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秋、思い出すままに 5

秋、思い出すままに 5

「えっ! 『辞める』って、特務エスパーを辞めるってこと‥‥」
 意外な一言に皆本のトーンが上がる。

「そういうことになるかしら」由良は淡々と肯定する。
「あぁ、言いそびれていたけど私は正式な特務エスパーじゃなくて訓練生、今日、一時的な形でなっているだけ。だから辞めるっていうのも訓練学校のことよ。もともと良くなかった成績が最近さらに落ちてね。『落第』って言われるのもしゃくだから、その前に辞めちゃえって話。制服を着たのも辞める記念って感じかな」

「バベルで『成績』って事は、超能力が巧く使えないってこと?」

「まあねぇ」由良はひょいと肩をすくめる。
「そういえば私の超能力が何かって話してなかったよね」

「テレパス‥‥ あれっ?! 特務エスパーの超度は最低でも『5』だって話だよな」

「そういうこと。私のテレパスとしての超度じゃ採用基準に足りないわけ。私が候補生になれたのは別にテレパシーの変形発動型の超能力があるからよ」

「どんな風な? ‥‥って秘密なら話さなくても良いけど」

「秘密にするほど大した”能力”じゃないわ」由良は軽く手を振ると薄く目を閉じ集中。
「そうね‥‥ 私の後ろ、向かって右側2mほどに誰かいない? 歩いているはずだけど」

「いるよ。メイド姿だからこのクラスの生徒かな。少し筋肉質で金髪、スポーツ系の留学生ってとこだろう」
唐突な話の振りに皆本は見たままを答える。

「その娘、エスパーよ。超度は割と高くてPKタイプ‥‥たぶん肉体強化系じゃないかな。まあ、超度とかタイプはあんまり自信はないけど」
そう言いながらも由良は自信を見せる。
「能力圏内でエスパーを見つけ位置とか動きとかを把握できるの。条件が良ければおよそのその超度とかタイプなんかも判るわ」

「‥‥ すると、さっきまでのはエスパーを割り出していたのか」
最初に感じた疑問の答えを得る皆本。

「ええ、そうよ。その上で様子の変なエスパーや学ランのエスパーの視覚イメージを指揮所へ”送信”するのが私の任務」

「それに基づきバベルがその人たちをマークするわけだ」

「どう使うかは良く知らないけどね」と由良。
「付け足せば、エスパーを見分けるのは”能力”の一部で、厳密には特定の精神状態や感情をピックアップしその持ち主を特定できる事。有効半径は約100mで対象数とかに制限はないわ」

「へ〜え。ということは‥‥ 今回みたいな件にもってこいの超能力ってわけだ」

 つまり、目の前の少女は不特定多数の人数が集まる場所で特定の人物−例えばテロを起こそうと考えている人物−を割り出せるということ。もちろん、普通のテレパスでも似た事はできるだろうが、個々に”読む”のでは数をこなせないはずだ。

 バベルが特務エスパーにというのも当然と思う。

「”上”の期待に沿えてればの話。言ったでしょ、成績が悪いって」

「どんな風に?」触れられたくないか思うがあえて聞いてみる。

由良は気にする風もなく、
「割り出すには、まず捜したい相手の感情や精神パターンと自分の心を”同調”しなくちゃならないの ”同調”のニュアンスは解る?」

「同じ気持ちになるってことだろ」

「微妙に違うんだけど、まあその理解で良いわ」一呼吸間を空け、
「エスパーの割り出しは自分もエスパーだから楽で確実なんだけど、他の感情とか精神パターンとなるとまったくダメなのよね。例えば、今回、何かしでかしそうなエスパーって、明石さん母娘につきまとうストーカーらしいんだけど‥‥」

‘ストーカー??’狙われている当人には悪いが、えらく俗な問題での出動だと思う。

 訊いてみると、出動はバベルの調査でもその正体や超能力が判然としない事と一般的なエスパーを想定した警備では防げない事を重視しての事だそうだ。ちなみに、多くのECMが持ち込まれ稼働しているのは、その正体不明の超能力に対する苦肉の策らしい。

