「はーなこさんっ、あーそびーましょ」
ガチャン……キイィィィ………。
横島の言葉を合図にしたように個室トイレの扉が開かれる。
個室トイレはトイレットペーパーが散乱していた。
水分を含んだそれはシナシナになって床のタイルや壁に貼りついていた。
それらの中心、すなわち便座の上に赤い服を着たおかっぱ頭の女の子が浮かんでいる。
歳は見た目から判断して小学校低学年ぐらいだろうか。
「熱い……熱いよぉ……」
「熱い?」
横島はつい聞き返してしまった。
だって今は十月の終わり、夜になれば肌寒さが容赦なく襲ってくるのだ。
幽霊に寒さが伝わるかどうかは別にして。
ゴウッ!
突然、横島の視界に炎が現れた。
紅蓮の炎は横島を中心として円状に炎上している。
別に上手いこと言ったわけではない。
「―――ッ!?なんじゃこりゃーっ!」
突然の事態に横島は焦りまくる。
周りを見渡しても、目に映るのは炎炎炎。
ピートや愛子の姿形はおろか、トイレの壁も見えやしない。
足元はタイル式の床ではなく、なぜか激しく焼け焦げた木材やら瓦礫やらの山。
炎による照り返しの熱で、横島は猛烈な熱さに襲われた。
「ピートォォォオオッ!愛子ぉぉおおっ!この際タイガーでも構わん、誰か助けてーッ!丸焼きは嫌やーっ!」
メラメラと燃え盛る炎の中で横島は絶叫した。
だがその叫びに返ってくるのは救いの手ではなく、無慈悲な炎だけ。
「えぇーい、こうなりゃ―――」
横島はポケットから文殊を取り出した。
触ったポケットでさえかなりの熱を有しており、思わず顔をしかめながら文字を込める。
「―――これでもくらえっ!」
ポイッ。
勢いよく文珠を放り投げる。
文珠には『冷』と刻まれており、放物線を描きながら宙を舞うかに思われた。
が―――
コツン、ヒュルルルルル………ポトリ。
「へ?」
―――文珠は放物線を描くのをあっさりと止めて、不自然に落下していった。
焦土の上に落下した文殊がピカッと輝き、凍えるほどの冷気が吹き荒れる。
「きゃっ!!」
「うわっ!?」
「愛子?ピート?どこにいんだよぉっ!!」
横島は無駄と思いつつ聞こえた声に向かって叫びを上げた。
声は聞こえど姿は見えず、完全に手詰まりだった。
横島は思考を切り替え、自力脱出を試みることにした。
(声が聞こえた、っつーことは、近くにいるってことだよな?)
二人の声はそれほど離れているようには感じられなかった。
(文珠が不自然に落っこちたってことは、何かに当たったってことか?だとすると―――)
ほんの少しだけ迫りくる炎を意識の外に無理やり追いやる。
これらの状況からややこじつけに近い結論を、冷静になった彼の頭は導き出した。
「この炎、精神感応かっ!」
声から推し量った距離や、文珠の不可解な落下から横島はそう判断した。
周りに炎上する炎や、床の焦土や木材は幻。
文珠の落下はおそらく壁に当たって落っこちたのだろう。
それでもタイガーの精神感応なんかとは比べ物にならないほどの威力を誇っていた。
眼に移る炎からは、確かな『温度』を感じることができる。
「よ、よーし……これは幻、これは幻……熱くない熱くない……」
ブツブツと自分に言い聞かせながら脱出の準備――とは言っても炎から飛び出すだけだが――をする横島。
ここでしっかり認識をしておかなければ炎に飛び込み丸焼き、なんてことになりかねない。
これほど強力な精神感応なら人をショック死させることぐらいはできそうだ。
自分が無事に脱出できるように、炎や感じる熱さが幻だということを頭に叩き込んでおく必要があった。
もっとも一度定義したも事象の認識を後から改める、などということは簡単なことではないが。
案の定、横島には無理っぽかった。
「えぇーい、こうなりゃヤケクソじゃーっ」
未だに熱を感じる炎に横島はビビリながらも飛び込んだ。
視界一杯に炎が広がったが、幸いにして身を焦がすような熱は感じられない。
ちょっと暑いかな、ぐらいの温度に感じられた。
視界から一気に炎が消えていき―――
――お父さん?お父さん!どこにいるの!熱いよ、助けてぇっ!?――
―――脳裏に明確なビジョンが浮かび上がる。
燃え盛る炎に飲み込まれるように崩壊していく木造の建物。
その中で迫りくる炎に頭を抱えて怯えながら必死に助けを求める、先刻の少女の姿。
彼女の感情がハッキリと伝わってくる。
木材でさえも一瞬で消し炭とする高熱、身近に迫った死への恐怖、唯一の肉親がそばにいないということへの絶望。
――お父さん!どこ、お父さん!?――
「お父さん……お父さん……」
「なにじでんのよ゙、よごじまぐん……」
「―――うぇ?って、冷たっ!寒っ!」
愛子の嘆きに横島は正気に戻る。
先程まで鮮明にあったイメージは掻き消えていた。
「あれ?俺、いつの間に―――」
戻ってきたのか。
そう言おうとしたら、愛子がガチガチと寒さに震えながらずっとトイレにいたと言った。
「よよよ横島くんん、ずっと、とととトイレにいたわよよよ。ひひひ一人で突然叫びだすから、びびびビックリしちゃったわ」
「そっそそそうかかか」
寒さのために顎が振るえ続けているのでまるで会話にならない。
それでも言いたいことが伝わるのは彼らが深い友情で結ばれているからだろうか?
