8007

そこに○○があるから……

 夏……それは罪な季節。
 海辺ではあまたの若者が惜しげもなく肌を晒し、己が肉体を誇示し異性を魅了せんとする。
 だが、それはあくまで海辺の話。

「はぁぁぁぁぁあぁぁ、こうも暑かったら外になんて出てられまへんな〜」

 美神除霊事務所では、バイトのバンダナ男子高校生がだらけきった様子でクーラの風を堪能していた。

「横島クンあんたねぇ……バイト休みの日まで来てるんじゃないわよ」

 事務所の所長であるボディコンスーツの美女、美神令子がこめかみを震わせながらなるだけ穏やかな嫌みを述べている。
 露骨と言う無かれ、はらわたの煮え来る温度に比べれば遙かに常温に近いのだから。

「いいじゃないっすかっ!! 俺の部屋、扇風機もブッ壊れてるんですよっ」

 横島は涙ながらに訴えかける。

「……ったく、しゃーないわね……荷物持ちがいざって時に使えなくても困るから居て良いわよ」

「おぉぉぉっありがとうございますっ、そんでもってついでにその豊満な胸で慰め゛っ」

 メゴッ

 鈍い音共に肘がめりこんだ顔面が落下する。

「調子に乗るんじゃないっ!!」

「み、美神さん、ほどほどに……」

 ふよふよ〜と人魂従えて止めにはいるのは巫女装束に身を包む事務所の良心・幽霊娘のおキヌちゃん。

「ーっ、そうね、あんまり無駄に動くと体温上がるしっ」

 言って、追い打ち攻撃のための神通棍を仕舞っていた。

「……ま、このリビングにいるのは許したげるわ。ちょっと取りに行くものあるからここから離れるけど絶対でるんじゃないわよっ」

「へーい……」

 床にめりこんだままの横島がフラフラと手を挙げる。

 カチャッ

 ドアノブが音を立て、リビングには静寂が残る。

「えっとぉ横島さ〜ん、大丈夫ですか?」

 ふよふよとめりこんだままの横島のそばまで来ると、心配そうにのぞき込む。

「大 丈 夫 た゛よ゛。お゛キ゛ヌ゛ち゛ゃ゛〜 ん゛」

 かろうじで絞り出された声はどう考えても大丈夫とは思えない。

「ま、まぁ、声が出るようですからきっと大丈夫ですよね? ね?」

 幽霊なのに冷や汗を流す姿が可愛らしくもある。

「美神さんが戻ってくるまで、そこのソファに横になりますか?」

 その優しい声音にきっと多くの人が「癒し」という物を実感できるに違いない。
 普通ならば怪我をしていようがこの声で痛みが和らぎ、その言葉に従って安らかな気持を感じることができるだろう。
 しかし、ここにいる横島はその癒しで取り戻した元気の使い道がひと味違うのだっ

