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明日をめざして!〜その5〜




 給料日、我らが横島はたいそうご機嫌だった。

「ふんふんふふふ〜♪これで今日はカップ麺に卵が入れれるぞ〜っ」

 なんとも悲しいことを言いながらスキップして家路につく。
どうでもいいが、野郎が鼻唄まじりにスキップなんかしても気持ち悪いだけだろう。
その手に握られている茶封筒は先月のものよりもやや分厚い。
もちろん時給が上がったからで、死への手荷物というわけではない。
もうイタリアンマフィアのような隠された殺意に怯える必要はなくなったわけである。

「ん?」

 ランランルーなんて某ピエロちっくなハンバーガー屋のマスコットの真似をしている。
遠目に黒い何かがあるのがわかった。
より近づくとフサフサしているようだ。
さらに近づくとハッキリとした形が認識できるようになる。
足が四本、シッポが一本、尖った耳が二つ。
黒犬である。

「なんだコリャ?」

 横島の反応も当然と言えば当然だろう。
目の前にいるのは確かに犬である。
犬ではあるのだが、なぜか首元に緑色の風呂敷を巻いていた。
ナルト模様の、泥棒がよく顔に巻いているアレである。
この御時世に行き倒れ?しかも犬が?
横島の頭を様々な疑問文が浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返す。
ところが横島にはシロという前例があった為に否定しきることができなかった。
急に襲い掛かられ、挙句牛丼を奪われそうになったというとてつもなく嫌な前例だが。
そんなわけで、嫌な予感が胸をよぎる。

「………………冷静になれよ、横島忠夫。お前は何も見なかった。見なかったったら、見なかった」

 折角いい気分で帰ろうとしているのに厄介事は嫌だとでも思ったのだろう。
ちょっとだけ悩んだ後、記憶から抹消するというある意味超常的な逃げを選んだ横島。
犬を飼ってやる余裕なんかない。
給料が上がったなんていってもいまだに飯に四苦八苦している身なのだ。
と言うか、厄介事の匂いがプンプンするぜぇーっ!
それにいまどき犬狩りなんて今時保健所だってやってはいまい。
捨てられた子犬が届けられたりするぐらいだ。
不謹慎だが犬狩りの現場に出くわしたら、その日一日ついてんじゃないかってぐらいやってない。
加えて、犬とはこう見えても結構逞しいもの、野犬になっても自力で何とかするだろう。
 横島はそう自分に言い聞かせた。

「……悪く思うなよ?」
「…………………くぅ〜ん……」

 立ち去ろうとした瞬間に、小動物特有の愛嬌のある声で黒犬は一鳴きした。

「……………………」

 後ろ髪を引かれつつも、横島は歩を進める。
聞こえてくる鳴き声をグッとこらえて前に歩く。
とうとう黒犬の視界からは横島の背中が消えてしまった。

「…………………くぅ〜ん……」

 再び一鳴き。
夕暮れ時の街、黒犬の鳴き声だけが虚しく響いた。
よろよろと立ち上がろうとして、足を滑らせ派手に転んでしまう。

「ギャウッ!」

 ゆっくりと立ち上がったその姿は痛々しい。
傷だらけになりながらも、黒犬はゆっくりと歩き出した。
時折すれ違う人々は不審なものを見る目つきで何をするでもなくただ通り過ぎ去っていく。
 それでも時刻はすでに一日の終わりが近いことを示している。
太陽はほぼ地平に消えてしまっている。
気温はどんどん下がっていき、容赦なく黒犬の体力を奪っていった。
瞼が徐々に下がっていく。
 すると、黒犬の耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「あ〜〜っ、もう!しゃ〜ねぇなぁ」






  明日を目指して〜その5〜






 あの後、横島は黒犬を抱きかかえて自宅に連れ帰った。
途中大家に見つかりそうになって冷や汗を流したのは秘密である。
片手で黒犬を抱きかかえている為、部屋のノブを器用に片手で回す。
ゴミタメのような部屋の荷物を隅の方へと強引に追いやって、黒犬が横になれるだけのスペースを作り出した。
次に押入れをガラッと開けて上半身を突っ込みながら何かを探し出す。

