昔々、ある時代のあるところ。
そこには1件のお寺があり、眼鏡をかけた幸の薄い和尚さんと三白眼で目つきの悪い小坊主さんがいました。
和尚さんの名前は「唐巣」
小坊主さんの名前は「雪之丞」
小坊主のほうは、人々から「ゆっ休さん」と呼ばれていました。
「……ママ上様、お元気ですか?夕べ杉の梢に明るく光る星一つみつけました」
書机に向かってなにやら文をしたためているのは、我らがゆっ休さん。どうやら手紙らしいですね。
「我ながら良い詩だ、アニメのエンディングが張れるな」
常人にはまず判別不可能と思われる怪しげな文様が和紙の上をのたくっていますが、彼には読めるのでしょう。
完成した手紙を読み直して満足げにうなずくゆっ休さん。そんなとき、廊下の方からこの部屋に近づいてくる足音が聞こえました。
「ゆっ休いるかね?」
入ってきたのはこの寺の住職である唐巣和尚。なんだかとっても問題になりそうなキャスティングですが、神が変わったので髪の心配をしなくてもよくなりました。めでたしめでたし。
「ん?いるぞ?」
とても横柄に答えたゆっ休さん、ほんとにこいつは小坊主なんでしょうか。
気のせいか和尚さんの光る頭に少し青筋が浮いてますね、それがとてもよく見えます。
「……え〜とだね雪之丞、いつも言っているが私は和尚なんだから、もう少し言葉使いをだね……」
「あ〜、わるかったな言いなおす──『在室してるぞ』」
「…………」
問題は語尾やら口調なのですが、とりあえず何時ものことなので、和尚さんも深くは追求しません。
「で、なんか用か?」
やっぱり追求しようかとも考えた和尚さんでしたが、ぐっと堪えて用事を言いました。
「実はね、アシュタロス将軍様がお前に会ってみたいと言われてね、我々はこれからお城に行かなければならなくなったんだ」
「面倒くせえなあ〜」
将軍様の申し出を面倒くさいと言い切るゆっ休さん。ある意味大人物と言えますね。
ちなみにアシュタロス将軍とは、今この国を治めているとってもえらい人のことです。
でも、本当に面倒くさいから行かないなんてことになったら一大事。
将軍様の機嫌をそこねては、こんな小さなお寺などあっという間に取り潰されてしまいます。唐巣和尚はゆっ休さんをおだてたり宥めたりして何とか説得しました。
その甲斐あって、二人はお城へ向かうことになったのでした。
■この橋渡るべからず
お城に向かう道の途中、そこには大きな川が流れています。
この川には立派な橋が架かっているのですが、今日に限って橋の横に、なにやら立て札が立っていました。
文言は『この橋渡るべからず』。
困りましたね、近くには別の橋も渡し舟もありません。一番近い回り道をしても、今日中にお城につけなくなってしまいます。
そんな二人の前に、サングラスをかけた怪しげな小男が現われました。
「立て札のとおり橋を渡ったら駄目アルネ」
この人は厄珍屋さんと言って、町の商人さんです。
怪しげな品物をあつかった商売をしているのですが、いつもゆっ休さんにギャフンと言わされているのに、それでもゆっ休さんに関わるのをやめようとしません。
愛すべき人ですね。
この立て札も、厄珍屋さんの仕業でした。何処からかゆっ休さんがお城に向かうと聞きつけて、わざわざこんなことを仕掛けたのでした。
「フフフ、降参か?降参アルカ?」
困った様子のゆっ休さんを見て、喜ぶ厄珍屋さん。ほんとに嬉しそうです。
ですが、そんな時、唐巣和尚さんが何かを思いついたようにポンと手を叩きました。
「そうか、これは『端』を渡らなければいいんだよ。だから真ん中を歩いていけば『端』を渡ったことにはならない……」
そう言って和尚さんはゆっ休さんの方を見たのですが、そちらを見て愕然としていまいました。
ゆっ休さんは座禅を組んで『ポクポクポク』と何処からともなく木魚音を響かせています。これは彼が『とんち』を考えている最中ということを示す、とっても分かりやすいビジュアルでした。
ゆっ休さんの『とんち』はちょっと有名。
『とんち』という拳を使って悪党を半殺しにしたり、『とんち』という蹴りを放って大熊を倒したこともあります。
中でも『魔装術』という鬼のような姿に変身する『とんち』はゆっ休さんの十八番でした。
え?なにかが違うって?さてさて私には全く分かりません。ええ聞こえません、聞こえませんとも!
