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秋、思い出すままに 4

秋、思い出すままに 4

ホールを出た皆本と由良は高校部がクラス単位で取り組んでいる模擬店の一つに入った。

 店の様式は流行のメイド喫茶。それなりにコスプレを決めた生徒−ウェイトレスが忙しそうに行き来している。ここになったのは、たまたま最初に目に付いた空きテーブルのある店というだけでそれ以上の理由はない。

さっきまでなら『先輩、そんな趣味があったんだ〜』と由良がツッコんで来るところだろうが、今回は黙って皆本の前に座る。もっとも、神妙かといえばそうでもなく、開き直りとも取れる落ち着いた表情が微妙に皆本の気持ちを苛立たせる。

 適当な注文でウェイトレスを追っ払った皆本は椅子に座り直し背筋を伸ばす。
「僕が訊きたいことは解っているはずだけど‥‥」

「『解っているはず』! どうしてそう言えるの?」

「『どうして』って‥‥」 出鼻を遮られた事に皆本は”むっ”とする。
「君がテレパスだからさ。ここまでの君を見ての推測だが、間違っているかい?」

「いいえ、当たり。超度は4に近い3かな」由良はあっさりと指摘を認める。

「だろ! だったら、こっちが何を考えているかって事は筒抜けのはずじゃないか!」

「ふ〜ん 先輩は私が先輩の心を読んでいるって思っているんだ?!」

‥‥ 挑発的な反問に黙る皆本。
 少女の言葉に、テレパスという事と心を”読む”事がイコールでないことに気づいたためだ。

「どうしたの黙って?! 考えているように答えてくれて良いわ。『そうだ! テレパスだから断りもせず心を”読んで”いるに違いない』って」

「そんなことを言うつもりはない」皆本は勇み足を率直に認めるべきと判断する。
「たしかに君がテレパスだからって、心を”読んだ”とは言えないよな。一方的に言ってしまってすまない」

「『すまない』って‥‥ 今の言葉、本気で言ってる?」

「もちろんだ」と皆本。『心を”読めば”解るだろう』と続けるのは控える。

少なくとも今はテレパシーを使っていないようなので、あえてケンカを売る一言は必要ない。

‥‥ 今度は由良が黙る。

「思っている通りを口にしているんだが、変かな?」沈黙の意味が解らない皆本が尋ねる。

「『変か』って‥‥ 変よ!」そう言うと由良は困惑を隠さず、
「だってそうでしょ! エスパーの言うことを真に受けて謝るんだから。ノーマルなら、エスパーが何を言ったところで嘘とか誤魔化しだって切って捨てるのが普通なのに」

「‥‥ ハハ、そうだな。そんな風に考える事もできたんだ」
 指摘された視点に今更ながら気づいた皆本。

‘そういえば‥‥’

『エスパーは超能力で不正を働くだけでなく、それを証明しづらいことを良いことに平気で嘘をつく。そういう意味でエスパーとは天性の嘘つきであり、ノーマルは奴らがそういう者だという前提を忘れてはならない』

どこかでそんな風な事を言って反エスパーをアジっていた人間を見たことがある。
 そういう人物からすれば、エスパーが否定するのはその場限りの言い逃れで、それこそがエスパーが嘘つきであるの証拠だとなるだろう。

 ちなみに、エスパーに対するそうした見解は(極端なものでなければ)割と一般的だ。ある程度エスパーに理解がある人でも(リミッターを身につけていないなど)超能力を自由に使える状態のエスパーが側にいると警戒心・嫌悪感を露わにする人は少なくない。

‘でも、なあ‥‥’と続けて思う。

そうした相手を『○○だから××』と一括・一方的に人格すら決めつける考え方はこれまでも多くの問題を引き起こしてきた偏見の典型だと思うし、自身これまで『天才』の二文字で”自分”を決めつけられてきた経験もあって嫌悪すらを感じる。

由良へ謝罪したのもそんな気持ちが原点にある思う。ちらりと目の前人物が可愛い美少女でなければどうだろうとの自問が浮かぶが、すぐさま心から追い出す。

「たしかに今だって君が人の心を”読んで”いたのかはどうかについては疑っているし個人的には”読ん”でいたと思っている。ただ、自分の考えとして、話を聞かずに決めつけはしたくないと思っている」

「相手がエスパーであっても?」

「もちろん。嘘をつくかどうかはその人の問題でエスパーかどうかは関係ないよ」
 半ば成り行きと勢いのところもあるがきっぱりと断言する。

は〜あ 由良はしみじみとため息をつく。「先輩ってけっこう怖い人かもね」

「おい、今度は何だ! 急に『怖い人』って!」

「エスパーの心をグラッとさせる台詞をしゃあしゃあと言うからよ」

?? 今度も何のことか判らず皆本は首を捻る。

やれやれと両手を広げる由良。
「『エスパーなんか信じられるか!』って一言で済ませるノーマルが多いでしょ。だからノーマルからそんな風に言われるとグッと”来る”のよね。寂しがり屋のエスパーなんかはそれだけで『その人のためなら何だって』って感じになっちゃうって」