多分、違う。
横島が周りを見渡すと、天井からは数本の氷柱が垂れている。
床一面に霜ができていて、歩くとパキパキと小気味いい音を立てた。
「よよよ横島さんんん、なっなんとかじでぐだざいよっよよ」
「むっむ無理。もも文珠うちどどど止め」
バンパイアハーフのピートまでもが寒さに震えている。
眼の幅ほどもある涙を垂らしながら必死に寒さにこらえている。
「とっとりあえず、一時ててて撤退しようぜ」
「「さっ賛成」」
明日を目指して!〜その7〜
「あ〜、ビックリした。机が割れちゃうかと思ったわよ」
「突然泣きながら叫んだと思ったら、いきなり文珠を投げ出しましたもんね。とっさに文珠で防いだからよかったものの、一歩間違ってたら氷漬けでしたよ」
「えろうすいまへんでした」
口々に愚痴をもらす二人に向かってちょっと不貞腐れながら横島は謝罪した。
「それで、どうだったの?」
「いやー、それがさぁ……」
横島は自分が体験した、花子の精神感応能力を二人に話した。
「よっぽどのことがない限り、生徒に危害を加えることはないとは思うんやけどな」
横島は振り返りながらそう言う。
その表情にはどこか翳りが見られた。
「………俺、早退ッ!」
何かを思い立ったのか、横島はいきなり駆け出した。
ピートと愛子は横島のいきなりの奇行にポカーンとしていて、反応できなかった。
ちなみに今は放課後、早退どころかいつもより遅くまで学校に残っている。
「横島くん、どうしたの?」
「さぁ……?」
ついでに言えば、タイガーは咄嗟のことに対応できず、氷漬けになっていたとか。
ダダダダダッ!
『こんにちは、横島さん』
「おうっ、とりあえず開けてくれ」
バタンッ!
珍しく事務所に横島が駆け足でやってきた。
ゼーゼーと息が荒く、額にはうっすら汗。
美神はチラリと横目で見やる。
ズカズカズカ。
横島は競歩気味で美神の前に躍り出た。
「美神さん。ちょこっとシロかりてもいいっすか?」
「ダメ」
即答。
即答とは即座に答えることを言う。
「理由も聞かんとそんなこと言わんでもええやんかーっ!美神さんのどケチーッ!」
横島は眼の幅ほどもある涙を流しながら訴える。
少しは話を聞いてくれたっていいじゃない、と。
美神はイライラしながら横島を睨みつけて言った。
「アンタがシロを連れまわしてる間に依頼が舞い込んだりしたらどうする気なのよ。アンタ損害分、自費で保障してくれるわけ?」
「はぅあっ!」
ギロリ。
まるで蛇に睨まれた蛙である。
横島は一瞬にして竦みあがった。
美神の言うことは至極もっともである。
が、彼女が言うと説得力もへったくれもない気がするのは、気のせいだろうか。
それはともかく、横島はさらに説得を続けた。
「そ、それはおいといてですね、見つかったんですって」
「……何が?」
「いや、だからシロに任せられるような簡単な仕事が」
「はぁ?」
美神は胡散臭そうに横島を見やった。
彼の表情、言葉から不可解な点を見つけることはできなかった。
別に彼の提案を突っぱねることもできたが、これ以上駄々をこねられるのは正直鬱陶しい。
大人へとなりかけている少年が泣きながらジタバタと駄々をこねる姿は目障りである。
そう判断した美神は話を進めた。
「で、依頼主は?現場はどこよ?」
「え?」
「え?じゃないわよ。私も暇じゃないんだから、さっさと言いなさい」
自分から進言したくせに、横島は眼を見開いて呆気にとられている。
「えっと………偽モン?」
「誰がだっ!」
バキィッ!
