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ある日の情景『雷ごろごろ』



 めずらしくお昼の後にお散歩をした日。
 シロと横島。相変わらず自転車はシロに引っ張られ、地を駆けてゆく。ちょっとした体力トレーニング。
 その帰りがけに思わぬ出来事。
 ざざあ。
 たらいをひっくり返したように、空のじょうろから降り注ぐ雨、雨、雨。
 夕立。事務所まであともう少しと言う所で、二人は足止めを食らった。
「なに、すぐ止むさ」
 商店街の外れ、シャッターの閉まった店舗の雨よけの下に舞い込んだ二人。脇には止めた自転車を寄せて、雨が止むのを待ちぼうけ。そんな中で横島の一言が彼女に安堵を与える。シャッターに寄りかかり、ずっと空の天井を見上げ続けた。
 ところが雨は止まない。
 それどころが勢いは増すばかり。
「せんせえ〜」
 さっきよりひどくなってるではござらぬか、と言わんばかりの膨れ面。ははっと苦笑いする彼の顔は目が泳いでいた。
「まあ、そのなんだ。誰だって予想が外れる事があるってことだ。な?」
 しかし、ジト目で見つめられ、すぐににっちもさっちもいかなくなった。
「先生、うそつきは閻魔さまに舌を抜かれるでござる」
「おまえ、まだそういうの信じてるのかあ? んなの、迷信だよ」
「そんなこと、ないでござる! 長老や父上が言ってたのだから間違いないでござるよ」
 むうっと少し怒り顔。子供っぽく口を尖らせて、反論するシロは不満げに漏らす。そこが可愛らしくもあった。
「ホントかあ?」
「本当でござる!」
 息巻く姿もなかなかに。口を開けると犬歯、もとい牙が四つ見えた。先ほどからちらほらとこぼれて来る。噛まれたら痛いだろうな、と横島は何気なく思った。
「なんでござるか!」
「ああ、いや」
 目を合わせていると、機嫌を損ねたらしいシロが無愛想な口調で睨む。それを見て、彼はこりゃあかんと一時撤退を決め込んだ。早く機嫌が直って欲しいと切に願うほか、なす術もなかった。
 そしてしばらく雨がざあざあ音立てて、目の前に落ちていく。二人はお互い黙り込んで、降る雨をただ見つめていた。
 天から落ちてくる雨粒。空中を通り過ぎて行き、地上へ落ちる。コンクリートの住宅地、道路を形成するアスファルト、草木を育む赤土の地面、瓦屋根、雨除け、はたまた池の中、海の中、あるいは水たまり。行く先も知らず、万有引力に逆らう事もない。雨はいまだ戦乱の矢のごとく土砂降りであった。
「……せんせえ」
「なんだ」
「これはいつになったら、止むのでござろうなあ」
「さあな。でも通り雨ならすぐに止むだろ、たぶん」
 二人して、ぼんやりと目の前の風景を眺めて、とりとめのない会話。上空では暗雲立ちこめ、雲行きはさらに怪しくなる。周りはますます暗くなった。
「ねえ、せんせ……」
 不安になったのか、シロは横島の傍らに近づこうとした。気付かれないように足を動かしたその時。
 突然だった。
 雷が落ちたのだ。
 稲光は一瞬辺りを点滅させて、大きな重低音が落下する。
 ごろごろぴかぴか、ぴかぴかごろごろ。
 時折繰り返される雷鳴の音で、いつの間にかシロが腕にしがみついて震えていた。
「どうしたんだいきなり。怖いのか?」
「な、なんのこれしき……どってことないでござる!」
 と、また音が響いた。シロは身の毛が逆立つほど驚いたのか、横島の二の腕をしっかりと抱きしめ、目をつぶる。
「カミナリ」
 おびえるシロを心配して、横島は再度声をかけた。
「怖いんだな?」
 そして、彼女は静かに頷く。
「大丈夫だ、ほら。おれがそばに居るから」
 ぽんぽんと、背中を叩いてさする。彼女の肩を抱き寄せて、離れないようにしてやった。次第に雨の勢いが弱まっていった。同時に雷も遠のいてゆき、空はまた青さを取り戻した。今はもう、赤に染まりつつある。
 すっかり雨が止んだのを確認すると、二人は帰路についた。
「おまえが雷が怖いだなんて意外だな」
 横島は自転車を押して歩きながら、隣で足並みを揃えるシロに言った。
「おへそ……」
「なに?」
「ほら、言うではござらぬか。おへそ出していると雷さまに取られてしまうぞって」
「……まさか、信じていたのか?」
 おなかのヘソを押さえながら、ほほを真っ赤に染めるシロ。怖がっていたのはそんな微笑ましい理由だったのだ。思わず、横島は吹きだした。
「笑わないでくだされ! 拙者は本気で信じていたのでござるから……」
「ああ、悪い悪い」
 彼は笑い涙を拭って、頭かきかき謝った。
「さあ、みんなが待ってるだろうし、急がなきゃな」
「はい、先生!」
 シロは彼の腕を嬉しそうにぎゅっと捕まえる。
 まもなく夜が来よう。赤紫になろうとしている空の下、二人の影は混じり合って一つになっていた。雨降って地固まる、横島とシロだった。

 おしまい
またお邪魔させていただきます。
今回はほのぼのな日常シーンを切り取ってみました。
そのおかげで前回投稿に比べ、短めです(笑)
若干というよりたいぶ季節外れになってしまったのはご愛嬌でお見逃しくださいm( )m
とりあえずシロに乾杯という事でどうか一つお願いしいたします。
では。

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