の書き手にそこまで言っていただけ感謝しております。その期待に応えられるよう頑張りますので、いっそうのご贔屓、よろしくお願いします。

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