「で、先輩。そいつの気持ちって先輩は想像できる?」

「それは‥‥」返答に詰まる皆本。
 たしかにそうした人間が何を考えているか、どういう感情なのかを想像するのは普通の人には難しいのかもしれない。

「私の”能力”を使う対象って、結局のところ犯罪者でしょ。そいつらが何を考え、どんな気持ちなのかなんて、普通の人間に判るわけないと思わない。まあ、殺意とかなら殺したい奴はいるから判るんだけどね」
由良はシャレにならないことをさらりと付け加える。
「実際、先輩に会う前にストーカーが気持ちを想像して試したんだけど手応えはなし。ほとんどヤケでHな気分を想像したら、山のように対象が出てしまうし」

これ見よがし周囲のカップルを見渡す様に皆本としては引きつった笑いを浮かべるしかない。
そうした条件で割り出しをかければ相当数の男がひっかかるだろう。

「要するに、特定の人物を選び出そうと条件を絞って間違えれば何も見つけ出せないし漠然とした条件だと余計な連中まで数に入っちゃうわけよ」

「その辺りをアドバイスする人とかは? たしか‥‥ 現場運用主任って仕組みがあって超能力の使用をサポートするようになっているんじゃなかったっけ」

「まあね。今日だって私の隣にそれに当たる人がいるはずなんだけど、近くにいると不愉快で超能力が使えないからっておっぽってきちゃった」

「おいおい、そんなことして良いのか?」

「良いのよ! 言ったみたいにエスパーの精神状態が優先なんだから」
皆本の心配を由良は無造作に笑い飛ばす。
「そいつって私の現訓練官、先の運用主任って役どころなんだけど、親父みたいにガミガミ言うしか能がないの奴で相性は最悪で最低! この前も成績が落ちきてたのはお前が嫌いだからって言ってやったぐらいよ」

「難しいものなんだろうな」と皆本。
 こういう問題には双方の言い分があるだろうからそう言うに止める。

「そもそも犯罪者と”同調”するのが嫌なのよね。何が悲しくて犯罪者や今回みたく変質者と同じにならなきゃなんないのって!!」

茶化すようには言っているが心底嫌がっていることはテレパスでない皆本にも判る。

「そんなこんなで発動率は10%以下。これじゃバベルの方で見限るのも当然といえば当然よね」

「『役立たずって』‥‥ 超能力って心の持ちようと使い方なんだろ。そんな風にあっさり見限るように言うもんじゃないと思うけど」
自分の可能性を見限ったような台詞に皆本は苦言を呈する。

「これでもスカウトされて十年、いろいろな研修や訓練を受けた結果よ。あっさりとあきらめたわけじゃないわ!」

皆本はその強い反発に彼女なりの葛藤があった事を悟る。
「こめん! また良く知らないのに勝手なことを言ってしまったようだ」

「ホント、先輩って何でもかんでも真っ直ぐに考え口に出す質なんですね」
由良は少しオーバーに肩をすくめるとやたら大人びた笑みで、
「でも、そんな率直なトコや間違いに気づくとすぐに謝れるトコ、けっこう可愛いと思うわ」

‥‥ そういした言い回しが愉快でないことを無言で表明する皆本。

 その表情も『可愛い』と少女は微笑む。そこで表情をあらたまったものにすると、
「どうやら好美さんが着いみたい。そろそろ任務に戻んなきゃ。先輩、ここまででありがとう。一緒に過ごせた時間は楽しかったわ」

「ちょっと待ってくれ! 僕も行くから」
 皆本は立ち上がろうとした由良を押しとどめつつ、ちょうど届けられた飲み物を一気に喉に流し込む。

「えっ! 一緒に来てくれるの?」由良は声のトーンを一つ上げる。

さっきはその人の良さに甘えるつもりで協力を口にしたが、直後には拙いことを言ってしまったと後悔を感じていた。
 皆本が指摘したように、部外者はどこまでいっても部外者、いくら今回のように簡単で危険のない任務であっても、成り行きでどのような迷惑を掛けるか判ったものではない。

