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明日を目指して!〜その1〜



 アシュタロスとの戦いから月日は流れ、我ら横島忠夫は高校を無事進級、あと半月の間綱渡り生活を続ければ卒業出来るというところまでこぎつけた。超ハードなバイトの針の穴ほどの合間を縫って(普通は逆だろ)出席日数をなんとか稼ぎ、硬く木の匂いのきつい机に上半身を預けお世辞にも快適とは言いがたい椅子に座り込んで授業と言う名の惰眠を貪る日々。横島はそんな何気ない日々を、楽しみつつもどこかやるせない面持ちで過ごしていた。
 そんなある日、ピート、タイガー、愛子たち除霊委員とともに屋上で昼食を摂っていると、ピートがこうのたまった。

「横島さんは高校を卒業したら、どうするんですか?」






   明日を目指して!〜その1〜






「げふぅ!がほっごほ。なんだよ、いきなり」

 いきなり自分に話を振られて、横島はむせながらしばし考えこむ。この一年で少しは成長したのだろうか、以前のような煩悩丸出しの態度はすっかりなりを潜めていた。いや、まぁ、健全男子高校生だからたまには顔を出すけれども。
 考える人のポーズをやめて、横島は気だるそうにピーとに答えた。

「あ〜………そういや、な〜んも考えてなかったな」
「え?横島さんは美神さんの事務所でGSとして働くんじゃないんですかノー?アッシはてっきりそうだとばかり」
「そうよね。横島くんは他には何にもできないし。横島くんにできることっていったら、「遊び」とか、「えっちぃ遊び」ぐらいかしら?」
「うっせぇ!まるで俺が遊んでばかりいるみてぇじゃねえか」

 まったく酷い奴らだ。横島はセクハラの虎と年中青春机妖怪に恨み辛みを込めに込めた視線を送る。擬音にすれば、ねちゃぁ〜っとした視線。ところがどっこい、タイガーはパンを齧りながらどこ吹く風。愛子は何故だか顔を真っ赤に染めて、イヤンイヤンと言いながら身体をクネクネ。
 いじけて右手でのの字を書き始めた横島をフォローしようと、ピートが助け舟を出した。

「や、やっぱり横島さんはみんなの言うとおり、美神さんに雇ってもらうんですか?」
「ま、横島くんならそれが妥当よね。何だかんだ言っても、結構できる男だし」
「でも美神さんのところで働くんですかい?アッシ、それはあんまりお勧めはできんと思いますがノー」

 横島はまだ何も言ってない。言ってないのにあれこれ勝手なことを言う除霊委員の面々。お前らはおせっかい焼きのスピードワゴンかと、呆れながら彼らに視線を戻して横島は言う。

「誰が美神さんのところに就職するなんて言ったよ」
「「「ええぇぇえ!?」」」

 横島の言葉に三人組は白目になって、口に手を当てて後ずさる。愛子は愛子で、横島くん……恐ろしい子!!とかなんとか言っちゃってる。

「なんでなんで?美神さんのこと嫌いになったとか!?でも考え直したほうがいいわよ。横島くん頭は良くないし、不真面目だし、時間にルーズだし。GSとしてはともかく、社会人としては終わってるから!!」
「お前……実は俺のこと嫌いだろ?」

 ぼろくそである。ただ、愛子の言うことのところどころが的中している為に横島としては軽い憎しみを覚えつつも反論できない。

「ってか、なんでいきなりそんな話になるんだよ。そういう選択肢もあるよなって話だろ?」
「横島さんに選択肢を与えても、常に悪い方悪い方へとしか行かないような気がするんですがノー」
「うっさいぞ、影の薄いセクハラの虎」

 哀れ、タイガーは横島の口撃にあっという間にK.O.された。口は災いの元とはこういうことである。太陽に向かって、アッシは!アッシはー!とか叫んでいるのがなんとも耳障りで近所迷惑この上ない。

「けど、ホントにどうすっかな〜。進学、就職。どっちにしても俺の成績じゃ茨の道になりそうだし。どっかそのへんに俺を養ってくれる美人のねーちゃんがおらんもんかねぇ」
「だったら、僕と一緒にオカルトGメンに入りませんか?一人じゃなんだか心細くって……横島さんなら、絶対に入れますよ」

