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Vの喜劇




やぁ皆様、初めまして!
僕はチョコレートの精!!
気軽にチョーって呼んでくださいでチョー!!!
いやもとい訂正。そんなオイッスな名前で呼ばれても正直困るわ。






僕の呼び名はさておき、時はバレンタイン。
チョコに託された恋心の飛び交う、まさに戦国の世でチョー。
大袈裟? おいおいその眼は節穴かい、現実を見るがいいでチョー。
じっと手を見た所で何も無い、風に吹かれるままの無惨な敗残者。
その手にした栄光の重さに、自然と顔を綻ばせた勝利者。
愛で空が落ちてくるかどうかは知らないけれど、これぞ戦場と呼ぶに相応しいでチョー。

そんな世紀末な世界において、僕は弾薬。
甘さの中に込めた想いで、貴方のハートを狙い撃ち。
畜生みたいにガツガツ食べちゃ、あまりの糖度に胸焼けしちゃうぞ♪
こんな僕を、より正確には僕の本体であるチョコレートを買っていくのは
どんな素敵なスウィートガールなのかしら。ドキドキワクワクするでチョー。



「うわー何これ、ダッサ」

「ハート型にリボンって随分ありきたりよねー。
 小学生くらいには合ってるんじゃないかしら」



ははは、まったく最近の子ったら歯に衣着せないでチョー表出ろコラ。
おっといけないいけない、ついつい隠し切れない本音が。
僕を手にして、そんな酷評しやがったのは女子高生数名。
当然彼奴らは僕を買うわけもなく、あっさりと戻して別の高級なヤツをレジに持ってったでチョー。
フン、どうせ高いの買ったところで、自分で食うに決まってるくせにー!
それと比べれば、純粋さの残る小学生の方がまだしもマシさ強がりなどではなく!
誰かにあげられもせず、購入した本人に食べられるだなんて
ただのチョコならともかく、バレンタインのチョコとしての名が泣くでチョー。

そして、自動ドアを潜って入ってきたのは新たな女子高生。
女子高生が現れた、どうする? 無論毒づく、けっ!
む、よく見てみたら、さっき居た集団と同じ制服でチョー。
そして僕を持ち上げてじっと見てくる円らな瞳。
ええい、僕のセンチメンタルな傷口に塩でも塗りこむつもりかコヤツ!
だいたい、その背負った机は何だというのか。流行りか、流行してたりするのか。
この冬、背中に机がトレンド! ずしり感じる重みがきゃー素敵! ええい何がキャーだ何処が素敵か!




『・・・・・・食べてくれるかな』



そんな風に呟きながら、僕を戻す事無くレジへと連れて行く黒髪女子高生。
おやぁ? おやおや? そんな困惑を他所に包装される僕。
ありがとうございました、の声を背中で聞いて
店を出る女子高生は、大事に僕を抱きながら嬉しげに微笑み。
ふぅむ、よくよく見てみると背中に机もなかなかにアリかも。
時代を先取りした前衛的なセンスがキラリと光るでチョー。
魅力向上にも一躍担ってるに違いないでチョー、背後への防御力とか。






――――――――――――――――――――――






僕を買った女子高生のことは、とりあえず主人と呼ばせてもらうでチョー。
主人は僕を手にしたまま現在、電信柱の後ろに陣取り中。
こそりと顔だけを出して周囲をうかがう姿は、狙いを定める女豹の如し。
その視線の先に在るのは、物凄い存在感のある家。まるで意思でもあるかのよう。
幽霊屋敷って言われたら即座に信じられるぐらいの雰囲気でチョー。
ところで主人、今日はバレンタインじゃないって解ってるでチョー?
別に必ず当日渡さなきゃいけない訳でもないけど
日付を間違えたりしてたら、結構恥かしいものがあるかと。



『へ、変だと思われないかな。
 でも、都合で当日に渡せない人だって居るよね。
 一日早く渡したって別に変じゃないよね』



返答じゃないんだろうけど、主人がぼそぼそと漏らしたそんな独り言。
うむ、よかったよかった。どうやらちゃんと解ってるみたいでチョー。
自分にか世界に向けてか、更に言い訳を続ける主人。
おーい、その辺にした方がいいでチョー? 何事もやりすぎはよくないかと。



『でもでもっ! 変と言えば、これで変に意識されちゃったりなんかしたら!!?
 「愛子、実は俺もずっと前からお前の事が」
 「横島君・・・・・・嬉しい」
 「とゆーわけで過程無視してごっつぁんです!」
 いやぁんどーしようそんな事になったら!』