「え〜っと、確かこの辺に………あった、あった」

 引っ張り出したのはやや埃をかぶったタオルケット。
パンパンと小気味よくタオルケットを振ると埃が舞う。

「ゲホッ、ゲホッ」

 自身の不精っぷりを痛感しつつ、床に座布団を引いて黒犬を寝かせ上からタオルケットを駆けてやる横島。

「ちょっと待ってろ。今なんか持って来てやっからな」

 乗りかかった船、毒を喰らわば皿までよ。
そんな風に吹っ切ったのか、はたまた小動物には弱いのか、台所へ向かって冷蔵庫を漁り始めた。
 そんな彼が黒犬復活の生贄に選んだのは、なんの変哲もないただの牛乳。
こういう時はやっぱりあったかい牛乳だろと、短絡的な思考回路が答えを弾き出したのだ。
涙をのんで、鍋にまるまる1リットル入れてコンロにセット、点火すればホットミルクの出来上がり。

「ほら、これでも飲んで元気出せ」

 黒犬は頭をゆっくりと持ち上げてヒクヒクと鼻を利かせる。
初めは匂いを嗅ぐにとどまっていたがゆっくりと舐め始めた。
ペロペロと飲む姿に横島が癒されている間にホットミルクはなくなった。
空になったそこのやや浅い皿を鼻で押し出してお代わりをねだる黒犬。

「…………………くぅ〜ん……」
「…………悪いな、もうないんだよ」

 横島の頬を熱いナニかがつたう。
その背中はやけに哀愁を帯びていた。
 自身も腹が減ったのでカップ麺を作って食べる。
ふと、お揚げジャンキーな同僚の姿が目に浮かび、箸でお揚げをヒョイと摘み上げた。

「食うか?って、食うわけねえよな」

 タマモじゃあるまいし―――そう言った。
すると叫び声と共に横島の目の前にはとても切ない表情をした黒犬。

「…………………くぅ〜ん……」
「……食ってもいいぞ」

 上目遣いで見上げてくる黒犬に根負けしたのか、油揚げを差し出した。

「あ〜ぁ……結局今日も素うどんかよ」

 今日も、ということはいつもそうなのだろうか?
葱とうどんだけがぷかぷか浮かぶカップを見ながら横島は呟く。
うどんがやけに塩っぽく感じたのは横島の気のせいではないだろう。

「そろそろ寝るか。どうせ明け方になったらシロに叩き起こされるんだしな」

 大人一人寝れるか寝れないかといった大きさの布団を乱雑に床に敷いた。
黒犬が布団の上に陣取った。

「おいこら、どけ」
「…………………くぅ〜ん……」

どうやらここを今夜の寝床に決めたらしく、動かそうとしたらお得意の切ない光線(名付け親、横島)を放ってくる。
これを見ているとなんだか自分が悪いような気になってくるのだから堪らない。
横島は、軽々しく犬なんか拾ってくるもんじゃないなーなんて思っていた。
どうせワイは犬にも勝てやしないんやーと、部屋の隅でいじけてみる。

「……このバカ犬」
「ガウッ!」

 ガブリ。

 侮辱の言葉には怒りを露にして噛み付いてきた。

「いてぇーーっ!!」










 ここは人狼の里、人間社会から隔離された里。
森の深く奥にあるこの里では人知れず人狼たちが平和に暮らしているのである。
 ある日、そんな平和な里からご機嫌な鼻唄が聞こえてきていた。

「やっき芋、やっき芋、お腹がグー、でござる」

 鼻唄の歌い手は犬塚シロ。
シロは自宅の庭で落ち葉を集めて焼き芋を作っていた。
季節は秋。
シロには音楽やら芸術やら読書やらは縁がなく、食欲の秋がお似合いだ。
せっせと扇を煽ぎ日に勢いをつけようとしているその姿は微笑ましい。
 そんなシロの背後から声がかけられた。

「そんなに焼き芋ばかりにご執心だと晩飯が食えなくなるぞ?」

 声の主はシロの親父さん。

「大丈夫でござるよー」

 根拠のない自信を引っさげ、振り返りもせずに言い切るシロ。
こうなると父は困った顔をしてため息をつくしかなかった。
ご存知の通りシロは目先のことに集中すると周りが見えなくなるという悪癖がある。
もちろんシロの父親もそれを重々承知しているからこそ気が気ではなかった。
いつの日かとんでもないヘマをやらかすのではないか、と。
 幼いシロがそんな親心に気づくはずもなく、一心不乱に焼き芋に専念していた。
目に写る炎が楽しいのか、シッポがブンブン振り回されている。
ちょっとした旋風でも巻き起こりそう。

「晩飯を残してはならんぞ」
「わかってるでござるよー」

 いつもいつもシロは生返事を返していた。
この年齢の子供が言いつけをしっかり守るなんてことは稀なことである。
シロもその例に漏れず、遊びたい盛りだ。
失敗をやらかして父に叱られるなど日常茶飯事だった。

