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わがし さくらもち♪

『わがし さくらもち♪』



最近のタマモは料理に凝っている。
春というのは何となく心楽しくウキウキとするものだが、そのあたりの心の機微は妖怪でも人でもさして変わりが無いらしい。
それがどうして料理なのかは疑問が残る点ではあるが、美神令子除霊事務所には優秀な先生がいたりするのだから興味を持ちやすかったとも言えるかもしれない。
とはいえ初心者とは時としてかなり無謀なことをするもので、ありがちな失敗としては「オリジナリティ」を出そうとして得体の知れないものを作り出すということだろう。
ちなみにとあるSS書きの娘さんは「お父さんに」とヤク〇ト入りのコーヒーを煎れてくれてお通じを良くしてくれたことがある。
暖まった乳酸菌は確かに腸に効く。だが素人の方にはお勧めしない。
風呂場で一人寂しくパンツを洗いたいというなら止めはしないが。
まあ、牛乳がなければヤクルトでもいいじゃないという発想は伸ばしたいなぁ…と思うが、それはおいといて。

美神令子除霊事務所においては多少の失敗作ができても心配ない。
なにしろ優秀な毒見役兼掃除役がいるのだ。
赤貧ゆえにチョコレートでご飯を食べれる男、その名は横島忠夫。
多少の異物食には動じないはずの彼が皿の上に乗った物体を見て固まっていた。

「…これが今日のお前の料理か?」

「うん。どう? タマモちゃん特製サクラ餅は?」

「ほほう…これがサクラ餅とな?」

「オリジナリティがあるでしょ!」

はてさてオリジナリティとはこういうものだったろうか?と横島は首を傾げた。
だって彼の前にあるのはどう見てもただの餅である。
サクラ餅とは似ても似つかない。
彼の記憶のサクラ餅はもっとこう丸かったはずだ。間違ってもこんな四角いもんじゃない。
さらに言えば葉っぱに包まっていたはずだ。
だけど今、目の前にある餅は葉っぱなどどこにもない。
強いてサクラ餅らしさをあげるとすれば全体がピンク色をしているような気がしないでもないということか。
どこか空虚になりかける思考のまま、ふと見ればおキヌが両手を合わせてごめんなさいのポーズをしていた。
心優しく押しの弱い彼女ではタマモの暴走を止められなかったのだろう。
目の前のタマモは得意満面といった様子で胸をはっている

「ふふふ…桜の花びらをごってりと餅にまぶしたのよ! この素晴らしき美的感覚! もしかしてタマモちゃんってば天才?!」

「それはサクラ餅とは言わん!!」

「どうしてよ?! 桜を使った餅なんだからサクラ餅でいいじゃない!」

「だったらウグイス餅にはウグイスがくっついているのか! ボタ餅にはボタがまぶしてあるとでも言うつもりか! だいたいボタってなんじゃい!? キナコ餅にはキナコがまぶしてあるとでも言うつもりかぁぁ!!」

「…キナコ餅はそれでいいじゃない…」

「む…しまった…だが断じてこれはサクラ餅などではない! 別の何かだっ!!」

「なによ! 食べない気?!」

ガーッと気色ばむタマモちゃん。
自分の料理をけなされたとあってかなりご立腹のご様子だ。
とはいえこんなものが美味いはずもなく。

「食うも何もまずお前は味見したんだろな?」

「してない」

「お前が食えぇぇぇ!!」

手にした餅がビュビュンと唸り、タマモの口へと放り込まれる。
まさに電光石火、突然の攻撃に目を丸くしたタマモが喉を押さえて倒れこんだ。

「どうしたタマモ?! そんなにまずいのかっ!? そんなものを俺に食わせようとしたのか!?」

「ちがいます横島さん! タマモちゃんの様子が!」

いわれて見ればまずさで悶絶しているというのとは違う気がする。
喉を押さえてバタバタしている様子はどうみても窒息状態。
とどのつまりは喉つまり。

「せ、先生! このままではタマモが!」

「どうしろと!? 救急車を呼ぶか!?」

「間に合わないでござる!」

慌てたシロがふと思い出したのはかって見たテレビ番組。
落ち着けシロちゃんは武士でござる。
武士に必要なのは不動心。こういう時こそ沈着冷静に考えを巡らせろとアナウンサーも言っていたではないか。
確か喉つまりの時の応急法は。

