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秋、思い出すままに3

秋、思い出すままに3

 皆本と由良の学園祭見物が始まった。

 最初こそ堅苦しく構えた皆本だったが1時間ほどが過ぎると、ごく身近なパートナーとして接することができるようになる。

 たいして長くもない時間でそう進んだのは由良を名乗る少女の良い意味での強引さによるところが大きい。もっとも身近になった分、皆本の心に不審と言わないまでも引っかかるモノが浮かび上がってくる。


‘まただな‥‥’皆本は声にせず呟く。

見学の合間合間、由良はさりげなく(あえて言えばこちらの目を盗んで)そこにいる何人かに目を向け、長くて1秒ほどだが考え込む仕草をする。

目を向ける対象には一定の条件があるようで、今のところ男性ばかりで老人や子供は対象外。あとその人物が自分と同性・同年代の人、つまりは学ランの着用者ならやや長い目に時間を費やす。

 初めは勘違いかとも考えたが、行く場所ごとに繰り返されることで確信に変わる。

当然、意味や意図は解らず、ついつい答えを捜す方向に頭が働く。余計な穿鑿をしているのではないかと思うが好奇心は押さえがたい。



‘‥‥ 考えてみれば見学場所も由良が決めているわけだし‥‥ !!’
 皆本は渡り廊下を並んで歩くうち、また由良の振る舞いの答えを探す自分に気づき若干の嫌悪。それを払うために横を見ると当人の姿がない。

 一瞬あわてるがすぐに事情は明らかに。何のことはない、考え事のせいで由良が足を止めたことに気づかず先に進んだためだ。

戻ると由良は掲示されているポスターの一枚に目を向けている。

ポスターは午後から行われる講演会のもので、講演者というか主役らしい二人の女性が大きく写っている。

 一人は自分と同世代、背景に使われた写真が水着姿であることからでいわゆるグラビアアイドルの類らしい。もう一人は、その少女より年上に見える女性。一応『中年の』という形容はつきそうだが華やかな雰囲気は正確な年齢を想像させない。メイクや衣装からこちらは女優というところか。
 キャンプションによれば、社会で活躍する女性がその体験を語り世代を越えて意見を交わすというのが講演の内容だ。
 たしかに『社会で活躍』しているのには違いないが女優とグラビアアイドルが代表というのも解るようで良く解らない。

心の脇でそんなことを考えつつ、
「そのポスターで何か気になることでも?」

「別に‥‥ そんなわけじゃないけど‥‥」と由良。
 これまでさっぱりとした物言いだったのが歯切れの悪い返事をする。

 興味を惹かれた皆本は話を続けるために、
「この二人ってよく似ているな。姓は同だし姉妹かな?」と尋ねてみる。

「残念でした。この二人は親娘よ」

「親娘?!」予想外というほどではないがけっこう驚く。もう一度ポスターに目をやり、
「とすると、こっちの秋江っていう人が好美っていう人のお母さん! このヒトに僕らと同じ年頃の娘がいるとはね。凄く美人だし、俗に言う”魔性の女”ってこんな人を指す言葉なんだろうな」

「まあ容姿だけじゃなくいろんな男の人との噂もあってそう呼ばれることは多いみたい。でも当人はすごく庶民的で気さくな人なのよ」

「あれ?! このヒトのことを知っているようだけど知り合いかい?」

「まさか!」由良は手を振り否定する。
「ただ、この人は私が小さい頃に入った劇団の女優さんでね。その時に何度か声を掛けてもらった事があるの」

「へ〜え、劇団にいたことがあるんだ!」

「『いた』ってもほんの少し、小学2年の時に半年ぐらいかな」
 言葉に苦いものが混じる。

 これ以上は拙いかと思う皆本。話を他に振ろうとした時、
「うわっ!」何かが勢いよく体にぶつかりバランスが崩れる。

 ぶつかったのは小学校低学年らしい黒い髪を長く伸ばした少女。その前を行く同じ年頃の明るい茶色?っぽいショートの女の子が強引に手を引っ張っているため避けきれなかったようだ。ちなみに先頭の少女はもう一方の手でやはり同じ年頃の淡い色の髪の少女を引っ張っている。

