部屋の真ん中に設置された、使い古された丸いちゃぶ台。
かなりの年季ものでところどころ歪んでいるのが何とも言えない味を醸し出している。
そのちゃぶ台を挟んで対面する一組の若い男女。
一人はいかにも安物といった、やや大きめのパジャマを着ている男、横島忠夫。
起き抜けだからかはたまたいつもそうなのか、顔には精彩がまるでない。
赤いバンダナをクシャクシャにして手に握っている。
もう一人はいかにも値が張りそうな黒地の和服に身を包んだ妙齢の女性、犬江クロ。
やさしげな微笑を常に絶やそうとはしないが、顔の筋肉つったりしないのだろうか?
狼のときに襟巻きのようにして捲きつけていたナルト風呂敷をぴっちり正方形にたたんで膝元に置いていた。
「シロに用事、っすか?」
「えぇ。長老からシロの様子を見てくるようにと、言付かって来たんです。監視の目がないのをいいことに修行を怠けてはいないかと。それと、里を出てもう一年近く経つのに文の一通もよこさぬとは何事じゃと、大層ご立腹でしたので」
「あー………」
横島は合点がいった。
言い分としてはこれ以上ないぐらいに筋が通っている。
連絡を取らなかったシロや取らせなかった自分たちに落ち度があるのは明白だ。
きっと痺れを切らしてこうして使いを遣したのだろう。
もっともシロが遊び呆けているなどという姿は横島には想像しがたいものがあった。
確かにシロは毎日毎日散歩にご執心ではある。
ご執心ではあるのだが、けして修行を怠けている姿を見たわけではない。
自身に課したと思われるノルマを達成しているように横島には思えた。
それどころか事務所の中ではおキヌについで真面目なのでは?と密かに思っていたりもする。
美神が真面目なのは仕事に関することだけで家事は丸投げもいいところである。
タマモに至ってはグータラ狐(シロ命名)という不名誉極まりない称号を冠していたりするのだ。
「まぁ、様子見とは言ってもあの子の働きぶりを見させていただいて、しっかりと成長しているかどうかを確かめるだけですから」
「ってことは、視察みたいなもんっすか」
「フフッ、そんなに硬くならなくても結構ですよ。私としては、あの子はけして両親の名に泥を塗るようなことはしないと信じてますから」
笑いながら、クロは言った。
シロのように力いっぱい笑うのではない。
唇の端を少しだけ吊り上げ、目尻を下げるような笑い方。
これが中々さまになっている。
「それで、大変申し上げにくいのですけれども……」
「?」
「寝床やご飯を施しなさっていただいて重ね重ね申し訳ないのですけど、美神殿の事務所までご引率願えないでしょうか?都会は匂いを辿るには空気が汚れすぎていますし、道が複雑に入り組んでいて何がなんやら。横島殿のように手を差し伸べてくれる心やさしい殿方もおりませんし……」
「そうっすねー。最近は心ない人が増えてるって聞きますもんねー」
まったく、最近の若いもんはたるんどると、横島はぼやいた。
美智恵や唐巣神父といった年長組から見れば横島だって若者に分類されるはずなのだが。
腕を組み、眉を八の字に寄せ上げる。
ついでに、誰も手を差し伸べてくれないのは狼の格好をしてたからですよとは横島には言えなかった。
「任しといて下さい。この横島忠夫が、クロさんを責任もって美神さんの事務所まで案内しましょうとも!」
「有難うございます。頼もしいかぎりですね」
クロは両手を胸の前で合わせてにっこり微笑んだ。
横島の顔が下心丸出しだったのには触れないことにしたらしい。