いやんいやんと、頬に手を当てて身をくねらせつつ、右へ左へデンプシーデンプシー。
頬をほんのりと赤く染めた姿じゃあるものの、可愛らしいってレベルじゃねーぞ。
もしもしお嬢さん? 挙動不審にも限度というもんが在るでチョー?
遠くに見えるは、制服に身を固めた国家の犬のお巡りさん。
こちらとの距離が段々と詰まってきてるのは、気のせいだと思いたいけどやっぱり気のせいではなかったようで。
声をかけられそうになった瞬間、主人はロケットダッシュで逃げ出したでチョー。
逃避に移った時、タイミング悪く目的人物らしき人影が家から出てきたところを見る限り
神様って悪戯好きなのか。それとも単にサドなのかしら。
意外と主人は運動神経良かったようで、しっかりと逃げ切れはしたものの
がくりと肩を落として、涙目になりながら恨み言を漏らしたでチョー。



『うう、別に何も悪い事してないのに』



うん、それは僕が保証するでチョー。
でも世間一般に、電柱に隠れるようにして不審な行動取りつつ
しかも机まで背負ってた日には、職務質問されても文句言えないと思うんだ僕。










そして、結果的には振り出しに戻ると言うか何と言うか。



『せっかくなんだから、やっぱり当日に渡すべきよね!!!』



夜の学校に響く、主人の勇ましい声。
でも、夜だからかちょっぴり潜め気味。
やけっぱちな感じもするのは、気のせいと思っておくのが吉でチョー。
そんな最初の勢いだけは良かったものの、主人は眉根を寄せて首を捻り



『・・・・・でも、どうやって渡そうかしら?
 直接とかは、今日の二の舞になりそうだし。
 学校だとギャラリーも多いし、変な噂もされそうだし。
 いっそ、彼の机の中にでも入れておくとか』



そこまでぼそぼそと呟いた主人は、突然にくわっと目を見開いて



『だ、駄目よそんな! 私以外の机に入れておくだなんて!!!
 昔みたいに、彼が使ってる机が私だった頃ならともかく!
 文字通りの席換えをされちゃった今、下手に机なんかに入れた日には
 その机からの贈り物だと思われてしまうわ!』



思われるわけねー、と考えちゃう僕はまだ世界を知らないのか。
ぶんぶか首を左右に振って、主人は未成年の主張中。
どうしてかは解らないものの、何やら譲れない一線があるみたいでチョー。
そうして悩みに悩んだ主人が、最終的に選んだのは靴箱。
漫画じゃ定番だけど、食いモンを靴と一緒に入れるのは正直どうかと。
しかし悲しきチョコの身、文句があれども口にする権利は無いんでチョー。



『これで良し、と』



一番上の靴箱に、背伸びをして僕をコトンと入れた主人。
じっと見上げるその姿は、何処か満足そうで少し緊張気味で。
ぱたんと靴箱を閉じた後には、ぱたぱたと遠ざかる足音だけが暗闇に響いたでチョー。
よし、これで後は朝を待つだけでチョー。かちゃり。あれ?



『お、落ちないよね』



先程と同じ様な姿で、こちらをじっと見上げてくる主人。
うんうんと安心したように何度も頷き、再度閉じられる蓋。
・・・・・・何となく、これからの展開は読めた気がするでチョー。
そして予想に違わず、それから何度も主人は確認に来るわ来るわ。
果ては野良猫だの野良犬だの、ましてや烏だのに食われることを心配する始末。
幾らなんでも気の回し過ぎでチョー。何処の獣が下足箱の中身まで物色するというのか。



『ふむ、チョコレートか。
 ここは一つ、こっそりとありがたく頂こうじゃないか』



しかし野良学校霊は現れるあたり、侮れないね世界。
ごめん主人、どうやら僕が間違えてたよーでチョー。
前触れ無く現れた、薔薇を咥えたウェーブヘアのタキシードは
躊躇い無く靴箱から僕を手にとり、徐に包装をひっぺがそうと




『何やってんのーーーーー!!!!』



したところで、横からの机ジョルトブローに吹き飛ばされたでチョー。
ああ、防具じゃなくて武器だったんだ机。凄い威力だよ机。角とか痛そうだよ机。
机の脚を握り締め、主人は抉りこむように撃つべし撃つべし。



『あ・ん・た・に・は・ちゃんとチロルチョコ挙げたでしょーがーーーっ!!!』



義理と本命との間はいつも絶壁に隔てられてることが良く解る台詞でチョー。
主人による最後の一撃は、大きく振り被って叩き付けるように。
それを喰らって不審学校霊は姿を消したけど、たぶん成仏してないでチョー。
物理攻撃だけなら大丈夫とか以前に、見た感じではしつこそうな面構えだったし。



『・・・・・でも、アレが最後の一人だとは思えない。
 いずれ第二、第三の不埒物が』



悲痛に呟く主人の言葉を否定したいけど、否定できない現実が辛いでチョー。
いっそ、勇気を出して手渡しするというのはいかがかと?
主人は唇に指を当て、顔は伏せ気味にしばしの煩悶。
そして一分と経たぬうち、顔を上げた其処には決意を込めた瞳が。
おっ、ついに覚悟を決めたでチョー!?



