玄関の扉が軋んだ音を立てながらゆっくりと閉まり、
外から聞こえてくる雨音は若干小さくなった。
「はー、疲れた」
「大変でしたね」
頭に巻いてるバンダナを取り、
ぎゅっと絞りながら言う横島さん。
「おキヌちゃんも疲れたでしょ?やっぱり傘買えばよかったかな」
「大丈夫ですよ、私走るの好きですから」
* * *
久しぶりに二人きりでのお買い物。
最近はいろいろあってどこに出かけるにしても、
二人だけということは無くて、ちょっとだけおめかしして出かけた日曜。
出かけるときには雲一つ無い青空だったのに、
うちに帰る途中で急に天気が悪くなってきた。
あとはもう、気づいた時には道路に一粒雨粒が落ちたと思ったら、
バケツをひっくり返したようななんて比喩が当てはまる状況。
こういう雨はすぐに止むものだからと、
横島さんの言葉に従いしばらく雨宿りをすることにしました。
「凄い雨だね」
「そうですね」
「さっきまであんなに晴れてたのになぁ」
「日ごろの行いが悪いせいかもしれませんよ」
誰のとは良いませんが。
「……それってもしかして俺?」
「心当たりはあるんですか?」
「ううっ、そんな目でみないでー!」
「冗談ですよ」
「ほんとに?」
「……冗談ですよ?」
「何で疑問系なの?」
「ふふ、なんででしょうね」
それから二十分ほど経ったけど、止む気配がまったくしません。
止むどころか、雨はその勢いを更に強くしているように感じられます。
どうしようか、これだったら今のうちに急いで帰ったほうがいいかな?
「ぜんぜん止みませんね」
「うん、そうだね。俺が傘買って来ようか?」
「でも、コンビニまで結構遠いですし、横島さんが濡れちゃいます」
「俺は別に大丈夫だよ」
「駄目ですよ、濡れた体で外に居たらすぐに風邪ひいちゃいます」
「大丈夫だってこのくらいぜんぜん余裕だよ……」
きっとこのままだと横島さんは無理矢理にでも傘を買いに行っちゃう。
仕方ない、私は覚悟を決めて雨の中にその身を晒す。
「お、おキヌちゃん!」
「ほら横島さん、走ればすぐにつきますよ」
「ちょ、ちょっと待って!」
「待ちませんよー」
だけど、すぐって言ってもやっぱりそれなりの距離があって、
傘が無いのはやはり無謀な選択だったでしょうか。
* * *
服は水分を吸って体に張り付いて、
靴下まで雨を吸い込み、ちょっと気持ち悪いです。
「あー、このジーンズ気に入ってたのになぁ」
「いつも同じもの穿いてるじゃないですか?」
「こいつはいつものとちょっと違うんだよ。生地がいつもの奴より丈夫でさ……」
こちらを向きながら語る横島さん。
でもいつもと違うのを穿いてるってことは、
横島さん少しは意識してくれたのかなぁ。
ちょっとでも私と出かけることを特別なことだと思ってるのなら、嬉しいな。
「…………」
「横島さん?どうしたんですか急に黙って」
「……へっ!?い、いやあの、これは不可抗力で!」
不可抗力?
いったい何のことだろうと、横島さんの目を辿ると、
そこには私が居る。
正確に言えば私の胸の辺りでしょうか。
今日着てる服はワンピースにお気に入りのカーデガン。
最近は少し暖かくなってきたから少し薄めの生地のものを着てきました。
それも今は、雨の水分を吸って見れた状態ではないですけど。
……状態?
