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【DS】夢のあとさき

 夢を見た。
 ただそれだけを憶えていた。
 ……どんな夢だったんだろう。
 思い出そうとしても、果たせず。
 ただ頬を伝っていた涙の跡が、悲しい夢だったのだ、と伝えてくれた。
 多分、昔の夢だ。
 色々なものを失ってしまった前世の夢。
 乾きかけた頬をなぞれば、ただ喪失感だけが深く深くわたしを揺さぶり。
 夜明け前の闇が痛みに似た感触で肌を突き刺していく。
 ……転生を果たして一年。
 美神さんの保護を受けるようになって10ヶ月。
 それなりに満足しているつもりだったから、そんな夢を見たのは少し不思議だった。
 思い出せる前世の記憶など、ほとんど無いのに夢だけがそれを伝えてくるのだ。

「なんで……今ごろ?」

 転生の直後にも同じように夢を見ていた。
 現代の兵達に追われ――前世のように――滅せられかけた経験が見せる夢なのだと思っていた。
 恐怖や絶望に呼び覚まされた記憶なのだと思っていた。

「あの頃とはもう、違うのにね」

 あの兵隊達が、わたしを退治しようとしたのは史実の誤解からで。
 おキヌちゃんも横島もわたしを助けてくれたし、妖怪退治屋のはずの美神さんがわたしの保護者を買って出てくれている。

「何で……泣いたんだろ、わたし」

 銃の痛み。追い立てられる恐怖。
 押し込められたナップザックの中の不安。
 現世でわたしが持っている最初の頃の記憶はあまり良い物ではない。
 でも、悪い物でもないのだ。

「もう、怖がらなくていいのに」

 変化した手を見る。
 眠るときも人の姿のままで居たほうが良い、というのは銃で撃たれたあの時の記憶。
 最近時々、狐の姿に戻っている事があるのは、バカ犬の無防備な姿に感化されているせいかも知れない。

「何を、なくしたの?」

 繰り返し夢に見るほどの思い出。
 心の奥に刻まれる悲しみ。
 それは何だったのだろう。
 身体を失っても尚、数百余年を経ても、未だ残る。
 それがなんなのか。
 知りたい、と思う。
 ……知りたくない、とも思う。



 寒いの苦手、と公言して憚らない彼女が朝から食卓についている姿は、数ヶ月ぶりだった。

「おはよ、早いわね」

「美神さんこそ朝に起きてるなんて。……春なのね」

 素直にそう感想を言ったら、あたしゃ冬眠明けのカエルか、と怒られた。

「カエルさんはもう一ヶ月ぐらい前に起きてますよ」

 くすくす、と笑ってご飯を運んでくれるおキヌちゃん。

「美神どのは、夜行性なだけであろう?冬眠していたわけではあるまい」

 なんて続くシロの言葉はフォローと言えるのか……微妙なところ。

「ちゃんと朝にみんな揃うと嬉しいですね」

 今日のご飯は油揚げのお味噌汁と目玉焼き……細切りジャガイモ敷いてある?

「はい、美神さんは半熟、シロちゃんは固焼き。タマモちゃん半熟でよかった?固いほうが良かったらわたしのと交換ね」

「半熟」

 手間のかかりそうな卵料理。
 おキヌちゃんは何時ごろ起きてるんだろう。
 わたしも遅いつもりはないんだけれど。

「巣籠り玉子って言うんですって、昨日テレビでやってたの」

 お皿をじっと見ていたわたしにおキヌちゃんが解説してくれる。

「春のジャガイモ、おいしいんですよ、安いし」

 いただきます、と美神さんが声をあげて、シロが続いて堰を切ったようにご飯をかきこみ始める。

「いただきます」

 挨拶してからね、という注意はここに着てから10回ぐらい繰り返された。
 居候の身として感謝の気持ちは多少なりあったから、これもやがて習慣になって。
 今は何の違和感も無く言える。