右ストレートが綺麗に決まる。
横島の左頬はちょっと陥没して見えた。
「……痛いっす」
「あんまりなめたこと言ってると次は左でいくわよ?ちゃっちゃと言う!」
「えーっと、かくかくしかじかなんすよ」
とりあえずこれ以上ボコられるのは嫌なので横島は先刻高校で起こった出来事を簡潔に話した。
話を聞いた美神は軽くため息をついた。
何のことはない、どこにでもいるような低級霊である。
タイガーすらも上回るほどの精神感応能力を持っているというのには驚いたが。
「でも、幽霊って精神感応とか使えたんっすねー。俺、初めて知りましたよ」
「生前にその手の能力を持ってた人間は、稀に幽体になっても力を行使できるのよ。肉体という器から解き放たれた魂は、他人の精神とリンクさせるのも容易になるしね」
「へー」
美神は少し考えてから横島に言った。
「その手の相手はシロには向いてないんじゃないの?あの子、結構情に脆いとこあるし」
「んなことないですって。ホントに力自体は大したことなかったし、精神感応だって上手く立ち回ればそれほど脅威にもなんないと思うし」
横島はなおも食い下がる。
そんな様子を美神は不審に思ったのか、問いただした。
「……アンタ、やけに入れ込むわね」
すると横島は虚を突かれたように間抜けな顔になった。
いつも間抜けな顔とか言ってはいけない。
少し黙ってから、横島は言葉を捻り出した。
「いやー、なんつうか、気持ちがわかるんですよね。なんとなく」
あの少女は父親、つまりは大切な人と離れ離れになって一人ぼっちになってしまっていると、横島は言う。
精神がリンクしたから気持ちがわかるし、してなくてもある程横島には度共感できる。
だから何ができるかわからないけど、何とかしてあげたいな、と。
美神はそういう横島の顔に翳りを読み取った。
極力触れないようにはしているが、まだ吹っ切れていないのだろう。
美神は椅子に背を預けてクルッと回した。
「はぁ……好きにしなさい。その代わり、何かあっても責任は全部アンタがとんのよ?」
「あ〜、申し訳ないついでに、ちょっと用意してもらいたいモンがあるんですけど……」
横島は謙りながら美神に言った。
「……何よ?」
「実は―――」
顔を近づけ、耳元でごにょごにょごにょ。
美神が顔を赤らめているのはご愛嬌だ。
「駄目に決まってんでしょ!アンタ、アレが幾らするかわかって言ってるわけ!?」
「そっ、そこを何とか!お願いしますっ!」
「駄目駄目っ!」
あっさり却下。
「頼みますって〜!どうか、この通り!」
土下座して頼み込む横島を相手に、美神は困り果てるのだった。
「というわけで、俺たちはこうして夜の学校にいるわけなのだが」
「誰に向かって説明してるんですか?」
「や、気にしないでください」
「?」
同日深夜、横島は白黒コンビを引き連れて高校に来ていた。
許可は取ってあるので、不法侵入ではないということをここに明言しておこう。
横島は背負っていたリュックをシロに手渡す。
「お前の成長っぷりを見てもらうため、今夜は一人で除霊をしてもらう。ほれ、除霊道具一式」
「はーい、先生。質問でござる」
「なんだ」
右手を高々と掲げ、シロが口を開いた。
「今日はどんなお仕事でござるか?」
「それは今からお前が行って、見て、それから判断すること」
「?」
横島の言葉にシロは戸惑いを隠せない。
