白井総合病院―――日本有数の大病院であり、GSが心霊治療を行う際に様々な設備、補助を提供してくれる稀有な病院でもある。
この病院にはオカルトを悪用した事件、事故の被害者がしばしば搬送されてくるので他の病院に比べてオカルト関係者の出入りが多い。
医師たちがちょっとオカシイのは、まぁどうでもいいことである。
先日もオカルト事件の被害者と思わしき女性が白井総合病院に搬送されてきた。
基本的に個人情報の秘匿を厳守しているものの、看護師や医師の間ではそういった患者はすぐに話のネタとして扱われる。
人の口に戸は立てられぬ、と昔の人は上手いこと言ったもんである。
今夜も巡回中の看護師、北山樟葉が口を開いた。
「ねえねえ、知ってる?外科に搬送された304号室の沢田慶子さん、なんかアブナイらしいよ」
樟葉の言葉に、同僚の和田千鶴がコンマ単位で素早く会話を発展させる。
「知ってる知ってる。毎晩、アイツが来るアイツが来る、ってうなされてるらしいわね」
「一昨日もオカルトGメンの刑事さんが面会に来てたもんね」
千鶴に続いたのは、桐壺沙希。
三人の看護師が夜中に巡回しながら話し合う。
先ほども述べたとおり、この手の話はあっという間に広がってしまうのだ。
無論、彼女たちもプロなので個人情報を外部に漏らすようなヘマはしないが。
「でもさ、犯人も何がしたかったのかな?口の両端を耳元まで大きく切り裂くなんて、絶対ヤバイよね。女の人ばっかり狙ってて、満月の夜にしか襲わないなんて」
「さぁ?オカGの人が来たってことは、オバケか妖怪、もしくはオカルトマニアの仕業でしょ。そんな連中が何考えてるかなんて、一般人の私にわかるわけないじゃない」
「そうそう。人間に友好的な妖怪やオバケもいるって話だけど、私たちから見たらバケモノだもんねー」
沙希の言葉には少々棘が含まれていた。
このご時勢、彼女のように異形のものを頑なに拒絶しようとするものは少なくない。
三人はそんな話をしながら、仕事をミスなくこなす。
暗い廊下の中に懐中電灯の光が線を浮かび上がらせ、黄色い真円、楕円を壁や床に作り上げる。
照らされた部分には染み一つないピカピカの壁、床。
病院だけに衛生管理は徹底的、埃一つだって見逃さずに片付けられている。
「でもさ、沢田さんの看護してるとさ―――アレ、思い出さない?」
「えっ、何を?」
「もしかしてアレ」
「そう、それそれ!」
沙希の言葉に対して千鶴は口に指を突っ込み、思いっきり広げた。
が、樟葉はまったく話についていけていない。
仲間はずれにされたとでも思ったのだろうか、彼女は癇癪をおこした。
「もーーっ!何の話よ!」
「ほら、私たちが小さい頃にちょっとしたパニックになったじゃない。あの頃は妖怪とか幽霊とか、滅多に見れたものじゃなかったからね」
「100mを有り得ない速さで走ったり、べっこう飴が大好物だったりするアレよ」
沙希と千鶴が説明臭い台詞で口々に言い合う。
すると、樟葉にも通じたのか合点がいったという風な顔つきになった。
三人は交互にお互いの顔を見合わせ、まるで仕組んだように声が重なる。
「「「口裂け女!」」」
明日を目指して!〜その3〜
犬塚シロは人狼である。
彼女の朝は早い。
敬愛してやまない師を一秒でも長く、散歩という名の地獄へと突き落とす為に早起きするのだ。
今日の今日とて起床時間はバッチリ、一秒の狂いもない。
相部屋の相棒兼喧嘩相手を起こさないように、可能な限り物音立てずにベッドから抜け出す。
ソーっと抜き足、差し足、忍び足。
若干立て付けのよろしくない扉を開けると、ギィィィ、という音がした。
一瞬振り返ってみてみるが、目を覚ました様子はない。
そのままゆっくりと扉を閉じ、洗面台まで駆け抜ける。
顔を洗って歯を磨き、寝癖もしっかり櫛で梳く。
シッポのお手入れも完璧、いつも通りのフサフサ艶々のシッポ。
残された使命は着替えのみ。
着替えを終えて、用意するのはいつもの散歩セット。
玄関でそれを手に取り、愛用のスニーカーを履く。
ドアを開いたら右向け右、目的地目掛けて走ろうとしたら事務所に声をかけられた。
『行ってらっしゃいませ、シロさん』
人工幽霊壱号に向かって手を振り、今度こそ目的地目指してドタバタダッシュ。
どうやらお日様はまだまだ眠りから覚める気がないようで、世界は未だに闇の中。
もちろん彼女の視界も闇に埋もれているはずだが、そんなことは彼女にとっては気にならないし気にしない。