「美神さん、食事中は新聞ダメですよー」

「う、ごめん、ちょっと気になってさ」

「おキヌどのっお替りっ」

 食事中、音を立てない、というマナーを伝えていたのは一昨日のテレビ。
 でも楽しく食べるのが良いともいってたから、これはこれでいいのかな?
 巣籠り玉子はとてもとてもおいしかった。
 もちろん、油揚げのお味噌汁も。

「どうしたの?元気ないみたいね、タマモちゃん」

 エプロンをつけたまま食卓に座って、不意にそんな事を言ったのはおキヌちゃん。

「そう?そんなこと無いわよ」

 ……夢見が悪かった、なんて得体の知れない理由を説明するのは面倒だった。
 時々、鋭い彼女は一瞬だけ首を傾げて。

「お味噌汁のおかわり、食べる?お揚げいっぱい入れてあげる」

 なんて微笑んでくれる。
 わたしはお揚げがあると元気になると思っているらしい。
 ちょっと不満。
 もちろん、お替りはもらったけれど。



『タマモさん、オーナーがお呼びです』

 いつもは無口な館の精霊に声をかけられたのが昼下がり。
 わたしは、結構驚いてしまった。

「美神さん、寝てなかったの?」

『そうみたいですよ』

 たぶん、彼も驚いていたのだろう。
 窓の外は春の陽気。桜の並木は色づき始め、薄い青の空を霞む雲が流れている。
 シロはたまらずサンポに出かけているし、今日の予定は夕方まで無い、と美神さん自身も宣言していたから、十中八九は
お昼寝中だと思っていたのだ。

「今日この後、雨かしらね?」

『かも知れません、その時は裏に干してある洗濯物の収納にご協力下さい』

 呼ばれる理由に心当たりは無かった。
 ……無いわよね?

「怒ってた?」

『いえ、むしろ楽しそうでしたが』

 ちょっと安心する。
 美神さんはすぐ怒る。
 理不尽だったり、我がままだったり、イライラしてたりで烈火の如く怒る。
 けどまあ。

「じゃ大丈夫ね」

 機嫌が悪い時は不機嫌オーラを噴出してるから判りやすいのだ。
 CMの後明かされる、大豆製品の秘密に多少興味はあったけどテレビは一時中断することにする。
 ……少し早いけれど、お昼ご飯のことかな。
 前に言ってたお蕎麦屋さんに連れてってくれたりするのかな?
 そんな事を考えていたけれど、美神さんがわたしに言ったのはまったく別の話だった。



「いい機会だと思うわ、シロはまだ基礎学力が足りないからムリだけど、アンタぐらいの実力なら、okってついさっき
 先方から連絡があったの」

 嬉しそうに。楽しそうに。
 美神さんがわたしに伝えたのは、中学への入学という話

「ちょっ、ちょっと待ってよ、アレは洒落みたいなものって言ったじゃない」

 先月、かな。
 横島が進学ギリギリだ、と休みがちだった頃。
 そんなに必死になる学校というのがどういう場所なのか興味を持ったことがある。
 期末テスト、と集まったおキヌちゃんの友達や×印のならんだ横島のテストを前に、バカ犬との競争意識もあって、
美神さんやおキヌちゃんから勉強を教えてもらったりしたのだ。

「でも楽しかったでしょ?現代社会の常識を学ぶにはやっぱり一番手っ取り早いしね。あたし達もあんた達の『何で何で』
 攻撃から逃げられるし……まあ、シロは落ちたけど」

 男子校だったその学校は、今年から女子の入学者を求めていたという事。横島の通う高校で妖怪が主席を取ったことが
きっかけで、少子化・学力低下対策に妖怪の受け入れを行うモデルケースを探している事なんかを美神さんは続けて言った。

「もちろん、九尾の狐である事は隠さないといけないから、あんたはママが保護した成り立ての妖狐って事にしなくちゃ
 ならないけど……私立校だし六道の息もかかってるから、そうそうバレたりはしないわよ」

