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【DS】人は嫌いか?

 とある山中。
 人里はなれた原生林生い茂るこの山奥に、風景とは不釣合いな白いベンツが停車していた。いや、ベンツだけではない。その横にコブラと呼ばれる外国産の少々クラッシックなオープンカーも並んで停車している。

「いや、噂は聞いていましたが、お美しい。GSよりもモデルの方がお似合いな程だ」

 並んで停車している車の横。これまた原生林とはミスマッチにしか見えない、ビジネススーツをビシッと着こなした中年の男が、隣に立つ若い女性に声をかけていた。

「お世辞……と受け取っておきますわ」

 若い女性──美神令子──は、いささか好色が透けて見えすぎている中年の男に対して『儀礼』と判で押したような態度で返答した。
 正直、先ほどから事あるごとに彼女に触れようとする男の行動に辟易しているのである。これが客、しかも結構な金額の仕事の客でなければ、とっくにしばき倒しているところだ。
 だが、男はそんな美神の態度もまったく気にしていない様子で、さらにその食指を彼女の横にいる中学生くらいの少女に対しても伸ばしてきた。

「それに助手のお嬢さんも実に可愛らしい。数年後が楽しみだ」

 そう言って、男はさりげなさを装って、少女の肩あたりに手をまわそうとした。
 じつは先ほどから男の視線は、どちらかというと少女のほうに6:4くらいで向けられている。案外ロリコンなのかもしれない。

「私は妖怪だから数年じゃ変わらないわ」

 無愛想、じつに無愛想に少女──タマモ──は言った。
 とたんにソロソロと伸びていた男の手が止まる。

「妖怪?」

 目に恐れがあった。そんな男の態度をすばやく美神が見咎める。

「──なにか問題でも?」
「い、いえ!いや、GSの方の中にはそのような方もいらっしゃるとは聞いていましたので……ハハハっまったく問題ありません」

 男はそそくさと仕事の話をはじめた。それまでの態度は何処へやら、男は美神とだけ話し、タマモにはもはや一瞥もくれない。タマモも男など存在しないかのように振舞った。
 山中の捜索。
 他の三人は別用があったので、必然的にこの場には美神とタマモが来ることになったのであるが、美神はタマモだけを伴ってきたことを少し後悔していた。






「──ということがあったのよ」

 そう言って、美神は優雅にカップを持ち上げると、中を満たしている珈琲を一口含んだ。
 ここは美神除霊事務所のオフィス。山中の仕事から丸1日が経過していた。

「ほんとムカつくわ、あのオヤジ!うちの従業員にっ!アンタの顔のほうがよっぽど妖怪でしょうが!」

 そのときの事を思い出しているのか、かなり美神はヒートアップしている様子。カップを受け皿に戻す音も大きい。

「可愛く美しければオールオッケーだと思うんっスけどね〜」

 そんな美神に、彼女の丁稚が自身の感想をもらした。

「あんな態度されたら、益々あの子の人間不信が増長されるじゃない」
「そうッスねー」

 ここのところ、美神はタマモの人に対する態度を結構気にしていた。
 彼女が例のゴタゴタを経て、美神の預かりになってから、既に1年余の時間が経過しているのだが、タマモは未だ一部の人間以外には全く気を許していない。
 当初は時間が解決するだろうと楽観視していた美神であったが、さすがに焦りを覚えてきていた。
 彼女が人間社会に馴染んでいないと分かれば、また妙なところ──権力者は『傾国』の力を恐れるのだ──からちょっかいが出てこないとも限らない。

 美神の預かりになっている、もう一方の妖怪娘、人狼族の少女『犬塚シロ』は、その辺結構うまくやっていた。サンポと称してしょっちゅう外を出歩いていることもあり、近所では『シロちゃん、シロちゃん』親しく呼ばれ、天然尻尾娘という属性をもって【商店街売上増強用決戦マスコット】と化しているほどに。

 シロほど馴染めとは言わないが、せめて買い物や宅急便の受け取りといった些細な他人との接触くらいは気負わずこなせるようになってほしい。

「なんとかならないかしら」

 やっぱりタマモにも尻尾を──などと激しく怪しい方向に美神の思考が傾きかけていたとき、彼女の耳に横島の呟きが聞こえた。

「そういえば愛子は上手くやってるよなぁ」

 愛子とは横島の学校にいる『机の九十九神』の妖怪のことである。
 たしかに彼女は妖怪としては異例中の異例といってもいいほど、完全に人間社会に溶け込んでいた。
 出席番号のある学校妖怪なぞ日本広しと言えども彼女しかいない。

 そこで、美神の脳裏にある案が閃いた。

(──タマモを学校に行かせたらどうかしら?)

