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【DS】タマモの名揚探訪記 ぺーじ1

「さて、やっと着いたわね。学食はどこかしら」

 東京都内のある高校の正門をくぐって中に入ったタマモがぼそりと呟いた。
 先日美神事務所に来た依頼人との雑談の中で、「この学校の学食のメニューにはすごいキツネうどんがある」という話が出たため、その珍味を味わうべく令子たちの目を盗んでこっそり訪ねてきたのである。
 なぜわざわざ隠れて来たかと言えば、最近は学校もセキュリティが厳しくて部外者の侵入にはうるさいので、普通に訪ねることに反対されたからだ。タマモがただの人間ならまだしも、妖怪だとバレたらいろいろと面倒ぽいらしい。

(ま、言いたいことは分かるけど……甘く見ないでほしいわね)

 猪突猛進単純バカのシロと違って、自分は幼生とはいえ傾国の大妖の生まれ変わりなのだ。つまり頭脳派なわけで、素人に簡単に尻尾を見せるほどマヌケではない。
 ……シロはいつも尻尾出して歩いているような気もするが。
 服装にもちゃんと気を配っている。いつもの白いブラウスに紺色のニットベストではなく、この学校の制服である濃紺のブレザーと真っ赤なリボンタイに薄紺のタータンチェックスカートと、完璧にこの学校の生徒と同じ恰好に化けていた。これなら生徒全員の顔を覚えている者でもない限り、自分が部外者だとは分かるまい。
 満開の桜が春の風に吹かれて桃色の花びらを散らしている。タマモはこういう風景を美しいと思う感性は十分持っていたが、今は花よりお揚げが大事だった。早いところ学食を探し出さねば。
 高校という所に来るのは初めてだが、その様相は横島やキヌに何度か聞いたことがある。しかし今タマモの目の前には、その知識にない(彼女にとっては)珍妙な光景が広がっていた。
 数十人ほどの生徒たちの集団が数人ずつに分かれて何やら話し合っているらしいのはいいとして、彼らはその一団ごとに1本ずつののぼり旗を立てているのだ。
 その旗には、

「設立元禄15年! 千痢休の伝統を今に伝える詫び錆び茶 茶道部」
「スク水愛好 水泳部」
「めざせ一振りで8回攻撃 剣道部」

 などと、タマモには意味不明の文章が太く鮮やかに記されている。いったい何のお祭りなのだろうか?
 実はタマモは知らないが、今日はこの学校の入学式の日なのだ。
 それでその儀式が終わった後、各部活の上級生たちが新入生を勧誘しようと待ち構えているのである。
 そしてその集団から10mほど離れた場所に、見るからに怪しい2人組の男女がいた。2人とも黒いサングラスとほっかむりで顔を隠し、男の方は迷彩のつもりなのか手に桜の枝を持っている。
 こっそりタマモをつけてきた令子と横島であった。

「タマモのやつ、入学式の日を狙うなんてなかなか考えましたね」

 横島が隣の令子にそうささやいた。この日なら教師たちも新入生の顔など覚えているはずがないから、タマモが服さえ合わせていれば部外者と思われることはなかろう。
 生後何ヶ月なのか知らないが、その割に知恵が回ると横島は感心していた。まあ半分は買いかぶりであったが。
 もっとも令子と横島が今ここにいられるのも、新入生の父兄だと思ってもらえているからである。いざとなったら文珠でどうにかするつもりだったが、これは仕事の切り札なのだからあまりしょうもない事で使いたくはない。

「そうね。まったく手間かけさせてくれるんだから」

 令子も渋い顔でそう答えたが、追いかけて捕まえる気はないようだ。横島がその辺の彼女の思惑を訊ねてみると、

「ここで騒ぎ起こしたくないし、何も問題起こってないのに止めさせたらまた同じことしかねないでしょ。だからしばらく様子を見ましょう」

 という返事がかえってきた。なるほどもっともである。
 そのタマモはしばらく部活動の連中を眺めていたのだが、やがて興味を失ったかのようについっと身を翻した。
 すでに入学式は終わり、式場の体育館から出て来た新入生たちが物珍しげに辺りをうろついている。タマモもその1人であるかのように振舞っていたのだが、しかし天性の造形の美しさと金色のナインテールはやはり目立つ。彼女はすでに勧誘団の一部(主に年下趣味の男子)に注目されていた。
 ふと気がつけば、その中の何人かが後ろからじっとタマモを見つめているではないか。なぜか犬耳と犬尻尾を生やして、発情期にでもなったかのように荒い呼吸を繰り返している。

(な、何アレ……!?)