 入学案内。
 学校説明パンフレット。
 それから、効果音をつけて取り出してくれた、真新しい制服。

「表向きは、うちの養子って事にして、美神姓を名乗ってもらうわ」

 両手に持たされた色々な物に混乱しつつ、戸惑いつつ。
 わたしは彼女の言葉を噛みしめる。

「美神タマモ?」

「そうね。あたしの妹って事ね」

 お姉ちゃんって呼んでも良いのよ?なんて笑う彼女はちょっと浮かれて見えた。
 学校。
 ……テレビドラマでは何度も見ている。
 あと、MHKの教育番組。
 同じ年齢の子達が集まって勉強をする場所。

「いいの?」

「アンタには除霊の手伝いしてもらってるしね。今更断られるほうが迷惑よ?」

 パンフレット読んでおくこと。
 入学前のアンケートに応えておきなさい。
 制服の直しは早めにしないといけないから、試着をすること。
 まくしたてられた言葉は半分以上流れていく。

「えーと、美神さん」

 ちょっと息を飲んで。
 言葉を出そうとして。
 頬が赤くなる。

「なによ」

 ニヤニヤと笑う彼女はやっぱり性格悪いと思うけど。

「あっ、ありがとっ、でも頼んだわけじゃないんだからねっ」

 渡された荷物を抱えて飛び出してしまったわたしもあんまり人の事はいえない。



 この世界は、人の世と言われる。
 転生前もそうだった。
 神の世界、魔の世界、そして人の世界。
 妖怪、と呼ばれる存在は本質的には魔の世界に属するとされている。
 ……わたしも、あるいはシロの属する人狼も魔界など知らないのにそう言われているのだ。
 金毛白面九尾狐。
 古くは神仏に帰依する以前のダキニの眷属であったわたしの前身はあるいは魔界に生まれいでた存在かもしれない。
 九尾と呼ばれた魔物の伝説は広くアジア中に在る。
 化粧前と言われる以前の事を記憶に留めていないわたしには、それら全てがわたし自身のことなのか違うのか、知る術はない。
 なぜ、わたしは人の世に居るのだろう。
 妲己という旧い九尾の物語を知った時にそんな疑問が浮かんだことがある。
 天地仙を向こうに回して、欲望に生きる彼女は、わたしや玉藻前よりもずっと魔に近く記されていた。
 もしも……伝説の通りにわたしが彼女の生まれ変わりであったのなら。
 わたしも彼女のように国を滅ぼし、世界を壊し、全てを支配下に収めようとするのだろうか?
 正直、想像も出来なかった。
 宝玉にまみれ、多くの生贄を食らい、より強くなろうとする彼女の姿はわたしの望みとはかけ離れている。
 もっとも、わたしの望みがなんなのかなんて、まだ判らないのだけれど。



「……おかあさん」

 この親子はなんというか、似ている。
 入学書類にサインが必要な箇所があって、訪ねた隣のビル。
 わたしが試着していた制服を見て、はしゃいだ美智恵さんはサインする代わりに。と、そう呼ぶ事を強要したのだ。

「これでいいでしょっ、わたしもヒマじゃないんだから、さっさとサインしてよ」

 後ろでニマニマしている西条さんの視線。
 不思議そうな他の職員達。

「んー、もうちょっと感情込めて欲しかったけど、まあいいわ。可愛い娘ですもんね」

「もう、アンタは本当の娘が二人も居るでしょ?わたしは便宜上なんだからね」

「やーん、つれないわ。反抗期?」

 基本的に美智恵さんは事務所とは別の場所で暮らしているけれど、ひのめちゃんを事務所に預けに来たり、夕食を一緒にしたりしている。
 何度かオカルトGメンの仕事は手伝った事があるから、こういう人なのは大体理解していたけれど。