 特に熟考した末の思案というわけではなく、瞬間的に思いついただけのことだった。
 だが、口の中で小さく呟いてみると、言葉にした瞬間、案外魅力的なアイデアに思えくる。

「……そうね、悪くないアイデアだわ」

 即断即決即実行は美神令子の美点。
 こうして、彼女は屋根裏部屋にいたタマモを呼び出したのであった。




「──で、○○学園で起きてるっていう霊障を調査してきてほしいのよ」
「──は?」

 確かにタマモでなくても、頭にでっかいクエスチョンマークを浮かべてしまう美神の言。だが、これは美神なりにあれから考えた末の作戦である。

 九尾狐の転生少女タマモは人間不信で、さらに結構な無精者でもあり、無為徒食を至上とすら考えている娘だ。いつだったか彼女が『妖怪にゃ学校も〜試験もなんにもない』と気持ちよさそうに歌っていたのを美神は覚えていたりする。
 そんなタマモに『学校行きなさい』と言ったところで素直に聞くわけがない。

 ではどうするか?──簡単だ興味を持ってもらうにつきる。

 そこで、企てられたのが前述の発言。
 『○○学園の霊障』なるものは、完全なでまかせで、要するに『とにかく彼女に行かせてみよう』というのが、非常に大雑把ではあるが、美神の考えた作戦(?)だった。

「タマモだけでござるか?」

 タマモを呼び出した際、一緒に屋根裏部屋から降りてきたシロは、相方だけが仕事を任されたとあって、少々不服そうにたずねてきた。
 彼女には、たとえそれが何であっても、タマモとはとりあえず張り合ってしまうといったところがある。このたびも別に深く考えての発言ではなく、ただ単にタマモにだけ仕事が依頼されたことが少々悔しいのだろう。
 だから、美神はその回答をキチンと用意していた。

「シロには別の仕事があるから、そっちをお願いするわ」

 案の定、シロは──分かったでござる──と元気よく返事をすると、すっかり機嫌を直した。
 無論こちらもでまかせ。でまかせであるが、此処は売れっ子GSである美神除霊事務所だ、その気になれば幾らでも仕事のストックはある。必要なら本当に何かをお願いしてもいい。
 ちなみに事が成った暁にあるであろう、獣娘S’二人組みの片割れ、犬塚シロの入学について美神は全く心配していない。目蓋を閉じれば、嬉々として登校する姿しか思い浮かばないほどだ。

 誰かを付けたらタマモは恐らく殆ど全てを任せてしまう。彼女は何気に世渡りは上手い。したがって、この作戦は『タマモ一人で行かせる』ことが重要だった。
 横島とおキヌの予定も封じた。無論自分も。
 なので動けるのはタマモだけという状況を作り出し、あらためて美神は訊ねた。

「どう?やってくれる?」
「誰も行けないんでしょ?しかたないからやるわよ」

 美神は見えないように、小さくガッツポーズをつくった。






 あくる日、タマモは問題の学園の校門前にいた。時刻は丁度お昼。
 彼女は本来ならば夜にでも学園に忍び込んで調査しようと思っていたのであるが、それは美神に止められた。

 曰く『ダメよ、生徒が出歩いていないとダメ』

 なにがダメなのかはよく分からなかったが、美神のあまりに真剣な表情に、タマモは思わず昼間に調査することを承諾してしまった。
 更には幻術で姿を隠しての潜入も禁止させられた。

 曰く『ダメよ、姿を消したら意味ないじゃない』

 さらにハテナマークが乱舞する美神の言いようであったが、これまた勢いと迫力で押し切られた。
 というわけで、潜入の基本だと何時の間にやら用意されていた学園指定のブレザーを身に纏い、真昼間の学園に九尾狐は降り立ったのである。