「じゃあ、早速行きましょっか。今から行けば昼までには着くだろうし」
「はい。引率のほど、宜しくお願いしますね?」
「っと―――その前に、とりあえず着替えちゃうんで、先に外に出といてもらえます?」
「あら?そのまま行かれるのではないんですか?」
「……これ、パジャマっすよ?」
横島の言葉に、クロは不思議そうに聞き返した。
「ぱじゃま?」
その仕草の破壊力に、横島は湧き上がる欲望を抑えるのに必死だったとか。
「寝間着のことですよ」
「あぁ、そうなのですか。お洋服なんですね。それじゃあ、私はお先に失礼しますね」
「うぃっす」
そう言ってクロは玄関へ行き、どこから取り出したのか下駄を履いた。
白い足袋に赤い鼻緒が綺麗に映えている。
カラコロカラコロと下駄特有の音を響かせ部屋を後にする。
横島はパジャマを一瞬で脱ぎ捨てると電光石火の早業で普段着に着替えた。
こういうところだけは無駄に高性能な男である。
ブルーのTシャツ、黒いジーパンにちょっと高級そうなセーターを着た。
フリーマーケットで手に入れた品物だ。
玄関を出て階段の下で待っていたクロと合流した。
「ちょっと歩くことになりますけど、大丈夫っすか?」
「お気遣いは有り難いですけど、私これでも人狼ですから。ご心配には及びませんよ」
基本スペックが違うのだから、細身のクロにさえ横島を投げ飛ばすぐらいの芸当は朝飯前だ。
横島だって毎日シロの散歩に付き合っているのだからそれぐらいは重々承知している。
そのせいでどれだけ痛い目を見たか知れない。
それでも横島は聞かずに入られなかった。
「いやいや、心配しますって。だって俺と大して歳変わらないでしょ?それに、こんな美人さんの心配しない男なんかいませんって」
「え?」
クロは横島の言葉に驚きを禁じえなかった。
彼女たち人狼は友好的ではあるものの、それが顕著になったのは一年ほど前である。
たった一年で人間と人狼がそこまで親密になれるはずもない。
いまだに疑いの眼差しを向けるものは多いのだ。
その道のプロであるGSでさえ彼女たち妖怪に対する認識は好ましいものとは言いがたい。
それが何の知識もない一般人なら尚更のことである。
ところが横島は種族の違いなどまるで気にはしなかった。
クロには、シロが横島を慕ってやまない理由がなんとなくわかった気がした。
「――――――フフッ」
「どうしたんすか?」
「いえ、なんでもありませんよ。それじゃ、行きましょうか」
シロは幼くして両親を失った。
だが今は横島や沢山の仲間がいるのだろう。
この分なら横島以外の仲間たちもいい人たちなのだろう。
シロは素晴らしい仲間に恵まれている。
シロは種族の垣根を越えて親睦を深めている。
そう考えたクロの顔からは微笑が消えなかった。
明日を目指して!〜その6〜
「♪〜♪♪♪〜♪♪〜」
「……アンタ何やってんの?」
高いギャラと積み重ねた実績で有名な美神徐霊事務所。
ここの台所に居候のタマモの疑問が飛んだ。
彼女の視線の先には鼻唄を歌いながら何やら作業をしているエプロン姿のシロ。
パパパと手が動いており、それは止まる素振りすらない。
ちなみにエプロンは無理言っておキヌに用意してもらった特注品である。
別に高い金を支払ったオーダーメイドの品物というわけではない。
というか、そんなもの美神が支配するこの事務所で用意できるはずがない。
おキヌがシロにレクチャーしながら作ったエプロンである。