気を取り直して物語の舞台に眼を転じると、『チーン』という気持ちの良い音と共に、ゆっ休さんは目を開けてニタリと笑いました。
和尚さんは、とても嫌な予感をヒシヒシと感じてしまいます。
「……確かに橋は渡れねえが……ふっ問題ない」
そう言うと、ゆっ休さんは嫌がる和尚さんを担ぎながら、川原へ向かい、そのまま水の流れる川の中へザブザブと足を踏み入れました。
「な、なにをする気アルか?」
それを見て、厄珍屋さんは慌てました。
この川は見た目よりも水深があり、結構流れも急です。このまま川に入っていっては、とっても危険でした。
小悪党ですが、まったくのヘタレである厄珍屋さんは、気が気ではありません。
ですが、ゆっ休さんは涼しい顔です。そしてこのようにおっしゃいました。
「……一日30時間の鍛錬という矛盾のみが奇跡を生む」
そう言うと、ゆっ休さんは、ものすごい勢いで足を交互に踏み出します。
それはもう『右足が沈む前に左足を出し、左足が沈む前に右足を出す』くらいの勢いでした。
「水の上なら1000年前に通過した」
か、格好良い。ゆっ休さん格好良いです。まるでとこかの中国拳法の達人のようです。
ゆっ休さんの高速踏み出しに、川の水が盛大な水柱となって立ち昇ります。
そして、ゆっくりと川の中に進むゆっ休さん。
…………アレ?なんか沈んでいきましたね。
「む、無茶アルよ、そもそも一日30時間の鍛錬って有り得ないアルし、1000年前に水上歩行した坊さんもいないヨ!」
哀れゆっ休さん。水上歩行のはずが、入水自殺になってしまいました。
厄珍屋さんは、ゆっ休さんと唐巣和尚さんの位牌を、何故か懐から取り出すと、お線香を供えて手をあわせました。
「……ゆっ休さん、アンタは飛びっきりのバカだったアルけど、最後まで突き抜けたバカだったアル。そして和尚さん、経典が変わってもあんたは幸薄かったアルな」
『チーン』という”おりん”の音がとても寂しく響きました。
のですが、
「ぶはあぁーーーっ!!」
なんと対岸に和尚を担いだ小坊主が上陸したではありませんか。
「チッ、漫画で見たから行けると思ったんだがな、まあ渡れたからいいか。……さて、和尚いつまで寝てるんだよ、さっさと行こうぜ」
どうやら水上歩行は無理でしたが、水中歩行で渡りきったみたいですね。
そして、ゆっ休さんは、お口にお魚を咥えた愛らしい死相の和尚さんを引きずるようにして、お城の方へと歩み去っていきました。
「……バカってすごいアルな」
■屏風の虎退治
お城。
なんだかとっても手抜きな描写ですが、とにかくここは偉い人である、アシュタロス将軍様のお城です。
その謁見の場に、ゆっ休さんと唐巣和尚さんは居ました。
袈裟は例の水中歩行でビショビショになってしまいましたが、お城の気が利く人のおかげで、着替えをもらったので、着替えて気分爽快です。
和尚さんもお城の救急スタッフによる必死な治療で、今は何事もなかったように座っていました。心停止までいったのにギャグって良いですね。
少し待つと、アシュタロス将軍様が、お供を引き連れて謁見の場にやってきました。
「その方がゆっ休か、今日はそなたを見込んで頼みがある」
頼みとはなんでしょう?大体ゆっ休さんを見込むとは、アシュ将軍様さすが節穴です。
「じつは、屏風絵の虎が夜な夜な屏風を抜け出して困っていてな、これを退治して欲しいのだ」
将軍様がそう言うと、家来っぽい御付の人が、屏風をもってやってきました。
とても立派な屏風です。
そして中央には、大きく『存在感の薄そうな大男』が描かれていました。
アレ?どこに虎がいるのでしょう?