「──とは言ったものの、出来るだけ人目にはつきたくないわよね」

 タマモは目立たぬよう大人しく校門をくぐった。こういう時、変に裏から進入とかするよりも、普通を装ってさりげなく入ることが一番だったりする。服装もこの学園のものだし、最善の回答だと思われた。

 努めて平静に目立たぬよう歩くタマモ。視線もキョロキョロさせることなく、かといって不自然なほどに一点を見つめたりしない。まさに『The自然体』とでも言うべき完璧な仕草、姿であった。

 しかし、それら甚大な努力も”あるもの”によって全て台無しになっていることに彼女は気づかない。


 タマモの容姿である。


 傾国の美女とまで詠われた九尾の妖狐玉藻膳を前世に持つ彼女。そんなとびっきりの美少女が凄まじく似合ったブレザーを着て歩いているのだ、目立たないわけがない。
 たちまち彼女の姿は、その場にいた新入生勧誘中の各部生徒の目に止まってしまった。
 一瞬の静寂。
 彼らは視線を右に左に忙しく動かし他の連中の動きを伺う。じりじりと足を進め、少しでも良い体勢を作り出そうと水面下での攻防が繰り広げられた。




 そして




「来たれい!剣道部っ!銭湯で泡勝負!」
「クロール!バタフライ!……そしてこれが立ち泳ぎぃぃーーっ!!やあ、そこを行く君!僕達と一緒にお魚さんになってみないかい」
「ぼ〜くの名前を知ってるかい?新聞太郎というんだよ〜!新聞部です新聞!新聞!!」
「秘技!一人卓球!!人呼んで卓球部参上っ!!」
「映研!映研っす!あ、おぜうさんちょっとパーンアップするから動かないで」
「やあ、ご飯が炊けました「光画部であーる!」」
「土木研究会えいこ〜ら〜。こ、コアラはどこだぁーー?」

 空気が凍るほどの均衡が破れると、いっせいにタマモ目指して突進する漢達。
 目が燃えていた、否、萌えていた。そりゃそうだ、こんな特Aの美少女が一緒してくれるなら、放課後は星くずパラダイス。

 慌てたのはタマモだ。
 彼女としては、努めて目立たず校門からここまで歩いてきたはずだったのだが、それがどういう訳か360度全方位から、狼化した男共が十重二十重に彼女に迫りつつある。
 タマモは恐怖した。特に野生むき出しで迫るその顔に。

「ひーーーーっ」

 脊髄反射で狐火を叩き込むタマモ。
 とっさであり、もともと熱よりも光に特化している狐火なので、威力は大したことないのだが、男の一人がまともに喰らい叫び声をあげて地面に転がる。
 瞬間、その場の空気が変わった。
 当然だろう、普通火を放てるような人間はいない。そのような存在は異端であり、彼ら”普通の集団”はそれを決して認めないはずだ。
 だから、タマモにはこの後の成り行きが大体読めた。




 恐慌が場を支配するはずだ。




「目標は火を吐くぞ!素晴らしい逸材だ!」
「水だ!水をかぶれ!!」
「我が科学部の技術力は世界一ぃぃぃぃぃ〜〜The防火服装備ぃぃぃぃ〜〜!!」
「フッ、鍛え上げた肉体は炎とて焼くことはできぬわっ!!」


──アレ?


 だが、展開されたのは、タマモの斜め上を行く光景。
 各部各々が狐火に驚きはしたようだが、すぐさま対応を考え、取り出し、何故か前にも増して闘争心を燃え上がらせて彼女に向かってくる。
 先ほど燃えた男も、部員にバケツで水をかけられて元気に復活してしまったようだ。