先頭の少女はちらりとこちらを見るが、『邪魔だ!』という感じで睨むとさっさと走り去る。その際も人の間を押し渡るように進み、さらに何人かがバランスを崩す。

‘酷いガキだな! 人混みは走るし謝りもしない。躾がなっちゃいないようだけど親は何をやっているんだ’
と怒るが追いかけてというほどでもない。ちょうど話と場所を変える良い切っ掛けと思うことにする。

「じゃあ‥‥」『行こうか』と継ごうとした言葉を控える。

由良が難しい顔で一つの方向を見ている。

釣られ同じ方を見る。
 ここと同じで人が立て込んで歩いているだけ。特段おかしな様子はない。
「急にどうしたんだ? 何か見つけたようだけど」

「えっ?! まあ‥‥ 白い髪で学ランの人が‥‥ いない!」
答えつつ由良の声に驚きが混じる、皆本に目を逸らした瞬間に見失ったらしい。
「先輩! 先輩も見たよね? 白い髪の学ランの人」

「いや、悪いけど見ていない」皆本は再度目を向けるがそのような人物はいない。

 特に隠れられそうな場所もないし言葉通りだとすると相応に目立つ、いれば気づくはずだ。

その間もきょろきょろと探す由良。
 一つ舌打ちをするとこれまでになく真剣に考え込む。

 数秒の後、口惜しそうに首を振る。そこで自分を怪訝そうに見る皆本に気づき顔をしかめる。

 開き直ったように微笑むと、
「先輩! 行きましょう。今度はメインホールだけどいいですね」
 腕を絡め返事も待たず引っ張り始めた。



由良が見た場所に佇む男がいる。

もし誰かがこの場の写真か映像を見れば、プラチナブロンドともいうべき白髪の男が学ランを着ていることに注目するだろう。しかし、実際は周囲の誰もが彼に注目せず、まるでそこにいないかのように通り過ぎていく。

何が楽しいのか男はクスクス笑うとゆっくりとメインホールに向け歩き始めた。



メインホールは他にも増して人が込み合っていた。
丁度、講演会の一方の主役である明石秋江が到着し、彼女を見ようと人が集まっているからだ。

皆本は連れられるまま二階の廊下に。
 廊下は吹き抜けになっているホールを取り巻いており、一人を見るにはやや遠いがホール全体を一望におさめられる。

適当な場所に陣取るとさっそく由良は緊張した眼差しを集まった人に次々と向けていく。もはやそれを隠すつもりはないらしい。

‘僕ががどう思っているかは承知しているということだな。まあ、バレるのは不思議じゃないけど’
皮肉っぽく心でつぶやきながら皆本は一段落するのを待つ。

 この後どうするかについては特に決めていない。どうせ主導権は相手が取ることは判っている。

やがて有名女優の通過にホールは騒然とするが、それ以外にどうということもなく当人が通り過ぎると人混みも解消される。

ふっ 由良は小さくため息をつくと緊張を緩める。
「先輩、どこかで休みませんか? 少し疲れちゃいました」

「そうだな」皆本は淡々と同意する。その上で少しばかり皮肉を込め、
「その方がじっくり話もできるだろうからね」

‥‥ ちらりと寂しそうに微笑む由良。
 これまでと同じように皆本の腕を取ると先に立った。




 『明石秋江様、控え室』との張り紙が出された部屋に二人の女性がいた。

 一人は当然のことだが明石秋江。ソファーに腰を降ろし一服という感じでくつろいでいる。
 もう一人は地味な印象はあるが北東アジア系の整った容姿の持ち主で二十歳前後といったところ。サイドテーブルにある固定電話を使っている。

