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春に寄す

ひらり、ひらりと地面を白く染める。

白く、白く、白く染まった目の前の景色。
まるでこの世界の全てを真っ白にしてしまいそうなくらいに。


これは雪?



――――違う、これは桜の花びら。






      −春に寄す−






平日の車内はがらりと空いていて、座席の半分も埋まってなかった。
わたしは座席に腰をかけて、顔を車窓の向こうにやった。
電車が進むたび、私と事務所の距離は遠くなっていく。

「んと、ここだな。
 降りんぞタマモ」

「ん」

私は二つ前の駅構内の売店で買ったお稲荷を口に放り込み、
電車とホームの隙間を軽くジャンプして着地した。
平日の昼間ともあってホームには誰もいない。
そもそも普通電車しか止まらない駅だし、なんといっても木造だ。
こんな辺境に遊びに来る人間なんていないだろう。

もちろん私たちだって暇だからといって来たわけではない。

「田舎やなー。
 んで道は一本道か」

「そうみたいね」

自動改札口を出ると、東京よりも空がずいぶんと広くなった。
地図を広げる必要もない。
こういうところは田舎のいいところだ。
東京に比べると人も少ないし、空気もおいしい。

「取り敢えず、歩けば見つかるだろ」

「ん」

田舎道をゆっくりと歩く。
周りを見渡せば田んぼか畑しかない。
民家だって遠くの方に少し固まって見えるくらいだ。

「んで、お前から珍しく誘ってきたのはいいが、
 除霊の仕事を自分から申し出るとはどういった心境の変化だ?」

「少しね、思い当たる節があるのよ」

そう。
この仕事には、なにかがあると私の霊感がいっているのだ。
報酬が少なくて、一度はミカミが断った仕事だったのだが、
私が後でこっそりと受諾した。

「ふーむ、『突如現れる美人のおねぇさん』か・・・」

ヨコシマが依頼内容の資料を見てにやついている。
どうせまた、人間でも妖怪でも悪霊でも襲いかかる気だろう。

「ま、いいわ。
 私が気になるのはそこじゃなくて―――」

ふむ、どう話を切り出そうか考える。
私の視界の向こうには綺麗な山が見えていて、
山と山が連なっていて、緩やかな曲線を描いている。
あの電柱も、古びた自動販売機も、道の曲がり具合も、すべて都会にはないものだった。

「ん、ああ、なるほど『桜のお化け』ってとこか?」

私が言葉を吟味している間に、ヨコシマもどうやら気づいたらしい。
といってもただ資料を見て答えているのだけど。

「半分正解。
 ねぇ『桜の木の下には死体が埋まっている』って知ってる?」

「あれだろ、桜の花弁が赤いのは死体の血を吸い取っているから―――とかそういうやつだったかな」

桜の木の下には死体が埋まっている。
その美しさで人々を魅了して、桜の中の世界におびき寄せる。
そして魂を吸い取ってしまうのだ。

「そ、魂は桜の世界に吸い込まれて、
 魂を吸い取られた体は根っこから取り込まれる。
 もしかしたらヨコシマの願望なんかも再現できるかもしれないわ」

「でも、近づいたら死んでしまうんだろ?
 お、恐ろしい・・・
 美女が現れたら絶対あかんな、おれ・・・」

桜の中の世界。

それはとても華麗で、美しく、こちらの世界にはないものが沢山ある。
過去の傷跡、思い出、未練、希望、全て包み込み幻想を創る。
だけど世界に取り込まれれば、それが最後。
もう二度とこの世界に戻ってはこれないのだ。

「だけど依頼内容には女性が現れたって書いてあるぞ。
 被害者は女性もいるし、
 普通に考えて美男子とかを望むもんじゃないのか?」

「だから不思議に思ってるのよ。
 そもそも行方不明者なんていないし、被害者だってちゃんと生きてるわ」

「じゃあ、実はたまたま通りかかった女の人だったとか」

そうかもしれない。
あと何歩か近づいていれば、ただの人だった可能性だってある。
正体が分かってしまえば、何も怖くないのだ。
しかし逆に言えば『正体が分からないうちは、怖いもの』なのだ。
手品だってタネを知ってしまえばなんてことない。