 美人のねーちゃんが一緒ならともかく、なんでお前と。そう言いかけて、横島は口を止めた。こいつはこいつなりに俺のことを心配してくれているのではないのか?それをそんな横柄な態度で返していいのか?そんな小悪党のような生き方でいいのか、俺?そう思ったのだ。
 確かにオカルトGメンは一応視野に入れている。少し柄じゃないが、人の為に何かするというのもいいかもしれない。しかも不況に強い公務員。お、結構いい仕事じゃん。とは言ったものの、今はそんな崇高さは横島には無い。かといってピーとの好意を無碍にするのもやはり気が引ける。と言うわけで、ピートが納得しそうな理由で逃げを打つことにした。

「……最上の部下ってのが気に食わんから遠慮しとくわ」
「アハハ……」

 実はこれ、結構切実な問題だったりする。

「そんなに仲悪いの?その西条って人と」

 愛子は西条とはほとんど面識が無い為、いまいち横島の納得できないのだろう。知っていても納得できるという保証はどこにも無いが。

「おう」
「なんで?」
「なんでって、お前、あいつはなんかところどころ気に食わん。エリーという肩書きに女が寄っていくという事実。そしてあの紳士ぶった態度!あーっ、思い出しただけで腹立つ!あいつは紳士なんかじゃなく、羊の皮をかぶった狼なんだ!!そんな狼を野放しにしていていいのか!?」

 空には西条の顔が浮かび、横島の言葉に沿うように律儀に変化していった。そんな空に向かってドチクショー!とさけぶあたり、タイガーとは同類項である。ピートと愛子は汗をたらしながらやり過ごすしかなかった。

「じゃあどうするの?横島くん、夢とか希望とか野望とか、そういうのないわけ?」
「夢と希望はともかく、野望って……俺はどこぞの秘密結社か?でも、まあ夢ならあるぞ」
「えっ、ナニナニ?」

 横島はゆっくり深呼吸し、一呼吸してから言い切った。

「美人の嫁さん貰って、毎日を面白おかしく過ごすことだな。毎日をあんなことや、こんなことをして過ごすってのでもいいぞ。いや、どっちかっつーとそっちの方がいいかも」
「はぁ………な〜んでそんなことしか思いつかないかな?もっと、こう大きい夢無いの?有名になってやるーとか、億万長者になってやるーとか、アメリカンドリームみたいな」

 愛子が呆れながら手を頭にやった。言葉だけじゃなく、ボディランゲージを使ってまで否定することないじゃん。横島はそう思う。
 だいたい、夢とか希望とか野望なら本当はあるのだ。目下のところただ一つ、ルシオラの転生もしくは復活。それ以外のことには目をやっている暇はない。つっても、相手はいないし成功するかもわからない。問題を挙げていったらキリがない。あーだこーだと頭をひねってみても、必ずどこかで問題にぶち当たる。何度シュミレートを繰り返しても、出てくる答えは絶望的なものばかり。
 これ以上考え続けると本格的に鬱になりそうなので、横島は考えるのを止めた。こんな頭でそんな難問を考えていたらオーバーヒートして頭がお釈迦になってしまう。

「夢、ねぇ?」

 幼稚園児じゃあるまいし、人に聞かせる趣味はない。夢といえば、最近ろくな夢を見ていない。正確には最近ではなく、ルシオラがいなくなってしまったあの日からか。

「横島さんらしいっていえば、らしいじゃないですか。それに、夢がの優劣なんかで人を判断するのはよくないよ」
「そのとおりだ。よく言ったぞ、ピート!夢なぞ他人がどうこう言うもんじゃない、自分で見つけて自分で叶えるんだ。俺は毎日あんなことやこんなことをさせてくれる女を見つけてみせる!!」

 ピートの言葉に過剰に反応し、この話題はここまで!と言わんばかりに横島は床に寝そべった。空を眺め流れる雲を眺めながら、ルシオラのこと、自分の将来のこと、いろんなことを頭が壊れない程度にもう一度よく考えてみる。寝そべったのは女子のスカートを覗こうとか、そんなやましい気持ちからではない。違うったら違う。断じて違う。
 見上げた空に燦然と輝いているはずの太陽は流れる雲に隠れて顔を見せてはくれなかった。






「ちわ〜っ「せんせーっ!」んぎゃぁああぁぁぁぁああぁぁぁあああ!」

 ドンガラガッシャン!!