「梨花(リーファン)、バベルから何と言ってきたの?」秋江は受話器を置いた女性に声をかける。

梨花と呼ばれた女性は秋江の前に戻った上で、
「好美さんがこちらに向かったとの連絡が入ったそうです」と答える。

「そう、ありがとう」秋江は気安そうに礼を言う。
 娘ほどのそれも付き人に『いちいち』という考え方もあるが、そこは人気女優としての如才なさというところだ。
「あの娘ったらぎりぎりで乗り込んで来るなんて、どこの”お偉いさん”のつもりなんだか! まだまだ駆け出しのくせしてそんな心がけじゃ先が思いやられるわ!」

「好美さんもそこは判っています。でも今は仕方ないと思いますが」
半ば独り言だから無視してもいいのだが梨花は当人に代わって弁解する。

「それもそうね」と秋江。

しばらく前から自分や娘の周りに怪しい”影”−ストーカーがまとわりついている。

仕事柄そういうのは慣れ?てはいるが、そのとらえどころのなさから、相手がエスパーらしいとあれば笑っていられない。
 とりあえず伝手のあるバベルに相談を入れるが、その人物が17〜18歳の男の可能性が大きいと判った程度で行き詰まっている。

勢い、何をするにしても警備の段取りなどが割り込み余計な時間がかかってしまう。

自分を納得させるようにうなずくと顔を曇らせ、
「そいうえばここもESP対策が取られているはずだけと‥‥」

「ええ。部屋全体にクラスDのESP対策素材を使っていますし建物の周辺にはレベル5でECMが展開しています。よほど超度の高いエスパーでないと効果を出せないと思います」

「そこまで判るってことは‥‥ 辛くない?」
淡々と答える梨花を心配そうに見る秋江。

彼女は超度3〜4程度のサイコキノだが、珍しい体質でESPを抑制するもの全般−アクティブなECMやリミッターもとよりパッシブなESP対策素材や作動中の透視防止プロテクターなども−に対して拒絶反応が出てしまう。

ここしばらく自分の回りではESP対策が常態化しているため心身に少なからぬ負担が掛かっているはずだ。

「この部屋には直接作用しないようECMの配置を頼んでおいたんだけど‥‥ 何だったらECMだけでも切るように言おうか?」

「かまいません」梨花は『とんでもない』と大袈裟に手を振る。
「切ったせいで先生や好美さんに何かあったら一大事です。圧迫感や不快感はそう強くはないし、いるのも四時間ほどですから何とか我慢できます」

「悪いわねぇ 終わったら気晴らしにみんなで美味しいものでも食べに行きましょう」

「期待しています」と梨花。時計に目をやり、
「先生、あと三十分ほどで狽野(ばいの)さんが取材に来ます。準備をしておかなくて良いのでしょうか?」

「そうだったわね!」秋江は目一杯の嫌悪を込めて吐き捨てる。

 狽野はゴシップ専門の芸能レポーターで時にはそれなりのネタを挙げることもあるが、必要が有ればデッチ上げなど平気というフダつき。真っ当な人間なら半径5m以内に近づけないという男だ。

「ったく、マネージャーの奴、何で取材を受けたのかしらねぇ ひょっとして何か脅迫されているネタでも握られたのかな」

「さあ、それは‥‥」半ば本気で疑っている秋江に返事に困る梨花。
「あの〜 でしたら今からでも断りの電話は入れますが?」

「そうもいかないでしょうね」一転、諦観の秋江。

ストーカーの件もどこかで嗅ぎつけてきたようで、下手に断ると何を書かれるか判ったものではない。

「まあ、嫌な奴とでも笑顔で会ってみせるのが女優の仕事ってことか」
そう開き直った微笑みを浮かべると化粧を整えるため持ち込んだ鏡に向かい合った。
 え〜 前作(第二話)から一ヶ月、この程度の作品に間が空きすぎとも思いますがこの辺りが限度ですねぇ
今回は”偶然の一致”も”他人のそら似”もなく、ようやく(三話にもなって)『起』の終わりまで進めることができました。
 気の長い話ですがよければおつき合い下さい。

 例によりこの場で遅まきのコメント返しを、
aki様、今回も”恵まれない者への愛の手を”ありがとうございます。このような作品で場所をとりますが今後ともご贔屓をお願いします。

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