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【DS】花残月暴走曲(はなのこりづきぼうそうきょく)

  
 ※※※※ 花残月暴走曲 ※※※※


 
 時は卯月の第二週。
 満開の桜にやや陰りの見え始め、代わりに足下が桜色に染まる時節。
 つまりは入学式のシーズンと言うやつである。
 
 横島が通う高校も、当然のことながら入学式が行われ、無事終了した。
 どこにでもある、極めてふつーの入学式であるから、取り立てて話すべきことはないのだが……。
 しいて言うなら生徒たちの制服ががらっと変ってしまったことと。
 理事長挨拶で、なぜか六道の冥子ちゃんが壇上に立ったこと。
 教職員の列に春桐さんやジークさん、小竜姫さんやヒャクメさんが居たってことぐらいだろうか。

 ……ぶっちゃけ、六道女学院に理事どもが学校の運営権を譲渡しちゃったことが原因らしい。
 
 なしてまたそんなことに、と言う話になるわけだが、この騒ぎ、ある意味自然の流れと言っても良かった。
 何せ、横島の学校は『なぜかは分からないが』、やたらめったら人間以外の人びととが集まってくるからだ。
 
 
 生徒の鏡と言うべき生真面目な机妖怪。
 故郷の仲間たちを支え助けるべく、オカルトGメン入りを目指すダンピール。
 若干世離れしているものの身を投げ打ってまで真面目に働くドッペル美術教師。
 時折奇妙な発作を起こすものの普段は影の薄い虎変人。
 薄幸の女生徒に憑く、なぜかメキシカンな貧乏神。

 メールが趣味のトイレの花子さんと太郎君。
 学食の店員として雇った、宿直室に住み込んでいる猫又親子。
 いつの間にか武道場に住み着いた座敷わらし。
 プールでおぼれてた河童。
 
 学食で調理師の助手としてせっせと野菜を洗う小豆洗い。
 図書室に入り浸る二宮尊徳像。 
 やたら耳が遠いベートーヴェンの肖像画。
 裸になるのが嫌いな人体模型。
 自ら体の中身を説明してくれるホルマリン漬けの標本。
 
 
 これぐらいまではまだ良かった。
 特に実害は無かったし、理解と良識のある校長のおかげで、どうにか理事会を納得させることが出来たのだ。 
 

 しかれども。

 事あるごとにやたらと破壊を撒き散らす顔は可愛いロボット怪人。
 出席するたびトラブルを巻き起こす、ちぃいとばかり間抜けた顔のQ極煩悩魔神。
 煩悩大魔神を先生と呼び慕い、いつの間にか勝手に体育の授業に参加。陸上系の学校記録を片っ端から笑顔で塗り替え、陸上部員たちのやる気をどん底にまで突き落とした人狼。
 歩いているだけで男子生徒どもを野獣へ変えるなぞの美少女。

 自分のところの部下の不始末を棚に上げて金をせびり取る亜麻色髪の夜叉。
 火を噴く赤ん坊を抱えた、夜叉に学校の備品ごと鉄槌を食らわす美熟女戦士。
 平然と担任教師の買収にかかる煩悩魔人の母親。
 僅か一時間で片っ端から美人女教師(既婚者含む)を口説き落とした、伝説の煩悩魔人の父親。

 この辺あたりの出現が頻発するようになってくると、さしもの理事会も手に負えなくなってきた。
 そんな切羽詰ったところに『偶々』この学校に興味を持ってお声をかけてきたのが六女の理事長さん。
 理事会の人たちはここぞとばかりに学校の経営権を高値で押し付けて逃げた、というわけだ。
 
 ちなみに、教員として送り込まれた某神魔族の皆さんは、六道の計画に乗っかってデタントの新たな段階のテストケースとしてこの学校を使おうと計画した、ちゃっかりものの最高指導者に強制的に派遣されたらしい。

 とにかく、それはいいとしよう。
 六道さんや上の人たちが絡んだ時点で余計な突っ込みは無粋なだけである。

 しかし普通、いきなり学校名が変ったり制服を買い直したりとなると、みんな少なからず戸惑いを覚えたりするはずだ。
 学校の方針によっては教科書やらなにやらも全部買い替え、という場合もある。
 多少のトラブルは免れないはず。

