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Rings;The

大好きな、本当に大好きな二人だから、心の底から祝福した。
今だってその気持ちに、変わりはない。
でもちょっと気になっちゃう。
変わらない日常の中で、たった一つ、変わったこと。

二人の左の薬指に光る、同じデザインの――



『Rings;The』



美神さんと横島さん、二人が結婚してはや三ヶ月。
美神さんはマンションを引き払い、横島さんもあの思い出深いアパートを出て、みんな揃って一つ屋根の下――事務所で生活しています。
税金対策だって美神さんは言っているけど、本当は部屋の片付けが面倒になったからだったり。
以前二人がマンション暮らしをしていたときは、私たちが遊びに行くと決まって片付けが始まって。
何度目かに通いで片付けましょうか?って聞いたら、キレかけた美神さんが鶴の一声で引越しを決めちゃいました。

とはいえご飯は前から一緒だし、夫婦別姓というのにしたらしく呼び方も以前と変わらないしで、あまり実感が湧きません。
美神さんに飛びつく横島さんも、それをいなす美神さんも相変わらずで、本当に結婚しているのかと首をかしげたくなるくらい。
それでも美神さんの左手の薬指には、シンプルなデザインのプラチナの指輪。
横島さんの指にも同じ指輪が……あれ? つけてない?

そういえば、横島さんが引っ越してきて以来、指輪をつけていた覚えがないような気もします。
ずっと前に『結婚してる奴は女の子にモテない』といっていたけれど、それを気にしてわざとはずしているのかしら?
バレたらまた美神さんに怒られるってわかっているのに、本当に懲りないんだなーって、最近は呆れるのを通り越して、なんとなく感心しちゃいます。
でも、そんな横島さんを叱り付ける美神さんはどこか優しげで、横島さんもそんな美神さんを意識しているようで。
やっぱり、お似合いの二人です。


外は雨。
今日の仕事も一段落して、秋の夜長にテレビは欠かせません。
ゆったりとソファーに寝そべる美神さん。それを囲むように私と横島さん。
三人一緒で見ているのは、ちょっと古めかしい時代劇。
チャンネル争いに負けたシロちゃん、タマモちゃんは、屋根裏部屋で別の番組を見ているみたい。

私がテレビに夢中になって、騒ぎながらも目を離せないのは昔から。
横島さんたら何かごそごそ、美神さんに窘められているみたいです。
あれ? これって、ひょっとして?
お邪魔してませんか?って、こっそり美神さんに聞いてみたら、

「いいのいいの、甘い顔してたらすぐ調子に乗るんだもの」

と、どこ吹く風で。

「ホント、おキヌちゃんは耳年増ねぇ」

微笑んだ美神さんは、とっても幸せそう。
だから見ている私まで幸せな気持ちになっちゃって、二人でひっそりクスクスと。
横島さんの怪訝な顔が、こらえきれずに吹き出して。
それにつられて横島さんも、照れたような愛想笑いで、遂にはみんなが大爆笑。
やっぱり、三人揃うと楽しいです。


なんだかお天気だけじゃなく、美神さんの雲行きも怪しくなってきたみたい。
テレビの音なんて右から左で、視線はしっかり横島さんの左手へ。

「ところで横島くん――結婚指輪はどうしたのかしら?」
「いっ!? いや、その、あれは、ははは……」

あーあ、とうとう見つかっちゃった。
しどろもどろの横島さんに、美神さんのジト目が突き刺さります。

「あ、私……お茶淹れなおしてきますね」

そそくさと立ち上がった私の背中に、いかないで……とすがるような横島さんの視線。
ごめんなさい、横島さん。でも、あなたが悪いんですよ?

ドアを閉めるまではいつも静かに、その後に決まってすごい剣幕の美神さんの声が。
きっと屋根裏にも筒抜けで、上の二人もまたかって思うに違いありません。

でも今日はいつもと違って、ドアを閉めても静かなまま。
キッチンに行って、少しゆっくりお湯を沸かして。
ポットにいっぱいお茶を淹れて、それでも二人の声は聞こえません。
どうしたんだろう? 少し、不安。

ふっと脳裏に浮かんだのは、いつか週刊誌で読んだエッチな漫画のワンシーン。
涙ながらに訴える主人公の唇を奪った彼は、彼女をソファーに押し倒して――
やだ、私ったら、何を考えているんだろう。
でも二人は夫婦だし、もしかしたら、もしかしたら……?

そういう場面に踏み込んじゃったら、気まずいどころじゃなくなっちゃいます。
少し悪いかなと思ったけれど、ドアにちょっぴり隙間を開けて、こっそり様子を窺ってみたり。
二人は小声で言い合っているようで、ほっとしたような、少し残念だったような。
こんなところを見つかったら、また美神さんに耳年増って言われちゃう。
思い切ってドアを開けようとしたら、なんだか大きな美神さんの声。
だんだんトーンが上がってきていて、今でははっきり聞こえます。


「なんであれ、あんたが私を選んだっていう事実は変わらないでしょ。あの子もそれを受け入れてくれてる。それなのに、何なのよその態度は?」
「そうは言っても、もうちょっとその……気を使ってあげるべきなんじゃないんスか?」
「気を使う? 指輪を見せなければ、おキヌちゃんが納得するとでも思ってんの? 臭いものに蓋をするだけじゃ、物事は解決なんてしないのよ!」
「で、でも……」

え? 私が? どうして……?