「ちゃんとおかーさんって呼んでくれないと、美智恵さみしーわー」

 今日は輪をかけてテンションが高い様子だった。

「さっきは一回だけって言ったじゃないっ!!」

「なによ、ケチね」

 ……あの美神さんを娘に持つ人には言われたくない言葉だ。

「まあまあ、先生、彼女も戸惑っているんですよ。そんなに苛めないてあげてください」

 フォローを入れてくれる西条さん。
 いい人ね、と評価してあげようとしたんだけど。

「令子ちゃんの妹になるのか、じゃあ僕の事も『お兄ちゃん』と呼んでいいんだよ?」

 などと、横島に准ずる程のにやけ顔。
 とりあえず、燃やしておく。

「火を噴く娘が二人か。本当にひのめのお姉ちゃんね。あの子の力になってあげて頂戴。タマモちゃん」

 ニコニコしながらやっとペンを持った美智恵さんに頷いたら、もう一回、お母さんと呼べ、と繰り返させられそうになった。

「そうそう、明後日に公彦が帰国するから一度は顔合わせて頂戴。……お父さんよ」

 書類を奪い取って帰る途中。
 どこからか取り出した狐火をよける盾の向こうで、美智恵さんはそう言って。
 わたしはジェラルミンの表面に黒こげを作っておいた。



 わたしの入学がシロにバレたのは一週間後のことだった。

「何でタマモだけなのですかっ!!」

 夕食を食べに来ていた横島が、制服どんなだ?などと聞いて来たせいで、わたし達はシロに事情を話さなくてはいけなくなったのだ。

「しゃーねーだろ、お前がバカだっただけなんだから」

 口止めを忘れていた、というより意図的にばらしたような雰囲気で。
 わたしは、横島が何を考えているのかを判らなくて、少し困る。

「お前、本当ならまだ小学校の歳だろ?いきなり中学なんて無理なんだって」

「そういう問題じゃないのでござるっ、拙者があの女狐より後輩になるなどっ」

「成績は非情なんだ、諦めろ」

 生まれてからの年齢でいうなら、わたしは……一歳?
 おキヌちゃんも、美神さんも、バラしてしまった横島を責めるでなし。
 でもわたしみたいに困惑している様子でもなかった。

「いいの?」

 言い争いを続ける二人を尻目に、美神さんに問い掛ける。
 とめなくて、なのか、やめなくて、なのかは言ったわたしも整理がついていなかった。
 これが抜け駆けのように感じていたのも確かなのだ。