「な、なんで……」

 あまりにもバイタリティーに溢れすぎている彼らを見て呟くタマモ。そんな彼女の呟きを聞きとり、一人の男が答えた。

「何を不思議がっているのかね?おぜうさん」
「あ、アンタたち変よ。火よ?火出したのよ、熱いでしょ?そ、それに私は妖怪なのよ、怖いんだから」

 なにやら必死になって説明するタマモ。
 しかし、男はそんな彼女を『フッ』と鼻で笑うと腕組みし心持ち踏ん反り返った姿勢で言い切った。

「日本人とは、20年も昔に『電撃鬼っ娘宇宙人』を通過してきた民族だっ!!」
「────は?」

 タマモには目の前の男が一体何を言っているのか全く理解できなかったが、まわりを見渡すと、驚いたことに全ての男が『うんうん』と肯いている。
 彼女はなんとなく納得できかねるものを感じたので、更に言い募ろうとしたのだが、説明した男に手で制された。

「些事に拘泥することは愚か者のすることだ。今重要なことは…………君が美少女だということだーーーっ!!」
「「「「オオオオオオオオッ!!!」」」」

 そして再び始まる争奪戦(?)
 しばらく放心状態っぽくなっていたタマモであったが、幸いなことに彼女の周りの包囲網が縮まったことで、部同士のつぶしあいが発生し、中心部はぽっかりと騒ぎの空白地帯となったので、とりあえず彼女が連れ去られたり、知らないうちにサインをしたりといった事態は起きなかった。
 だが、あくまでも均衡状態による空白地帯。当然ながら均衡が破れれば最終目標でもあるそこは、混乱の中心になること間違いなし。

 そして、ついに各部同士の混戦から抜け出した勇者が、この空白地帯に全身全霊のダイブを敢行してきた。

「消防部、耐火仕様入部届けの威力を見よっ!おぜうさん大人しくサインを!」

 とっさのことに反応が遅れたタマモ。消防部の鉄砲玉は有志によるジャイアントスイングからの素晴らしい投擲により、見る見るうちに彼女に迫る。
 そもそも消防部ってなんだ?



──グシャ──



 だが、そんな彼を待っていたのは、スイカの潰れたような擬音と、血の惨劇。

「この変態どもっ!私たち『大日本百合の会』がいる限りあなた達の好きにはさせないわ!」

 またしても妙なものが現われた。
 今しがたのダイビングを迎撃したと思われる、血みどろのデッキブラシを持った少女の登場。いつのまにやらタマモの周りは十数人からなる女生徒によるバリケードが構築されていた。
 そして、女生徒のリーダーとおぼしき黒髪の女の子がタマモに声をかける。

「大丈夫?男は狼なのよ気をつけなさい、年頃になったならつつしみなさい」
「はあ」

 タマモは気の抜けた返事をするしか出来なかった。

「彼女には”素質”があるわ!決してあなた達に渡しはしないっ!!」

 はたして何の素質なのか、どう渡さないのか非常に気になるところだが、とりあえずそこは置いておく。
 男共は彼女達の登場を見ると、部同士の争いを中断し女生徒たちと正対した。

「現われたか……悪しき文化の綴り手どもめ!我々は、お前たちにだけは負けるわけにはいかんのじゃ!」
「フフフ、出来るのかしら?あなた達に」
「その娘は青き正常なる世界で育つべきなのだ!」
「そんなの正常な訳ないでしょうがっ!」

 そして『部活連合軍』と『大日本百合の会』による決戦が斬って落とされた。

 え〜、その様は学園史に残る必死の死闘であったとか、どうでもいい喧嘩だったとか、最後は叩いて被ってジャンケンポンだったとか、諸説色々入り混じった風聞が伝えられているが…………はっきりいってどうでもいい為、これ以上の記述は控えさせていただく。

 もし仮に、この歴史的にどうでもいい事件の一部始終を知りたいのならば、草むらから見ているサングラスの二人組みに話を聞くのがいいかもしれない。

「……まったく、心配なら一緒に来ればいいじゃないですか」
「し、心配なんてしてないわよ。ただ……そう!だた無事に霊障を突き止めるかを見に来ただけよ!」
「霊障って……でっち上げじゃないっスか」
「そ、そうよ!!そうだったわ」

