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陰謀

 薄暗い路地を一人の男が足早に歩いている。
 金髪に白い肌、そして高い鼻が特徴的な男。
 黒のコートに身を包み、サングラスから垣間見える目からは柔和な輝きが見てとれる。
 男は何かを警戒しているかのように、数秒ほど辺りを見回す。
 辺りに誰もいないことを確認した男はゆっくりと壁のある部分に手をやり――次の瞬間、その姿は消えていた。




 『陰謀』




 寒さも和らぎ、少しずつ春の足音が聞こえてくる季節。
 柔らかさを増した風を感じながら、横島忠夫は雑踏の中を歩いていた。
 彼に目をやる者は誰もいない。
 『透』『明』の文珠を用いているからである。
 周りの姉ちゃんたちを物色しながら、横島は一人の男の後をつける。
 なんで男の後なんかつけなくちゃいけないんだ、と文句を言っているのは仕方のないことだろう。
 もっとも誰もいないはずの空間から声が聞こえてくるのは心霊現象でしかないのだが。
 横島が男を尾行することなった経緯は今朝までさかのぼる。




「20億! まーかせて! 私は役人なんかよりずーっと融通がきくから! 今日中に始末してあげるわ」
「依頼内容聞く前にそんなこと言っていいんすか、美神さん?」

 朝っぱらから美神の声が事務所に響き渡る。
 法外な金額に、瞳をお金に変えた美神を横島やおキヌは心配そうな顔で見つめている。
 彼らが心配するのも仕方ないだろう。
 依頼者は黒づくめの初老の外国人。
 それだけなら全く問題などないのだが、その名刺に記されているのは『CIA』の文字なのだから。
 男は美神の様子にいささか戸惑いながら口をひらく。

「では詳しい話を述べよう。今回のキープレーヤーはケン・マクガイア中尉。
 高レベルの透視能力者で、在日エスパーチームに所属している。
 貴方方には彼らが復活させようとしている神を鎮めてほしいのだ」
「神を鎮めるですって!? それに彼らってどういうこと?」
「うむ。我々にも詳しいことは分かっていないのだ。
 ケン中尉は何かしらの集団に属しており、その集団が何かを復活させようとしている。
 我々が掴んだ情報によると、その神からはいかなる者も逃れることすらできないとのことだ。
 少ない情報で申し訳ないが、我々も可能な限り協力する。
 どうかこの依頼を受けてもらえないだろうか?」

 初老の男の顔色を伺いながら、美神は思案しているかのように右手を額にあてる。

「なるほど。そういう依頼なら今回の金額も納得だわ」
「どういうことですか、美神さん?」
「要は今回の依頼料には口止め料とかも入ってるってことよ。
 ただでさえ霊能文化の強い日本。
 まだまだエスパーに対する理解は浸透されてないわ。
 そこで、コメリカの……しかもCIAの職員が危険な霊能事件なんて起こしたら大変な問題になるわ」
「じゃあ警察かオカルトGメンに依頼すればいいんじゃ……」
「うーん、体面の問題ってことかしら? 警察は役にたたないとして……
 天下の中央情報局がオカGやバベルには頼めないってことかしら?」
「うむ。それもあるが、我々としては内密に事を収めたいのだ」
「おーけー。わかったわ。けどまぁ事の重大さから考えて、ギャラは上乗せするわよ? 大丈夫かしら?」
「うむ。仕方なかろう。どれほどかね?」
「そうね、『思いやり予算』の半分くらいでいいわよ?」
「それがどれほどものすごい額か知っているかね?」

 そんなこんなで話がまとまったのが今朝のことであった。




 朝の出来事をぼんやりと考えていた横島であったが、前にいる男――ケンが狭い路地へと曲がっていくのを確認し、気を引き締める。
 しばらく行くとケンは立ち止まり、辺りを伺うかのように視線を巡らせた。
 ケンの顔に安堵の表情が浮かび、壁のへこみを押すと、人一人分ほどの通り穴が現れる。
 ケンがするりと飛び込むとすぐにその通り穴は先ほどまでの壁に戻った。
 それらの様子を確認した横島は少し離れた場所で待っている美神たちに連絡をとる。

「ターゲット、目的地についたようです」
「了解。シロとタマモからも連絡がきたわ。で、どう?」
「そうですね。外から見る限り、それほどの霊気は感じませんね」
「そう。シロとタマモも同じ意見だわ。やっぱり中に入らないとわかんないわね……横島クン、文珠はまだもちそう?」
「そっすね。ストックもまだあるし、なんとかなると思いますよ」
「じゃ、お願いするわ。ただし、くれぐれも気をつけるのよ。
 私たちもスタンバイしておくけど、少しでも危ないと思ったらすぐに脱出しなさい!」
「み……美神さん……そこまで俺を心配してくれるってことは……これは愛の――」
「うっさい! さっさと行きなさい!」