 んだがしかしだがしかし、今回に限ってはなんら問題ないどころか、生徒保護者教師一同無条件に、諸手をあげて歓喜した。
 
 第一に、本校である六道女学院卒業生の就職率進学率ともに95%以上、この手腕がこの学校にも当然受け継がれること。
 第二に、本家の先達たちが作り上げた名声をそっくりそのまま、とまでは行かなくともかなり受け継りこと。
 生徒にとってはそれだけでも社会的には優位であり、感謝こそすれ反対の余地はないというわけだ。
 六道出身者のお墨付きは、伊達ではないらしい。

 ついでに女子生徒たちは憧れの六女の制服が着れるとあって大喜びであった。
 六女というだけで、やたらともて、バイト先でも男どもに優遇されるのは周知の事実である。

 教師にしても、あの六道で教鞭をとった、と言うだけでも教師としては最上のステイタスであるらしく、反対意見など欠片も出なかった。
 決して、給料のアップや定年後の再就職先の斡旋に心躍らされたわけではない。
 多分。
 
 だから、たとえ今期の新入生の中に、角が生えてたり、尻尾が生えてたり、羽が生えてたり、耳が頭に生えてたり、やたらとマッチョだったり、どう見ても小学生だったり、俗に言う妖精見たいに手の平サイズだったりするのが混ざっていたとしても、そんなもんは大したデメリットではなかったのである。
 
 とにもかくにも。
 新生六道学院第二高等学部の入学式は、理事長の話がやたらと眠くなったことを除けば何事もなく無事終了、次なるイベントへと駒を進めることになる。
                     


 入学式より二日目の放課後より始まるそのイベントは、この学校において最も重要視されるイベントと言っても過言ではなかった。

 学力においては中の下、より正確を期すならば、底辺より中央を指すピラミット、と言ったところだろうか。
 お世辞にもほめられるレベルではないが、その代わり、部活動においては全国でも屈指と言われるほど活発であった。
 
 特に文科系の部においては間違いなく日本一の数を誇り、その数五十を軽く超え……つまりは凄まじいまでの勧誘合戦が繰り広げられることになるわけである。
 それは、六道学院第二高等学部として生まれ変わっても、なんら変るところではなかったのだ。


 二階中央に位置する、一年生の教室から生徒玄関へと続く階段のロビーに陣取っていた、生物部のサトウ君は、1−Bの教室から出て来た、金色の髪を九つにまとめた少女に見覚えがあった。
 それは半年ほど前、学校名物の横島忠夫が女子更衣室の覗きに失敗して二階のべランダからノーロープバンジーを敢行した日のこと。
 病院直行と思われた横島が、何食わぬ顔で平然と立ち上がり、無念そうに教室へと戻って行った時、その頭に駆け上がった尻尾が九本ある狐、それこそか彼女である。

 放課後、女子たちに可愛がられまくり、嫌気が差したのか女の子に化けて逃げ出そうとしたが、それがかえって仇となり今度は男子にまで追い回されていたのだから、間違いない。

 欲しい!ぜひとも欲しい!

 サトウ君のメガネの奥のほっそい目が怪しく輝き、プラカードを投げ置くとゆらり、とタマモに近寄っていく。
 もはや、ほかの生徒の勧誘なんぞ必要なし。
 タマモ一人いれば、部員はダース単位でついて来るのは明白。
 何より彼は自分の欲望に忠実だった。彼の頭の中では『私を研究し尽くして』とはにかみの笑みを浮かべているタマモの姿しかなかったのでる。

 一方、ターゲットに指定されたタマモのほうはというと、そこいらじゅうから浴びせられる熱視線にいい加減うんざりしていた。
 入学式のときも、絶えず男子女子問わず情愛の念たっぷりの視線を浴びせられ、クラスに戻っても注目の的、ひっきりなしに話しかけられ気の休まるときもなく、もう勘弁してとばかりに教室を飛び出してみれば、今度は部活の勧誘とやらをしているヤツが目の色変えて迫ってくるのだ。
 唯一のの利点と言えば、浴びせられる視線の中に嫌味が混じっていないことくらい。
 自分が妖狐であることは皆知っているはずで、そうなれば少なからず嫌悪を感じるものがいるはずだ、と思っていたのだが、そんなものは全く感じなかった。

 横島の言ったとおりの連中だわ、とタマモは呆れ半分嬉しさ半分の表情であったが、生徒玄関あたりまで来たときには、その顔はあせりに変った。下駄箱に上履きを入れ、ちらりと横を見ると、手をわきゃわきゃさせ、口からよだれをたらした亡者度もが、すぐそこまで迫っていたのである。