と言うか、彼女にはそんなことは関係なかった。
何度も何度も往復して通いなれた道、たとえ目が見えなくとも鼻が利かなくとも身体が覚えている。
「散歩っ、散歩っ、先生と散歩〜っ♪今行くでござるよ〜っ♪」
顔はだらしなく緩み、鼻唄が自然とこぼれる。
彼女の朝はこうして始まるのだ。
シロの頭は散歩で一杯になり、実は相棒が目を覚まして窓から見ていることなど気がつくはずもない。
だから相棒のため息など聞こえはしない。
「はぁ……毎朝毎朝、騒がしいわねぇ。なにがそんなに楽しいのかしら?ファ〜ァァァ……」
やってられないとばかりに両肩をすくめ、タマモは呟く。
欠伸で口が大きく広がり、その身体はノソノソと布団の中に再び潜り込んだ。
彼女の朝はもう少し後。
眠りを求めて羊の数え歌ならぬ、お揚げの数え歌を歌いだす始末である。
「ZZzzzz……お揚げが一枚、お揚げが二枚……ZZzzzz……」
歌いだしてから早五秒、ベッドから聞こえてくるのは既に寝息だけである。
某猫型ロボットに泣きつくメガネの少年よろしく、あっという間に眠りについてしまった。
都内某所に佇む、廃屋に毛が生えた程度のオンボロアパート。
アパートはところどころガタが来ていて、地震には絶対耐えられないと思わせるほどの頼りなさ。
ここの一室に横島忠夫は住んでいるというか、寄生しているというか、まあいるわけである。
そんな危険地帯に接近してくる足音。
砂埃を舞い上がらせ、つむじ風を巻き起こしやって来る、美神除霊事務所の白い悪魔。
悪魔は錆びついた階段をカンカンカンッとリズミカルに駆け上り、横島の部屋の前までやって来た。
扉の前に立ち、すぐ隣にある窓ガラスに薄っすらと写る自身の影を見ながら手櫛で乱れた髪を整える。
す〜は〜、す〜は〜と深呼吸をしてから、親の敵を討ち取るかのような物凄い力で何の変哲もない扉を叩きまくる。
深夜のアパートに響く、ガンガンガン!という打撃音と叫び声。
「せんせぇ〜!朝でござる、散歩の時間でござるよ〜!」
すぐさま扉が開き、中から飛んでくるのは怒声。
「じゃかあしい!今何時だと思ってんだ、ちったぁ静かにできんのか、このバカ犬っ!」
「ぎゃいん!」
振り下ろされた拳を脳天でまともに受け、目を回すシロ。
ピヨピヨピヨとお星様が回っている。
頭を押さえながらお星様を浮かべるシロを見て、ぶっきらぼうに、ちょっと待ってろ、と言いながら部屋へと引き上げていく横島。
数分後、中から現れたのはジャージ姿の冴えない男。
当然横島のことで、トレードマークのバンダナはない。
「酷いでござるよ〜。いきなり頭を殴りつけるなんて」
「近所迷惑だから静かにしろって、毎日言ってんだろーがよ」
「今日はどのぐらいの速さで走るんでござるか?」
「いつも通りのジョギングだ。散歩なんかじゃねぇ」
口を尖らせて言う横島に、シロは不満を訴えた。
「えぇ〜。拙者、たまにはもっと速く走りたいでござるよぉ」
指を口まで持っていき、首を傾けて頼んでみる。
いつもの横島なら、自分はノーマル、ロリじゃない、とか叫ぶのだろうが、今朝はまだ頭が覚醒していない模様。
何の反応も示さないばかりか、愚痴が帰ってきた。
「無茶言うなよ。お前のスキップについていくだけでもこっちは精一杯なんだからよ」
スキップ、普通の人なら微笑ましい光景だろう。
だが、残念ながら彼らは普通ではない。
物凄いスピードでスキップと言い張るシロと、それに何とか併走する横島。
一体どこが普通だろうか。
そんな速さで朝早くから二時間ほど走り続けるのだから、当然横島は身体が鍛えられていくのである。
おまけに、最近はシロが肉だらけとはいえ朝飯を作ってくれたりするので、横島としては断る理由がないわけだ。
なんだかんだ言ってもシロには甘いところがある。
シロは持参した肉とリードを横島の部屋にポイッと放り入れ、シッポを振り回しながら階段を駆け下りていく。
横島もそれに続き、階段を降りきったところで身体をほぐすべく柔軟運動を始めた。
外傷には慣れっこの横島だったが、筋肉痛やら息苦しさにはあまり耐性がついていない。
シロとの散歩で、準備運動は必須事項なのである。
「……今日はちょーーっとだけ、ペース上げてもいいぞ」
「ホントでござるかっ!?」
「ほんの少しだけな」
いつもいつも自分に併せて走らせ、ストレスが溜まっているのではないかと変に気を使った横島。
シロはいつもより少しだけ優しい横島の言葉がよほど嬉しかったのか、いきなり手を引いて駆全力で駆け出した。
