それはまだ幾分肌寒さを残す冬の終わり、少しずつ長くなってきた太陽の出番を感じながら日は過ぎていく。
時は二月、春の足音が聞けてくるこの時期に横島は窓の外に向かってしみじみとため息をついていた。
「はー」
「ど、どうしたんですか? 横島さん」
長い黒髪を揺らして事務所の良心である少女が問いかけていた。
後しばらくでお別れとなる六道女学院の制服に身を包んで、最期の期末試験から帰ってきたところだった。
事務所には机の上で書類とにらめっこしている所長とソファの上で優雅に昼寝している子狐が居た。
「あ、おキヌちゃん……はぁぁぁぁ」
気遣わしげに見つめる少女を見て更に盛大なため息が漏らしていた。
「あの、困ったことがあるんでしたら相談にのりますよ?」
何か心配事でもあるのだろうかと心から心配しているのが表情からも感じ取られる。
あわよくばこの件をきっかけに親密に、とかそういった計算がないのが彼女の良いところだろう。
「うん、おキヌちゃんもうすぐ卒業だよね」
この上なく真剣な魔差しでまっすぐにおキヌを見つめていた。
「え? は、はい、そうですね」
思わず上気する頬にとまどいながらも少女は答える。
「そーなったらさ、ここも女子高生がおらんようになるんやなぁって思ったら、思ったらっ!!」
「アホかぃお前はっ!!」
ゴメスッ
「へぶぅっ!!」
横島のしみじみとした呟きに、横合いから容赦ない右ストレートがめり込んでいた。
亜麻色の髪を揺らし、ゼェゼェと荒い息をついているのは言わずと知れた事務所の所長・美神令子だ。
「……えーっと」
「おのれというヤツはっ!! おキヌちゃんがめでたく卒業って時にそういう感想しか出てこんのかぁぁぁぁぁっ!!」
「うぎゃあぁぁあぁっ!! み、美神さんごめんなさいっすいませんっ」
目が点になったままのおキヌをおいて毎度おなじみの折檻が始まっていた。
「み、美神さんっ、ほどほどにっ」
閑話休題。
「にしても、おキヌちゃんもようやく六女卒業ね〜」
手をパンパンとはたきながら満面の笑顔で美神が振り返る。
妙にすっきりしたような気配が漂っているのは気のせいだろうか?
「あ、はい、美神さん達のおかげです♪ まるで夢みたいです」
台所で紅茶を注ぎつつ声に答えて黒髪を揺らす少女がいる。朗らかな笑みを浮かべ、冷や汗をわずかに張り付けつつ実に嬉しそうに言葉を紡いでいた。
部屋の隅でボロくずのようになっている横島のことはとりあえず忘れることにしたらしい。
「まさか読み書きも習っていなかった私が300年後の世界でこんな風に過ごせるなんて、思っても見ませんでした」
そうつぶやいて写真立てに視線を送る。写真の中で美神、横島、おキヌが三人並んで幸せそうな笑顔を浮かべている。
「私もおキヌちゃんが幽霊の頃は考えもしなかったわね」
「懐かしいですねぇ……何て言うかあの頃があったから、この学校に行くとか、卒業できるって言うのがとても嬉しく感じるのかも知れないです」
しみじみと思い返しながら運んできた紅茶をテーブルに置く、三つの品の良いカップがコトンと小さな音を立てて鎮座した。
「まぁ、横島クンもおキヌちゃんも大学生だし、多少時給を考慮してあげないとね」
「そ、そんな、悪いですっ」
「いいのいいのっ、こういうときは甘えときなさいよ♪ ね?」
美神が悪戯っぽく微笑んでいた。
『ずるいなぁ……美神さん、この笑顔』
女としての魅力で、かすかな敗北感をおぼえつつも、嬉しい気持は変わらない。
「ありがとうございます。美神さん」
と、ここで終われば、ほのぼのな日常会話で終わろうものだが」
バンッ!!
「先生ぇえぇぇぇっ!!」
と、勢い良く扉を開けて飛び込む人影、一房が赤くも長い銀髪を揺らす健康優良少女だ。
「大変でござる大変でござるっ大変でござるっ!!」
グシャッ!!