「おキヌちゃん……」

「はい」

「登山家は何故山を登る?」

「は?」

「登山家は言うっ、『それはそこに山があるからだっ』と」

 床にめりこんでいた横島はゆっくりと、しかし、確実に起きあがっていく。

「は、はぁ……」

「ここはどこだ?」

「えっと、美神さんの事務所です」

 ピンポンピンポンッ

 どこからともなく正解のチャイムが鳴り響く。

「そう、ここは事務所っ 美神さんがっ シャワーを浴びたりっ 着替えたりっ ベッドで横なったりする物までそろっているっ」

「え、え〜と?」

 額に冷や汗をタラーと流し、ポリポリと頬を掻きながらおキヌは困った表情を浮かべるしかない。

「このチャンスにっ 探索せずして、何が男かっ!! やったるでぇっ、俺はっ、俺はこの千載一遇のチャンスを最大限に生かしちゃるっ!!」

「でも、美神さんはここからでないようにって……」

「おキヌちゃんっ!!」

 横島はがばっと起きあがるとおキヌの両肩をガシッと掴んで、この上なく真剣な眼差しで見つめる。

「男には……やらねばならない時があるんだっ」

「……え〜と」

 平和なおキヌにこの煩悩暴走列車を止める術があったろうか? いや、なかろう。

「さ〜、早速いくで〜」

「あ」

 おキヌが呆然としている隙に横島は既にドアノブに手をかけていた。
 扉の向こうには美神の私室がある。

「いざっ、宝物庫へっ!!」

「ちょ、横島さぁぁぁんっ」

 そして、横島は扉の入り口で立ちつくした。

「横島さん?」

「お、おほぉぉぉぉぉおおおぉぉおぉぉぉぉっ」

 恍惚とした表情が完全にイっちゃっている。
 ただならぬ様子におキヌも慌てて飛んでいく。

「あの?」

「ぬはあぁぁぁぁぁっ、なんとっ、なんということだっ!!」

 横島はおキヌの声がまるで聞こえていない様子で部屋の中を凝視していた。
 おキヌもつられてその視線の先を追いかける。

「ひも?」

 そうとしか形容しようのない布がそこには置いてあった。
 四角いお盆のような物の上にV字にカッティングされたひも状の赤い布。
 江戸生まれのおキヌにはいまいちそれ何なのか分からない。

 しかし、煩悩溢れる横島の脳裏にはそれが何かはっきりと明示されていた。

「なんというっ、なんというっ、ハイカット水着っ!! 超Vっ!! 背中に至っては紐っ!!」

 感涙にむせびながら横島は全身を震わせていた。

「え、え〜と?」

 おキヌは知識を総動員する。

「水着?」

 彼女の知っている水着はもうちょっと布地が多く使われていたような気がする。

「このほとんど紐な水着をあのダイナマイツボディが……っ」

『おいで……』

 声にならない意志の伝播があった。謎の反響と共に直に頭に響く。

「あ……」

「え?」

 フラリと夢遊病患者のような足取りで横島がその水着に近づいていく。

 ゾクッ

 おキヌは全身に寒気のような物を感じていた。

「だ、ダメェッ!! 横島さんっ!!」

 とっさに飛び出す。

 そして、横島よりも先にその水着に触れてしまった。

 カッ!!

「あっ、あぁっっ!!」

 おキヌの全身が光に包まれる。

 ポムッ

 小さな煙を立てて、おキヌの巫女装束は、V字カットの水着に早変わりしていた。

「えっ?」

 思わず耳まで真っ赤に染まっていた。

 凄まじいほどのハイレグカット。ほとんど紐と見まごうばかりの細くて薄い布地は、乙女の柔肌を惜しげもなくさらけ出し白日の元に開放する。
 彼女の全身ありのままの美しさを余さず表現するがためにぴったり張り付いていた。

「……」

 横島が固まっていた。

「……」

 おキヌも固まっていた。

 互いの視線が重なり合って、横島の視線が少し下がった。

「うひゃあぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁっ!!」

 おキヌは思わず悲鳴を上げて両手で体を隠すように抱きしめ、かがみ込んでしまう。
 正体不明の気恥ずかしさに全身を朱に染めながら、体全体を背けて、横島に背中を向けていた。

「ぶふぁっ!!」

 しかして、横島の絶叫が背中から聞こえてくる。

 
 背中は……紐一本だった。







「くぉのっ!! バカ横島あぁぁぁぁあああっ!! 除霊中の『あぶない水着』にわざわざ近づいてんじゃないわよっ!!」

 絶叫する美神の声が事務所をびりびりと震撼させる。

 しかし、その声が横島に聞こえているかははなはだ疑問だった。

 だって、床に真っ赤な血ザクロを咲かせているから。

「たくっ、おキヌちゃんにまで迷惑かけて」

「えっと、あの……その」

 おキヌはいつも通りの巫女装束に戻っていた。

「その、美神さん」

 口元に手を当てて、おずおず気恥ずかしそうに、それで居てちょっと熱に浮かされたような表情だ。

「ん?」

「……ハイレグって、ちょっといいかも」

「へ?」

「きゃーっ、私ってば、私ってばっ!!」

 真っ赤になってぴょんぴょん飛び跳ねる彼女は今日も明るかった。

 そこに彼女が在る限り、きっと事務所は平和だろう。



お し ま い
こんばんわ、長岐栄です。
画像掲示板にあるはっかい。様のおキヌちゃん水着絵のあまりの破壊力についつい筆を執ってしまいましたw
http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gazou/imgf/0030-img20070511020626.jpg
と言うわけで「この そうびは のろわれている」に本作を貢がせていただきます♪
ω・`)ノ 受け取ってくださいませ♪

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