 まるで漫画のような効果音が事務所に響き渡る。シロは横島を組み伏せ、押し倒し、蹂躙し、舌で支配する。文章にするとどこか卑猥だが、そこは横島とシロ。色気なんぞへったくれもなかった。

「いてて。こらシロ、どけよ。重いぞ!」
「やゃっ!れでぃに向かって思いなんて、先生はちょっとしつれいではござらんか?」
「ほほぉーーう。なら人をいきなり押し倒し、顔を涎まみれにして、人の飯を横から掻っ攫っていくのは失礼とは言わんのか?」

 無駄だとは思いつつも精一杯の非難、皮肉を込めてシロに言ってみる。上に跨るシロは予想通り、きょとんとした顔つきでこちらを見つめていた。案の定無駄でした。

「ったく……ほら、どいたどいた。俺はお前の座布団じゃねぇ」

 無理やりシロを引っぺがし立ち上がる。グルリと辺りを見回した。何かオカシイ。やけに静かすぎて、非常に不気味なのだ。これが嵐の前の静けさかと、慣れない慣用句を使ってみる。ツッコミ不在のボケほど虚しいものはないと痛感した。

「おいシロ、美神さんやおキヌちゃんはどした?」
「美神どのならGS協会?とかいう所に呼び出されたとか言ってさっき出てったでござる。おキヌどのはまだ学校では?」

 美神はともかく、おキヌがまだ帰ってきてないなんて珍しいこともあるもんだと、横島は思う。まるで自分の家であるかのように廊下をスイスイ進んでいつもの部屋に侵入、どかっとソファーに腰掛けた、まさにその時。

 グゥウゥ〜ッ。

 腹が悲鳴を上げた。

「……………………………………………………」
「……たしかお茶菓子の水羊羹があったはずだから、今持って来るでござる」
「うぅっ。すまないねぇ、お前さん」

 貧乏とはこういうことだ。金がなければこの世界では生きていけはしない。横島は自分の置かれている状況を再認識せざるを得なかった。ここは大人しく羊羹を待つとしよう。
 ソファーに陣取りながら、昼のピートの言葉を横島は思い出していた。

「卒業したら、かぁ」

 そもそも卒業できるだろうか?いやな想像が頭を掠め、それを掻き消すように頭をブンブカ振り回す。すると妄想は確かに吹き飛んだが、頭がグラッとした。
 そうやってしばらく呆けているとシロが羊羹を手にやって来た。お盆には二人分のお茶とお皿に水羊羹。こいつ、ちゃっかりしてんな、なんて思いつつも手伝う気にはなれなかった。動くのも億劫である。やはり昼飯がパンの耳だけというのは自殺行為だったか?
 シロと二人で羊羹を食べ、緑茶を啜り、くっちゃべる。ふと、興味がわいてシロに聞いてみた。お前の夢やら目標やらはなんぞや?と。するとシロはあっけらかんとして答えた。

「夢は……今のところは特にないでござるな。目標は人間との交流を深めることと、早く一人前のGSになることでござるよ」

 だから鍛錬も兼ねて散歩に行こ?とでも言いたげな熱視線を羊羹に目をやることでやり過ごし、羊羹を口に運ぶ。

「へぇ。何にも考えてないように見えて、結構考えてんだな」
「むむむっ。先生、今日はやけに辛口でござるな……というか、それはいくらなんでも酷いくないでござるか!?」

 シロが席を立ち右手を軽く振り上げたので、悪い悪いと笑って誤魔化した。後で散歩に付合ってやろうかな、たまにはこいつの走りたいように走らせてやるかいつもだいぶスピード落としてもらってるし。そう思った。

「そういやぁ、タマモは?まさかまだ寝てるなんてことはないだろ?」
「あぁ、タマモなら朝から出かけたでござるよ。なんでも一日三十貫限定の稲荷寿司を買いに行くとかなんとか」

