春である。
お茶と団子が最もおいしい季節。
美神は日本人に生まれた喜びを噛み締めながら、目の前のバンダナ男の相談を聞いていた。
「タマモの様子がおかしい?」
「はい。なんかまたろくでもないことをたくらんでる感じなんすよ」
「どんな感じなわけ?」
「そっすねぇ。普段はいつもと変わんないんすけど、たまーにこっちを見る時の顔が不自然ににやけてたり……
いきなり笑い出して、訳を聞いても教えてくれなかったり……」
「あんたの病気がうつったんじゃない?」
「いや、あの感じはお金を数える美神さんにそっくぶげらっ!」
失礼なことを抜かしてきた弟子に、美神は破魔札を投げつける。
なんだかどうでもいい気分な美神は、投げやりな調子で横島に声をかける。
「あの子も入学決まってウキウキしてるんじゃないの?」
「いや、けど、顔は笑ってんのに、目だけは獲物を狩る獣のような目だったんすよ!
あれは地獄を潜り抜けてきた者のみができる目っすよ!
ボルボだかサルサだか、そんじょそこらの殺し屋なんかじゃできない目なんすよ!
しかも入学式はくんなとか言われるし……」
「だーうっとうしい!」
カクカクと動きながらなにやら訴えてくる横島をワンパン一発で沈める美神。
カクカクからピクピクに移行した足元の物体を放置しながら、美神はしばし思案し、結論をだす。
「んー、まぁヒマだし、ちょっと後でもつけてみましょ? 幸い明日があの子の入学式だしね。善は急げよ!
って聞いてんの、横島君! ってあれ…………?」
美神が振り向くと、気づかぬうちに、横島はピクピクからピロピロへと更に移行していたらしい。
ピロピロとお空へ上っていく横島を呆然と見つめる美神。
冷めたお茶を一口飲んで、自らを落ち着かせ――れるはずもなかった。
「コ、コスモプロセッサーーーーーー!」
慌てた彼女が、どうやって彼を救ったのかは、また別のお話。
〜はるうらら〜
春である。
ぽかぽかとした陽気に誘われ、少し頭のネジがゆるんでしまう季節である。
そんなゆるんでしまったかのような男女が一組。
季節はずれのコートを身にまとい、怪しさ満点のサングラスがその顔の大部分を隠している。
道ゆく100人の103人くらいが通報したくなってくる二人組――横島と美神である。
「だー、美神さんのせいでどこにいるか分かんないじゃないですか!」
「うっさい! あんたを起こすのに私がどんだけ頑張ったか、分かってんの!
徹夜よ、徹夜! 睡眠不足は美容の敵なのよ! この私に小じわができたらどうしてくれるの!
一つにつき一億払いなさいよ!」
「もともと美神さんのせいじゃないっすか!」
「ともかく! 男がわらわら集まってるとこに行けば見つかるはずよ!」
多少は罪の意識があるのか、美神は唐突に話題をかえる。
横島も気にすることなく、美神の言葉に賛同する。
「そっすね。あいつの色香に惑わされないはずないっすもんね。
さすが美神さん! ジェラード警部も真っ青!」
そんなこんなで歩き出す二人。
もちろん警備員に呼び止められたが、そこはマニーの力で切り抜ける。
こんな大人が日本をダメにしていくのである。
校門を抜けると、そこは人だらけであった。おびただしい数の部活勧誘。
入学式ってこんなんだったかな、と思いつつ、それらの人ごみを、横島と美神は一つ一つあたっていく。
「水泳部?」
「はい! 初心者大歓迎です! 一緒に泳ぎませんか?」
「うおーーっ! 若いねーちゃんの水着姿が見放題! 忠夫はいっちゃンドンゴン!」
「ったく、このケダモノが……」
「化学部?」
「いえ、僕らはイヒ部です。どんな時でもイヒイヒ――」
「んな部活があるかーーっ!」
「薔薇部?」
「ぜひうちの名誉顧問のお話を聞いてってください! きっとあなたも新しい道が……」
「俺はねーちゃんが好きなんやーー!」
「おや横島さん?」
「名誉顧問ってお前か!」
「地中海で半世紀ぐらい寝てこい!」
「ボクシング部?」
「いえ、我らは『ぼく寝具』部です。ささっ、お姉さま、僕らの上でお休みください」
「んなっ! 美神さんが休むのは俺の上だけじゃー!」
「…………まとめて極楽にいけーーーーっ!」
二人は疲れきっていた。