「あそこらへんね」

私が指した先には、遠くから見てもよくわかる大きな桜の木が一つ。
目的の場所まであと少し。
薄汚れたコンクリートの上を一歩づつ踏みしめていく。

途中差し掛かった林の中は人間の匂いがした。

「おい、タマモ
 此処どっかで見たなーと思いきや・・・」

「そうよ、あんたとおキヌちゃんに会った山よ」

空を見上げると輪郭のはっきりしない雲がゆっくりと流れていく。
ゆるりと流れる風に、春の匂いを感じて、鼻の奥がつんとした。

長い林を抜けると、陽光に照らされ視界が開けた。

私の目の前には、大きな桜の木。
満開ではなく八分咲きくらいだったけど、とても鮮やかだった。

「――いた」

視界を根元に向けると、一人佇む女性



「前からずっと愛してました―――ッ!!
 うっじゅーめありーみ――っ!!?」

と早速ナンパに出るヨコシマ。
空いた口が塞がらない。
あれほど注意を促していたのに・・・。
ムカっときたので狐火を――

「って、ぎゃ―――――ッ!
 お前は俺を殺す気か――ッ!?」

燃えさかるヨコシマ。
いつも鍛えてあるので大丈夫だろう。

「大丈夫でしょ?
 たとえ火の中、水の中、森の中、土の・・・・」

「待て待て、それ以上は危険だ」

「いいから、私に任せて」

まだ消火が終えてないヨコシマをよそに、私はその子にゆっくりと近づく。
少し俯いているので、黒い前髪が垂れ下がっていて顔ははっきりと分からない。
威嚇しているようにも見える。

「お、おいタマモ!」

「大丈夫。
 正体が分かれば、怖くはないわ」

やっぱり私の霊感は当たってた。
何故なら、ヨコシマに狐火を使ったのは私ではないから。

私はゆっくりと口を開く。

「聞いて。
 あなたは死んでるわ。
 正確には、今あなたが化けているその人だけど」

「え?」

驚くヨコシマに目を向けず、私は言葉を繋げる。

「帰った方がいいよ。
 此処ずっとにいたらきっとひどい目に遭うわ」

此処にいれば、いつか私たち以外のGSが来るだろう。
そのときはきっとこの子も追い払われるに違いない。

ぽん、っと音がすると、目の前の女性は小さな女の子になった。
彼女は知らない街で迷子になった子供のように辺りを見渡した。
すがれるような何かを探した。

彼女は私の袖を引っ張って泣いた。
背中が震えていた。
撫でてあげようかと思ったが、やめておくことにした。
きっとこのままのほうがいいのだ。



やがて、女の子は私の袖を離した。
離した手は、白くて細く、まだ幼さを感じる指だった。

俯いていた顔を上げて彼女は私の目を見た。

『行かなくちゃ』

桜の木は大きな春風に揺られて、吹雪のように花びらを舞わせた。
私は急な風に瞼を閉じた。
瞼を閉じた、その向こうは分からないけど、
きっと綺麗な世界が広がっているのだろう。

目を開くと、女の子―――小さな一匹の狐はいなくなっていた。
振り返ると、間抜けな顔をしたヨコシマがいる。


その顔を見ると、どこかほっとしている私がいた。






舞った桜の花びらは、やっぱり赤く染まっていた。







果たして、子狐の探していた人は桜の中の世界に閉じこめられてしまったのだろうか。
そして子狐は桜の世界に飛び込んでしまったのだろうか。
それとも山の奥へと帰っていったのか。

そもそもあの子狐の帰るべき、行きべき場所は私には分からない。
桜の中に世界が存在するのかも分からない。



だけど、分かることだってある。

それは今の私には帰るべき場所があるということ。








桜の木の下には死体が埋まっている。















「なるほどなー。
 正体は狐の幻術だったってことか」

帰り道。
すっかりと日は暮れている。

「依頼場所が此処だったから、もしかしたらと思ったのよ。
 きっと年齢からして母親を捜していたのよ。
 もう人間に殺されてると思うけど」

「そっか・・・。
 なんだか同じ人間として申し訳ないなー」

月はもう、空のてっぺんまで昇りきっていた。
長く伸びていた私たちの影は、足下で小さく縮んでいる。
木造建ての民家の横を通ったら、室内のテレビの輝きが曇りガラスにぼんやりと映っていた。

「いいの。
 ヨコシマたちは助けてくれたから。
 人間だって狐だって、良いやつがいれば悪いやつもいるんだから」

「そっか」

さてこれからどうしよう。
黙って事務所を出てきたものだから、きっとおキヌちゃんに心配をかけているかもしれない。

「お腹空いたわ」

「そうだな、今日は豪勢にいきますか」

ヨコシマのポケットには依頼主からの報酬がある。
お金はあまり入ってはないれども、お稲荷がお腹いっぱい食べるには十分そうな額だった。


とりあえず、ミカミに内緒でヨコシマ名義で仕事を承ったとか、
ミカミに内緒で勝手にヨコシマを連れ立ったとか、
桜の花弁は何故赤く染まっているかとか、

そういうことは空腹を満たしてから考えることにした。

〈 comes to an end 〉
どうも、一ヶ月ぶりになります。
インフルエンザにかかったりと色々とあって、全く投稿することができませんでした。
本当はおキヌ路線で書いていたのに、脱線してタマモになってしまった・・・orz

まぁ春ということで『桜』をテーマに書いてみることに。
そこで、どのくらい有名かは知りませんが、
『桜の木の下には死体が埋まっている』と言う話を基に創ってみました。
どうだったでしょうか?

やはり思っていることを文章にするのは難しいものです。
久しぶりに書いたので、かなり粗くなってます。うーむ、不完全燃焼。
話の展開も速いような(^^;)

では機会があればまた。

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