「ぐぇおっ!!」
「「あっ」」
鈍い音と共にシロの足が床に転がっていた横島の鳩尾にクリティカルヒットしていた。
「あぁっ、何故このようなお姿にっ!!」
片隅でボロ雑巾のようになって居る横島にすがりついていた。
「あぁ、刻が見える」
遠い目でボロ雑巾がポソッとつぶやいていた。
「だめぇぇっそっちいっちゃだめぇぇぇぇっ!!」
おキヌが泣きながらしがみついていた。
「あぁぁぁ、拙者っ!! 拙者どうすれば」
「だぁぁぁっ!! 落ち着けぇえぇぇぇぇっ!!」
騒然とする事務所内が落ち着くまでどのくらいの時間を要したか敢えてここでは語るまい。
「たくぅっ、うっさいわねぇ」
こう呟きながら寝ぼけ眼をこする子狐がいた。
子狐がポンッと小さな煙と共に一人の少女に変化する。九つの金髪ポニーテールを揺らす吊り目の少女がその場に現れていた。
「まったく、シロ、一体何があったって言うのよ」
片目を閉じ、しみじみ呆れたように髪を掻き上げながら、寝起きのタマモが問いかけていた。
「うむ、じ、実は里から手紙がござって……」
シャツの胸元を広げて、柔肌の隙間から畳まれた和紙を取り出そうとした。
「待たんかぁぁぁぁっ!! どこに仕舞っとんじゃぁぁっ!!」」
こめかみに青筋浮かべながら、いつの間にか復活した横島が絶叫する。
「いや、懐から書面を出すのは武士のたしなみ……」
首だけ振り返って、取り出した手紙そのままシャツの胸元を広げたままだった。
「先に乙女の恥じらいを身につけろお前はっ!!」
「むむぅっ、それは気が付かなかったでござる……」
手紙を爪先で持ったまま、腕組みする。キリッと目元を引き締め真剣そのものにムーンとうなり始める。
はっと何かを思いついたように手をポムと叩く。
不意にクネッと身をよじって、右手人差し指を口に当て上目で横島を見上げた。左手の指先はシャツの下部分をつまんでいる。
「……ちょっとだけでござるよ♪」
「それ違う、それは絶対違うからっ」
「あーれー、先生そんなご無体なでござる〜」
言ってその場でくるくると回り始める。
「俺に何をさせる気じゃぁぁぁぁっ!!」
「あの……どこでツッこんだらいいんでしょう?」
横にいるおキヌが困ったように美神に問いかけていた。
「飽きるまで放っときなさい」
冷めた半眼の美神が噴火するまでそれほど長い時間必要なかったそうである。
「で、なんだったの?」
こめかみに青筋浮かべた美神が微笑みながら問い直す。赤くなった右拳骨を左手で撫で撫でしている。
「さ、里から手紙がござって」
でっかいたんこぶを張り付けたシロが先ほど取り出した和紙を広げて見せていた。
「なに?」
「なぬっ!?」
「えぇっ!?」
手紙を見た美神、横島、おキヌがそれぞれ驚きの声を漏らしていた。
「「「通学のために里に来い?」」」
思わず崩れまくった顔でその一文を読み上げる。
「せ、拙者の里の寺子屋がこの度世間に合わせて『りにゅーある』したという話がござって、長老より通えとのお達しが……」
「なんだか色々と待たんかい」
顔を引きつらせた横島が言葉を絞り出していた。色々とツッコミどころの多い単語がバシバシと登場していた。
「とは言ってもここから通える故、心配はないでござるよ先生っ」
と、思いっきり抱きついて顔をペロペロし始める。
「こ、こらっやめんかっ」
うろたえる横島の横で美神が冷や汗を垂らしている。
「つーか、あるのね学校」
「寺子屋、ですけどね」
口の端をヒクつかせる美神に、引きつった顔のおキヌが細かいツッコミをする。
「人狼には学校も試験もあるんやなぁ〜」
ようやくシロを引き剥がした横島がしみじみとつぶやいていた。脇にいるシロは物足りなそうに師を見つめている。
「なぁ、タマモも一緒に学校に通ったらどうだ?」
横島がポツっと何気なく口にしていた。
「え?」
まさか自分に矛先が向いてくるとは考えもしなかったのだろう。
きょとんとした表情で、ナインテールが振り返る。
「ちょ、ちょっと、何でそんな話になるのよっ」
「……それいいかも知れないわね」
美神は顎に指を当てて、じーっと考え込んでいた。
「は?」
「社会勉強するには学校って打ってつけなのよね。そもそも社会適応訓練をするための場所だから」
瞑目し腕組みしつつ、思考を整理していく。