横島はたいそう後悔した。
あぁ、なんであんなこと言っちまったんだろう、と。
「ちょ、あま、速ギイェェヤァァァアアァアァァァアァァァアア!?」
横島の朝はこうして始まる。
美神除霊事務所。ここに、一人のクライアントが美神を訪ねて来ていた。
名を鷹野真女と言い、れっきとしたオカルトGメンの一員である。
フレームのない眼鏡が理知的な雰囲気をかもし出していて、黒のスーツと共に彼女には似合っていた。
髪型はポニーテールというヤツである。
「……引き受けて頂けないでしょうか?」
「こんな事件はあんまり好きじゃないのよね」
美神はイラついていた。
彼女が紹介状として持ってきた一枚の紙切れ。
そこには美神美智恵と書かれている。
鷹野は隣の県から美智恵に応援を頼みにやってきて、盥回しの要領でここを訪れたということである。
美神自身、別に母親が嫌いなわけではないし、目の前の彼女が気に入らないわけでもない。
気に入らないのは報酬と事件の内容である。
報酬にいたっては、所詮は公務員。
不況の中で大金が出せるはずもなく、かつ母親の紹介ということでただ働き同然の利益しか手に入らないであろうことは目に見えていた。
そして、何より気に入らないのが―――
「女の顔に傷をつけるだなんて、ゾッとしないわね。おまけに報酬が三百万ぽっち?労働意欲がわかないわ」
バサッと机の上に紹介状やら書類やらを放り投げる。
「お願いします!私たちの力では、まるで進展がなくて……力を貸してください!」
「そうは言ってもねぇ……」
頭を深く下げる鷹野を見て、美神は判断しかねた。
彼女の言い分はよくわかる。
女の顔に傷をつけるような愚か者がいるのだとしたら、美神だって容赦はしない。
例え悪霊だろうが妖怪だろうが、叩き潰すとさえ思っている。
だがこの金額では受けられない。
オカルトの世界では何が起こるかわからない。
入念に調査を重ねた上での除霊でさえ予期せぬ事故は当たり前のように起こるのに、明確な情報が乏しすぎる操作の協力なんて、命がけもいいところである。
所長として従業員(約一名除く)に命がけの仕事をさせるのだから、自身が納得のいく金額を提供させなければならないからだ。
そして、自分は世界でも指折りのGSだと自負している。
これっぽっちの金額で動くのは、業界の相場を崩す切っ掛けになりかねないし、なによりプライドが許さなかった。
とはいえやっぱりソイツは許しがたい、はてさてどうするか?
「ちわーっす」
「ただいま帰ったでござるー」
美神が悩んでいると、事務所にやってきたの葱を背負った鴨。
美神の瞳がキュピーン!と光り輝いた。
そうだ、こいつにやらせよう。
そう思ったが、その前に片付けておかねばならない仕事が、美神にはあるのだ。
「あ、初めまして。私、オカルトGメンの「生まれる前から愛してま「いっぺん死んでこいっ!!」ぶげるぁっ!」…………」
「ごめんなさいね?いま、このゴミを片付けるから」
ビシッ、ドカッ、バキッ。
嫌な音が事務所内に響く。
騒音が収まったあとに残されているものは、当然誰かさんの変わり果てた姿。
その誰かさんが復活したのを見て、美神は所長命令を下す。
「横島くん。あんた、高野さんについて行って、捜査協力してきなさい」
「ふぇ?」
言われて横島っぽい何かは書類をめくる。
パラパラと読み進めていき、不思議そうに美神に言った。
「こんな危ない仕事を俺にやれ、と?」
「あんた以外に横島くんなんている?」
「いや、美神さんがやればいいんじゃないっすか?オカGに捜査協力するってことは公式な記録にも残るわけでしょ?」
霊視をしてやっぱり何もわかりませんでした、では事務所の沽券に関わるではないかと横島は食い下がる。
美神は横島の発言に少し虚を突かれながらも、意見を変えることはない。
「だからなんとしてでもホシを上げなさい。もし失敗なんかしたら、どうなるか……わかってるわよね〜?」
横島に降り注ぐ過剰なプレッシャー。
多少の緊張感を持って仕事に取り組まねばコイツはすぐに音を上げるに違いないと美神が思ってのことだったが、横島からすればただのいびりにしか感じられない。
「んな無茶や〜っ!そんなこと言うんやったら、美神さんが自分でやったらええやないか〜っ!?」
「嫌よ、面倒だし。この手の仕事は結構神経すり減らすからね。肌にも良くないわ」
「だからって俺にやらすか!?」
こんの鬼!悪魔!強欲女!