 そこまでするか。そう思ってシロにマジか?と聞くとマジでござる、って返された。
 そんなこんなで羊羹もいつの間にか綺麗さっぱり腹の中。事務所に横島が到着してから半時間が経った頃、階段を上ってくる一つの足音。コツコツコツコツ。ガチャリ。扉の向こうには「ぶん殴りたい男ランキング(横島調べ)」堂々の第一位、西条輝彦が居た。

「「げ」」

 本人たちは絶対嫌がるだろうが、息はピッタリである。

「何しに来やがった」
「君に会いに来たわけじゃないことは確かだね。シロくん、令子ちゃんは居るかい?」

 横島の威嚇をあっさりスルーして西条はシロに尋ねた。背後の横島が舌を出してあっかんべーをしているのは気にもとめない。

「美神どのなら出かけてるでござるが?」
「はい残念。ほら、もう用はねぇだろ。帰った帰った」

 シッシッ。まるで汚いものを払いのけるかのように手をフリフリと動かす。標的はもちろん西条。ほら、あっち行きな!

「そうか。なら待たせてもらうとしよう」
「いやいやいや、さっさと帰って働けよ、道楽公務員」

 横島はすかさず西条を追い返そうとしたが、西条は西条で横島の言うことを素直に聞く気はサラサラなかった。

「いいんだよ、少しぐらいサボっても。バレなければどうと言うことはないんだから。それに、令子ちゃんに話をしにきたのは本当だし、あながち君たちに無関係な話とは言い切れないからね」

 横島を横目でチラッと見てから椅子に座る。西条の含みを込めた言葉が気になったのか、横島は西条の正面の椅子を引き出し、座って肘をつき上体をやや前のめりにして聞いてみた。

「厄介ごとか?」
「僕が他の用事で来るとでも思ったのかい?」

 いつもいつも美神さんを口説きに来てるじゃねえかと言ってやろうかと思ったが、なんとなくそんな気分には成れなかった。横島は西条が苦手だ。どうにもコイツに関わっていい目を見たことがない。じゃあ他の連中ならあったのかと聞かれれば、もちろんNoだけど。

「一体どんな話でござるか?」

 シロは来客用のお茶を手にやってきて横島の隣に座った。西条はシロからお茶を受け取ると少し飲んで、うーん、いいお茶だ、なんて一人言っている。ちなみにシロが出したのは市販の緑茶だ。

「それは令子ちゃんたちが帰ってきてから話すことにするよ。見たところ君たちだけのようだし、同じ話を何度もするのは面倒だからね」

 そう言いながら西条は再びお茶を啜った。ズズズッという音がやけに部屋に響いた。






 あの後おキヌがタマモと帰宅し、美神が愛車のコブラをやや乱暴に駐車場に止めて帰ってきてから、西条は口を開いた。

「ここ最近、GSの死亡率が上昇しているのを知ってるかい?」

 顔はいたって真剣そのもの、横島がボケをかます余地はどうやら与えてはくれないらしい。

「そうなの?ま、大概大口の依頼で浮かれてドジ踏んだり、返り討ちにあったりしただけなんじゃないの?」

 辛口美神令子。ちなみに彼女の事務所の依頼もピンからキリまであるが、他の事務所にとってはどの依頼も大口の仕事であることは余談だ。

「初めは僕もそう思っていたんだ。自分の力を省みず無茶をした結果だってね。ところがどうもそうじゃないようなんだ。詳しく調べてみると、除霊対象はさして強力な霊じゃなかったし、除霊自体にはしっかり成功していたしね。つまり、除霊後に何らかの理由で死亡したらしい。除霊失敗なんて十五件中、二件しかなかったしね」
「何らかの理由って、なんなんですか?」

 西条の説明を着ていたおキヌが疑問符を頭に浮かべて聞いた。

「今はまだ調査中さ。ただ、妖怪や悪霊や、本人の過失といった類のものではなさそうなんだよ」
「???」

 西条は一呼吸してお茶を飲み干し、言った。

「奇妙なことに死体は死後すぐに腐食しはじめたとの報告があった。さらに奇妙なことに死体にはあるべき物がなかったんだよ」
「何が?」
「どんな死に方をしたって、普通はある程度残留するはずなんだけどね」
「だから何が?」