「いざって時のことを考えるとやっぱり普通の学校だと対応が後手に回っちゃうでしょ? やっぱり、こっち意志がちゃんと反映できるところが望ましいのよ」
「はー、なるほどねぇ」
発言者のはずのバンダナ野郎がやたら感心していた。
「人狼族の学校だったら、タマモの事も個別で対応してくれる可能性高いわ。私たちには借りもあることだし」
「そーいえば、タマモちゃんもここに来て大分経つけど、勉強は進んでる?」
「うーん、一応義務教育の辺りくらいまでは何とか」
「んじゃ、良い機会だから一緒に通ってみたらどう? 決して損にはならないと思うわよ」
「ん、んー」
うなるタマモをおいて、美神はコードレス電話に手をかけていた。
カチャッとコードレス電話の子機が台座に戻される。
「オッケー、了解もらったわ。4月の頭に入学式があるから保護者同伴できてくれってさ」
「えらいあっさりですね」
「ま、こっちとしてはありがたいけどね。でも、まいったわねぇ」
美神はカレンダーに目を向けながら頬をポリポリとかいている。
「どーしたんすか?」
「いや、保護者は誰が行くかなんだけどね」
「へ? 美神さんじゃないんですか?」
「この辺りって仕事がね……ほら、不況で就職浪人したりしたヤツが結構いたじゃない」
「あー」
首を捻りつつも、シロとタマモの方をチラッと見る。
困ったように美神を見ている。
「ま、まぁ、どーしてもって言」
軽く頬を染めて、ポソッと小さな声で切り出したとき。
「あの、良かったら私が付き添いますよ」
「へ?」
出鼻をくじかれて美神は口をパクパクしたまま続きを言えなくなってしまう。
「はい、幸い、六道大学の入学式よりも早い日程ですし、まだ自由に動ける時期ですから」
満面の笑顔に全く他意はない。心底親切からの申し出であった。
「そ、そーね、お願い、しようかしら」
何故か引きつった笑顔で美神が言葉を紡ぐ。
「おぉっ、おキヌ殿かたじけないでござるっ」
「まー、正直おキヌの方が保護者適任って感じもするしね」
ポソッと、あくまでポソッと言ったタマモの言葉に地獄耳美神のまなじりがぴくりと跳ね上がったことに気づく者は居なかった。
桜の花びらが風に舞う、人をぞろぞろと吐き出す建物の入り口で数少ない女子の、その中でもとびきり目立つ二人の少女が並び立っていた。
「んー、入学式っていってもなんか退屈だったわね」
真新しいブレザーに身を包んだタマモが伸びをする。
「そうでござるか? 拙者は新鮮で面白うござったが」
ウキウキとしているシロをタマモは胡乱げに見つめている。
「まー、あんたは元々ここの里出身だしね」
場所は人狼の里にある新改装寺子屋。
二人が出てきた建物はどう考えても、どこの街に出もある学校の体育館だった。
「そういえばおキヌ殿は?」
「あー、おキヌちゃんだったら保護者会ってのに出席するみたいで後で合流だってさ」
「はぁ、そうでござるか」
「にしても、この後どうしたもんかしらね」
つくづく面倒くさそうに頭をポリポリと書いていた。
式場を後にすると、街路のそこかしこにのぼりが立っている。
まるで合戦場の旗印のようにも見えてくる。
書いてあるのは「茶道部」だの「水泳部」だの「演劇部」だの「剣道部」だの、はたまた「光画部」なんぞというものまである。
それぞれブレザーを着た男子生徒達が通りを歩く新入生に声をかけまくっている。
部員勧誘活動活発な桜道をシロとタマモは並んで歩く。
シロは興味深げにキョロキョロと、タマモはさして興味なさそうにテクテクと進んでいった。
「なんだか祭の露店みたいでござるな」
尻尾振りたくりつつシロが言う。
「あー、どうでもいーわよ」
心底興味を示さないタマモ。
だが、周りはタマモとは真逆の反応を示していた。
『女子だっ』
『こ、この女日照りの寺子屋に女子がっ!!』
『あっ、あれは犬塚の……くぅぅぅ、いつの間にか育ちやがってっ』
『隣の金髪の女子は誰だっ!?』
『長老……いや、学園長が言ってた留学生だよっ。ほら、人狼じゃないけど近い眷属だから気にせず仲良くって』
『くぅぅう、もっと、もっと来てくれても良いじゃねぇかっ』
周囲の男子生徒……すなわち人狼族の青少年達は我知らず、耳と尻尾を出現させだらしなくパタパタと振りたくっていた。
二人に付き従うようにぞろぞろと歩いていく、さながらワンちゃん大行進、それで良いのか人狼族?