自分の超能力や任務の一端を明かしたのも、断れる口実を提供しようと思ったからだ。

ごほっ!‥‥ 一気飲みのせいで軽くせき込むも心遣いは判っているとウィンク。

ここで引くのが双方にとって無難であることは承知だが、アドバイザーとしてなら手を貸せそうな以上、放っておくのは後悔を残すだけと心得ている。

少し(自分的には)気取って、
「もちろん君が迷惑だと言うのなら別だけどね。だいたい、ありきたり展示とかを見るよりはバベルの活動を側で見る方が僕にとってはずっと興味深い話だ」

 少女の負担にならないようにとの台詞だが、言ってしまってから、心の一部で本気にそう思っている”自分”がいる事に驚く。どちらかといえば控えめで常識という範疇から出ないタイプだと自分を規定していたが、意外に大胆な決断を下す”自分”が心のどこかにいるのかもしれない。




「取材を受けていただき感謝します」
 控え室に通された狽野は出迎えた秋江に握手の手を差し出す。

 ちらりと一瞥しただけで一蹴する秋江。厳しい視線を背後に送り、
「取材はメモだけのはずでしたよね。後ろの方がカメラを用意しているのはどういうつもり? それを理由に取材を拒否しましょうか?」

「ああ、やっぱダメか! 見逃してくれるかと少しは期待したんですがね」
 狽野は特に拘ることもなくカメラマンに顎で、
「仕方ない。てめぇはそこいらを一回りしてこい。カメラは持ってけ、適当に撮ったモンでも使える”絵”に出くわすかもしれねぇからな。それとここのお嬢さん方を撮る時には気をつけるんだ。てめぇのような怪しげな奴が怪しげにカメラを向けると叩き出されるだろうからな」

ずいぶんの言いようだが、厳つい体つきに比べどこか性根が弱そうなカメラマンは言われるままに大時代なビデオカメラを担ぎ部屋を出る。

「引き際は心得ているようね。伊達に、長年危ない橋を渡ってきたわけじゃないってことかしら」

「引き際もちろん押し時だって十分に心得ていますよ」
 狽野は馴れ馴れしげに笑う。爬虫類を連想させると言えば爬虫類に失礼だろう。

「で、今日がその『押し時』ってわけ」秋江はソファーに腰を下ろす。
「今日の取材といい、最近、私の周りをあれこれ嗅ぎ回っているようだけど、何か気になることでも? 私にはあなたに嗅ぎ回られるような心当たりは何もないんだけど」

「そうですかねぇ あるといえば色々とあるんじゃないですか」
 狽野は勧められてもいないのに対面する位置に座る。ジャケットから取り出した今時は古くさい手帳を開き、
「二年前の離婚の真相も未だ明らとはいえないし、ここ何年かは本宅を空けて住まいを転々とされているのも気になってます。それに下の娘さん‥‥ 薫ちゃんでしたっけ、たしか七歳になったはずですが、いっこうに噂は聞こえないでしょう。好美さんだと同じ頃、劇団に入ったりとかで何度も話題になっていたように記憶しますが」

「十年、その間に考え方が変わっても不思議じゃありませんこと。今は家族のプライバシーを売り物にするつもりはないということです」

「そこはそれでいいとして」狽野は手帳を収める。
「何より興味深いのは、そうしたネタを追う同業者がいないという事。どれ一つとってもけっこう美味しいネタなんだがねぇ」

「じゃあ、あなたが追ってみては? 美味しい思いができるかもしれませんよ」

「美味しい思いは大好きですが止めときましょう。どうもそれらのネタは地雷というか鬼門のようですからね。さっき『いない』って言いましたが、興味を持った奴は何人か知っています。ところがそいつらみんな、何故か手を引いちまってね。中には超能力の不正使用も厭わない超度5のテレパスなんての猛者だっていたんですがね。いったい、誰がどんな圧力をかけて取材の自由を妨げていることやら‥‥」