「なるほどなぁ」と皆本。
 言いたいことは判ったが、後半の『グッと”来る”』云々は話十倍ぐらいだろうとも思う。のっけから本題と違う話になった事に気づき、
「それで、僕が訊きたかったのは、君が僕を含めて周りの人の心を”読ん”でいる気がしたんでいったい何のつもりなのかって事だ。もちろん、君が”読ん”でいたって決めつける事はしないけど、仮に心を無断で”読ん”でいたのなら、明らかに超能力の不正使用だ。それこそエスパー全体の信用にも関わる問題になってくるだろ」

自分の発言をさらりと流されたことに一瞬だけ不満そうな顔をする由良だが、すぐに気を取り直す。
「たしかに超能力は使っていたわ。でもそれは任務だからで仕方なしの事よ」

「『任務』! ということは君はバベルの特務エスパーなんだ」と皆本。
 ある程度予想はあったがやはり驚きはある。

「すでに気はついていたって感じね。どこで気がついたの?」

「色々とあるけど、直接的はそのブレザーだよ。その服がバベルのものかなって思っていたからね」
皆本は少し得意げに答える。
「ところで、どうして制服なんか? 正体を隠すのなら私服の方が良いような気がするんだけど」

「でもないわよ。今日だとかえってこっちの方が目立たないんじゃない」

「まあな」皆本は苦笑めいた微笑みで認める。
たしかに様々な学校からの来訪でごった返す会場では制服姿も風景にとけ込んでいる。

「それにしても、これをバベルの制服だって見分ける人がいるとわね。似たものは多いしそんなに部外者が目にする服でもないんだけど。ひょっとして、先輩って制服を見ると興奮する趣味があって詳しいとか?」

「どーいう趣味だそれは!」それじゃ変態だろうと皆本は言外に否定する。
「小さい時にESPの精密検査でバベルの本部に何度か行ったことがあるんだ。その時、見かけたから憶えているだけだ。これでも記憶力は良い方なんだよ」

「それでもねぇ」いわゆるジト目の由良。

「それより任務なら‥‥ ええっと‥‥ こんなことをしているは拙いんじゃないのか?」

「『こんなこと』って、こうしてデートしている事よね」
皆本が出さなかった言葉をわざと確認する少女。
「かまわないわ。超能力って時々の精神状態に大きく左右されるのよね。だから、先輩といて私が快適なら、それはそれでちゃんと任務をつながってくる話なんだから。それに任務たって、決まった時間と場所で超能力を使い報告を入れるだけだし、片手間で十分よ」

「本当にそれでいいのか?」皆本は最後の投げやりな言葉をいぶかりつつ、
「エスパーが絡んだ犯罪が起こる可能性があるんだろ。もしそれが起こった時にこんな事を‥‥」

「ちょっと待って! 『エスパーが絡んだ』とか『犯罪』とか。そのことをどこで聞いたの?!」
 任務の内容を言い当てたことに由良は当惑する。

「僕はバカじゃないよ。ここを使えば色々な事が解るさ」皆本は自分の頭を指さす。
「バベルが出てきているって事はこの学園祭で事故か事件が起こりそうだって事じゃないか。で、『犯罪』って考えたのは君がテレパスだから。テレパスが必要なのは、何であれそれが人の心が係わっているって事だろ。となれば偶発的な事故じゃなくて人が起こす事件−犯罪と考えるのが自然だ」
ここで一つ間を取り、
「『エスパー』云々の方は警備が対エスパーに重点が置かれているから。入り口もそうだけど、さりげなくだけど要所要所にECMが配置されている。下手をするとエスパーからクレームがつく処置をあえてやっているのはエスパーを警戒する理由があるってことだろ。それと最後に一つ。その何かをしでかしそうなエスパーって高校生ぐらいの男の可能性が高いじゃないのかい」

「そこまではっきりとは聞いていないけど‥‥」由良は言い淀むことで肯定する。
 学ランの人物に特に注意するよう指示されている。

「君が重点的に見ていたって事もあるんだけど、何よりこの学園祭では高校生の男が学ランを着る事を決められているからさ。この格好をさせて見つけ出しやすくしているんだろ。この格好なら人混みでも一発で見つけ出せるからな」