「結婚が決まった時、おキヌちゃんがどれだけ喜んでくれたか覚えてる? 私たちがやるべきなのは、それがおキヌちゃんにとって間違った選択じゃなかったって証明することよ。
そのためにも、私たちは幸せでなきゃいけないの。二人で一緒にいることがどれほどお互いのためになっているかを、はっきりと見せてあげなきゃ駄目なのよ。
おキヌちゃんならきっとわかってくれる。そう思ったから、あんたとの結婚を受け入れたのよ。それなのに、肝心のあんたがそれじゃ……まるで私一人が悪者みたいじゃないの!」
「す、すんません。俺、そんなつもりじゃ――」

美神さんの目から涙がこぼれ、うろたえる横島さんがそれを懸命になだめています。
横島さん、指輪をしてないのは私のため?
私が横島さんを……だから、なんですか?

「謝らないでよ! なんでいつもそうなのよ! なんでこういう時だけ臆病なの? この期に及んで逃げてんじゃないわよ! 私やおキヌちゃんの本音を受け止めるのが怖い?
もしかしたら、どっちかと別れなきゃならないかもって? 何様のつもりよ! 二人の女に好かれたから、両方傷つけないように八方美人を気取ろうっての!? ふざけないでよ!
だったらなんで結婚しようなんて言い出したのよ! あんたのそういう態度が、どれだけ私たちを傷つけてるかわからないの? 全っ然わかってない癖に、ただ謝ってばっかり……
こんな……こんな思いするくらいなら、あ…あんたなんかと、結婚なんて……するんじゃ――」
「待ってください!」

気が付けば私、二人の傍に駆け寄っていました。
多分、私も泣いていたんだと思います。

「確かに私、横島さんのこと好きでした。いいえ、今でも大好きです……でも! でも、私、それと同じくらい、美神さんのことも好きだから……
だから、そんな悲しいこと言わないでください! 私のせいで二人が喧嘩するなんて、そんなの間違ってます!」

硬直した二人がぎこちなく顔を見合わせ、そして揃ってこっちを見て。
はっとした私の顔に、かっと血が上ってきました。
どうしよう? どうしよう!?
思わず飛び出しちゃったけど、かえって話がこじれるんじゃ?


「…かれた、聞かれた、聞かれた、聞かれた…」

呆然と呟く美神さんが、不意に横島さんに向き直り、

「あ…あんたがさっさと結論出さないから聞かれちゃったじゃないのっ! どーすんのよっ!? えっ? どーすんのっ!!」
「どーするったって、そもそも聞かれたのは令子がここでそんな話を出したからじゃないかっ! 俺はよせって言ったのにっ!」
「呼び捨てにしてんじゃないわよっ! とにかくこれは全部あんたのせいなんだから、あんたが何とかすべきでしょ!!」
「あ、あの〜、二人とも落ち着いて……」
「おキヌちゃん、悪いけど口出さないで。これは夫婦の問題なの」

冷静を装う美神さんだけど、ちょっと目つきが怪しい感じ。
すっかり気が抜けちゃったけど、おろおろしている横島さんがなんだかちょっぴりかわいそう。

「あ、あの、お邪魔なら、私――」

何気ない言葉に何故か美神さんは超反応で、横島さんを突き飛ばして私の肩にぎゅっと手を。

「何言ってるの、邪魔なわけないじゃない。おキヌちゃんを邪魔にするくらいなら、あの宿六を追い出してやるわっ!」

もうやってることが支離滅裂……美神さん、どれだけ混乱しているのかしら?
でも、肩に置かれた手は真剣で、だから私もその手にそっと手を添えて。

「指輪なんて、どうでもいいんです。私も、ここにいて、いいんですよね?」

一言一句をはっきり区切って、二人に向かってそう問い掛けると、はっとしたように横島さん。
それを尻目に美神さんは、満面に笑みを浮かべています。

「どうやら結論が出たようね。横島くん、今後指輪は外さないように。命令だからねっ! おキヌちゃんも、それでいいわね?」

笑顔で頷く私の傍で、横島さんってばほっとしたような諦めたような、複雑なため息を長く長く。
もしかして『結婚してる奴は女の子にモテない』が本当の騒ぎの原因だったんじゃ……?
ちょっと疑問に思ったけれど、さすがに確かめるわけにも行きません。


そうこうするうち階段からは、どたばた下りてくる人影が二つ。

「何事でござるか?」
「いつものことよ。犬も食わないなんとやら、でしょ」
「犬じゃないと何度言ったら! ところで、何か食べていたのなら拙者にも……」

呆れるタマモちゃんを飛び越して、シロちゃんが横島さんに飛びついて。
困り顔の横島さん。たしなめる美神さん。
私はにこにこ微笑みながら、とっておきのクッキーを出しにキッチンへ。
テレビは消して、テーブルを囲んで、時間も忘れてみんなでお茶を。
やっぱり、みんな一緒が、一番です!
未来横島の話が出ると、その時おキヌは?という方向に流れることがままあります。
それに対する自分なりの考えをつらつらと書いてみたのですが、いかがだったでしょうか?
実は一人称形式にはまったく慣れておらず、妙な表現になっている部分もありそうですが、気にせずスルーしていただければ幸いです。
おキヌメインの体裁をとってはいますが、見所はやはり渾身のネタをぶち込んだシロだと思ってます。嘘です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
メドーサに栄光!

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