胸元には大きく「おおかみ」とプリントされているのがなんとも。
「おお、タマモでござるか。見てわからないのでござるか?」
「うん。見てわかってたら聞かないでしょ。アンタと台所なんてミスマッチもいいところよ」
「へっへーん、そんなこと言ってられるのも今のうちでござるよ。今日の拙者は一味違うのでござる」
チッチッチと人差し指を振るシロ。
それに併せてシッポもフリフリ。
右手にはアルミホイル、左手にはサツマイモ。
「なにそれ?」
「焼き芋でござるよ。本当なら落ち葉を集めて焚き火で本格的にやりたいのでござるが、美神どのが駄目だと仰るので、渋々台所を借りてるのでござる」
「そりゃあ美神はそう言うでしょうよ。煙って結構匂いを残すもの。で、ちゃんと食べれるもの作れるんでしょうね?」
「お主にご馳走するとは言ってないが……」
「そりゃそうよねー。どうせアンタのことだから真っ黒焦げにするのがオチだろうし」
「拙者を馬鹿にしておるのか!?焼き芋を作らせたら拙者はちょっとしたもんでござるよ!」
えっへんと胸を張るシロ。
それに対するタマモの視線の投げやりなことと言ったら。
どうやらまるで信用していないらしい。
もしくは、たかが焼き芋でこいつは何を威張っているのかと、呆れているのだろうか。
そんな呆れと情けなさが入り混じった視線にシロは気がつかないのか、気にしていないのか。
再び気合を入れなおした。
「これを食べれば、先生だって拙者の魅力にメロメロに……腕が鳴るでござるよっ!」
「あーはいはい、ご馳走様。一生やってなさい」
ヒラヒラと右手を振ってタマモは台所を後にした。
心なしか、表情は優れない。
きっと色々と疲れているのだろう……誰のせいかは知らないが。
口からため息と愚痴が続けて出た。
「はぁ〜、なんで美神といい、おキヌちゃんといい、この事務所の連中はみんな物好きなのかしら?」
『皆さん横島さんを頼りにしていらっしゃるのですよ。照れくさくて口には出さないだけなのでは?』
「そうかな?一年一緒に仕事してわかったことは、アイツは極度の女好きってことぐらいかしらね?確かに女に優しいとこもあるけど、言ってみればそれだけなんじゃない?」
そうやって会話を交わしていると事務所の扉が開いた。
姿を現したのは渦中の男、噂をすればなんとやらである。
しかも本日はとびきりの美人さんを侍らせ重役出勤ときたもんだ。
美神の顔が微妙に引きつり、おキヌは目を点にした。
横島は身の危険を察知したのか、二人を視界から無理矢理追い出してタマモに話を振った。
「ちわーっす。タマモ、シロは?」
「シロなら台所にいるわよ。それより、その人どこから拉致ってきたの?」
「人聞きの悪いこと言うな!人狼の里から来たお客さんだよ」
「犬江クロと申します。いつもシロがお世話になってますね、狐のお嬢さん」
クロは微笑みながら言った。
対するタマモは子ども扱いが頭にきたのか、目を細めて軽く睨みつける。
「へぇ〜、ってことはシロのお仲間なんだ?」
そう言って品定めするようにしてクロをジーっと見つめる。
顔、悪くない、かなりの美人だ。俗に言うお姉さんタイプってヤツ?
髪、名前の通りに真っ黒。この事務所にはいない完全なるストレートヘアー。艶々だ。
うなじ、名前とは裏腹に白い素肌がよく見える。すべすべしてそう。
スタイル、着物の上からでは判別しにくいが少なくとも並の女なんて目じゃない。
最後に、胸。なんというか、その………完全敗北?
痛恨の一撃!タマモは床に手をつきむせび泣いた!
