うららかな陽射しを受け、艶やかに咲き乱れた桜の花びらが、美しく照り輝いている。
訪れた春の時代に、花びらの一枚一枚が喜んでいるかのような光景。
そんな桜の木の下でその風情を楽しんでいるのは美神除霊事務所の面々とその仲間たち。
すぐ近くを流れる清流の水音を聞きながら、桜を愛でることのできるこの場所は美神のとっておきの場所である。
一同は日本の伝統に感謝をし、美しき桜に感謝をする。
そして何より、料理を作ってくれたおキヌと魔鈴に感謝するのであった。
〜春の夜の夢〜
花見の宴が始まったのは昼ごろじゃなかったか。
美神に注がれた酒をちびちびと飲みながら、横島はそんなことを考えていた。
訪れた時は天頂に座していたはずの太陽も、すでに今日の仕事を終えようとしている。
たなびく雲は夕陽の色に染められていた。
それは雲だけではなく、視界を覆う山の木々たちも同様である。
もっとも目につくのはやはり眼前の桜。
夕陽を受けた桜は、静かに燃え盛っているかのように見える。
幻想的な風景は一同から言葉を奪い、辺りを沈黙が支配する。
山々の間に音もなく沈んでいく夕陽。
この刹那の時を美しく生き抜こうとしているかのような桜。
それらを眺める横島の目は優しく、悲しい。
横島と、彼を眺める一同の脳裏には、ここにはいない一人の少女の姿が浮かび上がっていた。
辺りを包み込む沈黙。
それは決して彼らにとって不愉快なものではなかった。
静かに流れる川の音だけが響き渡る空間。
誰もが癒され、素直になれる時だった。
「あの娘……みたいだったわね」
ぽつりと洩らしたのは美神。
それが誰についての言葉なのか。
何についての言葉なのか。
具体的なものなど一切ないその言葉。
だが、なんの飾りもないその言葉が、横島の胸の内に深く沁みこんでいく。
「そっすね。綺麗だったなぁ」
そう答える横島。
眼前の光景のことを言っているのか。
その娘のことを言っているのか。
それは本人以外には分からない。
だが、その表情を見て美神は切り出す。
「たまにはあの娘の話、しよっか?」
きょとんとする横島。
しかしすぐにその顔はくしゃくしゃな笑顔へと変わり、そして話し出す。
出会った時は敵だった少女のことを。
二人で夕焼けを眺めた少女のことを。
共に生きようと誓った少女のことを。
そして……。
最後まで彼を愛してくれた少女のことを。
「ったく、あんたみたいなののどこがよかったのかしらね?」
「美神さん、そんなこと言っちゃだめですよ。横島さんにはいいところがたくさんあるんですから!」
「ははは、ありがとう、おキヌちゃん。けど、俺にもわかんねーんだよな、あいつが俺のどこを気に入ってくれたのか」
「認めたくないけど、あんた一応世界を救ったじゃない? だからあの娘の男を見る目も捨てたもんじゃなかったと思うわよ。ま、私は理解したくないけど」
「拙者は先生の奥方様にはお会いしたことがないので分からないんでござるが、どのような方だったんでござるか?」
「んー、そうだな。一言で言うなら、いい女だったな」
「つまりは私みたいな人だったってこと?」
「タマモと被るのは胸が小さいことぐらいかな?」
「よ〜こ〜し〜ま〜! 私は発育途中なんだから、胸のことは触れないこと!」
「だー、分かった! 分かったから燃やすな!」
「一緒にサンポしたかったでござるなー!」
「しかし一度勝負してみたかったぜ」
「……お前は人の女とまで戦いたがるんか……」
「まぁまぁ横島サン、雪乃丞さんジャし、仕方ないですノー」
「そうですよ、横島さん。僕としては彼女と共に学生生活を送ってみたかったですけど」
「もちろん私もね。教室で恋の話をするなんて、きっと青春だったわ!」
「ふむ。千年の時の中でも五指に入る娘だったな」