「先生! これを使うでござる!」

シロが渡したのは掃除機のパイプ。
だけど今度は渡された横島が慌てた。
なにしろ餅とパイプのつながりがわからない。

「これを尻に刺して息を吹き込めば出てくるでござろう!!」

「カエルかぁぁぁ!!」

生兵法は怪我の元と古人は言ったけど全くそのとおり。
仮にも乙女の尻にこんなものを突っ込めば、助かったとしても乙女心は死んだも同然。
ていうか助からないし。
いかにタマモが妖怪とはいえまさか直通ではないだろう。ちくわじゃあるまいし。
だがそれでも鈍く輝く掃除機のパイプは横島の脳に天啓を授けた。

「そっか! 吸えばいいんだ!」

正解である。とは言っても気道を傷つける恐れがあるから他の方法があるならそっちを試すべきだけど、今のところはこれしか思いつかないわけで、ならばここは吸い込むしかないと横島は決意を込めてパイプを握り締めた。

しかしまあ、人は慌てているととんでもないことをするもので、混乱した横島が掃除機のパイプをタマモの口に差し込もうとするが、不幸なことに事務所の掃除機は大型で小ぶりなタマモの口に入るはずもなく、ええい面倒とばかりにパイプをほうり捨てた横島はいきなりタマモの唇に吸い付いた。

「横島さん! それってめっさデイーーーープなキスですー!」

「せんせえぇぇぇ!!」

わかっている。わかっているが命がかかっている。これは救命なのだと自分を納得させつつの必死の吸引が天に通じたか、タマモの喉を塞いでいた凶器はスポンとマヌケな音ともに飛び出した。
ケホケホと咳き込むタマモにおキヌが走りよると背中をさすってやる。

「タマモちゃん大丈夫!?」

「ぜーーーーーっ…ぜーーーっ…し、死ぬかと思った…」

「よかったでござるなぁ…」

ほっと汗を拭う少女たち。
ちょっと納得のいかない展開があったけど、やはり命は大事だしと功労者を労おうと見てみれば、喉を押さえてのた打ち回っている横島がいたりした。

「せんせい?」

「横島?」

「ああっ! まさか! タマモちゃんの出したお餅が今度は横島さんの喉に!」

どうやら勢いあまって吸い込みすぎたらしい。
さあバトンは渡された。どうするどうなる横島くん。

「こ、ここは私が人工呼吸を!」
「拙者がやるでござるから!」

キッとにらみ合い牽制しあう二人の少女。
ちなみに人工呼吸ではどうにもならんと思うのは人工幽霊だけ。
さすが人工つながり、関係ないが。

睨み合う両雄。まさに一触即発の空気が事務所を揺らす。
このまま千日手になるかと思いきや、先に動いたのはシロだった。
突然なんの前触れもなくシロの視線がおキヌから横へとごく自然な動きで流れた。
敵 ─かどうかはわからないけど─ を前にしてあまりに無防備な動きがおキヌの心を揺らす。
もしや罠?「あ、UFO」とかベタな奴?とは思うもののこんな場面で視線をずらされればそれを追うのは人の本能だった。

(あああああ…わかっているのに見てしまう! 駄目よ耐えるのよ私! この視線の先にあるのは地獄!)

だが悲しいことに体は本能に従って目の前のシロが視界から外れていく。

「貰ったぁ!!」

自分がおキヌの死角に入ったと悟った瞬間、シロの体は弾かれたように飛び出すとおキヌの横をすり抜けてちょっとだけ土気色になりかけている横島へと駆け抜けた。

「今お助けするでござるっ!!」

スポンと軽妙な音ともに横島の唇に吸い付くシロ。
さすが人狼、肺活量も並みではない。
チューーーーと吸い取る音の大きさがそれを物語っている。
吸うこと数秒、ついに凶器は横島の喉からすっぽ抜けた。