今まで二人三人の少人数での除霊はあったものの、必ず横島や美神らが大まかな指示を出していた。
シロとタマモはそれに従って除霊をしてきたのである。
事前情報がほとんど無し、というのはシロには初めての経験だった。
「あの……本当に、シロ一人に任せても大丈夫でしょうか?」
同伴していたクロが不安げな声で横島に尋ねる。
もちろん、シロには聞こえないように小声で。
彼女はシロと同じ人狼だが、GSではない、ただの一般人?である。
多種族、霊に対する知識は素人同然。
どうしても物事を悪いほうへと考えてしまうのだろう。
「大丈夫ですって。昼に様子見した感じじゃ、大したことない霊だったから、シロの敵じゃないっすよ」
クロの不安を取り除くべく、横島は笑顔で言った。
「それに―――」
「?」
「もしかしたら、除霊にすらならないかも」
「へ?」
クロの口からなんとも間抜けな声が漏れた。
除霊にもならないというのなら、一体何しに行くのだろうか。
クロには横島の考えがまるで理解できなかった。
そんなクロの不安など気にも留めず、横島はシロを引き連れて先へと進み始めた。
これから除霊をするというのに、談笑などしていてリラックスしていた。
「よし、じゃ行くか」
「はーい」
「…………………………」
なんとも暢気な返事を返すシロ。
クロの不安はますます募っていく。
クロはシロを引き止め、声をかけた。
「シロ。くれぐれも無茶をしてはいけませんよ?貴女は兄上に似て、後先考えないところがあるから……」
「心配後無用、伊達に一年美神どのの手伝いをしてたわけじゃないでござるよ」
シロはニカッと笑った。
口元から八重歯が覗いていた。
「とーうちゃく。じゃ、しっかりやれよ?」
そう言って横島は歩みを止めた。
シロはリュックを背負いなおし、頬をパンパン!と叩いて気合を入れた。
女子トイレに入っていく。
クロは横島の後を追ってトイレに入る。
「ここでござるな」
シロが呟き、件のトイレの前で立ち止まった。
クロはシロの一挙一動に眼をやり、落ち着かない様子。
ガチャ。
シロはとりあえず乱暴にドアを開いた。
個室の中には、別段変わったところはない。
「えーっと、確か―――」
顎に手をやり、天井を見つめてシロは考えた。
「―――三回ノックしてから、呼ぶんだっけ」
コンコンコン。
乾いた扉からは軽快な音が返ってくる。
シロはきめ台詞を口にした。
「はーなこさんっ、あーそびーましょ」
ガチャン……キイィィィ………。
放課後に調べたときと同じように扉がひとりでに開いた。
先ほどまで整頓されていたトイレが散らかっているのも同じ。
シロは霊波刀を右手に、腰を下げて重心を下ろした。
トイレという密閉された空間では屈指の瞬発力を誇る人狼が遅れをとるなどありえない。
そう考えたのである。
だが現れたのは年端もいかない無垢な少女。
一気にカタを受けるつもりだったシロは、呆気にとられて固まった。
「―――へ?」
それが不味かった。
少女の眼を見たシロは、次の瞬間まるで違う空間に飛ばされたことに気がついた。
「なっ!」
燃え盛る炎の中、シロは周りを見渡した。
ここが何処かはわからないが、原因はあの霊にある。
クロには横島がついているからまず無事なはずだし。
なら、まず彼女を見つけ出すのが先決と考えたのだ。
「―――ッ!そこかっ!」
斬っ!