『とりあえず奥の方に入れておく方が無難ね、うん』



それでいいのか解決策。






――――――――――――――――――――――






さて。
結局、僕は靴箱に入れられたままだったわけなんだけど。
明けて翌朝、無事主人の想い人へと渡ったのはいいものの
何故だか、主人にとっても予想外な展開になってるようでチョー。



「やりましょう!
 何としても探し出してさらしもんにするわよ!!!」



どう見てもサドです。本当にありがとう御座いました。
って、これは困ったでチョー。主人は贈り主が自分だと知られたくないのは確実。
誰だか知らないけど、余計な事されちゃチョコとして主人に申し訳がたたんでチョー。
しかし、チョコでしかない僕は結局見守る事しか、ん?



「念っ!!!!」



チョーーーーーッ!? 僕はチョコレートを止めるぞヂョヂョォォォッ!!!
いや止めないから。ヂョヂョって何だよ言い難いよむしろ読み難いよ。
そして気付いてみれば、一般人の目にも解るように形を取った僕の体。
どうやら主人の残留思念が、僕という存在の周囲を覆っているようでチョー。
活性化されたソレが透過する光を屈折させて視覚可能となっているわけだねワトソン君。
言ってみれば、そう魔装術。・・・・・・何だろう魔装術って?



『チョッ、チョチョ―ッ!!!』

「あんたの贈り主は誰? 教えなさい!」



くっ、凄い眼光でチョー!? まるでヤクザのよう!
いや、一緒にしたらヤクザも嫌がりそうな予感さえもするでチョー。
しかし見損なわないでほしいな赤毛!
その程度で主人を裏切るなんて、チョコの風上にもおけんでチョー!



「カツ丼どお?」



だけど、風下にはおいていいかもね、うん。
僕自身が食料だからか、食べ物には弱いんでチョー。
それに、考えても見ればいい機会かもしれないでチョー。
ここで僕が言わなきゃ、主人が贈ったとはずっと解らないまま。
主人としては、あげられた時点で満足なのかもしれないけれど
やっぱり想いは送り手、受け手双方が意識し合わないと。
そんな感じで言い訳終了。続いて実行ミッションに移るでチョー。



『ここだけの話だけど、実はそこにいる―――――――!?』




チョーーーーーーーーーッ!!?
電気椅子のよーな妨害念波が僕へとーーーっ!?!?
詳しく述べるならば全身へと静電気が連続して襲ってくるかの如し!
いや一瞬ですまないと結構キツイよ静電気。
口にしようとしただけでこれでは、主人を教えるのは到底無理でチョー。
むぅこうなれば、せめてヒントだけでも。



『僕はあのロッカーの一番奥に置かれていたでチョー!
 ということはつまり――――――――チョッ!!!』



何らかの台を使った、と続けたかったもののそこまでが限界。
念波による負荷に耐え切れず、残留思念で固定してた体が消滅したでチョー。
とはいえ、伝えるべきところは伝えられた筈。



「今のヒントですべてが明らかになったわ。
 犯人は――――――――」



うんうん。解ってくれたようで嬉しいでチョー。
台を使ったとなれば、一番怪しいのは普段から机を背負った彼女。
さぁ、そこなドキドキ胸に手を当ててる主人も覚悟を決めるがいいでチョー。



「―――――――――男よ!!!!」




物凄い勢いでこけた僕を誰が責められようか。
いや確かにそう言われれば解らないでもないけど
あからさまにホッとしてる主人の姿に気付け貴様ら。
続けての推理は、更なる急展開を見せたでチョー。
赤毛オールバックな迷探偵は、主人の想い人を指さして



「犯人はあなたね、横島クン!」

「なっ・・・・・・・・・!?」



うーむ。見てるぶんにはとても面白い見世物なんだけれども。
全ての舞台裏を知ってる立場としては、泣きながら全力否定かましてる彼を見てると
血も涙も無いチョコの身とはいえ、さすがに心が痛むでチョー。
見当外れの同情って辛いよね、優しければ優しいほど。