あんですって〜、横島!!そこに直れ!
あぁっ、すんません、すんませんっ、堪忍や〜っ!
なんて、二人がヤイヤイ言いあっている隙にシロが横島の背後から依頼書を覗き込む。
しばらくジーっと眺めていたが、次第にシロの顔が険しくなっていくの美神と横島はまったく気づかなかった。
ところが二人がヒートアップする前にシロの声によって言い争いは一時中断させられた。
「先生っ!」
「なんだよっ!こっちは今忙しーんだ。遊ぶならタマモと―――」
「拙者もこの仕事について行くでござるよ」
シロの言葉に美神の頭は一時停止、そしてどこか納得顔で再起動。
タマモが何気なく聞いてみる。
「なんで?」
「女子の顔を傷つけるような不逞の輩を野放しにしてはおけぬ!ここは一つ、拙者と先生で悪党をコテンパンに成敗して―――」
どうやら美神と根っこの部分は同じようだが、熱の入れようはまるで比にならない。
もともとシロは悪事を見過ごすような真似を良しとしない、一本気な性格である。
卑劣な犯行がよほど頭にきたのだろう、鼻息が荒い。
美神の机にバンッ!と手を突き上半身を乗り出して熱く語った。
「というわけで、美神どのっ!今回の仕事は拙者と先生に任していただきたい。報酬はどうせ全部美神どのの懐に入るし、今日は何も除霊の予定はないから問題ないでござろう?」
「え?あ、そうね。ちゃんと片付けてくれるなら、私は別にかまわないけど……」
「決まりでござるなっ!」
普段自分に詰め寄るということのないシロに詰め寄られたのがよほど吃驚したのか、美神はらしくもなくあっさりGoサインを出した。
当のシロはというと、横島の首根っこを掴んで部屋を飛び出していった。
身体が宙に浮かぶスピードは一体どれくらいのものか、とか、あの身体のどこにそんなパワーがあるのか、とか思いながら二人を見送った美神。
鷹野はしばしの間ポカーンとしていたが、我に返って美神に聞いた。
「……いいんですか、アレ?」
「かまいやしないわよ。労働意欲が溢れてるってことは、素晴らしいことじゃない」
「はぁ……」
道路を走る一台のパトカー。
その後部座席に横島とシロは座っていた。
鷹野婦警の好意で送迎してもらえることになったわけである。
本気で走れば車なんかよりも断然速いとシロは豪語したが、横島が土下座までしてくるまで行かせてくれと頼んだために渋々従った。
横島は今朝の散歩のダメージが酷いらしく、ちょっと千鳥足だったのである。
「今からどこに行くんすか?」
「とりあえず、一度私の勤務する署に戻って書類に必要事項を書いてもらうことになりますね。面倒な手続きですけど、それをしないと違法になってしまうんで。あくまでも捜査協力を頼んだのは美神除霊事務所ということにしておかないと、色々問題が出てきますし」
ハンドルを握りながら、鷹野はハァとため息をついた。
「どうかしたんすか?」
「いえ、これから面倒くさい書類と手続きが待ってるかと思うと、気が重くて……」
「……気持ちはよーくわかります」
「お役所勤めも大変なんでござるなぁ」
鷹野は心底憂鬱そうに言葉をひねり出す。
書類仕事の辛さを知っている横島はたいそう同情し、シロはちょっとした哀れみの視線を投げかけた。
「先生」
「なんだよ?」
「口裂け女って、としでんせつとかいうものじゃなかったんでござるか?」
シロの言うとおり、口裂け女といえばかなり有名な都市伝説。
被害者たちはみな一貫して口裂け女をみた、口裂け女にやられたを言う。
それがシロには解せなかった。
都市伝説の通りなら口裂け女は首を刎ねてしまうので、不謹慎だが被害者たちが生きているというのはおかしい筈。
そんなシロに、横島はあっさりと言う。
「ンなこと言ったら、お前ら人狼だってある意味伝説じゃねーか。伝説=存在しない、なんてことはないんだよ」
もっとも、口裂け女というのは一説には熱心な教育ママが歪められて生み出された妖怪との説もある。