シロは背後に気配を感じ、霊波刀を振るう。
だがそこにあったものは炎の壁。
シロの太刀筋は炎を切り裂いた。
切り裂いた炎の隙間から、こちらを覗き込む少女の顔をシロは見た。
「見つけたっ!」
言うが早いか、シロは駆け出した。
右手を振りかぶり、少女の頭めがけて振り下ろそうとした。
「―――ッ!うわわっ!?」
振り下ろそうとはしたが、それは適わなかった。
目の前の炎と炎の隙間から少女の姿が消えたと思った瞬間に炎が噴き出してきたのだ。
上体を勢いよく反らせることで、シロはかろうじてかわしたが、身近に感じた炎の熱に改めてゾッとした。
再び眼をやったが少女の姿は既にない。
シロが再び姿を探そうとしたその時、背後から声が聞こえた。
――グスン、お父さぁん。どこにいるの?――
背筋が凍るほどの悪寒がシロを襲う。
少女はすぐ後ろに立っていることがシロにはわかった。
喉が渇き、顔を汗が流れ落ちる。
上手く声を出すことができなかった。
――お父さん……助けてよ――
シロは意を決して振り向くことにした。
いかなる場合であっても敵に背を向けてはならない、彼女は常々そうあるべきだと考えていたからである。
勢いよく振り向いた瞬間、目の前に移ったものは―――
――熱いよ!お父さん、助けて!――
泣き叫びながら助けを求める少女の顔がすぐ近くにあった。
少女の目が怪しく光り、シロは少女の半生を垣間見ることになった。
翌日、クロは駅のホームに立っていた。
横島とシロが自動改札の前まで見送りに来ている。
「それでは、私は帰りますね」
「じゃ、お元気で」
「長老や皆によろしくお願いするでござる」
クロの手には大きめの手提げ袋が二つ。
いずれの袋にも高級ドッグフードがパンッパンに入っている。
電車が来たのを確認し、横島は会釈をしてから踵を返した。
「シロ」
クロは電車に乗る前に手招きをし、シロを呼び寄せた。
横島と共に岐路につきかけていたシロは呼び声に気づいて引き返す。
「なんでござる?」
「貴女、横島さんのこと好きなんでしょう?」
「んなっ!?◎×▽※◇\@」
シロが口をパクパクさせ、手を振りながら慌てふためいている。
クロはやや悪い笑みを浮かべながらシロに耳打ちした。
「狼は狙った獲物は逃がさない……美神さんや氷室さんに遅れをとらないように気をつけるんですね」
シロは顔を引きつらせながら、アハハ……と乾いた笑いをもらす。
「え〜、とぉびらが閉まりまぁす。ごぉ注意ください」
Prrrrr………プシュゥゥゥ。
電車の発車を示す電子音が鳴り、扉が閉じられた。
クロは電車の中からシロの姿が見えなくなるまで窓を見続け、シロも電車が見えなくなるまで見送った。
顔を紅潮させながら、シロは振り返る。
「何話してたんだ?」
「うひゃあっ!せっ、先生!いつからそこに」
「いや、今来たんだけど……」
話を聞かれていたのかとシロは焦ったが、横島の態度から察するに聞かれてはいなかったようだ。
シロはホッと胸をなでおろす。
「で、昨日の感想は?つーか、お前何やったの?」
横島は歩きながら聞いた。
昨日の除霊では何が起きたのか、横島はわからなかった。
クロとは帰宅後に何があったか話していたようだが。
「……拙者は何もしてないでござるよ。ただ、話をしただけでござる」
「ふーん」
横島はシロの答えに笑いをこらえながら、相槌を打った。
読みどおり、シロには少女の痛みがわかった。
だから実力で排除するのではなく、対話を望んだのだろう。
もっともシロ自身が対話するとは横島は思っても見なかったのだが。
「GSって、悪霊を退治して、困ってる人を助けるものだとばかり思ってたけど、そうじゃないんでござるな」
「ん?」
「苦しいのは霊だって同じこと。あの子だってずっと寂しかった」
シロは俯きながら言う。
「何を話したのか、覚えてないけど―――」
沈んでいた声の調子が上がる。
「―――きっと、親子そろって幸せにやってると思うでござるよ」
「……そっか」
横島はなんと言っていいのか、わからなかった。
シロだって見た目は成長したが中身は少女と同じぐらいの年頃。
寂しくないわけがないだろう。
ついつい聞いてしまった。
「……お前は、寂しくないのか?」
横島の言葉にシロは沈黙した。
しばらくして、シロは口を開く。
「……寂しくないといえば嘘になるけど、しょうがないことでござるよ。生きているのだから、しっかり前に進まないと父上に笑われてしまうでござる」
そう言って笑って見せる。
横島はシロに今回の仕事を任せたことを少しだけ後悔した。
その一方でどこか安心していた。
もし今回のことが尾を引くようなら、以前美神がおキヌに与えた蝋燭を使って一瞬でも父親と会わせてやろうかと思っていたのだが。
シロはそんな横島の気持ちなどまるで意に介さず、擦り寄ってきた。
「さ、帰ったら散歩でござる」
「はぁ!?朝にも行ったじゃねえか!」
シロは横島の腕を引っ張り駆け足気味に走り出した。
どうやらシロは平気らしい。
横島は内心安堵しながら、シロに引きずられていった。
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