―――――――――――――――







「ちがうのに・・・・・・・!
 俺は・・・・・・俺は、其処まで落ちてない。
 なんで誰も信じてくれないんだ」



日は落ちて、夕焼けの橙色に浸された校舎。
中庭の隅、日陰で膝を抱えて落ち込む男子が一人。
ぐすぐすと鼻を啜る様子は、確かに惨めではあるものの
同じ男であれば貰い泣きしてもおかしくないでチョー。
その手には疑惑の元凶、チョコレート。即ち僕。



『・・・・・・・・・・・』



背を向けてるせいで気付いてないようだけど
彼の後ろ側、校舎の中には窓越しに見守っている主人の姿。
本当の事を言い出そうにも言い出せない。
謝りたくてもどう謝ればいいか解らない、複雑な心境ってやつでチョー。
そんな風に主人を気にしてたせいか、気付くのが遅れたでチョー。
彼の虚ろな瞳が、僕へと視線を飛ばしてたこと。
そして、何やらその瞳が攻撃色を帯び始めてたこと。
・・・・・・いらぬ誤解を受けたのはチョコが在ったからで。
収まらぬ気持ちのぶつけどころとして相応しいのは―――――――うん、僕でファイナルアンサー。




「くっ、こんなもんのせいでーーーーーっ!!!」

『―――――――――――!』



地面に叩き付けようとでも言うのか、僕を振り被る彼。
驚いた表情になって、咄嗟に身を乗り出す主人。
ちょっと待って気持ち解るけどせめて主人がいないところでーーーーーっ!!?



「・・・・・・・・・・・」



でも、僕が砕け散ることはなく、振り下ろした手は途中で止められて。
情けなそうな顔をした彼は、がさごそと包装を解いたあと
僕を手にとって一口、ぱくりと口に放り込んだでチョー。



「・・・・・・・くそ、甘いなぁ。
 ちきしょー、捨てられるか!
 誰から貰えたんかも解らんのに!!!」



そんな恨み言を口にしながら、バクバクバクと食べる彼。
僕がまごうこと無き贈り物だと断言できるのは、主人を除けば彼一人。
悪戯という可能性を考えても、捨てるという思い切りは持てなかったようでチョー。
きっと誰も解ってくれないほど遠回りな優しさに、主人の代わりとして彼に感謝を。
抱いて当然の疑いを持ちつつも、食べてくれたことはチョコレート冥利につきるでチョー。
さて、チョコが食べられた以上、今の僕は文字通りの残留思念。
残り滓な意識で見たのは、なけなしの勇気を出して彼の傍へとやって来た主人。
僕を食べ終えた彼は、胡乱な目付きを主人へと向けて



「何だよ、お前も義理チョコくれるのか?」

『ううん、あげない』



ふるふる、と首を横に振られたのが意外だったのか。
言葉に詰まった彼へと、機先を制するように




『ね、横島君。一緒に帰らない?』

「はぁ? お前、学校に住んでるだろ?
 わざわざ外に出る必要無いだろうに」

『まぁまぁ。たまにはいいじゃない、ね?』



そう言った主人は満面の笑みを浮かべて。
でも、それは何処か泣き笑いにも似て。
どうしてそんな事を言い出したのかと、彼は困惑を浮かべていたけれど
考えるのも億劫だったのか、まぁ別にいいか、と頷いて。
そして僕の意識が消える直前、最後に見えた光景。
完全に落ちようとする夕陽に照らされた二人。
地面に落ちているのはのっぽな二つの影。
手を繋ぐことさえなく、けれどそれ以上離れる事も無く。
談笑しながら、肩を並べて歩く主人と彼。
今はまだ、その距離のままで。






――――――――――――――――――――――




迂回に迂回を続けた恋の舞台はこれにて閉幕。
最後まで真実を口に出せなかった、ほろ苦い思い出。
それでもちゃんと食べて貰えた、甘い気持ち。
罪悪感に満足感、絡み合う気持ちはどちらも嘘じゃない。

でも、恋する乙女に落ち込む姿なんて似合わない。
どうしてもモヤモヤ気分が残るのなら、今日はバレンタイン。
その苦さも、その甘さも、みんなチョコのせいってことにするといい。


思えば中々に久しぶりの投稿。豪です。
時期は少々過ぎてしまいましたがバレンタインSS原作風味の本作。
特徴的な喋り方をするキャラは、一人称だとやたら難しい事を再認識致しましたですよ。
チョコの喋りに机の可愛さ、お楽しみ頂けましたら幸いです。

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