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【DS】えんじょい!? すくーる・らいふ

 社会勉強というものを端的に済ませるのならば、やはり学校というのは優れた機関である。というのはオカルトGメン日本支部最高責任者、美神美智恵の48の持論のうちのひとつだ。
 きつねうどんただ食いなんて事をやらかすような世間知らず妖狐が、娘の手元だけでまっとうに育つはずがない、という確信を持っての行動は、とても素早かった。


 〜えんじょい!? すくーる・らいふ〜


 入学してから四日目の朝。登校して先ず目に入るのは、自分の下駄箱を埋める便箋の小山だった。

「……クツが入らないじゃないの……」

 呆れかえっているものの、その場で狐火を使って焼却処分せずに手提げの紙袋にぞんざいに放り込む。その表情からはたただただ面倒くさいという本音だけが読み取れた。
 となりを見ると自分ほどではないが、喧嘩友達でルームメイトのシロの下駄箱にも便箋が山と積まれていた。

「ふーん……その子、あたしのクラスの、結構かわいい子よ♪」
「拙者『れずっけ』とやらは無いのでござるが……」

 目ざとくシロの下駄箱から零れ落ちた便箋の差出人の名前を確かめてからかってやる。彼女の下駄箱を埋める便箋の差出人は100%同性からのもの。
 自分とは一点だけ根本的に違う身体構造ゆえにスカートを着用せずに、男子と同じ制服をまとっているシロを横目に、クツを履き替える時に下着が見えないように気を使わなくて楽そうだと益体もないことを考えつつ、便箋の山から発掘した上靴を手に取るタマモだった。








 二人が入学することになった機関は、思春期まっただなかのティーンエイジの集う所でもある。
 引き締まった健康美を凛とした態度で見せ付ける男装の麗人と化したシロと、妖しい魅力とどこかクールな態度が醸す艶を匂わせるタマモの二人が、若い情熱と迸るパトスを伴った注目を集めるのは、運命ともいえる必然だったのかもしれない。

 もちろん、そのことをキッチリ予想していた美智恵は、己が忠実なる部下にして弟子に命じて『妖孤および、人狼の監視』という建前の過保護なボディガードを周囲に大仰に張り巡らせていた。

 入学式終了のその放課後といえる時間に、二人の周囲に下心丸出しの黒山の人だかりが出来た時、万が一に備えて結界車両をも考えてはいたものの、意外や意外。人狼の少女は「すでに心に決めた男(ひと)が居るので、お付き合いはできません」と宣言し、それでもなお、しつこく食い下がる勘違いした男を、力と技であしらい、妖狐の少女は幻術を使ってあっさりと騙くらかして逃げを打った。

 比較的常識的な振る舞いに安心した美智恵だったが、いつ何時、堪忍袋の緒が切れた人狼少女と妖狐少女コンビによる『学園無双』が始まってしまうという可能性はゼロではない。
 美智恵は二人を信用していても、事態を楽観して泥沼に導くような愚か者ではなかった。

 しかし、部下には「何かあったら全力でモミ消すように」と指示して本人自ら監視するのは、行き過ぎというか親バカというか――美智恵に付き合わされて入学式から今日に至るまで終日二人を監視している横島の正直な感想だった。

「ところで隊長。俺らの格好に何か意味はあるんですか?」

 文珠で気配を消して周囲から全く気づかれないようにしているので、普段どおりでも問題はない筈なのだが、

「気分の問題よ。気合が入るでしょう」

 気合が入ったところで、どうにかなる訳でなし。
 まぁいいかと公欠扱いと普段よりは破格の時給という目の前の人参に、横島は深く考えることをやめた。







 タマモは学校生活の中で勉強と同じくウェイトを占める部活動に所属する気はさらさら無かった。

 しかし、入学祝と称して普段より少しだけ豪華な夕食の席で「部活に入るのも社会勉強のうちよ」と家主に諭され、家事担当および唯一の良心に
「新しいお友達が出来たら、きっと学校が楽しくなりますよ」と言われてまで反対するのは、子供じみた抵抗のようで、彼女のプライドが許さなかった。いつもより美味しい油揚げが、タマモを後押ししたのかもしれない。

 そうして部活動に入る決心はしたものの――



(やれやれ……)

 『ため息をついた分だけ幸せが逃げる』等ということを信じているタマモではないが、今日一日だけでも随分とため息をついたのではないかと振り返ると、またため息をつきたくなった。 

 今朝方、下駄箱を埋める大量の恋文をダシにからかってやったシロを見やると、あまたの体育会系部活動からのスカウトの相手に忙しそうだ。
 まんざらでもなさそうに対応している所を見ると、すでにいくつか興味が惹かれるものがあるのだろうと思われた。