 タマモはぞっとしたが、しかし敵(?)の正体を観察することは忘れなかった。狩人として、あるいはGSの手伝いをする者として当然のことである。
 匂いや雰囲気を見る限りでは、犬神や妖怪の類とは思えなかった。しかしただの人間に本物の犬耳や犬尻尾が生えるなど、普通では考えられない。
 もっとも可能性が高いのは、

(ひょっとして、集団霊障事件ってやつ!? 何か目の焦点が合ってないし)

 彼女は除霊事務所の居候なのだから、発想がそういう方向に向かうのはごく自然なことと言えるだろう。しかしタマモはGS資格を持っていないし、特に依頼を受けたわけでもないから、彼らをどうにかしてやる義務はない。
 というか、彼らと目が合った瞬間にそういう論理的な思考はきれいさっぱり消し飛んだ。だって女の子なんだもん、あんな気色悪いのはカンベンしてほしい。

「いやーーーっ!!」

 幻術や変化といった特殊能力を使おうと考える間もあらばこそ。タマモは脛を回して一目散に逃げ出した。



「タマモのやつ急に走り出しましたけど、何かあったんですかね?」

 狐少女の態度が急変したのを不思議に思った横島が傍らの令子にそう訊ねると、美貌の雇い主はやれやれと肩をすくめた。

「あの子も前世はともかく今はまだ子どもだからね。女に飢えた男どものギラついた視線がおぞましかったんでしょ」

 令子の回答は煩悩魔人への皮肉でもあったのだが、横島は華麗にスルーした。

「ああ、なるほど。確かにあいつら生物学的にヘンですもんね」
「あんたもね」

 令子が今度はもう少し直接的にツッコんでみたが、横島はこれもスルーした。

「で、どーします? タマモ追いかけますか?」
「そうね。私は先に帰るから、あとはあんたに任せるわ」

 と令子がいきなり撤退を決意したのは、GSとしての鋭敏な霊感でもって、あの人犬どもが自分の存在に気づいたのを察知したためである。
 驚いた横島が「はあ!?」とびっくり顔を向けて来たときには、令子はすでに身を翻して後方に跳躍していた。実は彼女自身もこっち方面ではまだ子どもなので、ちょっとばかり背筋に悪寒が走ってしまったのだ。
 呆然とその後ろ姿を見送る横島。

「ほ、ほんとに帰っちまったよあのヒト……なんつー無責任な」

 横島1人では父兄とは思ってもらえないだろう。教師に見つかったら「君どこの生徒だい? この学校に何の用かな」などと追及されて補導されかねない。
 いやそれより。極上の獲物2人に逃げられて欲求不満がたまった人犬どもが凶暴化のきざしを見せ始めているではないか。
 しかしここは男子校でもないのに、なぜ彼らはああも女に飢えているのだろうか? 横島はその疑問を解くのと自分の外見をごまかすために、文珠《模》を発動させた。
 ―――彼自身を見れば答えはすぐ出るじゃないか、なんていけずな突っ込みはボツである。
 文珠が効果を顕すと横島の服がこの学校の制服に変わり、犬耳と犬尻尾が生えてきた。同時にモデルにした少年の思考が伝わってくる。

(―――ああそうさ、俺たちはモテねーよ! クラスの女子にゃ見向きもされねーし、ナンパなんざ成功したこたぁねぇ!)
(だがな、俺たちにも男の意地ってやつがある! イケメンの軟派ヤローばっかりに女の子独り占めされてるワケにゃいかねーんだよぉぉぉ!)
(とゆーわけで、部活の後輩だったら色々教えてあげるっつー展開で仲良くなれるんじゃないかなー、と思ってたのにー!)
(顔がいいやつには何やっても勝てんとゆーのか? 一生懸命考えたのに、結局顔が全てだとゆーのか!?)
(ちくしょー、こーなったら実力行使じゃ! あの金髪のコを我が水泳部に力ずくでも勧誘して、我が部自慢の七色のスク水を着せてやるぅぅぅぅ!!)

「ア……アホかあいつら」

 横島がまたも自分のことは棚上げにしてつぶやいた。確かにいろいろと共感できる部分はあったが、彼は一応短期間ながら恋人がいたことがある。それゆえ、いつかのコンプレックス妖怪の時のように洗脳されずに済んだのだ。

「お、おまえのおかげでまた助かったぜ、ルシオラ……!」

 ルシオラもこんなことで感謝されてもあんまり嬉しくないだろうが、それはともかく。
 どうやら彼らはタマモを追いかける気のようだ。このままでは彼女の身が危ない。
 七色のスク水とやらには興味があったが、それはこの際後回しだ。何しろ敵は女への執念だけで、生物として有り得ない現象を起こすほどのツワモノ揃いなのだから。
 横島はとりあえず思考の流入だけはカットすると、同僚の危機を救うべく走り出した。



「ひぃっ!? お、追ってきた!?」

 ふと背後から聞こえた喧騒に振り向いたタマモが悲鳴をあげた。追って来たのは1人ではなく、先頭を切った水泳部の少年に触発された他の部の生徒たちもそれに続いているのだ。か弱い少女が恐怖に震え上がるのも当然のことであろう。

(も、もしかして正体バレた!? それでいつかの自衛隊とかいう連中みたいに私を退治しよーとしてるとか!?)