 こんな二人組みに。
 慌てた自分を誤魔化すようにして、抜群のプロポーションを誇る女性のほうは視線を騒動へと転じたのであるが、そこで監視対象の不在に気がついた。

「あれ?横島クン、タマモは?」

 知っていないかと横を見ると『春の大感謝祭、パンチラ100連発』という謎のフリップを掲げて百合の会のパンチラを撮影する丁稚がいた。

「これは……恐るべし現代中学────ぶべっ!!」
「なにやってんの!あんたはっ!! さっさと追うわよ!」

 お約束的に、丁稚に容赦ないローリングエルボーを喰らわすと、サングラスの二人組みはタマモを追うべくその場を後にした。






 さて、その行方不明の狐っ娘であるが、彼女は上手いこと騒ぎにまぎれてその場を脱出することに成功し、今は学校の中庭に避難してきていた。

「ふ〜ここまでくれば一安心……それにしても変な連中だったわね」

 自分の正体を知っても、まったく動じずに接してきた学生達。少々というか多分にアプローチは疑問の残るものであったが、そんな彼ら、彼女達を思い出して、タマモはクスリと笑った。

「あんなの、あのバカくらいだと思っていたのにね」

 妙にほぐれた表情で中庭を歩いていたタマモであったが、そこで僅かに感じられる妙な力に気がついた。
 気配を追う、それは中庭の真ん中にある桜の木から発せられていた。

「──大きな木ね、多分樹齢100年は超えてる」

 吸い寄せられるようにして、木の根元までやってきたタマモ。そよそよと凪ぐ風が桜の花びらをちらほらと散らせており、春の陽だまりの中とても綺麗だった。

 目の前の樹皮に傷跡がある。かなり古いもののようで、汚れやらなにやらで殆ど消えかかっていたが、注意深く観察してみた。
 もしかすると、例の霊障というのに関係があるかもしれない。
 しかし、結果は霊的な刻印などとは全く掛け離れた代物。一般的に『相合傘』と呼ばれる落書きが桜の樹皮に刻まれていたにすぎなかった。

「──ふふっ」

 肩透かしに、なんとなく可笑しくなってタマモはその刻みに触れた。とくに何かを考えた行動ではなく、ほんとうにただなんとなくという行動だった。
 すると、木に触れた途端タマモの目の前は真っ白になり、代わりに何かのイメージが流れ込んできた。
 反射的に彼女は目を閉じた。悪意ある力だった場合に備えて、精神を集中する。


 延々と流れ込んでくる誰かの記憶。




『やっほ〜瑞樹。またいっしょの学校ね』
『あ、おはよう、そうだね。またいっしょだね』
『……えへんまた3年よろしくね』
『こちらこそ♪香ちゃん』

『明、ちゃんとハンカチは持ったかい?ちり紙もポケットにいれるんだよ?』
『わかってるって母ちゃん。大声で言うなよ恥ずかしいだろ』
『恥ずかしいって……それは母ちゃんのことかい?ちょっと教育が必要ね』
『う、うわあぁぁごめんなさいお母様〜〜せ、折檻だけはゆるして〜』

『ねね、あゆみっち。夏休みだけどさ〜みんなで海行こうよ海』
『いいね〜。でもさ美由紀、ちゃんとC組の後藤君さそったの?』
『ぶっ、な、な、な、なんでそこで後藤君が出てくるのよ』
『あははは』

『よし!それじゃあ面かぶりクロールあと20本!』
『ひ〜山本先生。俺達を殺す気ですかー!』
『ハハハ、大丈夫だ!殺すには21本じゃないとな』
『クソ山本ぉー!卒業のときは覚悟しとけよぉぉ!!』
『ハハハ、楽しみに待っててやる』
『ちくしょーーっ!!』

『おーし、そのプラカードは技術室に持っていってくれ』
『会長、文化祭の案内は何部くらい刷ればいいんですか?』
『ああ、それは○○くらい……『会長ぉこっちもお願いしますぅ』わかったすぐ行く』
『会長も大変だな……『本田君手あいたらこっち手伝って!』……へ〜い』

『最終回で俺が……俺がエラーさえしなきゃ……』
『そんなことないよ、中島君は頑張ったじゃない』
『そうだぞ中嶋。それを言い出したら打たれた俺が一番悪いことになる』
『でも、でもキャプテン……』
『中嶋、来年頼むぞ』