「それが先生だとでも言いたいんですか?!」秋江より早く後ろに控えた梨花がなじる。
「そのような無礼な言動は私が許しません。超度は3でもあなたの横っ面をひっぱたくぐらいはできますよ!」

 冷静そうな顔が紅潮しているのとかざした掌が薄ぼんやりと光るのを見て狽野は降伏するように両手を上げる。
「いやだなぁ そんなつもりはまったくありません。たまたま話の流れって奴でしょうが」

「ならいいのですが」もう一度威嚇してから梨花は掌の光を消す。

「ホント、師匠思いだねぇ あんたは」狽野は媚びるように微笑み、
「そういえばそろそろデビューなんじゃ? 決まっているのなら教えてもらいたいね。取材させてもらうからさ」

さりげなく向けられた問いに梨花は視線を逸らせ、
「今のところ、そんな予定はありません」

「それはそれは」やや大仰に頭を振る狽野。秋江を質すように、
「梨花ちゃんがあなたに弟子入りして三年はたつんじゃ‥‥ ルックスは好美さんに劣らないし、以前ちらりと見ただけだが女優としてのセンスも良い。そろそろデビューを図ってやるのが師匠の務めじゃないですか」

「あなたならこの娘がどれくらい大きなハンディを背負っているかの調べはついているんじゃないの」

「リミッターをつけられないとかESP対策素材の部屋や透視防止プロテクターをつけた人の側ではうまく集中できないとかでしたか」
 狽野は自らの取材力を誇るように例を挙げる。
「たしかに”仕事”には不利でしょうな。”生”のエスパーは近づけないって言う”お偉いさん”は多いし、色々と制約のある人は使う方だって敬遠しいところ。しかしそこは大女優明石秋江の一声で何とかなるのでは。娘さんのためには色々とやってるんだ、可愛い弟子のためにしてやっても罰は当たらんでしょうに」

「色んな意味で”らしく”ないわねぇ」秋江はさも不思議と鼻で嗤う。
「あなたが他人(ヒト)の事を気にかけるのも”らしく”ないなら、そんな事でこの”世界”が『何とか』なるって思っているのも”らしく”ない。ヘタな口出しはマイナスにしかならないって事ぐらい駆け出しじゃあるまいし判るでしょう。今の大事なのはハンディを黙らせるだけの実力を身につけること。まだ若いんだから、あと二・三年は勉強したり人脈をつくってからでも遅くはないわ」

「口では何とでも言えますがねぇ あんたがエスパーの味方だって見られるのが嫌で放ったらかし‥‥」

ぱーーん! 乾いた音がして狽野は色が変わった頬を押さえる。

横っ面を張ったのは梨花だ。正確には、手ではなくサイキックパワーによる衝撃波なのだが。
「先生が私のためにどれほど気を遣ってくれているかも知らないくせに勝手なことを言わないで!! もう一言でも‥‥」

「そこまで」『やれやれ』と手を挙げ梨花をたしなめる秋江。狽野に、
「あなたにかかれば、今のは『有名女優の付き人エスパー、超能力でノーマルに暴力を振るう!』って見出しになるんでしょうね」

「僕ならそこにもう一捻りして、『それを許容する大女優の奢り』なんていうのも付けたりしますが」
ニヤリ応じる狽野、頬が痛むのか引きつった顔にしかならない。
「もちろん、この後”友好的”に取材ができれば事を荒立てるつもりはないですがね」

はあ〜 と軽く頭を振る秋江。講演前の休息時間がなくなったことに覚悟を決める。
 え〜 相も変わらずの間隔です。ここで折り返し点というところ。『それがどうした!』と言われそうな作品ですがますが、よければおつき合い下さい。

恒例によりこの場でのコメント返し。

 aki様、毎回毎回、ありがとうございます。
>皆本と由良のやりとりが良い感じでした。
こういうあたりを認めていただくと、本当に嬉しく励みになります(なら、もっと投稿間隔を短くというのはナシで‥‥苦笑)。今後とも頑張りますので、よろしくご贔屓をお願いします。

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