 携帯ごしでもでも耳に響く美神の声に押されるかのように横島は足を進めだした。
 先ほどケンが押していたへこみに指をかけ、一息つく。

「よっしゃ行ったろやないかい!」

 横島は意を決して、薄暗い闇の中へとその身を投げ出していった。




 うすぐらい闇の中を小さな蝋燭の火が僅かに照らしている。
 時代錯誤な趣味だな、と横島が思っているとすぐに通り穴は行き止まりとなる。
 確かにケンがこの中に入っていったのを確認したはずなのに、行き止まりとはおかしなことである。
 横島が辺りを見回すと、ゆらゆらと揺れる蝋燭の火が目に入った。
 密閉されているにも関わらず、蝋燭の火が絶え間なくゆらめいているということは、どこかに空気が通る道があるはずである。
 横島はそう結論づけると、丹念に足元を調べだした。
 それほど広くない空間で、すぐに先ほどの壁と同じように僅かにへこんだ部分を見つけることができた。
 横島は緊張した面持ちでゆっくりとそこを押す。
 かすかに空気の洩れる音と共に、ゆっくりと地下へとつながる階段が現れた。
 大きく息を吐き出すと、横島はポケットから文珠を取り出す。
 『透』『明』の文珠に『消』『音』の文珠を加え、横島は階段を一段ずつ降りていった。
 階段はそれほど長くなく、所々には蝋燭が置いてあり、薄暗く足元を照らしている。
 用心深く進みながらも、数分後には横島の視界に横穴が見えてくる。
 横島はそれまで以上に慎重に足を進めつつ、横穴をくぐるとそこには想像以上に開けたスペースが広がっていた。




 一際目をひくのは中央に置かれた祭壇のようなものであろう。
 不思議な置物を頂点にその周りにはなにやら丸い物体がころころとつけられている。
 御神体のようなものなのだろう。
 その御神体の前には何故かまわしを着けたケン。
 訳の分からない光景に困惑しながらも、横島が視線を動かすと、そこには各国の民族衣装のようなものを着た面々が視界に入ってくる。
 神父のような者や神主のような者もいる。
 キリスト教に始まり、イスラム、仏教、ヒンズー、エトセトラ。
 摩訶不思議な光景についていけない横島に誰も気づかないまま、ケンが口を開いた。

「みなサン! 我々の悲願がまもなく叶いマス!」

 ケンの呼びかけに歓声をあげる一同。
 ケンはその声を聞き、満足そうにうなづく。

「思えば、我々クレヤボヤンス(遠隔透視能力者)は常に虐げられてきまシタ!
 やれ見えるだけだの……役立たずだの……
 ちょっと透視しただけで変態呼ばわりされる始末……」
「いや覗いたらダメだろ……」

 己のことは忘れてツッコむ横島。
 もちろんその声が届くことはない。
 もっともその完璧な陰形術も次の瞬間に破られることとなる。
 そう。ケンの決定的な言葉のために。

「しかし、そんな苦難の日々はもうすぐ終わりを迎えマス!
 ソウ! 我らが神、ヒャクメ様の降臨とともに!」
「ってヒャクメかいーーーーー!」

 悲しきかな関西人の血脈。
 あらん限りのツッコミは文珠の力を打ち破り、そのツッコミは辺り一杯に響き渡ることとなったのである。




 10分後。薄暗い部屋の中意気揚々と語りあう一同。
 全く恐れる必要はないと判断した横島が美神たちを呼んだのである。
 秘密結社『覗き屋同盟』の面々はいたって普通の人々だったからである。
 問題があると言えば、ヒャクメを信仰していることくらいだろう。
 そのことがどう問題になるかは誰にも分からないが。
 そんな中、覗きの本能が心の琴線に触れたのか、横島は親しげにケンと話している。

「で、なんでそんな格好してるんだ?」

 ケンのまわしを見ながら聞いてみる横島。
 女のカラダならともかく、男のカラダを見てもうっとおしいだけである。

「オー、スモウレスラーは神様にツカえてると聞きましタ! これ日本の常識なんじゃないんですカ?」
「んな訳ねーだろ。てかなんでヒャクメのこと知ってるんだ?」
「オー、ヒャクメ様有名ね。全世界に散らばるクレヤボヤンスが崇め奉ってるヨ!」
「ぜ……全世界!? ヒャクメが!?」
「コメリカではアニメもやってます!残念ながらプリンセス=ショーリューの方が人気ありマスが」
「俺らの知らないところで世界進出なんてしてたのか……影が薄いから侮っていたのがまずかったか……
 しかも小竜姫様まで……いや、あの人のことだから案外ノリノリでやってそうだな……
 しかしヒャクメ呼んでどうするつもりだったんだ?」
「モチロン、我々のグチを聞いてもらいマス!」
「ってそんだけ!?」
「HAHAHA、ヒャクメ様に何がデキますか?」
「お前らが拝んでる神様だろーが!」

 再び横島の声が響き渡ったのであった。




 結局今回の事件は特に危険性はないということで一件落着ということとなった。
 なにやら釈然としない想いを抱きながらも夕食をとる事務所の面々。
 テレビの画面にはケンから貸してもらったコメリカで流されているというアニメが写っている。
 コメリカナイズされ、妙にゴツゴツしたヒャクメや小竜姫が画面狭しと動きまっている。
 しばらくその映像を眺めていた一同であったが、疲れたようにため息をつくと、それぞれが席を立つ。

「なんだか疲れちゃったわ。今日はもう寝るわ」
「お疲れさまっす。俺ももう帰りますね」
「横島さんもお疲れ様です。私も宿題しなくちゃ」
「拙者も寝るでござる。ヒャクメ様に頼んだらロナルドどのに会えるでござるかな……」
「はぁふ、おやすみ。あ、おキヌちゃん明日もお揚げよろしくね」

 誰も居なくなった居間に流れるアニメ。
 誰も見ていない画面の中から小さな声が聞こえてくる。

「ぐすん、結局出番がなかったのね〜」
ここまで読んでくださってありがとうございます。
微妙な作品かもしれませんが、楽しんで頂けてたら幸いです。

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