 戸籍上の姉の仕事を手伝っていることもあって大抵の事では驚かないタマモではあったが、下駄箱と下駄箱の間に挟まって蠢いているそれらは余りにもインパクトが強すぎた。

 まるで欲求に駆られて暴走した横島が百人に分裂して襲い掛かってくるような恐怖を感じ、タマモは甲高い悲鳴をあげると、くるっと背を向けて走り出す。
 我ながら、よく狐火をかまさなかった、と感心しつつ校庭に飛び出すタマモ。
 振り返ると、詰まった連中が『タマモちゃーん』とか『いかないでー』とか喚いているが、まだ暫くは動けそうにない。
 やれやれ、とため息をつき、さっさとうちに帰ろう、と校庭を歩く。

 だが、そこでもまた同じような光景が繰り広げられることになる。

 まず、はじめにタマモを発見したのは光画部であった。
 お日様の光に照らされて、よりいっそう艶やかに輝くタマモの姿。
 美しい女の子好きの彼らが見逃すはずもなく、光画部ののぼりを背負い、辣腕パパラッチの如く気配を消しつつ最大速力で、タマモに向かって突貫する。
 白面のものにすら気配を感じさせないのは、さすがと言ったところか。
 だが先陣を切った光画部に対し、美術部、新体操部、吹奏楽部、軽音部の面々が、抜け駆けは許さじとばかりに、パレットに絵の具にリボンにボール、トランペットにチューバにフライングブイのエレキギター、ドラムセットにスピーカーと、手当たり次第に投げ付け、沈黙させる。
 
 超重量に押しつぶされた光画部員たちであったが、人間離れした凄まじい執念を持って、タマモの姿を納めたお気に入のデジタル一眼レフだけは守り抜いた。
 しかし、この騒音によってタマモは彼らの姿を確認するにいたり、一目散に逃げ出していく。
 
 ちなみに、このとき撮られたタマモの写真は、一枚数千円と言う高値で裏取引され、万年金欠の光画部の部費は高校の部活としてはありえないほど潤ったのだが、後々亜麻色髪の夜叉にばれて大半を没収されたという。
 恐るべし、亜麻色髪の夜叉。

 形はどうあれ光画部の魔手を逃れたタマモは、もう勘弁とばかりに全速力で校門へと向かっていたが、校門ではマン研やら陸上部やら化学やら映研やら演劇部やらが、手薬煉引いてタマモを待ち構えていた。

 特に演劇部と映研の陣容は凄まじく、演劇部が総勢二十五名、映研が総勢二十名を誇り、バレー部のネットやら体育館の仕切りのネットやら投網やらを振りかざしている。
 この二つの部もまた、万年金欠で有名であり、なんとしてもタマモを、と願ってやまなかったのだ。
 つまりは強制連行する気満々、と言うヤツである。
 
 さしものタマモも、この陣容には面食らったようで、あわわわ、と可愛らしく慌てながら、ほかの逃げ道がないか探し始めるが、少なくとも正面からの脱出は難しそうであった。

 焼くか、などと物騒なことも考えたが、その程度で引き下がるほど、この学校の生徒たちは甘くない。
 不死性においては、おそらく横島に匹敵するのではなかろうか、と思うほどで、事実、入学式の日に二度ほど焼いたが、皆様いたって元気だった。
 
 だからこそ、六道さんたちに目を付けられたのだが。

 タマモは切羽詰り、こうなったら横島あたりに助けを求めようかと思ったが、その前に聞きなれた声が耳に入る。
 
 
 助かった♪
 

 タマモは満面の笑みを浮かべ振り返り、その笑みがビシリと凍りつく。
 そこには、運動系の連中を一同に引き連れながら悲鳴をあげる、相方の姿があったのだから。

「タマモ〜助けて欲しいでござる〜!!」
「ちょ、アンタ馬鹿?こっちだってって、きゃああああ、くるなぁ〜」
迫り来るシロ、そしてバッファローの大群の如く土煙をあげる運動部の面々。
 何より怖ろしいのはシロの超スピードにすら笑顔でついて来る、横島張りのばかげた体力である。