 横島は少々イライラしながら尋ねる。彼も結構短気な性分で、堪え性がない。弟子のシロも似たような性格なのである意味忠実な師弟関係と言えなくもないが。
 横島に急かされた西条は、苦々しげに言った。

「魂さ」

 西条の言葉に美神たちは押し黙った。普通死んだら魂は転生するために輪廻の輪に加わって、そこで数百年の時を過ごしてから再び生を受けるのだ。
 その際、死体からはほぼすべての魂が抜け出すが、どんな種族、どんな死体でも例外なく極めて少量の魂が残留する。魂と呼ぶにはあまりにも少ないが、その微量の魂が残留することで遺体は急速に腐乱するのを防いでいるのだ。一体何のために腐乱を防止するのかは明確な答えは出ていないが、遺体が火葬なり土葬なり葬られることによって残った魂は輪廻の輪に合流する。
 ところが発見された遺体にはそれが無かった。そのため発見、通報されてから到着の間までに一気に腐食してしまったというわけだ。身元の確認は遺留品から行った。

「……魔族の仕業ってことはないわよね。今は神族も魔族も規制がかなり厳しいって、小竜姫が言ってたし」

 美神は顎に手をやりながら考え込む。かなり高位の魔族なら生きている人間から無理矢理魂を引っぺがすぐらい朝飯前だ。だが彼らはワルキューレやべスパの属する軍に監視されている。そうホイホイ顕現できるはずがないし、仮にできたとしてもすぐさま軍に見つかり粛清されるだろう。デタント反対派の魔族にしたって、そんなことは避けるはずである。
 そのとき、沈黙を破るようにタマモが口を開いた。

「それで?私たちにそんな話をして、どうさせようって言うの?また私たちをコキ使うつもり?」
「いや、念のためだよ。知っておいて警戒するに越したことはないし、何かあってからでは遅いからね。くれぐれも気をつけてくれ」

 西条はそう言ったが、正体不明の敵にどう警戒しろというのだ。座禅を組みながら木魚を叩き念仏を唱えて十字架でも翳せとでも言うのか?馬鹿らしい、最近やけについてないなと横島は思わずにいられなかった。






 ガリッ、グチャッ、メキッ。

 深夜の山に不気味な音が響き渡る。一人の人間が宙に浮かんで、音がするたびに関節のない部分がひん曲がり、皮膚が裂け、血が吹き出していた。
 わかるものが見れば、暗闇から無数の腕が伸びてきて、男の身体を掴み上げているのがわかっただろう。暗闇の中には人のような何かが潜んでいる。

「これでようやく十六人ですか……ノルマ達成には程遠いですねぇ」

 白衣を着た男がどこからともなく現れた。長い髪をオールバックにして後ろで一纏めにし、細いフレームの眼鏡をかけている。表情は暗闇の中に隠れていてよく見えない。
 突然男にも無数の手が襲いかかったが、手は男に触れると同時にジュッ!と肉の焼けるような音、鼻につく刺激臭を発してヒビ割れ崩れ落ちる。

「相変わらずすごい匂いですねぇ。これはちょっとキツイですよ、正直吐きそうです」

 手で鼻を塞ぎながら男はぼやく。崩れ落ちた手が淡い光を放ち消えていく様を黙って見ていた。崩れ落ちた手の根元の部分からは新しい腕が生え、再び動き出す。

「東条、いつまでやってるんだ。置いていくぞ」
「あぁ、すいません榊原さん。今そっちに行きますよ」

榊原と呼ばれた男は東条のすぐ後ろに立っていた。細身の東条とは対照的にガッシリとした体つきをしていて、黒い衣服を着用している。彼の顔の左半分は火傷のように爛れていた。
 東条は背後からした声に振り向きもせず答え、目の前にドシャリと落とされた遺体を見ている。遺体は勢いよく腐乱し始め悪臭を放つ。東条は遺体に球体状の何かを放り投げて、立ち去った。