 しかし妖怪退治ならむしろあの人犬どもを先にやっつけてほしいものだ。オカルトGメンは何をしている!?
 そうだ、オカGを呼べばいいのだ。辻斬りの件で西条に貸しがあるから、今後も自分の協力が欲しいなら助けに来てくれるだろう。

「……って、今日は携帯持って来てないじゃないーー!!」

 携帯電話は一応令子が買ってくれたのだが、あれは変化の術の効果範囲外なので、使うと分かっているとき以外は持ち歩かないようにしているのだ。
 無駄なことをしたせいで距離が縮んでしまった。タマモは自分のうかつさを呪いつつ、校舎の角を曲がっていったん連中の視界から逃れる。そう、人に見られてさえいなければ変化の術を使っても問題ないのだ。
 しかしその曲がった先に、人犬の1人が悠然と待ち伏せしていようとは。

「なっ、先回りされてた!?」

 驚愕に頬をゆがめたタマモだが、その表情はすぐにゆるんだ。確かにこの学校の制服を着て犬耳犬尻尾を生やしてはいたが、その顔は彼女の同僚の横島忠夫だったのだから。

「タマモ、こっちだ、早く来い!」

 そう叫んだ横島の顔は見たところ正気を保ってそうだから、近づいても問題あるまい。どういう経過で彼があの連中と同じ姿で今ここに登場したのかは分からないが、この際そんな事はどうでもよかった。
 横島の右手にビー玉っぽい物体が2つ浮かび上がったのが見えた。彼のもとにたどり着きさえすれば、あの万能オカルトアイテムでこの場から逃れることができるだろう。
 しかし彼女を追う人犬たちもそう甘くはなかった。

「独り占めは許さんぜよ! ケキョーーーッ!!」

 どこからか現れた3人の人犬が怪鳥のごとく両腕を広げて跳躍する。その三位一体の強烈な飛び蹴りを不意打ちでくらった横島は声もなく地面にくず折れた。

「や、役に立たない!?」

 タマモは心底あきれたが、さすがに横島もそこまで無能ではなかった。意識を失う直前、右手に持ったビー玉をタマモの方に投げて寄こす。
 両手で1つずつキャッチしたタマモがその玉を見てみると、やはりそれは文珠で《脱》《出》とそれぞれ文字がこめられていた。

「ベ、ベタだわ……でもせっかくだし、ありがたく使わせてもらうわね横島」

 タマモが文珠を握り直して念をこめると、それは少女の手の中でまばゆい光を放ち出す。
 タマモはそれが自分を学校の外に連れ出してくれることを期待していたのだが、しかしやはり現実は糖分控えめのピリ辛タイプであった。何の因果か、タマモが着ていたブレザーとブラウス、そしてスカートだけが彼女の体からぽんっと脱げてしまったのだ。

「きゃーーーっ!?」

 自分の身に何が起こったのか気づいたタマモが、耳まで真っ赤になってしゃがみこむ。まあ下着まで脱げなかったのは不幸中の幸いというべきだろう。

「な、何で!? さては横島、文珠に何か細工したわね!?」

 とタマモは人のせいにしたが、これはまったくの濡れ衣である。彼女は文珠の使い方にはまったく習熟していないので、2文字連結発動なんて高度な技は使えない。よって、先に来る《脱》だけが発動してしまったというわけだ。
 だがこれはあるいは成功だったというべきかも知れない。なぜなら心の準備なしで美少女の下着姿を見せられた人犬たちも鼻血を出しすぎて貧血で倒れていたから。まさに「脱出」のチャンスである。

「い、今は勘弁してあげるけど後で覚えてなさいよ横島ーー!」

 その断罪が濡れ衣であることにはいまだ気づかぬまま、タマモは地面に落ちた服をつかんで駆け出した。



 そのあとタマモは数々の艱難辛苦をくぐり抜け、ついに学食という名の桃源郷に到達した。はずんだ息を整えつつ、喜び勇んで扉を開ける、いや開けようとしたが押しても引いてもずらしてみても開かない。

「……?」

 不思議に思ってよく見てみると、ガラス製の扉にはこんな張り紙がしてあった。

「3月26日(月)から4月7日(土)まで春休みにつき休業いたします」

 がーーーーーーん!!
 激しくショックである。背景が真っ暗になり、天井から一斗缶が落ちてきて脳天に直撃するほどの。
 ちなみに今日は4月6日。入学式だけで授業はないから、学食も休みなのだ。

「な、何ですってーーーー!? この私にあんな怖い思いさせといて休みだなんて、全世界狐っ娘連盟1000万の仲間たちが黙ってないわよ!? 今すぐ心を入れ替えて、私のためにキツネうどんを77杯つくりなさい!!」

 怒りと落胆のあまり意味不明なことをわめきだすタマモだったが、この場にいない店主がそれに応えるはずもなく。応えたのはまだ彼女を追っていた人犬たちだけだった。
 騒がしい吼え声と足音が聞こえてくる。こうなってはタマモもいったん退却するしかなかった。

「わ、私は絶対あきらめないからね! あいしゃるりたーーーーん!!」

 他日の再戦を心に期しつつ、タマモは小鳥に化けてこの学校と称した魔窟から逃げ出したのだった。



 ―――おしまい。

 枯れ木も山の賑わいというか、上手な方を引き立たせるくらいの役には立つというか。
 オチがついてなかったり、「ぺーじ1」と謳ってたりしますが、次があるかどうかは果てしなく未定ですm(_ _)m
 ではまた。

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