だから存在するとも言い切れないけどな、と横島は言った。
「そもそも、都市伝説なんかを鵜呑みにすんなよ。そんなんじゃ、お前そのうちタチの悪い男に引っかかって泣きを見るぞ?」
呆れながら言う。
本音としては、シロが可愛くてしかたがないから心配しての言葉だろうが、こんな言い方では伝わるものも伝わらない。
ましてや相手はシロ、回りくどいことや言葉の裏に隠されたメッセージを読み取るなんて芸当ができるはずもない。
シロは腕を組み、ソッポを向いて言い切った。
「ふーんだ。拙者、これでも人を見る目はあるから大丈夫でござるよーだ」
狙っている獲物がすぐ隣にいるとはおくびにも出さない。
そんなシロを見て横島は怪しいと思ったのか、目がすでにバカを見る目になっている。
「はんっ、どうだか」
「ほんとにあるもん!」
「いーや、お前にゃんなモンないね」
「あるもん!」
「ぜーったい、ない」
「ある!」
「ない!」
「ある!」
「ないないないないないないないないない、ぜーったいにないっ!」
「あるあるあるあるあるあるあるあるある、ぜーったいにあるっ!」
二人の討論はひたすら平行線をたどり続けている。
いつの間にか取っ組み合いになり、シロは横島に、横島はシロに頬を思いっきり抓られていた。
餅のように伸びる頬、マシンガンのように飛び交う言葉、流れ落ちる汗。
二人のそんな様子を見ていた鷹野は、つい笑みをこぼしてしまう。
すると観察力が鋭いのか、そういうことには勘が働くのか、シロは叫び声を上げた。
「あーっ!鷹野どのまで笑うことないでござろう!?酷いでござるー、名誉毀損でござるー!」
「なにが名誉毀損だ!つーか手を離せ!」
そうこうしているうちに車はオカルトGメンの署に到着。
外観はどこかみすぼらしく、中に見える職員と思わしき人たちはどこかやつれて見える。
相談に来たと思われる人も少なく、二〜三人しかいない。
横島の知っている、美智恵や西条の働く日本支部とは雲泥の差である。
「なんだか、みんな元気がないでござるな」
「性気、ゲフンゲフン!もとい、生気がないっつーのか?メチャメチャ雰囲気暗いな」
二人の率直な感想に鷹野はまたもや疲れ気味に話す。
「例の騒動のせいで、みんなずっとこの調子なんですよ。役立たずだの、税金返せだの、毎日毎日バッシングが酷くて……士気も下がっていく一方なんです」
これじゃ気が滅入っちゃいますよね、と自嘲気味にいうその姿は痛々しい。
横島は元気付けようと明るい調子で言った。
シロもそれに続く。
「だ、だーいじょうぶですって。俺たちが来たからには、こんな事件ぐらいパパッと解決してみせますって!だよな、シロ?」
「そっ、そうでござるよ!拙者と先生がいれば百人力ってなモンでござる。大船に乗ったつもりで、ドーンと!」
そんな二人の言葉を受けて、鷹野は涙を滲ませる。
「お二人とも……あ゙っ、あ゙りがとうございまずぅ……」
「あ〜っ、泣かない泣かない。ほら、これで涙を拭いて」
鷹野の仕草にドキッとした横島が飛びかかろうとしたのを、シロは顔面に思い切り裏券を叩き込み空中で撃退する。
ポケットからハンカチを取って手渡し、背中をポンポンと叩いて慰めてやった。
鷹野は眼鏡を取って涙を拭い、復活した横島はシロを恨めしく思いながらもここは大人しくする。
そんな三人の様子を遠くから見つめる人物がいた。
白いコートに長い黒髪、大きなサングラス。
最も目を引くのは口元にかけた大きなマスクだろう、耳元まで布が顔を覆い隠している。
女は男など論外だとばかりに横島から視線を外した。
残った二人に視線を送って―――
「……フフフフフ、美味しそうな子。フフ、フフフフフフ……」
―――身の毛もよだつような声で静かに笑う。
女はすぐに踵を返し、立ち去っていった。
とある土曜日、午前十時過ぎの出来事であった。
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