柔らかな日差し、土と草の薫り、そして何より目を惹きつける艶やかな桜。
『ほらー! タマモちゃん笑って! 笑いなさい!』
「へーい」
興味なさげに首筋を掻くブレザー姿に金髪が映える被写体に、パンツスーツに身を包んだ愛子が叫んだ。
一向にカメラに愛想の欠片すら見せないタマモを笑わせることを諦めたのか、愛子の手元のカメラからシャッター音。
『はい、もう一枚。まったく、そんなブスッとした顔で写真に写って後でアルバム見た時後悔するのは自分なんだからねー。
それにしても、これぞ――』
「――これぞ青春よね」
デジタルカメラで写真の出来を確認しながらも鼻息荒い愛子、その愛子の心中を半ば呆れ気味に代弁したタマモの背後では、新入部員勧誘が繰り広げられていた。
各部独自の掛け声、運動部のユニフォーム姿、文化部の趣向を凝らしたアピール。目の前で繰り広げられている、各部活の新入部員勧誘運動。当然、この若さ溢れる光景に日本一青春を愛する妖怪・愛子は興奮していた。
『運動部で完全燃焼もいいけど、文化部でまったり放課後トークなんてのも素敵よねぇ! ねぇ、タマモちゃんはどっちがいい?』
同意を求め肩を叩くはずの手は空振り。それもそのはず、タマモは既に、愛子から十メートルほど離れた場所へと歩み去っていた。
『ちょっと、待ちなさいよ!』
「んー、なに?」
足を止め振り向き欠伸をするタマモに、愛子が大股でノシノシと近づいていく。
『何、自然にフェードアウトしようとしてるのよ』
「えー、だって何か危ない目の連中多いしー、別にいいかなって」
なるほど。見れば学生達、ことに男子学生達のタマモに向けられる視線は、爽やかとは逆ベクトルの感情の発露。つい最近まで、愛子の同級生だった男にそっくりである。
『まー、そりゃあそうだけど……でも、それ込みで青春じゃない?』
「あんた、何でも青春って言えばいいと思ってるでしょ」
『いやいや、若いうちは色々あるものよ?』
「なにが色々よ、ったく」
と、そこでタマモに熱い視線を送る群集にどよめきが起こった。
お盆を持ち倒れた少女を、新入部員勧誘という大儀名分が無ければ場所も季節も適切とは程遠い競泳用水着姿の男が、何やら怒鳴っている。
少女を怒鳴り終えると、どよめく各部部員を後に、タマモに近づいてくる。そして、発したのはお決まりの言葉。
「君、僕達と熱い三年間を過ごさないかい?」
鍛え上げられた肉体、キラリと光る白い歯、自信に満ちた目。タマモが、頷くと、あるいは色よい返事を返してもらえると信じて疑わない様子だった。
タマモの返事は簡潔だった。
鼻を鳴らして「はんっ」の一言のみ。プイッと顔を背け、完全拒否の態度であった。
ガクリと競泳水着姿の男が崩れ落ち、そして愛子はわからなくもないけどね、とでも言いたげに溜め息を漏らした。
ことの始まりは一月ほど前、三月、どうにかこうにか卒業を決めた横島、愛子、タイガー、ピート、言わずと知れた日本唯一の除霊委員のささやかなお別れ会からだった。
安い菓子にペットボトルのお茶。テーブルの上は質素でも、彼等の口の端を、将来のこと、高校生活の思い出が満たしていく。
「そういや、タマモも四月から学校入るんだよ」
自らの将来、美神除霊事務所の正式な所員になると宣言したあと、事務所の面々の軽いトピックス程度の一言であった。
「へー、タマモちゃんが」
「ちょっと、意外ですノー」
「まーな。美神さんと隊長がな。一般常識とある程度の社交性も身につけた方がいいだろって」
『ふーん、もしかしてここに通うの?』
「いんや。俺と同じ高校に通うのだけはなんざごめん、なんだとさ」
『まぁ、色々やり辛そうではあるわね。比べられたり』
「どういう意味だよ」