えっと、さっきまで雨の中を走ってきて、
それで服はびしょびしょで……。
「っ!横島さんあっち向いてください!」
「は、はい!」
見られた。
胸、見られちゃった。
「え、えと、おキヌちゃん。タオルと着替え用意するからさ、着替えちゃいなよ」
「はい……。わかりました」
「でもおキヌちゃんに着れる服あったかなー、スウェットなら着れるかな」
「何でもいいですよ」
「そう?じゃあ、着替えここ置いとくから、俺出てる間に着替えておいて」
そういうとできるだけこっちを見ないようにして、
外に出ようとする。
「横島さん、外は寒いですよ」
「へ?でもこの部屋狭いしさ」
「……大丈夫です、横島さんあっち向いててください」
「うぇ!?いや、あの、でも、さ」
「私、横島さんのこと信用してますから」
「……あ、う、うん。わかった」
小さい返事をした後、直立不動で壁のほうを向く。
私はそれを確認すると、まずはカーデガンから手にかける。
湿った服は上手く腕を通り抜けなくてこれだけで一苦労。
そして次はいよいよワンピース。
軽く目を壁のほうに向けると、
手で耳を塞いでる横島さんの姿が見える。
あまり時間をかけないように一気に、重くなった服を脱ぎ捨てる。
そして横島さんが用意してくれたタオルで体を拭き、トレーナーとスウェットを装着。
下着もびっしょり濡れちゃっているので、買い物袋の中に入れて、
隅っこのほうに隠しておく。
この間恐らく3分位だろうか。
もう一度横島さんのほうを向くと、耳を塞いでるのに加えて般若心経を唱えていた。
「もういいですよ」
「う、うん!」
慌てて出したから声が裏返ってる、
ちょっとおもしろい。
「次は横島さんが着替えちゃってください。私は後ろ向いてますから」
「うん、わかった」
くるりと壁のほうを向くと、
数瞬遅れて衣擦れの音がしてきた。
ゴソゴソ。
ゴソゴソ。
何となく、ほんとうに何となくだけど、
いつもの子守唄を口ずさんでいた。
* * *
「はい、横島さん。お茶ですよ」
「ありがと。おお、温かいなぁ」
「ふふふ、お茶は温かくなくちゃ美味しくないですよ」
「そうだね」
あれから一時間、雨はなかなか止みません。
ザーザー降り続く雨はさらにその音を増していきます。
「あ、そうだ。服、小鳩ちゃんに借りればよかったね。今から聞きに行こうか?」
「いいですよ、私、この服が良いです」
「そう?ならいいけど」
ずっと続いているとりとめの無い会話が耳に優しい。
ずっと、ずっとこうしていられれば良いのに。
でも、これだけじゃ足りないと叫ぶ私がいる。
「ちょっと寒いですね」
「そうだね、ストーブ片付けちゃったからなぁ」
「じゃあこういうのはどうですか?」
まだ少し湿った髪ごと頭を横島さんの肩に押し付けて、
体をぴたっとくっつける。
心臓が、少し鼓動を早めた。
「お、おキヌちゃん?!」
「嫌、ですか?」
「いや、ぜんぜん嫌じゃない」
――無言の間。
今度耳に聞こえてくるのは、ただ雨の音だけ。
でもなんでだろう、さっきよりも幸せが募っていく。
「雨止みませんね」
「日ごろの行いが悪いからかな」
「そんなこと無いですよ」
「そうかな?」
「はい」
なんてことのない、いつもの空間。
なのにこの人と居るだけでどんどん幸せが溢れてくる。
溢れた幸せはきっと、空まで届くんだ。
「あ、横島さん。雨の音しませんよ」
「ほんとだ。お、日が差してるよ」
「……きれいですね」
「うん、そうだね」
「じゃあ洗濯しちゃいましょうか。横島さん、濡れた服とってください」
「ああ、これだね。あれ、これって……!?」
「きゃあーー!!見ないでください!!」
「ま、まさか、今のおキヌちゃんは下着を?!」
「横島さん目がエッチです!」
眩しい太陽が隠れ、地面をぬらす雨が降り、
そしてまた太陽が現れる。
こんな日はきっと、世界が幸せに満ちる日。
FIN
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