ワンちゃんであれば可愛い気もあろうが、そろって男子高校生では、『可愛い』とは150里くらいの開きがある。
そして、そんな大行列を物陰からのぞき見る存在があった。
「人狼族の学校って、もの凄い普通の学校っすね」
グラサンとバンダナのマッチングに怪しさ大爆発の男がつぶやいていた。
「そんなこと私に言ったって知るわけないでしょうが」
そして、グラサンとほっかむりが凄まじく目立つ妙齢の女性が反論していた。
「見つけたわよ」
一瞬、美神の顔から表情が消える。
「うふふふふふ、私を保護者に選ばなかったことを心底後悔させて上げるわ〜」
両手をワキワキしながら美神が不穏な妖気を漂わせていた。
『選ばなかったも何も『行けそうにない』って言ったのあんたやないですか?』
さすがの横島もこの地雷は踏む気になれなかった。
「と、ところで、美神さん」
「あによっ!?」
ギロッと殺気混じりの鋭い目に思わずたじろいていた。
「俺らこのあとどうすればいいんでしょ?」
「……」
「……」
ヒョォォォォォォォォォ……
春一番と言うにはあまりに切なく、そして、冷たく乾いた風が吹きすさぶ。
「とりあえずついていきましょ」
「らじゃー」
長い物には巻かれろ。ことわざとはかくも偉大な物なのであろう。
「待ってくれっ」
ついにしびれを切らした男子生徒Aが声を上げた。
「んー?」
「何でござる?」
タマモは面倒くさそうに、シロは元気良く振り返っていた。
「君たちっ、僕らと青春しないかっ!!」
「は?」
「せっかくの学生生活なんだっ、是非15年の歴史を持つ我が茶道部にっ」
「いーや、彼女たちには我ら剣道部こそがふさわしいっ」
桜街道に似合わない防具姿がガッシャガッシャと主張する。
「そうはいかないっ!!」
ザッと複数の白い野球ユニフォームに身を包んだ生徒達が現れる。
「違うっ、彼女には是非我ら野球部でマネージャーをしてもらいたいっ。さぁ、俺と一緒に甲子園に行こうっ!!」
「……人狼族が出ちゃったらまずくない?」
人間離れした運動能力を持つ人狼族が高校のスポーツ大会に出場した日には戦力バランスも無茶苦茶になるだろう。
「大丈夫だよっ南ちゃんっ」
力一杯爽やかな笑顔できっぱり言い放っていた。
「誰が南ちゃんかーっ!!」
「だってうち高野連には登録してないからっ」
タマモのツッコミをきっぱり流して爽やかに微笑む野球帽男。
「どうやって甲子園に行く気だー!!」
「いや、丑三つ時に塀を乗り越えて……」
「そんな後ろ暗そうな青春はいやあぁぁぁぁぁっ!!」
「拙者もさすがにそれはイヤでござるな」
思わず絶叫する。
この叫びに物陰でコソコソする二つの影がビクッと反応したのはここだけの話。
「「「この愚か者どもっ!!」」」
一喝したのは海パンから尻尾がこぼれる男子生徒達だった。
「彼女らは我ら水泳部にこそふさわしいっ!!」
「何だとっ、横から出しゃばるなっ」
野球部が肩を怒らせていた。
「ほほぉ、ならば」
水泳部の男はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「お前はっ、お前は見たくないと言うのかっ!! 彼女たちのスクール水着姿をっ!!」
海パン一丁の水泳部員が拳を天高く突き上げて絶叫する。
「ぐはぁっ!!」
「くぅっ!! 確かにっ確かにそれは見てみたいっ、見てみたいぞっ!!」
数人の生徒が頭を抱えながら身もだえする。そして、鼻血を吹き出す生徒まで現れ始めていた。
「お、俺はもうダメだ……頭からハイレグが離れない」