タマモの姿だけでなく、まともな部活を見つけることすらできなかったのも一因だったりする。
校庭のはずれで美しく咲き誇る桜を眺めながら、美神がため息を吐きつつ、言葉を漏らす。
「なんかさぁ、どーでもよくなってきたからお茶と団子でも買ってくるわ」
「い、いいんすか、美神さん?」
「んー、まぁ昨日のお詫びってことでいいわよ」
「こ、これはもう愛の告はぐりんぐりんちょりん!」
いつもどおりのリアクションを前蹴り一発で沈めた美神が立ち上がろうとした時であった。
彼らの背後からよく知る声が聞こえてきたのは。
「何してんの、二人とも?」
横島と美神が振り返った瞬間――ふわりと風が吹いた。
風に踊らされた桜の花びらが薄紅の壁を作る。
その壁は一瞬で消えうせ、次の瞬間には、真新しい制服に包んだ一人の美少女――タマモの姿があった。
美しい金髪を九つに束ね、大きな瞳はまっすぐと横島と美神に向いている。
紺をベースとしたブレザーに、胸元の赤いリボンと、先ほどの風のいたずらか、幾枚かの桜の花びらがアクセントをつけている。
ぽりぽりと頬をかくタマモの表情には、どこか羞恥の表情が浮かんでいる。
「な!? タマモ!?」
「よ……よく似合ってるけど、どうしたの? その格好は?」
突然の事態に慌てふためく横島と美神。
それも当然である。
かつてこのブレザーをタマモが着たのは『20年前』なのだから。
混乱する二人に拍車をかけるかのように、タマモとよく似た声が投げかけられる。
「驚いたでしょ、パパ?」
タマモの後ろからぴょこんと飛び出てきたのは、タマモとよく似てどこか非なる少女。
鮮やかな金髪の中から自己主張をするかのように飛び出した触角。
大きな瞳には喜びの色が交じり、その口元は笑いをかみ殺してるかのようにも見える。
「ほ……蛍!」
「蛍ちゃん!」
そう。彼女は横島とタマモの愛の結晶。
今日は彼女の入学式だったはずだ、とようやく起動し始めた横島と美神の脳細胞は告げる。
そんな二人を見越してか、蛍は無邪気そうな笑顔を浮かべ、得意気に説明し始める。
「ほら、パパってママの制服姿見たことないって言ってたじゃない?
で、パパとママも残念そうだったから、私が計画してみたの!
ママを説得するのは大変だったけど……
どうかしら? 青春の日々を思い出しちゃった? 喜んでくれた?」
「は、はは……じゃあ、入学式に来るなって言ったのは……」
「ママの着替えをばれさせないためよ。なんだかんだで絶対パパは来てくれると思ってたし」
「じゃあ、タマモの様子がおかしかったのも……」
「ママったら、やると決めたらのりのりになっちゃって! いつばれるか心配したんだよ! で、どうなの? パパ?」
「あ、ああ。よ、よく似合ってるよ」
横島の言葉に、タマモの頬はうっすらと朱に染まる。
一緒になって20年近くが経とうとしているのに、その絆は確からしい。
しかし、娘はそんな父親の態度に不満らしく、口を尖らせる。
「もう! そんだけ?」
「え!? えっと、うん。可愛すぎるぞ、タマモ! なんだか今夜は燃えそうだ!」
急転する事態に思考がついていかないのか、横島の口からは訳の分からない言葉が飛び出してくる。
しかし、その言葉を聞いて、にやりと笑う娘が一人。
「私、弟欲しい!」
やはりそこは横島の娘。
そんじょそこらの常識など持ち合わせていないらしい。
ナニを期待しているのかは不明だが、嬉しそうに父と母の手を引きながら、歩き出す。
不思議なテンションに包まれたお馬鹿な家族は、校庭のど真ん中を、家族計画を練りながら、帰宅の途へついていくのだった。
そして残されたのは一人。
美神は疲れきった表情で横島一家を見送っていた。
『ごーいんぐまいうぇい』な横島たちの娘に、自分のことは棚に置きつつ、ため息をはく。
「なんだったのよ……はぁ……」
重くなった足を動かしだすと、不意に娘が妹を欲しがっていたことが頭に浮かんだ。
「私も今晩試そうかしら……」
一年後、横島一家と美神一家に、新しい『ふゃみりー』が増えたかどうかは、また別のお話。
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