「へ〜え、そこまで判るなんてたいしたものね」由良は一連の推理に感心する。
「ひょっとして、先輩って高校生探偵とか。そういえば、超能力か何かのせいで子供の姿になった高校生探偵がいて、行く先々で事件に遭っているって噂があるのよね。その噂によると探偵の名前は工‥‥」

「そんな話はどうだって良いだろ」あわてて遮る皆本。

「それもそうね」と微妙に微笑む由良。何か思いついたのかしばし黙考すると、
「その名探偵ばりの先輩を見込んでお願いがあるの。私の任務、手伝ってもらえない?」

「じょ‥‥ 冗談だろ!」

「私は本気。先輩なら色々と良いアドバイスがもらえそうだもの」

「そう期待されるのは悪い気分じゃないんだけど」
 皆本は由良の上目遣いの視線にうなずきかける気持ちを押さえる。
「部外者を直接任務に係わらせるって、いくら何でもやりすぎだろ。場合によっては君がバベルに居づらくなるんじゃないのか?」

「別にいいわ。どっちみちバベルにいるのも今日で最後なんだから」
 そう由良はさりげなく言い放った。




「狽野さん、こちらでです」
 梨花は広場であちこちと見回している男二人連れを見つけると、その年上の方に声を掛けた。

男−狽野−は三十代半ば〜四十代あたりで好意的に評価すれば苦み走った渋さを感じさせる風貌、地味に纏めた服や派手さを押さえた装身具などと合わせて、浮ついた芸能レポーターという仕事の割には落ち着いた雰囲気を身に纏っている。

第一印象”だけ”は良い男というのは秋江の評である。

ちなみにもう一人は、少し大柄でまだ若い。
 時代がかったカメラと関連機材を一纏めに担ぐ様子は見たまんま駆け出しのカメラマン(兼パシリ)というところ。

「おお、梨花ちゃん、助かったよ」手を挙げ応える狽野。

その気安げな振る舞いを人当たりの良さと採るか図々しいと採るかは人によって異なるが、圧倒的多数は後者を採る。

「このまま出会えずにうろうろしていたら警備につまみ出されそうなだったからな」

「この学園は良家の子女が多い名門です。そう物欲しそうにあちこちを見ていれば、怪しまれるのは当然でしょ! ここで問題を起こすと、取材を受ける先生にも迷惑が掛かるんで慎んで下さい」

「判ってるって。こっちもせっかく取れたアポなんだからフイにするつもりはない」
と言うそばから狽野は傍を過ぎる中学生っぽい少女二人連れに目をやる。

 それぞれ珍しい髪の色と髪型をして目を引くが、それを差し引いても二人ともそうとうな美少女である。

「狽野さん!」いきなり忠告を無視された形に梨花の声も険しくなる。

「すまんな。じろじろと見るのも仕事でね」謝罪のつもりか狽野は軽く頭を下る。
「幾つかのプロダクションから頼まれて使えそうな女の子をスカウトする仕事もやっているのさ。ここはOGらしいネーチャンを入れて、イイ女が選り取りみどり、ついつい目が向いちまうんだ。あんたについてきたネエちゃんだって、イイ線いっているぜ」

視線を向けられたメイド姿の女性は無言ながらも剣呑なオーラを発する。

ぶるっとする狽野に梨花は冷ややかな顔で、
「この人は学園の理事長の直属のメイドさんでボディガードを兼ねている人です。見た目だけで手を出すと五秒で”畳まれ”てしまいますよ」

「ふ〜ん、ただのネエちゃんじゃないと思ってたんだが、やっぱりな」
狽野は如何にも惜しいという感じに何度もうなずく。
「そのネエちゃんみたいのがあちこちにいるようだが、やたら厳しい警備だねぇ エスパー対策もやり過ぎと思うほどあちこちにある。聞いた話じゃ、この警備はエスパーが絡む犯罪のあるって予知があったためで、バベルも一枚噛んでるって事なんだが‥‥ 何か聞いてないか?」

「存じません」

「で、その話に我が麗しの大女優明石秋江女史が絡んでいるとか?」

「存じません」

「なら」

「存じません」

「『なら』で切るこたぁねぇだろ。『なら、もういい』って言うつもりだったんだのにさ」
 狽野はこれ見よがしに異議を唱えた。

 それを無表情で一蹴する梨花。
「控え室に案内します。ついてきてください」それだけ言うとさっさと歩き始めた。
 え〜 前作(第三話)から一ヶ月+アルファ。相変わらず間が詰まりません。リソースの無駄遣いを承知で続けていますが、よければおつき合い下さい。

例によりこの場でのコメント返し。

 aki様、前回もありがとうございます。上でも書きましたが、需要のない作品ではありますが、今しばらく(秋まで?)場所を使わせていただきます。

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