「大丈夫ですか! 横島さん!?」

「ぜーーーーーっ…ぜーーーっ…し、死ぬかと思った…」

「あ、あはは…よ、良かったですね…」

たかが餅の分際で二人を死線に誘ったのだからタマモの料理は凄いと思う。
いや訂正しなければならないだろう。
だって三人目が喉を押さえてのた打ち回っているのだから。

「今度はシロかぁぁぁぁ!!」

「あ、私に良い考えが!」

転げまわるシロを抱き起こした横島に一言告げて部屋を飛び出したおキヌがアッと言う間に手にコップを持って戻ってきた。
日頃の彼女から考えられない運動能力の源は嫉妬パワーか、それとも自分だけ出遅れたと言う焦りなのか。
とにかく彼女は何かがなみなみと注がれたコップを横島に差し出した。

「横島さんこれを!」

「これは?」

「水です!」

気道がヤバイのに水を飲んでも仕方ない、相変わらず天然なおキヌの様子に横島はこんな場面にも関わらずなんだかホッとしつつも苦笑した。
とはいえこの優しい少女の気遣いを無碍にすることも出来ないではないかと彼にしては珍しく頭を使って言葉を選ぶ。

「おキヌちゃん…水飲んでも取れないと思うよ」

「ええ。ですからこれは石鹸水です」

「は?」

確かに指輪とかが取れなくなった時に石鹸水を使うことはあるけれど、それって飲むもんじゃないないんじゃなかろうか。
あ、あは…おキヌちゃん…やっぱりテンパっていたのね…とニヤリと笑った少女の笑顔を気づかないようにしながら横島は腕の中でピクピクと痙攣し出したシロの顔を掴んで酸素を求めて突き出された唇に吸い付いた。

「あーーーーーーっ!! そんなー! 二回目ーーー!!」

ごめん。おキヌちゃん。でも石鹸水はまずいと思うんだ。
そしてこれは救命だからね。そこのところ勘違いしないでね。
あはは…だからその震えながら顔に影を落すのは止めて欲しいなぁ。

なんて救命中に考えたのが悪かったらしい。
力の加減を誤ったばかりに餅は再び横島の喉へと突撃してしまったのだ。

「また横島さんがーーーー!!」

「ぜーーーーーっ…ぜーーーっ…し、死ぬかと思ったでござる…って先生! 拙者のために!!」

すがり付こうとするシロの肩を掴む手がギリリと肩の骨を軋ませる。
その圧力に「ひいっ!」と悲鳴を上げたシロの耳元で流れる少女の声。

「うふふ…シロちゃん…今度は私の番よね…」

「そ、そうでござる! 拙者は充分堪能したでござるゆえ!!」

「うふふ…ありがとうねシロちゃん…」


ついに…ついにこの時が来た。
ファーストキスとは言えないかも知れないけれど、それでもキスはキス。
しかもこれは合法的な人助け。
見ていてください横島さん。おキヌは立派にやりとげます。
すーはーすーはーと深呼吸。
行きます。横島さん!!



だけど彼女は忘れていた。
救命は一分一秒を争うということを。

「ええーーーーっ! タマモちゃん!!」

ジュュュュュウと音がするほどディープなキス。
キスと呼んじゃいけないかもしれないけれど、形の上ではキス。
それが目の前でリアルに進行中。

あうあうあう…とうろたえるシロと、がっくりと跪き敗者のオーラをダダ漏れさせ始めたおキヌの前で白い喉がコクリと動き、唇を離したタマモが顔を上気させてはにかんだ笑顔を見せる。

「まあ…恩は恩だから…ね」

そっけない言葉の割に舌がチロリと唇の感触をなぞっているのがとっても納得いきません!と拳を握り締めたおキヌに、一部始終を見ていた人工幽霊は「後の祭り」という言葉を思い浮かべるのであった。





その夜、お土産に買ってきた磯辺巻きを親の仇のように箸でつつき倒すおキヌの不可思議な様子に頭を捻った令子だったが、保身に目覚めた人工幽霊が一切の記録を削除していたため、少年と少女たちのかもし出す微妙な空気に疎外感を感じて密かに凹んでいたと屋根に巣食う妖精が茶飲み友達のスズメに語ったのだった。

おしまい






ども。犬雀です。今回はタマモいじめのふりをしたおキヌいじめ…なのかな?(笑)

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