「あちちっ」

 シロは手袋を両手にはめて、焚火の中から芋を取り出した。
紫色の皮があちこち炭化して黒焦げになっている。
手袋越しに焼き芋の持つ熱が伝わってくる。

「やれやれ……」

 そんなシロの姿を見ながら、父は今日の晩飯の量をちょっぴり少なくすることを心に決めていた。

「父上〜♪シロの作った焼き芋でござる〜♪一緒に食べよ?」

 シロは満面の笑みを浮かべながら父の眼前に焼き芋を差し出した。
シロの手にする焼き芋からはホカホカと湯気が立ち上っており、いい匂いがした。
いかにも美味そうな一品である。
二人は皮を剥き、焼き芋にかぶりつく。

「む。これは中々―――」
「ホントでござるか?」
「嘘をついてどうする?」
「なら、父上ももっと食べるでござるよ!」

 父は娘の優しい言葉にちょっとばかり感動して涙目を隠すように瞳を閉じた。
対するシロには、父も満腹になって夕飯を残せば自分を叱れまいとかいうちょっとした打算があったりする。
侮りがたしチビッ子、ということか。
 父の言葉に機嫌を良くした?シロは縁側からピョイッと飛び降り焚き火に駆け出す。
消えた焚き火と侮って、手袋も使わずに手を突っ込んだのであった。
当然焚き火とはいってもすぐに篭った熱が逃げ切るはずもない。
シロは悲鳴を上げた。

「熱ぅっ!?」










「熱ぅっ!?―――って、夢でござるか……」

 シロの視界に写ったのは居候先の天井。
染みの数から見ても間違いない。
ふと横を見ると、タマモはすやすや夢の中。
 シロは視線を落とし一人ごちる。

「どうして今更あんな夢を見たのやら。これが噂に聞くほおむしっくというやつでござるかな?」

 今までそんな気持ちになったことはない。
帰ろうと思えばちょっと時間をかけてでも帰れるのだし、帰りたいとも思わなかった。
自分はまだまだ修行中の身、半人前のまま帰っては里の仲間に笑われてしまう。
それに両親がいないというのは大きかった。
家に帰っても出迎えてくれる人もいなければ灯りが燈っていることもない。
これほど寂しいことはないと、シロは痛感させられていた。
 ベッドから降り、窓の方へと移動する。
ガラス越しに見える空は太陽がほんの少しだけ顔を出している。
地平線のあたりは真っ白に染まっていた。
いつもより大分寝過ごしてしまったようだ。

「父上は母上と天国でよろしくやっておられるのだろうか?」

 地平線の真っ白い光が光に包まれた天国というものを連想させる。
シロは今は亡き両親に思いをはせていた。
母のことはあまり覚えていない。
けどまわりの大人たちからは父と母は里一番の鴛鴦夫婦だったと聞いていた。
だからきっと天国でもよろしくやっているに違いない、絶対に。
シロはなんとなくそんな気がした。
 そんなことを考えているうちに、だんだんと内容が両親のことから夢で見た焼き芋、焼き芋から横島へとシフトしていった。

「焼き芋かぁ……今度、先生にも食べてもらおっと」

 シロはそう思いついた。
天命とばかりに今は十月半ば、秋真っ只中だ。
都会のサツマイモでは里のサツマイモに敵うべくもないが、そんなことは問題ではないだろう。
なにせ相手は先生だし。
味よりも食べれるか否かのほうに重点があるはず。
多分、いや絶対。
喜ばれこそすれ、疎ましがられるなんてことはないだろう。
いやいや、もしかしたら褒めてくれたりして―――

 ―――こら美味いっ!シロ、お前は天才だな―――
 ―――そ、そんな。こんなの大したことないでござるよ―――
 ―――いーやっ、こんなに美味い焼き芋を食ったのは生まれて初めてだ!―――
 ―――大げさでござるなー。焼き芋ぐらい、いつでも作って差し上げるのに―――
 ―――だったら毎日でも作ってくれよ―――
 ―――へ?それは、どういう意味、でござるか?―――
 ―――今までは黙ってたけど、俺、お前のことが―――
 ―――先生……―――
 ―――シロ……―――

「でもって二人の距離はだんだん近づいてついには―――いやーん!拙者、恥ずかしいでござるよ〜」

 左手で抱いていた枕は中身の綿が飛び出した。
頬は赤く染まり右手を顔に添えて、身体をくねくね、シッポをブンブン。
頭の中はお花畑、ベッドの上は綿だらけ。
シロが現実世界に帰ってきたのは太陽がすっかり昇りきってからだったとか。