「しろちゃあああん、ぜひわが陸上部にぃいい!!君は全国を目指せるうつわなんだぁぁぁ」
「なによっ、シロちゃんは剣道部入り確定なのよ!横島君ごときに負けて、その上万年予選落ちのあんたらは引っ込めっ!」
「あああっ、タマモちゃんがさらわれたぞっ♪ 待ってくれ、君ならすぐにでもうちの看板女優になれるんだ♪」
「いいえっ、タマモさん、あなたはわが演劇部のトップスターを目指すべきなのよっ!そうでなければ私が留年までした意味がなくなってしまうわっ!
 待ちなさいったら、今ならお隣のシロさんも男役として使ってあげるからっ!」

「だぁぁぁ、しつこいでござるぅ!!あ、パピリオ殿、おぬしも?」
「お前はたしかヨコシマのペットの、犬のシロでちゅねっ」
「犬ではござらぬ!」
「ペットってのは否定しないのね」
「いや、まあ、それはそれでありでござるし」
「ヨコシマのペットはわたしのペットも同じでちゅ。いけっ、シロ、あいつ等をしとめるでちゅ!」
「うわわっ、足引っ掛けて人柱にしようとするなでござるっ!第一先生はお前のペットではないでござろうが!」
ひょっこり出されたパピリオの右足を避けながら抗議するシロ。

「それはどうでちゅかねぇ。お前の知っているヨコシマがヨコシマの全てとは限らないでちゅよ」
「にゅ、なにやら妖面、もとい、妖艶なっ」
「夜のヨコシマは、それはそれはテクニシャンでちゅからね」
パピリオは、妖しい瞳そのままに言い放つ。
 シロは、うあ〜、先生最低にござるよぅ、と頭を抱えるが、その足はちゃんと動いている。

「ねぇそれって、ゲームの話でしょ、パピリオ」
「そうでちゅよ。アイツ格闘ゲームがむちゃくちゃうまいんでちゅ。猿のじいちゃんにはかないまちぇんけど……って、またでたでちゅ〜〜」
校庭を半周し、体育館裏手へと向かったところで、園芸部と茶道部がプラカードを掲げていた。
 こちらは別に鬼気迫るといった風でもなく、どちらかと言えば同情的な雰囲気をかもしていたが、散々追い回された三人にとっては同じ勧誘員、つかまってたまるかとばかりに全速力で折り返し、プールのほうへと向かっていく。

 体育館の南口から敷地内を半周、南西側の隅っこにある野球部、サッカー部、陸上部の部室の裏手。
 辛うじて勧誘員たちを振り切り、タマモは漸く一息ついていた。

「全く、なんなのよあいつらっ」
タマモは、少々汚れているパイプ椅子の端っこに恐る恐る腰掛けながら、憤慨する。
「ほんと、しつこいでござるっ。拙者どうせなら先生と同じきたくぶとやらがいいでござるに」
「アンタ、帰宅部の意味分かってる?」
「後で先生に聞くでござるから、問題なかろう」
横目で睨むタマモニしれっとした顔でシロが答えた。
「馬鹿でちゅね、こいつ」
パピリオは、シロの無知ぶりに、大きなため息を漏らす。
「馬鹿じゃないもが!!」
「ばかっ、大きい声出すんじゃないわよっ、あいつらに気付かれる!」
「そうでちゅよっ、やっと巻いたっていうのにっ」

「みぃつぅけぇたぁわぁ」
タマモとパピリオがシロの口を無理やり押さえつけるのと同時に、やたらぬめりぬめりとした声がどこかから耳に飛び込んでくる。

「な、なに今の声っ」
「どこでちゅ、姿を見せなちゃい!」

「うふふふふ、ここよぉ」
「むむ、上にござる!」
シロさ指し示たのは、部室の屋根。
 ナマコの端っこから上半身をせり出す黒いもじゃもじゃ、その奥には妖しい笑みを浮かべるメガネ。
 と、こうかくと、人間以外のものに見えるかもしれないが、いたって普通のめがねっこである。黒いもじゃもじゃは、腰まで伸びたたっぷりのウェーブヘアーが変な風に垂れ下がってきているだけである。
 気にしない方向で。

「あなたたちさんにんはぁ、わが生物部のぉ……」

「ぎゃああああ、こいつ、解剖する気満々でちゅ!」
「かっ、解剖ですとぉ!」
「逃げるわよ、二人ともっ!」

「あ〜、まちなせ〜。……なによぉ、わが部のマスコットにして、部員を集めようとしただけなのにぃ」
「駄目です部長、あれでは怪しすぎます!」
「あぁやぁしぃいぃ?そんな事いってると、あなたを解剖するわよぉ……、ってちょっと、いきなり手を離さないでよ、落ちる、おちるぅ」