「役目が来るその日まで、しっかり眠りなさい」

 東条の言葉が樹海に響く。

「…オォォォ………オォオォォォォオォォォ……」

 闇の中から手の主がゆっくりと姿を現した。人のような身体に無数の腕を持つ身体は、次々と腕を引っ込めていく。通常の人間より三周りほど大きいだろう、その身体は表皮が不気味に脈動していて、赤とも紫とも言えない不可思議な色をしていた。
 やがて化け物は東条の後を追うようにフラフラとその場から姿を消した。






「そうそう、横島くん。この書類に氏名、住所、必要事項その他諸々書いて出してね」
「はぃ?」

 西条がオカルトGメンの本部に撤収してから、美神は机の引き出しをガラッと開けて茶封筒を横島に手渡す。中身は何かなと開いてみれば、数枚の用紙。一番上の用紙には『C級GS免許申請用紙』と書かれてあった。その名の通り、GS協会に免許を申請する用紙で、C級とはまぁ普通のGSのランクである。これにはAからEの五段階にA+、A、A−といった具合に三段階があって、計十五段階の評価が存在する。最も多いのが横島のいるCというわけだ。
 茶封筒から用紙を出して手に取った瞬間に霊力を吸い取られる感覚が横島を襲った。どうやら特殊な素材でできているらしく、吸い取った霊力の波形をGS協会が管理して本人確認を取るらしい。指紋のようなものである。

「うぉっ!?」

 驚いて落としてしまった。

「何やってんのよ」

 美神が横島の頭を叩きながら拾い上げる。美神が手にすると、用紙の文字は消えていった。

「あれ?字が消えた」
「この用紙はあんたの霊力をさっき吸ったでしょ?霊波で持ち主を識別するから、あんた以外のヤツが触ってもただの紙切れ同然ってわけ。セキュリティみたいなものね」
「なんすか、それ?」
「何って……免許申請の書類でしょーが」
「いや、そうじゃなくて……なんでそんなモンを今更?」

 目をパチクリさせながら尋ねると美神はいきなりわめきだした。

「協会の連中にいい加減に免許を申請させろって呼び出し食らったのよ!あんのくそ爺ども、人が忙しい時ばっか見計らってアレコレ口出してくるんだからっ!老頭児は大人しく茶でもしばいて大人しくしてろってのよ!!」

 余裕のあるときに口を出そうものなら美神から手痛い反撃をくうのがよーくわかっているのだろう、きっと。そういった点で協会のお偉いさん方はずる賢いというか、小賢しいというか。

「ということは、先生もとうとう一人前のGSでござるな!」
「へぇ。良かったじゃない」
「横島さん、一生懸命勉強もしてましたもんね」

 口々に労い、祝福の言葉をかけてくれる事務所の面々。彼女らは横島の努力を身近で見ていただけあってまるで自分のことのように喜んだ。事務所で知識を無理矢理詰め込んだり、妙神山に通ったりと、結構努力はしていたのである。当の横島も、そういったチマチマッとした努力が認められたような気がして満更でもない。欲を言えば美神にも認めてもらいたかったが、まぁこれでも上出来だろうと思っていた。
 すると、美神がソッポを向いて、どもりながら口にした。

「ま、まあ?雇った時と比べたら、多少は使えるようにはなったかしら?二百円ぐらいなら時給上げてあげてもいいわよ?エミのところのタイガーなんて、いまだに試験受かってないしね」
「美神さん……横島感激ーっ!!」
「沈めっ!この妖怪セクハラ小僧めがっ!!」
「んぎょわっ!?」

 グシャッ!

 照れ隠し代わりに行ったルパンダイブは空中で美神に撃墜されて、横島は頭から床に突き刺さった。一人犬○家ごっこである。足がバタバタとせわしなく動いているが、どうせ一人でなんとかするだろうと、みんな放ったらかしていた。

「ここで気の利いたことの一つでも言えば、美神だって素直に褒めてくれると思うけどな」

 タマモの呟きが横島の耳にやたらと虚しく響き渡った。大方の予想通り勝手に復活し、文珠で床をもとに『直』す。手にした用紙が横島にはやけに眩しく輝いているように見えた。


 お初にお目にかかります、アミーゴと申します。最後まで読んでくださった方、ありがとう!拙いところばっかり目立ちますけど、週一を目指してやっていきますので、コンゴトモヨロシク。
 ちなみに劇中の設定は捏造ですョ?

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