「……将軍様、虎はどこに?」
唐巣和尚は見当たらない虎を求めて、将軍様に尋ねました。
「うむ、じつはこの『存在感の薄そうな大男』は一応虎なのだそうだ……」
はあ──と気のない返事を唐巣和尚さんはしました。たしかに虎と言われれば、なんとなく未来とか別次元では虎という感じがしないでもありません。
ふたたびじっくりと虎を観察する和尚さん。
「思うに……しばらく放置しておいたら消えるのではないでしょうか?姿からまったく存在感が感じられないというか、キャラクターの人気の無さが滲み出しているように見受けられますが」
和尚さん容赦ありません。真実の直撃を受けて、屏風の大男は血の涙を流してしまいました。これがマリア像だったら、世紀末予言ものですね。
「うむ、まあはっきり言って和尚の言うとおりなのだが、それでは小話にならんからな。あと、夜な夜な抜け出して『すすり泣かれる』というのも、それはそれでうっとおしい」
だからサクッと何とかしてくれ。と、アシュタロス将軍様はかなりぞんざいに仰られました。
さて、そんな訳でこの屏風の虎をどうにかしなければならなくなった和尚さんとゆっ休さん。しかり困りました、二人は一応”ただの坊さん”です。果てしなく疑問符がつきそうですが”ただの坊さん”です。
そんな二人にとって、屏風の中の虎(?)を退治するなんてこと、出来るはずもありませんよね?
「どうした?まさか出来んというのではあるまいな?」
アシュタロス将軍様は、困る二人になんだか不満そうな様子。
ですが、そんな時、唐巣和尚さんが何かを思いついたようにポンと手を叩きました。
「そうか!これは将軍様に『屏風の後ろから虎を追い出してください』という、ある意味とんでも責任転換をしてやればいいんだよ。当然屏風の虎なんて追い出せるわけがないから、将軍様が参ったするという……」
そう言って和尚さんはゆっ休さんの方を見たのですが、そちらを見て愕然としていまいました。
ゆっ休さんは座禅を組んで『ポクポクポク』と何処からともなく木魚音を響かせています。
ポクポクポクポクポクポクポクポクポク
ポクポクポクポクポクポク
ポクポクポク……
…………アレ?『チーン』がいつまでたっても鳴りませんね。
代わりにぶすぶすと、なにやら頭から煙を上げたゆっ休さん。しばらくフルフルと小刻みに震えていたのですが、クワッ!と目を開くと言いました。
「わかるかっ!!」
そしてゆっ休さんは雄々しく立ち上がると「帰る!」との掛け声とともに、ズンズンとお城をあとにしてしまいました。
「……和尚、これはいったいどういうことだ?」
突然のことに、アシュタロス将軍様は唐巣和尚を詰問しました。ちょっと不機嫌そうです。和尚さんは冷や汗をかきながら一生懸命申し開きをしました。
「も、申し訳ございません。本日は、おそらく調子が悪かったのだと。御無礼のほどは、平に平にご容赦をっ!」
和尚さんは土下座しました。
そんな和尚さんの誠意が通じたのか、アシュタロス将軍さまは溜息を一つ吐くと、改めて言います。
「……まあいい、とにかくこの虎を退治してくれるか」
話題が虎退治になったのを見て、和尚さんはここぞとばかり『とんち』を披露します。
「わかりました。では将軍様、わたしがこちらで虎を待構えますので、将軍様は屏風の裏から虎を追い出してください」
和尚さんはそう言うと、屏風の前で虎を待構えるかのようなポーズを決めてみせました。見事です、見事な『とんち』。
あとは将軍様が『参った天晴れなとんちである』と言ってくるのを待つだけです。
…………アレ?何も言ってきませんね。
「……和尚、そこへなおれ」
しばらくして将軍様が発したのはそんな言葉。
「追い立てるなんてことが出来んからお前たちを呼んだのだぞ?……お前はバカか?」
ああ、なんてことでしょう。アシュタロス将軍様は『とんち』を『素』で返してしまいました。これでは『とんち』はただの『屁理屈』になってしまいます。
「余を愚弄した罪により和尚を『毛抜き』の刑とする」
将軍様がそう宣言すると、家来の方々がソロゾロと参上しました。
皆さん両手にピンセットを持参しています。
「や、やめ!やめろおぉぉーーーーっ!!!」
国中に響き渡る壮絶な叫び声が木霊しましたとさ。
めでたしめでたし♪
おしまい
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