 
 生物部の魔手を振り切り、再び校庭尾に出てきてしまった三人であったが、あれだけ騒ぎながら逃げていやら、そりゃもう当たり前の如く勧誘員に発見されてしまう。

「こうなったら空に飛んで逃げるしかっ!」
タマモはようやくこのとこに思い至り、両腕を翼に変形させ、一人空へと飛び立とうとするが、
「駄目でちゅよ、この学校には妙神山に張ってた結界と同じものが張られていまちゅから、当然空も結界で覆われてまちゅ。逃げ道は鬼門たちが警備してるあの校門だけでちゅ!」
パピリオにとめられて残念そうに、本当に残念そうに翼を元に戻した。

「けどさ、鬼門なんてどっかにいたっけ?」
「校門の両脇で警備員の格好して立ってまちたでちょ?気がつきまちぇんでちたか」

『ぜんぜん』

「あいちゅらも苦労してまちゅねぇ……あ、あう」
「どうしたでござ……あ」
「何よ、二人してって……あいたぁ、囲まれちゃったのね」

タマモが周りを見回すと、そこには各部の勧誘員たちが一重二重に取り囲み、明らかに危ない目つきをしながら手をわきゃわきゃしていた。

 ……喰われる。本能がひたすら警鐘を鳴らしまくるが、簡単には動けない。
 タマモたち三人はある意味、蛇に睨まれたかえるであった。

「あ、あうあうあう」
「ポチィ、たちゅけて……」
タマモとパピリオががちぃ、と抱き合い、ぷるぷる身を震わせているが、亡者、もとい勧誘員たちにとっては、その姿すら萌えるものだったらしく、ダイジョウ、ブコワクナイカラネェ、などと、粘液とともに口走っている。
 女子はともかく、男子の言葉はただひたすら危ないだけだからやめれ。
 
 そんな中、ただ一人シロだけが辛うじて正気を保っていた。身こそ震えれど、そこは横島の弟子、ただで捕まってあげるほど往生際はよろしくない。
 痛すぎる空気のなか、ふるぷると震える手を万歳の如く天にかざすと、

「さ、さ、さ、さいきっくねこだましいぃ!」

右手と左手に必要量をはるかに超えた霊気を込めて、ばちぃん、と叩く!

どかん!

限界近くまで込められた霊気は、激しくスパークすると同時に大爆発。

『どうわあああ〜〜!』
『ひょんげぇぇぇ!』
『タマや〜〜〜!!』

あたりの勧誘員を木の葉のように撒き散らし、無事だったのは中心部にいたタマモとパピリオ、そして仕掛けたシロの三人だけであった。

「あ、あはははは、やりすぎちゃった」
勧誘員たちがぼたぼたと降って来るなか、頭をかくシロ。
「い、いいのよ、全くもってもうまんたいよっ!コレは正当防衛だったのよ!」
「そうでちゅ、あのままいくところまで言っちゃったら、ぢうはちきんしていになってたでちゅ!」
「そ、そうでござるな、身を守るためには致し方なし!一応死んではおらんようでござるし、こやつらにとってもいい薬でござろう、うん、そうに決まってるでござる!」
シロは、二人に励まされ安心したのか、漸く安心した笑みを漏らす、が。


『う、魚おおおおおお!』
『この程度で諦めてなるものですかっ!パピリオちゃんとタマモちゃんを妹にするのはこのわたくしなのよっ!』
『横島に巻き込まれ、ピートマニアどもに幾度となく半殺しにされたこの体っ、この程度では朽ちはせぬ!』
『ふあははははっ!これでこそわが部にふさわしいというもの!なおさら欲しくなったわ、犬塚シロよっ!』

「わぁぁぁぁん!効いてないでござるよぉぉぉ!!」
シロの乾坤一擲の結果、勧誘員たちは男女含めて、横島ういるすに感染していたらしいことだけは判明した。
 下ろしたての制服をぼろぼろにしながらも幽鬼の如く立ち上がり、タマモたちににじり寄っていく。

「ぼ、ぼうっとするなっ、動きはまだ鈍いわ、今のうちににげるのよっ!」
「了解にござる!」
「パピ、もう人間を侮るのはやめにするでちゅ」
「安心して、異常なのはあいつ等と横島だけだからっ!」
「それって今は関係ないでちゅ」
「同感……、って喋ってる場合じゃないでござるよぉ!」