 単純でいいわねと思いつつも興味が持てる物があることに、ちょっとだけ嫉妬する。

 自分の所に群がるスカウトマンは『男は狼』とばかりに耳や肉球、シッポまでもが幻視できる程、下心がだだ漏れの男だらけである。
 どんな活動をするのか興味が持てた所があっても、できれば御免被りたいという気持ちでいっぱいになった。

(なんか……つまんない)

 そもそも自身は孤独や孤高などと喩えらもする狐の妖怪。
 群での生活が基本の狼とは違うのだ。
 一匹狼なんて形容もある事は、この際都合よく無視して、自分は彼女と違うんだと結論付けると、先の決心があっさりと瓦解するのがわかった。

(こんなの、つまんない……)



「何猫被ってるんだか……」
「このままじゃいけないわね」

 監視者二人は眉をひそめ、彼女のこれからについて思案した。
 さしあたって今晩の夕餉で彼女の好物を多めに用意しておいた方がいいだろうと、アタリをつけて家事担当者に連絡を入れる。

 


 その日の晩餐の折、饒舌な人狼少女とは対照的に黙々と好物に箸を伸ばすタマモの姿が美智恵には酷く危うく見えた。

 食後の一服の時間に下の娘をあやしながら、美智恵は屋根裏部屋と足を運んだ。 
 そこには何の感情もこもらない瞳でブレザーをただ眺めているタマモの姿だけがあった。


「学校はつまらないかしら?」

「別に……」

 ごろんとベッドに横になるその態度ですでに「つまらない」と答えてるようなものだが、美智恵はそこにあえて突っ込みを入れるような無粋はしない。

「もしかして人見知りしてるのかしら?」

「…………」

 美智恵に背を向けるように寝返りをうつ。シロの着ていた男物の制服が目に入り、楽しそうにいろいろな人と話していた彼女の姿を思い出すと、胸にモヤがかかったような気分になる。
 「犬じゃないもん!」とギャンギャン吼える姿や、三段重ねの重箱の弁当を空にする姿を惜しげもなくさらす彼女。

 うらやましい。けど、私は彼女と違う。
 あんなにたくさんの人間達と――

「べつにムリしなくてもいいのよ。一人か二人でも、仲良くお話できる人が出来れば、それでいいのよ」

 いつの間にかベッドに腰かけて、優しく髪を梳くその手を、払いのける気にはなれなかった。

 思い出す。
 遊園地で出合った彼は、間違いなく私を理解してくれる人の一人だ。

 いいや、多分、きっと――友達なのだろう。

 別れ際にもらった風船は萎んでいても、あの日の出来事は、つい先日のように蘇る。

 それはタマモにとって大切な思い出。



 美智恵は腕の中の娘が眠りについても、タマモの髪を梳く手を止めなかった。
 
 

 バタバタと景気良く階段を駆け上る音が響くと同時に、髪を梳く手が離れた。
 まったく、デリカシーないわねと思いつつ、頭の別の部分では陰惨たる気分をムリヤリにでも吹き飛ばす彼女の明るさに感謝していた。

「じゃぁね、タマモちゃん」

「ん……」

 手を振り、階下に向かう美智恵を名残惜しそうに眺める。
 入れ替わりで入ってきたシロに「だらしないでござるよ」と言われて「うっさい」とだけ返すタマモが、いつもの彼女だという確信を持って美智恵は明日の準備をすることにした。













「お!? タマモのヤツ、なんか吹っ切れたか?」

 あんぱんをコーヒー牛乳で流し込む横島が見たタマモの目は、先日のように力の無いものではなかった。
 むしろ、何かを企んでいる妖しい光さえ見て取れた。

 それは間違いではなかった。
 タマモはこれからの学校生活をいかに自分が楽しく過ごすか考えていたのだから。


 いったい何を考えていたのかは余人にはあずかり知らぬこと。






 ただ、


 入学一週間にして「タマモちゃんはアホの子」という認識が、同一学年は愚か、全校生徒、はたまた教職員全員、果ては卒業生の一部にまでに浸透してしまったことは、彼女の名誉の為に語らないでおくのが大人の優しさというもの。


 お弁当として持ってきたカップうどんに入れるお湯が見つからなくて、蓋を開けたままのそれを持って学校中をオロオロウロウロした挙句に時間切れまじかに水を入れて泣きながら食べたという伝説が長く語り継がれているのは、多分関係が無い。






あとがき

アホの子タマモが出来るまでにはいろいろな葛藤やらがあったはず……
というSSです。自分の文才が無いのが憎らしい。

オチありきのSSなのにどこをどう間違って周回おくれしてしまったのやら。
オチが苦し紛れのUターンというか置きっ放し式一人ジャーマンスープレックスであることは自覚していますw
どう見てもオチが強引です。本当にありがとうございました。

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