『世の中にハイレグのスクール水着はない』そんな野暮なツッコミするヤツはこの場に一人も居なかった。
「アホかぁああぁぁあぁっ!! 妄想すんなぁぁっ あんたらは横島かぁあぁぁぁっ!!」
タマモの魂の絶叫が街道に響き渡っていた。
「ふぬおぉぉぉぉっ!!」
「だあぁぁ、落ち着きなさい横島クンっ」
物陰で青筋浮かべた横島を美神が必死に羽交い締めしている。
「だって、だって美神さんっ俺はロリとちゃうのにっ!! タマモに欲情してるかのような言いぐさなんてあんまりだっ!!」
血涙流しながらグヌゥウゥゥゥと全身を震わせている。
「ロリ以上に危険な性癖と行動しとるヤツが言うことかぁあぁぁぁっ!!」
こっちはこっちで何かと色々必至だった。
「待てぃっ!!」
ビシィッと力強い声が場を征する。
「誰だっ!?」
鋭い誰何の声。これが珍妙なクラブの団体さんでなければどれほど格好が付いたことだろうか。
「ふふ、彼女の身柄は我らホスト倶楽部がもらい受けるっ!!」
「なんで高校にそんな倶楽部が……」
「ホストクラブって何でござる?」
縦線を浮かべ、口を端っこ引きつらせるタマモをよそに、ヒートアップするメンズ軍団。
ザザッとホスト倶楽部の連中が一斉に左右に広がる。
「「「はぁっ!!」」」
片足を上げて、キックボクシングのようなスタイルでユラーリユラーリと踊っている。
「さぁ、ミスターパーフェクトを崇拝する我が部へ来たれっ!!」
「そりゃホーストだぁあぁあぁぁぁっ!!」
どうやら人狼族の間でもK-1は人気があるらしい。
「待ったっ!!」
「我ら猟犬部が彼女の獲得を主張するぞっ!!」
ハンタージャケットに身を包んだ集団が人混みかき分けて参上する。
「猟犬って……」
「我ら人狼族の本分は狩りっ、ならば狩猟に特化した部があってしかるべきっ!!」
タマモはしばし視線を泳がせる。
「で、犬?」
ポツンッとつぶやいていた。
「……」
「……」
「部長ぉぉぉおおおぉぉっ!! 何でこんな名前つけたんですかぁあぁぁぁっ!!」
「お前らも反対せんかっただろうがぁっ!?」
とたんに始まる仲間割れ。
「……あんたの里って大丈夫なの?」
「せ、拙者に聞かれても」
冷や汗垂らす二人を置いて、場はますますヒートアップしていく。
「私らの意見聞いてくれそうにないわね」
「全員、頭に血が上ってるでござるからなぁ」
「じゃ、こうしましょう。今からアミダクジ作るから、それで決まったトコに入るわっ」
堂々と宣言していた。
「「「「「な、なにぃぃぃっ!!」」」」」
「タ、タマモ、そんな決め方で良いでござるかっ!?」
シロの方こそが思わず反駁していた。
「しょうがないでしょ? 私はどの部にも興味がない。でも、どの部も私を入れたがってる。だったらクジでもやるしかないわよ」
言いながらタマモは学生鞄からゴソゴソと紙と筆記用具を取り出す。
その場にいた全員の視線が集中する。
「ほいっ、適当に書いていって」
タマモが差し出した紙へ、我先にと学生達が群がり名前を書いていく。
「あっ、てめぇ、二つ書いてんじゃねぇっ」
「やかましいっ、部員数に応じて数が増えるのは当然だろうがっ!!」
「書き終わったわね? じゃ、始めるわよ」
思わず全員が息をのむ。
タマモはあみだくじの一つを選ぶと慎重に慎重に一本一本角を折れ進んでいく。
「いっとくけど恨みっこ無しよ」
タマモの白い指先がある一点を指さした。
『帰宅部』
ビキィッ
燦然と並ぶ漢字三文字にその場の空気が音を立てて固形化する。