「まぁまぁ、それでどこに通うんですか?」
「えーとな、たしか極楽学院だったかな」
『うん? 学院じゃなく学園じゃない?』
「あー、そうだったかも。愛子、お前知ってるのか?」
『勿論。だって、四月からの私の職場だもの』
「へー、そうなんだ。んじゃ、何かあったら頼むわ」
任せてよと、愛子が胸をドンと叩いた。
かくして世話役を頼まれた愛子、そんなことは一言も聞いていなかったタマモの二人は、校門にて出会い記念撮影の運びとなったのである。
なるほど。たしかに男子生徒達の視線は青春という範疇から逸脱したようには見える。気持ちはわかる。だがしかし、ロクに話を聞きもしないで全部スルーして帰宅しようとするのは論外であろう。そう考え、愛子はタマモを嗜める。
『あのねー、三年間ってあっという間なんだから、デビューでミスるとキツイわよ』
「そんな、不良か公園の主婦でもあるまいし。それにあっという間なら、もっと寝ておかないと。あ、そうだ。私、帰宅部に入るから。それじゃ、部活やってきまーす」
『どこでそんな知識仕入れてるのよ! もう、そんなんじゃ、友達できないわよ』
友達という言葉にタマモの足がピタリと足が止まる。
今までのやる気の無い声ではなく、無機質な言葉がタマモの唇から漏れる。
「なんだかんだいって、私妖怪よ? 隠したっていつか何かの拍子にわかるかもしれないし、学校で普通の人間の友達なんてできるわけないじゃない」
なるほど。そういうことだったのか。愛子は心の中で頷いた。
事務所のメンバーに慣れすぎた、だから、見知らぬ生徒達に、違う世界の人間と触れ合うのが恐くなったのだろう。それに、復活してからの彼女と人間のファーストコンタクトは、けして幸せな物ではなかったと聞いたことがある。それも、恐いのだろう。
自分だって、そうだった。自分の世界に人間を引き込んで、最初から強制的に一緒の立場に立たせることで友達になろうとした。
だが、それではいけない。
「私も妖怪だけど、学校楽しかったわよ?」
飛び込んで見れば、意外とうまくいくこともあるのだ。人間というものは。
「アンタの所は特別だったでしょ。あの馬鹿に、ピートにタイガーだって、いたんだから」
「私がクラスに入った時には、ピート君もタイガー君もいなかったわよ? 横島君だって、その頃は霊能力なんて欠片も無いただのGS助手だったし。ついでに言えば、助平のロクデナシではあったけど」
タマモが何か言い返そうとした時、先程の水泳部の轟沈に遠巻きになっていた群れの中から、一人抜け出てきた。出てきたのは一人の少女。さっき転んでいた少女だった。
「あ、あの茶道部入ってみませんか? ま、まずは仮入部でもいいですから」
側まで来ると、緊張しているのか真っ赤に蒸気した顔で、お盆に乗せたお茶をタマモに差し出す。
「ふーん……私、妖怪なんだけど?」
「えっ……でも、ここの学生さんなんでしょ? まさか、二年生?」
お盆を抱きタマモの言葉に、戸惑う女子高生には、妖怪という響きを気にした様子はない。
女子高生同様、戸惑うタマモの肩を愛子がポンと叩いた。
「で、どうするの」
「……じゃあ、話聞くだけね」
茶道部の少女の顔をチラリと見て、お茶を受け取り、首筋をポリポリと掻きながらタマモが呟いた。今度は照れくさそうに。
「あー、なんとかうまくやっていけそうな様子ですねー」
「そうね」
「じゃ、俺達も帰りますか。帰りにどっかで休憩して……いや、いいです。まっすぐ帰りましょう。まっすぐ」
「……ったく。ご飯ぐらいならつきあってあげてもいいわよ?」
おわり
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