「ま、大丈夫でしょ?なんでも一緒ってわけにはいかない事もあるのよ」

 優しく笑って、美神さんはおキヌちゃんにお替りを要求して。

「あ、はいはい」
と、喧騒をよそに彼女は台所へ向かう。

「だいたい前は、人狼には学校も試験も無いって喜んでたじゃねーかなんで学校行きたいんだよ」

「以前は以前、今は今、成長した拙者の夢を冷たい世間の風が拒むのでござる〜!!」

「しゃーねーだろ、お前がバカだったんだから、ほれ、食うか?」

 特別に分けてやる、と横島が差し出すエビフライ。
 ……どうみてもそれは馬鹿にしているようにしか見えない。
 案の定、

「せんせーのいじわる―」

 ドカンと音を立ててシロは部屋を飛び出した。

「言い過ぎ、やり過ぎ」

 美神さんは呆れた目で横島を見て呟いて。

「んー、すんません」

 なんて横島は頭を掻く。

「わたし、ちょっと行って来ますね」

と、追いかけようとするおキヌちゃんは、美神が止めていた。

「待って、追いかけるのは横島クンの役目よ」

「まあ、そうっすね。……行ってきます」

 残りのご飯をかきこんで大慌てで横島は飛び出していく。

「ね?わざとシロに言ったの?」

 一連の騒動に暫くの間を置いてから、美神さんに問い掛けてみたら、美神さんはちょっと首を傾げた。

「横島君は、たぶん、ね。あいつに嘘つけないって言ってたから。……面倒くさくなるだけなのにね」

「じゃあ、なんでもっと前に話さなかったの?」

 いつまでも隠し通せる話じゃないのは判っていた事だった。
 なら、初めからきちんと伝えていた方が良かったのでは、とも思う。

「言ったでしょ、面倒くさいって。シロが騒ぐの判ってたし」

「それでタマモちゃんが遠慮しちゃわないかって、美神さん心配してたんです」

 投げっぱなしの美神さんの言葉を足してくれたのはおキヌちゃん。

「そうそう、手続きしちゃったし今キャンセルしても入学金戻ってこないのよ?お金払っちゃったんだから今更、
 行かないなんて言わせないからね」

 ちょっとだけ耳を赤くして。
 平静を装った表情で続ける美神さん。
 わたしは気持ちから言葉が取り出せなくて。

「バカ犬に遠慮なんかしないわよ、余計な心配だわ」

 なんて言って俯いてしまった。



 その夜、シロが帰って来たのは日付が変ってからだった。
 電気もつけず、そのままベッドに入ろうとする彼女を照らすために狐火を灯した。

「……起きていたでござるか」

「まーね。……やっぱり気になったし」

 泣き虫、シロ。
 ……横島とどんな話をしたんだろう。
 目元と鼻が真っ赤。
 ごめん、と口を開きかけた時、シロは大きく頭を下げた。

「すまなかったでござる。拙者の力不足をタマモのせいにした態度は良くなかったでござる」

「なっ、なによ。気持ち悪いわね、こっちだって悪いとこあったし……」

 彼女みたいに素直に謝罪の言葉が出ない自分にイライラする。
 体を起こして真直ぐにわたしを見つめる視線に戸惑って。

「大体謝られる筋合いないのよ。別にアンタなんかどーでも良かったんだから」

 なんて目を逸らしてしまう。

「ついさっき、気になって起きていたって言ったでござるよ?」

「だっ、アレは深夜番組が気になったのっ」

 ……うう、我ながらみっともない言い訳。
 なんでだろ、こいつと一緒にいると同レベルになってしまう気がする。

「なんと言うか。良かったでござるなタマモ。拙者もすぐに追いついて、追い抜くから、落ちこぼれたりせぬよう
 精進するがいいでござる」

 ニヤリ、かな?
 憎まれ口を効いたみたいな笑みは、涙の跡のせいでとても優しくて。

「……うん、ありがと、シロ」

 思わず言葉が漏れてしまう。
 シロの驚いた顔、わたしはどんな表情をしていたんだろう。
 恥かしくて、慌てて狐火を消して横になった。
 黙っててごめんね、わたしだけでごめんね。
 ……一緒に学校に行けたらよかったのにね。
 絶対口に出すことの無い思いはギュウッと目頭を押して。
 ちょっとだけ、泣いてしまった。



 桜並木に迎えられて足を踏み入れた学校。
 ここで三年間、わたしは学ぶ機会を与えられる。
 入学式の後で行われると説明された部活勧誘の準備をしていたのは先輩達だろう。
 元男子校と聞いたけれど、見事に男の子だけだった。
 ……ちょっと早すぎたのかな。
 他の新入生の姿は見えない。

「学校か」

 見上げると、薄紅が風に捲かれて散っていた。
 春。
 知らないことだらけのこの世界で、今度はどんなことが起こるのだろう。
 ……とりあえず後の二人にはなんて声をかけるべきか。
 無視した方が良いのか、それとも見つけて欲しくてあんな格好をしているのか。
 今朝、やたら心配して声をかけてきた美神さん。
 横島まで居るのは、巻き込まれたのか面白がってついてきたのか。
 ……目立たないようにしなさい、なんて言ってたのは美神さんなのにね。

「大丈夫よ、……おねえちゃん、そんな心配しなくても」

 わたしはちょっと浮かれているのかもしれない。
 言い馴れない呼び方はやっぱり、ちょっと不自然だった。
 美神さんはちょっとびっくりした後、サングラスを外して、

「うん。そうね。アンタもこれから美神の女よね」

 なんて、にっこりと微笑んだ。



 きっと、夢に見る。
 桜並木をこの日の空を。
 転生を繰り返し、全てが時の彼方に消え去っても。
 わたしは、きっと夢に見る。
 それはとても幸せなことで。
 そして、わたしはきっと、……また泣くのだろう。




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