ヒウウウウウウウウ……
春だというのに妙に乾いた涼しい風が吹き抜けていく。
「あ、帰宅部ね♪ じゃー、活動としてきっちり帰ることにするわ。じゃあね♪」
全員が固まる中、タマモ一人が片手を上げて意気揚々とその場を立ち去っていく。
「だ、誰だぁぁあぁぁぁっ!! こんなん書いたヤツわぁぁあぁっ!!」
「知るかぁっ!! 俺は絶対書くわけねぇっ!!」
「まーったく全員単純よね♪」
ペロッと舌を出すタマモの手にあるクジ紙の表記がかすかにブレ始める。
「そうでないとこっちが困るけどね♪」
ボフンッ
かけていた幻術を解くと、紙は木の葉に化けていた。
「誰も書いてない『帰宅部』にどうやってもなるようにしてあるんだから、気づくヤツが一人くらい居てもイイのにね」
「ほー、やはりそういうズルっこしていたでござるな」
ギクッとして振り返るとそこには半眼の人狼娘が仁王立ちしている。
「あ、あんた気づいてたんだ?」
「そりゃ拙者もお主とのつきあいが長いでござるからな」
「ど、どーすんの?」
何とか強気の姿勢は崩さないようにつとめるもののひるんだ気配は隠せていない。
そんなタマモを見るシロはため息一つついていた。
「別にどうもしないでござるよ」
苦笑を浮かべつつ、一言だけだった。
「へ?」
「拙者、お主が嫌々部活に参加することに賛同しておらんでござる。帰宅部とやらを選んだのもお主の意志でござろう?」
「そ、そりゃそーよ」
「なら、それでいいでござろう?」
ニカッと鋭い犬歯が覗く無邪気な笑顔を浮かべていた。
「うっ、か、感謝なんてしてないんだからねっ」
「おー、結構でござる」
底抜けに明るい笑顔で返す。何処となしにタマモがばつ悪そうにしているのは気のせいだろうか。
「……ねぇ、あんたはどうすんの?」
おずおずと問いかけていた。
「ん?」
「部活」
「おーそういえばっ」
「あんたも結構色んな部から誘われてたじゃない」
タマモほどではなかったが、シロも人狼族の数少ない女性である。
もみくちゃにされるほどのお誘いがあった。
「うーむ、拙者は」
腕組みしながら首を捻って考え込む。
『まー、剣道部かな、こいつなら』
「お主と同じ帰宅部にするでござるよ」
「にゃにっ!?」
「拙者、一刻も早く帰って先生の顔を舐めたいでござるからなっ」
グッと握り拳握って力説する少女にガクッと脱力する。
「あー、なるほどね……」
心底疲れた声でタマモは返す。
「それに」
「?」
「部活は仲間がいた方が楽しいでござろう? 帰るのが活動なら拙者も一緒に帰るでござる」
全く無邪気なシロの言葉に、タマモの頬がカァッと熱くなっていた。
「か、勝手にすればっ!」
「おー、勝手にするでござるよ♪」
ニッと笑うシロの笑顔が夕陽の赤に映えていた。
二人は並んで道を歩く。それはきっと未来に続く道を。
「……なんか心配なんて無用だったみたいね」
拍子抜けでもしたように美神が一人ごちていた。
「シロも大人になったなー」
しみじみと噛みしめるようにつぶやいていた。
夕陽が映える。二人の顔を斜陽が満たしていた。
「んで、美神さん」
「ん? 何?」
「……誰か忘れてませんか?」
「……あ」
ところ変わって父兄会会場。
「あのー」
父兄席で袴姿のおキヌが所在無さ気に佇んでいた。
「……くすん。忘れ去れてちゃってるんですね」
そんな仕草さえもラブリーな彼女であった。
お し ま い ☆
Please don't use this texts&images without permission of 長岐栄.