    
「あらあら〜、皆楽しそうね〜、冥子嬉しいわ〜」
生徒玄関の前に立ち、再び校庭を爆走し始めた生徒たちの姿をのほほんとした笑顔で見つめ、新理事長殿はのたまう。
 シロのワンピースにつば広の帽子、ワンポイントの天道虫が愛らしいが、少なくとも理事長の格好ではない。
 むしろ生徒にしか見えないだろうそれは、と隣に立つ横島が心の中で突っ込む。
「アレは楽しそうってのとは、ちと違うとおもうんすけどね」
「魔界の軍事訓練よりきついぞ、ある意味」
「さすが横島さんの学校って言うことでしょうか」
小竜姫さまと春桐さんはすっかり呆れ果てている。
 同時に、人間たちがタマモら人外たちを素直に受け入れている光景が、嬉しくもあった。
 たとえ、少しばかり行き過ぎであったにしろ。
「いいんんじゃない〜、本人たちも結構楽しんでると思うわよ〜?だって、皆タマモちゃんたちが大好きだから、こういうことになってるんですものね〜」
「好きってより、愛玩って感じですが……、でも、感謝してるっすよ、みんなには。たとえ今はここだけだったとしても、俺とあいつのしたこと、無駄じゃなかったんだなぁって思えるし……、あ、いやすいませんね、変なこといっちゃって」

「そんなことありませんよ、横島さん」
「ふっ、お前らしいな」
「そうよねぇ、きっと彼女も、こういうのが好きだったと思うわ〜」
「ありがとう、みんな……って、うわっこっち来た!おまいら、こっちにだけはくるんじゃね〜!!」
シリアス顔で礼を言う横島を発見したタマモたちが、ぎらり、と目を光らせて反転、突貫してきたのを見て、横島が慌てふためく。
 ちょっぴりほんわかした空気が一気に消し去り、横島たちも一気に当事者の仲間入り、である。
「先生、こーなったら死なば諸共にござる!お覚悟ぉ!」
「うふふ、うふふふふ」
「もーいやぁでちゅ〜」
「うわ〜完全に目が座ってんぞこいつら!シロ、タマモ、パピリオっ、しっかりしろっ、あ、め、冥子ちゃん、大丈夫だから落ち着いて」

「き、き、き……」

三人娘を追い回す目の血走った生徒どもを前に、冥子が爆発するのはもはや時間の問題である。
「た、たいひぃ!そーいんたいひぃ!!うあ、間に合わんっ!!」
辛うじて理性を保った春桐さんが、うっかり翼を出して空に飛びつつわめき散らし、
「冥子さん、しっかりしなさい!よ、よこしまさん、横島さぁぁぁぁん!」
どうにか冥子を落ち着かせようとしていた小竜姫さまが、ちゃっかり逃げようとした横島に抱きつくが、そんな事は些細なことであった。

「いや、小竜姫さま、俺に頼られてもっ、のおおお、この感触タマら……ああああ、冥子ちゃん、頼むからそれだけはっ!」
『もう遅い(でござる)(でちゅ)!!』

「きゃあああああああああああああああ!!」


ちゅどおおおおおん!!!!!!!



 こうして、六道冥子は発動し、六道学園第二高等部は、生徒玄関と校舎の一部を半壊、重傷者1名、軽症者156名を出しつつも、新学期二日目を平穏無事に終えたのであった、まる。 


「どこが平穏無事なのよっ!」
「いい加減にして欲しいでござる」
「まったくでちゅ」
「人を盾にしくさったお前らが言うなぁ!!」

 お後がよろしいようで。
 滑り込みセーフ!といったところでしょうか。
 忘れた頃にやってくる、伝説になり損ねた駄文家ツナさんでございます。

 企画を知って一月余り、構想一週間、プロット二日制作一日というむちゃくちゃなスケジュールでお送りするこのネタでありますが、やっぱり文章構成が甘いですかね……。
 ちょっとした実験を混ぜてみたりしたものの、皆様の反応はどうなのか心配です。
 安奈先生の『漢字は少なく!改行はこまめに!』という言葉が頭のなかでひたすらリフレインする今日この頃。

 ともかく。このはちゃめちゃな学校風景、楽しんでいただけましたらコレ幸いでございます。

 ちなみに、タイトルの花残月(はなのこりづき)は卯月の異名です。
 このタイトルだけはちょっと気に入ってたり♪

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