『う〜さむさむ。修、はやく帰ろうよ』
『ああそうだな……てかほんと寒いな、どっか寄ってくか』
『あ、いいねそれ。もち修のおごりね?』
『なんでだよ……ったく、言っとくけど金ねえからなドリンクくらいしか払えねえぞ』
『よしよし…………あ、見て雪!雪降ってきた』

『うぅ〜サチコぉぉ〜〜』
『泣かないでよ真由美。卒業したってずっと友達でしょ』
『でもさ〜やっぱさ〜〜うええぇぇぇ』
『……だから泣かないでよ……泣かれたら……泣かれたら私だって……うわあぁぁん』

『田口は○○大学か、さすが頭いいな』
『まあなんとかスレスレで入れたよ。ところでお前どうするんだ?』
『いろいろ考えたけどな、やっぱ夢追ってみるわ』
『……そっか、きついと思うけど頑張れよ』
『ああ…………まあ、もしもの時はお前出世して俺を雇ってくれよな』
『アホ、お前こそビッグになったら此間のカレー代1000倍にして返せよ』




 幾枚もの光景は常にある地点からの視点であった為、タマモはこの記憶の主を容易に知った。目の前の桜である。
 彼の桜が長年に渡って見つめ続けてきた学校の風景だった。


 長かったのか、そうではなかったのか分からない時間が経過し、タマモは目を開いた。

「……こんなの見せて、どうしようって言うのよ」

 彼女は先ほどと変わらぬ佇まいと見せている目の前の大樹に向かって言った。
 言い終わると、様々な思考が彼女の脳裏を巡った。

(人間なんて、狡猾で卑怯で直ぐ裏切る)
(異端に対して容赦なく、愚昧で矮小)
(寿命だって短いから、すぐ居なくなってしまうわ)

 ……だから




<<人は嫌いか?>>




 はっ、として顔をあげるタマモ、声が聞こえたと思ったが、キョロキョロとあたりを見渡してみても誰も居ない。
 少し躊躇ってから桜を見た。
 まさかとは思うが、やはりコイツの声だったのだろうか。


 とりあえず、疑問は残るがこの桜がおそらく言ってた『霊障』と見て間違いないだろう。そう結論付けて改めて桜を調査しようとしたタマモだったが、そこで遠くの垣根から不自然に生えた二本の桜の枝を見つけた。
 よく見るとサングラスであろうか、日の光に反射していた。

「ちょ、美神さん。でっちあげじゃなかったんですか?」
「あんなの知らないわよ。大体霊力もものすごく微弱だし、害意っぽいのもないじゃない」
「でも、どうすんです?アレじゃあタマモはあの桜を……下手すると除霊といって燃やしてしまうなんてことに」
「!ま、マズイわよそれは!この学校って無作為に選んだだけで、コネとかないんだから」

 聞こえてくる小声での会話。
 タマモにはそれでこの度の大体のカラクリが分かった。

「……さ〜て、ぱっぱと燃やしちゃいますか!」

 わざとらしく大声で言うタマモ。遠くの垣根が慌てたようにガサガサと揺れたのを見ると、少し気が晴れたらしく、声のトーンを落としてこう言った。

「……とは言ってみたけど問題はないみたいだし。とりあえず報告だけにしとくかな」

 明らかに安堵した空気を感じて、タマモはクックと喉で笑った。

「ま、嫌いじゃないかもね」





 翌年。

 1年前ある春の日と同じブレザーを纏ったタマモはその学園の校門をくぐった。そして、中庭に向かう。

「お久しぶり……まあ、わたしもちょっとだけあんたと同じ景色を見てみることにしたわ……でもちょっとだけだからね?飽きたらすぐにでも止めちゃうんだから」

 彼女の言葉に、桜はゆっくりと揺れたような気がした。

「タマモーーー!なにしてるでござるか!式が始まってしまうでござるよ!」
「そんな大声出さなくても聞こえるわよ!……それじゃ、また後でね」

 そう言って、彼女は快活に中庭を後にして走っていく。
 答えはまだ出ていない。だから彼女は探しに走っていったのだ。
ビーンボールやら変化球だけだと、まあ片手落ちと思ったので、恐々としながらも
直球(?)話を作ってみました。

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