「へー。そん中で一番は?」
「ふん、もちろんマリア姫じゃ。いや、マリアかのー」
「マリア・よく分かりません・でも・ミス・ルシオラ・いい人」
「さんきゅな、マリア。そう思ってくれるだけで嬉しいよ」
「冥子ね〜もっと〜ルシオラちゃんと〜仲良しになりたかったわ〜」
「きっとルシオラもそう思ってましたよ」
「ま、私ももう少し話してみたかったワケ。おたくとはいえ、惚れた男を本気で愛するって点では気が合いそうだし」
「私の家は魔界にありますから。ひょっとしたらお隣さんになれたのかもしれませんね」
「魔鈴さんがお隣さんだったらごはんは困りませんねー」
「きっと君のことだから毎日入り浸って、背徳の人生を送ってたんじゃないかい?」
「西条てめー、俺をどういうふうに見てやがんだ!」
「そういうふうに見てるんだが、間違ってるかね?」
「うっ……」
「横島クン、あなたには本当に辛い役目を押し付けてしまったわね。本当に申し訳ないわ」
「私も神はかくも辛い責め苦を与えるのかと思ったよ。それでも強く生きる君の姿勢に、私は尊敬の念すら抱いているよ」
「隊長、神父……辛くて悲しかったけど……俺、あの時の決断を悔やんではいないです! ウジウジ考えてたらきっとあいつに怒られちゃいますしね! 俺は俺らしく、あいつのためにも精一杯生きてくだけです」
宴もたけなわとなり、一人、また一人と夢の世界へと旅立っていった。
野外で雑魚寝じゃ風邪をひくだろうと、横島は一人一人に用意してあった毛布をかぶしていく。
最後の一人であった美神に毛布をかぶせ、横島は少し離れた所に腰をおろした。
横島は空きのグラスを二つ並べ、ゆっくりと酒を注ぎ込む。
「やっぱ最後はお前と一緒に飲まねーとな」
「今日はいろんな奴とお前の話をしたよ」
「お前が居なくなってすげー悲しいんだけどさ……」
「俺なんとかやってくよ」
「いつかお前に笑って会える日までさ」
「だから……その再会を祈って乾杯しよーぜ?」
「乾杯!」
軽くグラスを掲げ、一息に飲み干す。
グラスを置いて、横になる横島。
見上げた夜空には満天の星々と、満月。
それらを眺めながら、横島はようやく訪れた睡魔に身をまかそうとしていた。
それは春の夜の幻か。その夜、横島が見た、幸せな夢。
色とりどりの花々の上に一人の少女が立っていた。
短く切り揃えられた黒髪。
ぴょこんと自己を主張しているかのような触角。
それらを包む銀色のバイザー。
彼女は静かに微笑んで、おもむろに足元に咲いたたんぽぽに向かって話し始める。
歌うような彼女の声は、風にのって横島の元へと運ばれてくる。
――綿毛よ綿毛。
――あなたはどこまで飛んでゆくの?
――綿毛よ綿毛。
――あの人に伝えておくれ。
――私は幸せでした。あなたと出会えて。
――恋は実らなかったけど……いつかあなたに会いに行くわ。
――綿毛よ綿毛。
――あの人の元で咲き誇りなさい。
――あの人が淋しさを感じないように……
それは悲しくて、淋しい、けれど幸せな夢。
何かが頬を触れた感触で横島は目覚めた。
頬に手を触れてみることで、自分が涙していたことに気づき、苦笑してしまう。
涙の跡をなぞる指にかすかに伝わる感触。
ゆっくりと指を目の前に持ってくると、そこには小さな小さな綿毛が寄り添っていた。
辺りを見回すと、昨夜は気づかなかったが、そこかしこに咲き誇るたんぽぽが見える。
横島はいとおしそうに、一輪のたんぽぽを両手で包み込み……つぶやいた。
「確かに、届いたよ……ル――」
それは春の夜の夢。
それは春の夜の幻。
それは春の夜の……奇跡。
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