 トントントントン。

「………………………………………………………んぁ?」

 部屋にリズミカルに響く音。
包丁とまな板がぶつかりあっている音である。
もちろん今目覚めたばかりの横島の仕業ではない。

グツグツグツグツ。

「………………………………………………………ほぇ?」

 次に聞こえてきたのは鍋で何かを炊いている音だろうか?
繰り返すが横島の仕業ではない。

「♪〜♪♪♪〜♪♪〜」

 鼻唄が部屋に充満する。
男の低い声ではなく、子供の高すぎる声でもない。
女の声だ。
くどいようだが横島の仕業では有り得ない。

「あ、目ぇ覚めました?」

 脳が徐々に覚醒した横島が見たもの。
それは台所に立ち朝食の支度をする一人の女性。
背はかなり高く横島よりも頭一つ分大きいだろうか。
年齢は同じか、やや上といったところで、髪は真っ黒なストレート。
パッチリと開いた大きな目に二重の瞼。
和服姿であるから身体のラインはハッキリしないが、それでもかなりスタイルはいいようだ。
胸が大きいのに和服が似合う、ある意味反則的な魅力を放っている。
ハッキリ言って美神さんに負けず劣らずの美人じゃねーの?
 そう思った横島がとるべき行動は唯一つだった。

「生まれる前から愛してましたーっ!」
「あらあら、それは有難うございます」

 ひらり、ドガッシャーン!

「あのー、大丈夫ですか?」
「ちょ、ちょっと無理かも……」

 哀れ、必殺?のルパンダイブは予想もしなかった素早い動きにあっさりかわされた。
横島はガス台に顔面ダイブ、首がかなり危ない方向、角度へと曲がってしまっている。
だがそこはギャグキャラ、一瞬で元通り。
女性はそんな横島を見て無事と判断したのか、止めていた手を再び動かし始めた。

「もうちょっと待ってて下さいね。あと少しで朝御飯ができますから」
「はぁ……」

 横島の奇行をあっさりスルー。
手際よく動かしている手は止まることなくあっという間に机の上にはご飯に味噌汁、焼き魚。
 横島は思う、家に鰯なんかあったか?

「すいません、大したものも作れなくって……」
「いやいやっ、こんなにやってもらってこっちこそすいません……」

 なんとも気まずい。
こんな綺麗な女性にこれだけ尽くしてもらえて嬉しいことは嬉しいのだろう。
だが肝心のお相手が誰だが全くわからない。
もしやタマモの幻術か、ドッキリカメラか何かかと周りを見渡してもそれらしきものは見当たらない。
 頂きます、と声が聞こえたので横島もそれに釣られて箸を取った。

「あの〜、どうです?お口に合いましたか?」
「め、めちゃくちゃ美味いっす!」
「そうですか。良かった」

 そう言って微笑む横顔に横島は一瞬見とれてしまった。
5分と経たぬうちにすべて食べ終え、横島は本題に入る。
いまさらこんなことを聞くのもなんだか変な気がするが仕方がない。

「あの〜、あなたはどちら様?」

 横島の問いに女性は答えた。

「あっ、そういえばまだ名乗ってませんでしたね。私、人狼の里というところからやってきた犬江クロと申します」
「人狼の里っ!?」

 言われてみればシロと同じ場所から尻尾が生えている。

「シロのお仲間かよ……?」
「あら、シロとはもしかして犬塚の娘のことですか?」
「えっ?そうですけど、お知り合い?」
「ええ。同郷のものですから。そういう貴方は、あの娘とは?」
「シロは一応俺の弟子ってことになってますけど」

 弟子という言葉にクロは反応した。

「ということは、もしかして横島忠夫さんですか?美神除霊事務所で働いていらっしゃる?」
「そうですよ?」
「なら、お話しないわけにはいきませんね。実は、私シロに用事があって里から出てきたんです」

 ぎりぎりアウト……orz
開始5週目にして、早くも遅刻をしてしまいました。
呼んでくださっている方々、申し訳ありません。
 申し訳ないついでにもう一つ。
その3にレス下さったトンプソンさん、お返事がまだでした、ホント申し訳ないです。
と言うわけでレス返し。
 >この台詞、原作にあってもまったく違和感が無いですね。
 有難うございます、違和感がないってのは凄い嬉しい。
 なんだか世界観を共有しているような錯覚に陥ります。
 >横島のやさしさ。とでも言いましょうか。
 女子供には優しい子ですからね。

 来週は赤いアイツがやって来ます。
角付きだったり三倍だったりはしませんよ?

 追伸
 誤字を見つけたので修正修正。

鍋にまるまる1&#8467→鍋にまるまる1リットル
能が徐々に→脳が徐々に

 なんだこりゃ。

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