おキヌが恨めしそうにクロを見ている。
「負けた……完っ全に、負けた……」
「不公平じゃないですか……無いところにはまったく無いのに、あるところには余るぐらいあるなんて……」
「おーい、帰ってこーい」
目の前の現実に打ちのめされ、己の貧相さ(どこが、とか聞くな)を嘆く元幽霊と狐っ子。
すると騒ぎを聞きつけたのか、台所からシロが現れた。
すっかりしょぼくれているおキヌとタマモを不審に思いつつ視線を上げる。
口から出たのはビックリマーク。
「なにやら騒がしいでござるな―――って、叔母上っ!」
「「「………叔母上ぇぇっ!?」」」
三人の叫び声が綺麗に重なった。
シンクロ率は九割九分九厘。
「なんで叔母上がここに?一体何してるんでござるか?」
「何してるは私の台詞ですよ、シロ?貴女が里を出から一年近く経とうとしているというのに、連絡の一つもよこさないとは一体何事ですか。長老も大層心配なさっていましたよ?『シロはしっかりやっておるのじゃろうか?』と。見たところ元気にやっているようですけど、あまり心配かけるんじゃありません」
「あぅぅ……」
言われたシロはバツの悪そうな顔をして視線を反らした。
「まったく、兄上といい貴女といい、犬塚の家の者はどうしてこうもそそっかしいんでしょう。まるで落ち着きというものがないんですから。少しは心配させられる者の身にもなって見なさい」
「……面目ないでござる」
少しばかり顔つきを険しくしながら言い聞かせているクロにシロは頭が上がらない。
このままでは延々と説教が終わらないと判断したのだろう、話題変更に打って出た。
クロとしてはまだまだ言い足りないのだろうが、いつまでも説教をし続けるわけにはいかない。
シロの策略に乗ってやることにした。
「とっ、ところで、今日は如何用で?」
「長老から貴女の様子を見てくるようにと、言付かってきたのです」
クロは視線をシロから美神へと移して言った。
「そういうわけで、申し訳ないですけどしばらく泊めていただくわけにはいかないでしょうか?」
「しっかたないわね〜」
美神としては断る理由がない。
シロを預かっているのだから、クロの意見は至極真っ当なもの。
ここで野宿しろ、なんていったら人狼との交流が一気に途絶える可能性がある。
空き部屋あったかしら?と顎に手を当てて考え込んだ。
「ん?」
クロが再びシロに向き直って説教を再開しようとすると、タマモが急に顔をしかめる。
「どした?」
「ねぇ、なんか匂わない?」
「確かに、焦げ臭いでござるな」
「厨房からでしょうか?」
一同が目をやると、台所から立ち上っているのは黒い煙。
もくもくもくもく。
「……あぁーっ!!焼き芋、すっかり忘れてたでござるっ!? 」
シロは慌てて台所に飛び込むも時すでに遅し。
芋は炭化して真っ黒焦げ。
もはや焼き芋ではなく炭素化合物である。
「ゲホッ、ゲホッ。なんだこりゃ〜?」
煙というのは喉に入ると咽るし、目に沁みる。
それは横島だって例外ではない。
咳き込みながら横島は謎の物体Xについて聞いた。
「焼き芋でござる。あぁ〜、せっかく作ったのに……トホホ」
「大げさなヤツだなー。焼き芋ぐらいいつでも作れるじゃねえか」
がっくりと項垂れるシロの肩をポンポンと横島は叩いてやった。
美神は台所の惨状を目の当たりにしてため息をついた。
「シロ。台所ちゃんと片付けときなさいよ。それから横島君、物置片付けてきて。きっちり片付けりゃ人一人ぐらい寝れるでしょ」
「それぐらい自分でやったらどうなんすか〜?」
いつになく反抗的である。
「―――へぇ〜、アンタはいったいいつから私に意見できるほど偉くなったのかしら?」
「ぶべらっ!?」
バキィッ!ドスッ!メキョッ!
打撃系の擬音が鳴り響いた。
床に横たわるは赤黒いナニカ。
自らが謎の物体Xとなってしまった横島は、痛む身体をさすりながら必死に言い逃れをする。
「ドチクショーッ!何も殴ることないやんかー、俺は暴力になんか屈さへんぞっ!暴力反対ーッ!?」
「チッ」
美神はどす黒い表情で舌打ちした。
結構本気で殴ったのに横島はまるで切り裂かれたプラナリアのようにあっさり元通りになってしまったのである。
いつもならあっさり横島がおれるのだが、今日に限ってやたらと粘るのだ。
よって美神は鞭から飴へと作戦変更、横島攻略に乗り出した。
「ねぇ、横島君。オ・ネ・ガ・イ(はぁと)」
「不肖横島、及ばずながら気合を入れてしっかり清掃させていただきますっ!」
背中に弾力あるふくらみを押し付けて耳にと息を吹きかけながら囁いた。
横島は条件反射のように敬礼して、まるで漫画のように足を渦巻き模様にしながら部屋から出て行った。
こういうところだけ無駄に高性能な男である。
美神はそんな愛すべき馬鹿をこう評した。
「やっぱりバカは使いやすいわねー」
徐霊現場にて―――
「シロッ!そっちにいったわ、仕留めなさい!」
「了解でござる!」
「ほうほう」
また徐霊現場にて―――
「シロちゃん、美神さんのフォローお願いっ」
「任せるでござる!」
「これはこれは……」
またまた徐霊現場にて―――
「バカ犬ッ、おキヌちゃんのまわりの霊が増えてる!何やってんのよッ!!」
「狼でござるっ!」
「あらあら」
とまぁこんな具合で激動の日々が過ぎた日曜日。
シロは徐霊現場でしっかりと自身の役目をこなして難なく依頼は完遂した。
ところがシロの成長っぷりを見せるために組んだハードスケジュールは思わぬ弊害をもたらした。
美神たちは激務をこなし続けて完全にへばっていたのである、体力自慢であるシロまでもが。
ちなみにこの一週間横島は補修+愛子に捕縛されて学校から逃れられなかった。
「……なにやってんすか?」
「あら、横島さん。こんにちは」
久方ぶりに顔を出した横島が見たもの。
それは割烹着姿で家事に精を出すクロの姿だった。
おキヌはまだ帰宅していない。
「いやいや、なんでクロさんが掃除してるんですか?」
「皆さん、お仕事の疲れが残っていらっしゃるようなので。無理言って泊めさせていただいている身ですから、これぐらいはやらないと。あ、お茶いかがです?」
「あ、ども」
言いながらも手の動きが止まっていないあたり、かなり慣れているのだろう。
そういや初めて会った朝も器用に家事やってたなー、おキヌちゃん以上かも。
和服も似合ってたけど、割烹着もこれはこれでそそるなー。
そんなくだらないことを考えながら横島は口を開いた。
「にしても、だらけきってますねー。そんなにきつかったんですか?」
「うっさいわねー。アンタはいなかったからそんな気楽なことが言えんのよ。労働者には休息が必要なの「どうぞ」あ、ありがと」
言いながら注がれたお茶をちびちびと美神は飲む。
この一週間の激務は美神の感性を高齢者のそれにしてしまったのだろうか、お茶を飲んではやけにため息をついている。
環境が人を変えるといういい例だろう。
「んで、シロの件は上手くいったんすか〜?」
「それがねー、なかなか上手くはいかないみたい」
「へ?除霊の手伝いしてるところを見てもらうだけじゃないんすか?」
「お仕事自体は滞りなくいっているようなんですけどね。皆さんの足手まといになるようなこともなかったですし。ただ、如何せんシロは命じられたまま動いているだけですので、それを成長したと報告するのはどうかと思いまして」
無論シロは美神除霊事務所という『群れ』の一員であり、同格のタマモはともかく先輩のおキヌや頂点に君臨する美神の指示に従うのは当然といえば当然のことである。
だがそれではまるでチェスの駒である。
駒としての能力の成長はもう充分に見せてもらった。
見たいのはプレイヤーとしての成長、つまりシロが的確な判断ができるようになっているかどうかということだと、クロは言っているわけである。
これには美神は頭を抱えた。
なにせここに舞い込んでくるのは超一級の依頼ばかりで、シロ一人でこなすのはまず不可能だろう。
シロにはチームの中での役割が確立されていて、美神たちもみな同様。
例外といえば万能型の横島ぐらいだ。
どのみちシロが一人で除霊するにはGSとしての師匠、つまりは横島の同伴が必要不可欠ではあるが。
「シロ一人に任せれるような仕事は大抵オカGに流れちゃってるし」
オカGが日本支部を設置してからというもの、経済的余裕のない霊障被害者はこぞって流れていってしまった。
だが設置されて間もないオカGに高レベルな除霊は無理。
そのような依頼ばかりが民間に流れてくるのである。
さっきの美神の上手くいかない発言の要旨はこうだ。
「どれもこれも、シロにはまだ荷が重いわねー。知識面じゃまだまだ不安要素が多いから、あの子は」
「何とかならないものでしょうかねぇ」
「うーん、むっずかしいわねー」
そんな二人のやり取りを横島は他人事のように眺めていた。
「おい除霊委員。お前たち、ちょっと来てくれ」
翌日の月曜日、横島、ピート、愛子、おまけのタイガーは教師に呼び出された。
なんでも美術室やら音楽室がある特別棟のトイレに幽霊が出るとの噂があるらしい。
あくまでも噂だが、目撃したという生徒が続々と自己申告をしてきたため教師陣としては放置しておくわけにもいかなくなったようだ。
かといってオカGに操作を依頼して白昼堂々と現場検証、なんてことは避けたい。
無闇に不安を煽る真似はご法度だ。
そこで横島たちに白羽の矢がたった。
霊視をさせてみて無害ならそれなりの措置を。
有害なら民間GSなりオカGなりに事態の収拾を依頼するという結論に至ったわけである。
四人中二人がGS免許取得者であることも、この判断を下す一因となったようだ。
「しっかし女子トイレとはノー」
タイガーが汗をかきながら言う。
彼らは現在、特別棟一階の西の女子トイレ前に立っていた。
女性格の愛子はともかく、野郎三人が秘密の花園に侵入するというのは中々に気が引けた。
「困ったわねー。私はともかく、横島くんたちはどうすればいいのかしら?」
「つっても中に入らねえと二進も三進もいかねえじゃん」
「横島さんの言うとおりですね。別にやましいことをするわけじゃないし、気にすることないんじゃないですか?」
言いながらズカズカと聖域に土足で上がりこむ野郎+机を背負った女子。
なんだかとってもシュールな光景ではある。
「よし、ピート。お前の出番だ」
「はい。エビルアイ!!」
ピートの瞳がピカッと光る。
別に隠し芸をやってるわけではなく、霊視を行っているのだ。
ピートのエビルアイはドリアン・グレイの擬態をも見破ったことのある強力なもの。
ここの面子の中では適任だろう。
ピートは個室トイレを一つづつ扉を開けて中を調べていった。
右から四番目の個室トイレ、ふとピートの歩みが止まる。
「ここは……」
「当たりか?」
「ええ、おそらく。ただ、今のところ悪意は感じられませんね」
「じゃあこのまま放っておくの?」
「一応やっとかねーと不味いだろ。検証開始、ってか」
横島の言葉に一同は沈黙で答えた。
今日はここにいると思わしき霊の力やら何やらを見極めるだけが目的ではあるが、この業界で『絶対安全』という言葉はない。
何が起こるかわからない、これはGSだけでなく人生においても意味ある言葉だろう。
「ほれ。一応持っとけよ。使い方はわかるよな?」
「へー、これが文珠なんだ。なんだかビー玉みたいね」
横島は文珠を作り出して一個づつ与えた。
これも一週間学校に缶詰になっていた弊害である。
この場合、美神たちにとってだが。
「んじゃ、やるぞ」
女子トイレをピリピリした空気が支配する。
スーハースーハーと深呼吸をして、横島は扉を三回ノックした。
「はーなこさんっ、あーそびーましょ」
Please don't use this texts&images without permission of アミーゴ.